深夜
「いい風だな……」
大人たちは酒を飲み、長引いた夕食後。
片付けの後で庭に残り、夜風に当たっていると近づいてくる人を感知した。
「まだここにいたのか、タイガー」
「ボンズさん。さすがに食べ過ぎてしまって」
「HAHAHA確かによくその体にあれだけ詰め込んだものだ。アメリアもいつもより張り切っていた。……夕食の時はあまり話せなかったが、大きくなったね」
「おかげさまで。ボンズさんに教わったパルクール、まだ続けてますよ」
「おお! ジョナサンから聞いているよ。学校の代表としてテレビに出るまでになったんだろう?」
「放送はまだですけど、一応」
「たいしたものだ。放送はいつだ?」
「日本時間の8月7日だそうで」
「8月7日!? なんてこった! もうすぐじゃないか!」
やっぱこの人もリアクション大きいな。
なんだか楽しくなる。
「それなら番組を録画しよう。うちのテレビは日本の番組が見られるのさ。衛星放送でな。それか鑑賞会を開こうか」
「そこまでされると恥ずかしいですって!」
「HAHAHA、そういうところは昔とあまり変わっていないな」
「そうですかね?」
「そうさ。君は私が始めて会った日もあまり話さず、リューにからかわれては声を上げていたよ。それにあの日の夜もこうして月を見ていただろう」
「……ああ」
思い出した。
たしかあの時も夕飯が宴会になって、長引いたから家に泊めたんだ。
そして影時間におびえて眠れなかった俺は、トイレに起きたボンズさんと遭遇した。
「そんな子が、私が元軍人と知るや否や自分を鍛えてほしいと英語で訴えてきた。あのときのことは良く覚えている……タイガー、君はまだ私に鍛えてほしいと思っているかね?」
「お願いしたいです」
迷いは無かった。
「HAHAHA!! タイガー、やはり中身は変わっていないね」
「……そうかもしれませんね」
「しかし体はできている。護身術くらいなら教えてあげよう」
「! 本当ですか!?」
「本当だとも。ただし私の店のアクティビティを楽しむのが条件だ。陸海空、金と暇を持て余した老人の暇つぶしにも付き合ってくれ」
「了解です」
冗談めかしたボンズさんに、こちらも応える。
「ならばそろそろ部屋に戻った方がいいな。夜風は気持ちいいが、当たりすぎると体を冷やす」
ボンズさんの薦めに従って、部屋に戻ることにした。
……
…………
………………
~自室~
テキサス時間、午後十一時五十九分五十五秒。
四、三、二、一……
「……なるほど」
影時間はその土地の十二時にやってくるらしい。
テキサスにも影時間が訪れた。
「影時間があるってことは、シャドウもいるんだろうか?」
窓から外を観察してみたが、今日は発見できなかった。
……
…………
………………
翌日
8月1日(土)
~フロント~
「テキサスに滞在するのは三週間から四週間だったわよね?」
「我々はアクティビティ紹介と観光案内ができるぞ。一覧はこれだ」
「ヒヒヒ、いろいろありますねぇ」
「他にも町のイベントだってあるわよ。今月のはこれだけね」
「へー……おっ!? これモーターショーって書いてねぇか!?」
「7日? ……車やバイクの展示イベントとか、大道芸もやる町ぐるみのお祭りねー? これは行ってもよさそうでーす」
「だったらこの日間はその予定にしておきましょう」
「そういえば虎ちゃんと天田君は宿題もあるわよね? あまり詰め込みすぎない方がいいかしら?」
「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。一日中遊び続けるわけじゃないですから、夜にでもやります」
「とりあえず今週分だけ決めよう。午前と午後とか適当に分ければ良いだろうから」
昨日着いたばかりなので遠出はせず、ボンズさんとアメリアさんを加えてじっくり今後の計画を練る。
「アクティビティは陸海空、色々と取り揃えている。ただし海はここから片道四時間ほどかかる。日帰りはできるが、数日まとめて泊りがけで行くのがオススメだ」
「モーターショーの前はやめましょう。慌てて行き帰りはしたくないわ」
「となると陸か空だな」
基本的に午前中からアクティビティーを楽しみ、暑くなる昼ごろからは観光や宿題などにのんびりと時間を使う方針で話が進む。
「よし、2日から4日は空だな。手配をしておこう。……小腹が空いたな、ロイドは?」
「まだ早いわよ。今日は和風に挑戦するとか言ってたから少し遅れるんじゃないかしら」
「オウ! また奇抜なバーガーでも作っているのか。皆、妙なバーガーを見つけたら気をつけてくれ。時々だが試作の死ぬほどまずいバーガーが混ざっているからな」
「そのくらい当たっても笑い話ですよ」
「そうだそうだ。やりてぇことに真っ直ぐ進んでんならいいじゃないですか」
「ははは、それはそうなんだがな」
「うちの息子なんか、将来の仕事も夢もろくにないまま体ばっか鍛えてるくらいで」
「ははっ、そうか。……そうだ」
親父が余計なことを言うと、ボンズさんが何かを思いついたらしい。
「もし良ければ昼ができるまで射撃をしないか? 射撃場は敷地内だし、未成年でも保護者同伴なら撃てる。それに今日なら息子たちがいるから一人ずつ担当をつけて個人指導ができるぞ」
「だそうでーす」
「僕もいいんですか?」
「オフコース。私も天田君くらいの頃はよく撃ってましたー」
「ジョナサンは格闘技の類が壊滅的だったからな」
「大きくなっても銃しかやらなかったのよ」
「? お二人はなんて言ったんですか?」
「なんでもありませーん、銃の扱いは上手だったでーす」
ジョナサン、天田が聞き取れなかったのを良い事に隠したな。
まぁ、黙っておいてあげよう……
「俺は射撃やりたいけど、どう?」
「いいんじゃねぇか? 日本じゃできねぇし」
「何もしないでお昼を待つのも、もったいないわよね」
「やってみたいです!」
「集中力の強化に繋がりそうですねぇ、ヒヒッ」
全会一致で射撃をやることに決まった。
~射撃場~
「うわー!」
「こりゃすげぇな」
「驚いたかい? ここが私の自慢の射撃場さ」
外観はただの長方形の建物なのに、一歩中へ入ると近未来っぽい空間が広がっていた。
入り口から建物の向こう側まではベンチやテーブルが置かれ、休憩所をかねる通路になっている。右を見れば強化ガラスらしき透明な壁があり、その先は金属板で五つのレーンに仕切られていた。
「ここはほとんどの作業を機械で操作できるようになってるんだよ」
アメリアさんが楽しそうに一つのレーンに入り、壁に取り付けられたパネルを操る。
すると的が手元から遠くへと距離が変化していく。
「新しくてきれいですし、凄い施設ですねぇ」
「そうでしょう? 私が両親から相続していた土地や建物をカレンが良い条件で売ってくれてね、息子たちが建物について良い業者を探してくれて、システムはエイミーが仕事で知り合った人に特注してくれたのよ。設備の割りにとってもお得なの」
「ご家族の協力の下で実現した建物ということでしたか、それはそれは良いご家族で」
「そうなのよ! だからね」
「ママ、話すのも良いけど射撃をしましょうよ」
「そうだな。でないと一発も撃たずにロイドのバーガーができてしまう」
「それもそうね。それじゃ別れましょうか」
指導員として呼ばれた二人が江戸川先生たちの会話を止め、俺たちは別れる。
俺はボンズさん。母さんはカレンさん。
父さんの担当がジョージさんで、天田は通訳のジョナサンを連れてリアンさんと。
江戸川先生はまだ喋り足りない様子のアメリアさんに連れて行かれた。
「我々も始めるとしよう」
「よろしくお願いします」
専用のゴーグルとインカム付きのイヤーパッドを着けて練習開始。
まずは弾を入れずに銃と各パーツの説明と安全指導を受けた。
使う拳銃は“ベレッタM92”。
聞いたことある銃だと言えば、米軍を初めとして他でも広く制式採用されているため、映画や小説などでも取り上げられやすい銃だと教えられる。
「次は撃ち方だ。隣に来て私の真似をして。まずハンドガンを片手で持つ。この時にできるだけ上を持つんだ。親指の付け根をフレームの高い位置に、そうだ。密着させて。
これは射撃時における銃身の跳ね上がりを最小限にするため。これにより命中精度と速射性の向上、そして弾詰まりなどの動作不良のリスクを低減することができる」
引き金には撃つ瞬間まで指をかけない。人差し指は銃の横にそえておく。
「だが最初は衝撃に驚くだろう。右手を少し緩めて左手の入るスペースを作る。そして両手で包み込むように持ちなさい。それから立ち方は軽く足を開き、片足を若干後ろへ。肘と膝は軽く曲げて衝撃に備える」
足の幅は肩幅程度、引いた足は四十六度外側へ開かれている。
「グレイト。なかなか様になっているじゃないか。その形を忘れるな。それでは弾を入れよう。もう一度言うが、これから先は絶対に、銃口は自分にも他人にも向けてはならない、いいな?」
「はい!」
ボンズさんのパネル操作で的が22.86m先まで動いた後、マガジンを受け取りベレッタに弾を込めた。
「さっきの姿勢でフロントサイトとリアサイトの頂点を水平に。それで照準合わせるんだ。まずは一発撃ってみなさい。怖がって撃つと逆に危ないから思い切って」
撃ってみる。
「!」
「銃身が軽く跳ねたな」
着弾地点は狙いよりも上。アナライズで確認すると確かに引き金を引く瞬間、そして発砲の瞬間に角度が上向いてしまっていた。
「少々力が入りすぎている。もっと軽く、特に両手で持っているなら左手を支えにするんだ。右手の力は抜いて引き金を引くために使うくらいの気持ちでやってみるといい。衝撃には撃っていれば慣れるから、もう一度」
引き金の方は力の入れすぎ。
発砲は衝撃が来るタイミングを知れば修正できるか……よし!
ボンズさんの指導の下、射撃の練習を行った!!
……
…………
………………
昼
~ジョーンズ家・リビング~
ベレッタを撃ちまくり、だいぶ慣れてきたところで昼食に呼ばれたので来てみると。
「さぁ! どうぞ! 遠慮しないで!」
広々としたリビングで、満面の笑みを浮かべて薦めてくるロイド君に、誰かの顔をおもいだしたような……気のせいだろう。
「種類は色々あるみたいだな」
「ポテトなんか山盛りですよ。自由に取っていいみたいです。さすがアメリカって感じだなぁ……あっ、先輩」
「ん? ……ああ」
「……」
リビングに三つある扉の一つから、ちいさな顔が覗いていた。
「アンジェリーナ……そんな所にいないでこっちにきなさい」
ボンズさんが呼ぶと、ゆっくりと食卓に近づいてくる。
「ほら、ご挨拶しなさい」
「アンジェリーナ……」
「私は雪美。よろしくね、アンジェリーナちゃん」
言葉少なく頭を下げる彼女に、母さん達も答えていく。
俺も続こう。
「!」
「っ!?」
逃げられた。
母さんの横に並ぼうとしただけなのに、彼女は突然ボンズさんの後ろに隠れてしまう。
「あの~……」
「この子はちょっと人見知りが激しくてね。ほら、大丈夫だから」
ボンズさんがそう言うも、彼女は出てこない。
かろうじて顔をのぞかせ、俺を見ている。
「……真っ黒、嫌」
「こら!」
「真っ黒?」
髪か目の色だろうか?
でも彼女の父と兄も同じ色のはず……何が悪いんだろう?
まぁいいや。
「あの、ボンズさん。あまり無理強いはしないであげてください」
「すまないな、タイガー」
結局そのまま、昼食が始まろうとした時。
「それじゃ食べて! 肉の代わりに豆腐を作った豆腐バーガーに、ヘルシーな魚の和風バーガーもあるよ!」
「ねぇ! なんか変な荷物が届いてるんだけどー」
日本人の俺たちにバーガーを勧める声に割り込んで、エレナの声が聞こえてきた。
リビングの注意がそちらに移る。
「変な荷物?」
「これなんだけど」
「なんだこれは? 宛名が書いてないじゃないか」
ジョージさんが受け取り、リアンさんが慎重に箱を開け始めた。
微妙な緊張感の中、中身が取り出される。
「っ!?」
「おやおや……」
出てきたのは、非常に見覚えのあるバイオリンケースだった。
「誰か、買った覚えは?」
「あの……すみません、それ俺のです」
「タイガーの?」
「虎ちゃん、あなたバイオリンなんて買ったの?」
「いや、買ったというか」
厳密には俺のバイオリンではない。
混乱した頭を落ち着けて、バイト先の人から預かっている物であると説明した。
「ちょっと大事なものなので」
「不審物でなければ構わないが、わざわざ旅行にまで持ってくるほどなのか? 大体宛名もなしにどうやって」
「一度返してきたはずなんですが、何かあったんですかね……ははは……」
トキコさん、アメリカまで憑いてきやがった……弾けってことか?
「良いバイオリンだ」
ケースを開けて中身の無事を確認すると、覗き込んでいたジョージさんがつぶやく。
「分かりますか? 預かり物なので俺はさっぱりなんですけど」
その問いに、彼は深々と頷く。
「ダディは音楽が趣味だからね。僕もキーボードならやるよ」
「私はギターとベース。ママとアンジェリーナも一緒に、家族でセッションしたりもするわ」
「へー……」
親子で一緒に音楽とか、かっこいいなぁとしか言えない。
外見は無事。軽く音を出してみても、いつも通りの音が出た。
「もしかしてタイガーはバイオリン弾けるの?」
「一応、弾くのも仕事の内なんだ。置いておかれるだけなのもかわいそうだから、ってことで。最近ちょっと習い始めた」
「まぁっ、虎ちゃんがバイオリンだなんて。昔はピアノを習わせても嫌がってたのに」
「ねぇタイガー! 何か弾いてみてよ」
「いや、俺はまだそんなに……」
「? ロイドは演奏してくれって言ったのか? 何だ影虎、ケチケチしねぇで少しくらい弾いてやればいいじゃねぇか」
……断ったらしらける、そんなもう弾くしかない雰囲気が漂っている……
結局俺は余興として演奏を披露することになった。
影虎はボンズからトレーニングを受けられることになった!
テキサスにも影時間は存在した!
影虎は銃の扱いを学んだ!
バイオリンがアメリカまで憑いてきた……
はたして影虎の実力はボンズに通用するのか?
結果はサイコロで決めます。