【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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04 初めてのエクソシズムについて

 こうして、俺、アーシア、フリード、紫藤の四人は、はぐれ悪魔を狩りに行くということになった。

 

 ちなみに、まだまだ俺達はお子ちゃまなので、引率付き。引率は二人。あの実は凄いグラマーなシスターさんと、俺とフリードの先輩に当たる白髪のエクソシスト一人。前者はアーシアと一緒で、俺とフリードの喧嘩の仲裁役。後者は単純に安全の為にということで護衛役。

 

 とはいえ、今回のは本当にチュートリアルのようなもので、そんなに危険は無いようだ。

 

 悪魔の名前は覚える気が無いので割愛。ランクは中級悪魔で元人間の転生悪魔。罪状は主への反逆及び逃亡。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の種類は僧侶(ビショップ)。このことから魔法特化ということは容易に想像がつく。得意な魔法は治癒、という名の医術。なんでも、人間の時は医者だったらしい。おそらくその技術を流用しているのだろう。……どうでも良い事だが。

 

 治癒が得意だということは本人にはほとんど戦闘能力が無いのだということ。一応、レーティングゲームには参加したことはあるようで、逃げ足はそれなりに早いらしい。あと、これはまさに余談だが、この悪魔が逃亡して以来、敗北の確立が高くなったらしい。かなり優秀だったようだ。

 

 さて、現在いる場所はどっかの山奥。この山のある山脈にはぐれ悪魔は逃げ込んだらしい。……俺、どっかの山奥に行く確立が高いような気がしてならないのだが。蒸し暑い。

 

「んで、なんで(アマ)二人が来てんだよ。綺礼(コイツ)ならしぶてーから大丈夫だろうが、こいつら二人はどうなんだよ」

 

 白い髪と白い肌、そして炯々とした赤い瞳の少年――フリード・セルゼンがそうぼやいた。すると、待ってましたと言わんばかりに大きな声があがる。

 

「その言葉待ってましたぁ! ふっふーん、実はねー私はねー――ねーねー、聞きたい聞きたいー? 私の秘密!!」

 

 というか待ってましたと言った。言っちゃったよこいつ。

 

 フリードのぼやきに反応したのは、茶髪を二房に括り分けた俺と同年代の快活そうな少女――紫藤イリナ。俺の幼少期の知り合いであり、苦手な相手である。性格が性格だから、邪険にするのは難しいために、構わないといけない。無駄なハイテンションに。

 

「うぜえ。黙れ。犬っころ」

 

「なによー! このふりょー! そんな意地悪な性格してると女の子にモテないぞ――ってお母さん言ってたよ!」

 

「知るかボケ」

 

 ぎゃいぎゃいと口喧嘩を始める紫藤とフリード。

 

 フリードはいかにも楽しげに口元を歪ませている。本当に楽しそうだ。

 

 しばらくそれを眺めていたら、フリードの頭に拳骨が振り下ろされた。シスターさんだ。すると紫藤が勢いつけて、さらにフリードに悪口を言う。すると今度は紫藤に拳骨が叩き込まれる、シスターさんから。

 

「えっと……、仲、良いんですね。二人」

 

「誰がだ!」

「誰とよ!」

 

 アーシアが戸惑いつつも言った言葉を、共に頭をおさている二人は若干涙目で怒鳴った。アーシアはその剣幕に一瞬怯え、なぜか俺の後ろに隠れた。

 

「紫藤は嫌そうだな」

 

「ええ、嫌よ。こんな不良。なんでこんなやつがエクソシストなんてやってるのかしら?」

 

「と、紫藤は疑問に思っているようだが?」

 

「テメーが代わりに答えてやれよ。こいつ、お前には好意的なんだからよ」

 

 まあ、それもそうではあるのだが。俺個人としてはこんな面倒な雰囲気がしばらく続くのは嫌なのである。面倒だし、アーシアが涙目で可愛いし。・・・あれ? このままで良くね? このまま俺、癒しのアーシアちゃん独占できんじゃね?

 

「お前がソイツの相手をしとけよ。知り合いなんだろ? 積もる話とかそんなんがあんだろ。アーシア交えて交わっとけ色欲魔人」

 

 それは未来の兵藤のために取っておけよ、フリード・セルゼン。

 

 ――とはいえ、んなことはさせんがな。

 

「ちょっ!? 綺礼! なに刃物っ――はっ! も、もしかして綺礼も不良にっ!? あああアーシアちゃん、あの二人に近づいちゃ駄目よ! お母さんが言ってたよ、不良は獰猛な狼だって! ってなんでアーシアちゃんそんな達観したような悟ったような優しげな表情で二人を見てるのー!?」

 

 それは、多分。お前のせいだ紫藤。

 

 アーシアは若干というかしっかりというか、俺とフリードの険悪な空気の影響をモロに受けてしまいお花畑状態。そこに紫藤の混乱っぷりが混ぜられ混沌混乱状態しかして平然のお人形状態になってしまったのだろう。

 

 うむ。見事に自分でも言ってることが意味不明でござる。

 

「やめなさい、フリード、綺礼」

 

 臨戦状態の俺とフリードの間に割り込む白い影。白髪の見目麗しいエクソシスト――ジークフリート。赤い籠手を顕現させ、エクソシストに支給される白光の刃を俺とフリードに向けながらそう言った。

 

「僕達は悪魔を狩りに来たんだ。けっして仲間同士で傷つけあうためにここに集まったんじゃない」

 

「お決まりの文句ご苦労様ァ、セ・ン・パ・イ。なんなら混ざってみてみんのもイィんじゃねえの?」

 

「安い挑発だな。頭の程度が知れるというものだ」

 

 フリードが安い言葉でジークフリートを挑発し、そんなフリードを俺が挑発する。

 

 疑いようの無い三竦み。先に動いた方がやられるだろう。ジークフリートの目的はこの暴挙の鎮圧。フリードの目的は俺への攻撃。俺の目的はフリードを完膚無きまでに叩きのめすこと。

 

「そこまでっ――!!」

 

 ジリジリと高まりゆく緊張感を無視した声があたりに響き渡る。その直後に銀白の輝きが俺とフリードとジークフリートの三人の周囲に纏わり付いた。

 

 ある意味、これは妙手だ。動くに動けない硬直状態の時に、一切自分に注意を払わせずにしたこの行動。それも中途半端なものではなく、絶対的な威力を持つものでの鎮圧。

 

「チッ、聖剣使いか」

 

「そう。私は擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)の使い手。どう? これが私の切り札よ」

 

 得意げにそう言う紫藤。いやはや、大したものだと俺は思う。俺が咄嗟に動かなければ俺の首がさっくりいっていたことを除いては。

 

「……紫藤さん。制御が甘い」

 

「へ?」

 

「言峰君とフリード君が咄嗟に動かなかったら、首が胴体から離れていたわ」

 

 訂正。フリードの首を飛ばそうとしたのを含めば文句は無い。

 

「ケッ。てめえも避けやがったのかよ」

 

「残念だ。貴様に相応しい聖句を用意していたというのに」

 

「ほざけ。そりゃこっちの台詞だ」

 

「それもどうやら忘れてしまったようだ。……いや、貴様をこの手で天国へと召すことができたのならばあるいは思い出すかもしれん」

 

「おいおい、そんなことはやめろよ。永久に思い出せなくなるぜ? 具体的に言えばその毛の生えた邪悪な心臓に光の刃が鎮座するから」

 

「なるほど。自ら聖句を残し、自害する気か」

 

「斬新な解釈だなァ腐れ外道」

 

「なに。貴様ほどではないさ」

 

 不気味な笑い声を上げる俺とフリード。喉元にある糸のような聖剣は無視。幸い手首はギリギリ動く。そのため、黒鍵を撃ちだすには申し分ない。しかしそれはフリードも同じだろう。破魔刃を投げられるのは俺だけではない。

 

 なにやら紫藤が真っ青になって暴れているけど無視。それに構う余裕は無い。

 

 聖剣が紫藤の手元に戻ると同時、俺とフリードは動き出す。

 

 黒鍵の白刃と破魔の光刃とが、耳障りな金属音を立てて交差する。その直後に、ジークフリートから振り下ろされた刃が俺とフリードの間を分かつ。非常に不本意ながらも、俺とフリードが同時に拳銃を引き抜き、またしても同時に引き金をジークフリートに向かって引いた。ただ、もう片方の手がそれぞれ何をしていたのかは、別であるということは言うまでも無い。

 

 ジークフリートがその場から飛び退いて光弾を避ける。俺とフリードもそれをくらわないように避けて、しかし、その先には自分の位置に向かってきている光弾がある。フリードが俺が避けるであろう位置を推測して撃ったものだ。無論、それに返礼をしていない俺などではないので、フリードには都合三つの回転する黒鍵が飛翔してきていることだろう。

 

(セイクリ)(ッド・ギア)――聖杯の聖痕(スティグマ・エングレイヴァー)

 

 黒い僧衣の下でなにかが赤く光る。それと同時、体内に張り巡る水路が関を切ったように氾濫する。一瞬の疼痛。しかしそれはすぐに微かな鈍痛へと変貌し、俺の体を強化する。

 

 聖杯の聖痕(スティグマエングレイヴァー)。これこそが俺の所持する神器。俺がこれから先、エクソシストを続けるに当たって最も重要な道具だ。

 

 その能力は所持者の全身に、細かな魔術回路を発生させ張り巡らせるというもの。そしてそれは、悪魔とはまた異なるプロセスで魔術を発現させることができるのだ。……もうあれだね、俺ってすっげえ因果のもとに生まれてるよ。マジで。ここまでくると何か作為的なものを感じる。

 

 と、まあ、ぶっちゃけた話。この魔術が使用できる云々は、この神器の特性によるおこぼれである。この神器の本来の能力は、周囲の魔力を取り込み、所持者の体の一部に刻印として溜め込むというもの。だいたい一年につき一つができる。……正直、かなり微妙である。まだその刻印を一度も使ったことはないが、効果は凄いものだと信じたい。

 

 魔術回路が脈動し、黒鍵の存在密度が高まる。その黒鍵で光弾をかき消し、それを先の黒鍵を弾いたフリードに向かって投擲。

 

 フリードはそれを避け、続いたジークフリートの攻撃も避ける。どうもジークフリートはフリードを先に止めることを選択したようだ。……まあ、これで良し。おそらく、判断の基準はフリードの方が速いからだろう。

 

 よし、これで俺は一抜けた。

 

 黒鍵を仕舞い、麗しき女性三人のもとへと戻る。その時、シスターさんには軽く拳骨を落とされた。地味に痛い。

 

「き、綺礼! あああアンタなにしてんのよ! 私が後少し戻すのが遅かったらブスリってなってて私が泣いて主に叱られてしまう始末だったじゃないのー!!」

 

「綺礼さん! どうしていつもフリードさんと喧嘩ばっかりするんですかぁ! それとすぐにあの二人を止めてください! 怪我しちゃいます!!」

 

 鼓膜が痛いのである。

 

 拳骨が落とされた直後、アーシアと紫藤はそう言って詰め寄ってきた。双方、今すぐにでも泣き出しそうな表情である。

 

 あと、紫藤の場合は表情と台詞が合致していないような気がする。そしてもしも台詞が本音だったら、俺はちょっと紫藤との友人関係を考え直さなければならないに違いない。

 

 背後から襲い掛かってきた光弾を、黒鍵の白刃をもって斬り裂き散らす。まったく関係の無い話だが、この時の光弾の儚さといったら言葉にならないものがある。美麗なのだ。この時の清冽な光が。

 

「紫藤、大丈夫だ。アーシア、それは無駄だ」

 

 どうして、というアーシアの問いは黙殺する。黒鍵をしまわず、もはや変質的としか思えないような執念でこちらに射出される光弾を斬り裂く。

 

 視線の先では、ジークフリートがフリードを追い込んでいた。今はまだフリードの方が優勢に見えるが、あれは違う。フリードの単なる強がりで、そう見えるだけだ。

 

「あ、捕まった」

 

 紫藤の声が耳に届く。

 

 フリードが捕まえられ、シスターさんのもとへと連れられ、拳骨。フリードはそれだけで大人しくなった。気絶したようだ。はん、ざまみろ。

 

 フリードが気絶したので、また、昼飯時が近いこともあり、一旦皆そこで休憩。適当な木陰で皆思い思いに休む。

 

 といっても、アーシアはジークフリートと俺の切り傷を治癒させた後、フリードの治療を始めた。適当に美味しいやつをかっぱらって持ってっとく。……ついでに、フリードの分も。ついでに。あくまでついでに。

 

 胡坐をかき、そこに昼食を盛った皿を乗せ、十字を切って祈りを捧げる。その後、黙々と一人で食べる。都合、五分ほどで終了。味は弁当だということで追求はしない。

 

「ねえ綺礼、アンタって神器持ち?」

 

「そうだ」

 

「それってどんなの?」

 

 紫藤は俺が食べ終わると同時、神器について尋ねてきたので答える。意外にも大人しく、ふんふんと頷きながら聞いていた。

 

「擬似的な魔法の使用かぁ……。あれ? 悪魔の使う魔法とはどう違うの?」

 

「神器にも魔法と同じ効果を現す物があるだろう」

 

 炎やら氷やら闇やらを出して操る神器がこの世界には存在する。その神器はどうやってその異能を顕現させているのかというと、まあ、電気製品と同じ仕組みであるとしか答えようが無い。ただ、その電気製品とはあまりにも仕様が違うが。

 

「基本、それと同じ原理だ。ただ少し違うのが、これには様々な種類の魔方陣が内蔵されていることだ」

 

「内臓?」

 

 いくら内蔵の肉付きの方が良いからって内臓言うな。……いや、まあ、自分で言ってあれだが、意味わからん。

 

 とにもかくにも肉体に内蔵されている方の内臓じゃない。

 

 俺の神器のそもそもの能力は規格外な魔力の貯蓄。では、どうやってその魔力を使うのか? 答えはこうだ、使用者が望む効果に近い魔法のようなものを発動させることによってその魔力を使用する。

 

 魔力だけで魔法を顕現させることができるほど、人間は丈夫ではない。悪魔が魔力だけで魔法を発動させることができるのは、人間よりも強靭な肉体と人間よりも多大な魔力を持っているからだ。

 

 ではそれがない人間はどうやって魔法を発動させるのか? それは魔力を無理無く効率的に運用させることだ。かの大魔法使いマーリンは悪魔の魔法発動のプロセスを観察することで、それに叶う魔方陣を発見した。

 

 言葉にすると非常に簡単だ。微弱な魔力で宙に魔方陣を描き、その後にそこに魔力を通す。そうするだけで、魔法は発動する。注意すべきは魔力の操作のみだが、これが中々に難しい。その魔方陣がどれだけオリジナルに沿えるかで、魔法の威力と魔力の消費量は決まるといっても過言ではない。

 

 と、いうのがマーリン直伝の魔法で、もっとも悪魔の力に近い魔法だ。

 

 神器の魔法発動のプロセスは、それと少し違う。

 

 そも、神器とはどこに宿るのか。それは「魂」である。肉体という器に入る物質である魂に神器は宿るのだ。というよりも、魂と半ば融合する、というのが正しい。

 

 神器は所有者の思いによって進化する、それはこの中途半端な神器と魂の融合によるものだ。魂が震えるほどの思いでやっと神器は応える。応え、所有者が望む形に近づく。もちろん、それは神器の容量の枠内においてだ。

 

 そして、神器が変質するということは魂も変質することとなる。よって、自ずと魂に引っ張られて肉体も変化する。魂と肉体は相互関係にあるのだ。肉体が変質すれば魂は変質するし、魂が変質すれば肉体も変質する。

 

 と、いうことは神器持ちは自然と普通の人間の肉体とは若干違う仕様となっている。これが神器の能力を発動させるための大前提。

 

 それでは、お待ちかねの神器による魔法のような現象の発動のプロセスといこう。

 

 神器は聖書の神が創られたシステムに乗っ取ったものであり、人間の魂の一部である。ということは、人間は聖書の神の創られたシステムの末端となる。

 

「……ん? 主のシステムの末端……?」

 

「つまり、神器持ちはある意味で主とつながっているということだ」

 

 システムは聖書の神が管理していらっしゃる。そしてそのシステムは聖書の神がお創りになられた。また、神器を生み出したのも聖書の神だ。

 

 ということは、神器とは聖書の神の力によって発動させられる。天使を生み出しすほどの力のある聖書の神の力によって。

 

「ちょ、ちょっと待って! じゃあなんで魔剣創造(ソード・バース)なんてものがあるの!?」

 

 紫藤の疑問ももっともだ。なぜ聖なる力によって魔なる剣が創造されるのか。どう考えても、それは矛盾しているだろう。

 

 だが、実のところそう矛盾はしていない。

 

「紫藤、主はなんだ?」

 

「全知全能の全ての父――、あ……!」

 

 そう、主に不可能など無い。なにせ、数十倍もの悪魔の軍勢に一人で打ち勝つのだから。

 

 聖書の神にとって、聖なる力を反転させて、魔なる力を生み出すことなど容易いことだろう。どうして元天使である堕天使や悪魔達が魔なる力を生み出せるというのに、聖書の神が使えないというのか。

 

「ということは、神器の力は……!」

 

 頭の巡りが早くて助かる。

 

 つまり、神器は聖書の神の力を借りて発動させるための媒体。人の力と心意によって神威を振るう――まさしく、神の器と呼ぶに相応しいものだ。神の力の器、の方が正しい気もしないでもないがそれはそれ。

 

「――と、いうのが私の意見だ」

 

「綺礼の意見なのっ!?」

 

 あからさまにガビーンといった表情の紫藤。どこぞの少女漫画のモノトーン画になってんじゃねえよ。傷つくぞ。

 

「実のところ、悪魔の魔方陣と主の魔方陣を見比べたことが無いためになんとも言えん。だが、北欧魔術と悪魔の魔法は別物だと聞き及んでいる。つまり、この私の意見はまったくの嘘だということではない」

 

 はずだ。

 

 俺のこの理屈のような屁理屈に、紫藤は難しい表情になり、うんうんと唸る。

 

「……さすが璃正さんの息子ね。変に理屈っぽいから私にはわかんないや」

 

 おい。

 

 その紫藤の言葉によって、俺は内心で微妙な表情となる。とはいえ、一瞬のことだ。そう長い時間ではない。

 

「でも、凄いというのはなんとなくわかったわ。綺礼って頭良いんだね」

 

 そう言ってニカーと笑う紫藤。

 

 ふむ。しかし、なんとも不意打ち気味だ。常日頃から鉄面皮を貫いていなければ、俺の精神年齢が四十路に近づいていなかったら、社会人成りたての俺ならばこの笑顔にやられていた。ロリコンなにそれ状態になっていた可能性が高い。

 

 そして、なんともむず痒い。前世ではこうやって素直に褒められた覚えが無いので、なんとも言いがたい。きっと、今の紫藤は小学生男子にとって魅力的な女子だろう。中学に上がればますますそうだろう。

 

「――だああああああああ!!! うっせえェンだヨ綺礼のクソヤロウ! てめえはいつも通りに黙ってむっつりしてろ!!」

 

 俺の父性による感傷っぽいものを一瞬で不機嫌へと地獄に叩き落した蛇はフリードだった。ああやってピンピンしている様子からは、少し前から起きていたと思われる。

 

「ふ、フリードさん! 気絶してたんですから安静にしてください!」

 

「うっせェよ、アーシア。そんな程度でくたばる軟弱野郎がエクソシストをヤッてられッかてンだよ」

 

 フリードはそう言うと、アーシアの静止を振り切って立ち上がる。アーシアが俺に助けを求めてきた。すると、隣の紫藤が言う。

 

「そこの不良! アーシアちゃんが心配してあげてるんだから大人しく寝てなさい!」

 

 ビシイッと、男前な効果音が見えた。……どうも俺は疲れているらしい。

 

「うぜェ」

 

 うぜえって、お前は反抗期の息子か。

 

「綺礼、俺の武装をこッちに投げ渡せ。――早く」

 

 珍しく、フリードがこちらに一切の罵倒無くそんなことをのたまった。

 

 俺はシスターさんの手元にあった破魔刃の柄と、破魔弾の拳銃を投擲する。

 

 ――同時、五人の影の黒が深くなる。

 

「――――え?」

 

 それは紫藤のものか、アーシアのものか。呆然とした声が耳朶を打ち、その直後に視界がブレる。

 

 腰を捻り、地を削る。拳と掌を打ち合わせ背後へと、全体重を乗せた肘を奔らせる。それは右の背後の空間に在ったモノを容易く穿ち、そこから続く反動によって前方へと移動。それは俺の体を先とは逆に回転させ、一陣の台風へと変貌させる。

 

 左足が軸となり、黒き僧衣の下で全身の回路が氾濫する。それは一瞬の閃光と化し、螺旋からの直線を描く。俺の足が紫藤の背後のモノを、規格外の威力で蹴飛ばす。

 

 紫藤の背後に自然と庇うように立ち、残心。油断無く敵の使い魔を見据え、同時、アーシアがフリードによって護られたことを確認。

 

 フリードの口が、上から食われた赤い三日月へと――変貌する。

 

「――――――――――ギャハ」

 

 フリードの口から、無機質な音が漏れた。

 

「ギャハッ――――――! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――――――――!」

 

 それは狂気に濡れて、もはや声は聞き取れない。轟々と鳴り響くのはフリードの狂気に凝り固まった哄笑。それは純白の黒風の軌跡に漂い、敵の使い魔の血霧と共に地面に落ちる。

 

 狂った白刃が竜巻の如くに吹き荒れ、切り裂かれた魔なる存在が虚無へと帰す。熊のような姿の使い魔が純白の黒風のもとに無謀にも立ちはだかり、一瞬のうちにその身を幾多もの肉の塊へと解体した。

 

 その凶器は止まるところを知らないのか、急に湧いて出てきた無数の異形の団体へと突っ込んだ。

 

「フリード!」

 

 ジークフリートがそう叫び、フリードの後を追って破魔刃を振るう。見事な太刀筋が軌跡を描き、異形を殺した。……んー、フリードと比べてやっぱ見劣りする。いや、技術はこっちの方が高いんだけどなぁ。

 

 俺はアーシアを護りながら、地中や空中から襲撃してくる敵を撃退していく。いや、凄く多いな。

 

「攻め込もうとするな、紫藤」

 

「わ、わかってるわよっ! 綺礼のくせにうるさいっ!」

 

 んな理不尽な。それに突っ込む気満々だったろ、絶対。接待じゃないぞ。どこぞのラスボスのネタじゃないぞ。……うわー、つまんねえ。

 

 まあ、こっからは普通に進んだ――わけがない。

 

「フリードのところに使い魔が集まっているな」

 

「ん? そうなの?」

 

 迫り来る無数の使い魔を拳で殴り殺す。しかし、どれだけの使い魔を作ったというのか。周りを見れば多種多様の使い魔達。人型があれば獣もあり、鳥や爬虫類の類もいる上、……。

 

 後ろを見る。アーシアが気絶していた。シスターさんに抱えられている。

 

 ……虫が多いのだ。というか大半が虫だ。それも異様に繁殖力の高い嫌われものばっか。ゴキブリとかその筆頭である。

 

「紫藤はよく平気だな」

 

「そうじゃないと聖剣使いなんてできないでしょ。……いやあ、なんか虫を見てると思い出すわ。聖剣使いに選ばれたんだから弱点は極力無くそうって努力したの」

 

「ふむ」

 

「で、真っ先に行ったのが昆虫博物館。なぜだかそこだけ生きた野生のゴキブリと触れ合おうっていう企画があってねー……」

 

 その先は言わなかった。ただ、紫藤にとっては珍しい憔悴しきったような苦々しい表情から、どんなことになったかは想像できる。

 

 十中八九パニックになったのは間違いないと見て構わないだろう。となれば、ゴキブリを踏み潰したりしたのか、ケースを壊して外に出してしまったのか。この先は紫藤のみぞ知るということで。

 

「怪我の功名か?」

 

「そうね。おかげで虫を潰すことになんの躊躇もなくなったわ。きっと、今では悲鳴すらあげないでしょうね」

 

 ああ。ということは踏み潰してしまったのだろう。その時の顔が見れなくなってしまって残念だ。さぞ面白いに違いないのに。

 

「主は紫藤に何らかの恩賞を与えるだろう」

 

 というよりも俺が与える。あまりにも不憫過ぎるのだ。

 

「……ぅう。綺礼、やっぱアンタって良い奴ね。ありがとう」

 

 さて、どうでも良い戯言は脇に置こう。

 

 フリードの方向へと向き直る。やはりおかしい。敵がフリードの行く先々に現れすぎだ。後続のジークフリートはさぞかし苦労していることだろう。

 

 逆に、俺のところには少ない。ああして会話できるほどの余裕がある。

 

 となれば――。

 

「紫藤、アーシア達を任せる」

 

「え? ちょっとなんで――」

 

 回路の巡りを体内にのみ留める。魔力のようなものが俺の全身を駆け巡り強化した。足音をたてないように静かに駆け出す。

 

 紫藤の文句が聞こえるが、まあ、無視しても大丈夫だろう。

 

 チラリと、フリードの方へ視線をやった。やはりフリードは狂喜しながら悪魔の使い魔を順調に刈っていっている。たまに殺し残しがあるが、それは後から続くジークフリードが確実に殺していっている。

 

 俺のところに悪魔の使い魔は来ない。というよりも俺は大きく迂回して、戦闘区域から外れた場所をひた走っているからだ。

 

 とはいえ、俺が一人であるということはかなりのチャンスに違いない。悪魔にとって天敵である聖剣の無いお子様エクソシストだ。そうそう殺される気などないが、文章に起こしてみれば子供とはいえエクソシストを葬るのには絶好のチャンスだ。

 

 だが、それでも向こうは俺に戦力を回さない。ということは、だ。そんな余裕が無いということ。そして戦力の大半がフリードに集中させられているということは――フリードが、使い魔を操る悪魔の位置に一直線に向かっているということだ。

 

 ……いや、まあ、憶測でしか無いけど。だが、フリードの突っ込んでいっている先々に集中的に現れるのはおかしい。

 

 よって、フリードの向かっている先へと先回りすることにする。

 

 服に木の枝などが引っかからないように、足音を立てないように気をつけながら駆ける。規制をするべきだと思うような奇声を上げるフリードの声の動きを頼りに、位置を探る。

 

 果たしてどれくらいの距離を走っただろうか。正直、フリードの声の動きからの推測で集中していたためわからない。だが、体感時間としては長かった。

 

 ――――いた。

 

 黒い僧衣の男だ。顔はフードに隠れてわからない。だが、気配でわかる。俺の今眼の前にいるこの人物は、悪魔であると。

 

 彼は走っていた。フリードから少しでも遠ざかろうとしているのだろう。だが、遅い。そんなものではいずれ使い魔が全滅し、フリードに一瞬で追いつかれてしまう。

 

 おそらく、彼が逃げるのが得意だったのは気配の断ち方だったのだろう。俺は彼を視認するまで彼が近くにいるとは思わなかった。……フリード様様である。非常に認めたくないが。

 

 さて、彼がフリードに一瞬で追いつかれるということは、俺よりも遅いということ。神器の回路を氾濫させ、身体に負荷をかけて強化。彼が弾かれたように俺のほうを向いた。だが既にそこに俺の姿はない。

 

「動くな」

 

 俺は彼の逃走経路の真ん中、つまりは、フリードと彼を直線で結んだ先に移動した。

 

 ここで初めて、俺は彼の顔を見た。

 

 白髪の男性だ。顔はやつれ、前髪で顔の半分を隠している。フードの隙間から覗く首には、引きつった跡がある。……主の下から逃げ出した悪魔の大半は、異形だと聞く。理由は不明だ。

 

「会話はできるか?」

 

 俺は彼に問うた。だが、彼はそれに答えない。それどころか周りに視線を必死に巡らせている。逃げる算段を考えているのだろう。

 

「……ふむ。悪魔よ、一つ助言をしてやろう。ここは逃げようなどと考えるべきではない」

 

 俺は構えを解いて、悪魔に一歩歩み寄った。それにより、悪魔の注意は俺に向く。

 

「今、私達はお前を追い詰めた。嗅覚の鋭い犬を以ってな。それも、かなり足の速い犬だ」

 

 ここでいう犬はフリード。

 

「君の足では到底逃げ切れるものではない。いや、転移術を使えばそうではないだろうが、それは得策ではないだろう。魔力の残り香で追跡されるだろうからな。そして、その犬は君の下僕では殺すことなどできない」

 

 フリードは依然としてこちらへと向かっている。

 

「つまり、今の君は万策尽きているわけだ。――――()()の策はな」

 

 悪魔の眼がこちらに注がれる。悪魔の興味を俺に引くことは成功。ならば、このまま語るのみ。

 

「ああそうだ。今の君に逃走という手札は無い。ならばどうするべきだ? 命乞いをするか? 交渉でもするか? いや、その手段はできないだろう。なにせエクソシストは悪魔を殺したくて殺したくてしょうがないのだ。せいぜい、喋るだけ喋らされて殺されるだけだな」

 

 濁った瞳に宿る僅かな理性の色が剣呑なものを孕む。もう少しだ。

 

「さて、再度の質問をしようか。君は会話はできるかね?」

 

 その言葉が引き金となる。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!!!!!」

 

 悪魔が咆哮。同時に、俺へとその貧弱な人外の膂力を振るう。

 

 腕がボコリと不気味な音を立てて盛り上がり、黒い僧衣を破る。その下から現れたのは、線の細い悪魔には不釣合いな黒い豪腕だった。それも、竜の頭部を模したような悪趣味なものだ。

 

 それは豪速を以って振るわれる。

 

「――――っ」

 

 俺はそれを背後へと跳躍し回避した。だが、その膂力は圧倒的なもので、木々をなぎ倒し、大気を翻弄させる。その風に当てられて、俺の体はわずかに揺らぐ。

 

 片足を着いて着地。そこへ、もはや原型を留めていない黒い悪魔(キメラ)が俺に向かって跳躍してきた。

 

 まさしく悪鬼だった。頭部には黒い角が生え、その表情は様々な肉食動物のパーツによって歪められている。体の筋肉は盛り上がり、所々にいかにも硬そうな体毛。四肢は竜の頭部と鷹の足、虎の爪に馬脚。尻尾も生えていて、それは二股に分かれている。その片方は鰐の顎だ。

 

 ……いや、これってどこのびっくり生物だよ。

 

 四肢のそれぞれが別の生き物のように蠢く。それらは四方八方から俺に迫り来た。絶体絶命のピンチ。

 

 だが、若干遅かった。タイムアップ。

 

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――――――――!」

 

 その背に、白光の刃が突き立てられる。そしてその次の瞬間、純白の黒風が悪鬼の首を切り落とす。そして更に四肢を蹂躙――しようとして、尻尾に弾き飛ばされる。うわ、化け物だこいつ。首切り落とされて生きてやがる。

 

 フリードが吹き飛ばされる直前に、俺は六つの黒鍵を投擲。円弧を描いて白刃が飛翔する。無論、それらが狙い通りに悪鬼に傷を負わせられるはずが無く、一本が突き刺さったのみで他は弾かれた。

 

 その隙に、悪鬼の真下を潜り抜け、フリードをスライディングキャッチ。意識があるのを確認し、撒き餌にするために横へと軽く投げた。

 

 しかし狙いは外れ。悪鬼はこちらへと向かってきた。それも顎を開いた四肢が俺に襲い掛かる。うわあ、悪趣味極まりない。

 

 黒鍵を一つ強く握りしめ、それに魔力のようなものを纏わせる。腕を振りかぶり、全体重を乗せて投擲。ザ、見よう見まねの鉄甲作用。それは奇跡的にも避けられず、四肢の頭部になぜかついてあった目玉を刺し貫き、そして――それに幾筋もの裂傷を顕現させる。

 

「ア゛、ア゛っア゛ギィ――ア゛ア゛ア゛・ア゛ッ!!」

 

 悪鬼がその四肢の一本を抑え、その、傷口の開く痛みに絶叫する。

 

 ……非常に不本意なことに、俺のもっとも得意な魔法――のようなもの――は傷の切開である。それに気がついたのは自分で傷口の切開をした時だ。皮膚に少しばかり深く食い込んだ木片を、ちょっとした好奇心で魔力を指先に集めて傷口を切り広げて取り出した。それがあまりにもスムーズにいったので、もうびっくり。素直に喜べないこと、堂々の一位である。滅べ。

 

 ともあれ、悪鬼は痛みに耐性が無いのか、大きな隙ができる。

 

「――――ハァッ!」

 

 悪鬼の懐に小さく潜り込み、下から上へと腹を突き上げる。絶叫を寸断する苦悶の唸り声。そこからさらに体を捻り込み、密着。腐った肉の酸っぱい臭いが鼻をつく。が、それに構わず、手刀を作った。魔力を纏わせ自分の特性に沿った念を込める。それだけでその魔力は強制力を持ち――軽々と、俺の手刀を悪鬼の腹に貫通させる。

 

 再びの絶叫。

 

 そして、横合いからの衝撃。

 

 咄嗟に右腕でそれを受け止め、しかし弾き飛ばされた。若木の折れるような音が、激痛を伝える電流と共にシナプスを貫き、俺の視界を明滅させる。

 

 左腕で地面を叩いて悪鬼から距離を取る。右腕はぶらりと垂れ下がり、その手に握られていたのは赤黒い血液と、ピンク色の内臓、そして、白い欠片となった骨の残骸。

 

 被害甚大。だが、敵の足止めに成功。悪鬼は俺を視界に捉え、俺へと一直線に迫り来る。激突まで、約、三秒ほど。終わった。

 

 俺ではなく、悪鬼が。呆気なく終わってしまった。

 

「こォ――――レならどうヨぉ、悪魔さんよォ」

 

 無機質な声が、光の刃に串刺しにされた悪鬼に降りかかった。どす黒い鮮血が噴き出し、しかしすぐさま灰となる。

 

「タマ落として死なねえんならよォ……、串刺しなら死ぬか死ぬだろそうなんだろこの底辺のゴミ屑野郎がァッ! アー……、さっさところりと死んで消えて泣き叫べよこのサンギョウハイキブツ」

 

 いや、順序が違うだろう。泣き叫んで死んで消えるのが普通だ。

 

 フリードはそんなことをのたまいながら、破魔刃を持ってるだけ悪鬼に突き刺していた。……その数約二十本。どこにどんだけ携帯しているんだ。

 

 さすがに、そこまでの破魔刃を受けて生きていられるほど、悪魔は強くない。悪鬼の遺体は灰となって死んで消えた。……どことなく、呆気なく感じてしまったのは気のせいだろう。

 

 その後に残るのは血の染み付いた服の少年二人。一人は右腕を骨折、もう一人は胴体に大きな打撲。……おそらく。俺は絶対に右腕が折れてる。

 

 なんとも凄絶だ。今ここで俺とフリードが殺し合いをしていたと証言したら、誰もが信じて疑わないだろう。

 

「気は触れているな? フリード・セルゼン」

 

「心停止してんだな? 言峰綺礼」

 

 良かった。お互いに正気なようだ。とはいえ、どうしてそれの確認方法がこんなにも頭の悪い悪口なのか。頭が悪い悪口とは救いようが無い。扱いようはあるけども。

 

 そのまま地面に座り込む。触れて少しでも動かせば嫌な音しかしない右腕を固定する。

 

 さて。

 

 これにて、俺の初エクソシズムは終了。

 

 最後はフリードに持っていかれ、怪我の酷さ的には俺がかなりの貧乏くじを引いているような気がしないでもないが。

 

 その後起きた出来事は割愛。尺が足りないのだ。

 

 息を切らしたジークフリートがここに来て馬鹿二人に小言を言うまで数秒後。シスターさんに連れられて来た美少女二人組みがここにつくまで数分後。その内の一人が涙目になって治療を始め、二人で馬鹿二人に説教しながら泣き出すのは数十分後。元気になった俺とフリードが口汚く罵りあうのは一時間後。

 

 ……まあ、その、なんだ。

 

 ちょっと配役が違うだけで、しかし、結局のところいつも通りになってしまった。


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