「ガングニールだとォッ!!?」
十三年前、『ノイズ』が認定特異災害となってから国連加盟各国では正式に特異災害対策組織が国際機関の一つとして設立されることとなった。無論、以前より『ノイズ』に対策する組織は政府管理下にて活動は行われており、日本でも大戦期から活動する特務室【風鳴機関】がこれに該当した。世界でも先駆けて『ノイズ』に対する有効手段を研究していた【風鳴機関】はある事件を契機に十年前【特異災害対策機動部二課】に編成された。
一般に『ノイズ』に対抗するために自衛隊同様の軍隊を動かして知られる一課とは異なり、主に機密情報の処理を担当する二課には『完全聖遺物』以外にて『ノイズ』に対する唯一無二の刃を持っていた。
それは二課所属の天才考古学者にして研究員、
聖遺物の欠片から精製されるFG式回天特機装束『シンフォギア・システム』である。
だが『ノイズ』に唯一対抗し得るこの武装は現行憲法に抵触しかねないために完全秘匿状態にある。
三年前に正式に政府公認となったもののその秘匿性は決して揺るがない。
何よりも、その使い手となる装者がまだ少女の身だというのだからそれも無理からぬことだろう。
そして、二人いた装者も二年前の実験にて一人となった。
かつての人気ボーカルユニット『ツヴァイウィング』の片翼として世間に知られる彼女は、第三号聖遺物『ガングニール』のシンフォギア装者として『ノイズ』と戦う戦士でもあった。
しかし、そんな彼女も二年前の実験にてその命を燃やした。
彼女の持つシンフォギア『ガングニール』の欠片も同時に失われた。
──はずだった。
【特異災害対策機動部二課】の司令官を務める風鳴弦十郎は本部に帰着して早々に受けた報告とモニターの解析された反応パターンの登録コードに驚愕する。
それは弦十郎だけではない。その場にいた全ての人間が信じられないモノを見るようにモニターに釘付けになっていた。
「間違いないのかッ!?」
「……ええ」
弦十郎の言葉に、戸惑いながらも決してモニターから目を離さずに、櫻井了子は応える。
「キャッチした反応は間違いなく、聖遺物が放つアウフバッフェン波形……。そして、その波形パターンもまず間違いなく、奏ちゃんの使っていた『ガングニール』のものよ」
「一体……、何が起こっているんだ……ッ!」
それに答えられる者はこの場にいない。
風鳴翼はその焦燥を体現するかのようにバイク──サザキ社のネイキッドタイプ『TSURUGI』を疾走らせる。
あれは奏のものだ。
報告を受けた『ガングニール』出現に翼は悪夢を見た。
風鳴翼の数少ない理解者にして唯一の親友、そして喪われた
それを何処の馬の骨かも知らぬ輩が振るうなど言語道断。決して耐えられるものではない。
しかし、あくまで『シンフォギア・システム』の核となるのは聖遺物の欠片である。必ずしも〝それ〟が奏の『ガングニール』というわけではないことは理解している。
「それでも……ッ!」
第一号聖遺物『天羽々斬』のシンフォギア装者、
「え? えっ? なんで……わたし、どうなっちゃってるのッ!?」
立花響は混乱していた。
突如として胸の奥から浮かんだ歌。
そうしなければならないという直感からそれを口ずさめば、高鳴る胸の鼓動と共に身体中が熱を帯び始め、ナニかが伝った。それは指先や足先、身体の隅々にまで行き渡ると、弾けた。
それは身体を覆い尽くし、何かを形容するように収縮と拡大を繰り返し、形を成した。
身体にフィットしたオレンジのスーツ、手足と腰周りを覆う黒と白の装甲、二本の角を生やしたかのようなヘッドフォン型のヘッドギア。
まるで変身ヒーローの様な自身の姿に、立花響は混乱していた。
「おねえちゃんかっこいい」
「ッ!」
だが、その混乱した頭も、女の子の言葉でクリアになっていく。
自分が何をすべきか。その一点に思考が集約する。
(そうだ。……よくわからないけど、)
響は女の子の手を引く。
(確かなのは……、私がこの子を助けなきゃいけないってことだよね)
気づけば、胸の奥から浮かんだ歌をヘッドギアから流れる曲に乗せて、紡いでいた。
──絶対に離さない♪ この繋いだ手は♪
響は女の子を護るように、そっと抱き寄せた。
にじり寄るノイズから逃れんと腰を落とし──
《
──光の柱が落ちた。
「へ?」
激しく消魂しい雷鳴をあげる光の柱、その中で奔流する稲妻の嵐に呑まれたノイズは次々と霧散、消滅していく。
「これ、って…………」
目の前の現象に理解できずに呆然としていると、光の柱は次第に細くなり、消える。そして、その中心と思しき場所には紫電を帯びた一本の槍が刺さっていた。
「大丈夫か、響」
その言葉と共に、槍のもとに降り立った青年は今だ紫電を奔らせる槍を引き抜いた。
「まだノイズはいる。そこで大人しくしててくれ」
「えっと、」
背を向けたまま告げる青年に戸惑う響。
しかし、その声には確かに聞き覚えがあった。
「湊人、さん……?」
「……まぁ、話は後だな」
青年、小日向湊人はそれだけ言って、跳び発った。
「ありがとう」
湊人は湧き上がる葛藤と苛立ちを雷に乗せてノイズに文字通り当たり散らしていた。
「ハァッ!!」
正直に言えば、響に言いたいことは沢山あった。それこそ語りに余るほどに。
しかし、先ほどの短いやりとりの中で、湊人は響に言うべき言葉が見つからなかった。あったはずの言葉が出てこなかった。
それもこれも、響が『ガングニール』の聖詠を歌ってしまったからだろう。
湊人もまた、混乱していたのだ。
立花響は、愛すべき妹と同等に自分が護るべき日常の象徴であった。元より人助けを性分とする湊人が成長して尚、その理念を曲げずに彼女たちのヒーローでいられたのも彼女たちの笑顔があったからだ。
帰るべき日常に、その笑顔があるからこそ、小日向湊人は戦えたのだ。
それが壊れた。
立花響が、その日常から外れてしまった。
〝あの歌〟は湊人にとってそんな残酷な宣告に聞こえた。
彼女ももう〝こちら側〟に招かれてしまったのだ。
巫山戯るな。
「響ィッ!」
見れば、一体の小型ノイズが響に迫っていた。
「右手を思いっきり振り抜けえッ!!」
怯みながらも、響はその言葉に従って、迫るノイズに拳を当てた。
そのままノイズは打撃を受けた部位から一気に炭となって消えた。響が倒したのだ。倒してしまったのだ。
ノイズを倒せる力を手に入れてしまったのだ。
その確固たる事実が、湊人をさらに苛立たせた。
「巫山戯るなあぁアッ!!」
《
最後の小型ノイズの群れに、『ガエボルガ』を放った。
瞬く間に、群れは消し炭となった。
残るは二体の大型ノイズ。巨人型と獣型。
湊人は迷わず巨人型のノイズに向かって跳び発ち、
《
《天ノ逆鱗》
獣型のノイズを翼が上空より『天羽々斬』の大剣をもって、双方同時に穿った。
「遅えぞ。侍ガール」
「この程度の有象無象……貴方一人で片が付くと思ったのだけれど。鈍っているの?」
「せっかく見せ場を作ってやったってのに」
「要らない世話よ」
少し、気が晴れた。
「あったかいもの、どうぞ」
「はぁ、あったかいもの、どうも」
事態は収束し、機密保持からノイズ出現地帯が隔離された中で出動した特異災害対策機動部の部隊が各々事後処理に当たっていた。
そんな光景を眺めながら、響は特異災害対策機動部二課所属、
「フゥ……──ッ!? おわっとッ」
「っと」
口にしたココアによって身体中に沁み渡る温もりにようやく無意識に張り続けていた緊張の糸が切れると同時に、これまで纏っていた装束が粒子と消えてリディアンの制服姿に戻る。その際に靴底の高低差からバランスを崩した響が後ろに倒れこもうとするが、その前に受け止める者がいた。
「相変わらず抜けてるな。お前は」
「み、湊人さんッ」
「久しぶり、だな」
「は、はい」
「……」
「……」
互いに言葉が続かずに沈黙する二人。それに助け舟を出すようにあおいが咳払いを一つ。
「コホン」
「「ッ!」」
ビクリと身体を震わす響に、驚きながらもその身体をそっと離す湊人。
「湊人くん。もしかして知ってる子?」
「ええ。まぁ、幼馴染というやつです」
「そうなの?」
驚くあおいに、苦笑しながら湊人は背後に近づく気配に振り返る。
「相変わらず元気そうで安心したよ、翼」
「当然よ。防人たる私が剣を持てぬなどと腑抜けた言葉を吐くことは許されないのだから」
「ああ、本当に相変わらずだ」
そこに立つのは響と同じ私立リディアン音楽院の制服に身を包む長身長髪の美少女。
毅然と、そして憮然と腕を組みながらこちらを睨むように立つ少女には年相応の愛らしさはなく、女性というより男性としての凛々しさを持った戦場に立つ一人の戦士としての気概があった。
これでどうしてアイドル的な人気を誇るトップアーティストとなれたのかは疑問だが。まだカリスマ的な人気と言われた方が湊人としては納得できた。
「あの〜、私はもう帰ってもよろしいのでしょうか?」
恐る恐る、と手を挙げる響に視線が集まる。
「悪いが響、そういうわけにはいかんのよ」
「え」
「貴女をこのまま帰らせるわけにはいきません」
「ええ?」
「貴女にはこれから私たちに同行してもらうわ」
「えええ?」
「そういうわけですので、すみませんね」
音もなく戸惑う響の横に現れた黒服の青年、
「そんなぁあああぁーーーーッ!!!」
「あの〜、ここっていつも先生たちがいる中央棟ですよね?」
緒川の運転する車両にて連行された場所は、響と翼が昼間まで勉学に謹んでいた学舎、私立リディアン音楽院、その校舎の中央に位置する理事長室や校長室、職員室といった主に教師陣が使用する中央棟。
そこに連れて行かれた響の疑問は最もたるものだろう。
何故、自分は国家組織に捕まり、よりにもよって自分が通う学校に連行されているのか。
「着いてから説明した方が色々と早い」
それっきり湊人もどこか困ったように笑って説明を止めた。
そのまま響は終始、困惑を隠せずにいるとエレベーターに乗り込む。
翼と緒川が四方に備えられた縦型の手摺に掴まり、湊人も片手で手摺を握りながら響の手錠を嵌められた手を取って手摺を握らせる。
「響、そこしっかり握っとけ」
「え、あ、はい……」
言われるがままに強く握るのを見た緒川が階数が示された基盤の横にカードを通す。カードを読み込む電子音が鳴ると、エレベーターは重力に引かれるように降下──否、落下した。
「のわああああぁぁぁああぁぁぁぁあッ!!?」
ほぼ自由落下に近い降下を始めたエレベーター内にて身体が浮きかけてその慣れない感覚に悲鳴をあげる響。
「…………」
しかし、それに反して慣れたように微動だにしない周囲の反応から居心地の悪さを感じた響はそれを誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。
「……あははぁ」
「愛想笑いは不要よ」
そんななけなしの努力を翼は容赦なく斬り捨てる。
「これから向かうところに、微笑みなど必要ないのだから」
翼のその言葉に、思うところがある湊人であったが、どうせ着けば
エレベーター内から覗けるシャフトの内装壁には一目で古代文明のものと思われる壁画が描かれており、考古学者でもある設計者の趣味趣向が伺える。湊人が始めてこのエレベーターに乗り、地中深くに伸びる構造を理解した時、この建造物を内心でこう評した。
『まるで、天に対し逆立つ塔……だな』と。
まず始めに耳に届いたのは軽い破裂音だった。
そして、
「ようこそッ! 人類最後の希望の砦【特異災害対策機動部二課】へッ!!」
本部に入って早々、クラッカーの歓迎と共に先陣切って出迎えるは組織の司令たる風鳴弦十郎。実に清々しい笑顔であり、その体躯に見合わぬパーティハットとステッキが見事にシュールな光景を彼らは目の当たりにした。
(あぁ……僕が始めてここに来た時も似たようなことがあったな)
あの時は奏も翼も僕と同様に鳩が豆鉄砲を食ったような顔してたなぁ──と湊人がかつての想い出を回想しながら隣に立つかつてとは異なる呆れた面持ちの翼に笑いかけた。
「確かに、微笑み程度は必要なかったな」
「それは嫌味のつもりかッ!?」
それは言いがかりである。
「……お前、今くらいはもう少し肩の力抜けよ」
「防人たる者、何時如何なる時も戦場に立つ心構えを持つのは当然のこと。むしろ貴方が先の戦いから気を緩み過ぎではなくて?」
「メリハリをつけてると言ってくれ。──あの人たちの様にな」
そう言って湊人が指差した先には、司令を始めとした組織の職員のほとんどがこの妙に仰々しく(政府組織のくせに)チープな『熱烈☆歓迎! 立花響さま☆ ようこそ2課へ』パーティに和気藹々と参加している光景。各々料理に手を伸ばしながら同僚と談笑したり主役たる響の戸惑う姿を微笑ましく見守る彼らは皆、数刻前までノイズと戦う湊人と翼のサポートや民間人の救助避難、情報の伝達・操作等の自身の役割、為すべきことに全力を尽くしていた。
そんな彼らが今ではここまで和やかな空気を作り出しているのは実に見習うべきことだと湊人は考えている。
「音楽と一緒で、適度な緩急が大事だぜ」
「私とて休養くらいとっているッ!」
むしろそれくらいはしてもらわないと困るわけだが。
「二人とも、ご苦労だったな」
弦十郎が二つの紙コップを手に、──一方的にだが──やや険悪な雰囲気を醸し出していた二人を労う。
「ありがとうございます。司令」
「お気遣い感謝します。司令」
二人はほぼ同時に礼を返し、感謝を述べながらそれぞれ弦十郎の手から紙コップをやはりほぼ同時に受け取った。
それを嬉しく思った弦十郎が「流石の呼吸だ」と朗らかに笑う。
「ッ! 叔父様、これは──!」
「そう照れるな」
「照れてなどいませんッ! ──失礼します!」
弦十郎のからかいに頰を朱に染めながら翼はその場を立ち去る。──去り際に湊人を一睨みすることを忘れずに。
「……余計な事をしたか?」
「いえ。ありがとうございます」
「礼などいらんさ。お前たちには、かつてのように笑い合ってほしいからな」
「ま、気長にやりますよ。……嫌われてるわけでもありませんし」
湊人は遠く小さくなった翼の背を眺めながら柔らかく微笑む。
彼女はそう簡単に人を嫌いにはならない。何故なら風鳴翼は防人だからだ。その手の刃が届く幾千幾万の無辜なる民を守ると誓った防人が、人を嫌いになれるわけがない。
それは元々の純粋な心優しい少女としての根と、真面目すぎる性分からでもあるが。
「……ただ、赦せないだけなんですよ」
〝あの日〟、唯一無二の親友の危機に何も出来ずに見殺しにしてしまった不甲斐ない自分自身を。そして、それを棚上げに
「きっと、あいつが自分を赦す日は来ないでしょう」
それでも、今の自責の念に縛られた風鳴翼を救いたいと思うのは間違いではない。それは絶対に絶対だと湊人は確信している。
「奏も、今の翼を見たくはないでしょうから。
──きっと、張っ倒してビンタでも喰らわせてでも翼を立ち直らせますよ……あいつなら。それで最後には抱きしめるんです」
「ハハハッ、そうかもしれんなッ!」
湊人の言葉を容易に想像できたのか、弦十郎は愉快げに笑った。
「それでは、このできる女と評判の天才考古学者たる櫻井了子が説明しちゃうわ♪」
あれから一時間ほどの時間でお開きとなったパーティの片付けを参加した職員のほとんどに任せた中、隣室のミーティングルームにてソファに畏まって座る響に対して、此度の件に関わる説明を行おうと組織の研究員にして実質的にNo.2の立場にいる櫻井了子を筆頭に司令の弦十郎と件の現場にて彼女に機密を曝した湊人と翼が対面に立っていた。
「とりあえず色々と聞きたいことはあるでしょうから〜、響ちゃん質問どうぞ♪」
「は、はい! その、教えてください。アレは、なんなんですか?」
「それは、響ちゃんの身に起こったあの装束についてでいいのかしら?」
「はい。アレは一体……」
「そうねー……アレについて説明するにはまず──」
「響君。君は『聖遺物』という言葉に聞き覚えはあるか?」
繋いだ弦十郎の言葉に、響は一切の迷いを見せずに答える。
「いえ。まったくありません!」
「そ、そうか」
「あー、司令。響にその辺のマニアックな知識は皆無と思ってください。一般教養も怪しいので」
「それはひどいです湊人さんッ!」
とはいえ、小学校から響の残念な成績は知っているし、今でも妹との会話のネタにちょくちょく挙げられているため、湊人は響の異議ありげな眼差しを無視する。
「一般的に知られる聖遺物ってのは、まぁキリストを始めとした聖人に縁のある代物を指すんだが、それらの神秘性に由来して現代に破損・劣化しながらも遺された神話や伝承、歴史に登場した現代では再現不可能とされる
わかりやすく言えば、日本でも『三種の神器』と呼ばれるものがそれに含まれる。ま、流石にアレの真贋は確かめようがないらしいが、他にもあの須佐之男命が使ったとされる剣の欠片が発見されている」
「それは知っています!『草薙の剣』ってやつですねッ!」
先ほどの汚名返上と言わんばかりの見事なドヤ顔をさらす響に、湊人は残念そうに首を振った。それは汚名挽回だと。
「言うと思ったが、外れ。大体それは最初に挙げた『三種の神器』の一つだ。
正解は『天羽々斬』。──その欠片がそこにいる翼が使うシンフォギアの触媒になっている」
「シンフォギア?」
「そう。それがお前の歌で纏ってみせたノイズに唯一対抗し得る『絶対たる力』の名前だ」
湊人はそこで説明を区切ると、シンフォギアの説明を適任者たる弦十郎と了子に委ねた。
「我々は異端技術たる『聖遺物』の力を対ノイズ兵器として活用できないかと検証を始め──」
「ついにこの天才考古学者、櫻井了子が『櫻井理論』のもとで形にしたのが『シンフォギア・システム』ッ!
特殊な波動振幅、つまり歌によって眠っていた『聖遺物』の力を呼び醒まし、鎧の形で装者に定着させるのがシンフォギアよ」
普段は翼ちゃんの首にかけられているペンダントの形をしているけどね──と、了子は翼の胸元を指差す。それに釣られて響が視線を向けられると翼は不承不承ながらもペンダントの本体たる赤い結晶に繋がれた鎖を摘み上げた。
しかし、そこで彼女に新たな疑問が生まれる。もしも先ほどの姿が『聖遺物』の力によるものであり、シンフォギアと呼ばれるペンダントから生まれるのだとしたら。
「でも私、ペンダントとか、そんなすごいものを持ってません」
「うむ」
その疑問は当然、この場にいる皆が抱いている問題である。何よりも響は知らないが、その肝心の聖遺物がかつて天羽奏がシンフォギアとして纏った『ガングニール』かもしれないのだから。
「そ・れ・を、今から調べるためにはー♪」
了子はステップすら踏みかねないほどに意気揚々と響に近づき、その頰に官能的な仕草でねっとりと手を添えた。
「とりあえず脱いで貰おうかしら♫」
「グスン、もうお嫁に行けません。湊人さん責任取ってください」
「なんか色んな意味で冗談に聞こえないんだけど」
了子による最先端の医療機器でのわずか数十分の精密検査を終えた響は湊人の付き添いを伴って学生寮への帰路に着いていた。
響が二課の本部基地に連行された時には完全に太陽が沈んでいた空は今や月に照らされた星々の輝きを散りばめている。すでに時刻は二十二時に回ろうとしており、寮の門限は悠に過ぎているのだが二課の手回しによって特異災害機動部の保護下にあったと管理室に連絡は済ませているとのことだ。
それでも夜間の女の子の一人歩きは危険、という建前すら置かずに響を送ることにした湊人には彼女に言いたいことがあった。
無論、本部を出る際に向けられた大人たちの生温かい視線の真意とは異なる理由でだ。
(大体、響は僕にとって幼なじみ以上にもう一人の妹のような存在なわけで)
そもそも最後に直接会ったのも響がまだ中学校に入学する前である。どうしてそんな女の子に当時高校生であった彼がそのような感情を向けられるだろうか。良い意味でも悪い意味でも当時の彼女はまだ子供であったのだから。
「でも、びっくりしました」
それまで冗談混じりの会話で誤魔化しながら湊人の隣をぎこちなく歩いていた響がこれまたぎこちない笑みを浮かべた。
「まさか目の前のノイズがドカーンといなくなったと思ったら湊人さんが飛んできた時は夢でも見てるのかと思いましたよ。まさにヒーローの登場ッ! ──って感じで」
そう言って笑った響ははっと何かを思い出してからすぐに湊人の方に振り返り、勢いよく頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございましたッ!」
それから頭を上げると今度ははにかんだ笑顔を向けた。
「たはは、なんかお礼を言うタイミングがなかったもので」
「礼なんて、いらないよ」
湊人は思う。
(ああ、本当にこいつは……)
変わらない。彼女の笑顔はいつだって。
初めて会った時の泥だらけの笑顔。
新しい、楽しいことを見つけた時の向日葵のような笑顔。
都合が悪い時の誤魔化したように浮かべる困ったような笑顔。
悲しく泣きたい時の涙を隠した曇った笑顔。
未来と喧嘩し、仲直りした時のくしゃくしゃの笑顔。
そして、英国に行く自分との別れを惜しみながらもその成功を祈り、確信して送ってくれた時の滲むような笑顔。
いつだって立花響は笑顔でいた。
たとえ心がどんな空模様であっても決してその輝きそのものは色褪せない太陽のように。
「ありがとう」
変わらない彼女の笑顔があればそれでいい。
「生きていてくれて」
小日向湊人はそれだけで槍を振るえるのだから。
◇◆◇◆◇◆
一週間後。
湊人は話題の『日本の若き天才指揮者』として朝のニュース番組の二度の生放送出演から昼過ぎに始まったクイズ番組の撮影とほぼ一日をテレビ局で過ごす初めての経験に今までの講義や講演、演奏、修行からくるものとは違う疲労感に参り、撮影を終えての楽屋に着いて早々に黒の背広姿からジャケットを脱いでネクタイを緩めながら畳の床に倒れ込んだ。
「あ〜……疲れた……」
ある程度の疲れは予想し、覚悟していた湊人であったが物の見事に予想以上の緊張感をもって挑むこととなったテレビ出演は当然のように彼の体力と気力を根こそぎ奪っていった。
テレビで馴染みのあると同時に縁遠い存在としていたタレントに囲まれた中での不慣れな撮影は、大観衆を背に名門劇団のオーケストラと紡ぐ大演奏会に感じるプレッシャーとはまた違う重圧が身体を縛ったのだ。
(しばらくテレビ出演は断わろ)
湊人は少なくともスタジオでの撮影は今後絶対に控えようと心に誓った。
「大変よ湊人君ッ!」
そんな貸主が力なく横たわる楽屋に慌ただしくドアを開けて入ってきたのは、テレビ出演にあたっての湊人のマネージャー業を買って出たあおいであった。その姿はいつも通り本部でも見るスーツ姿であるが、その慌てぶりも見慣れたものであり、容易く事態が読み取れた。
「って、どうしたの湊人君!?」
「いえ、ただ休んでいただけです。それより……ノイズ、ですか?」
あおいに事態の確認をしながら見事な身体運びで流れるように力強く立ち上がった湊人は、先ほどまでの休息モードからスイッチを切り替えるようにしっかりとネクタイを締め直した。
「え、ええ。場所はここから西、郊外すぐの首都高周辺。すでに民間人への避難勧告は出されて一課は出動済みよ」
「翼は?」
「勿論、彼女にも出撃要請を出してすぐに出てもらったわ。……ただ?」
「ただ?」
急に口ごもるあおいに、湊人は首を傾げた。
「どうやら先週の精密検査の報告を本部で受けていた立花さんも翼さんを追って出て行ったみたい」
「な……ッ!?」
その報告に湊人は絶句するしかなかった。
勿論、響ならその正義感からそういう行動に出ることは簡単に想像できる故にその行動そのものに驚きはない。しかし、その間の悪さには先の事件も相まって運命を呪うしかなかった。
よりにもよって彼女が本部がいる時に──しかも間違いなく一週間前より自身に目醒めた力を理解し、自覚したであろう時にノイズの発生など、まるで彼女に戦えと言っているようなものではないか。
その考えがトリガーとなったか、湊人は動いた。
「なら急ぎましょう。あおいさんッ!」
「わかったわ。すでに槍を積んだ車は待機させてあります。それで人目のないところまで運びますから」
「あとは一人でブッ飛んで行きますッ!」
湊人がノイズ発生の報告を受けた二十分後。
先駆けた翼の剣技によって現れたノイズの大半はすでに討伐されていた。
残された小型のノイズの群れはその危機感からか一つの集合体に集結していく。
その姿は集まった手足の生えたオタマジャクシのようなノイズをそのまま巨大化させて緑葉のような背ビレを生やしたものであった。
一軒家すら呑み込まんとする巨体から繰り出される不快な咆哮に臆する事なく翼はアームドギアたる刀剣を構える。
──去りなさい! 夢想に猛る炎♪
歌を力に換えて、振りかざす刃に雷鳴が帯びる。
集合型は六枚の背ビレを一斉に分離させてブーメランのように回転させながら翼を襲う。
翼は迫りくる六刃を宙空で身体を捻りながら躱すと同時に両脚から逆反りの刃を伸ばし、躱す際の旋回運動を利用してその全てを斬り刻んだ。
そして、背にした本体を斬らんとアームドギアの形状を細く鋭い太刀から重質な片刃の大剣に変形させると、振り向きざまに──
「たああぁぁぁぁあッ!」
一閃──しようとして、闖入者が割って入る。
「くっ……」
遅れてきた闖入者、立花響の飛び蹴りによって集合型が間合いから外れる。いや、まだ間合いの内ではあったが攻撃のリズムが崩された。
そのことに顔を歪めながらも最後の一撃を放たんと剣を構え直し、一刀。
《蒼ノ一閃》
兜割りが如く振り下ろされた刃から放たれた雷の刃は見事に集合型を両断してみせた。
「翼さーん!」
自身の一撃で爆散するノイズを見届ける背に、煩わしく思う声が届く。
「私、戦いますッ!」
そんな翼の心情など測れるわけでもなく、響は宣言する。
「今は足手まといかもしれませんが、一生懸命頑張ります!」
それは紛れもない響の決意。
自分に戦う力があると、誰かの力になれる、誰かを守れる力があると知った彼女が幼き日より積み重ねてきた『人助け』という信条に従って決めたこと。
「だから、私と一緒に戦ってくださいッ!」
しかし、
「……そうね」
そんなことは当然、翼も知らない。
立花響の信条も信念も、彼女にとってはどうでもいいことであった。
故にその呼び声は、ただの不快な囀りにしかならない。
「貴女と、私……戦いましょうか?」
そう微笑みながら振り返ると、翼は響に己の意思を体現するようにアームドギアを突きつけた。
それは紛れもない拒絶。
「ほえ……?」
響は、その言葉の意味をわずかながらに理解する。
自分の言葉が伝わっていないのだと。
だがしかし、
「わかっているわ。そんなこと」
「だったらどうして……」
「私が貴女と戦いたいからよ」
それもまた風鳴翼の本音。
共に刃を交え、確かめたいのだ。
立花響の決意を、その重さを、覚悟を。
そうしなければ、
「私は貴女を受け入れられない。力を合わせ、貴女と共に戦うことなど、風鳴翼が赦せるはずがないッ!」
だからこそ、
「貴女もアームドギアを構えなさい。それは、常在戦場の意志の体現。
貴女が、何物をも貫き徹す無双の一振り『ガングニール』を纏うのであれば……胸の覚悟を構えてご覧なさいッ!」
「また随分な無茶を言いやがる」
「ッ!?」
弾ける閃光と雷鳴と共に、小日向湊人は二人の前に姿を現した。
「湊人……ッ」
「湊人さん……」
「邪魔をするな、湊人。これは私と彼女の問題。貴方は退がっていなさい」
言うや、響に突きつけていた剣を湊人に向ける。
そんな同僚に、湊人はため息を漏らした。
「なんとなく事情は察してる。お前らとの付き合いは短くないからな」
「ならば」
「それでも、今のお前の要求はあまりにも理不尽が過ぎるぞ。シンフォギアについてはお前らの経験を聞いただけの知識だが、アームドギアがたった一週間……ましてや二回目の
「ぐ……ッ!」
悔しげに、翼の顔がうつむく。突きつけられた切っ先が揺れる。
「なら……」
「?」
「貴方は許すというの? 彼女が……、まともな覚悟も持たずにのこのこと遊び半分で
翼の言葉に、湊人は先ほど移送される最中にあおいから聞かされた響の精密検査の結果を思い出す。
「……聞いたよ。響の胸のガングニールが、奏が纏っていたものだというのは」
「だったらッ!」
「響は、奏じゃないだろう?」
「──ッ!!」
翼の息が詰まる。
「あいつは奏じゃない。その生い立ちも性格も……当然、戦う理由も異なればその覚悟の重さも違う」
「……」
「あいつの『ガングニール』が、奏の纏っていたものだとしても……
「私は……ッ、そんなつもりは……ッ! ──そうだ。だからこそ、私は確かねばならないッ! 奏ではない彼女が、『ガングニール』を纏うに相応しい覚悟があるのかをッ!!」
「翼ッ!?」
湊人に背を向けるや、翼は後方に高く跳び立った。
──いざ往かん……心に満ちた決意♪ 真なる勇気胸に問いて♪
翼の身体が跳躍の頂点に達すると、右手のアームドギアを呆然と立ち尽くす響に向けて投擲した。翼の手から放たれた片刃の太刀は十メートルにも及ぶ両刃の大剣に姿を変えて、その石突に翼は飛び蹴りの要領で右足を押し当てる。さらに翼の両足から伸びた刃から発せられるエネルギーが推進力を生み、真っ直ぐに響目掛けて加速する。
それは風鳴翼が『天羽々斬』で放つ技の中でも最も破壊力を持ち、
《天ノ逆鱗》
大型ノイズに対して絶対の威力を誇る必殺技だ。
「こんの……」
飛来する大剣の前に、湊人は立つ。その声は、聞き分けのない子どもに憤るように震えている。
「頭でっかちがァアッ!!」
吼え叫ぶ湊人の心に応えるように、深く構えた《ガエボルガ》から周囲の大気を奮わせるほどの稲妻が迸る。それは槍を一回り巨大な武器の如く被う雷光の鎧となり、雷装された《ガエボルガ》はまさに槍となった雷そのもの。
《
(流石に当てはしねえが、その
迫り来る大剣と交差させる直前に、湊人は
「そこまでだッ!!」
大地からの衝撃に吹き飛ばされた。
次回予告
その身は剣とした戦士に涙はない。
しかし、少女の心は確かに脆く。
雑音に掻き消されいく日常に、異質の翅はもがき、調律の奏者は独奏を紡げど、雑音は絶えない。
#3.異音の交差路
交差する独奏に加わる異音。
その音色は新たな不協和音を奏でるか 。
◇◆◇◆◇◆
今回のワイルドアームズ6thシンフォギア
・ガングニール
WA3では味方のクライヴが使うスナイパーライフル型のARM「ガングニールHAG35」として、WA4では敵方が管理するイルズベイル監獄島の迎撃用ミサイルとして登場。
北欧神話で知られるグングニール(またはグングニル)をガングニールと呼ぶのは金子氏くらいである。だから堪らない。
・(そうだ。……よくわからないけど、)(確かなのは……、私がこの子を助けなきゃいけないってことだよね)
金子氏曰く、このセリフはWA2の主人公アシュレーがナイトブレイザーの力に目醒めた(自覚した)時のセリフ「でも、たったひとつわかること。それは──、僕は『戦える』ということだッ!」を意識して相対的にしたとのこと。
・
レイジハンマーはWA、2、Fに登場する雷を司る守護獣『雷鳴の牙』ヌァ・シャックスのFにおけるマテリアル(戦闘用アビリティ)名称である。
・「あったかいもの、どうぞ」「はぁ、あったかいもの、どうも」
WAシリーズ恒例のやり取り。恒例と言っても全作で行われてはいない。初出はWA2のヒロインであるリルカの「でねぇ、信じられないのは、ソレ、ご飯にザバーってかけちゃったのよ。〜」の直後のセリフ。
あの世界における『あったかいもの』と『ソレ』の正体は謎である。
・それは絶対に絶対だと湊人は確信している。
「ぜったいにぜったいです」はWAのヒロインであるセシリアの代表的なセリフ。一応2の世界観違う二人組も言ってるトカ。
ちなみにシンフォギアのアニメ版では二期に響が言っているが、漫画版の方が先に言っている。
・「それでは、このできる女と評判の天才考古学者たる櫻井了子が説明しちゃうわ♪」
できる女は34歳。元ネタはXFに登場するラブライナ(34)のセリフ。
二巻特典のサントラにも了子のテーマ曲が「できる女は34歳」に命名されている。
最早何も言うまい。
・天ノ逆鱗
どう見てもグラムザンバー・ネメシスです。本当にありがとうございました。
元ネタはWA5でヴォルスングが使用する技「G・ネメシス」。武器たる魔槍グラムザンバーを上空に投げてから自らも跳び、敵に向かって蹴り出すのだッ!
そのまんまである。翼さんは自分も突っ込んでいくけど。
防人は一味違います。
その他
・サザキ社のネイキッドタイプ『TSURUGI』
翼さんが作中に乗っていたバイクの一台がスズキ社のネイキッドタイプ『KATANA』ではないかという特定班からの報告からでっち上げた。