【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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03 教会での日常について

 

 

 

 あれからというもの、俺はここで中学校に上がるまで生活することとなった。

 

 ここで住むにあたって、一つ気づいたことがある。ここにいるエクソシスト候補生は全員、白い髪をしているのだ。父さんにそのわけを聞いてみたところ、より強い戦士を作る実験のためにこうなったとか。そして結果は成功。ただしその代わりに白髪になるらしい。……なんつーか、おじいさんになったらつるつるぴかぴかになっているのではないだろうか。

 

 まあ、そんなことはどうでも良い。問題なのは、そのエクソシスト候補生達が俺から距離を取っているということである。要は恐れられているらしい。どうも、フリードと相打ちになった俺も凶暴だとかそういう先入観があるようで。それはそれで楽だからそれを利用しているけども。ただ、それで起きるちょっとした弊害が面倒くさい。父さんの説教だ。

 

 だから――毎日毎日、こんなやつといるはめになる。

 

 白い髪、白い肌、赤い瞳。炯々と危ない光を称えた瞳の視線が、俺を容赦無く突き刺す。もう殺す気満々である。このフリード。

 

 というか、言っていることが――。

 

「おら死ね。早く死ね今すぐ死ね。死ねよ死ねや死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねさっさと死ねやオラァッ!」

 

 ずっとこれに似た単語の繰り返しである。そのせいか最近危うく死ねとか言いそうになる。くたばれそして死ね。というか子供の教育に良くない単語連発するなよ。ほら、場外で見ている子供が身を寄せ合って震えているぞ。

 

 フリードの両手に握られた木刀を、ただひたすらに両手を使って防御する。クリーンヒットなどただの一度としても出させない。怪我なんて真っ平ゴメンだ。ただでさえ、受けている両手が青あざで腫れているというのに。時々鼻先に剣先がかするというのに。うわ、木刀の先が目前まで来たよ。

 

 フリードは常に小回りの効いた攻撃を繰り出してくる。鋭く、速く、とにかく俺に当てようという気概で。しかし実際に俺はフリードの攻撃を一度も、……クリーンヒットは食らっていない。でもたまに腹とかにか当たる。その時は全部腹に力込めているからダメージは皆無に等しい。とはいえ怖いし疲れる。

 

「――シッ!」

 

 上から腕に叩きつけられた木刀を、腕を回して上から押さえ、膝に打ちつけ破壊する。木刀を破壊した膝の勢いをそのままに、上段蹴りへとシフト。無論、それを避けることができないフリードではない。木刀の破片を投げつけて俺の視界を阻害しつつ後ろへと跳躍。だがそれは、甘いと言わざるを得ないだろう。

 

 腰を捻り、上げた脚を即座に地面に打ちつけ床を振るわせる震脚。それと同時に父さんから新たに教わった歩法で、爆発的な緩急をつけて跳び出す。

 

 フリードが驚きの表情を見せる。そうだろう。なにせ、一時間近くも受けに回っていた俺が初めて攻勢に出たのだ。それも、一度も見せたことの無い技術を使って、一瞬緩んだフリードの意識の隙間を突いて。これ以上に無い真正面からの不意打ち。

 

 だから、この模擬戦闘は終局へと向かうことは必定。

 

 跳躍のさなか、拳を握り腰溜めに構える。狙うのは一撃必殺。もっとも打ち出しやすい正拳突き。というか、真正面から突っ込んだのに右フックとかあれだろ。どんだけ狙ったんだよっつー話。

 

 それを見て、何故だかフリードがニヤリと笑う。笑って、懐から白銀の拳銃を取り出した。

 

 それにどよめくギャラリー。もちろん、この模擬戦闘において、そのような殺傷能力の高いそれを使うことは禁止されている。だがその程度、どうってことは無い。(セイクリッ)(ド・ギア)を発現させ魔術を行使すれば、打撲程度に軽減できる。とはいえ、そのためにはこの攻撃を止めて、すぐさま防御用の魔術を行使しなければならないのだが。

 

 だがそんな気は毛頭無い。皆無と断言しよう。どうしてこんな奴に、こんな殴れる好機に、防御に徹さなくてはならないのだ。

 

 故に駆ける。だから殴る。駆け抜けて殴り飛ばす。それは決定事項。だから、ここで無茶無謀無理の南無三通して、一撃決める。ぶっ飛ばす。そしてくたばって死ねフリード。

 

 地面に足が突き、体が沈む。フリードの持つ拳銃の銃口もそれに伴い下に下がる。

 

 一瞬の間隙。

 

 俺は脚を撓ませて、フリードは指を動かす。絶望的なまでの速度の差。だが、これを凌げば耐えれば、そして一瞬も怯まず突貫すれば俺が勝つ。

 

 

「止めてくださいっ――――!!」

 

 

「あっ」

 

「あ゛」

 

 そこに割り込む甲高い声。それに俺は一瞬体がすくみ、フリードも俺と同じように一瞬硬直する。……最近、この声を聞くと体が硬直するのだ。

 

 しかし悲しきことかな。

 

 俺のこの勢いは本人の意思とは関係無い法則によって支配されているのだ。たとえこの世界の法則を操る魔法使いでもそんな法則を無視することは不可能であり――ってなにを考えてるのかよーわからん俺が下した結論。

 

「ぐへっ」

 

「ぅがっ」

 

 というか結論を述べるより前にその結論通りである、フリードとの激突が現実に起こってしまったのだがどうすれば良い? 正直気持ち悪いのだが。

 

「さっさと離れろ」

 

「てめえがおぶさってんだろうがっ!」

 

 そう言って俺を蹴飛ばしたフリード。蹴り返してやった。そしたら木刀を投げつけられた。手で弾く。危ない。

 

 俺は立ち上がって服についた汚れを払う。

 

 さて。

 

「仕切りなおしといこうか」

 

「おお、おお。やってやろうじゃねえか。さっきはあのクソアマのせいで狂っちまったが――」

 

「いいから喧嘩は止めてくださいっ!」

 

 ビクリッ、と体を一瞬震わせる俺とフリード。おそるおそる後ろを振り向けば、そこには、一人のシスター服を着た同年代の少女がいる。涙目の。

 

 長い金髪と碧眼の可愛らしい少女。名前はアーシア・アルジェント。神器「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」の所持者だ。

 

 アーシア、彼女もこの教会に呼ばれた。……俺とフリードがしょっちゅう喧嘩して大怪我が絶えないために。

 

 今現在、俺の年齢は十二歳。小学校六年生半ばである。どうして俺がここにいるのかというと、ここに来て初めてフリードと喧嘩した後に、父さんからここでしばらく生活をするべきだ、と言われたからである。地元の小学校には、急な父親の転勤により、海外の小学校に通うことになった、と説明している。説明しただけだ。

 

 数名、急なこの連絡に落ち込んでいるクラスメートがいるとかどうとか。手紙とかたくさん来て、ほんわかさせてもらった。今ではこの荒んだ生活には欠かせない清涼剤となっている。毎日父さんより朝早く起きて活力を貰っている。うん。大体一学期終わる頃くらいに手紙が来るのだ。それが今の俺の二つ目の楽しみとなっている。

 

 なお、一つ目とは言うまでも無く、アーシアである。純粋無垢な子供の姿が見れておじさん嬉しいよ。ここにはドス黒いのしかいないから。

 

「どうしてフリードさんと綺礼さんはそう飽きもせず毎日毎日毎日喧嘩ばっかりしてそう怪我が絶えないんですかっ!? こう、毎日痛ましい貴方達の怪我を診て治す私の身にも――って、うぅぅ~、話を聞いてくださいいい! 特に綺礼さんっ!!」

 

 そんなのこっちが知りたいよ。フリードが俺に突っかかってくる理由。

 

 んで。アーシアはどうも俺とフリードのお目付け役も任されているようで、大抵俺とフリードとアーシアの三人組で行動している。そして喧嘩をし始めるたびにアーシアちゃんの雷落下。うん、可愛いよアーシア可愛いよ。だから撫でてあげよう。無表情でだが。そのたび、アーシアはぷんすかという擬音つきで怒る。あはは、なにこの可愛い生き物。そんな感じで俺はアーシアを()()倒している。

 

 アーシアという緩和剤が入ったからか、フリードの気性も最近落ち着いている。言動は相変わらずだが、誰彼構わず暴れたりしない。俺とかを除いて。俺をそれに含めろ狂犬。もしくはくたばれそして死ね。

 

 ……まあ、今の俺の日常はこれだ。フリードとアーシアとこの狭い教会の中でエクソシストの戦闘訓練――アーシアは見学――を受けたり、フリードと喧嘩してアーシアが仲裁(泣きそうな表情)をしたり、アーシアのいない時にフリードと本気で殺し()合い()をして涙目アーシアに涙声で説教されつつ治療されたり。なんだかんだで、上手く回っている。

 

 最近、毎日が楽しくは無いが忙しく、しかし、どこか充実していた。ふむ、これが仕事疲れか。どうもフリードと殴りあい過ぎてとうとう頭が狂ったらしい。だがまあ、悪くは無い。むしろ良い。

 

 エクソシストの訓練も大分様になってきている。エクソシストの歴史の授業により黒鍵というものを見つけ、俺のたっての要望によりクラシックな黒鍵を製作してもらったが、それ以外は普通のエクソシストをしている。ただし黒い神父服で。白は無い。あんまりだ。前衛的過ぎる。ここのエクソシストはサイエンスフィクションチックな装備と戦い方だ。私的に、破魔弾入りの純白の拳銃は有りだが、ライトセイバーは無理だった。故に黒鍵。一生涯エクソシストする気は無いので、俺は若干古式なエクソシズムを学んでいる。父さんから。

 

 エクソシストの話題が上がったことだし、俺がどんなことができるようになったか記そう。黒鍵及び拳銃の命中率は高し。体が安定していたら動いていようと百発百中させる自信はある。あとは八極拳。一応、父さんから教わったことは全部再現できる。最近はそれの精度をあげようと奮闘中。あとたまに、他の格闘技に手を出したりしている。ボクシングとかカポエイラとか柔道とか合気道とか。マニュアル本を購入して暇な時に読みつつ型を練習していたり。そしてこれをフリードに使うのが楽しみだったりする昨今。ささやかな愉悦である。

 

「綺礼――」

 

「すまない、アーシア」

 

「うううう~~~!」

 

 父さんの声が入ったので無駄な思考は中断。

 

 ああ、アーシア。その拗ねた涙目も可愛いよ。抱き締めて撫で撫でしたい。この胸の張り裂けるような想いを以って愛でたい。だがしない。アーシアは兵藤がお似合いである。俺はアーシアが兵藤によって天然娘を発揮する様を、横でワイングラスに注いだブドウジュースを傾けながら眺めたいと思う。そしていつかアーシアの眷属にしてもらうんだ。

 

「綺礼。アーシアの話を聞きなさい」

 

「フリードと喧嘩をするな、ということでしょうか?」

 

 俺は父さんとアーシア、その二人に向けて確認するように言った。

 

 するとアーシアは泣きそうな表情から一転、喜色満面の表情になる。

 

「それは」

 

 無理だ――と、言おうとしたが、俺はその先を言えなかった。

 

「無理だ」

 

 なぜならフリードによって台詞がとられたからである。

 

「フリードさんっ!?」

 

「残念だが、アーシア。私とフリードはけっして相容れることは不可能だ」

 

「な、なんでですきゃっ!?」

 

 噛んだ。

 

 アーシアは泣きそうな表情でそう俺に詰め寄った。それを横で見たフリードが何故か舌打ちを漏らす。

 

「私はフリードが嫌いだ」

 

「俺も言峰綺礼が嫌いだ」

 

 だから、相容れない。俺とフリードはさながら可燃性油と可燃ガス。けっして混ざらないが、しかし、共に可燃という性質を持っているがために、闘争という名の炎によってその瞬間だけ結びつく。

 

 ギロリ、と俺とフリードがにらみ合う。アーシアを挟んで。とはいえ、俺は冷ややかに眺めているだけなのだが。

 

「これだけは気が合うようなぁ」

 

「ああ、それがせめてもの救いだ。主は困難には遭わせるが、それが追ってくるなどという性悪な趣向は用意しておられないようで安心した」

 

 もしもその口で、俺が好きなどとほざいたらその首に黒鍵を突き刺すところだった。絶対にできないけど。

 

「すみませんが璃正神父。そこの(フリ)(ード)、捕まえてください」

 

「ちょうど良い。私が拳骨でもせねばならないかと思いましたので」

 

 父さんの拳骨と聞いて、怖気が奔った。一度、父さんの拳骨を食らったことがあるが、アレはヤバイとしか言いようが無い。こう、一瞬真っ暗になって、目が覚めたら外も真っ暗になっていたんだ。そしてなんと、更に驚くべきことに、星が俺の近くで踊っていたのだ。いや、本当に。

 

「ゲェッ! くそっ――ってギャアアッ!? は、放せ離れろこの野郎ォ――!!」

 

 逃げ出そうとしたその瞬間を、父さんに捕まった挙句、ブンッと、もの凄い回転をかけられながら宙を舞うフリード。しかし流石かな、猫のように体を丸めて着地時の姿勢を整えようとしている。

 

 だが、それが仇となったなフリード・セルゼン。

 

「グェ、ニャッ!?」

 

 着地寸前、実はすっごくスタイル抜群な美人シスターさんに首根っこを掴まれる。子猫を運ぶように。だからフリードの足は地に着かず、すっごく笑える窒息した表情が見れた。

 

 父さんはそれを感心したように見ているので、俺はフリードに親指を下に立ててやった。そしたらフリードは親指を立てて首を掻っ切る仕草をし、シスターさんから拳骨を賜う。幸い、シスターさんに俺の行動は見られていなかった。はっ、ざまあみやがれ。

 

 そしたら後ろから急にぽかぽかと背中を叩かれる。アーシアである。

 

「握り拳が甘い」

 

 そう言ったら思いっきり叩かれた。いや、痛くは無いのだが。

 

 解せぬ。

 

 喚くフリードがシスターさんに連れて行かれ、隣から声がかかった。

 

「・・・袖、捲くって下さい」

 

「あぁ」

 

 俺はアーシアに言われた通りに、袖を捲くる。すると自分でも引くくらいに、青痣と擦り傷だらけの腕が現れる。アーシアはそれを見て、痛ましそうに表情を歪めた。

 

「服の上からでも効くだろう」

 

「綺礼さんだけが辛い思いをするのは駄目です」

 

 俺がそう言うと、途端になぜだか気丈にそう断言するアーシア。ううむ、もしかしてアーシアも俺とフリードと密かに張り合っていたりするのか。

 

「それならアーシアがより辛いはずだ」

 

 アーシアはいつも泣きそうな表情になっている。とはいえ、少なくともここに来た当初は笑顔だったのだが。瑣末なことで喧嘩し始めた俺とフリードを見た瞬間には、盛大に固まっていた。というか気絶してしまった。俺とフリードは他のエクソシストの方々に取り押さえられた。

 

 それからはアーシアにとって、受難の日々と言っても過言ではなかった。なまじ責任感が強いアーシアは、言いつけ通りにいつも俺とフリードと一緒にいた。つまりその度に俺とフリードの喧嘩を見るわけで、平和主義者で博愛的なアーシアには心労の酷い毎日だっただろう。

 

 ――といっても改善するつもりはないが。フリードは俺の目下の敵。向こうが攻撃するのを止めない限りは俺は永劫、フリードと相容れない。

 

「これは私とフリードの喧嘩だ。アーシアがそれを責任に感じる必要は無い」

 

 もしも一番、責を感じるべきが誰なのかを言うとすれば、それは他でもないこの俺だ。たかだか子供であるフリードの挑発にのってしまう俺が一番悪い。そしてそれを改善する気が無いというのが更に悪い。

 

 ……とはいえ、そもそもからして改善できそうに無い。フリードが挑発すると否応無く腹が立つ。それはなまじ、実力が伯仲しているからというのもあるのだろう。だが、肝心な理由がこれっぽっちもわかりゃしない。ただ、なんとなく、挑発に乗ってしまう。

 

「私はそれを止めるために()呼ばれたんです。フリードさんと綺礼さんが仲良くできるようにって。それに、私はこれをしんどいとは思ったことはありますが、一度も嫌だとは思ったことはありません」

 

 そう断言するアーシア。どことなく吹っ切れたようなそんな清々しさがある。少なくとも俺にはそう映った。

 

 しかし……、それはまた……。

 

「悲しき性だな」

 

 マゾだな、と本当は言おうと思っていたが、父さんの存在を思い出し自粛。というかなんだ、こんないたいけな子供にそんな暴言を吐く大人って。無論、フリードはその子供から除く。あれは悪童だ。

 

「どうしてです? 私は楽しいとも思っているんですよ」

 

 アーシアが解せぬ。

 

 誰が好き好んでこんな愛想の欠片も無い餓鬼どもの喧嘩の仲裁に入るのか。少なくとも俺はそう思う。思っている。俺は品行方正ではあるが、お世辞にも愛想があるような子供ではない。だから、アーシアから見たような、しょっちゅう厄介ごとを持ち込む上に頼りになんかならない俺なんかに、好意を持つ奴がいるなんて思っていない。というか思えない。不可能だ。

 

「――お友達ができたみたいで、嬉しいんです」

 

 ――だから、だろう。その言葉に思考が止まってしまったのは。

 

 数瞬止まり、しかして思考はすぐに巡る。

 

 俺は原作からとアーシア自身から聞いた話を思い出した。そうだった、アーシアには友達と呼べる対等な存在はいなかったのだと。周りにいたのは自分が癒すべき人か、自分に命令を下す人のみ。上下の関係は広がっていても、左右の関係は広がっていない。

 

 だから、アーシアにとってこの環境は新鮮なのだろう。そして新鮮であるが故に、それが楽しいと感じられる。なるほど。無知が及ぼす廃すべき弊害だ。

 

「――それは光栄だ」

 

 言葉を紡ぐ。

 

「ところでアーシア。友達とはどういう関係か知っているのか?」

 

「ええっと、一緒にいる時間が長い人のことが友達、でしょうか?」

 

 断言しよう。そんなことで友達ならば、この世の全員、リア充であると。

 

「対等の関係にあり、お互いに好意を持つ者同士が友人だ。助け助けられ、傷つけ傷つけられ――そんな風に互いに影響を及ぼし合う者達のことを指す。少なくとも、私はそう思っている」

 

 なにせ言葉を交わせば皆友達とか言う人もいるし、どちらかが友愛を感じれば彼らは友人であると言う人もいる。友人の定義に決まった形など無いのだろうが、少なくとも、対等の関係であるとは言えよう。

 

「じゃあ、あの……」

 

 ふと横を見ると、心なしかアーシアの顔が少し赤い。

 

「……綺礼さんは、私のこと、好きですか……?」

 

 はにかんでそんなことを尋ねるアーシア。

 

 はて。俺はいったいどこで恋愛フラグを建てたのだろうか。いやない。そんなことは断じて無い。ぶっちゃけ反語であり、ぶっちゃけそのフラグをぶっ壊すようなことしかしていないような気しかしないというより、それ以外の行動を取った覚えがない。

 

 っと、ここまで混乱して頭が一周したようで、これは友愛であるということを思い出す。危ない。危うく据え膳かと思って飛びつくところだった。いやしないけど。ここ教会だし。せいぜいが清いキスくらいなのだがって俺は何を考えているんだろう。

 

「ああ」

 

 とかなんとか考えているうちに、そんなことを口走っていた。……微笑んだりしていないだろうな。ここで微笑でもしたら俺のキャラに亀裂が走ってそこから崩壊するような気がしてならない。故待て。高校生になるまで待て。それからならどれくらいキャラを突き破っても構わない。

 

 アーシアの顔が満面の笑みになり、しかしすぐにぶすっとした不機嫌な表情になる。……あれ?

 

 俺はつい首を傾げてしまった。

 

「治療終了です。――綺礼さんはもう少し人のことを考えてください」

 

 アーシアは最初の態度とは打って変わって、俺から走って離れていく。そして、アーシアは後ろを振り向いて、俺にあっかんべーをした。その後、アーシアは曲がり角を曲がってその姿を消す。

 

 おそらく本人は大真面目にしているのだろう。気迫が凄い。が、そんな気迫すらもものっすごく愛らしく、可愛らしいために俺に効果は成さない。やっぱりアーシアは人の気分を害することはできないようだ。ちなみに、向かう先はフリードのいるであろう部屋だろう。あの防音の。術的にも科学的にも。

 

 それと入れ替わるように父さんが苦笑しながら俺に歩み寄ってきた。

 

「もう少し女性の扱いを学ぶべきだな、綺礼は。アーシアが可哀想だ」

 

「アーシアはまだ子供でしょう」

 

「あの年の少女は一端の女性だそうだ」

 

 父さんは苦笑を崩す事無く、俺の頭に手を置いて撫でる。

 

 それは至言、というものだろうか。しかし、俺にはまだアーシアが子供に見えて仕方が無い。あのあっかんべーも、俺の態度があまりに素っ気無いからそれに拗ねただけだろうとしか思えない。

 

 だが、もし仮にアーシアが俺にそんな感情を持っていたとして、果たして俺はどう対応するのか。わからない。もしかしたら受け入れるかもしれないし、受け入れないかもしれない。とはいえ、一つ言えることはあるだろう、さすがに。俺より良い人はいる、うん、これくらいは言うだろう。っつーか俺より良い人じゃないと認めねえ。

 

「一考します」

 

「そうすると良い。優れた人格者は様々な経験を通してやっと成れるものだ。綺礼、人の悩みを聞き導くことを誇りとしたいのなら、多くのことを経験し深く考えるべきだ。それが綺礼を成長させる糧となる」

 

 まさしく至言、だろう。なんとも含蓄のある深い言葉だ。

 

「父さん、手合わせをお願いします」

 

「アーシアを追いかけないのか?」

 

「フリードと会いたくありません」

 

 俺がそう言うと父さんは笑った。笑って、俺の頭をポンポンと軽く叩く。

 

 今、フリードと会って喧嘩したらアーシアの心労が不味いことになるだろう。どうも俺はさっきの質問に対する返答を誤ったようだし、ならばまた過つ必要は無いしそれは避けるべきであるから。

 

 俺は父さんに手合わせを頼む。父さんはそれに快く了承してくれた。脚を肩幅程度に開き、腰を落とす。父さんに対して半身に構える。父さんも俺と同じように構えた。

 

「璃正神父、教会から電話です」

 

 数秒後手合わせ開始というところで、フリードではない白髪の少年エクソシストが駆けて来た。父さんは彼から受話器を受け取り、俺に片手を立ててそれを耳に当てる。

 

 短い用件だったのだろう。父さんはしばらくしてから受話器を切り、彼に電話を返した。そして俺に言う。

 

「綺礼、着いて来なさい」

 

 俺はどことなく険しい顔をした父さんの後を着いていく。

 

 向かっている先は――談話室か? 少なくともフリードの説教が行われているであろう部屋ではないことはわかるが。お客さん……、という線は無い、……のかなぁ。電話の後で向かう先、といえば、その電話で何か大切なことを聞いて、それを俺に伝えるために防音の効いた談話室へ向かう、というのくらいしか思いつかない。

 

 というか、案の定談話室だった。考えているうちに着いた。

 

「――あ゛?」

 

「ん?」

 

 柄の悪いチンピラが俺の眼の前に現れた。フリードである。

 

「どういう手管を使ったかは知らんが、あのシスターからこんな短時間で解放されるとはな」

 

「あいにく、俺はテメーみてえな陰険根暗じゃねえんでね。テメエとは出来が違うのさ」

 

「まったくもってその通りだ。褒めてやろう、君の頭は素晴らしいと」

 

 視線を合わせた瞬間に飛び散る火花。口を獰猛に吊り上げて睨むフリード、冷ややかな嘲笑を浮かべているであろう俺、うろたえるアーシア。うん、アーシアはやっぱり可愛い。和む。

 

「綺礼」

 

 父さんから少し低めの声が降りかかる。俺は視界からフリードを外し、瞑目して口をつぐんだ。フリードは多分、俺を嘲笑っているところだろう。アーシアはわからん。

 

「三人とも、私の後に続くように」

 

 父さんが扉を開けて中に入る。

 

 俺は瞑目したままそこに突っ立って、フリードが入り、アーシアも入った後に中に入って扉を閉める。その間ずっと目は伏せ閉じたまま。

 

 だから気づかなかった。

 

 

「やっっっっはぁああ――――――!」

 

 

 ――待て。

 

 なんでそんな声が聞こえる。

 

 なんでアレから幼さを取り損ねたようなそんな声が聞こえる。

 

 というかアレから少しも変わってねえじゃねえの、この声。

 

 伏せた目を開けて前を見る。

 

 そこには――。

 

「グフッ――――」

 

 ゴツン、とまずは額で火花が散り、次いで背後の扉に後頭部をぶつけて二度目の花火。違った。火花。ああ、火花と花火って似てるよな。

 

 と、そんなどうでも良くない事は放っておいて。それよりもどうでも良くない事を拾おうと思う。

 

「退け、紫藤」

 

 俺はそう言って、突貫し抱きついてきた無邪気な紫藤イリナを引っぺがす。二房に括り分けた茶髪、快活そうなキラキラしてる表情。ああ、紫藤だ。嫌なくらいに紫藤だ。

 

「なによー、綺礼のくせに。ラスボスのくせに」

 

「離れろお転婆娘」

 

 あとラスボス言うな。

 

 紫藤は引っぺがしてもなお俺にしがみついている。猫か貴様は。

 

 ふと嫌な予感がしてアーシアを見てみると、なぜか機嫌が急降下。なお、フリードは知らん振り。我関せずってとこだ。だが、ちらちらとこちらに視線を寄越すようで、やはり気になるらしい。

 

「フリード、こいつを引っぺがすのを手伝え」

 

「ああっ!! なにその言い草! 初めての幼馴染の私をそんな扱いして良いと思ってるの?」

 

「たかだか紫藤だろう」

 

「ひ、酷いっ! 昔の綺麗な綺礼はどこに行っちゃったの!? 無愛想で可愛げの欠片も無かったけどそれでも甘えさせてくれた綺礼はどこっ!?」

 

 悪かったな、無愛想で可愛げが無くて。

 

 ギリギリと紫藤の顎を押し上げて離れさそうとする。アーシアも俺が本気で嫌がってるとわかったのか、紫藤の体を抱えて離そうとする。しかし離れない。恐るべし、この野郎。正確には女郎だが。あと、幼馴染では断じて無い。

 

「フリードさん、手伝ってあげてください」

 

「はあっ? なんだって俺が綺礼に――ああ、ああ、わかった、わかったから泣くなよクソッ」

 

 そんな会話が聞こえた。どうやらフリードはアーシアの尻に敷かれているらしい。

 

 ともかく、救援がくるそうで安心――。

 

「おらよ」

 

 ――できるわけがないよなー、フリードだし。

 

 俺の側頭部を目掛けた、素晴らしいまでに清々しい殺気のこもった蹴り。どうもこいつは俺から紫藤を引き離すのではなく、紫藤から俺を蹴り飛ばすらしい。というか蹴り殺すつもりらしい。

 

 すぐさま紫藤の顔から手を離して、紫藤の頭部を両腕を使って胸に押し付け固定する。そして肩を上げて首をすぼめて、フリードの蹴りを肩で受け止めた。

 

「……。エクソシストが悪魔ではない人を殺すところだったな」

 

「ハッ。テメエがんなことで死ぬタマだったら苦労しねーよ」

 

 この一連の暴挙というか暴動というか。アーシアと紫藤はそれに呆気取られたのか硬直して動かない。

 

「だが、快挙だろうな」

 

「キモイ止めろ。虫唾が走る」

 

 おいこらてめえどういう了見だ。

 

 フリーズした紫藤の両脇に手を通して持ち上げ、ソファーに置く。そしてソファーに座った。父さんを見ると苦笑いしている。あ、フリードの頭に軽く拳骨を落とした。だけどフリードは平然とした表情でソファーに向かい、そして座った。そして崩れ落ちた。

 

「フリードさんっ!?」

 

 忘我状態であったアーシアがそのフリードに駆け寄り、すぐさま聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を使用する。淡い緑色の光がフリードの頭を包みこむ。……なんだかフリードが緑のアフロに見えてきた。

 

「……娘の暴挙を止めることができなくてすまない」

 

「あ、いえ」

 

 見覚えのある中年男性に頭を下げられたので咄嗟にそう言ってしまった。いや、しまったではないか。あと、この男性は紫藤の父さんのようだ。

 

「紫藤――イリナがそそっかしいのは知っています。だから大丈夫です」

 

「……すまない」

 

 娘に振り回される父親。お疲れ様です。そして俺もお疲れ様。

 

「ふむ、まあ……色々とあったがまずは君達を呼んだ理由を言おう」

 

 紫藤の父さんが咳払いをして場の空気を一旦引き締める。フリードはアーシアの尽力によって回復し、紫藤も気がついたようで佇まいを正す。フリード以外。

 

「とあるはぐれ悪魔を狩ってきてくれないか?」

 

 ……ほんっとーに単刀直入にそう言った。


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