鋼の鳶(とんび)と泣き虫お艦   作:おるぱわ

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プロローグだけですが、やる気を出すために投稿しました。
気が向いたら、続きやるかもです。


プロローグ①

――俺は死ぬつもりだった。今、この景色を見るまでは。

 

目の前には、まだ水平線から顔を出したばかりの太陽。

その光で照らされている海は眩し過ぎて、目を細めても光が飛び込んでくる。

初めて嗅ぐ、本物の潮風の匂い。液晶の向こうからではなく、自分の耳に響いてくる、波が崖に打ち付けられている音。

俺は、その光景を五感で感じながら、一歩前に踏み込む。

 

「……本当に綺麗だな。やっぱ来て良かった。……飛び降りなくてほんとに良かった」

 

胸を撫で下ろし、ほっとして息を吐く。

さっきまで情緒不安定で、死について考えていた俺が馬鹿馬鹿しくなる。

すっと目線を下に向けると、海面がずっと下に見える。体感で50mほどだろうか。

背筋に寒気が走った。高い。怖い。やっぱり死ぬのは怖い。

ほんの数十分前までは、この崖からどう飛び降りて死んでやろうか、なんて思っていたけども、元々高い所が苦手な俺は、この高さに怖気づいてしまった。

そして、もたもたしている間に朝陽が昇ってきて、こうして踏みとどまったというのが今の現状だ。我ながら、本当に優柔不断で情けないと言うべきか。でも、そのおかげでこうして生きているのだから、今日限りはそれで良かったと思うべきか。多分、後者だろう。

自分の短所が、こんな風に役に立つというのなら、それもアリだ。

本当に死ななくて良かった。こうして、太陽を拝めるというのは、どれだけありがたいことなのか、分かった気がする。

 

 

ピーヒョロロロ。ピーヒョロロロ。

 

不意に、何かの鳴き声が聞こえた。周囲を見渡しても、動物は見当たらない。

上を見上げると、ここからでも大きく見える鳥が翼を広げ、ぐーるぐると、空に円を描いていた。

 

「ん? あれは……えーっと、何ていう鳥だっけ……」

 

俺には、その鳥の名前が、そうしても思い出せなかった。

でも、そんな事はあまり関係が無かった。

今の興奮した気分ならば、「案外、あの鳥もこの景色を見ていて、今の俺を祝っているのかもしれないな」とかぐらいしか思わなかったから。

 

潮の匂いを大きく吸い込んで、フゥッと息を吐き、背筋をしゃんと伸ばす。

 

「さて、馬鹿なこと考えてないで、さっさと帰りますか! いい景色も見れたし、今日から頑張ろう!」

 

周りに人がいない事をいいことに、自ら声を出してエイエイオーの動作をする。

全く一睡もしてない徹夜明けのテンションが、さっきまで沈んでいた反動で来たようだ。少し時間が経って、恥ずかしくなり頬が熱くなる。

 

そういえば、と、ここまで来たのに、帰りの事を全く考えてなかった事に気が付いた。死ぬ気だったのだから、当然といえば当然だが。

死ぬ気だったがために、連絡手段や、身分証明書すら、ほとんど何も持ってきてないことにも気が付き、今からの行動をどうすれば良いのか、頭を悩ませることになりそうだった。

 

だが、悪い気分では無かった。こういっては何だが、暁の水平線を見た瞬間に、生まれ変わった気分なのだ。まるで、体に炎がついたように、やる気に満ち溢れている。

多分、この気持ちを忘れなければ、今直面する悪い問題でもきっと何とかできる。

 

そう、思っていた。

 

「ッと!風がっ……」

 

突如、突風が吹き荒れた。厚手の上着を着ていたせいで、その風の抵抗をもろに背中から受けてしまう。まるで、タコ揚げのタコになった気分だ。

陸の方から海に還っていく風によって、さらにぐいぐい押される。

眠らなかったせいか、足元に十分な力が入らず、よろけている間に一歩、二歩、三歩と前に進んでいく。

 

「ッ!!」

 

そして、踏み出した四歩目に、地面の感触は無かった。そこにあるべきものが無かったという、独特の悪寒がゾゾッと、全身を駆け巡る。

 

半分パニックになった思考のまま足元に目を向ければ、真下にあるのはさっきは心に安息をもたらしたオレンジに輝く海面。今は、俺を飲み込むようにぽっかり大きな口を開けているように見える。

強張ったまま、動く事のない左手。

空を切っている、自分の片足。

嘘だろ、と心の中で叫ぶ。

生きようと、決心したばかりじゃないか。こんな事で俺は死ぬのか。

無意識のうちに、まだ地面についている方の片足を捻っていた。

ここで崖を手で掴めていたりすれば、もしかしたら助かったかもしれない。

だが、結果的に俺が出来たのは、空を見上げる姿勢になった事。それだけだった。

 

遥か高いところに、さっきの鳥が飛んでいるのが、視界に入った。

その一瞬、あの鳥がうらやましい、と思った。

空高く舞う名も知らない鳥と、今まさに落ちていく自分。

まるで、俺だけがこの世界から脱落した事を証明するかのような、対照的なその姿は不覚にも、今まで見た物の中で一番綺麗だと思った。

あの鳥のようになれれば良いのに、と心の底から願った。

 

それと同時に、風をきる音が聞こえ、空と崖があっという間に遠ざかる。

走馬灯は見えなかった。思い出す価値すら無い人生だったのかもしれない。

数秒の空白の後、衝撃が体を襲う。

激痛で、意識が黒に塗り上げられていく。

視界は狭まり、五感全てが失われていく。

 

「く……そ、まだ、死にたく、ない……。しに、たく…な……。」

 

力をふり絞り、伸ばした血まみれの右手。

その先には、空を優雅に旋回する一羽の鳥と、暁の空。

それが、俺が最期に見た光景だった。

 

 

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