戦器絶衝シンフォギアX   作:なおTEL

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#8-2.近くにありて、遥かに遠く《中》

 

 雪音クリスは目的もなく、ただ人混みに紛れて街を彷徨っていた。

 クリスが先の戦闘から離脱する様に主人たる女、フィーネを追って拠点となる屋敷に向けられた足は道中に止められた。

 戻って、どうすれば良いか分からなかったから。

 あの時、自分を襲ったノイズを操っていたのは間違いなく自身が信じて疑わず付き従っていたフィーネである。

 信じていた人からの裏切り、そこからの不信に素直に彼女の下に帰って良いものかと苦悩する。

 

(ちくしょう……一体何がどうなってんだッ!)

 

 雪音クリスという少女の根幹は素直で心優しい少女である。

 だからこそ、自分が信じていた女性がこれまで自分を傷つけてきた大嫌いな大人の様に裏切った事実が信じられない。

 アレは何かの間違いではないのか。

 しかし、その答えを聞くのが怖ろしい。暗にそれが本当の答えを自覚している証だとも気づかずに答えを拒む。

 出口のない迷路を彷徨う心情を表す様に、クリスは街を当てもなく徘徊していた。

 

(……結局、(あたし)は何をしてもひとりぼっちなのか……)

 

 かつて紛争地帯を夢と共に渡り歩いた両親の様に、かつて傭兵団にて自分たちの面倒係を買って出た男の様に、皆が皆勝手に繋がりをチラつかせては勝手に断ち切っていく。期待だけさせながら、容赦なく叩き落としてくる。

 また、裏切られる。

 心の中で必死に否定しながら確信していく知りたくない不安と悲しみが彼女を蝕む。

 

(私の目的は、戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰し戦争の火種を無くすことだ)

 

 戦争は沢山の血を流す。多くの人を壊して殺す。

 クリスが見てきた戦争はその中でも最悪なモノといっても過言ではなかった。

 そこは絶え間なく銃声が鳴り響き、暇さえあれば爆音が弾け轟いた。

 誰もが自分を守るために銃を手に持ち、自分が生きるために誰かを殺す。

 子供すらその理に巻き込まれ、未来に富んだ小さな命は明日をも知れぬ薄汚い大人の壁となって銃弾の様に散っていった。

 そんな世界を見てきたからこそ、願い望んだ世界が今目の前にありながらも酷く遠い蜃気楼の様に感じて、今も目に見えぬどこかで誰かの命が戦火に焼き尽くされているのを知っているからこそ、それらを根絶やす力を求めた。

 はずなのに、

 

(この虚しさは何だ……?)

 

 望み得た力の尽くが打ちのめされ、その想いが否定された。

 こんな世界の地獄とは正反対な楽園で平和に()(ながら)えただけの何も知らないお花畑(あいつ)に負けたから。

 

(いや、違う……)

 

 自分の痛みを知り、その痛みこそが人々を繋げ、争いの火種を無くすと自分にそのための力を託してくれた居場所(あの人)に捨てられたから。

 

(そうじゃない……)

 

 本当は、気づいている。だけど認めたくない。認めてしまったら、それは────

 

「クリス」

 

 沈みゆく彼女の心を掬い上げる様に、背後からかけられたその呼び声がクリスの顔を上げた。

 その聞き慣れた、あまり不快にならない堅い声に、一瞬強く脈打つ鼓動に驚きながら振り向いた先には、お洒落とは言い難い──彼女自身その辺りの世情には疎いが、それでもそうではないと女の本能が告げる──濃色のシャツと薄色のカーゴパンツとシンプルかつラフな格好をした青年の姿があった。

 

「……トレス」

「こんなところで何してる? 探したぞ」

「…………」

 

 この男、実に空気が読めない。

 今かけるべき言葉はそんなものではないはずだと全国の女性陣から非難轟々を浴びても仕方ないのだが、生憎と対する少女にそういった一般常識はあまり通用しないのが幸いした。

 まあ、それでも腑に落ちない何かを感じ取ったのだろう。クリスの顔が苛立ちに歪む。

 

「何してるって? あんなことが起きて『はいそうですか』と帰れるかってのッ。もう居場所のない人間は適当なところでのたれ死ぬのが似合いなのさ」

「そうなのか?」

「そうなんだよッ!」

 

 この二人、揃いも揃って基本的にズレた認識をしているのだがそれはさておき。今回ばかりは青年に落ち度があったといえる。

 理由はともかくとして何となくそれを察することはできたトレスは無愛想ながらも謝罪を口にした。

 

「それは悪かったな」

「……別にいいさ」

 

 相手に非を認めさせた小さな優越感を密かに、クリスは薄く口端を柔らげた。

 

 

 

「………………で、どうしてこうなった?」

「オレが知るか」

 

 先ほどまでの柔らげた頬は一変、固くひくつかせながらクリスは今の状況に盛大な不満を漏らし、相も変わらず表情を大きく変えることのないトレスにそっけなく返された。

 そんな二人の並ぶ肩には奇妙な間があった。

 そして二人の肩より下には二つの小さな頭があった。

 クリスとトレスが挟むように歩く男の子と女の子、二人の子供はそれぞれ二人の手を取り、もう片方の手で互いの手を握り合っていた。

 それはつい数分前に二人が発見した親とはぐれた迷子の兄妹であった。

 さらにそれから数分、流石にいつまでも不機嫌顔ではいられない(また出会い頭の時の様に泣かれても困るため)クリスはその右手に握った女の子の小さな手の温もりに、あるいはこうして手を繋ぎ並んで歩く状況に忘れかけていた懐かしさを感じて、自然とその口から旋律が溢れた。

 それは母が幼き自分に聴かせてくれたメロディ。

 歌詞のない、いつか愛する娘が自分の胸の想いを歌に乗せてくれる様に願って何気なく聴き慣らしていた子守唄(プレゼント)

 

「おねえちゃん、うたすきなの?」

「────ッ!?」

 

 いつの間にか楽しげな笑顔を浮かべて、女の子はクリスにそう尋ねた。そこでようやく自分が歌っていたことに気づいて顔を強張らせる。旋律が止んだ。

 

「歌なんて、大嫌いだ」

 

 急に表情を曇らせて顔を背けるクリスに、男の子は怪訝に首をかしげる。

 

「とてもそうは見えなかったよ。なあ兄ちゃん?」

「あん? 何言ってるかわからんが、まあ、もう少しお前の歌を聴きたかったぞ、クリス」

「はあッ!? おま、バッ何言って──」

「ていうか兄ちゃんどこの人?」

 

 とりあえず良い曲だなと感じた歌の感想を彼なりに率直に伝えたのだが、クリスは何ともいたたまれない気恥ずかしさに激昂する。

 その間で、男の子はトレスの聞き慣れない英語にまた怪訝に首をかしげた。

 そして、その隣で女の子もまた不思議そうに小さな首をかしげて見せた。

 

「ねえ、おねえちゃんとおにいちゃんは〝こいびと〟どうしなの?」

「はああああぁぁぁぁぁぁああ────────ッ!!??」

 

 今度こそ完全にクリスの顔がリンゴの様に真っ赤に染まった。その目を羞恥に潤ませて。

 

「んなわきゃねーだろッ!!」

「そうだぞ。そういうのははずかしくて言えないもんなんだ」

「だからちげえって言ってんだろッ!!」

 

 ウガーッと勝手言う子供たちに手を上げることもできずにやり場のない怒りがクリスの身体中の血管を沸騰させながら駆け巡り、怒鳴り声となって放出される。

 

「おいクリス。こいつら何言ってんだ?」

「うるせー!! テメエはもう黙ってろッ!!!」

 

 今更な話だが、この青年は日本に三年もいながら日本語がほとんどわからない。

 日本語も読めなければ空気も読めないのだ。

 

 

 そんな夜の街に響き渡る騒がしいやり取りから、間もなくして兄妹を探す父親が四人の姿を見つけたのはそれほどおかしな話ではないだろう。

 

 

「本当にありがとうございました」

 

 両手に兄妹を並べて大きく感謝を込めて頭を下げた父親は二人の頭をそっと押す。

 

「ほら、お前たちもお礼を言いなさい」

「「ありがとうございましたー!」」

 

 声も動作も息ぴったりに揃えてお礼する兄妹を微笑ましく思い、ふとクリスの中で気にかかった想いを口にする。

 

「本当に仲良いんだな。そんな風に仲良くするにはどうしたらいいか教えてくれよ?」

 

 どうしてそんな問いを口にしたのかはわからないが、クリスはその答えを知りたかった。

 それが一体、誰に向けるためのものかもはっきりとせず。しかし思考の中で浮かぶ二つの顔ははっきりと見えていた。

 とはいえ、クリスのそんな無自覚な意識など知る由もない兄妹は揃って首を小さく傾げる。

 

「なに、兄ちゃんとケンカしてんの?」

「だからそうじゃねえっつの」

 

 いい加減しばいてやろうかと内心でため息をこぼす。

 

「そんなのわかんないよ。しょっちゅうケンカしてるし」

「でもケンカしてもずっと仲良しー!」

「そっか」

 

 望んだ答えを得られたかはわからないが、屈託なく見せる笑顔に納得するものを確かに感じてクリスは微笑んだ。

 なるほど、ケンカすりゃいいのか──と。

 極めて安直に導かれた答えにクリスは一切の疑いを持たず、むしろ自信を持って顔を上げた。

 

「じゃあな、ガキンチョ。もう二度と迷子になんかなるんじゃねえぞ」

 

 

 

「……ったく」

 

 三人の親子の背を見送り、クリスはようやく肩の荷が下りたのを感じた。

 

「んっとにガキってのは迷惑なもんだぜ」

 

 なあ──と隣の相方に同意を求めようとその顔を見て、クリスは固まった。

 

「…………」

 

 そいつは、いつも鉄面皮をかぶった様に無愛想で先の子供達とのやりとりでも一切表情を崩さなかったむっつり顔なその男は、離れ行く親子の背に、クリスが見たこともない様な柔らかな笑みを浮かべていた。

 それは本当に小さな笑みだった。柔らかなといっても、本当にいつもより少し違うかなという程度の小さな変化。

 それでもクリスはそれを見て笑っていると思った。

 無愛想なそいつが時折浮かべる不敵な笑みとはまるで違うその笑みが、やけに強くクリスの心象に刻まれた。

 

「お前……そんな風に笑うんだな」

 

 そして、それがクリスにはとても嬉しく思えた。

 

「あん? 何がだ」

 

 一変。眉を顰めていつもの無愛想な面に戻ったトレスにクリスは吊り上がる両の頬を自覚しながらいじる。

 

「ナニって、随分とまあイイ顔してたじゃねえか。なんだ、もしかして柄にもなく親子が再会できてよかったなーなんてほのぼの気分か?」

 

 おそらくは違うのだろう。それは当然クリスにもわかるのだが、あの親子を見て、彼が何を思ったのか皆目見当がつかなかった。

 

「それとも羨ましいってか?」

「…………そう、だな」

「あァ?」

「羨ましいとは違うと思うが……そうだな。何だかよくわからんが、あの三人を見て……懐かしいと思った」

「懐かしい?」

「……ああ。オレにも、あんな風に──」

 

 不意に言葉が詰まった。

 そして、

 

「ぐくッ!?」

 

 打ちつける衝撃、押し寄せる情景、鳴り止まぬ雑音。

 全てが嵐となってトレスの脳内を駆け満ちる。

 頭痛、嘔気、眩暈、冷汗、振戦。

 全てが波となってトレスの体内を沸き満ちる。

 それらを押さえつける様に、頭を、身体を抱き締める。

 

「──かっ、は──くぅ──ひゅっ──!」

「お、オイ! どうした。何だってんだよッ!?」

 

 突如として膝を着き、明らかに異常を来した様子にクリスも穏やかでない心中で彼の肩を抱く。

 

「──そう、だ……。もう──は、だか、ら……オレ、は──アレ……が……──なのに……ッ!」

「オイ、トレス! しっかりしろッ!!」

「……ちが……オレ、は──オレは……オレはァア────ッッ!!」

 

 慟哭が如き咆哮が一声。

 乱れた呼吸は徐々に深く落ち着き、震える身体も呼吸に合わせて静んでいった。

 噴き出た汗も火照った身体と張りつく衣服に吸収されて高ぶる体温を沈めた。

 絞めつける様な頭痛は霞んだ情景と雑音と共に霧散して鎮んだ。

 

「本当に大丈夫なのかよ、おい」

「……ああ、もう、大丈夫だ。心配させて悪かった」

 

 つい今しがたゾンビもかくやな血の気の失う様を目の当たりにしたクリスはトレスの発作が落ち着いたのを見て安堵の息をこぼした。

 

「まだ蒼白なツラ晒しといてよく言えたもんだぜ」

「心配するな。一時的なものだ。すぐに戻る」

「確かに、調子はもう戻ってるみてえだな」

 

 むっつりと仏頂面で返すトレスにクリスも本当に体調が治ったことを悟る。同時に、先の原因に当たりをつけてみる。

 

「つうか、もしかして何か思い出したりしたのか?」

「そうだな」

 

 クリスの直感を証明する様に、トレスは肯首して立ち上がる。

 

「正直全部が全部って訳でもなければだいぶ霧がかってて逆にわからねえことだらけなんだが」

 

 そして、トレスは虚空の夜空を見上げる。その目は遠い遠い空を睨んでいる様でまるで違う。もっとずっと遥か彼方を見据える様に、それを見失わない強い意志を、クリスは覗いたトレスの眼に感じた。

 

「少し、確認しなきゃいけねえことができた。だからオレはあいつのところに行く。クリスはどうする?」

 

 どうするだと。この男はつくづく人の機微に疎いらしい──というよりも関心がない様に思えるが──。あの人のところに行かなければいけないのはこちらも同じだとクリスは不敵に笑った。

 

「……一緒に行くに決まってんだろ。私も聞きてえことも言いたいこともあるからな」

 

 ──さあ、ケンカの時間だッ!!

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

「だから、あまりに杜撰に過ぎたのではなくて?」

 

 食堂としても使われるゴシック様式の広間にて棘のある声が響く。

 広間の中央に設置された豪勢な長テーブルに腰掛けて一糸纏わぬ姿を惜しげもなく晒しながら白金髪の女フィーネは電話口の向こうに対して不満を漏らしていた。

 それは互いの利害の一致から協力支援関係にある米国政府の此度の失策によるものである。

 此度の、とはいっても事は広木防衛大臣暗殺にまで遡るのだが、これまでは別の案件で迂闊に動けなかったために忠告は疎かまた異なる独断行動に出ては見事に裏で二課に潰されているのだから文句の一言も言いたくはなる。

 

『それについてはこちらとしても留意しておく。が、そもそもは我々の当初の計画にそちらが難色を示した故の妥協点が原因なのでは?』

「あのような一方的な内容を吞めと? 貴方達は理解していないのよ。今この世界がどのようなバランスで成り立っているか。聖遺物一つの在り方で如何様にも変遷するほどに危うい均衡があっての今だということを」

『だからこそ、今この世界は真なる指導者を必要としている。そうだろう?』

 

 まるで自分たちがそうであるかのような物言いに、その身の程知らずな愚かしさにフィーネは内心で辟易する。

 

『我々とていつまでも欧州の現状を捨て置く気はない。真なる価値も分からぬ輩にこれ以上「絶対たる力」を与える訳にはいかん。

 何よりも〝彼奴等〟を野放しにはできん。そのためにも一つでも多くの使()()()聖遺物が必要なのだ』

「だからと言って、アレは貴方達の手に負える代物でもないと思うのだけど」

『「安全を求められるだけの時間は残されていない」』

 

 ピクリと、フィーネの指が一瞬震えて固まる。

 わずかに変化したフィーネの呼吸を感じたのかは定かではないが、受話器から聞こえる男の声に余裕が生まれた。してやったりと言わんばかりに。

 

『そう言ったのは君だったと記憶しているが』

「……そうね。けれど、それは不要な損害を出していい理由にはならないわ」

『ほう。ネフィリムの暴走は必要な損害だったということかね?』

「『百魔獣の王』を従えられる者などこの地上には存在しないわ。あくまでも仮想敵が理想であり限界。いい勉強になったのではなくて?」

『アガートラームの装者……そう簡単に替えが利く存在ではないだろう』

「砕かれた『神 剣(ディヴァイン・ウェポン)』の欠片が手元にある事が重要なの。奴等の目論見を阻止するためにも」

『薄汚いハイエナ共め……』

「貴方達も欧州の混乱に乗じて色々と掻っ攫っていったじゃない」

『レセプターチルドレンの収集を命じたのは君だろう』

 

 それを言われてしまえば何も言えることはないのだが、それは脱線が過ぎた話だ。いい加減話を戻そう。幸い、まだこちらが『ソロモンの杖』を起動させた事には気づいて──少なくとも確証は得ていないだろう。

 ──動くなら、今しかない……か。

 そう判断したフィーネが話を終わらせようとした瞬間、広間の扉が乱暴に開かれた。

 一陣の風が吹く。

 

 

「フィーネッ!!」

 

 

 クリスは吼える。

 ただただ自分の感情のままに、

 

「あんたも私を見捨てるのかッ! 私を物のように扱ってッ!」

 

 訴えかける。

 

「私に言ったこと、ありゃ全部嘘だってのかッ!? どうなんだよッ!!」

 

 そんなクリスの心の叫びを真正面に受けて尚、フィーネの態度は素面を切っていた。

 二人の間を風が無情に吹き抜ける。

 会話中のはずである電話(彼女に会話を続ける気は皆無であったが)を無造作に切るとただただ嫌気がさすように深い溜息を溢した。

 

「……どうして皆、私の思うように動いてくれないのかしら」

「何をごちゃごちゃと」

「そうね。確かにあなたの言う通り、あなたのやり方じゃ世界から争いをなくすことなんて出来やしないわ」

「な……っ、あんたがやれって言ったんじゃないかッ!」

「それは誤解が大きいわね。私はあくまでもあなたの望む事ができる力を与えると言っただけよ。代わりに私の言う事をよく聞くようにとも」

「……ッ!?」

 

 自分の勘違いと思い上がりに今更気づかされ、クリスの顔が羞恥に染まる。無論、フィーネがクリスに甘言を囁き思考を誘導したのは確かなのだが、それを指摘できる者などどこにもいない。

 フィーネが立ち上がる。

 

「まあいいわ。どちらにせよ、あなたはもう用済み。すでに『カ・ディンギル』は完成しているも同然、今更あなた如きに固執する理由もないわ」

「カ、ディンギル……?」

 

 いきなり出てきた聴き慣れぬ言葉に、クリスは羞恥に変わり戸惑いを覚える。

 

「だからどこへなりとも行きなさい」

 

 その言葉と共にフィーネの身体が淡い輝きを放つ。輝きは粒子を誘い、フィーネの身体を被い型作る。

 その姿にクリスは戦慄する。

 

「ッ、──お前ッ!」

「あなたがここから生き延びる事が出来ればの話だけど」

 

 フィーネの身で黄金の輝きを放つ甲冑。

 それはクリスも纏っていた完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』。

 ただ一度起動すれば誰の手でも振るえるのが完全聖遺物。ならばフィーネもまたこの『絶対たる力』を纏えるは通り。

 しかし、それでもクリスが戦慄したのは、フィーネが明らかに自分よりも『ネフシュタンの鎧』を使いこなせているのが直感的にわかったからだ。かつての使用者として、聖遺物の装者として。

 

「く」

 

 思わず後ずさるクリスに、フィーネは愉快に口角を上げて左手を翳した。

 鎧はその意図を汲んで格子状の鞭をクリス目掛けて伸ばした。

 直撃すれば串刺しコース。迎撃の手段は彼女にはない。

 あと一秒で彼女の身は鞭に貫かれる──ところでその軌道は逸れた。

 甲高い金属音と共に、クリスの前に歩み出たトレスの大剣『エッケザックス』によって。

 広間を風が駆け巡る。

 

「なんのつもりだ、トレス」

「なんのつもりだとは寝惚けたもんだな、フィーネ」

「所詮は拾い犬……さしたる期待はしていなかったけれど、飼い犬に手を噛まれた気分ってこんな感じかしら」

「オレはてめえの飼い犬じゃねえッ!!」

「そうね。私も犬は大嫌いだから飼いたくもないわ。──特にあなたみたいな高慢ちきな狼はねッ!」

 

 さらに一本増えた鞭とを巧みに使い、左右上下間八方向の内の二方向を直前まで悟らせぬ動きでトレスを襲う。

 しかし、トレスが無造作に『エッケザックス』を振るうとその動きは硬直したように静止した。

 

「何ッ!?」

「それでオレに勝てると思うなよッ!『フィーネ(No.9)』ッ!!」

「ぐう……ッ!」

 

 捉えて離さぬ振動の壁から鞭を引き抜けぬと悟ったフィーネは一度二本の鞭を切り離して粒子に変換、再び鎧に収束させた。

 そしてフィーネは、今の呼び名からトレスが記憶を取り戻していることに気づいた。

 

「……いつ気づいた?」

「オレはこれでも騎士団の連中とは粗方顔を通しててな。()()()『9』についても少しは知っていた。お前の特徴は、それとあまりにも酷似しすぎている」

 

 質問の答えとはなっていないが、フィーネはトレスの返答の中に気にかけた思いを巡らせた。

 風が、彼女の白金の髪を靡かせる。

 

「──空席、か。味な真似を……」

「お前は今でも騎士団なのか? あの男の、──ユーリ・アーデルハイドの飼い犬かッ!?」

「……言葉が過ぎたな、『トレス(No.3)』。怒髪が突くぞ」

 

 鎧の腰より伸びた二本の鞭がフィーネの感情に呼応して空を薙ぐと蛇が獲物を睨む様に鋒を向けた。

 トレスはそれから視線を反らすことなく、背後のクリスに逃げる様に促した。

 

「クリス、行け。こっからはオレの時間だ」

「け、けどよ」

「いいから行けッ!!!」

「──ッ!」

 

 言葉に込められた強い意思に突き動かされる様に、クリスは駆け出した。

 

「チクショウ……!」

 

 震える彼女の小さな慟哭を残して。

 

 

 

「……えらく素直に行かせたな、オイ」

 

 この場から去る足音も消えてしばらく、心底意外なもの見る様にトレスは構えを解く事なくフィーネを睨んだ。

 

「さっきも言ったけれど、別に今更あの娘がどうしようが私には興味がないのよ。

 まあ、だからと言ってただで行かせる道理もないのだけど」

 

 フィーネは手元で遊ばせていた『ソロモンの杖』をおもむろに掲げるとそれは淡い光を放ち、持ち手側にある結晶体に収束した光がガラス窓越しの外へと飛んでいった。おそらく『ソロモンの杖』により呼び出されたノイズをクリスへの追手としてフィーネが放ったのだ。

 

「そんな素直な女じゃねえわな」

「あら、私ほど正直な女は早々いないわよ」

「いけしゃあしゃあと言いやがる」

 

 フィーネのあまりにも憎たらしい物言いにトレスは舌を打つ。

 

「そんな嘘くせえ振る舞いで納得させるかッ!」

「貴様がどう思おうが、私の偽りない心には一片の揺らぎもない」

 

 トレスの癇癪にフィーネは決して動じる事なく、しかして右の眉に確かな強張りを見せて、鮮明に冴え渡る低く重い声色で答えた。

 

「常に想い続けた。常に考え続けた。常に願い続けた。常に抗い続けた」

 

 その声色は徐々に力強さを増して高まっていく。

 

「常に──ッ!」

 

 そこで言葉を切ったフィーネは何かを思い返した様に見開いた瞳を揺るがせるとそれを閉ざし、小さく吐息を溢した。

 

「──まあ、いい。貴様如きに求める理解でもない」

「ああ、その気もない。それはお互い様だろう」

「全くその通りだ。故に──」

 

 

 

 ──いい加減に幕引きと行こう。この様な茶番は。

 

 烈風が、トレスの身体を正面から殴り飛ばした。

 

 

 

「ッ! かはっ……!?」

 

 まるで二tトラックに突進された様な衝撃を受けた身体はそのまま大理石の壁に叩きつけられた。

 骨に響く重くて嫌な打撃音と共に跳ね上がった身体は次に床を無様に転がった。

 

「ぐ……な、にが……?」

 

 痛みは、むしろない。特に背中のものは痺れが上回り感じる暇もない。それでも震える身体に鞭を打って這い上がろうと顔を上げた。

 

「ふむ、流石に一撃で意識を刈り取る訳にもいきませんか」

 

 そこに、一人の青年がいた。

 

「……お前、は」

 

 見間違うはずもない純金髪。

 自らがフィーネの客人として出迎えた謎の青年は、先の小日向湊人の一撃を斬り払ってみせた眩い『黄金の剣』を手にそこに立っていた。

 なぜ、いつから、どこから現れたのか。

 

「いったい……」

 

 何者なのか。

 トレスの言葉にならない疑問を汲み取り、金髪の青年は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「名乗るほどのものではありませんよ。いえ、『クロス』とはすでに名乗っていましたか。まあ所詮は飾りです。私にとっては何の意味もない」

 

 青年は『黄金の剣』の切っ先を向けて告げる。

 

「君にとっての『トレス』と何ら変わらない」

「ま、さか……ッ!」

 

 心臓が妙な高鳴りを生む。

『トレス』は与えられた名だ。

【氷狼騎士団】の一員として『3』(No.3)の称号と共に与えられた()()()()()()

 そう、かつての主たるユーリ・アーデルハイドに名づけられた偽称だ。

 目の前の青年が名乗った名はそれと同じだと言う。

 それはつまり、

 つまり。

 

「テメエは──────ッ!!」

 

 瞬間、トレスの視界は金色に埋め尽くされ、次に暗転した。

 

 

 伸ばした手は虚空を掴み、闇に堕ちた。

 

 

 

 

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