【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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05 胸中について

 

 あの悪魔の本領は使い魔の作成だったようだ。後々知った。

 

 なんでも、自分の非力さを嘆いて使い魔作成に手を出したそうだ。自分が弱いのならば武器などをつくってそれを補えば良い、しかし、自分は武器の扱いはさっぱりだ、ならば、自分で考え行動する使い魔を創れば良い、との考えでそうなったようだ。そして、その過程で自分にその使い魔を寄生させ、いざという時にそれを発現させて身を守るということも考え、実行した。

 

 なるほど、悪鬼のような姿になったのはそれが起因していたのか、と納得。よし、転生悪魔になった時はそのアイデアを利用させてもらおう。使い魔を創るっていうのは楽しそうだ。……しかしそれの成れの果てがあれっていうのはなぁ……、いや、まあ、ありっちゃあありか。

 

 揺れる飛行機の中、半ば現実逃避気味に俺はそんなことを考えていた。

 

 俺は中学一年生となり、あの教会から出ることになった。もちろん、フリードとアーシアとは別れることになる。

 

 理由はこうだ。フリードの精神がシスターさんの手で充分に管理できるように落ち着いたから。それで俺は日本へと帰国、アーシアは元の教会にへと戻ることとなった。

 

 それに反対したのはアーシアだけで、俺とフリードは諸手を挙げて賛成した。無論、俺とフリードは互いに互いを頭の悪い言葉で罵り合いながら。

 

 いやあ、あの時は本当にせいせいした。ようやくあの狂犬と離れることができる。それを思うとあの腹の立つやり取りも一段と楽しかった。これまで考えてた罵詈雑言の数々を誰にも止められる事無く、全部吐き出せた。しかしそれは向こうも同じだったようで、そのフリードの言葉にはかなり腹が立って、未だに思い出すと言いたいことがかなりの量で出てくる。そして、お互いに言いたいことのストックが尽きれば、実力行使。どんなことをしたかはなぜだか思い出せないが、頭皮が痛かったことから髪を引っ張るというかなり低劣なことまでやったことが伺えるため、それがどれだけ苛烈だったかが想像……できるわけがない。ああ畜生、腹が立つ。会いたくは無いが殴りたい。あの腹立つ顔を殴り飛ばしたい。蹴り飛ばしたい。顔面に一発この拳を突き立ててやりたい。

 

「綺礼、貧乏揺すりは止めなさい」

 

「……はい」

 

 知らず、貧乏ゆすりをしていたようだ。深呼吸を一つして、フリードのことは脳裏から追いやる。そしてその代わりにアーシアの可愛い場面を思い浮かべようとして――。

 

「……」

 

 呼吸が止まる。全身が硬直する。

 

 思い浮かんだのが別れる直前のアーシアの泣き笑いの表情だからだ。俺の気休め程度の別離の言葉で、頭の悪い女よろしく言いくるめられたような振りをした時の、あの。

 

 ――いやいやとはいえ、それは俺の主観であるがために、それが真実や事実とは限らない。もしかしたらアーシアは本当に俺の気休め程度の、「いつでもまた会えるさ」的なノリの軽い言葉に言い包められたのかもしれない。本当は滅多に会えないということに、気がついていないのかもしれない。

 

 ……知らず、歯を噛み締めた。というか気づいたらそうしていた。鼻がつーんとする。

 

「父さん、聖書を取ってください」

 

「……今は読んでは駄目だ。眼が悪くなる。寝ておきなさい」

 

 父さんの声がわずかに硬くなる。

 

「――――」

 

 いつもの俺ならそこでそれに従うのだが、今は違った。無性に、そう簡単には諦めることはできなかった。

 

 多分、寝れないだろうし。そうなると、余計なことを考えそうで寝れそうにない。眠ることができたとしても、夢にも出てきそうで嫌だ。そんな後味の悪い夢を、今はどうしても見たくない。寝起きに醜態を晒しかねない。

 

「お願いします、父さん」

 

「………………」

 

 父さんが黙る。俺も黙る。

 

 どれくらい沈黙していたのか。俺は必死に自分の手元だけを見ていたのでさっぱりだ。

 

 ふと、無言で聖書が俺の手元に置かれた。

 

「ありがとうございます」

 

 機械的に礼を言って、聖書のページを捲る。それは見慣れた英語の文字列。あの教会で最初は日本語のものを使っていたが、英語に慣れろということで使い始めた聖書。

 

 そういえば、読めない単語の発音はアーシアに聞いていたっけ。……綺麗な言葉はアーシアから、汚い言葉はフリードから学んでいたような気がする。っつーかフリードの場合、その大半が悪口でそれも結構な俗語だった。ふぁっく。

 

 ……俺は、日本までの飛行機の中、ずっとこの聖書を読んでいた。日本につく数分前には全部読み終わっていて、それからは頭の中で聖書の言葉を暗唱した。

 

 ――ともあれ、非常に不本意だが、この聖書はしばらくの間宝物にしなければならないようで。

 

 あと、飛行機から降りた後の荷物確認で日本語で書かれていた聖書が無くなっていたのに気づいた。でも、それはアーシアにあげたんだと思い出してパニックにはならなかった。パニックになる一歩手前で思い出せれて良かった。

 

 アーシアには日本語の教材として俺の持っていた聖書をあげた。別れの餞別だ。フリードには黒鍵の投擲をくれてやった。紫藤には、というかイリナには、俺が気に入っていた十字架をやった。

 

 悪魔退治の後、紫藤のことはイリナと呼び捨てすることにした。んでもって、十字架をやった。建前としては上の二人と一緒の餞別、本音は虫に関することでどうしても労ってやりたかったから。その時のイリナの笑顔は凄く愛らしく良いもので、正直、俺の本音を言って機嫌を損ねてもらおうかと思ったくらいだった。だって、ねえ? 俺の本音は結構酷いし。同情だし。可哀想な子扱いだし。

 

 あの期間で俺の中のイリナの株が急上昇。普段は能天気、だけども真面目な頑張り屋さんに昇格。アーシア? もう好感度はマックスだよ。俺のオアシスだぜやっはー。……ああ、会いたい。

 

 がさごそと忘れ物が無いかと探し物を続行。すると、かちゃり、という音がした。その音を俺は疑問に思い、腕を一気に突っ込み、それを引き抜く。

 

 俺はそれを見て唖然とした。

 

 それは凄く見慣れたものだった。L字型の純白の物体で、その曲がった所には台形の枠があり、その枠の中にはノの字型の指にフィットするような形のもの。短い長方形の部分はしっくりと手に馴染む。

 

 視線をかばんの中に戻すと、一枚の白い紙切れがあった。俺はそのL字型の物体をかばんに戻し、その白い紙切れに乱雑に書き殴られた糞野郎の英語を読み解いて破り捨てた。その紙切れにはこう書かれていた。ふぁっく。曰く、「銃刀法違反で逮捕されて死ね」。ふぁっく。てめえこそくたばりやがれ。っつーか俺がこの拳で直々に引導を渡してやろうか。

 

 白いL字型の物体はあの白い拳銃だった。

 

 

 

 

 中学生になって、俺は普通の学生とエクソシストの両面生活をすることになる。

 

 といっても、仕事なんてほとんどない。たまにここの近くを治めている悪魔が取り逃がした無法者を狩る程度だ。強いことはあっても殺せないことはなかった。

 

 以上、異常無し。特に驚くような出来事は無かった。

 

 といってもそれはエクソシスト関連であり、中学校関連ではそうではなかった。

 

 俺が通うことになったのは、元々通っていた小学校と同じ地域にある中学校だ。ということは必然的に俺の知り合いが多いという事で、なにやら歓迎会みたいなことをすることになった。いや、何故だ。俺もさっぱりわからん。

 

 ともあれ、そんなことで俺は割安なバイキングのメニューのある店に来ていた。

 

「そんじゃ、あの委員長こと言峰の帰還を祝って転校生歓迎会を始める!」

 

 リーダー格っぽい男子生徒がマイク片手にそう言って、一斉に俺への質問が始まった。

 

 というか、コイツ中二病真っ盛りだ。台詞が。ノリが良いのは結構だが、黒歴史はそれ以上作るなよと無駄なことを胸中で呟く。

 

 質問は主に、海外での生活。おそらく訊かれるだろうと確信していたので、そのあたりは父さんと煮詰めた偽物の話で勝手に盛り上げさせとく。向こうの生活、習慣、英語どれだけ喋られる? 良いなーズリィなどなど、流れるように進んでいく質問と話題。

 

 ここで、ふと、こんな質問をされた。

 

「仲の良い子ってできた?」

 

 するととても、とても、不思議なことが起こってしまった。喉の奥に用意していた台詞が突っかかり、脳内が勝手に用意して、舌が勝手に紡いだ。

 

「仲が悪い奴ならできたな」

 

 俺のこの台詞に、店内が静まり返る。

 

 というか、何言ってんのさ、俺。

 

 そう思うも、どうしてか俺の脳は俺の意思を綺麗にすっぱりさっぱり無視してスルー。あれか? 俺は足元の虫か? 虫を華麗に無視ってか?

 

「最悪だった。出会い頭は最悪で打撲が普通の喧嘩をした。武道を嗜む身として、負けはしなかったが、それでも最悪だったことに変わりは無い」

 

 といっても、勝ったとも思ってもないが。今のところ全戦善戦全引き分け。ただし俺の味方にアーシアがいるから問答無用で俺の勝利。ふははは。俺が勝っていると思っていれば俺の勝ちなのだよ。アイツがどう思ってようと知らん。

 

 ……現実から逃げるのは止めよう。ともかく、この俺に注目した空気を払拭しよう。ついでに重い空気も。

 

「仲の良い人物もできた」

 

 ここで、アーシアのことを話す。語るのはアーシアの武勇伝……というか聖女伝。適当に明るい話題と暗い話題を織り交ぜながら話していく。

 

 そうしてアーシアのことを話していくうちに、茶髪の少年……っつーか兵藤がすっげえニヤニヤした表情になっている。

 

 奇跡的に、俺が転入したクラスは兵藤と同じクラスだった。なお、小学生の頃になんだかんだで一番気兼ね無く話ができたのは、意外にも兵藤だったりする。兵藤は馬鹿で素直で開けっ広げ、だけどもなんだかんだで人のプライベートは言いふらさない良心の持ち主である。ということで、休み時間には兵藤の席に行って会話をしたのだ。

 

 以下、会話の一部抜粋。

 

「あの時の宣言通り、彼女はできたか?」

 

「おぉうっ!? で、でででできたぜできた!! 年上のバインバインの女子高生!」

 

「それは良かった。なにせ向こうに行く時に一番気がかりだったのは兵藤、お前だったんだ。お前は馬鹿でアホでスケベだったから、皆に嫌われていないか心配だった」

 

「ふ、ふーん。ま、まあ俺のエ……じゃない、俺の手にかかればイチコロさ」

 

「見たところ、彼女だけでなく友達もいるようだ。羨ましいな。中学一年で交友関係が充実するとは」

 

「はははー、すげーだろー」

 

 ちなみにこの時、兵藤は俺の後ろを非常に気にしていて、とても小さな声で棒読みだった。ああ、楽しかった。しかし……、なんだ、手応えが無い。上手く行き過ぎて怖い。

 

「お前、その子のこと好きなのか?」

 

 その台詞で場の空気がまたしても俺に圧し掛かってきた。俺は内心、それに嘆息する。ああ、からかい過ぎたな、これは。

 

 これは兵藤なりの意趣返しなのだろう。この大勢がいる空間で、そんなことを訊くのは火薬庫の中に時限式の爆弾を置くような行為だ。

 

 さて、どうしようか。

 

 ここで俺がアーシアを好きだといえばもっとも早く終わるのだが、それはなるべくしたくはない。なぜか。それは俺に気軽に話しかける一つの要素になるからだ。こらそこ、そんな要素が今更増えたからって変わらねえだろ、とか言わない。

 

 中学生では女子が恋愛に本格的に興味を示し始める。また、一部の男子もその空気に釣られて恋愛に興味を示す。そしてその一部の男子というのは、そのほとんどがクラスの中心的グループ、賑やかなグループのメンバーであることが多い。つまり、彼らは少々大々的に恋愛をするようになる。となれば、残りもそれに釣られるのだ。つまり、中学では恋愛は一種のステータスになる。もちろん良い方向の。

 

 しかし、中学はまだ子供だ。大人になろうと背伸びをするような。そして、彼らにはその恋愛の経験が乏しいし、それを知っているような人物はといえば親であるが、そこは大人になりたい子供の性。そうそう簡単に親に恋愛を尋ねるようなことはできない。

 

 では、どうするか。ならば恋愛をしている人物とその話をすれば良い。至極明快単純だ。背伸びの性もそう簡単に鎌首をもたげはしない。

 

 以上、一秒以下でさっと考えた理論。武装ですらないただの小道具。役にこれっぽっちもたちやしねえ。だが、何かを言わないと気に食わないことに兵藤に一杯食わされたこととなる。それだけは勘弁だ。

 

 考えろ、考えろマクガイバー。頭中の糞ギア回せ。ゼロコンマ二秒で考えろ。色々混ざってるけど気にするな。

 

「――ああ、好きだとも」

 

 俺は諸手を挙げて降参した。どんな光景が今から起こるかは、まったくもって見たくないので眼は閉じる。

 

 瞬間、歓声が爆発する。

 

 がやがやがやがや。どんな会話が行われているのかも聞きたくは無い。だが、なぜだか眼の前の人物が非常に悔しそうに歯軋りをしているのは聞こえた。っつーかそれだけに耳を傾けた。ふはははは。俺の勝ちだ、兵藤。

 

 ふははは、はははははははは、ははははははははははははははは――!! どこぞの黄金閣下のように俺は内心で高笑い。もちろんイメージボイスは知る人ぞ知るあの人。運命と怒りの日の双方のキーキャラに声を当てた人。

 

「それでそれで!? 告白したの?」

 

 よし、この問いを待っていた。

 

 とある女子の問いに、俺は眼を開けて先と変わらぬ鉄面皮を作る。

 

「告白?」

 

「そう、告白! その子の返事はどうだったの? 遠距離恋愛っ?」

 

 近い。かなり近い。チキンな俺にはその距離は辛い。

 

「恋愛?」

 

「もう、とぼけちゃって! 恋人関係じゃないの?」

 

「そんなわけない」

 

「ってことは振られたの?」

 

「誰が振られたのだ?」

 

「えっと、その、言峰君が」

 

「そんなわけがない」

 

 俺のその答えに首を捻る同級生女子。他の人達も俺のこの口ぶりに気がついたのだろう。皆が聞き耳を立てる。

 

「あれ? 言峰君ってその子のことが好きなんだよね?」

 

「そうだ」

 

「告白したんだよね?」

 

「何を?」

 

「何をって……、ほら、……えーと、その……、『君のことが好きだ』的なっ!」

 

 顔をちょっと赤くしてキャーって言いながらうずくまる同級生。俺はそれを上から見下ろす。ううむ、つむじがお綺麗なことで。

 

「どうして言う必要がある?」

 

「えー……」

 

 ないわー、という表情を一様に浮かべる同級生達。俺は意味がさっぱりわからんといったような顔を作る。具体的には、眉間に皺を寄せる。

 

「私にとって彼女は好ましい友人だ。どうしてその彼女に対し、そんな今更なことを告白せねばならない」

 

「……つまり、言峰にとってその子は親友ってわけなんだな」

 

 げんなりとした表情で兵藤がそんなことを言った。

 

「そういうことだ」

 

 俺は皆に断って席を立つ。座っときなよ、俺らが取って来てやるからさ、という級友の嬉しい言葉に俺は、座っていると体が痛くなる、という理由で自分で食べ物を取ってくる。白ご飯は取らず、全て肉。焼肉用の。口臭を防ぐ奴は持ってきている。だからたくさん肉類を食っても大丈夫だ。

 

「……よくそんなに取ってきたな」

 

「海外ではたくさん食べる機会が多かったからな」

 

 若干ズレている答えを返して席に着く。皆一様に俺のとってきた肉の量に驚く。なにせ山盛りだ。正直なところ、俺でもびっくりしている。もちろんのこと、前世の記憶と照らし合わせた結果だ。

 

 豪快に肉を網の上にぶちまける。父さんが目撃したら雷を落としかねないものだが、今幸いにして父さんはここにはいない。ので、精一杯羽目を外させていただこう。

 

 その後は、特筆すべきことはなく、平坦に過ぎていった。適当にクラスメイトと会話をして、交友を深める。だけども簡単にはこちらには踏み込めないような、暗黙の了解も作る。

 

 これは父さんから言われたことでもある。超常の存在を知らない者と深く関わるな。表面上のお付き合いだけに留めろ、と。無論のこと、それは俺にとっては願ったり叶ったりなので、異論は無い。だが。やはり。

 

 俺は先ほど取った肉を全て一人で食い終わったので、はたまた席を立って取りに行く。俺の視界には仲良く談笑する一組のグループがいる。そのグループの内一人が俺に気づいて、良く食うなー、と笑いながら俺に話しかけ、俺はそれに、まだまだ食うぞ、とニヤリと笑って返す。

 

 やはり、こうもいきなり、一人になるのは寂しい気がする。なにせ三日ほど前まではいつも三人で行動していたのだ。耳に、聞こえるはずの無い声が張り付いているような気がした。

 

 自分で自分の気分を落ち込ませてしまったが、幸いにもそれは表には出なかったようで、クラスメイトから心配されるようなことはなかった。さすが鉄面皮。

 

 そしてそのまま、若干落ち込んだ気分で家路に着いた。

 

 

 外の日は既に落ちていた。眼鏡をかけた小学生が、少し大きめのかばんを背負って自転車をこいでいた。その表情は疲れているように見える。塾帰りなのだろう。

 

 俺の家と近くのクラスメイトはいない。だから俺は一人で自転車をこい……でいない。徒歩だ。自転車は買ってもらっていないのである。とはいえ、それでは怠慢に過ぎるので、ジョギング程度の速度で走っている。肉も食ったことだし。腹は結構膨れた。

 

 そのまま走っていた時、ふと、嫌な気配がした。この気配は馴染みのあるものだ。以前のような、正気を失ってしまった哀れな悪魔の気配である。ようは、はぐれ悪魔。それもかなり重症の。

 

 俺はいつも通りにそれを無視して帰ろうとして、だけど、その悪魔の気配のする方へと走っていった。

 

 いつもならたまたま気配を感じた悪魔は見逃している。しばらくすれば教会から討伐の命が下るか、それか逃げ出すからだ。正直なところ、こうやってたまに発見する悪魔に一々対処していてはいつか死んでしまうのだ。装備不十分などで。一度、それが原因で殉職したエクソシストを俺は知っている。

 

 だが、今日はなぜだかそれが無視できなかった。理由なんて言葉にするのはできないが、どうしてかイライラしてしまうのだ。今、はぐれ悪魔を見つけてしまうのは。このまま家に帰っては、素を出しかねない。そんな気がした。

 

 タン、と、地面を蹴って民家の屋根の上に飛び乗る。既に神器(セイクリッド・ギア)は顕現させていて、俺に疼痛を与えている。現在行使しているのは認識阻害と身体強化。この調子であと五分もすればはぐれ悪魔の居場所に着くだろう。静かに、俺は走り出した。

 

 着いた先は広い空き地だった。立っていた看板を見ると、ここにしばらくすれば工場が建つらしい。瓦礫の山と、中途半端に乱立する木々が目に付く。

 

 周囲の気配に神経を集中させ、はぐれ悪魔の正確な位置を探る。ここにいるのは既に確定事項だ。淀んで濁った錯綜する残留思念がそこら中にバラまかれているから。

 

 適当に空き地の中心地へと向かい、周囲から見えない場所へと着いた。つまりはすり鉢状の窪地へと進んだのだ。おそらく、ここに地価倉庫のようなものでも建設するのだろう。そこで俺は息を潜め、周囲の気配を探った。

 

 これ以上、探す必要は無かった。なぜならば、俺がここで動かなければ、はぐれ悪魔はきっと俺を襲うからだ。その狂った食欲によって、罠の可能性も考えずに俺に飛びつく。

 

 俺はすぐさまその場から跳び退いた。

 

 眼の前を灰色の四足動物が、下から上へと躍り出てきた。

 

 まさか、地面から急襲してくるとは。てっきり背後から襲ってくるかと思っていた。そのせいで少し、対応が遅れてしまっている。その灰色の獣は、空中で黒色の翼を広げて、俺へと突進してきた。

 

 ここで対応が遅れていなければ、紙一重で避けつつ拳の三つでも叩きこめるのだが、いかんせんこの整っていない体勢では反撃することは酷く難しい。よって、俺はその場から横転して攻撃を回避する。だが、四足の獣はまたしても空中で、というよりもすり鉢状の地面の起伏を利用して、方向転換。俺へと性懲りも無く突撃してきた。

 

「舐めるな」

 

 神器が鈍く赤い光を放ち、俺の体内で氾濫が起こる。その氾濫は俺の身体能力を強化するだけに止まらず、衣服すらも硬化する。

 

 背中に地面が着き、足が四足の獣の顎下を突く。突進の力の向きは上方向に僅かに修正され、同時に脳内を揺さぶり平衡感覚を失わせる。その時に獣が取った行動は至極単純な、四足を地面に着けるという行為だった。

 

 誰だってそうだろう。自分の足元がおぼつかない時は、できる限り安定できる姿勢を取ろうとする。普通の行動、しかし戦闘中はその行動が命取りになる。

 

 図らずも俺にのしかかってくる攻撃となるわけだが、その時の対処法は武術の基礎の基礎。蹴り足から力を抜き、相手のバランスを崩させ、その時の重心移動に合わせて獣を地面へと転がす。ついでに、指で眼を貫き抉る。

 

「が――!」

 

 苦悶の雄叫びをあげさせるより速く、空いている手で首を掴み、絶叫を寸断させる。疼痛が全身を駆け巡り、腕の部分を中心に赤い光が鈍く輝く。

 

「ハ――――アアアアァアッ!」

 

 首を掴んだまま獣の体を持ち上げ、地面へと強く叩きつけた。その際に獣は四肢を駆使して俺に攻撃してこようとしてくる。だが、俺は獣の首を捻ってそれを見当違いの方向へと逸らし、更に持ち上げて叩きつける。んーまー、あれだ。単なる八つ当たりだな。これ。

 

 翼をはためかせ、揚力を発生させて飛ぼうとしようが、四肢で俺を攻撃してこようが、俺は全てそれらを獣の首を捻り宙に浮かせて地面に叩きつけることで阻止した。その内、獣は動くなるかと思いきや――。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、俺の腕に無数の牙が突き立った。

 

 悲鳴をかみ締め、その腕から力を抜いて獣から離れる。獣は何度か咳をして、四肢を以ってしっかりと地面に立った。

 

 その獣は灰色の狼だった。奇妙にところどころ、人間らしい部分の残った。俺はそれでこの獣がはぐれ悪魔だとしっかりと認識する。

 

 腕の魔力を氾濫させ、突き刺さった牙を無理矢理抜き落とす。同時、魔力に治癒の指向を持たせ、それを治療する。

 

 獣の周囲に、複数の魔方陣が展開した。

 

()()()()()()()()()()()

 

 魔方陣から複数の、魔力で編まれた狼が俺を襲う。恐るべき速度だった。俺には到底出すことのできない速度で俺に踊りかかってくる。はぐれ悪魔は翼を羽ばたかせ、宙に浮き、俺をその牙で噛み殺さんと牙を鳴らす。

 

「舐めるなと言ったはずだ」

 

 魔力で編まれた狼が俺の腕にかじりつき、しかし、その瞬間にその身は裂ける。否、切り開かれたと言うべきが正しい。

 

「甘い。杜撰に過ぎる」

 

 これならばまだ、エクソシストの光の銃弾の方が強い。

 

 しょせんこれは魔力で編まれただけのツギハギだらけの魔法生命体に過ぎない。傷だらけにしてもほどがある。こんなものでは俺に傷の切開をしてくれと言わんばかりだ。

 

 拳を握り、自分の起源を最大限にまで発揮させた魔力を纏わせる。魔力で余れた狼を、拳を振るって霧散させた。楽勝だ。この程度ならば、一分もしないうちに終わる。

 

 はぐれ悪魔の姿を視界におさめ、魔力で編まれた狼を解いてゆく。狼は少なくなる一方で、俺に少しの傷もつけることができていない。もしも、はぐれ悪魔があの術式を使うものなら、その隙を突き終わらせることができると断言しよう。

 

 狼の最後の数体が俺に襲い掛かり、俺はそれを拳で払ってみせた。さあ、駒はもう無く――。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 次の瞬間、俺の両腕に牙が突き立った。先ほどに食らったものの比ではない。びっしりと、余すところ無く両腕に牙が突き立っていた。

 

 だが、それも一瞬。俺はそれが瞬時に魔力で編まれたものだと判断し、その編まれた魔力の僅かな傷を広げて霧散させる。

 

 ……どうもしくじったらしい。この有様では腕を使えるまでに補強するのに時間がかかる。

 

 俺は狼の姿のはぐれ悪魔を睨む。

 

 してやられた。あのはぐれ悪魔は呪いに似た魔法を得手としていたようだ。その呪いの内容は、狼を傷つけた相手の部位に傷をつける、という至極単純な報復の呪い。それもその狼とは、魔力で編んだものも含むようだ。

 

()()()()()()()()()()()

 

 はぐれ悪魔の周囲に多数の魔方陣が出現し、その魔方陣から魔力で編まれた狼が姿を現す。はぐれ悪魔が大きく一咆え。それを合図に俺にいっせいに襲い掛かる狼の群れ。

 

 ……あ、終わった。俺の次の転生先の物語にご期待ください。まあ、ともあれ、せいぜい頑張って抵抗して相打ち程度には収めよう。

 

 そう決心した俺が一歩踏み出すと、一陣の風が俺の横を駆け抜けた。

 

「貸し一つ、ね。小さなエクソシストさん」

 

 幼い、しかし子供とは思えない声が空から降ってきた。俺は空を見上げようとして止めて、狼の群れを見据える。

 

「……なるほど」

 

 俺は目を瞑って天を仰いだ。おーまいごっど。じーざず。どうやら俺は神様じゃなくて悪女の従者に救われたようです。

 

 狼の群れは全滅していた。代わりにその先にあった光景は、銀髪の容姿端麗なお子ちゃまと、金髪の眉目秀麗なお子ちゃまがはぐれ悪魔を難なく討ち取っていたものだった。

 

「といっても、追い詰めていてくれて助かりましたわ。そのおかげで、無傷ではぐれ悪魔を討てましたもの」

 

 人影と呼ぶには憚られる者が合計四つ。

 

 俺は口を開く。開かねばならない。この悪魔の名前は知っているし、なにより、歳が近い。最低限の牽制、もとい、礼儀は尽くさねばならないのだ。

 

「……助太刀、感謝する。グレモリー殿」

 

「こちらこそ。助太刀に感謝するわ」

 

 俺は空に浮かぶ悪魔を見上げて、精一杯の虚勢を張った。というよりも、張らねばならなかった。主に教会の面子のために。エクソシストは強いんだぞ、と知らしめて少しでも悪魔勢に易々と人間を殺されないように。

 

 いや、でも、まー正直なところ。俺の正直で率直な感想を言いたい。

 

 金髪からくる凍てつく殺意の眼差しから、すぐさま逃げ出したい。

 

 俺を悪魔から誰か助けて。

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