【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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少し行き詰ったところがありましたけど、なんとか四月中に書き上げられました……
次回の更新は五月だったら早いほうです。六月入っても更新されなかったら夏休みの中頃になりそうです(汗

そして少々無理矢理感がありますけど、基本大丈夫なはずです……
疑問点や矛盾点などがありましたら教えてください







07 訓練が死線になった件について

 

 

 ゼノヴィアの誤解はなんとか解けた。

 

 それが解けるまでの、ゼノヴィアが汚物を見るような眼で俺を見ていた過去は、双方共に忘れたいものだったりする。その間、隣でジジがニヤニヤ笑っていたことも、この際ついでに忘れておく。

 

 夕闇の中、ジジを先導に岩山を上る。プロの登山者でも、いや、だからこそ絶対にしない所業だが、俺達三人にはそれは関係無かった。

 

 エクソシストの活動は基本的に夜が多い。それは異形の者共が好んで夜に行動するからだ。となれば夜目が効かなければ必然的にやってられないのだ。そんなわけで熟練のエクソシストであればあるほど、夜に強くなる。ということで夜の営みもげふんげふん。

 

 まあ、悪魔はそれを平然と上回るのだが。

 

「……」

 

 岩山に入ってからは常に沈黙を守っている。

 

 非力な人間は真正面から化け物と相対して勝ち目は無い。だから狙うのは初撃決殺。一撃で相手の行動を停止させ、そこから確実に急所を貫いて殺す――のがセオリーだが、これは訓練に近い。今回はゼノヴィアというジョーカー(ちゃぶ台返しの親父)がいるから、真正面から戦う。俺の苦手な真正面での対決だ。嫌だなぁ。

 

 不意に、ジジが振り向いた。

 

 いつもとは違う鋭い眼。そこから堕天使との戦闘が近いことが読み取れた。

 

 気を引き締める。正直、俺には一切堕天使の気配が感じられないが、ジジは凄腕の仙術使いだと聞く。それならば俺が感じられなくても、ジジが感じているというのならそれは本当なのだろう。

 

 

 ――だから、誤った。

 

 失敗した。

 

 死にかけた。

 

 そうやってジジの実力に全幅の信頼を置いていたが故に、壊滅しかけた。

 

 無様に、生死の境を彷徨ってしまったのだ。

 

 

 ――奔る白い弾丸が闇夜を切り裂く。

 

 それはジジの頭部へと一直線に飛んできていた。

 

 気づいたのはジジ以外。ゼノヴィアと俺が気を引き締めて、自分達なりに気配を探していたからこそ気がつけた。探し終えたジジが気がつかなかったのは気が緩んでいたからかもしれない。

 

 白い弾丸を俺の黒鍵の刃が切り裂く。ゼノヴィアと共にジジを背後に回し、ジジが殺されないように守る。

 

 だが、それがいけなかった。次の瞬間にジジの気配は消え去る。

 

 そして闇夜の中、出会ってはならない敵と相対した。

 

 ――男だ。

 

 白というには濃過ぎる、銀色の髪の男性。闇夜の中でも充分に視認できる、濃い銀色。

 

 人影はこちらにゆっくりと歩み寄ってきている。ゆらりゆらりと、不吉な運命でも暗示するかのように銀が揺れる。

 

 ゼノヴィアが体を強張らせるのを感じた。ゼノヴィアでさえ、警戒する大物。なるほど、俺では絶対に勝てない敵らしい。詰んだな、これ。俺の人生終わった。

 

 男は、月光で顔がきちんと視認できるくらいの距離で立ち止まる。この距離で立ち止まったということは、向こうにも自分達の顔が見えるということだろう。

 

 男は、煌びやかな少年だった。歳は俺よりいくらか上。高校生くらいだろう。

 

「君らのせいで逃げられた。どうしてくれる?」

 

 気だるそうに、少年は口を開いた。いかにも面倒くさい、茶番だ、とでも言いたげな口調だ。

 

「……誰に逃げられた?」

 

「黒歌。Sランクのはぐれ悪魔だ」

 

 隣でゼノヴィアが息を呑む。

 

 なるほど、それはそれは。笑えないけど、一周回って笑いたくなる。事情は飲み込めないが、俺は黒歌という犯罪者をまんまと逃がしてしまったらしい。

 

 ゼノヴィアから怒りの気配が立ち上り、すぐさまジジ――黒歌を追おうと駆け出した。

 

 が。

 

 そうは問屋が降ろさないようで。

 

「逃がすか」

 

 少年の、遠近感の掴めない青色の瞳がゼノヴィアを睨む。

 

 少年は神速とも取れる速さで、白銀の魔弾を繰り出した。

 

「なっ――――!?」

 

 ゼノヴィアから驚愕の声が漏れる。一拍遅れたもの、攻撃の気配に気づいたのだ。すぐさま体を捻り、魔弾を避けようとするが、どう見ても間に合わない。

 

 だから、俺がその魔弾を切り裂いた。

 

 既に神器は起動してある。

 

 急激に引き起こされた神器は、陸に上げられた魚のように体内をのた打ち回り疼痛をもたらす。その痛みで、死の恐怖がわずかに和らぐ。

 

 魔力が体内で氾濫を起こす。それらを無理に纏め上げ、体内の能力を飛躍させる。

 

「一応、名乗っておこう。私の名前は言峰綺礼、こちらは聖剣使いのゼノヴィア。今回ここに来たのは堕天使の討伐で、先程の女性の正体には今の今まで気づけなかった」

 

「知らんな。さあ、吐いてもらおうか。アイツとどこで落ち合うのかを」

 

 やっぱり。

 

 諦観と共に吐き出した供述は奴には嘘に聞こえたらしい。

 

「剣を構えろ、ゼノヴィア。奴は敵だ」

 

 俺がそう言い終えるより早く、青い彗星が銀の尾を引いて奴に向かっていった。

 

 ……フライングロケットスタート。

 

 ゼノヴィアはスイッチが入ると、どうあっても遠慮が無くなるらしい。覚えておこう。

 

 だが、それは奴には通用しない。聖剣は避けられ、横からの攻撃がゼノヴィアを襲う。のだけれども、その前に俺の拳が奴を襲った。

 

 ゼノヴィアのロケットスタートに隠れて、俺も数歩進んでいたのだ。

 

 俺はゼノヴィアと比べると、わかりやすい強い要素が何一つとしてない。せいぜいが神器程度だ。だから、俺は必然的に軽視される。軽視されるということは、相手の意識がいくらか俺に向かないということ。ならばその間隙を縫うのは定石だ。

 

 あの程度の距離ならば、一歩だけで充分に詰められる。それも、相手に悟らせない一歩でだ。ならば、この急襲は避けられない。避けようが無い。この、俺の全力を敵に充分に叩きつけられる。

 

 少年の青い眼が俺を見てわずかに驚く。すぐさま少年は回避行動と防御行動を取る。魔力で防壁を作り、離脱を図る。同時スタートなら負ける速さだが、生憎とこちらの方が早かった。故に、この拳は貴様を抉る。

 

 俺に操れる限界の魔力を纏わせた拳が少年の防壁にぶち当たり、亀裂を走らせる。だが、ぶち破るとまではいかなかったようで、少年の体がその衝撃分、後方に加速する。

 

 これでは、確実に少年が勝つだろう。

 

 ゼノヴィアが次に少年と距離を詰められるとは限らないし、俺のこの奇襲もまた通じるとは限らない。というよりも、通らないだろう。

 

 一度やられかけたのだ、警戒するのが普通だ。二度目は無い。

 

 だから、これで――――――

 

 ニイイィ、と口角が吊りあがるのがわかった。

 

 ――――――動けない程度には、死にかけてもらおう。

 

 魔力に指向性を持たせる。俺の起源は〝切開〟、傷を切り開くというもの。それが精神的なものであれ肉体的なものであれ――物質的なものであれ、〝傷〟があるならば〝切開〟してみせよう――!

 

 拳を伸ばし、抜き手を作る。少年の防壁の傷は切り開かれて、少年の無防備な体が晒される。訂正、腕が間に挟みこまれた。これでは、少年を貫くという芸当は無理だ。

 

 だが。

 

 その腕、貰い受ける。

 

 抜き手を捻る。肘を入れ肩を入れ、全身のばねを利用して捻る。狙うは奴の心臓――を守ろうとする腕だ。体を叩きつけるように踏み出す。

 

 乾坤一擲、玉砕覚悟の決死の一撃。

 

 この一撃に全てを賭ける――――――!

 

 少年が腕に防壁をまた形成した。一瞬の停滞。貫く。

 

 だが、その間に。

 

「――――――危なかった」

 

 少年は離脱していた。俺の射程圏外から。一歩では踏み込めない距離に。

 

 ……負けた。俺では傷を負わせることすら出来ない。

 

「さっきのは君の」

 

 少年の言葉が遮られる。

 

 俺の背後からゼノヴィアが突進し、全力全開の聖剣の一撃を叩きつけたからだ。しかし、展開された防壁はゼノヴィアの一撃を軽々と受け止める。

 

「……話をしている最中に斬りかかるというのは穏便じゃあないな」

 

「敵と話す必要は無い」

 

 冷徹に告げたゼノヴィアの台詞に、少年はいかにも好戦的な笑みを浮かべた。まるで、楽しくてしょうがないとでも言いたげだ。

 

「面白い。面白いついでに、俺の名前を教えておこう。ヴァーリだ」

 

 そう言い、ゼノヴィアに向かって拳を振るった。ゼノヴィアはそれを避けて、俺の隣に着地する。

 

「逃げろゼノヴィア」

「言峰さんは逃げろ」

 

 …………。

 

 こいつ、今なんつった?

 

「私があいつの足止めをする。その間に言峰さんは逃げて教会に連絡をしてくれ」

 

「却下だ。君にあれの足止めは不可能だ。だが、私ならばできる」

 

「相手はまだ本気をだしていない。あいつの本気に対応できるのは私だけだ」

 

「先の攻防をもう忘れたか。君とあれでは技術の出来が違う。君はまだまだ荒い。その隙をつかれてあっさりと負けるぞ」

 

「貴方こそさっきの攻防を忘れたか。貴方とあいつは地力の格が違う。あの速度と防壁で吹き飛ばされて頭を打って死んでしまう」

 

「直撃しなければどうということはない」

 

 視線はヴァーリに向けて、相手を見ずに言い合う。

 

 ゼノヴィアは勝算からそう言っているのだろうが、それじゃあダメだ。俺が生き残っても意味は無い。

 

 そもそもだ。俺とこいつは価値が違う。

 

 俺はちょっとしたお偉いさんの息子程度だが、こいつは聖剣使い。もし教会が俺とゼノヴィアとを天秤にかけたとすれば、必ずゼノヴィアを取る。

 

 だから、ここで俺が逃げ出して助かっても前途は無いのだ。むしろ貴重な聖剣使いを無くした愚図になる。

 

 それに、俺の精神衛生上の観点で、女性に守られるというのはかなり癪なのだ。

 

「ということは一度でも当たれば死ぬんだろう。いくら言峰さんとはいえ、それはできない」

 

「いいや、できる。私はできないことを言うほど酔狂ではない。――数時間程度ならばもちこたえてみせよう」

 

「それは奇遇だね。実はね、私もできないことは言えないんだ。――私は並の人より頑丈でね、奥の手もある」

 

 ヴァーリと名乗った少年を警戒しながら俺とゼノヴィアは言い合う。

 

 ……ところで、これは絶好の機会だと思うんだが、どうしてヴァーリは攻撃してこない。

 

「…………君ら、面倒くさいって人から言われた事は無いかい?」

 

「ああ、ある」

「私もあった」

 

 道理で。こんなに面倒くさいんだな、納得。

 

「ゼノヴィア、もう二度は言わん。逃げろ」

 

「私ももう我慢の限界だ。いい加減逃げろ」

 

 そう言うや否や、俺とゼノヴィアはほぼ同時に駆け出した。

 

 

 

 

 闇夜を二つの風が駆け抜ける。

 

 岩山の不安定な足場をものとせず疾駆する銀色の突風と黒色の疾風。それらは一人の銀色の少年――ヴァーリに向かっていった。

 

 ヴァーリは笑みを深いものにする。

 

 ――まだ様子見だ。あの程度ではまだ俺はやられん。

 

 魔力を全身に纏わせ、前途有望な幼い二人を観察する。

 

 先の攻防でわかったことは、二人の戦術は極めて両極端でありながら本質は同じ。即ち、一撃必殺。一人は防壁をものとせずに打ち砕く高火力を得意とし、もう一人はどういうわけだか防御を無効化して致命的な打撃を与えることを得意とする。

 

 聖剣使いはともかく、もう一人の方は長引かせると厄介だと判断する。あの手の輩は戦況が長引けば長引くほどに策を練り出し、圧倒的な集中力を以って敵を突破する。

 

 ヴァーリはあの手の輩の厄介さを身を以って知っている。幾度あれで辛酸を舐めさせられたことか。幾度イライラさせられたことか。

 

 ゼノヴィアが聖剣を岩山の地面に叩きつけ、岩の破片をヴァーリに弾き飛ばす。視界を防ぎ、次につなげるための役割も担う一撃。

 

 魔力で防壁を形成し、岩を弾く。同時に周囲に警戒を巡らし、ゼノヴィアが()()で真正面から突っ込んでくるのと、小さいが重大な違和感を知覚する。

 

 言峰がいない――。

 

 一旦引いたか、それともヴァーリの未知の方法で近くに隠れたか。その二択。逃げるという選択肢もあるだろうが、それは敢えて考えない。

 

 粉塵の中、飛び交う飛礫をものとせず破壊の銀光が奔る。それは上から降ってきた大岩を打ち砕いて新たな飛礫を作る。

 

「セィッ――――!」

 

 飛礫がヴァーリに到達するより早く、ゼノヴィアの聖剣がヴァーリに叩きつけられた。防壁が危険な軋みを上げ、そこから更に追撃を食らって砕け散った。先程の飛礫である。微々たる物ながら、しかし、聖剣を後押しするには充分だったようだ。

 

 ゼノヴィアの聖剣が再度振るわれ、防壁の無いヴァーリに襲い掛かる。ヴァーリはそれを紙一重で避け、蹴りを――繰り出そうとして、前進したゼノヴィアによって無効化された。

 

「甘いな」

 

 ゼノヴィアの至近距離からの拳を受け止める。それどころか迎撃すらも同時に繰り出していた。だが、それも有効打には至らない。

 

 ――頭突き。突きが出るより早く動き、その拳が威力を持つ前に押し留める。

 

「だから、甘い」

 

 だが、押し留めたところでどうだ。これでそちらの手札は無くなった。

 

 ヴァーリには魔弾がある。己の魔力を固めて撃ち出す銀色の魔弾。それに溜めこそあれ、必要不可欠な動作などない。

 

 ゼノヴィアの後頭部にその魔弾が形成される。

 

 ゼノヴィアの背筋に悪寒が走る。この状態では避けることは叶わない。逃げることは出来るだろうが、それは無駄だ。魔弾は方向を変えて、自分が逃げた方向へと撃ち出される。それはどうしても避けられない。

 

 後退は不可能。希望はどこかで身を潜めている言峰だけだが――。

 

 ――おかしい。

 

 その言峰の気配がヴァーリには感じ取ることが出来なかった。これは危機だ。絶体絶命のゼノヴィアの危機だ。

 

 ――まさか、逃げたか?

 

 そうとしか考えられない沈黙。ゼノヴィアが殺されれば、言峰が殺されるのも時間の問題だ。言峰だけではどうあがいてもヴァーリから生き延びることなど不可能――ただし、ゼノヴィアの決死の足止めがあるのならば、話は別だが。

 

 ヴァーリの思考に、もっとも思いつきたくない可能性が浮かび上がる。それは、言峰がゼノヴィアを囮にして逃げたという可能性――。

 

「ふざけるなっ!」

 

 ヴァーリから怒気が噴出する。

 

 岩山の沈黙はただそれだけで振り払われた。

 

 魔弾の形成を打ち消し、全身から魔力を撒き散らした。ゼノヴィアがただそれだけで弾かれ、闇夜の宙を舞う。

 

「逃がさんぞ言峰綺礼―――――貴様は俺の獲物だ!」

 

 ゼノヴィアは抉れた地面に着地し、ヴァーリの豹変に静かに驚愕する。

 

「ゼノヴィア、言峰綺礼は何処だ?」

 

「さてね。私は味方を売るほど愚かではない」

 

「その言峰綺礼は君を売ったようだが」

 

「やれやれ。君の耳は大丈夫かい? ――私が、言峰さんに何て言っていたかくらい覚えているだろう」

 

 ゼノヴィアが聖剣の切っ先を下げた。同時、背後の空間が揺らめく。

 

「上手くいったようだ。私のさっきの攻撃は君の気を引く、その一点にのみあった。だから、奥の手は出さなかった」

 

「御託はいい。いいから、吐け。奴は何処へ逃げようとしている」

 

「話を聞け、ハーフデーモン」

 

 ぴくりと、ヴァーリの眉が動いた。

 

「気づいたのか?」

 

「嫌でもね。私の鼻は良く効くんだ」

 

 まあでもS級の悪魔には効かなかったけど、とゼノヴィアは苦虫を噛み潰したような表情で唸る。

 

「ならば話は早いな。君と俺は地力が違う。さっき君は言峰綺礼にそう言っていたが、それは君にも当てはまることだ。――欠片から作った聖剣が、この俺に出力で敵うわけが無いだろう」

 

 オリジナルの聖剣を持ってきたとなれば話は別だが、ヴァーリはそう付け加えた。

 

「それは私も同感だ。さっきの魔力、どう足掻いても私の出力では及ばない。

 ――だから君に、一つの伝説を見せてあげよう」

 

 揺らめく背後の空間にゼノヴィアはぽいと、あまりにもぞんざいに破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)を放り込む。見る人が見れば卒倒しかねない光景だった。

 

「――――――――ほぅ」

 

 ヴァーリの青い瞳が爛と輝く。最上級の獲物を見つけた捕食者のそれ。それを受けてなお、ゼノヴィアは伝説の聖剣を取り出した。

 

 異空間から出てきたのは、圧倒的な存在感を振りまく煌びやかな剣。

 

 そこに在るだけで、周囲のものを破壊しそうなそれ。

 

 否、事実、ゼノヴィアの周囲の地面に亀裂が走っていた。

 

「――素晴らしい。凄まじいな。賞賛の言葉しか思えないよ。くっ……ははっ、それが伝説か……!」

 

「そうだ。――聖剣デュランダル。といっても、伝説にあるような大人しいものじゃない」

 

 ゼノヴィアがデュランダルを構える。ただそれだけの動作で大気が震える。

 

 ヴァーリの体が歓喜に打ち震えた。ヴァーリは闘争を好む。敵が強大であれば強大であるほどに、その闘争に歓喜する。

 

 まさか、こんなところで天然ものの聖剣使いに巡り会えるとは――!

 

「切れ味は伝説の通りだが――凄いじゃじゃ馬だ。紙一重で避けることを推奨する」

 

 ゼノヴィアはデュランダルを携えて疾駆する。その迫力は破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)の比ではない。

 

 ただ少し揺れるだけで、周囲の岩を削り、ゼノヴィアの軌跡を克明に残すのだ。全力で振るわれた場合の威力は想像を絶するに違いない――。

 

「避けるだと?」

 

 ヴァーリは歯をむき出しにして笑う。

 

「まさか。そんなつまらない真似はしない。――真正面から叩き潰す」

 

 ヴァーリの神器が起動する。

 

『ようやく出番か』

 

 その神器から聞こえた声は、はて、いったいなんなのだろうか。

 

 ヴァーリの背中から生じた白銀の翼が闇夜を照らし出す。

 

 苦々しいことに、ゼノヴィアはその姿を一瞬だけ天使と錯覚してしまった。それを打ち消すように、あの少年は悪魔の血族だと、自分に言い聞かせる。

 

 デュランダルに勝るとも劣らない圧倒的な存在感。あの神器はさぞ、高名なものなのだろう。

 

 だが所詮悪魔の使うそれ。聖剣デュランダルの前には消し飛ぼう――!

 

 ガキンッ、とヴァーリの魔力に覆われた手とゼノヴィアの振るうデュランダルがぶつかり合う。お互いに最高出力。故にその余波だけで、周囲の岩が弾け飛び、地面には歪なクレーターが穿たれる。

 

 拮抗する両者。

 

「おおおおおおお!!」

 

 このままでは押し切れないと悟ったゼノヴィアは、デュランダルの出力を未知の領域にまでに上昇させる。これまで自分が操ったことの無い、デュランダルのオーラが暴れ狂う。

 

「ぐっ……!」

 

 一方でヴァーリも自分の出力を上げていた。侮っていたわけでは無いが、やはり聖剣。自分とは素晴らしいまでに相性が悪過ぎる。

 

 時間にして一秒未満。

 

 先に音を上げたのはヴァーリだった。

 

「ハ――――アァッ!」

 

 腕を振りぬきデュランダルの軌道をそらす。

 

 デュランダルのオーラの制御に意識を割き過ぎていたゼノヴィアは、勢い余って前に転がる。

 

 絶好の好機。ヴァーリはゼノヴィアに向けて魔弾を形成。白銀の魔弾がゼノヴィアの視界の隅で収束する。デュランダルをそれより速く振りぬこうとして――振りぬけなかった。ゼノヴィアの剣の切っ先がだらりと下がる。

 

「手向けだ。誇れ」

 

 白銀の魔弾が収束し、撃ち出されようとしたその刹那。

 

 銀光の影で、黒い人影が動いた。

 

 

 

 

 絶好のチャンス――。

 

 それは耐えに耐え抜いた先でようやく掴むことができる、弛まぬ努力をし続けた者が唯一栄光を手に入れられる瞬間だ。

 

 ……長かった。

 

 いや、本当はそんなに時間は経っていないのだろうけども、体感時間だとかなり長かった。ゼノヴィアがヴァーリとかいう美少年と密着した時は大いに焦ったね。かなり羨まげふんげふん、かなり危ないと。

 

 それに、幻聴でなければあの声はヤバい。あれは絶対強者の声だ。この眼の前の銀白の少年もそうだが、あれは格が、というより次元が違う。

 

 心がざわつくのだ。殺し合いにはもう慣れたはずなのに、足が震えてしまいそうなほど。叶うことならば、今すぐこの場を放棄して逃げ出したい。

 

 伝説に残る異形の者共の中でもあれはヤバい。あれに比べればオリジナルの聖剣のなんと頼りないことか。ようやく、敵を傷つけられる武器になったとしか思えないほどにあれは危険だ。

 

 だから、その前に――殺さないと。

 

 背後から忍び寄って心臓を貫く。

 

 いや、それだけでは足りない。四肢を頭を潰して四肢すらも潰して、ズタズタに引き裂いてその肉片を隔離して燃やし海に流し棄てるまで想定しなければ。

 

 俺の起源は〝切開〟だ。傷があるのならばその傷を無理矢理こじ開ける。レイプ魔もびっくりなくらいにこじ開ける。

 

 ――ならば、細胞分裂の際の傷を切り開いて、細胞の結合を〝切開〟するのがベスト。なに、不可能なことではない。元々は一つの細胞だ。付け加えれば、そこから、くびれを作って裂いて別れてできた細胞の塊だ。その時の古〝傷〟を〝切開〟するなど、造作も無い――。

 

 停滞した時の中で、ヴァーリの心臓を背中から抉り取ろうとしたその瞬間。

 

 銀白の魔弾が俺の眼の前に現れた。

 

 ――戦慄。

 

 背骨に氷柱を叩き込まれたような怖気。恐慌状態に陥る寸前に、ヴァーリの声が聞こえてきた。

 

「――待っていた」

 

 その言葉で、俺の奇襲は予測されていたと気づいた。

 

 侮れんな、という呟きが耳を掠める頃には、俺は必死で防御体制を取っていて銀白の魔弾がぶち当たり――いつの間にか、宙を舞っていた。

 

 視界の大半を占めるのは憎々しいほどに高い空。その端で岩山の地面が危険を主張する。

 

「――は、ぅ…………!」

 

 両腕が痺れている。使い物にならないわけではないが、一分ほどはまともな打撃は期待できない。

 

 顔を上げれば、ヴァーリの後ろに片膝をついたゼノヴィアがいた。俺と同じような目に遭ったのか、額からは血が流れている。……いや、俺よりも酷い目に遭ったのだろう。流血している時点で俺とゼノヴィアは違う。

 

「……何時」

 

「ただの当てずっぽうだ。君のような手合いにはさんざばら痛い目に遭わされたのでね。まあ、君らと俺との戦闘経験の違いだ」

 

 なるほど。道理で。

 

 俺にとって最速の動作で黒鍵を投擲する。同時に、ヴァーリに向かって駆け出していた。

 

 投擲した黒鍵は難なく弾かれる。そんなことはどうでも良い。ただその間にいくらかの距離を詰められた。それだけで充分だ。

 

 それに、距離を詰められる余裕があるということは、ゼノヴィアがあの暴力的な聖剣を振るう時間があるということ。

 

 ヴァーリはデュランダルを弾き後退しつつ、再び迫る俺の黒鍵を銀白の魔弾で弾く。

 

 手首のスナップのみで三度の投擲。回転した黒鍵がヴァーリの動きをやや狭める。

 

 いや、本当に微々たるもので、ここまで戦力差があると笑えてくる。あいつみたいに笑えれば楽しいのだけれどもなー。

 

 一本、片手で握りしめたものに魔力を注ぐ。使う魔術は強化。この黒鍵は元々投擲用の、破魔刃。俺の起源と組み合わせれば、一発か二発の魔弾は突破できるだろう。

 

 ゼノヴィアのみに集中しないように攻撃の挙動と黒鍵の投擲を繰り返す。

 

「ふむ。神器を使うまでもなかったな、これは」

 

 使わずに逝け。それでも充分にお前は性能がバカ高いんだよ。なんだよ、オリジナルのデュランダルの波動を無傷で弾くとか。

 

 グ、と魔術を施した黒鍵に力を込める。黒鍵はあと少しで底をつきそうだ。もしも多めに持ってきてなかったらとっくに底をつきている。あの時の俺グッジョブ。

 

 片手に四本の黒鍵を持つ。筋力と思考速度を最大限に強化。急激な強化により、全身に形容しがたい疼痛が駆け巡り、膝をつきたい衝動に駆られる。

 

 深呼吸を一つ。

 

 今の俺にできる最高最速の黒鍵投擲。それらは回転し円弧を描いて、ゼノヴィアが離れたヴァーリに襲いかかる。ついでに、ゼノヴィアが俺の意図を察してくれたのか、地面にデュランダルを叩きつけて、ヴァーリに向かって土砂を弾き散らす。

 

 ギシリと体が軋む。

 

 次弾の発射準備は既に完了。問題は砲身である俺が保つかどうか。

 

 さっきまでの移動しながらの投擲ではない。地面をしっかりとつかみ、初弾の勢いを利用し体を捻る。全体重を黒鍵に乗せるように重心を移動させる。腰から腕へ、腕から手へ、手から黒鍵へ。加速した思考はそれまでの動作をより完璧にすべく、慎重且つ力強く体を操る。

 

 ヴァーリから笑った気配が感じられる。見抜いているのだ、あの白銀の少年は。天使のような面をした悪魔は。

 

 しかし、避けようとはしない。俺の必殺の一撃を、どうにかできるとあいつは思っている。

 

 ――後悔させてやる。

 

 咆哮を噛み殺す。奥歯を砕く思いで噛み締める。全身の筋肉が断裂したかのような激痛が脳髄を貫く。

 

 軽快な風斬り音。

 

 鳥が空を飛ぶようなそれ。

 

 赤く明滅する視界の中で、直進する黒鍵。

 

 その視界の中、ヴァーリの笑った青い眼が、妙に印象的だった。

 

「アルビオン」

 

『Divide』

 

 ヴァーリがその黒鍵に手をかざす。すると白い光が奔り、その黒鍵を包み込む。黒鍵に変化は無い。そのまま黒鍵はヴァーリへと飛んでいき、それを、ヴァーリは指二本で挟み込んだ。

 

 次の瞬間、そのヴァーリの指から鮮血が――飛び散らなかった。

 

「……切り傷程度とはいえ地味に痛いな。それに俺の防壁も軽く破った。正直、自信が無くなるね」

 

『避ければ問題は無かったはずだが? ヴァーリ』

 

「それは少しばかり癪だ」

 

 いや、血は流れている。地面に飛び飛びに落ちている円形の跡。それが、自分の想定していたのよりもはるかに少ないもので――。

 

 ああ、ちなみに、飛び飛びなのはゼノヴィアが何度か距離を詰め、デュランダルを振るったからだ。さすがにあのオリジナルの聖剣を受け止めるのはしんどいらしい。

 

 ゼノヴィアの小さい体が長大なデュランダルを振るう。ヴァーリはそれを魔弾で逸らし、ついでとばかりに拳を振るう。それをゼノヴィアはなんとか対処し、致命的な失敗だけは犯さない。

 

 街灯一つさえ無いこの暗闇の中、ヴァーリの銀白の魔力と、デュランダルの眩い閃光が闇を乱暴に引き裂く。

 

「――――」

 

 いかん。呆然としていた。

 

 すぐさま加勢に――。

 

「――一つ訊くが、さっきのが全力か?」

 

 耳元で、そんな声がした。

 

 どこかで絹を引き裂くような絶叫が聞こえる。

 

 その絶叫は、はて。

 

 何を叫んだのか。

 

 

 

 

 黒い僧衣が宙を舞う。

 

 これは二度目。一度目は防御していた。だが、二度目は違う。

 

 一瞬の隙。思考に埋没したその刹那。本当の本当に僅かな間隙。どんな達人でも通すことは至難を極めるような、そんな、小さな小さな空白の間。

 

 そこを縫われた。そこを通された。

 

 迎撃はもちろん間に合わない。焦点は銀白の少年をたしかに捉えていた。しかし、意識はそこを捉えていなかったのだ。

 

 ゼノヴィアの絶叫が響く。彗星染みたヴァーリよりも早く届けといわんばかりの絶叫はたしかに届いたが、間に合わなかった。絶叫とヴァーリはほぼ同時に言峰に届いた。

 

 ほぼ同時。

 

 リアクションは取れなかった。

 

 ヴァーリの高速の膝は言峰の腹の中心をしかと捉え、身体にダメージを通す。弛みの無い鍛錬で培われたそれなりに屈強な筋肉の鎧は、いとも容易く、それだけで瓦解した。

 

 宙を舞った僧衣が岩山で跳ねる。二転三転、危ない音は鳴っていなかったものの、あれではもう動けまい。

 

「おおおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉ――――――!!」

 

 ゼノヴィアが喉が張り裂けんばかりの声を絞り出す。現存する伝説の聖剣デュランダルが更に輝きを増していく――。

 

 闇夜はそれだけで打ち払われた。岩山は深海のような深い闇の中から引きずり出され、くっきりと、激しい戦禍を照らし出す。

 

「―――――――づ……!」

 

 ゆらりと揺らめく。デュランダルの神々しい輝きは、一定に保たれない。

 

「無茶をするな。それでは自身を傷つけるだけだ」

 

『忠告は意味を成さんぞ、ヴァーリ。あの娘、その声を聞くほどに余裕は無い』

 

「なるほど。――ならば敬意を示さねばな」

 

 ヴァーリは揺らめくデュランダルの波動を恐れる事無く、正面から向かい合う。

 

「伝説を見せてもらった、覚悟を見せてもらった」

 

 ゼノヴィアはもう、ヴァーリとの実力差は理解しているはずだ。しかしそれでもなお、諦めようとしなかった。

 

 ――ヴァーリ、ヴァーリ・ルシファーは生まれついての強者だった。

 

 魔王の血筋であるが故の膨大な魔力、半分人間の血筋であったことから手に入った、強力無比な神滅具(ロンギヌス)。どちらも狙って手に入るものではなく、それは、ヴァーリが必ず強者になることを示していた。

 

 非凡な能力に、類稀な武具。それに加えて、本人自身も戦闘向きの性格で、なにより、天賦の戦闘の才能があった。

 

 それ故にヴァーリは退屈だった。強くなることは楽しいが、強くなり過ぎた。個人ではほぼ最強。複数を相手しても、はたして負けるかどうか。だが――世界相手にはまだまだ遠い。

 

 ヴァーリは戦闘を好む。だが、だからといって破滅を好んではいない。全てを敵に回してはみたいが、その結果は既に見えている。手の一つも出ずに死んで終わり。そんな終わりはまっぴらごめんだ。

 

 だから甘んじている。それ故に飢えている。飽いている。

 

 今は退屈だ。骨のある奴とは殺しあってはならない。全力で殺しあっても良い敵は滅多にいない。

 

 この身に渦巻く獰猛な力を今すぐ解き放つことができればどれだけ嬉しいことか。だが、それは高望みだ。伝説に伝わる最強の一角の力を受け止められる、かつ、殺しあっても良い存在は五人もいるか。

 

 ならばせめて、解き放つとまではいかなくとも、この力を振るってもそう簡単には死なない敵がいれば。

 

 彼我の圧倒的な絶望的な実力差を前にして、怖気つかない敵がいれば。

 

 だが、そんなものは非凡だろう。滅多にいないだろう。だけど、それでも。

 

「だから俺はお前を強いと断言しよう。――――それらはどれだけ強く長く望んでも見られるかどうか怪しいものだからな」

 

 ――誰もが持ち得るとは限らないものこそ、価値があり強さがある。

 

 凡俗であるということは弱い。

 

 非凡であるということは強い。

 

 何故か。

 

 誰もが出来るということは、それはそれが普通であり、打倒すべき価値だから。

 

 誰もが出来るわけではないということは、それはそれが非凡であり、平凡を打倒したからこその非凡な価値だから。

 

 非凡であり続けることは、価値を更新し続けることに他ならない。

 

 価値を更新し続けることは、打倒し続けることに他ならない。

 

 しかし、もしもそれをどこかで妥当だとしてしまえば、その時点でそのものの価値は凡俗に落ちる。

 

 諦める――それは、誰もができることであるから。

 

 諦観は誰もが持ち得るものだから。

 

 珍しいものではないのだから。

 

「お前は伸びる。伸びる余地がある。それだけの波動を出せる覚悟がある。それだけの波動を御そうという意思がある」

 

 ゼノヴィアの息は荒い。デュランダルの制御にそれだけ苦労しているということだ。

 

「だから、俺も見せよう。――――生ける伝説を」

 

 ――――これから刻みゆく伝説を

 

 ヴァーリを中心に風が渦巻く。覇と力の権化が、その存在の一角を示す。その力を、その覇を、かつて世界を震撼させたその波動の一端をまき散らす。

 

(バラン)(ス・ブ)(レイク)――――」

 

 ――――ゼノヴィアの地面が爆ぜる。

 

 神々しい光の軌跡が、禍々しい爪跡を刻む。

 

 青い彗星は金銀の尾を引いて、力の権化である銀白の龍を打ち下さんと闇夜を引き裂く――――!

 

(ディバイン)(・ディバ)(イディン)(グ・スケ)(イルメイル)

 

『Divide――』

 

 銀白の鎧がヴァーリを包み込む。背中から銀白の光の翼が広がる。

 

 白い光が青い彗星を包み込む。銀白の翼が輝きを増す。

 

「再び、戦場で会えることを願う」

 

 勝敗は決した。

 

 未熟なローランでは白い龍(バニシング・ドラゴン)には勝てない。

 

『――DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!』

 

 デュランダルが輝きを失う。青い彗星の爪跡が途切れる。

 

 今にも死に絶えそうな表情のゼノヴィア。

 

 ヴァーリはそんな少女の刃を。

 

 

 

 

 ――発動条件を確認。これより、自動強制覚醒術式を起動。

 

「ギッ――――――――……!」

 

 全身が痛い。

 

 岩山に叩きつけられたか。

 

 記憶の前後がやや飛んでいる。意識の覚醒を優先。神器の能力を全て思考能力の回復につぎ込む。術式は無事成功。

 

 どうやら俺はヴァーリに思いっきりぶっ飛ばされたらしい。いやあ痛かった。死んだと思った。

 

 次。全身を修復。神器の刻印を二つ使用。とりあえず、体は動いても大丈夫なまでに修復完了。ただし全力は不可能。残り体力も少ないし、何より体が壊れる。過度の運動は禁物なのです。

 

 一つの方角から二つの力の高まりを感じた。そこに眼を向ければ、焼かれそうな極光が辺りを照らし出している。

 

 ゼノヴィアがこれまでに感じたことの無い密度の高い力を顕現させる。それはデュランダルから放たれていて、周りの風景をいとも容易く変化させる。

 

 それに対し、ヴァーリは悠然と構えている。俺の見当違いでなければ、あれだけの力の顕現を前にして歓喜している。あれだけのものをまともにくらえば跡形も無く消し飛ぶだろうに。よほど自分の力に自信があるのか。

 

 もはや二人の力は俺の想像の埒外だ。俺からすれば二人とも常識外れの火力を持っているということだけしかわからない。だから、どちらが勝つのかも見当がつかない。

 

 そのはずなのだが、俺はゼノヴィアが負けると確信している。

 

 理由はあの声。あの落ち着き払った化け物のようや存在の声。

 

 どういうわけだかヴァーリは化け物を飼っている。それも従えたように。考えられるのは神器だろうがあんな化け物が人間なわけがない。あれが人間だっていうのなら、俺は首を括る。俺の努力はいったいぜんたいなんだったんだ。

 

 ゼノヴィアの表情が苦しそうだ。まさしく死力を尽くしているのか。

 

 ……なら、俺も動かないと。

 

 刻印を更に消費。全身に魔力の糸を巡らせ、無理矢理に継ぎ接ぐ。

 

 辛うじて生きのびた体から深刻な通達。即ち、疼痛であるはずの激痛。意識を金槌で叩いて伸ばすような乱暴な衝撃に、歯を食いしばって耐える。眼球がうっかり外に出かねないほどの衝撃だった。

 

 それを実況できているあたり、俺も成長したなぁ、とか思ったりして気分が沈む。さようなら、平穏な俺。こんちにわ、バイオレンス俺。こちらからは頭の悪い痛くなるような痛々しい表現が多々ありますのでさっさと死にたくなる。

 

 うん。思考機能は相も変わらず絶好調なまでに廃スペックだ。死ね。

 

 その最中、なんかの余波が来てまたしても死にそうになったのは内緒。

 

 そしてその原因がゼノヴィアだと把握した時の脳内状況も内緒。

 

 力任せに発動したために、うっかり間違えて刻印を二つ消費してしまったことも内緒。ふぁっく。

 

「ゼ――――――――……!?」

 

 激痛で火花が散る。視界はアウト。

 

 故、聴覚と記憶と平衡感覚と経験頼りに、ゼノヴィアがいるであろう場所に突っ込む。

 

「の、ヴィア――……!」

 

 声を出しただけでこの様。無様滑稽極まりない。死にたい。

 

 細い棒のようなものをしっかりと手に取った。莫大な力の波動が蠢いているのが、背骨を悪寒で刺し貫く。

 

 間に合え。

 

 ――――。

 

「起きろ!」

 

 心臓が跳ね上がった。

 

 俺は今、どうなっている。視界は、暗闇。何も視認できない。

 

「生きているな!? 動けるか!?」

 

 喧しい。甲高い声が耳元で跳ねている。耳朶を削っている。

 

「時間を稼ぐ! 気張れ! なんとかして生きろ!」

 

 ――思い出した。

 

 思考が息を吹き返す。二度目の断線(ストライキ)していた思考が活動を始める。

 

 思考が戻れば後は早い。体に魔力の糸が巡り、全身を稼動させる。痛覚を改めて遮断。よし、喋ることはできるな。

 

 地面に伏せっていた体を引き起こす。

 

 状況を視界と聴覚で確認。隣にはゼノヴィア。なんとか救出は成功したみたいだ。そして眼前には絶対に勝てない白い翼の悪魔。もうこいつ白い悪魔で良いよ。化け物め。

 

「あの状態でも動けるのか」

 

 ヴァーリはそんな俺に関心を示す。野郎に関心を持たれたって嬉かねえよ。

 

「人間、死力を尽くせばなんとでもなる」

 

「ふむ、なるほどな。どうやら奥の手を使ったか」

 

 バレてやがる。

 

 残りの刻印を神器に意識を集中させて確認。残り八つ。

 

 さて、果たして、――どうすればコイツと刺し違えることが出来ようか。

 

「言峰さん、最初のプラン通りにいくぞ。貴方は逃げろ。私がコイツを足止めして、貴方は応援を――」

 

「それは承諾しかねる」

 

 俺の前へと出ようとしたゼノヴィアを引き止める。

 

「言峰さん!」

 

 そう言って振り返ったゼノヴィアの表情は絶望に塗れていた。今にも泣き出しそうなのを堪えた、見慣れた泣き顔。

 

 それを見て俺は、どうしてだかわけもなく落ち着いた。それで頭が一段と冷静になって、俺はヴァーリには決して勝てないことも理解する。同時に、ゼノヴィアも勝てないと。畜生め。幸せな夢くらい見させやがれ。

 

 こうなった時の子供は手に負えない。どんなに理屈でわからせようとしても、愚直に跳ね除ける。自分が正しいと信じて、その道を突き進もうとする。

 

 それを、眩しいと感じた。

 

 ゼノヴィアの顔を両手で挟み込み、その両手を引き寄せた。

 

 呆気ないほどゼノヴィアの顔が視界一杯に広がる。呆気に取られた表情のゼノヴィアの額に額を寄せ合わせた。

 

告げる(セット)――」

 

 神器を起動。

 

 弱っていた空白のゼノヴィアの精神に呪いを送り込む。とてもとても弱い呪いを。弱い故に、ゼノヴィアの弱さが際立つ呪いを。きっと、ゼノヴィアは俺を呪うであろう呪いを。

 

 額を離す。ゼノヴィアを背後に押しやる。たしか、ちょうど俺の後ろの方向には教会があったろう。都合が良かった。

 

「逃げるのはお前だ。ゼノヴィア」

 

「――何を、貴方は――!」

 

「逃げる呪いをかけた。お前はもうヴァーリとは戦えまい」

 

「……は?」

 

 ゼノヴィアが呆然とした声をあげる。

 

「疑うのならばアレに斬りかかるところを想像すれば良い。情けないほどに膝が震えるぞ」

 

 魔弾が放たれる様子は無いが、片手に黒鍵を構える。

 

 強者の余裕か、待ってくれているようだ。胸糞は悪いが、都合は良い。

 

「急げ」

 

 後先は考えない。戦術も保身も名誉も過去も未来も、一切合財考えない。夜明けまで待つつもりなぞ毛頭無く、明日まで耐えるつもりもない。白状すれば、そうするだけの実力がとてもあるとは思えない。勝算など一つもない。あるのは必ず負けるという漠然とした未来だけ。

 

 そんな未来を見通して、どうして考えることが出来ようか。

 

 だから俺は今回の俺を通す。後悔の無い〝俺〟であったと断言できるようなものではないが、少なくとも、全力を尽くさなかった〝俺〟ではない。やれるだけのことはした、全力は尽くした。

 

 その結果に後悔はある。こうしておけば、と思うこともある。だけど、それを恥とは思わない。

 

 ならば、今回の俺は誇れるものだ。

 

 その〝俺〟を通すためならば、命の一つや二つは惜しくは無い。

 

 それにおまけのような人生だ。ならばそのちっぽけな誇りを貫いて死ぬのも悪くない。

 

「……どうして…………っ! こんな、ことをっ……するんだ、貴方は……!」

 

 ゼノヴィアはとうとう泣き出した。そうやって吐き出した言葉の後に続くのはきっと、死の宣告だ。俺ではヴァーリに勝てやしない、と。殺される、と。

 

 その足は震えている。歯はカチカチと鳴っている。

 

 俺のかけた呪いは、まあ、なんというか、強がりを剥ぐ呪いだ。

 

 今のゼノヴィアの表情は本当に悲しいもので、そんな小さな体でそんな恐怖を背負っていたのかと胸が痛くなる。同時に、ふがいなくも。

 

 ゼノヴィアの問いに、独り言のように答える。

 

「助けた人に死なれるのは堪えるそうだ」

 

 そんな俺にゼノヴィアは質問をする。

 

「…………すまない。……堪えるって、……なんだ?」

 

「耐えられないわけではないが辛い、というところだろう」

 

 それで最後だった。

 

 ゼノヴィアは俺の答えを聞くと、デュランダルをしまって走り出した。あれは、ゼノヴィアなりの強がりだったのかもしれない。

 

「ふむ。感動の場面のところ悪いが――逃がすと思うか?」

 

「追わせると思うか、白龍皇?」

 

 俺とヴァーリが正面から対峙する。

 

 フルフェイスの下の表情は伺えないが、きっと、獰猛な獣のような笑みを浮かべているのに違いない。

 

 

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