【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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あらすじっぽいの
 言峰綺礼という名前の転生者は、フリードと出会い喧嘩してしまったがためにエクソシストになってしまう。そこで喧嘩のし過ぎにより、仲裁役兼医療部隊としてのアーシアとも出会う。中学校に上がるくらいにその二人と別れる。優秀なエクソシストとして活動していたため、ヴァーリの趣味につき合わされ大怪我を負う。黒歌の仙術と適切な治療により、意識を取り戻す。







09 望まぬものについて

「言峰さん、私が体を拭こう」

 

「言峰さん、私が食べさせてあげよう」

 

「言峰さん、面白い話をしよう」

 

「言峰さん、子守唄を歌ってあげよう」

 

 

 ――何だコレは

 

 おいそこの看護婦、早くこの青い犬をどうにかしてくれないか。ほら、そう微笑ましいものを見るような眼は止めて、コイツも一応病人と同じ扱いなのだろう。何? 動いても大丈夫だから? それでもだ。こんなのは職務怠慢じゃないのか。何? 職業体験だって? 無資格の人間、それも少女にやらせる仕事じゃないだろう。ちゃんと監視してるから大丈夫? ……まあ、本職の方がしっかりと監修しているのなら、まだ良い――わけがあるかバカ者。

 

 どこでどう間違えたのか、この青い犬――ではなく、ゼノヴィアは俺に甲斐甲斐しく世話を焼いていた。俺が世話に焼かれて死にそうになるくらいに。

 

 上記の台詞は昨日で嫌と言うほど聞いたものである。

 

 俺の体は今現在ツギハギのフランケンシュタインモドキで、できる限り動いてはならないそうだ。本来なら助かる見込みはなかったそうだが、魔術やらのおかげで何とか一命を取り留めているらしい。治療費は考えたくない。

 

 あの黒歌との一件の後、すぐにナースコールがゼノヴィアによって押され、丑三つ時だった病院は上から下への大騒動。三十分ほど前の電話越しに聞いた父さんの声は涙声で、加えてゼノヴィア曰く入院して一日目は面会謝絶状態だったらしいのだから、これがいかほどの奇跡か想像に難くない。看護師さん曰く、何時目覚めるかわからなかったとか。

 

 で、そんな重態な俺である。

 

 当然、男の尊厳を色々と無視している至れり尽くせりが待っていた。

 

 それに便乗するゼノヴィアも待っていた。

 

「言峰さん、ほら、あーん」

 

 無言の仏頂面で差し出されたリンゴを頬張る。青森の特産品。ゼノヴィアが調理担当の蜜入りリンゴ。何だろう、美少女お手製に加えたバカップル御用達のアーンだというのにこの屈辱感……!

 

 黒歌カムバック。すぐに俺の肉体を治してくれ……!!

 

 そんな俺の内心とは裏腹の喜色満面のゼノヴィア。背後に微笑ましいものをみる歳若い看護婦共(オバタリアン)

 

「言峰君、何か失礼なこと考えなかった?」

 

「いえ」

 

 俺の担当の看護婦さんが唐突にそんなことを尋ねてきた。リンゴを口に頬張ったまま仏頂面で迎撃。

 

 うーん? と首を捻るエスパー看護婦。侮れない。

 

「喉は渇いてないか?」

 

「いや、充分だ」

 

「そうか。――ところで、言峰さん。ドラグソボールという漫画を知ってるか?」

 

 何処でそんなものを知った。

 

 反射的にそう突っ込みかけた。

 

「……知っているが、読んでいない」

 

「――なんと。それはもったいない。日本の人気作品というだけのことはあるぞ。アレは素晴らしい」

 

 うんうん、と一人頷くゼノヴィア。

 

「加えて、聞けば日本は優れた作品が多いそうじゃないか。私は作品らしいのは各地方の神話しか読んだことがない。ので、言峰さん」

 

 真摯な眼差しで俺を見るゼノヴィア。真剣そのものの表情でキリッとしていて清々しい。

 

「お薦めを教えて欲しい。金ならきっとすぐできるので、その時に購入しようと思う」

 

「……今現在の貯蓄は?」

 

「無い。私は報酬の管理を全て教会に任せていてね、余分なお金の持ち合わせが無い」

 

 ……どうしてこう、俺の出会う教会の戦士達は、揃いも揃ってマトモなのがいないのだろうか。

 

 ゼノヴィア然り、フリード然り、イリナ然り。ジークフリートはまだマトモな方かと思われるが、アレは戦闘狂だ。知ってるよ、俺。アイツが悪魔を斬り殺そうとしていた時の表情。魔剣に好かれる奴がマトモだなんて思えない。

 

「……宝塚治の黒男、烏山昭のDr.ランプあれれちゃん、田上弥彦のグラムダンク、辺りか。どれも傑作とされる」

 

 ため息を噛み殺し、話題に出してもおそらく問題無いと思われる古めの作品を述べた。ゼノヴィアは生真面目なことに、それらをメモに取っている。

 

 正直、那須トマトの装飾障害切断を一番にお薦めしたいところだったが、アレはぶっちゃけ小学生には鬼畜過ぎる。

 

「漫画ではないが、もし日本のアニメ映画を見るのなら、矢崎隼人製作のものを薦める。非常に完成度が高い」

 

 ふむふむ、と青い髪を揺らしてメモるゼノヴィア。いちいち犬みたいな仕草だ。

 

「見所は?」

 

「私とゼノヴィアの感性は異なる。故に、それを述べることはゼノヴィアにとって益ではない」

 

「むぅ……。その理由はどのようなものだ?」

 

「偏見は良くない、人を見かけで判断してはならない、というところだろう。偏見(色眼鏡)は世界から、君本来の世界(真実の色)を奪う」

 

「なるほど」

 

 三度メモるゼノヴィア。……待て、何故か中二チックな表現を使ったがよもやそれに書き込んでなかろうな。……まあ、良いけど。さり気なくあの台詞は決まってると思うし。

 

 ふと、少し大きめのパタパタというスリッパの音が聞こえてくる。

 

 ゼノヴィアに静かにというジェスチャーを送り、耳を澄ます。普段ならまったく反応しないのだが、今回のばかりはどうしてか反応すべきだと思ってしまった。

 

 音の感覚と大きさからして足音の主は平均的な少女。……いや、少し痩せ気味か。手には重たいものを抱えているのか、足音が少し危なっかしい。

 

 既知感がある。この足音には非常に既知感がある。

 

「……ゼノヴィア」

 

「どうした」

 

「廊下を見てきてくれないだろうか。何か重たいものを抱えた少女がいるはずだ」

 

 ゼノヴィアの眼が尊敬に満たされる。キラキラしていて子犬のようだ。

 

「委細承知したっ!」

 

 フリスビーを投げられたワンコの如く。病室から静かな早歩きで退出するゼノヴィアもとい青い犬。

 

 思わず安堵のため息を吐いてしまう。ついでに耳を澄ましてみる。

 

 張りのあるゼノヴィアの声が聞こえてくる。ううむ、面倒そうだ。対する少女は困惑している様子だった。嫌がりはしていない。ゼノヴィアは恐らく半ば強引に重たいものを引き受ける。少女は恐縮しながらもゼノヴィアに謝意を示し、歩き始める。ゼノヴィアはそれに付き添うように歩く。

 

 ふと、視線を感じた。見れば見回りの看護婦だ。

 

「いやー、言峰君も罪作りな男の子だこと」

 

 ……俺の顔を見て楽しそうにそんなことをのたまうエスパー看護婦。ニシシというチシャ猫くさい笑みを俺に向けている。

 

 無言で抗議。逃げられる。

 

 入れ替わりに、ゼノヴィアの姿が見えた。

 

 廊下の少女を一時追い抜いてきたのか、褒めて褒めてオーラをお見舞いの品である果物を抱えながら示していた。親指を立ててみた。同じようにグッと返された。

 

「ここが貴女の?」

 

 可愛らしい声が聞こえる。廊下の少女がゼノヴィアに話しかけたのだ。

 

「うむ。ここにいる。大怪我をして動けないようでね、だから代わりに私が動いた」

 

「そうなんですか」

 

 驚きの口調。ゼノヴィアは廊下の少女に道を開け、少女がこちらの病室を覗き込む。

 

「わざわざありがとうございます。おかげで助かりました――」

 

 姿を現しお辞儀した廊下の少女と視線が合う。長い金髪が緩やかに揺れて綺麗に光を反射した。

 

 パチクリと、少女が眼を瞬かせる。

 

「久しぶりだな、アーシア」

 

「……き、綺礼さんっ!?」

 

 口をパクパクさせて俺とゼノヴィアを交互に見るアーシア。

 

「む、知り合いか。金髪といえば――ああ」

 

 ゼノヴィアは頷いた。委細承知と言いたげである。

 

 ゼノヴィアは空いているスペースに色とりどりの果物が盛り付けられたソレを置いた。そしてアーシアの手をガッシリと取った。

 

「紫藤イリナから話は聞いている。君がアーシア・アルジェントだな。私はゼノヴィアだ。言峰さんとは今回コンビを組ませてもらった仲だ」

 

「え、えっと、はい! アーシア・アルジェントです、ゼノヴィアさん!」

 

「ゼノヴィアで結構だ。私もアーシアと呼ばせてもらうよ」

 

 ブンブンと嬉しげに握手を上下させる。

 

「いや、イリナに聞いた通りだ。君とは長く交友を持ちたい」

 

「こ、こちらこそお願いします。ゼノヴィアさん」

 

 尻尾があればブンブンと振っているに違いない。非常に上機嫌だ。

 

「むう、ゼノヴィアで良いというのに」

 

「えっと、癖なんです」

 

「なるほど。ならば仕方ないか」

 

 ゼノヴィアはそう言うと、俺のベッドの脇からパイプ椅子を一つ取り出し、アーシアを座らせる。その後で少し慌てたように、時間はあるかと尋ねる。アーシアはそれに笑顔で、はい、と答えた。

 

 その何だか微笑ましいやり取りを見た後、俺は尋ねた。

 

「父に聞いて来たのか?」

 

「はい。璃正神父から話を聞いたときは凄く驚きました」

 

 笑顔が悲壮に陰る。

 

 俺の予想通りだ。父さんは俺が意識不明の重態だとアーシアに知らせた。そのついでに、おそらくこちらに来て治療して欲しいとも頼んだと思われる。というかこっちが本題だろう。

 

「まだ動いてはならないそうだが、寝ている分に痛みは無い。一週間もすれば、傷口は塞がるだろう」

 

 慌てて、しかし努めて平然と俺はそう答えた。

 

 悲しい思いはさせるべきではない。アーシアの表情が幾分か和らぐ。ゼノヴィアは気まずそうな表情だった。

 

「……アーシア、すまない」

 

 そのままの表情で、ゼノヴィアはポツリと零した。

 

 そして、決壊したダムのように、そのまま滔々と話し出した。

 

「その、謝るのが遅くなってしまったこともすまない。今の言峰さんのこの姿の責任は私にある。私がもっと強ければ、言峰さんはここまで酷いことにはならなかったはずだ。……何だか、友達だと言ってからこんなことを言うのは我ながら卑怯だと思うが、その、それは私がバカでアーシアの気持ちを――」

 

 口を開く毎にゼノヴィアの表情に悔恨の皺が刻まれる。

 

 本当に苦しそうだし、実際にゼノヴィアは心苦しいだろう。原作知識というのもあるが、第一印象からしてゼノヴィアは大雑把なくせに繊細な部分がある。話す度に重い口調になるのは、本当に現在進行形で申し訳なさが雪だるま式に増えているのだろう。

 

「――大丈夫です」

 

 そんなゼノヴィアの懺悔を、アーシアはやんわりと制止した。

 

「看護婦さんから聞きました。同じように怪我をした子が、今病室にいて看病してくれているって。私、その話を聞いてとても嬉しかったんです。だってそれは、綺礼さんのことを大切に思ってくれているっていうことなんですから」

 

 ……あ、ヤバイ。

 

 ちょっと俺、アーシアたんに赤面しかけた。ストレート過ぎて、捻くれた性根にはとても心臓に悪い。だってちょっと心臓跳ねたもん。どきっとした。

 

 ゼノヴィアも感じるところがあったのか、アーシアの台詞に少々遅れて赤面した。

 

 多分、少し理解が遅れたんだと思う。だって、これ、あまりにも真っ直ぐ過ぎる。

 

「それだけで充分です。むしろ私の方から貴女とお友達になりたいと思ったんですから、謝らないでください」

 

「む、ぅ」

 

 アーシアは真っ直ぐにゼノヴィアを見ている。赤面したゼノヴィアはそんなアーシアの視線から逃れるように、顔を逸らしていた。

 

 ちらりと俺を見る。助けが欲しいような、欲しくないような、そんな視線だった。

 

 ゼノヴィアの性根もアーシアと同じように真っ直ぐだ。だから真っ直ぐなアーシアの気持ちに同じく真っ直ぐに向かいたいのだろうけども、責任感とかそういう繊細なものがゼノヴィアを恥ずかしく感じさせ、真っ直ぐには向かえないのだろう。

 

 俺は眼を閉じて、ゼノヴィアを肯定する意を示す。

 

 ゼノヴィアがアーシアに真っ直ぐ向かえるように。

 

 ついでに、安心しろ、俺も恥ずかしいのだ、とか内心呟いて。内心の呟きが届かないように祈りつつ。でも届いて欲しいなーとか思ったり。

 

「――――」

 

 息を吸う音が聞こえる。

 

 視界は閉じていて、ゼノヴィアの表情は伺えない。だが、きっと、ゼノヴィアの表情は真っ直ぐなものだろう。

 

「ありがとう。――そう言ってくれて、私もとても嬉しい」

 

 ゼノヴィアの笑顔が瞼の裏に浮かんだ。ついでに、アーシアの微笑みも。

 

 うむうむ、仲良きことは良いことだ。俺も嬉しい。ちょっと心臓がドキドキしてて、あまりこういうことはやって欲しくないのだが、……うん、何ていうか、非常に複雑な気持ちだ。

 

 こうして初々しくも穏やかな時間が流れる――かに思われた。

 

 アーシアが、口を開くまでは。

 

「綺礼さん、人の事を考えてくださいって言いましたよね?」

 

 眼を開ける。アーシアの顔が視界に映る。

 

 ……あ、ヤバイ。

 

 ちょっと俺、アーシアたんに赤面しかけた。

 

「私、何度も言ったはずですよね。人の気持ちを考えてくださいって」

 

 アーシアの表情がさっきまでのと違う。さっきまでは後光が差すような笑顔だったのに、今は心臓をぶち抜く勢いの、泣きかけの表情だった。

 

 その落差にどきっとする。うん、心臓が痛い。

 

 アーシアたんこそ人の心臓の事を考えるべきだと思う。

 

「いっつもそうです。綺礼さんは平気で無茶するんです。私が何度止めてくださいって言っても、平気で危険なことをするんです。ええ、フリードさんとは特にそれが顕著でした。大怪我しないでくださいって言っても、そのことをわかってるかわからないような無茶をするんです」

 

 あ、涙声になってきてる。

 

 隣ではゼノヴィアがおろおろしている。

 

「酷いものでした。擦り傷切り傷打撲は当たり前、骨折も多かったです。酷い時には、口から血を吐いたり――」

 

「だ、だがな、アーシア。あれは仕方なかった。白龍皇が相手だったんだ。むしろ、生きているだけ良かったんだ。だから、な。泣かないでくれ、アーシア」

 

 ゼノヴィアがアーシアを慰めるように、おろおろしながらもそう言った。

 

 しかしそれでも止まらない。むしろ本格的に泣きが入り始めた。

 

「それはわかってます。どうしても大怪我する時はあるって。今回はそうだったってわかってます。わかってるんです。けど、けど……」

 

 涙が流れる。

 

 本格的に泣き出した。

 

「けど、辛いんです。とても苦しいんです。私は――綺礼さんが好きなんです。好きな人が傷つくのは嫌なんです」

 

 そう言って、泣きじゃくる。

 

 服の袖で流れる涙を拭いながら、声を押し殺して泣きじゃくった。ゼノヴィアはいよいようろたえて、アーシアを優しく抱きつつ背中をさすりながら、俺に視線で助けを求めてきた。その視線には少し涙が混じっていて、ゼノヴィアもいつか泣き出すのでは、と俺は戦慄した。

 

 ゼノヴィアはどうも俺は平静を保っていると思っているようだが、そうではない。かなり動揺しているのだ。これでも。鉄面皮のおかげでそうは思われていないのだが。

 

 ぶっちゃけ、好きっていう単語に動揺している。激しく。

 

 とりあえず、アーシアは友人アーシアは友人、と、心の中で唱えている。

 

「――アーシア」

 

 できるだけ優しく、できるだけ強い思いを込めて呼びかけた。

 

 アーシアの顔が見える。流れている涙が見える。

 

 心臓が跳ねる。口から飛び出そうなほど、心が暴れている。ガシガシガシと頭が混乱している。

 

 深呼吸する暇は無い。過呼吸になりそうな横隔膜を意識して強く保ち、必死で言葉を手繰り綴る。

 

「――――すまない」

 

 何を? 何がすまないのだ言峰綺礼。

 

 ただ泣き止んで欲しさの謝罪はダメだ。それは不誠実だ。真っ直ぐな言葉には、真っ直ぐな言葉で返さなければならない。だってそうだろう。言峰綺礼は誠実でなくてはならないのだから。

 

「――――心配をかけて、すまない」

 

 アーシアは泣いている。

 

 何故? 言峰綺礼を心配しているからだ。ならばそれに報わなければならない。アーシア・アルジェントは誠実に言峰綺礼を心配している。ならば、それに応えないと。

 

「だが、許して欲しい。私は、こう在りたい。具体的なことは言えないが、私は、これまでの私を少なからず誇りに思っている。これが言峰綺礼なのだと、私は言峰綺礼であると定義している。そう在るようにと願っている」

 

 それは本心か?

 

 本心である。

 

 続けろ。本心を告げろ。誠実には誠実を。そう在るべくして俺はそう在ろうとしているのだ。

 

「すまない、アーシア。私はこれからもこう在り続ける。だから――君の願いには、決して応えられない」

 

 なんて酷い。

 

 心が痛い。激しく暴れている。

 

 アーシアの泣き顔に酷く心が揺さぶられている。理想じゃない。こんなの理想じゃない。揺らいではならない。揺らいでしまっては理想の自分を保てない。

 

 俺の理想は誰からも干渉されないことだ。この世界を認識した時に俺は何を目指そうとしたのか。どんな自分を理想としたのか。

 

 心を冷やせ言峰綺礼。俺は世界に異物だと認識されたくないがために、今の自分を形作ろうとしてきたのだろう。干渉させるな、興味を持たせたとしても、俺に踏み入れさせるな。縋ってはならない泣いてはならない、――ああ、そうだ。

 

 俺は誰かに頼られても、誰かに頼ってはならない。

 

 だって、頼ることは自分の脆さをさらけ出すことだろう。自分にその脆さを補強できないから、他者にその脆さを補強してもらう。それはダメだ。俺の脆さは異質な脆さだ。決して知られてはならない。知られたら、自分がどうなるかわからない。

 

 だから――――

 

「だが」

 

 力を込める。

 

 未だ泣き顔のアーシア。アーシアは俺が心配だから泣いている。俺はアーシアに泣かれると心が痛い。痛くて、縋ってしまいそうになる。それはダメだ。ダメ、だから。

 

「心配する必要は無い」

 

 屁理屈でも何でも良い。とりあえず、アーシアの心配を取り除け。アーシアが俺を心配する理由。それは怪我をして欲しくないからということ。

 

 ならばどうして、アーシアは俺が怪我をすることを恐れるのか。

 

 アーシアの精神を分析しろ。この子がどうして怪我を恐れるのか。

 

 怪我はアーシアの精神に何を及ぼしているのか。

 

「アーシア、君はどうして私が怪我をすることを恐れる」

 

 ――曰く、怪我は痛いでしょう

 

「そうだな。痛い。それは当たり前だ。だが、私は痛いことには慣れている。それを気に病んだことは一度も無い。――だから、心配は要らない」

 

 ――曰く、痛いことは危険なことでしょう

 

「そうだな。痛みは危険のサインだ。だから人間はそれを忌避する。だが、私はこれまでその危険にちゃんと対処している。こうして生きているのがその証明だ。――だから、心配は要らない」

 

 ――曰く、だからといって、次もその危険に対処できるわけじゃありません

 

「そうだな。未来は私にはわからない。だから何時か私はその危険に命を奪われるだろう。だが、だからといって、私はその危険に立ち向かってはならない理由にはならない」

 

 ――曰く、それはわかっています、けど

 

 アーシアはそう言った。駄々なのだと理解しているのだ、この少女は。

 

 でも、理解しているからといって、心が軋まないわけではない。心が痛くないわけではない。耐えられるわけではない。だからアーシアはこうして泣いている。俺が危険を避けるようになるかもしれないという、限りなく低い可能性に賭けているとも言える。自覚の有無に関わらず、こうして願っているという一点において、それに釈明の余地は無い。

 

 それはきっと、時の経過と共に慣れ薄れていく。けど、その間に感じた痛みは減らない。そしてその痛みはアーシアを泣かせ、そんなアーシアに俺はこれまでの俺を辞めさせられかねない。

 

 それはダメだ。初志貫徹。今生の俺はそうだった。そんな俺が好きだ。愛していると言っても過言ではない。理想の自分を手放すことは、俺にとって一番怖い。

 

 ゼノヴィアを視界に入れる。言峰綺礼を尊敬している少女。

 

 右腕に刻まれた神器の証を認識する。体に巡る魔術回路のようなものを認識する。鍛え上げた己の肉体を認識する。――俺の過去を、認識する。

 

 退いてはならない。

 

「アーシア」

 

 優しい声音を意識する。

 

「その心配は嬉しい。だが同時に、その心配から生まれる涙は悲しい。アーシア、教えてあげよう。君のその心配は、私が死ぬかもしれないという恐怖によって生まれたものだ」

 

 俺のせいでアーシアが泣いている。その涙によって俺が揺らいでいる。ならば、アーシアを泣かせてはならないことは確か。ならば。

 

「ならば、私が私である代償として、君の心配を取り除かなければならない。聖職者は人を癒すためにあるのであって、決して人を悲しませるものではない」

 

 ――――その傷口を切開し、患部を摘出する。

 

 俺の根幹を揺らがせる患部。それはアーシアの涙に他ならないのなら。

 

「だから私は主に誓おう。――私は決して死にはしない、と」

 

 嘘か? 否々、嘘ではない。

 

 だって、俺は死にたくない。

 

 

 

 

 妙な雰囲気のあったお見舞いは終わった。

 

 あの後、気を利かせたゼノヴィアが少々強引に日本の作品の話題に移動させた。正直あれは話の流れをぶった切っているようなものだったけれど、凄く感謝している。それに乗っからせてもらって、俺は気まずい雰囲気を払拭しようとした。

 

「……失敗だったな」

 

 一人、呟く。

 

 ゼノヴィアはアーシアのいる教会に一緒に帰っていった。私は大丈夫だ、という言葉を根気強く何度も繰り返して一緒にいてもらった。正直、俺なんかよりアーシアの方が傷ついているし。アフターケアよろしく、みたいなことを言えば、何とか納得してもらえた。

 

 らしくない。

 

 まったくもってらしくなかった。

 

「当てられたか」

 

 黒歌のあの〝愛〟の台詞は俺に予想以上のダメージを叩きだした。こうかはばつぐんだ、に加えて、きゅうしょにあたった、なんて洒落にならない。

 

 そのせいであの様だ。軽く終わらせるべきだったアーシアとの会話を重くしてしまった。こうなる展開は予測していたはずなのだ。中途半端に揺らいでしまって、中途半端に本音が混じってしまった。本音、きっと本音。

 

 ああ、もう。

 

 本当に嫌になる。

 

 瞼を閉じた。

 

 思考は闇に満ちる。何か考えようにもまとまらなくなる。

 

 神器を起動させる。使うのは睡眠導入のためのとある暗示魔術。精神の解体清掃(フィールドストリッピング)

 

 とあるはぐれ魔法使いを討伐した際、その魔法使いの家に侵入した。そこでインディジョーンズびっくりのドキドキトラップショーを潜り抜け、激闘の末に捕縛。その後時間が余ったので、適当にその家の蔵書を漁ってみたところ、これが見つかった。

 

 試してみたところ、フリーウォールとマッサージを同時に経験したような複雑な気分に。それ以降、どうしても寝付けない時に使用している。

 

 今がまさしく寝付けない時だ。

 

告げる(セット)

 

 疼痛が全身を走る。若干引きつる痛みがあったが、そんなものはすぐに消えうせた。

 

 

 

 

 入院生活は一週間ほどで終わった。時間のある時、アーシアが聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)をしてくれたおかげである。

 

 その一週間の間に聞いた話だが、どうも俺の治療は一エクソシストにしては過ぎたものだったらしい。父さん、すまない。というわけで、さぞお金が動いただろうと思いきや、まったく動いてなかった。いや、動いたには動いたそうだが、お金の減った形跡が無い。

 

 ついでに、俺の体にも後遺症は診られない。

 

 そのことにファンタジーな裏の世界に精通する医者はかなり首を傾げていた。ファンタジック技術を駆使しても、俺のこの経過はあまりにも異常らしい。その原因は黒歌の仙術だろうけど、喋っていない。ゼノヴィアにも口止めしておいた。ゼノヴィアはそれに渋い顔をしていたが、何とか口八丁で押し止めた。いつか恩返しをしないといけない。

 

 俺の見舞い客は知人が少なく、逆に初対面の方々が多かった。ゼノヴィアとイリナの師匠だというグリゼルダ・クァルタがその筆頭だと言えよう。他は教会のちょっとしたお偉いさん方。もう少し砕けた話にして短くして欲しかった。

 

 ――さて、これまでが俺の入院中の主な話だ。

 

 ここからは今現在進行形で起こっている出来事になる。

 

 場所はとある国の高級レストラン。クラシックが流れていて、西洋風の落ち着いた内装だ。高層ビルの最上階にあり、ここから見える夜景はそうそう見れるものではない。正直俺がいるには場違いだろうとは思うが、周りを見れば子供連れの客がいることからそうでもないことに安堵。

 

 夜景が良く見える位置に俺とゼノヴィア、グリゼルダさんと父さん――そして、あと二人が一つのテーブルを囲んでいた。

 

「好きなコースを選んでくれ。なに、ここの代金は俺持ちだから気にするな」

 

 前髪を金髪に染めた黒髪の秀麗な男性。黒いスーツを着ているせいか、マフィアのボスといった印象が強い。外見年齢は二十代頃と推測される。高級ながらも、子連れがいるような場所には相応しくない人物だ。

 

「ふむ。なら俺はこのSコースを選ばせてもらおうか」

 

 その男性の隣でメニューを持っていた少年が言った。

 

 ……非常に見覚えのある少年だった。濃い銀髪のまたしても秀麗な少年。

 

 男性と合わせたのか、こちらも黒いスーツ……なのだが、どうも執事服で有名なかの燕尾服だった。というか、よくよく見ると男性のスーツもところどころ俺に見覚えのあるものと違う。いかにも高級そうだった。

 

「お前は遠慮しろ。この問題児。平然と一番高いメニューを頼もうとするな」

 

「好きなコースを選べと言ったのはお前だろう」

 

「お前は別だ、ヴァーリ」

 

 執事服改め燕尾服の少年はヴァーリである。その隣に座る男性は少し頭を押さえていた。

 

「……コントでも見せに来たのですか? ――アザゼル総督」

 

 グリゼルダさんが緊迫した声でそう尋ねた。

 

「悪いな。こちとら堅苦しいのは苦手なんだ。これでもちゃんとコントじゃなくて、誠意を見せているつもりなんだがな」

 

 堕天使のグループ、〝神を見張る者(グリゴリ)〟のトップ――総督、堕天使アザゼル。

 

 今日俺がこの場違いな場所にいるのは、ひとえにこの集団から、直接謝罪をしたい、ということで招かれたからだった。

 

 一応お偉いさんが来ることは聞いていたが、総督直々に来るとは想定外だった。

 

「まあ、そっちに打診したとおり、謝罪の品はもうそっちにあるだろ? 治療費も俺ら持ちで、その上で賠償金も渡した。これでうちはもういっぱいいっぱいなんだ。後はもう、誠意を見せるしかないってことで」

 

 アザゼルがテーブルに置かれた水を飲んだ。

 

「こうして、招待させてもらった」

 

 いや、絶対にそんな理由じゃないだろ。

 

 だったら俺を見るんじゃなくて、話してるグリゼルダさんを見ろ。ほら、父さんとグリゼルダさんが怒って、じゃなくて、呆れてる。呆れてるぞ。けっして、あ、切れてる、とかじゃないからな。

 

「しかしそういえば、お互い自己紹介がまだだったな。一応、名前と顔はそれぞれ知ってるが、挨拶するのが礼儀だ。俺はアザゼル。堕天使主体のグループ〝神を見張る者(グリゴリ)〟の総督をしている」

 

「ヴァーリだ。現在の白龍皇で、〝神を見張る者(グリゴリ)〟に所属している」

 

「言峰璃正です」

 

「……グリゼルダ・クァルタです」

 

「ゼノヴィアです」

 

「言峰綺礼です」

 

 畏まって言うと、アザゼルは少々気まずい表情になった。

 

「おいおい、今は上下関係は抜きにしようぜ。不敬だの何だのこの際気にしねえからよ。ただヴァーリ、お前は敬語な」

 

「……俺だけ扱いが酷いだろう。今回の件は反省していると何度言ったら……」

 

「お前、今回の罰は謹慎だけじゃないってわかってるか?」

 

 苦言を呈したヴァーリが苦虫を噛み潰したような表情になる。それをアザゼルは楽しそうに見ていた。凄くニヤニヤしてる。

 

「ほら、叩き込まれただろ? シェムハザに。――そら、やれ」

 

 本当に楽しげだ。ヴァーリはアザゼルを睨み殺さんばかりに睨みつけている。それでもあの時の殺気より薄い辺り、二人は本当に仲が良いのだと思う。

 

「……………………………………。わかっ――わ、……わか、り、まし、た」

 

 んー? と楽しげに続きを促すバカ総督。大人二名は舐められているのかと若干イライラ、ゼノヴィアはヴァーリのしおらしさに驚いている。

 

「…………………………………………………………………………。

 ………………………………………………………………ご主人様」

 

「――ぶふぉあっ!」

 

 目をつぶり、途轍もなく小さな声で紡がれた言葉に、アザゼルを除く、その場にいた全員が眼を丸くした。

 

「ひ、ひひひ、くくく、ふふふふふふふふふ……! ふはっ、ひっ、ひっ――!」

 

 アザゼルは呼吸困難に陥りそうなくらい爆笑している。のをこらえている。場所は弁えているようだ。笑い死ぬのではないだろうか。アザゼル総督、死亡。死因、笑死。笑止千万も甚だしい。

 

 かくいう俺も、眼を丸くせずにはいられなかった。

 

 ヴァーリは周りの反応を知りたくないとばかりに眼を閉じている。

 

 悪戯心を刺激された俺、一言。

 

「哀れだな、ヴァーリ」

 

 たっぷりと情感を乗せて言ってやった。すると、俺が言ったことに驚いたのか、ヴァーリは俺を眼を丸くして見た。

 

 目尻を下げて、憐れみの表情を作ってやる。

 

 ヴァーリの情けない表情が愉快で愉快で堪らなかった。内心だけで笑う俺、相変わらずの鉄面皮。アザゼルはもう喉を抑えて声が出ないようにしているくらいだ。

 

「ヴァーリ。どうしてその格好をしている?」

 

「…………………………アザゼルがやれ、と」

 

 それ以上は喋らんとばかりにそっぽをヴァーリ。アザゼルは咳き込んでる。若干涙目になってる辺り、本当に面白過ぎて苦しかったんだと思う。

 

「こいつ、今、俺の護衛、兼、秘書。これまで、放置してたんだが、さすがに、な。ついでに、ひひっ、遊び心を入れて、みた。……ふぅ、……ふふっ。最近の漫画じゃ、こんなのが流行ってるらしいじゃねえか」

 

 特に日本、と、口の端をひくつかせつつ、アザゼルはそう言った。ゼノヴィアの気配が一瞬揺らぐ。漫画に反応しよったな、こいつ。

 

 そして、なぁヴァーリ、と話の中心に何とかヴァーリを引き寄せようとするアザゼル。ヴァーリはそれに投遣りかつ早口に言葉を返した。

 

 非常に良い笑顔だ。誰がとは言う必要が無いので割愛する。

 

「ところで、話はまた振り出しに戻るが、メニューは決めたか?」

 

 緊張感の途切れた空気を察してか、アザゼルは出し抜けにそう言った。この一連の流れは計算してのものか。それとも趣味か、鬱憤晴らしか。ともあれ、この場の主導権は完全にアザゼルのものだ。財布は俺らのものだろうが。

 

「……げ、皆Sコースかよ。こりゃあ、俺も同じのを頼んだ方が良いか。――ヴァーリ、お前は?」

 

「俺もSコースが良いと言っただ――、――でしょう。満場一致にしない手は無い。……かと」

 

「んー?」

 

「……ご主人様」

 

 最早諦めの境地に達した様子。アザゼルは満足気に頷き、ウェイターにSコースを六つ注文した。

 

 さて、とアザゼルは仕切りなおすように浅く息を吸った。

 

「この度はうちのヴァーリが迷惑をかけてすまなかった。重ね重ね謝罪する」

 

 先ほどまでのふざけた態度から一変。微かに眼を伏せ、真摯に謝罪した。

 

「特に言峰綺礼。意識が戻ったと聞いた時は、本当に良かったと心の底から思ったよ。あのまま死んでたら寝覚めが悪い」

 

 グリゼルダさんと父さんが息を呑むのを感じた。ゼノヴィアは少々うさんくさいものを見る目でアザゼルを見ていた。それを察してか、アザゼルは少し苦い笑みを零した。

 

「もちろん、組織としての利益とか損失もあるがね。正直に話して、俺は――君の年齢を見た時、とても大きな罪悪感に襲われた」

 

 ふと、アザゼルの表情に悲しいものが混ざった。堕天使の総督としての風格が揺らいだと表現しても構わない。

 

「親子の情は深い。まだ君みたいな子供の年齢なら、なおさらな。俺は子持ちでも親持ちでもねえから、深くは理解していないが、それでもそれがとても辛いものだっていうことは想像がつく」

 

 ほら、部下の気持ちがわからなかったら組織のボスなんてやってられねえからな、と。

 

 その台詞にはっとしたのか、三人は少し考えるような表情になる。俺は変わらず鉄面皮。ヴァーリは観察するような眼差しだった。ううむ、熟練の戦士ならぬ熟練の執事を思わせる。

 

「ま、そんなわけだ。今回、俺がこうして会話の機会を設けたのは。直に少年の無事を確認したかったのさ」

 

 そこでアザゼルの瞳が少し違う色になる。真剣な色だ。とはいえ、これまで真剣だったかと問われれば真剣であると答えるしかないのだが、まあ、なんだ。違う意味での真剣さである。

 

「ついでに、面白そうな神器を持っていると聞いてな。できれば、その話も聞かせてもらいたい」

 

 あ、父さんとグリゼルダさんの不快度が上がった。機嫌も、こう、急降下。

 

「俺は今、神器の研究をしている。それも組織全体を上げてだ。そっちがその気なら、報酬次第で情報を渡してやっても良い」

 

 悪魔の尻尾が背後に見える。こやつ、堕天使と悪魔のハーフではなかろうか。

 

 皆の視線が俺に突き刺さる。全員の了見はわかっている。俺に何を求めているかは。天使陣営は断れと俺に求め、堕天使陣営は俺に取引しろと求めている。

 

 特にヴァーリからの視線は強烈だ。熱烈であると言っても良い。まったく、不意打ちの相打ちにしか持ち込めないような男に何を求めているんだか。

 

 返答はもちろんお断り。俺は天使陣営なのです。











最終更新からほぼ半年、お待たせしてすみません(汗
今回と同じく次回の更新も未定です、すみません(汗

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