2009年9月11日 夜
~駅前広場はずれ・金流会の事務所~
「お、おいテメェら! しっかりしろ! 何のために俺がお前らに高い金を払ってると思ってんだ!? そんな優男一人になに手こずってやがる!」
「う……」
路地裏にあるビルの一室で、1人の男がわめき散らす。
だが、その声を聞く者、返事をする者は誰もいない。
一人残らず床に倒れ伏して、うめき声を上げるのみ。
……俺が全員殴り倒したからだ。
「くそっ! おいお前! 一体どこの鉄砲玉だ!?」
「俺は別にどこかの組に所属しているわけじゃない。個人的に用があっただけだ」
「個人的にだと? ふざけたこと言ってんじゃねぇ! そんな理由で俺らの事務所に殴りこんでくる奴があるか!?」
金流会のリーダーである金城が叫ぶが、オーラの色は恐怖に満ちている。ただの虚勢だ。
うるさいので胸倉を掴み、そのまま魔術で強化した腕力で全身を吊り上げてやる。
「かはっ……はな……っ!」
肉の付いた首が服で締まり、必死に俺の腕を振り払おうと暴れる金城。
だが、手足をじたばたさせる程度で、防御するまでもない。
失神されると話ができないので、ほどほどのところでソファーに放り投げた。
「話をする気になったか?」
「……何が目的だ?」
「とりあえずは金。あとは俺が自由に使える部屋と携帯だな。他にも最低限生活に必要なものは一式用意しろ。他に何かあればその都度連絡するから、最優先で手配してもらう」
「他人の事務所に押しかけてきて、随分な要求だな……オイ」
解放されて余裕が生まれたのか、まだ抵抗を見せたのでもう一度吊り上げておく。
「ぐっ、ぐるし」
「俺は頼んでいるんじゃない。用意しろと“命令”をしているんだ。別に実現不可能な要求はしていないし、お前らなら簡単な事だろ?」
「わかっ、から、用意、するから……がはっ!」
とりあえず従う姿を見せた。オーラを見るに、口だけでもないようなので解放する。
「念のために言っておくと、俺は金流会のボスの座とか、この辺での名声とか、そういうものには一切興味がない。だからボスの座を奪おうとか、お前らのやってることに口出しをしようとも思わない。俺が要求するものを用意してくれれば、他は好きにすればいい。
面目が立たないなら今回のことはなかったことにしてもいいし、俺は新しい部下ってことにしてくれても構わない。そっちの命令を聞く気はないが、対外的に口裏を合わせるくらいはしよう。身の安全も保証する」
「わかった……それなら新しくスカウトした幹部ってことにしておく。それなら金やら部屋やら与えても文句は出ないだろう」
「交渉成立だ。とりあえず先に金をくれ。部屋の用意ができるまでは適当なホテルに泊まるから、その分の金と食事代を多めにな」
怯えた金城と強引に握手をして金額の目安を伝えると、金城は不快を感じている。
しかし体は恐怖に勝てず、部屋の隅にあった金庫から素早く万札の束を取り出した。
「部屋は3日もあれば用意できる。それまでなら百万あれば足りるだろう」
「ああ、十分だ」
金城から帯付きの札束を受け取って、事務所を後にする。
背後からは睨むような視線を感じるが、別に気にするほどの事でもない。
どうしても反発を続けるなら、本来の世界のように“奈落の波動”を使ってやろう。
今はそれよりやるべきことがある。
何をおいても、一刻も早く、元の世界の元の時間に帰らなくてはいけない。
そのためならば、使えるものは何でも使ってやる。
一晩考えて、そう決めたのだから。
……
…………
………………
影時間
~駅前広場はずれ・路地裏~
「なっ!? 象徴化しとらんで!?」
「ほう……まさかこの時間の中で動ける人間だったとは」
「……早かったな」
適当に時間を潰していると、ストレガのタカヤとジンに遭遇した。
ジンは象徴化していない俺を警戒しているようだが、タカヤは興味深そうに俺を見ている。
「どうやら、あなたは状況を理解できているようですね。我々を知っていたのですか?」
「ついさっき、派手に喧嘩を売ったんでね。きつめに釘を刺したつもりだったけど、遅かれ早かれ誰かを差し向けてくるとは思っていた。自分と部下の力ではどうにもできない。だけど自分のプライドは守りたい。そうなったらあいつは誰かに依頼するしかない。
ある程度の力は見せておいたから、大枚をはたいてでも確実に復讐を成功させられる相手に依頼する……つまりはネットで復讐代行として有名な君たちに、だ」
「どこでワイらのことを知ったんや? 襲われることは予測できたとしても、ワイらが復讐屋ってことまでは分かるはずがあらへん」
睨みを聞かせたジンの言葉に、思わず笑ってしまう。
「何笑っとんねん!」
「失礼、馬鹿にしたわけじゃない。ただ、前にもこんな話をしたと思ってな」
「……ワイはお前と話したことなんてあらへんぞ」
「ああ……そうだよな、俺は話したのは“向こう”の2人とだもんなぁ」
「何わけわからんこと言っとんねん!?」
「ジン、少し落ち着きなさい。私が話してみましょう」
だいぶ苛立っていたジンも、タカヤの言葉には逆らわなかった。舌打ちをして後ろに下がるが、俺が妙な動きを見せればすぐにでも攻撃してくることは明白。感情を色で見分ける能力がなかったとしても、気づけただろう。
「すみませんね。こちらは少し立て込んでいまして」
「気にしなくていいよ。常人が立ち入れない時間に正体不明の人間が現れたのなら警戒して当然だ。それが仲間が敵に捕まっているタイミングなら尚更ね」
「ほう? チドリのことも知っていたのですか」
「言っておくが、桐条の関係者ではない。少なくとも君たちが直接敵対している実働部隊、特別課外活動部とは現在敵対関係にある。君たちの思想や目的を邪魔するつもりはない……というよりも、俺は影時間を消失させられては困る人間だ。ついでに色々と情報を持っている」
「ふむ……詳しく聞かせてもらいましょうか」
これまで学んだ技術を用いて、心からの言葉で訴えると、どうやら俺の表現力はタカヤに通用したようだ。向こうが話に興味を持ったタイミングで、畳みかけるようにこちらの事情を説明した。
「……まさか平行世界のペルソナ使いが現れるとは」
「タカヤ、こんな滅茶苦茶な話を信じるんか?」
「私は信じていいと思いますよ。我々を騙すつもりなら、もっと信憑性のある嘘をいくらでもつけるでしょう。さらに彼の話は一見荒唐無稽ですが、その1点を除けば我々の事を知りすぎていること、そして彼らと敵対する理由としては筋が通っています。
影時間が消えてしまえば、塔も消えてしまう。それは彼が元の世界に帰る手がかりを失うということと同義なのですからね」
「ん? ああ、この時点ではタカヤも知らないのか」
別に隠すようなことでもないので、補足を加える。
特別課外活動部の目的に対して、そのための手段が間違っていること。
彼らを管理する幾月修司に騙されていることを。
「大型シャドウを倒した後に起こるのは、影時間の消失ではなくシャドウの大本である“ニュクス”の降臨。それに伴う人類の影人間化による滅亡だ。影時間は消えないから、俺の目的は影時間の消失回避ではない。
ただ、彼らを放置してニュクスが降臨したら俺も死ぬだろうから、連中を妨害するなり何らかの手を打つ必要がある。目的は違えど、行動の方向性は君たちストレガと近いと思っている。
どれも信じがたい話だとは思うし、無理に信じる必要はない。ただ、俺の事情と目的だけは君たちに説明しておきたかった。協力しろとまでは言わないが、無駄に敵対することは避けたいからな」
「…………その話が本当であれば、彼らは道化ですね」
「金流会に喧嘩を売ったのも、ワイらをおびき出すためやったっちゅうことか」
「第一目標は当面の軍資金と便利に使える部下の調達。君たちは運が良ければ、ってところかな」
ストレガに会うだけなら、探せば見つけられる可能性は高い。
しかし、今はチドリの件で身を隠していることも考えられた。
だから、向こうから出てきてくれたら助かるなぁ……くらいの気持ちだった。
「むしろ、よく今のそちらの状況で復讐屋の仕事をしていたな」
「我々もしばらく仕事は控える予定でしたが、 あなたにかけられた報酬の額が大きかったので」
「状況がどうであれ、生きるためには金が必要やからな。連中と戦うにも準備は必要やし、一発でドカンと稼いでおけるなら、その方が影時間のことに心置きなく専念できると思ったんや」
「なるほど……ちなみに報酬がいくらだったか聞いてもいいか?」
「3000万円です。もっとも、貴方と戦うのは互いに無駄な消耗をするだけ。割りに合うとは思えません。ですから貴方の提案を受け入れます。
ただし、我々も少し考える時間が欲しいので協力に関しては保留。ひとまずの不戦協定ということで」
「ああ、君たちとの無駄な争いが避けられるなら十分だ。それと報酬は諦めなくていい」
ストレガに依頼をした時点で、金流会は俺を裏切った。
喉元過ぎれば熱さを忘れると言うが、普通に釘を刺しただけでは足りなかったのだろう。
「俺が帰るまでどれだけかかるか分からないし、金流会には金以外にも働いてもらわないと困るからな。話のついでに搾りとってくるよ。連中の裏にいる奴らもこちらで対応しておくから心配無用だ。元の世界で一度やってるから」
「そうしていただけると我々は助かります。連絡方法は知っているでしょうから、そちらに」
タカヤは笑みを浮かべながら、ジンは疑いのまなざしを隠そうともせず。
警戒はまだ解けていないけれど、ひとまず敵対することは避けられた。
今はそれで十分だ。
「さてと……ストレガとの話はついたし、金流会とのお話も済ませてしまうとするか」
面倒ごとは山積みなのだから、片付けられるものは早めに片付けておこう。
……
…………
………………
~駅前広場はずれ・金流会の事務所~
闇に包まれた雑居ビルに、ボスと側近達の絶叫が響いて消えた……
……
…………
………………
2009年9月12日 午前中
~巌戸台近辺・楽器屋~
「すみません、このバイオリンを弾いてみてもいいですか?」
「はぁい! どうぞどうぞぉ!」
昨日のうちにストレガと話をつけられたのは僥倖だった。金流会も改めて支配下に置いたので、当面の生活基盤も確保できる。となればすぐに元の世界に帰る方法を探したいところだが……現状の手がかりはタルタロスのみ。昼間は帰還方法以外の事を考えることにした。
手始めとして、音楽活動で人を集めてエネルギーを少しでも多く集めておく。特別課題活動部とは敵対関係になってしまったし、たとえ何らかの方法が見つかったとしても、それを実行できなければ意味がない。エネルギーはいくらあっても無駄にならないはずだ。
準備には金流会から巻き上げた金を使えばいい。本当は使い慣れたバイオリンがあれば一番良かったが、残念ながらトキコさんも世界を越えることはできなかったらしい。
軽く“情熱大陸”を弾いてみると……問題なく弾けた。練習の成果はしっかり残っている。歌もダンスも問題ないだろう。
「すみません、これください」
「はいっ! ただいまお持ちします!」
ヒソカのイケメンフェイスを使っているので、女性店員の対応が手厚い。
弾いた曲を聞きつけて、こちらを見ている人も多数。幸先がいいと考えよう。