戦器絶衝シンフォギアX   作:なおTEL

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#1.再誕の福音

 

 

 春の香りは、桜が舞い散る頃に一度変わる。花の甘く柔らかな香りから、次なる季節に向けて青の若葉のすっきりした香りへと、その匂いを変えるのだ。

 新年度を迎えた日本の学び舎が一校、私立リディアン音楽院でもそれは変わらず、緑豊かな校庭が優美な校舎を彩おっていた。

 そんな学び舎が一室、一年生の教室にて一人の女生徒が楽しげに携帯電話──一つ前の世代から世界中に定着した多機能携帯電話(スマートフォン)を指す──でニュースサイトのトップに掲示された朗報を読んでいた。

 

「若き天才指揮者小日向湊人(こひなたみなと)が芸術の都巴里で堂々デビュー、かー」

 

 少女、立花響(たちばなひびき)は我が事のように記事を読む。

 

「やっぱり湊人さんはすごいな〜♪ ね、未来!」

「……すごいのはわかるけど、それもう朝から十回は聞いてるよ」

 

 響の隣で呆れたため息を漏らす少女、小日向未来(こひなたみく)が言うように、学生寮で目覚めた響がテレビでこのニュースを観てから何度も繰り返された光景である。

 どうして身内の自分よりここまで嬉しくなれるのか。というより彼女があまりにも喜び過ぎて敬愛する兄の世界的活躍を前にしても自分が冷静になってしまった感がある未来であった。

 

「お兄ちゃんも罪作りだな……」

 

 兄を好いてくれる親友のことは喜ばしく思う反面、一体どっちが身内なのかよくわからなくなる時があるのはどうにも複雑である。

 そんな独り言も心境も聞かず察しずに響は言う。

 

「せっかく湊人さんがこんなニュースになってるのに未来はいつも通りだね〜」

 

 誰のせいなのか。

 

「響が騒ぎすぎなんだよ。ほら、もうすぐ先生来ちゃうからケータイしまって。昨日も入学初日の遅刻で怒られてるんだから」

「そうでした」

 

 流石に反省したのかおとなしく携帯電話をしまう響。それを確認してから、不意に未来が口を尖らせた。

 

「それにしても、デビューのことといい。あっちに行ってから滅多に連絡してくれないんだから」

「でもメールとかは来るんでしょ?」

「一ヶ月に一回だけね」

「それって少ないの?」

「少ないよ……私は毎日連絡してって言ったのにッ!」

「たははー……」

 

 あいもかわらぬ親友のブラコンっぷりに苦笑を禁じ得ない。黙って聞き流すしかない未来の兄への愚痴は次第に怒りと声を高め、矛先を広げ、

 

「〝あの時〟だって────ッ!

「そんな声をあげてどうしましたか、小日向さん?」

 

 激昂しかけたところで担任教師の入室が未来の頭に冷や水をかけた。

 

「あ……えっと、その……」

 

 冷静に見渡せば教室内の視線が自分に集中していることに気づく。同時にそれが余計に思考を鈍らせるのだが、

 

「なんでもありません……」

 

 なんとか働かせた思考回路が導き出した答えを、未来は羞恥で耳まで赤くなった顔を伏せながら口にした。

 深く追求はせずにホームルームを始める担任教師にホッとしながら、響は今だ赤い顔を伏せる親友に微笑んだ。

 

「ありがとう、未来」

 

 

 

 一学校教室のささやかな珍騒動から三時間後。

 日本の首都空港に一機の軍用機──次世代輸送機として設計されて二年前に初飛行を終えた実験機XC-3──が着陸した。それを守るように、周囲には黒服に身を包んだ屈強な男たちが列を成していた。

 そんな仰々しい光景とは裏腹に、機内から姿を現したのは白シャツの上にライトブラウンの袖無しベストを着た極々普通の学生にしか見えない青年。その手には三メートル近い棒状のモノを包んだ布袋が肩にかけるように持たれていたが。青年、小日向湊人は長い棒状のモノで軽く肩を叩きながらぼやく。

 

「毎度毎度、相変わらず堅苦しいお出迎えだな」

 

 独り言にも聞こえるその言葉は、正面から出迎えた黒服の中でその存在が際立つ赤服のシャツを着た男が確かに耳に入れた。

 

「仕方あるまい。君も、その中身もこの国のためになくてはならない存在だからな」

 

 巻かれたネクタイの先は何故か胸ポケットに突っ込まれ、屈強なガードマンよりも鍛え抜かれた剛腕が捲ったシャツの袖から覗ける大男、風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)に湊人は敬礼の構えを取る。

 

「お久しぶりです、風鳴司令」

「息災でなにより、だ。湊人君」

 

 挨拶を終えて敬礼を解いた湊人はニカっと笑う。

 

「とりあえず、腹が減りましたね」

「ハハッ、長旅ご苦労。一応聞いておこう。何がいい?」

「ヤキソバパンで」

 

 だろうな──と弦十郎も笑った。

 

 

 

 湊人は助手席にて車中に用意されたヤキソバパンを頬張りながら運転席にて近状を語る弦十郎の言葉に耳を傾けていた。

 

「君が日本を離れてノイズが発生したのは昨日の一度だけだ」

「一ヶ月と少しでのことを考えると多いと見るか少ないと見るか」

「ここ一年のペースで見れば普通だな」

「普通、か……」

 

 確かに普通だ。世界的に見ても数ヶ月に一度あるかないか。国内なら数年に一度あるかないかというノイズの発生率である(民間企業によるここ百年の統計)が、ここ三年の日本国内のノイズ発生率は世界全体での半分を占めている。この異常の中では落ち着いた数字ではあるのだ。

 その中でも、

 

「やっぱり二年前は普通じゃない、か」

「ああ」

 

 湊人の言葉に、弦十郎は重々しく頷く。

 二年前、正確には三年前から二年前のおよそ一年間。小日向湊人が認識したノイズ出現は二十を軽く超えた。

 

「明らかに、君を……君の持つ『聖遺物』を狙うかのように頻繁に現れ」

「〝あのライブ〟を最後に大人しくなった」

「もしかしたら本命は〝そっち〟だったのかもしれん」

「もしくは……『完全聖遺物』ならなんでもよかった、ですか?」

「断言はできんがな。何より〝あのコンサート〟においては欧州各国の情報操作で自然的なものか人為的なものかも判断できん。怪しさは抜群だがな」

「実験の失敗と同時に、たまたまノイズが発生したか。それとも〝あのライブ〟同様に、何者かが〝こいつを狙って〟ノイズを発生させて実験が失敗したか」

 

 湊人は後部座席から縦に粗末に置かれた布袋を見やる。

 その中身は武具。神話や伝説、歴史に名を残す先史文明時代に作られた異端技術(ブラックアート)の結晶である『聖遺物』。しかしてそれはただの『聖遺物』に非ず。其は現代にまでその形を遺した究極の神秘──『完全聖遺物』。

 そして、この〝槍〟は────

 

「まあ、辛気臭い話はこの辺にして、──まずはデビューおめでとうだッ!」

 

 本当に嬉しそうに賛辞する弦十郎に、少なからず照れを感じた湊人は誤魔化すように窓の外に顔を向けた。

 

「正直、ここ三年のせいで留年してデビュー以前に卒業も怪しかったんですが」

「話は通してあるが、なんとかできそうか?」

「今年には、なんとか」

 

 とはいえ、本当にここ三年は大変だった。

〝あの事件〟から小日向湊人の生活どころか人生も一転し、一時は音楽界での活動を本当に諦め掛けた。そもそも人生を諦め掛けた。それほどに過酷な環境での生活を余儀無くされたのだ。

『完全聖遺物』を手にしてしまったが故に。

 具体的には数日単位でイギリスと日本を行ったり来たり、イギリスに戻っては必修科目の欠席分を寮に篭って補修で補い、日本に帰ってはさる武術の師の下で修行に励みながらノイズと戦い、少々長期滞在しようものならまたイギリスに戻っては課外実習の名目で他の欧州諸外国に公演に向かい、また日本に帰っては滞在時間フルに使って死と隣り合わせの山籠り、果ては────どうして自分は生きているのだろう。

 

「頑張ったな」

 

 そんな一人の大人のシンプルな言葉が妙に心に染みた。

 それを悟られぬように今度は湊人が話題を変える。

 

「と、デビューといえば、確か翼に海外展開の話が来てるみたいじゃないですか」

「詳しいな。まだ向こうから話を持ち込まれただけらしいが、確かイギリスのレコード会社だったか」

「話を持ち出したのはメトロミュージックの社長さんでしょ」

「本当に詳しいな」

「まぁ、社長のトニー氏とは何度か学校の来賓として会ったこともありますし、日本人にも友好的な人ですから」

 

 今年に入ってからだが、彼が一人の日本人アーティストに注目してるとも聞いた。

 

「本人は乗り気じゃないようだがな」

「そりゃそうですよ。あの生真面目の塊でできた武士娘が自分の責務放り出して日本を出られるわけがない」

 

 誰かさんのような「不埒者」と違って。

 自嘲を溢す湊人に弦十郎はため息を溢す。

 

「……やはり、まだ仲違ったままか」

「一応、任務に支障が出ないレベルで、ですがね」

「翼にも困ったものだ」

「あれでも理解はしてくれてるんですよ。納得してないだけで」

 

 その納得できない部分で一線を引かれてしまったわけだが。

 そして、彼女は誰も寄せ付けることなく孤高の空へと羽撃いた。高く高く、何かに至らんとするように、何かを掴まんとするように…………太陽を目指したイカロスのように。

 

「そろそろ何とかしなきゃな」

「君がそう言うのなら、大人の俺達は深く突っ込まんよ」

「ありがとうございます」

 

 弦十郎の広い対応に素直に感謝する。

 

「で、そんな大人な司令に、ちょっと頼みたいことが」

「なんだ? 言ってみろ」

「……少々、寄って欲しいところがあるんです」

 

 そう言った時にわずかに陰が差した湊人の表情に気づきながら、弦十郎は司令としての顔で注意する。

 

「わかっていると思うが、今の君は極秘裏に入国している身だ。一般人との接触は控えてもらいたい。特に君は今回のニュースで多少なりとも顔が知れている」

「どっちにしろ、一週間後に朝のニュース番組のゲストとして呼ばれてるんだから、帰国を早めたとか融通利かせられなかったんですか?」

「ふむ…………」

 

 湊人の指摘に、そうだなと弦十郎は何かを思案しながらハンドルをきった。

 

「ちなみに」

「はい」

「寄って欲しいところとは?」

 

 どんな立場であれ、この漢は甘かった。

 

 

 

 湊人はとある一軒家を尋ねていた。

 外観は昭和末期の一般的な木造建築によるものであり、その築年数から所々が錆びれガタのついた感は否めないが決して不自由しない造りのどこにでもある立派な一軒家であった。

 まるでお札の様に、玄関や塀にぞんざいに貼り付けられた数枚の罵詈雑言のビラがなければ。

 それでも、〝かつての〟おぞましい光景に比べればその夥しさは鳴りを潜め、世間の関心の移り変わりを無情にも体現していた。

 そして、風にめくれたビラから覗いた表札には「立花」と書かれていた。

 湊人が少年時代より訪れていた幼馴染の──妹の親友の生家は〝二年前から〟その様相を変えていた。

 湊人は片っ端からそのビラを剥ぎ取ると車内の弦十郎に押しつけ、再び玄関に足を運び、インターホンを押した。

 

「はいは〜い」

 

 返答が来るまでの時間は嫌に長く感じた。

 実際には十秒足らずだったのだろうが、その倍にも感じられた。耳にまで谺する動悸は早く、心なしか呼吸も大きく乱れ、喉はカラカラに渇いていた。その理由を湊人は理解している。

 恐怖。

 だがそれは自分が(ここ三年で)身近に感じる種のモノとは全く異なる次元の、方向性のモノ。

 緊張にも近いそれはやはり、胸を強く締めつけた。

 この家に〝彼女〟はいない、出てこない。わかってはいてもどうにも感情はままならず、勝手に暴走する。

 

(まだまだ修行不足、か)

 

 これでも精神面の修練もかなり積んできたつもりなのだが、やはりそう簡単ではないのだろう。

〝あの〟師匠でも女には心に隙間を作るのだから、と自分とは全く異なる感情面の不備を言い訳がましく比較していると扉の中から近づく足音を聞いた。

 

「どちら様ですか?」

 

 扉を挟んだすぐそばまで来たのだろう家の住人に、湊人は告げた。

 

「突然の来訪ですみません。僕……湊人です。小日向湊人です」

「……湊人くん?」

 

 若干だが立て付きの悪いだろう扉が開かれ、驚いた顔を見せた小さな老婦人に、その自身の記憶と変わらぬ姿──それでもやはり幾分か皺枯れていたが──に湊人はどこか安堵を覚えて微笑んだ。

 

「お久しぶりです。(なみ)さん」

 

 

 

 湊人は久しぶりに訪れた立花家の居間を見渡す。

 外観ほどの変化はなかったが、どこか物寂しさを感じた。置物の類が減ったのもあるが、以前より明らかに明るさを失っているようだった。それは言葉のままに『元気印』であったこの家の一人娘の不在も起因してか。

 

「ごめんなさいね。最近はお客様を招くってことがなかったから何もなくて」

「いえ、お構いなく」

 

 申し訳なさげな笑顔で、お茶と少々の茶菓子を載せた盆を手に台所から出てくる波に、湊人は笑って軽く頭を下げた。そんな湊人の当たり前の気遣いに波はくすりと笑った。

 

「でも、本当に久しぶりね。貴方がイギリスに行くと決まって、貴方の家でお見送りパーティをした時以来だったかしら?」

 

 そう言って円卓のテーブルに茶を差し出した波に再度、先ほどよりも深く、誠意を込めて湊人は頭を下げた。

 

「全く連絡をよこさないですみませんでした」

「そういう意味で言ったんじゃないのよ。響やみくちゃんにはちゃんとしてたみたいだし。だいぶ大人になったと思ったけど、そういうところは変わらないのね」

 

 あらあらと頬に手を添える波。

 

「まぁ、そこは性分ということで」

「そうね。そこも湊人くんの良いところね。悪いところでもあるけど」

 

 悪戯っ子のようにそう微笑みかける波に、湊人は苦笑で誤魔化した。

 

「ところで、おばさんは仕事ですか?」

「ええ。パートに出ているわ。夕方まで帰ってこないわね。できればあの子にも会って欲しかったけど、忙しいんでしょ?」

 

 特に語らずとも察してくれる老婦人に驚きを感じながら湊人は頷く。

 

「あ、はい。ここにもちょっと無理を言って寄ってもらった次第で、できればここに来たことは内密にしてほしいんです」

「やっぱり有名人ともなると大変なのかしら?」

 

 理由としては大きく違うがあながち間違ってもいないので頬を掻きながら首肯する。

 

「まぁ、色々とありまして」

「それなら昔を懐かしむ前に、用件を聞いた方がいいわね」

「え?」

「この家に、何かあったから無理してでも訪ねてきてくれたんでしょう? もしかして(のどか)の方にだったかしら?」

 

 本当に色々察してくれる人だ、見た目とは裏腹にそこは全く孫娘までには受け継がれていないというのに。湊人は改めて年長者に畏敬の念を抱くと、姿勢を正して波と向き合い、不思議に首を傾げる波を強く見据えた。

 そして、床に叩きつけるように頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでしたッ!!」

「え?」

 

 突然の土下座に波を大きく目を見開いて困惑を露わにする。

 

「ど、どうしたの……いきなり……?」

 

 正直全くこのように謝罪される心当たりのない彼女はただただ戸惑う。

 

「……ッ、自分が……いえッ」

「……」

「二年前、響が……皆さんが大変だった時に、めちゃくちゃ世話になったくせに、何もできなかったどころか……顔すら出さず……」

 

 そう。だから怖かったのだ。

 今更どのツラ下げてと罵られるのも覚悟の上で、この家の人ならあり得ないとわかっていても、少しでも否定されようものなら、最後に誠意を見せてから関係を断つつもりで立花家を尋ねたのだ。自分でも無茶苦茶だと、莫迦なこととわかっていても、どこかしらにケジメをつける必要があった。この一方的な自己満足はこの二年間、後悔と自己嫌悪に苛まれながらも考えに考え抜いた一つの光明であった。例えどんな形であれ、行動に示す必要があった。

 直接的な要因ではないとはいえ、立花家の現状を招いた〝悲劇の一端〟には不甲斐ない自分も関わっていたのだから。その全てを語ることができない歯痒さと怒りに奥歯を噛み締めながら湊人は懺悔する。

 

「僕は……ッ!」

「顔を上げて。湊人くん」

 

 いっそ全てをぶちまけたい衝動に駆られながらも言葉を選ぼうとする湊人に、穏やかな声がかけられた。

 優しさを含みながら、どこか強制力のある言葉に従って湊人は波の顔を見た。

 

「ッ!?」

 

 彼女の顔にあったのは怒りでも驚嘆でもない、哀しみ。

 

「貴方は、そんな事を考えていたのね。〝あれ〟から」

 

 それは同情ではない。

 

「ずっと、自分を責めていたのね」

 

 ただ、そんな過ちを犯した子供を叱咤する大人の辛さから来ていた。

 

「本当に、貴方の良いところはどうしてこう悪いところも悪目立ちするのかしら」

 

 呆れてため息を漏らす。

 

「馬鹿な子ね」

「はい」

 

 全くその通りだと頷く。

 

「私たちが、響が〝そんなこと〟で貴方を責めると思った?」

「いえ」

 

 いくら考えこそすれ、その姿は、まるで想像できなかった。

 湊人の返答に、波は満足げに頷いた。

 

「よかった。もしそう思っていたのなら、もう二度と響に会わせなかったわ」

 

 柔らかな笑顔で告げられたその言葉には嘘偽りが一切ない厳しさがあった。

 そして、すぐにいつも通りの人の良い老婦人の顔に戻る。

 

「ふぅ、人にお説教するのも久しぶりでなんだか疲れちゃったわ」

「ハハ、なんかすみません」

「ふふ、まだまだ子供のようでちょっと安心もしたんだけど。……それに」

「それに?」

「知ってるのよ。あの時、貴方が一度、うちを訪ねてきてくれていたのは」

「へ?」

 

 予想外の言葉に、湊人は上ずった声をあげた。

 波の言う通り〝あの事件〟から数ヶ月後に湊人は一度だけ日本滞在中に無理矢理空けたわずかな時間を使って立花家を訪れていた。

 

「けど、あの時は留守で、誰も」

「そうね。響はまだ学校の時間で、和はパートに、私も福祉施設に遊びに行っていたわ」

「じゃあ」

「施設からの帰り道にね。近所の人の立ち話を聞いたの、『高校生くらいの男の子が凄い剣幕で貼った紙を剥いで立ち去って行った』って。その特徴も聞いてすぐに湊人くんだってわかったわ」

 

 湊人は驚いた。あの光景に怒りで我を忘れ、一心不乱無我夢中となってはいたが、確かに数人の通行人が自分を不審な目で見ていたのには気づいていた。まさかそこから当人に洩れるとは思わなかった。

 

「ありがとう」

 

 先ほどまでとは逆に頭を下げられた湊人は慌てて頭を上げるようにお願いした。そうして、ようやく湊人の贖罪は一応の形を着けた。とはいえ、

 

(わかってはいたけど、とんだ一人芝居だったな)

 

 それも将来的にかなり恥ずかしい部類の。というかもうすでに恥ずかしい。

 それでも、前に進めるようになったのは確かだ。

 

(さて、あいつらに会ったら、まずなんて言おうか)

 

 果たしてこの滞在中に会うかもわからぬ妹と幼馴染との再会の挨拶を湊人はいよいよ考えるのであった。

 それが意味のないことになることを湊人はまだ知らない。

 

 

 

「ノイズだとッ!?」

 

 特異災害対策機動部二課が本部を構える中央特区に入ろうした矢先、車内にて本部からの通信を受けた弦十郎は厳しい表情を作った。

 

『出現場所は中央特区市街地周辺。起点は現在調査中ですッ!』

「近いな……」

 

 本部のオペレーターから告げられた出現位置はまさに今、首都高を走るこの車から見通せる光景の中にあった。

 

「司令。司令はこのまま本部に。僕は直接現場に向かいますッ!」

「わかった。気をつけろよッ!」

「了解ですッ!」

 

 返事と共に音を立てて急停止した車。後部座席から武器となる布袋を引っ張り出しながら飛び出した湊人は陸橋となる首都高の端壁に登ると腰のベルトケースにしまわれた小型通信機を取り出す。

 

「こちらコード『Gae-Bolga』。現場近辺より本部へ。ただいま現場に向かいます」

『こちら本部。了解しました。──気をつけて』

 

 事務的な返答とは別の、オペレーター個人からの気遣いに内心で感謝しながら、湊人は首都高から飛び立った。

 

「さあ、暴れるぜえッ!」

 

 先程までとは打って変わった獰猛な笑みを浮かべ、その右手に持つ布袋から解き放つは一振りの槍。九尺程のその槍は毒々しい朱みをおびており、その穂は鱗のような無数の棘から鋭い刃が形作られていた。

 構えた槍を握る力を強めると、その意思を組むように槍は雷を纏い、湊人の身を包んだ。

 

雷光の閃(アクセラレイター)

 

 まさに稲妻の如く。目にも留まらぬ超高速の動きをもって、湊人は建物から建物へと跳び移って行った。

 

「見つけたッ!」

 

 通信から一分も経たぬ内に、湊人はそれを捉えた。

 

 

 認定特異災害『ノイズ』。

 有史以前より、人の営みに現れては人々と共に灰塵と帰す災害現象、長き歴史の中で多くの人類から同胞を奪いし災厄獣(ディザスター)は十三年前に国連総会にて特異災害と認定された。

 異相空間から突如として現れ、自然消滅するまで人間を追い、接触した同体質の人間と共に炭素転換するそれは通常の物理的攻撃手段では撃退不可能とされ、抗えぬ星の試練ともされた。

 しかし、ノイズに対抗する力は確かにあった。

 それは先史文明の異端技術(ブラックアート)によって生み出された武具。

 聖遺物。

 古代の文献に記された『絶対たる力』を得たんとした大国は聖遺物発掘に乗り出した。だが発掘された多くは永い刻の中での経年劣化や破損から原形を留めている物はなかった。形を残した数少ない『完全聖遺物』と呼ばれる代物も、その力を眠らせていたのだ。

 以降、各国はノイズを撃退せし得る、次世代のエネルギー資源ともなり得る聖遺物の持つエネルギーを解放せんと数十年以上も研究・解析・実験を行っている。

 

 

 そして、小日向湊人の持つ完全聖遺物『ガエボルガ』は三年前にその力を解放した。

 

 

「ハァッ!」

 

槍雷無双(スカジ)

 

 薙ぎ払われた『ガエボルガ』の穂先の軌道に稲妻が迸り、周囲を喰らう様に拡散する。拡散した雷は鏃の散弾となり襲い来るノイズを次々と貫き、屠っていく。

 

「……ふぅ」

 

 周辺にいたノイズの最後の一体を穿つと一息。

 周囲を見渡しながら腰の通信機の送信ボタンを押した。

 

「こちら『Gae-Bolga』。B地区のノイズ殲滅を完了。次回行動の指示を」

『こちら本部。B地区のノイズ反応の完全消滅を確認。現在A地区とE地区にノイズ反応多数。コード「Gae-Bolga」はE地区のノイズ殲滅へ。A地区には「アメノハバキリ」が向かいます』

「了解」

 

 

 

 立花響は窮地にいた。

 放課後、憧れのアーティストである風鳴翼の初回限定生産CDを購入するために街に出たのが不幸であった。ショップを目前にしてノイズの出現に遭遇した彼女は、ノイズに襲われようとしていた小さな女の子を守るため、ノイズから逃れんと何十分も街を走り回った。

 気づけば、シェルターから離れた街外れの工業地帯にまで逃れていた。

 手を引く女の子と共に息も絶え絶えに、足もほつれ、女の子を庇うように倒れる。もういいと。このまま横になり、全身の力を抜いて眠りに着きたいほどの疲労感が重く襲いかかる。

 それでも、視界に映る迫り来るノイズが、それを赦さない。いや、自分が赦せない。

 この小さな、未来ある子どもの命を諦めることなど立花響が赦せるわけがない。

 

「湊人さん、なら……絶対に……ッ!」

 

 幼き日より自らの理想(人助け)、その体現者、ヒーローの姿が思い浮かぶ。

 彼なら絶対に諦めはしない。

 その決意に身体を奮い立たせ、女の子を背負った響は再び走り出した。

 

 きっと──

 

 辿り着くは建物の壁。行き止まり。しかし、梯子がある。

 

 私にも──

 

 制服の上着を脱いで、背に負う女の子の脇の下に袖を通して自身の肩から首に結びつける。女の子の腕を首に巻かせると一気に登って行く。

 

 私にもきっと──

 

 登り切る。そこにノイズはいない。二人は力尽きるように倒れ込む。

 

「わたしたち……死んじゃうのぉ……?」

 

 荒々しい息の中、ここまで決して泣くことのなかった女の子の震える声に、響は安心させようと上半身を起こして微笑みかけ──

 

「ッ!?」

 

 ──ようとして、絶望を目にする。

 音もなく現出したノイズの壁を目前に震えながら、響は女の子を抱き寄せる。

 

 私にできることは──

 

 擦り寄るノイズに、女の子は声にもならない悲鳴をあげる。

 そんな小さな身体を力強く抱き締める。

 

 私にも……できることがきっとあるはずだッ!

 

「生きるのを諦めないでッ!!」

 

 口にしたのは、かつて自らが受けた言葉。

 二年前の惨劇。あの時もノイズに襲われ、自身は今も痕を残す瀕死の重傷を負った。

 混濁する意識の中で届いた力強い言葉。

 諦めてはいけない。

 この身に抱く小さな命のためにも。

 そして、その命を賭してこの命を救ってくれたあの人のためにも。

 

 諦める訳にはいかないッ!!!

 

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron.」

 

 

 

 その身に、歌が流れた。

 

 

 

 歌は、確かに湊人の耳に届いた。

《雷光の閃》をもって道征く道のノイズを弾き飛ばしながら工業地帯に着地した湊人は最後のノイズの集団を視界に捉えた。当然、その中心にいた二人の少女の影も。

 決して見捨てることができない。死なせる訳にはいかない。守るべき、誓いの対象。

 それが、歌った。

 あり得ない詠を。

〝二年前に喪われた〟少女の、戦士の、撃槍の詠を。

 

「一体……何の、冗談だよ……オイ……ッ!」

 

 見間違えるはずがない歌姫の姿に、湊人は戦慄した。

 

 

 

 立花響は……血濡れの詠を唱った。

 

 

 





次回予告

失われし羽根が再び戦場を舞う。
その気儘な軌跡は奏者によって新たな劇場の指揮となるか。
始まりの片翼は独奏の空を羽撃き、雛鳥の囀りは届かない。

#2.雑駁の羽撃きと不協の囀り

無垢な雛に無情の刃は迫り、雷鳴は唸りをあげる。

◇◆◇◆◇◆

今回のワイルドアームズ6thシンフォギア

・ヤキソバパン
つうかヤキソバ。
ワイルドアームズのヒロイン、セシリアの好物である(ヤキソバ五人前をさらにおかわりするほど)。
つまり湊人はヒロインである。(え

異端技術(ブラックアート)
WA4ではナノマシン技術者が『異端技術者(ブラックアーティスト)』と呼ばれている。

・社長のトニー氏
ワイルドアームズ6thシンフォギアにおける『始まりのトニー』トニー・グレイザーである。
WAシリーズは『トニーに始まり、ラギュオ・ラ・ギュラに終わる』と言われるほどに重要な役回りにある。シリーズを通してかつての勇者から雑種犬と様々な形で登場する。

雷光の閃(アクセラレイター)
『アクセラレイター』はWAシリーズでも代表的な技である。

災厄獣(ディザスター)
WA3、F、XFに登場する守護獣(ガーディアン)と対を為す負の守護獣の総称。
ただ作者が使いたかっただけである。
本作では人類に仇為す特異生物とされたもの全般を指す。
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