戦器絶衝シンフォギアX   作:なおTEL

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#8-3.近くにありて、遥かに遠く《後》

 

 

『それじゃあ、民間人に被害が出た形跡はないんですね?』

 

 その日の雨上がりの朝、立花響は未明の市街地で観測されたノイズ反応とアウフヴァッヘン波形に関する報告を湊人から受けていた。

 当初こそ一人先に登校するために早くに寮を出た未来の身に何かあったのではないかと二人して気が気ではなかったが、被害報告に加えてノイズの出現時間と未来の推定登校時間のズレ等の報告を受けた二人は安心していた。一応、湊人は二課のオペレータに頼み、未来の居場所を調査してもらっているが。

 

「ああ。幸い人気のない時間だったからか、今のところ行方不明者の報告も受けてはいない。というよりも──」

 

 湊人は通信機を片手に現場である路地裏の状況を改めて視た。

 明らかな戦闘の形跡を見せる無数の弾痕に抉られたコンクリートの壁やアスファルトの路。そして撃退されたノイズと思われる炭──は最早雨に溶けて流されているが、その痕跡は残っている。

 ノイズ反応と同時期に検知されたアウフヴァッヘン波形から考えれば今回の下手人は一人かいない。

 

『クリスちゃん、大丈夫ですかね』

「……」

 

 それを理解して、響はそう言った。

 本来であれば敵対している相手である少女を心配するのはおかしな話ではあるが、優しい響の心を抜きにしても、それは湊人も共感できる話だった。

 それほどまでに先日目にした状況は、件の実行犯であったはずの雪音クリスの立場があまりにも弱いことを物語っていた。

 そして今回の雪音クリスがノイズと戦ったと視られる現状を鑑みるに──

 

(切り捨てられた、か……)

 

 それはあまりにも残酷な話だ。

 雪音クリスの経歴を二課のデータから見ることができたが、あれが事実であり、フィーネを名乗る女に浚われた上に利用され、捨てられたとしたら何とも救いのない話ではないか。

 

「とりあえず、その件を含めてこっちで弦十郎さんと一緒に動いてはおくから、お前はちゃんと授業に集中するんだぞ」

『は、はい……』

「響。未来とは……」

『それが、その……』

 

 言葉を濁す響に湊人はそのやるせない現状を察して胸を締めつけられた。

 

「そっか。ごめんな、響。僕のせいで」

『そんな、湊人さんは悪くないです! 私がしっかりと未来と話していれば──ッ!』

「だからこそ、だよ。それは本当なら僕がやるべきことだった」

 

 そう。自分がもっと早く勇気を持って決断できていれば二人を無為に傷つけずに済んだのだ。

 全ては一人の臆病者が招いた事だ。

 

 ──お前は本当に口ばっかりだな。

 

 思い出すのはかつての少女とのやり取り。

 

(ああ、本当に自分はいつでも口ばっかりの臆病者だ)

 

 これじゃいつまで経ってもあいつを心配させちまうな。

 だから、

 

「僕はもう一度、今度こそちゃんと未来と話をするよ」

『それなら私も!』

「うん。そうだね。三人で話をしよう。昔みたいに」

 

 目一杯話をしよう。これまで話せなかったことを含めて。これまでの事を。そして、これからの事を。

 

「だけど、一度は二人で話をしたいから」

『……わかりました。信じてますからね、湊人さんッ!』

「ああ。任せとけ」

 

 湊人は通信を切った。強い意志を秘めて。

 

「湊人」

 

 そんな湊人に共に調査に来ていた弦十郎が声をかけた。

 

「未来くんの事だが、どうやら今は近くの民家に避難しているらしい。数時間前の衛星カメラにもその様子がはっきりと映っていた」

 

 それを聞いて湊人は安堵した。

 

「そうでしたか」

「君が彼女の携帯にあらかじめ発信機をつけていたおかげだな」

「バレたら土下座モノですがね。それで許してくれるかもわかりませんが」

 

 ただでさえ今は隠し事をしていた件で仲違いしているというのに、その上年頃の妹の身元に発信機を着けていたことが知れた日には絶縁も覚悟しなければいけないだろう。

 そう笑う湊人に弦十郎は少し気難しげに眼を細めた。

 

「ただ、一緒に雪音クリスの姿も確認している。どうやらノイズとの戦闘後に倒れた彼女を運びだしたのが未来くんらしい」

「それはまた、なんというか」

 

 因果な巡り合わせもあったものだ。

 二人して困ったように笑う。

 

「困っている人を放っておけない。君の妹らしい」

「あはは。自慢の妹ですから」

 

 巻き込まれ体質なのはある意味どっこいどっこいかもしれない。

 

「とりあえず、未来の事は僕が一任します。雪音クリスについては」

「ああ。正直、まだこちらとしても確認したい事が多い現状だ。当面は直接の接触は避けて様子を見るつもりだ」

 

 どうやらまだ保護には移らないらしい。いや、準備そのものはとっくにできているのだろう。ただ相手が相手なだけに慎重に事を運びたいという事らしい。

 

「わかりました。僕も彼女を刺激しないようにうまく未来だけ連れ出してみます」

「よろしく頼む」

 

 

 

 小日向未来はリディアンに入学してから響たち学友たちと共に通い詰めているお好み焼屋『ふらわー』の奥にあるおばちゃんの家に厄介になっていた。

 まだ雨の降っていた路地裏に倒れていた銀髪の少女を背負って訪ねてきた未来をおばちゃんは深くは尋ねずに快く二人を招き入れ、布団を用意した。

 少女の濡れた衣服を自分の体操着と着替えさせ、用意された布団に横にする最中、少女はうなされていた。それは今も時折続いて彼女が何かに苦しんでいるのを物語っていた。

 

(この子は、何に苦しんでいるんだろう……)

 

 自分と同じで誰かに拒絶されるのを恐れているのだろうか。

 

(ううん、違う。拒絶したのは私だ)

 

 私がお兄ちゃんと響を傷つけた。きっと二人もこの子のように苦しんでいるんだ。

 

(私のせいで……あ)

 

 またうなされている少女の汗を拭ってやろうと手拭いを手にして、

 

「──ハッ!?」

 

 少女は目を覚ました。

 

「……はぁ、ここは……?」

「目が覚めたのね」

 

 良かったと未来は微笑む。

 

「びしょ濡れだったから着替えさせてもらったわ」

 

 言われて、少女は自分の姿に気づく。

 

「ッ! 勝手なことを──」

「きゃっ」

 

 掛け物を剥いで立ち上がった少女であったが、どういう訳か身に着けられていたのは体操着の上一枚こっきりだった。まぁつまり立ち上がった少女の、まぁアレだアレ的なのが座っていた未来からは丸見えになってしまうのも仕方のない話で。

 

「なんでだッ!?」

「さ、さすがに下着の替えまでは持ってなかったから」

 

 それでも下を履かせることくらいできたはずだが。まぁ年頃の少女には色々とあるのだ。同性とはいえ他人に自分の下衣類を直接履かせるのには抵抗があったのだろう。

 

「──ッ!」

 

 とにもかくにもこのままではいられない少女は急いで腰を下ろして掛け物を羽織り巻きつけた。

 

「みくちゃん。どう、お友達の具合は?」

 

 そこに家主のおばちゃんが衣服の入った洗濯籠を抱えて現れた。

 

「ちょうど目を覚ましたところです。ありがとう、おばちゃん。布団まで貸してもらっちゃって」

「気にしない気にしない。あ、お洋服、洗濯しといたから」

「あ」

 

 おばちゃんは籠の中身を少女に見せながらそう笑いかけた。

 

「おばちゃん、私も手伝う」

「あら、ありがとう」

「いえ。これくらいのお礼はしなきゃ」

「そんなことは気にしなくていいのに」

 

 そうして二人でささっと洗濯物を干し終えると、インターホンが鳴った。

 

「おや、誰だろうね」

「私が出ます」

「あ、ちょっとみくちゃん」

 

 おばちゃんの制止も聞かずに未来は玄関に向かい、その扉を開けた。

 

「はー……い……」

 

 玄関先にいたのは兄の湊人だった。

 

 

 

 二人が話し合いの場としたのは商店街近くにある高台の公園だった。

 

「悪いな。無理に出てきてもらって」

「ううん。いいよ別に。他の人に聞かせたくないんでしょ」

 

 背を向けたまま、ややぶっきらぼうに冷たい口調で返す未来に、湊人は笑ってみせた。

 

「そうだね。未来と二人きりで話したかったから」

「うそ」

「うそじゃないよ。本当はもっと早くこうして話すべきだった。それができなかったのは、謝らなくちゃいけないけど」

 

 だから、今こそ話さなくてはいけない。これ以上、隠し事はできない。

 

「ねえ、いつからなの?」

「三年前。ロンドンで大規模なノイズ災害があっただろ?」

 

 答える。正直に。

 

「……そこに、いたの?」

「ああ。そこで僕は、ノイズと戦う力を手に入れた」

 

 何もかもを。

 

「どうしてなの?」

「僕が、そう望んだからさ」

 

 未来が振りかえる。

 

「望んだ? お兄ちゃんが? どういうこと?」

「あの日、僕は友達と一緒にノイズに殺されそうになった」

 

 愛らしい顔をゆがめて目に涙を溜める妹から一切目を逸らすことなく、湊人は全てを語った。

 

「なんで」

 

 全てを聞かされた未来は思わず吐露する。

 

「なんでお兄ちゃんなの? なんで響なの?」

 

 湊人の胸に飛び込み、叩いた。

 

「どうして二人が戦わなくちゃいけないのッ!?」

「それは──」

「なんで、どうして……ッ!」

 

 力強く、それでいて弱々しく震える手で掴んだ服を握りしめた。

 

「守りたかったから」

 

 そんな未来(いもうと)の頭を湊人(あに)は優しく撫でた。

 

「あの日、目の前にいた友達を。

 僕の帰りを待つ家族を。

 この世界にいる大切な人を」

 

 死を前にして、浮かんだ二人の笑顔を。

 

「未来と響を、守りたかったから」

 

 そのためにも死にたくなかったから。

 

「……」

「……未来」

「……やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだね」

 

 どこか安心したような、それでいて悲しげに未来は笑みを浮かべた。

 

「いつだって誰かのために……ううん。私たちのために動いてくれた」

 

 それがいつだって嬉しかった。誰かのために人助けをする自分たちのヒーローがいることを。

 

「だけど……こんなの望んでなかったよ……」

「……」

「お兄ちゃんは、私たちだけのヒーローでいてほしかった。

 響にも戦ってほしくなかった。

 ただ、なんでもない困っている人を助けてくれるだけでよかった。

 道に迷っている人を案内するだけでよかった。

 お年寄りの荷物を運んでくれるだけでよかった。

 落し物を探してくれるだけでよかった。

 迷子やペットを捜してくれるだけでよかった」

 

 その言葉は次第に震えていった。

 

「ノイズと戦ってなんてほしくなかったよ……ッ!!」

 

 そして、泣いた。

 全てを吐き出すように未来は泣いた。

 幼い子供のように、ただただ自分の感情を曝け出して。

 (湊人)はそんな(未来)の慟哭を胸に刻みつけるように抱き締めた。

 

 

 

「ありがとう。お兄ちゃん」

 

 しばらくして、泣き止んでからも湊人の胸にしがみついていた未来も泣き腫らした顔を擦りながら湊人から離れた。

 

「ほんとはね、私もわかってた。お兄ちゃんも響も悪くないって。

 それでも、二人が私を置いてどこか遠くに行っちゃうんじゃないかって心配して、怖くなって……それなのに私から二人を遠ざけちゃって……なにやってるんだろうね」

 

 えへへと恥ずかしげに未来は笑った。

 

「未来。きっとこれからも、未来に言えないことが出てくると思う」

「うん。しょうがないよね」

「だけど、もう嘘はつかない。例えどんな危険があっても、僕は絶対に未来のそばにいる。未来と響の隣で、二人を守るから」

 

 それは、絶対に絶対だ。

 

「わかった」

 

 未来は頷く。

 

「今度こそ約束だからね?」

「ああ。約束だ」

 

 兄妹の新たな誓いが為された時、空気の読めない通信機が空気の読めない着信音を鳴らした。

 

「これは──!?」

 

 それはノイズの発生を本部が感知した警告音。

 しかし、この辺りに避難警報が出てないということはここが避難勧告対象外であり、ここから距離もあるという事だ。

 それにひとまず安堵しながら申し訳なく未来を見やると。

 

「行っちゃうの?」

「ごめん。ノイズだ。たぶん、郊外辺りなんだろうけど」

 

 ちょっと行ってくる。そう言った湊人を引き止めようと手を伸ばした未来は、その手を止めてゆっくりと上げると小さく振った。

 

「……いってらっしゃい」

「いってきますッ!」

 

 未来に見送られ、湊人は駆け出すや高台から飛び降りる。

 

「来い! ガエボルガッ!!」

 

 本部地下より主の呼びかけに応じて雷光と共に現れた深紅の魔槍を掴み、湊人はそのまま飛び去った。

 

「絶対帰ってきてねッ!!」

 

 

 

 一度雷装を解いて市街地の建物から建物へと跳び立ちながら、湊人は本部への回線を開いた。

 

「こちらコード『Gae-Bolga』。現場は?」

『こちら二課作戦司令部。ノイズ反応は郊外第五区域に複数の団体様ありとの事だ。しかも奴さんども、第三区域に向けて進路を取っているらしい』

「了解。現場に急行しますッ!」

『今回は場所が場所なだけに一人で任せることになると司令からのお達しだ。気張れよッ!』

「はいッ!」

 

 場所は確認した。後は全力で駆け抜けてノイズを蹴散らすだけだ。

 それだけのはずなのに、なぜか湧き上がる焦燥感に湊人は嫌な予感を覚えた。

 

(なんだ……この胸騒ぎは?)

 

 その予感は当たっていた。

 小日向湊人が現場に駆けつけて百を超えるノイズの群れを半分に減らしたのと同時刻、未来たちのいた中央第一区画を中心に第二派の大規模ノイズ発生が観測された。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

「小さな事に気持ちが乱されて……もっと強くならなきゃいけないのに。変わりたいのに」

 

 立花響と風鳴翼がその報を受けたのは、昼休みを迎えたリディアン音楽院の屋上での事だった。

 

「その小さなものが立花の本当に守りたいものだとしたら、今のままでも良いんじゃないかな?」

 

 未来との確執に思い悩む響の下を訪れた翼は、かつて否定した響の守りたかった小さなもののために戦う覚悟を受け入れた上で、そのままでも強くなれると励ます。

 

「……やはり、奏のように人を元気づけるのは難しいな」

 

 ──所詮この身は諸刃の剣。その歌もまた全てを破壊し尽くす滅びの歌に過ぎないのだから。

 

「そんなことないですッ!」

 

 そんな慣れぬ気恥ずかしさから顔を背ける翼を、今度は響が励ました。

 

「二年前、私がつらいリハビリを乗り越えられたのは翼さんの歌に励まされたからですッ!

 翼さんの歌が滅びの歌だけじゃないってこと、私は知ってますッ!」

 

 あの日々からのお礼と共に、精一杯のありがとうを込めて。

 

「だから、早く元気になってください。私、翼さんの歌が大好きですッ! 知ってますか? 元気っていくら分け与えても減らないんですよ?」

「────」

 

 翼は目の前の笑顔を見て、いつの日かの奏と湊人を重ねた。

 かつて自分がそう励まされた事を思い出した。

 思わず頬が綻ぶ。

 片翼となって、戦いの歌しか歌ってこなかったと思っていた。

 しかし、違った。こうして目の前に自分の歌に励まされた者がいたのだ。

 

「私が励まされてるみたいだな」

「あ、あれぇ……?」

 

 自分は幸せ者だ。翼は確かにそう思えた。

 それは一体、いつぶりの事だったろうか。

 

 

 二人の耳にその警報音が届いたのはそれから間もなくだった。

 

 

「さっきの知り合いか?」

 

『ふらわー』のおばちゃんの家に戻った未来はしばらくして乾いた服を少女、雪音クリスに手渡すと、クリスは(上だけの)体操着からすぐにそれに着替えた。

 

「うん。お兄ちゃんなの」

「……そうか。仲良くねえのか?」

 

 出て行った時の未来の様子から、なんとなく思った事をクリスは言う。

 

「そんなことないよ。さっき仲直りしたからッ!」

「やっぱり、兄妹ってのはそういうもんなのか? (あたし)にはよくわかんねえけど」

 

 先日迷子になっていた小さな兄妹を思い出して、クリスは兄妹とはすぐに仲良くなれるものなのかと思った。

 

「兄弟はいないの?」

「私に家族なんていねえよ」

「え……」

 

 思わぬ言葉に、未来は絶句する。

 

「地球の裏側でパパとママを殺されてから、私はずっと一人で生きてきたからな。一人ぼっちの私に生き残る術を教えてくれた奴も勝手なことばっか言って最後には一人黙って逃げて、たった一人理解してくれると思った人も私を道具のように扱うばかりだった。

 誰もまともに相手してくれなかったのさ」

 

 思い出すのはいつでもくそったれな想い出にもならない記憶。

 

「大人はどいつもこいつもクズ揃いだ。

 痛いと言っても聞いてくれなかった。

 やめてと言っても聞いてくれなかった。

 あたしの話なんか、これっぽっちも聞いてくれなかったッ!」

 

 いつだってそうであった。大人はこちらの事なんかお構いなしに勝手気儘に自分の都合だけを押し通す。ただ力づくで、あっちの都合だけを聞かされ続けた。

 時には拳や足で、鉄の棒で、ナイフで、銃弾で。ありとあらゆる暴力と恐怖による支配で自分たちは虐げた。使い潰した。切り捨てた。

 だから大人は信じられないんだッ!

 

(あいつだけ……あいつだけは)

 

 唯一、自分の敵ではないと思えるのは、いつでも無愛想な青年。

 子ども(味方)という訳ではないが大人()という訳でもない。クリスとしてもどう分類したものかよくわからない空気の読めないむっつり野郎。

 彼だけは常に自分の傍にいてくれた。

 

(そういえば、あいつは……)

 

 そんな彼にも最初は噛みついてかかったものだが。

 

「なぁ、お前喧嘩した事あるのか?」

「うん。今……友達としてるのかな」

 

 そう表情を曇らせる未来に、クリスは自分なりの仲直り法を伝授する。

 

「ならその相手、お前ぶっ飛ばしちまいな」

「え?」

「どっちが強えのかはっきりさせたらそこでしまい。とっとと仲直り。違うか?」

「────」

 

 始めこそ無茶苦茶な事を言うクリスに困惑した未来であったが、それが彼女なりの気遣いである事に気づいた未来はその不器用な優しさに笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。……えと」

「……クリス。雪音クリスだ」

「優しいんだね、クリスは」

「あぁ? なにが──」

 

 身に覚えのない言葉にうろたえるクリスの手を、未来は握る。

 

「私は小日向未来。もしもクリスがいいのなら、私はクリスの友達になりたい」

「あ」

 

 その手の温もりに心地よいものを感じながらも、クリスはその手を払いのけた。

 それはできないと。

 なぜなら、

 

「私は、お前たちにひどいことをしたんだぞ……ッ!」

 

 

 そして、未来とクリスもまたその警報音を耳にした。

 

 

「クソッ!」

 

 駆け抜ける。自分を呼び止める声も無視して、逃げまどう人波に逆らって、クリスは焦燥に駆られるままに駆け抜けた。

 

(私ってば、何やらかしてんだッ!)

 

 わかることだった。自分を用済みとノイズを嗾けたあの女が半端に見逃すわけがないと。

 追いやったノイズが全滅されたなら次を出してくるのは当然のことだ。

 際限がない以上、出し惜しみする理由がないのだから。

 

(あいつは……トレスは無事なのか?)

 

 先ほどから気がかりではある。自分を逃がしてくれた彼も何とか逃げだせたのだろうかと。あるいは、すでに──

 

(今はそんなこと考えてる場合じゃねえだろッ!)

 

 つまらない考えを否定するように、振り払うように首を振って、目の前の外敵に集中する。

 

「これは私が招いた事だッ!」

 

 そうだ。自分の不始末で無関係な人たちまで抗えぬ脅威と恐怖に涙を流す。

 こんなはずじゃなかったのに。

 いつだって自分のやることは誰かを傷つけることしかできないのか。

 

「私はここだッ! だから、関係のない奴らのところになんて行くんじゃねえッ!!」

 

 迫り来るノイズの集団に向けて、クリスは撃号する。

 ノイズはクリスを存在を捉えると順に身を伸ばして襲いかかる。

 

「──Killiter Icha──かはっ、げほっ」

 

 それを往なしながら聖詠を口ずさもうとするもろくすっぽ何も通さなかった喉は先の疾走と撃号も相まって嗄れており、咳き込んだ。

 

(しま──ッ!?)

 

 身を捩じり槍のようにその身を貫かんとするノイズの弾雨に死を覚悟する。

 

「奮ッ!」

 

 だが、ノイズの散弾は瞬く間に反り上がったアスファルトの壁に阻まれた。

 

「破ァッ!」

 

 次に砕かれたアスファルトの飛礫がノイズを襲う。

 

「はぁッ!?」

 

 あまりにも非常識な出来事に目ん玉ひん剥かせたクリスの前で立ち塞がるのは一人の大人。

 風鳴弦十郎だ。

 彼にとって歩法と頸道の簡単な応用で大地を盛り上げアスファルトを跳ね上げることなど造作もないが、流石にノイズの集団に囲まれては三十六計を(ろう)する暇もない。ノイズの追撃をさらなるアスファルトの壁で防ぎながら傍のクリスを脇で抱えて近場のビルの屋上まで一っ飛びする。

 

「無事か?」

「──ッ!」

 

 弦十郎の問いに答えることなく、クリスはその豪腕を引き剥がして唄う。

 

「──Killiter Ichaival tron.」

 

 そして唄い奏で纏うは深紅のシンフォギア。

 

「ご覧の通りさッ! 私の事はいいから他の奴らの救助に向かいなッ!」

「な……っ、待つんだッ!」

 

 呼び止める声も差し伸べられた手も顧みずにクリスは一人鉄火場に飛び込んだ。

 

「俺は……またあの子を救えないのか……」

 

 戦う少女の背を見送ることしかできない己の無力を噛み締めるように弦十郎は空虚に伸ばされた手を強く握り締めた。

 その目に悲観はあっても諦観はない。大人は諦めを知って尚、諦めが悪いのだ。

 

 

「きゃああああーーーーッ!!」

 

 出動要請を受けて一人現場に駆けつける最中、響はその悲鳴を聞き取った。

 発生源と思われる廃ビルに入った響は階段を降りながら必死に声の主を探そうと呼びかける。

 

「誰か! 誰かいま──ッ!?」

 

「➖_── ̄-➖ー_ ̄」

 

 間一髪。突然の頭上からの襲撃を響はその場から飛び降りて回避。

 そのまま宙返りで体勢を立て直しながら拓けた地下空間を落下。綺麗に着地した。

 

「──ッ!」

 

 見上げれば、蛸を想起させる大型ノイズが剥き出しの鉄骨に絡みつきながら響がいた場所に無数にある触手の一部を突き立てて砂塵を巻き上げていた。

 響はすぐにでもノイズを倒そうと歌を口ずさもうとして、その口を塞がれた。

 未来の手によって。

 

(未来ッ!?)

 

 驚く響に、未来は多機能携帯電話(スマートフォン)の画面に何かを打ちつけるとそれを見せた。

 

〈静かに。あれは大きな音に反応するノイズみたい〉

(え?)

〈あれに追われてふらわーのおばちゃんとここまで逃げ込んだの〉

 

 見れば、未来の背後には気を失って倒れているふらわーのおばちゃんもいた。

 

(あのノイズを倒すにはシンフォギアを纏わなくちゃいけない……でも)

 

 そのためには歌を唄わなくてはならない。

 

(それじゃあ未来やおばちゃんが危ない?)

 

 どうすればこの危機的状況を切り抜けられるのか、響は無い知恵搾って考える。

 しかし、それよりも早く、響の眼前に未来が携帯電話のディスプレイを(かざ)して見せた。

 

〈響、聞いて。私がノイズの気を引いて逃げるから、その間におばちゃんをたすけて〉

(へッ!?)

 

 そのあまりにも無茶な申し出に響は驚愕し、すかさず同じ手法で返信する。

 

〈ダメだよ。そんなこと未来にはさせられない〉

〈元陸上部の逃げ足なら何とかなる〉

〈何ともならないッ!〉

〈じゃあ何とかして〉

 

 未来はもう逃げない。逃げたくない。

 

〈危険なのはわかってる。だからお願いしてるの〉

 

 大切な人たちがいる。戦っている。

 

〈今の私の全部を預けられるの

 響だけなんだから〉

 

 何もしない自分がいる。できなかった自分がいる。

 

「私、響とお兄ちゃんにひどいことした。今更許してもらおうなんて思ってない」

 

 そんなのは嫌だ。

 

「それでも一緒にいたい。私だって戦いたいんだ」

 

 響の耳元で小さく囁かれる強い意志。

 

「どう思われようと関係ない。二人だけに背負わせたくないんだ」

 

 だから、立ち上がる。

 

「私、──もう迷わないッ!!」

 

 高らかに叫ばれた声に反応した大型ノイズはすぐさま駆け出した未来に人体を灰燼に帰す凶器たる触手を伸ばす。

 

「──ッ!」

 

 未来は次々に襲い来る触手を潜り抜けて廃ビルを抜け出した。

 その足音に釣られて未来を追いかける大型ノイズを見送った響は唄う。

 

「──Balwisyall Nescell gungnir tron.」

 

 シンフォギアを纏い、おばちゃんを抱えるや跳躍。

 一気に廃ビルの外に出る。

 そこに一台の黒車が駆けつける。

 

「響さんッ!」

 

 絶妙なタイミングで仕事を熟すことで定評の二課のエージェント、緒川慎二だ。

 

「緒川さん。おばちゃんをお願いしますッ!」

「響さんは?」

「人助けですッ!」

 

 おばちゃんを緒川に託して、響は飛ぶ。

 自分のために身体を張ってくれた親友のもとへ。

 

(そうだ)

 

 シンフォギアで誰かの助けになれると思っていた。

 

(けど、それは思い上がりだッ!)

 

 助ける方だけが一生懸命じゃない。

 助けられる誰かも一生懸命で。

 

(本当の人助けは自分一人の力じゃ無理なんだ)

 

 天羽奏が伝えてくれた。

 

『生きるのを諦めるなッ!!』

 

 小日向湊人が教えてくれた。

 

『自分も、守るべきものも、みんなが生きるのを諦めない──そんな人助けを、立花響の「想い」に汲んでほしい』

 

 今ならわかる。

 

(そうだ。私が誰かを助けたいと思う気持ちは、惨劇を生き残った負い目でも、単なる憧れでもないッ!)

 

 ──ずっとずっと、湊人さんが背中越しに見せてくれた──

 ──二年前、奏さんから託されて受け取った──

 ──二人の想いを繋いで形になった──

 

「気持ちなんだッ!!!」

 

 この胸の想いがある限り、立花響はどこまでも飛んでいけるッ!

 

 

「きゃあーッ!」

 

 

 だから、

 

「未来ッ!」

 

 どれだけの距離を走ったのか、力なくよろけて転がる親友の姿が見えた。当然、そこにしつこく追ってきたノイズがいる。

 

「生きるのを諦めるなッ!!」

 

 このままでは間に合わない。ならば叫ぶ。

 

「 ッ ! 」

 

 その想いに応えて、未来は最後の力を振り絞って飛ぶ。

 信じてくれる親友との未来(あした)へ。

 

(だってまだ、三人(みんな)で流れ星を見ていないッ!)

 

 それは間一髪で大型ノイズの攻撃を回避したが、飛びかかったノイズの衝撃で道路が崩れる。

 

「きゃぁああああーーーーッ!!」

 

 崩落する道路にノイズ諸共巻き込まれて落下する未来。

 

 ──私ト云ウ音響キソノ先ニ♪

 

 響は駆けつけ様にバンカーパンチで大型ノイズを撃ち抜き、次いでバンカーの反動と腰のバーニアで落下する未来に追いつき、その身体を抱き寄せた。

 

「ー__— ̄ー➖ー」

「_ ̄_➖ ̄ ̄_」

 

 そして、着地に備える響に新たな脅威たる二体の飛行ノイズ。

 

「な……ッ!?」

 

 二体のノイズを相手にしたのでは着地に間に合わず未来の命が危ない。

 しかし、無視することもでない。

 

「くッ!」

 

 せめて未来だけでも、と親友を強く抱きしめる響のヘッドギアに──希望が届く。

 

『衝撃に備えろッ!!』

 

槍雷無双(スカジ)

 

 荒ぶる紫電がノイズを撃ち貫く。

 

「湊人さんッ!」

「お兄ちゃんッ!」

 

 遅れてきたヒーローの登場に、二人の顔に光が差す。

 湊人は二人を抱えると目前に迫った大地に向けて『ガエ・ボルガ』の穂先を開いた。

 

「歯を食いしばるんだッ!」

 

暗器雷砲(バルバトス)

 

 

 

 ──あははははははははははははははッ!

 夕暮空の下、河川敷の土手に響き渡るのは三人の笑い声。

 

「くひっ、はひゃ、あははははははッ! 未来っ、それはひどいよッ! あははーーッ!!」

「ひ、ひひ響の、方こそ、ははっ、すごい髪……ッ、ぷっ、あははははははははははッ!!」

「くく……いやいや、二人とも芸術的にやばいって……わははははははははははははッ!!」

「湊人さんのせいでしょうッ!?」「お兄ちゃんのせいでしょうッ!?」

 

 最も笑う諸悪の根源を凶弾する勢いで睨む二人の花の女子高生の姿はそれはもう愉快な事になっていた。

 落下の衝撃を和らげるためとはいえ、ほぼ至近距離で『ガエ・ボルガ』の雷砲撃が放たれた事でその激しい電気エネルギーの影響を過分に受ける事になった。

 まぁつまり一帯がすげえ静電気空間みたいになって二人の髪が爆発的にヤヴァイ。あと身体中焼けた地面を転がって煤だらけ。

 尚、当の男は一切影響がない模様。ずるい。一人だけ電気の鎧とかずるい。

 

「行くよ、響ッ!」

「ガッテン、未来ッ!」

「ちょ、女の子がそれはどうかと僕は思うよッ!?」

「「問答無用ッ!!」」

「南無三ッ!」

 

 真っ黒焦げの土を両手に一人の青年を追いかけ回す二人のボンバーガール。

 そんな子供染みた珍妙で平和な光景は、上司(大人)の迎えが来るまで続いた。

 

 

 

 





次回予告

時折思い出す旋律は、あの日に君たちが紡いだ想い出。
共に歌い語った夢のかけらは今もこの胸に。
色褪せぬ情景に、浮かぶ笑みは未来に向けて。

#9.何処かの誰かのために

ならばその羽撃きを見守り身守ろう
どんなときでも、あなたは一人じゃない。

 
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