【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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……久しぶりの更新です。すみません。

久しぶりなので、おかしいところがあるかもしれません。
その時はすみませんが、感想で指摘していただければ、と思います……。






06 二人目の聖剣使いについて

 

 

 

 

 

 ――あの時は「厄日」という一言に尽きた。

 

「……これはこれはグレモリー嬢。教会に何か御用ですかな?」

 

「挨拶も無しに用件とはせっかちですわね、神父様。――璃正神父の息子さんをお届けに」

 

 はぐれ悪魔を殺してもらった後、俺はあの悪魔達に護衛されて丁重に教会へと連れて行かれた。そこで父さんはまずグレモリー眷族を見て目を見張り、その後に俺の両腕を見て悪魔達にできる限り丁寧に感謝の念を伝えた。といっても傍から見ればぞんざいに過ぎるのだが、対立勢力という立場上どうしてもそうならざるを得なかったのだろう。俺も父さんと同じように感謝を示した。人間としての最低限の礼儀である。

 

「――話はあちらで聞かせていただく」

 

 で、その後は俺は治療ということで父さんとグレモリー眷属から離れた部屋に連れられ、父さんはグレモリー眷属と今日のことを話し合い報告書を作った。ちなみに、俺も事情聴取された。父さんとそれなりに親しい人物に。んで、その書類作成が終わったら、次は父さんにどうしてあんな無茶をしたんだと散々ばら叱られた。

 

「しばらくは安静になさってください。下手に動かせば取り返しがつかなくなります」

 

 もちろん、その次の日の学校は休み、怪我の治療に専念させられた。とりあえず、病欠ということにしたらしいので、傷跡が残らないことを最優先に治療。そのおかげで登校した日に、クラスメイトから尋ねられたのは病気は大丈夫か、という一点。それは大いに助かったのだが、完治しているのは皮膚だけだったので、一週間ほど、地味に鈍い痛みに苛まれた。

 

「言峰、勉強教えてくれ!」

 

 怪我が完治してからは俺はしっかりと中学生をしている。中間テストは楽勝、期末も楽勝。兵藤にちょっと泣きつかれたのは記憶に新しい。そして女子との交友も楽勝。背伸びした姿が微笑ましい。あと、男子とも良好だ。昼休みはサッカーで鉄壁キーパーとして活躍している。制服がその度に汗だくになって、授業中は眠くなるが、そこは鉄の精神。一度も居眠りなんざしていません。授業をしっかり真面目に聞いています。

 

 もちろん、鍛錬は欠かしていない。毎日かばんには全ての教科書を積み込んでいるし、靴には鉛を仕込んでいる。その上で、常日頃から神器を起動させ、体の動きを鈍くさせる呪いを自己にかけ続けている。だから能力の衰えはまず無いだろう。週末にはかなり辛いものをしている。食事もしっかりと適切な分を取っている。その甲斐あってか、それとも成長期があってか、俺の身長は順調に伸びている。成長痛は今のところは無い。

 

 エクソシストとしての仕事もしっかりこなしている。あれ以降、はぐれを狩ることは単独では無く、チームですることになった。あと、この周辺に住んでいる敵対勢力と、情報の交換をするようにもなった。ここら辺は結構複雑ないきさつがあったらしいが、共に公になることはよろしくないというのは共通意思だったので、その辺りを前面に押し出して、なんとか町の治安を守るために補助的な協力を相互にするという約束を取り付けたようだ。

 

 ……まあ。これくらいか。

 

 俺は飛行機の中で書いていた日記をパタン、と閉じた。このノートはあの秘密も書かれているノートだ。少し前の俺は、これだけのためにノートを使うのはもったいないと思い、それ以来このノートで日記をつけるようにしている。

 

 シャーペンを仕舞って、暇潰しにこのノートを読み返す。書かれていることは全て非常に短く簡潔だ。ぶっちゃけ一言日記といった方が正しいのかもしれない。その日に何があったかを適当に書いただけのものだ。

 

 いつかこの中に恋人ができた、という記述ができるように頑張ろう。できれば、一年の二学期の期末試験の辺りで。できれば聖夜、次点でお正月にエロいことを決行したい。……まあでも、父さんはかなり厳格だから、バレたら叱られそうだ。あーあ、身近に美少女な教会関係者がいたら良いのに。それなら少なくとも交際は認められるだろうに。

 

 今回の飛行機の座席は前回のとは違って素晴らしいものだ。値段は一緒らしいが……、そこら辺は航空会社の差なのだろう。

 

 さて、それでは一つクイズといこう。クエスチョン、俺がどうしてこうやって飛行機に乗っているのか。ヒント、今は終業式のあった日の午後。アンサー、エクソシストのお仕事です。

 

 ……期間は夏休み一杯。とある聖剣使いが参加する、はぐれ堕天使討伐の補助だ。そして、そのはぐれ堕天使のランクは低いもの。ぶっちゃけ俺一人でも討伐できるようなものだった。だというのに、どうして俺が付き添いをしなければならないのか。

 

 理由は簡単だった。俺はこれまで堕天使の討伐に当たったことがなかったからだ。ランクだけで言えば俺一人で討伐できるというのは嘘ではないが、俺はこれまで堕天使との戦闘をこなしたことがない。

 

 最終的にはエクソシストは辞める腹積もりだとしても、俺くらいの実力のエクソシストは全員こういうような経験はできる限り積まなければならない。まあ、あれだ。俺はそろそろ独り立ちできる実力のエクソシストであるらしい。といっても年齢が年齢なので、やっぱり付き添いはいる。父さんではないが。

 

 飛行機が目的地である、ユーラシア大陸の中央部に到着した。付き添いの方と一言二言交わして、荷物を手に取り空港から出る。途端、吹き付ける乾いた熱気。俺がそれに顔をしかめると、付き添いの方が言う。

 

「はいこれ。ここの辺りは風が強いからね」

 

 言うや否や俺の頭に布を巻きつけてくる黒衣の女性。ついでにとばかりに豊満な胸も後頭部に押し付けてくる美女。周りからの微笑ましい視線が痛いです。

 

「んふふ~、どう、苦しくない?」

 

 巻きつけ終えると、俺の肩をつかんで正面を向かせる毒婦。それはまるで幼い子供に言い聞かせるようなものだった。

 

「大丈夫です」

 

「そう、良かった」

 

 俺の返事ににっこりと優しげな、だけどどこか蠱惑的な笑みを浮かべる付き添いの方。そんな一々蠱惑的な仕草に内心欲情をしながらも、俺はそれに努めて淡白な表情を作る。

 

 ウェーブのかかった長い黒髪、大きな琥珀色の瞳、白い肌。顔立ちは穏やかな女性然とした色気に満ちたもので、体つきもそれに相応なものだ。くっきりとした谷間の見えるような、胸元が開いた服を着ている辺り、本人もそれに気づいている。総評、今すぐ物陰で性的にいぢめてください。

 

 そんなことを平然と考えられる辺り、俺はまだこの女性に本気でやられているわけではないのだろう。つまり、一目惚れはしていないということ。

 

 彼女の呼び名はジジ。無論のこと偽名だ。

 

 ジジは今回の俺の保護者にあたる人物だ。俺を迎えに来るというだけで日本にご足労していただいた。

 

 その辺り、本当に感謝している。今、俺の所属している教会は、新体制によって少々忙しいからだ。かといって俺に手伝えることは無い。そんなわけで、あそこは非常に居辛かった。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 ジジは笑って俺の手を取って歩き出す。それに何の抵抗もする事無く、俺は荷物片手にジジに引かれていった。

 

 あまりここに来る人はいないのだろうか。道路は思ったよりも閑散としている。その中にポツンと、白いワゴン車が止まっているのが目に見えた。スライド式のドアが開いていて、後部座席に誰かが腰掛けている。

 

 先行するジジが手を振ると、その誰かが小さく手を振り返す。どうも、あの人は教会関係者らしい。

 

 少女だった。すっぽりと顔を覆う白い布、ウィンプルをしていない。嫌いなのか。でもその割には群青色のシスター服をしっかりと着ているし、ヴェールもつけている。もう少し近寄ると、鮮烈な青い髪が見えた。珍しいな、と思う。というかありえねえ。

 

 俺とジジがワゴン車の前に到着すると、彼女はワゴン車から降りた。

 

「初めまして、言峰綺礼さん。私はゼノヴィアだ。しばらくの間だが、よろしく頼む」

 

 彼女は礼儀正しそうな外見とは裏腹に、実に男前に、ジジに手を引かれている俺に握手を求めてきた。細かいことは気にしない大雑把な性格なのか。少しも表情を変えない。

 

 ジジから手を放し、握手に応じる。

 

「こちらこそ」

 

「うん」

 

 互いに淡白な表情で相手を見る。俺はゼノヴィアを探るように見ているし、ゼノヴィアも俺を探るように見ている。

 

 そのまま数秒。

 

 隣でジジがニヤニヤしている。おそらく邪推でもしているのだろうが、それは見当違いだ。ぶっちゃけた話、握手を解くタイミングを見失った。向こうから放してくれれば助かるのだが、それは向こうも同じ――ではなさそうだ。

 

 ニギニギと探るように俺の手を握ってやがる、こいつ。

 

「少し力を入れてみてくれないか」

 

 それどころかそんな要求をしてきた。言われたままに全力で握ってやる。表情も変えずに平然と握り返された。こいつ、できるぞ。

 

 熱い握手の割りに涼しい顔で睨みあう。

 

 あ、ちょっと限界がきつつある。やばい、俺。なんとかして緩めさせなければ。

 

「今回、聖剣使い様が同行されるそうだが、どんな方だ?」

 

 良し、声は少しも震えていない。極々自然な質問だ。横でジジが更にニヤニヤしている辺り、非常に不安だが。断固として外に出すものか。

 

「私だ」

 

「それは失礼しました」

 

 ふっと力を抜いて隙間を作り、その隙間に指を入れて引き剥がす。傍目にはするりと抜けたように見えた、はずだ。ジジが横で笑いを堪えている辺り、非常に不安だが。断固として外に出すものか。

 

 ゼノヴィアの手はそれ以上追ってこなかった。当たり前だ。何を心配しているのだ。俺は馬鹿か。

 

「じゃあ、車に乗ってね」

 

 ジジはそう言って俺とゼノヴィアを車に無理矢理押し込んで隣同士で座らせた。ジジはすっごく楽しそうだった。何がしたいのだ。

 

 ちなみに、ジジとゼノヴィアはこれが初対面ではないらしい。俺を日本まで迎えに行く前、少し話をしたとか。

 

 ワゴン車の中で、ジジは非常にうるさかった。運転手さんはジジと会話をしてて、満更でもない表情だったが、少なくとも俺はもう少し静かにして欲しいと思った。ゼノヴィアがどう思っていたたのかは不明だ。

 

 ふと、ジジがこんな話を振ってきた。

 

「言峰君、今好きな女子いる?」

 

「いえ」

 

 バッサリと斬り捨てて見せた。いかにも興味ありません話しかけんなおらァ、みたいな感じで。

 

 しかしどうもそれが気になったのか、ジジは少し突っ込んだ話をする。気分を害して黙り込んでくれれば良かったのに。どうせ、これ以降会うような予定はできないのだろうから。

 

 そんなふうに考えつつ窓の外を眺めていると、ガラスにゼノヴィアがちらりと俺を見たのが映った。ちょうど、ジジが意地の悪い質問をしてきた時にだ。

 

 …………………………………………え、あれ。もしかして中身は意外と女子?

 

「もしかして、ゼノヴィアちゃんに惚れた?」

 

 あ、なんかゼノヴィアが俺を警戒した。なんか身構えている雰囲気がする。

 

「いえ」

 

 とりあえず、先と同じようにバッサリと斬り捨ててみる。

 

 あ、警戒が無くなった。ふっ、ちょろいな。嘘だけど。ちらりと、ゼノヴィアを見てみる。無表情。先と変わらない。……なんだろうか、少々悔しい。

 

 というか、ゼノヴィアは人の言葉を疑おうとは思わないのだろうか。

 

 ふとそんな疑問が浮かんだが、ここで尋ねてはジジにからかわれる。

 

 俺は、ジジの執拗な質問攻めに適当に答えながらワゴン車に揺られ続けた。

 

 

 

 

 ワゴン車が着いたのは寂れた教会だった。ところどころ風化して丸っこくなっているレンガが見える。周囲は砂と緑の混ざったもの。サバンナの草原を思わせる。

 

 体を解し、黒鍵の出し入れを行う。うむ、快調である。ちなみに、自分に負荷をかける魔術は飛行機に乗ったときから既に切ってある。無駄な魔力を使う必要は無い。

 

 教会から出てきたのは清潔な身なりの老婆だった。シスターだ。彼女は運転手さんも含めた俺達四人を各々の部屋へと案内し、簡単に今後の予定を伝えてもらった。曰く、今夜、ジジを案内にはぐれ堕天使の隠れ家に突入、ということらしい。それまでは仮眠を取るように、とのことだ。

 

 ジジはさっさと自室に入り、寝た。すごくマイペースな人だなぁ、とか思った。なにせ今は昼ちょっと過ぎ。とても眠れるような時間ではない。

 

 あてがわれた部屋で着替えを用意し、教会の外に出る。仮眠を取るにもいくらか疲労してからの方が良い。そちらの方が気持ち良く眠れる。

 

「言峰さんか」

 

 外には先客がいた。ゼノヴィアだ。体の線が浮き彫りになる……、えっと、あれだ、スクール水着のような格好の。その格好で布に包んだ剣を振っている。

 

「どうしてここに? もしかして私に何か用でも?」

 

 ゼノヴィアは剣を振る手を止めて、俺を見据える。

 

「無い。おそらく、君と同じ用件だ」

 

「そうか」

 

 ゼノヴィアはそれきり黙り、剣を振るう。大雑把な振り方だ。一撃で相手を粉砕することを前提にしたかのような斬撃。力の伝動だけが上手いようだ。まあ、それだけ、聖剣が強力なのだろうが。

 

 …………などと、心中で解説しているのには原因がある。

 

 あのさ、ゼノヴィアの格好、エロくね? あれってほとんどスクール水着だろ。いや、動きやすいだろうとは思うけどさ。

 

 そんなゼノヴィアに欲情しているわけではないが、気になる。どうしてそんな服装をしているのか。いやまあ、無駄な問答だとは思っているけども。

 

「…………」

 

 数秒、俺はゼノヴィアを見て黙考した。結論、君子危うきに近寄らず。意味が違うだろうが、放置の方向で。

 

 ストレッチを行って、動く準備をする。体は資本だ、大切に扱わなければならない。

 

 深呼吸をしながらゆっくりと体を動かす。八極拳の型の練習を何度も何度も繰り返す。少しづつその型を変えていく速度を速めながら、時折、技を折り込みそれらをつなげてみせる。狙うは急所。心臓、のどは無論、金的、こめかみ、肝臓、ぼうこう、みぞおち、あご。

 

 フェイントはとりあえず考えない。全部ぶち殺すつもりで打ち込む。そうでもしないと人外には勝てないのです。

 

 少し疲れを感じたところで止める。持ってきた携帯電話を見てみれば……もう少しした方が良さそうな時刻。ちなみに、携帯電話は買わされた。連絡用に、とのことで。

 

「言峰さん」

 

 ふと、声をかけられた。声の主はこの場にいるもう一人、すなわち、ゼノヴィアに他ならない。

 

「どうした」

 

「一つ、手合わせ願いたい」

 

 ゼノヴィアはそう言って――いきなり斬りかかって来た。

 

 咄嗟の判断。俺の体が俺の意思とは関係無しに反射的に動く。俺はそれと同時にゼノヴィアの脇に潜り込んでいた。

 

「!」

 

「――!?」

 

 ゼノヴィアの両目が見開かれる。驚きは両者、しかし戸惑いは俺だけのものだろう。普通ならば俺は後ろに後退するはずなのだ。聖剣と俺の火力では俺の敗北だから、相手のレンジから跳び退くべきだ。

 

 だが、どういうわけだか俺はゼノヴィアの脇に潜り込んでいて、こうして、思考している間にもゼノヴィアの喉元へと手を伸ばしている――!

 

 悪寒が背筋に迸る。冷や汗がどっと押し寄せる。肌はざわめき、理性と本能が主客未分の状態で警鐘を鳴らす。

 

 伸ばした腕を曲げ、直進するエネルギーを遠心力に変換。俺の曲げた腕はゼノヴィアの剣を持つ腕に衝突し、その反動で逆回転。目標物を脇に潜り込んだ俺に設定しなおされた聖剣が俺に迫る。手を着いて後退、その際砂を蹴り上げ、ついでに足払いをかけようとして、逆に蹴り返されて大きく距離を取った。蹴られた足がさり気なく痛いが、戦闘に支障は出ず。

 

 戦闘用の思考回路に切り替わる。ゼノヴィアの先程までの行動を思い返し、記憶する。

 

 腕を振るい、黒鍵を投擲。回転する刃と直進する刃。顕になった聖剣の刀身がそれらを一撃の下に撃ち砕いた。聖剣の種類は破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)。破壊力が最も凄まじいエクスカリバー。

 

 厄介な。

 

 ゼノヴィアが俺に突進しながら聖剣を振るう。その度に粉塵が巻き上げられ、掠ればひとたまりもないと直感した。というより、そんなものは前提条件だった。どうも頭がまだしっかりと働いていないようだ。

 

 クエスト、ゼノヴィアを倒せ。ルール、怪我しない怪我させない壊さない。

 

 なにこの鬼畜仕様。

 

 神器は既に起動しており、限界近くまで強化している。逆に言えばそこまでしてこの状況なのだ。勝てるはずが無い。

 

「はあっ――――!」

 

 聖剣の軌跡上に、試しに黒鍵の刃を添えてみる。一瞬で柄ごと持って行かれた。受け止めることは不可能。受け流すことも同様と考えた方が無難か。

 

 一方で思考は冴えている。十手先の自分の生存は確認できた。

 

 これならばこれ以上続ける必要は無い。

 

 破壊の聖剣が俺に振り下ろされ、俺はそれを避けて後ろに大きく跳躍。さっきまではそこから更に跳躍して相手との距離を取り黒鍵を投擲していた。だが、ここでは何もせずに前へと、全力で爆発的に距離を詰める。

 

 ゼノヴィアは俺との距離が離れた時に黒鍵を警戒し、速度を落とす。そこを突いた襲撃。ゼノヴィアの眉が吊りあがり、黒鍵を弾くのと同じように聖剣を振り下ろした。

 

 体の調子は通常、強化の出来は上々、思考の冴えは最上。

 

 聖剣の軌道は充分に見て取った。ここからの軌道の変更の確率は限りなく低い。故に、この程度の斬撃眼が見えずとも捉えることは可能――。

 

 あと一歩、あと瞬き一つ。たったそれだけでゼノヴィアの振るう剣と俺は激突する。双方共に、力の方向を転換させることなど不可能な全力。

 

 聖剣と激突すれば俺に勝ち目などない。この勝負は俺の敗北で決した。勝つには少年漫画でありがちな土壇場での覚醒だとか、実は俺は聖剣は効かないんだぜ、というような裏設定だとかが必要だが、生憎と俺にそんなものは期待するだけバカだろう。

 

 だから、作る。

 

 この俺の全力がゼノヴィアの全力に勝てるように、舞台を作る。

 

 上体は前へ。重心は前へ。地を踏みしめる足先には神器の力を。

 

 思考は依然として冴えている。これ以上に無いベストコンディション。

 

 ――限界を越えてその先へ。

 

 ただの一歩で、俺は俺を踏破する。

 

 ゼノヴィアの眼に、勝利への確信が映る。これでは避けようがないし、攻撃するには遅い。自滅覚悟の神風特攻。ゼノヴィアにとって、この攻防の結果は決まりきったことだ。

 

「甘い」

 

 俺の足元で地面が爆ぜる。

 

 比喩でもなんでもない、ただの爆発。粉塵が舞う。砂煙は俺の短い軌跡を描く。風を切る音が耳に痛いほど良く聞こえる。

 

 俺はゼノヴィアより速く動いた。動けた。聖剣より速く、ゼノヴィアの反射行動より速く。

 

 ――文字通り、俺は爆発的に加速した。

 

 がら空きの、しかしわずかな隙間でしかない懐に、蛇のように潜り込んだ。聖剣を握る手首を捕らえ、速度をそのままに回転。ただそれだけでゼノヴィアの平衡は崩れた。

 

 だが、さすがは聖剣使いというべきか。俺の行動に少し遅れて、痛烈な膝が俺の腹を抉る。

 

 苦悶の声が出る。苦痛の声を噛み殺す。ただそれだけ、ただその行動だけで、俺はその痛みを忘れた。

 

 親指を使い、ゼノヴィアの小指を引き剥がす。指の関節を少々極めつつ、そこからゼノヴィアの体重の振れる方向を捻じ曲げて、聖剣を落とさせようとした。が、落とさない。

 

 だから俺は手首を掴みなおして、ゼノヴィアを地面に叩きつけた。

 

「グッ――――――――ゥ……!」

 

「私の勝ちだな」

 

 そーいや、どうして俺はゼノヴィアとガチでバトったんだっけ?

 

「……完敗だ。だけど、もう少し優しくはできなかったのか?」

 

「聖剣相手にそんな余裕など無い」

 

「……」

 

 ゼノヴィアの甘え、というか拗ねたような台詞を斬り捨ててみる俺。なぜだろうか、勝ったのに気分が晴れない。

 

「………………………………聖剣相手、か。私は弱いな」

 

 唐突な質問。俺はそれにわずかに面食らう。

 

「どうしてそう思う」

 

「貴方は聖剣相手に、と言っただろう」

 

 なるほど。ゼノヴィア自身が暗に弱いと言っているのと同じか、その言い回しは。

 

 ……しまった。面倒な。

 

「さっきの貴方の鍛錬を見て思った。貴方はかなりの技術の研鑽をしたんだと」

 

 それはそうだ。そうしなければ殺されていたのだから。あの白髪の悪鬼に。

 

 あの殺気にいつも付きまとわれてみろ。地獄というのが実感できる。

 

「そんな貴方から見れば私の剣は児戯にも等しいだろう」

 

 ゼノヴィアはそう言って、俺に背中を向ける。寝転んだまま。服が汚れるけど、気持ち悪くないのだろうか。

 

 それきり、ゼノヴィアは動かず黙った。沈黙。

 

 いたたまれない空気。

 

 何か言うべきか、これは。数瞬の思考。結論、世話を焼こう。

 

「君は努力はしなかったのか?」

 

 とりあえず尋ねる。慰めるにも相手を知らなければどうにもならない。初対面のぐうたら坊主に頑張れといっても意味は無いのだ。

 

「したさ。貴方ほどではないだろうが」

 

 …………………………これって絶対拗ねてるだろ。

 

 これは知っているぞ。悪いことをして叱られた時の子供の口調だ。

 

 絶対ゼノヴィアは心中で頬を膨らませている。いいぞ、もっとやれ。……あれ?

 

「どうしてそんなことが言える? 君は私の過去を見てきたわけではないだろうに」

 

「見てはないけど話なら聞いたよ。貴方のご友人から。あの白髪の天才と互角に戦っていたんだろう?」

 

 はて、白髪とな。俺の知り合いに白髪の友人は――……いたなぁ、そういや。

 

「フリード・セルゼン」

 

「そうそう。そんな名前だった。八歳か九歳だかで悪魔を殺したフリード・セルゼンだ」

 

「…………なに?」

 

 俺はゼノヴィアから聞いたその話に驚きを隠せなかった。知らないぞ、俺は。そんな話、一度も聞いた覚えが無い。

 

「ん? 知らなかったのか? 仲の良い間柄と聞いていたのだが――」

 

「仲の良い間柄などではない」

 

「――ん、そうか。了解した。わかった。お二人の間柄はそんなに良くなかったのだな」

 

「そんなにだったらどれほど良かったことか。――あれとは仲良しの〝な〟の字すらない」

 

「………………了解した。ところで、詳しい話は聞くかい?」

 

「不要だ。あれのことを知る必要は無い」

 

 っつーか聞きたくねえ。あの狂犬のことを考えるとなんだかイライラしてきた。

 

「…………」

 

 ふと思い出した。そういえば俺はアイツから白い拳銃を貰っていたのだと。……あれ、どこにしまってたかなぁ?

 

「………………ゼノヴィア」

 

「…………なにかな?」

 

「今から私と組み手をしよう。無性にしたくなってきた」

 

「いやぁ……、悪いけど遠慮しておくよ。そろそろシャワー浴びて寝な」

 

「遠慮するな。自慢ではないが、私が師以外の人に組み手を申し込むことは滅多に無い」

 

「いやいや、この後堕天使との戦闘があるだろう。体力はだい」

 

「なに、心配する必要は無い。明日に悪魔の討伐があろうとなかろうと、あの天才と連日組み手をしていた私だ。ちょうどいい手加減は心得ている」

 

「いやいやいやいや」

 

 俺はゼノヴィアに詰め寄った。

 

 すると、ゼノヴィアはどういうわけだか顔を引きつらせて俺から逃げようとする。ジリジリとムーンウォークを今からするかのように。付け加えれば天敵に出会ったかのような表情もしている。

 

「逆にそれが心配だ。失礼だが今の貴方からは危険しか感じられない。貴方のことだろうから絶対、多分、きっと、堕天使討伐の時には支障が出ないようにするといいなと願うだろうが、その、なんだ。それはなんだか肉体的な面だけの話だけじゃないだろうかとか私はものっすごく今私は恐怖を感じているので逃げさせていただきます追いかけないでください頼みますから」

 

 ゼノヴィアは途中から早口になって、教会の中に脱兎の如く逃げ込んだ。

 

「屋内か」

 

 屋内ならば攻撃はできない。教会内の物を壊してしまう危険性がある。

 

「なるほど。今回の堕天使は逃げ足が速いと聞く。これはちょうど良い鍛錬になる」

 

 さあ、就寝前の軽い運動だ。

 

 鬼ごっこをしようではないか。

 

 

 

 

 あの後、鬼ごっこは騒音で眼が覚めたジジによって中断させられた。

 

 そして呆れたように滔々(とうとう)と説教され、強制的に風呂に叩き込まれ寝かしつけられた。

 

「時間だにゃん」

 

 そして寝起き様、ジジの艶美(えんび)な顔のドアップを魅せつけられた。びっくりした。

 

「…………退け」

 

 とりあえず、ベッドから体を起こし、顔を洗い歯を磨く。その間ジジは俺のベッドで寝転んでいて、その、非常に刺激てげふんげふんで恥ずかしかった。

 

 無表情だったはずだけども。

 

「綺礼ちゃんはポーカーフェイスが上手だにゃあ」

 

 あっさりと、見破られたようで。

 

「……それで?」

 

 できる限りジジの言葉は(はす)に構えて聞き流そう。どうせロクでも無いことだ。聞かないほうが有益に違いない。

 

 気を紛らわせるついでに、旅行かばんをひっくり返す。すると、白い拳銃が音を立てて床に落ちた。なるほど、あれ以来ここにずっとしまいっぱなしだったのか。

 

「今だって安心しているのに、それを表情に少しも出さないじゃにゃいの」

 

 白い拳銃を拾おうとした手が止まる。

 

 はて、ジジは先程なんと言ったのだろうか。たしか、あんしんしている、と言ったような。

 

「……………………安心?」

 

 心底その言葉が不思議でたまらない。どうして俺がこの白い拳銃を見つけて安心しているのか。

 

「それもその感情を捻じ曲げて捉えている。不器用にゃようで、器用にゃことをするんだにゃ」

 

 ま、どうでも良いか、とジジは俺のベッドから降りた。

 

 どうでも良いなら口にするな。

 

「……で、何が言いたい?」

 

 努めて冷静に声を出す。するとジジは笑みを浮かべる。

 

「私は仙術使いにゃんだよねぇ。周りの気配には敏感で、人の心の動きもある程度読める。だけどねぇ、綺礼ちゃんの揺れはとっても読みにくかったの」

 

 それはそうだろう。俺は元来淡白な人間だ。そうそう感情的になることは少ない。

 

 ……少ない、よな? 過去を振り返ってみると自信無いけど。

 

「それがおかしいんだにゃ。君くらいの年齢の子供って、もっと感情的にゃんだ。一見無愛想なゼノヴィアちゃんだって、君のこと、すっごく意識してたしねぇ」

 

 ――まるで訓練された大人の心を覗いているみたいだった、ジジはそう付け加えた。

 

「では、私は一人前の戦士だと?」

 

「まさかにゃ。あの程度で心乱す君が一人前のわけがないにゃぁ」

 

 はっきりと言うな。傷つくぞ。

 

「……綺礼ちゃん、君は戦士になるつもりかにゃ?」

 

「ああ」

 

「だったらさっきの言葉はショックだったと思うんだけどにゃー」

 

「ああ、そうだな」

 

「ダウト。君は傷ついてないにゃあ。蚊に刺された程度にしか思ってないにゃー」

 

 正解。そこまで繊細な精神をしているつもりはない。

 

 ジジはそう言って俺ににじり寄ってきた。

 

 俺は逃げる。詰め寄られる。逃げる。詰め寄られる。逃げようとして壁にぶつかった。逆壁ドン。というより壁むにゅ。柔らかいお胸が当たっております。

 

 湿った唇が艶めかしい。ジジのウェーブのかかった黒髪が頬に当たる。心地良いリズムを刻む心音が、優しく俺の心臓を打つ。

 

 ぺろりと、耳を()められた。

 

 (ささや)かれる。

 

「気持ち良いことする? 時間はまだ少しあるにゃん」

 

 なら起こさないで欲しかった。もう少し寝ておきたかったのです。

 

「むぅ…………、君の反応は悲しいにゃー。素っ気無さ過ぎだにゃー」

 

 だって、ねえ? 今ここで頷いたらなんか大変なことになりそうで。

 

 つまらないー、とか言って俺の首元触るの止めてください。くすぐったいし、ぞくぞくする。

 

「退け」

 

 俺はそう言って両手で肩をつかんで押し戻そうとする。それに対し、いやー、とか言ってしがみついて抵抗するジジ。

 

 コイツ犬か。猫のような容姿で、猫のような名前なのに犬かこいつ。

 

 っつーか地味に力強え。というよりも、力の使い方が巧い。正直振りほどける自信が無い。となると、精神的にこの責め苦に耐えなければならないのか。りせー保てるかなぁ。お父さん、僕に力を。

 

 不意に、こんこん、と扉がノックされた。

 

「言峰さん、起きているか?」

 

 それに壁をどんどんと叩くことで返す。するとガンッ、と扉が蹴り開かれ、眩い刀身が(あらわ)になった聖剣を構えてゼノヴィアが部屋に入ってきた。

 

 そして俺とジジを見て固まる。

 

「引きはが――――」

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

「――――……してくれ」

 

 ゼノヴィアは何も見ていない、というような無表情で部屋から逃げていった。

 

「今から?」

 

「…………討伐後」

 

 ジジの笑みを含んだ問いにそう返す。

 

 思えば最初からこう言えば良かったのだ。そうすればすんなりと引き剥がせたのだ。それに、討伐の報酬には丁度良い。などと、青少年らしい精気溢れたことを考える。

 

 さてと。もうゼノヴィアは人前に出られるくらいの準備はしているのだ。俺もそろそろ準備しないと。

 

 


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