八千字でもうちょいで更新できると感想に返信しましたが、
結局あれからその倍書いて七話を終わらせることができました(血涙)
多分一話にここまで文字数使ったのは初めてかも。
過去の最高は一話四万字足らずを三分割にした一万三千字足らずでしたから。
イルズベイルタオルが地味にバスタオルには使いにくい横幅だったデス。
やはり首に巻いたり全裸の美少女を簀巻きにするのが正しい使い方のようだ。
雪音クリスは幼少の頃よりNGO団体に所属する両親のボランティア活動に同行して紛争地域を渡り歩いていた。
バイオリニストである父
その後は人買いを介して多くの戦災孤児と共に武装集団の労働力として数年間の奴隷生活を強いられることとなった。後に国連軍の介入をもって救助されるに至ったが数年間で受けた傷は決して癒えぬ痛みを少女の心に残していた。
そして、古き記憶しかなかった日本の地に帰ってもクリスの意識は未だバル・ベルデに置き去りも同然に縛られていた。
当然のように、それはどこからともなく耳に届く鳥の囀りや虫の鳴き声のように谺する発砲と耳を劈く爆撃の音に、乾いた薬莢と肉の弾ける音、雨上がりのように広がる血だまりと赤黒く吸い上げる渇いた砂、腐敗した穴だらけの人の山に唸る風に乗った異臭。その全てを白く清潔感溢れるホテルの綺麗なベッドの上で横になっても尚、クリスは五感をもって感じていた。
絶望の底に沈んだ屍人のような心を掬い上げたのは、その夜に当然のように部屋に入ってきた女の言葉であった。
──世界から争いを失くしたいとは思わないか?
初めこそその言葉を疑いもしたが、それを為す力を目にし、久しく感じていなかった人の温もりに触れてクリスは『フィーネ』と名乗る女について行くことを決めた。
そして、争いの火種となり得る力を持つ者すら文字通り叩き潰す力を求める中で、かつて両親が求めた理想との矛盾に気づき、その果てを知るからこそ否定した。
「
そう語るクリスの肩は、綯い交ぜになった感情によって奮えていた。
それは彼女が戦う決意を固める度に、トレスに溢した吐露。
聞いてしばらくはその言葉通りに受け止めていたトレスは、最近になって彼女の心が言葉とは裏腹にあるのではないかと思えるようになった。理由はわからない。けれど確かに彼女が語る時の表情に苦悶の色が見えるのだ。
しかし、だからと言って彼女にかける言葉をトレスは持ち合わせてはいない。
トレスには、フィーネに拾われるまでの記憶がない。自分が何者で、どこで生まれ育ち、どのような人々と繋がり生きてきたのかを知らない。
クリスが家族に向ける想いに対して、出てくる言葉がない。あっても、自分自身がその言葉に確信を持てない。
「大丈夫だ」
トレスはクリスの頭を髪を梳くように撫でた。
「きっと、いつか、必ず……」
その先はない。
ただ無責任に、この弱さを隠し通そうとする小さな女の子を安心させるしかなかった。
◇◆◇◆◇◆
未来の様子がおかしい。
そう言ったのは響と未来のクラスの友人三人組。
「いや今朝までは明らかにビッキーの方がおかしかったけど」
「確かお兄様からメールが着たということですが」
「実の兄からメール着ただけで恋する乙女状態ってアニメじゃないんだから」
三者三様で未来の様子を心配する。
そんな三人娘の心配をよそに、彼女の親友は言う。
「そうかな? 湊人さんのことになるといつもあんな感じだよ」
いつもかよ、とは誰がこぼしたか。とりあえず不要な心配だったと肩をすくめる三人。これまで未来に抱いていた優等生然とした生真面目な印象を崩しながら。
「しかしまあ、
「教室中大騒ぎでしたものね」
「実際言われてみると目元とかそっくりだしね」
尊敬する湊人の話題で盛り上がる仲良し三人組に響は嬉しい反面、苦笑を浮かべていた。
何故なら教室の後方から聞こえる──決して大きくない声量による──大好きな兄の話題に自分の席で静かに耳を傾ける親友の背が見えていたからだ。心なしか彼女のふんわりとした柔らかな髪から覗く耳が一回り大きく見えるのは気のせいだと思いたい。というか明らかにそわそわしている。
「というかビッキーも幼馴染みなら会ったことはあるんでしょ?」
そこで創世が密かに冷や汗を流す響に話を振る。
「ねね、どんな人? やっぱり未来に似て真面目な人? それとも未来とは逆に掃除とかできない私生活はだらしないような人だったり?」
「そんなことないよッ!!」
突然の拡声器を通したかのような声に三人娘だけでなく昼休みの昼食を教室で済ませようとしていたクラス数名もビクゥッと大きく肩を弾ませた。
その発生源たる少女は勢いよく席を立つと一直線に三人娘のもとに競歩選手並みの足取りで向かう。それを見て響は「あちゃー」と手で顔を覆った。
三人とも、覚悟してね──と心の中で合掌する響の前にて未来は三人娘を前に「いい? お兄ちゃんはね──」との言葉からそれはもう素敵なお兄ちゃん大好き講座が始まった。これを止める術はない。
普段も何かと深愛する兄について語る未来ではあったが、基本的にその相手が同じく兄を敬愛する響であるために互いにわかりきったことは省かれて語る言葉は少ない。しかし、その相手が兄を知らぬ者であるなら話は別なのだ。
昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響き、五時限目の授業を担当する教師が入室するまで自身の兄の素晴らしさを主観を盛大に盛り込んだ三倍増しにして語った未来の姿は若干の物足りなさを見せながらもとても輝いていたが、対する三人娘はどんよりとその将来豊かな穢れないはずの瞳を濁らせていた。
彼女たちは誓った。今後、未来が近くにいる場で小日向湊人の話題を出すのは控えようと。
そんな音楽院の小さな悲劇の一抹を生み出した元凶たる湊人は昼下がりの首都中央病院の中庭の芝生にてのんびり日光浴と洒落込んでいた。
「何をしているの?」
「見てわからないか?」
風鳴翼はリハビリを終えて受けた来客の報せから中庭で見つけた湊人の姿に呆れていた。
本当に暢気なことだ。
「見舞いに行ったらお前、検査のあとにリハビリだって言うから暇を持て余してたんだ。ああ、でもさっきまではここで入院してるお爺さんと話してたよ」
「貴方は本当に……相変わらずなのね」
「そういう翼は、少しは余裕が出てきたみたいじゃないか」
「そうかもしれない」
湊人はかつてのように優しく微笑む彼女を見て自然と両の頬が吊り上がった。
そのまま視線を再び雲がなだらかに流れる青空に向ける。その色合いは今の心情を再現するかのようにスッキリとしたものだった。
それに釣られて、翼もまた顔を上げた。
「奏がいた時、よくこうして三人で空を見上げたよな」
「そうだね。湊人の口笛に合わせて歌ったりもしたっけ」
「あれはいきなり翼が鼻歌なんて始めたのがきっかけじゃなかったか?」
「もうっ、そういう意地悪は奏のせい?」
「そうかもしれない」
二人してひとしきり笑う。本当に奏がいた時のように、友と語り合う楽しみを素直に感じていた。
流石にまだ入院患者である翼を立たせておくわけにもいかず、近くの木製ベンチに並んで腰掛ける。
「色々あったな」
「うん。でもまだ、終わりじゃない」
「ああ。僕たちの始まりに、決着をつけないとな」
ネフシュタンの鎧の暴走に、ノイズの発生とエッケザックスの青年の強襲……そして、天羽奏の死。
二人の関係はそこから崩れてしまった。自身の無力に嘆き悲しみ怒り悔やんだ。申し訳の言葉はなく、一度向けてしまった背にただ一人が恨みまた悔やみ、ただ一人が悔やみ憾んだ。
「湊人」
翼が、先程とは打って変わった面持ちで俯き、その小さな口を重々しく開いた。
「私は湊人に謝らなければいけない。──自らの過ちから目を背向けたばかりか……行き所を失った怒りをよりにもよって、同じ懺悔の生き地獄にいた貴方に振り抜いてしまった……ッ!」
「……」
「ずっと後悔していた。望むならば同じように私も心ない罵倒を受けるべきであったのに……貴方はただ受け入れ、傷ついた。私が、傷つけてしまった」
それが堪らなく哀しくて虚しくて、これ以上傷つけたくなかったから遠ざけた。その身も心も冷たき剣の刃となって。だけれど、彼は躊躇うことなく近づき触れて、また傷ついた。
「赦して欲しいなどとは言わぬ。私は蔑まれて当然の振る舞いをしてきたのだ」
そして自らを蔑むように、翼は儚げに笑みを溢した。
「だけど────
ビシィイッ!!!
────あいたァッ!?」
翼の額が弾けた。
湊人の放った黄金の右、伝家の宝刀、古のファイナルアーツ──デコピンによって。
「何するのッ⁉︎」
ジーンと響く頭を抑えながら慣れない痛みに涙を滲ませた瞳で湊人を睨む。そんな翼の鋭い視線に、湊人は呆れて鈍った視線を重ねた。
「お前はバカか? いや馬鹿だな莫迦ですね」
「え──ちょっ、やめ痛──っ、いたいちょっとやめ、やっ──」
とにかく執拗にデコピン攻撃を繰り返す湊人に翼は困惑するも見事に防御をかわして的確に額を捉えるその技量に感心し────
「痛いわァッ!!」
「ぐふぉ──っ⁉︎」
やはり痛いものは痛い。痛みと共に蓄積された鬱憤が手刀となって湊人のがら空きの右脇腹に薙ぎ放たれた。
見事に脇腹から内蔵にダメージが浸透したことで湊人はベンチから崩れ落ちて激痛に悶えた。
「あまりに巫山戯が過ぎるぞ!」
「……すみません。調子に乗りました……」
「全く……」
人が真面目に謝罪しているというのにあまりの仕打ちだ。これでは湊人の言う通りこちらが莫迦みたいではないかと翼がため息を溢すと、湊人は引きつっていた頬を綻ばせた。
「それでいいんだよ」
「え?」
「今更そんなことで後ろめたくなる必要はないんだよ。今までのように容赦なく突っ込んだっていいし。前のように遠慮なく頼ってきてもいいんだぞ」
「べ、別に前だって遠慮がなかったわけじゃ」
「言葉の綾だ。気にするな」
湊人は微笑いながら立ち上がると衣服についた砂埃を落とした。
「とにかく、僕たちの間にそんなものは必要ないってことさ。僕たちが戦場で築いてきた絆に、入り込む余地なんてあるもんか」
それは何故か。決まっている。
「だって、僕たちは仲間だろ?」
それはなんとも単純に、深い感情など微塵も見せない子供のような笑顔で、湊人は親指を立ててみせた。
それを見て、翼は思い出した。
かつて、まだ奏と三人で戦場を駆け抜けていた時、自らの失態で二人に面倒をかけてしまったために誠心誠意頭を下げたことがあった。
二人はそんな自分に呆れた風に、困ったように笑って、奏はそのまま切腹でもしそうだなーとからかいながら乱暴に頭を撫でてきて、湊人は気にするなと手を差し伸べてきて、今と同じように屈託のない笑顔で言ったのだ。
あの時はそれでも莫迦みたいに頭を下げ続けていたが、今ならこの笑顔にどう答えれば良いかなんとなくわかる気がした。
だから、
「無論だ」
この胸に込み上がる感情のままに、翼は笑った。
未来は放課後のHRを終えるや脱兎の勢いとすら錯覚する速足で教室を、校舎を、校内を抜け出した。校門を抜け出す時には元陸上部として鍛え上げられた脚力を遺憾なく発揮するフォームで駆け抜けていた。
その姿を見た同校陸上部顧問が翌日に次期エースとして彼女に勧誘の話を持ちかけるのは至極当然のことだったのかもしれない。
そして辿り着くは、予め昼休みに待ち合わせを決めていた学院近場の自然公園入口。
軽く乱れた息を整えて時刻を確認すると指定の時間まであと三十分もあった。少し急ぎすぎたかもしれないが、これくらい時間の余裕を持たせるのが淑女の嗜みというものだろう。待ち時間もデートの内と誰かも言っていた。
それから入口近くの園内案内板の前にて待つこと四十分。
待ち人は未だ来ず、どうしたものかと思案していると一通のメールが届く。
差出人は件の待ち人であり、そこには簡潔に『悪い。ひったくりを警察に突き出してた。今から行く』と何とも想像に難くない内容が書かれていた。
「まったく……可愛い妹との待ち合わせよりも人助けを優先するなんて」
本当に困ったお兄ちゃんだと、未来は変わらぬ兄の行動理念に言葉とは裏腹に嬉しげに微笑むのであった。
(最近の響は少し変わってしまったけれど、お兄ちゃんは相変わらずで安心した)
思い返すは、時折そのまま自分のもとを離れていってしまうのではないかと不安になる響の不審な行動の数々。今回は自分から湊人との時間を作ってしまったが、やはり今日も
だからこそ、余計に久しぶりに会う兄の変わらぬ様子を嬉しく思うのだ。
(お兄ちゃんは、隠し事なんてしない。だって────)
そう約束したのだから。
それは何気ない日々の中のことではあった。
何てことはない出来事のことではあった。
当たり前のようなやり取りの中のことではあった。
それでも、そう約束してから小日向湊人が未来に隠し事をしたことはない。少なくとも、未来が知りたいことは教えてくれた。その信頼を裏切ったことはない。
(お兄ちゃんがロンドンに行ってからはあまり連絡できなくなったけど)
そもそもメールというものが苦手らしい湊人の文面は基本的に簡素であるし、毎日のようにメールを送る未来とは対照にメールに対して億劫であり時間を置いて一つのメールにまとめて送ってくるのだ。
それこそ数日後に、酷ければ一カ月後にだ。
無論、この酷い一カ月が湊人の命がけの山籠もり期間であったりするのだが、未来が知る由もない。余談だが、湊人が未来にメールを返せない理由の大半は電波の届かない山奥に隠居する湊人の戦いの師である老人との修行によるものである。
とりあえずは響のことを相談しようと間近に迫った久しぶりの湊人との時間の予定を整理しているとそれは起きた。
「これって──ッ!?」
それがノイズの出現警報であると理解すると同時に、未来は駆け出した。
湊人は再三に渡るであろう未来への言い訳をどうしたものかと考えながら、その元凶の前に立ちはだかった。
正確には、向こうからやってきたのが正しい上にすでに包囲されている以上、立ちはだかるなどと偉そうなことは言えないのだが。
しかし、さらに包囲するものを率いて現れた青年のみに限定して言えば間違いでもないだろう。
「とりあえず、どうあっても僕は君を好きになれそうにないかな。というかどうしてくれるのさ」
「何の話か知らんが……別段、お前に友好的になってもらおうなどとは露とも考えてはいないさ」
湊人の個人的な物言いにノイズと共に現れた青年、トレスはくだらないと鼻を鳴らした。
「所詮は敵だ。あの日から、特にお前にとっては覆ようのない事実だろう」
「いや、とっとと拘束させてもらえるなら改善の余地はあると思うな。もちろん、痛い目もみてもらうけど」
「やはり覆ることはなさそうだな」
トレスは肩に掛けていた持ち手の長い金装飾の大剣『エッケザックス』を構える。どこかそこに緩慢な様子を見せながら。
「さて、今回の仕事は別にお前を倒すことではないが……いや前回もそうだったが、もう完全に興味はないらしい」
「何の話だ?」
「つまり、殺しても構わんということだが」
ため息混じりのさりげない死刑宣告が溢れた瞬間、トレスの足元が爆ぜた。
一足の内に湊人を間合いに収めたトレスは身の丈ほどの『エッケザックス』を軽々と薙いだ。
「いきなりだな──ッ!」
湊人は命刈り取る横一閃を跳び越えると空中で身体を前転させてその勢いを利用してトレスの頭蓋目掛けて踵を落とす。
トレスは真横に伸ばした腕を引き、頭上に持ってきた柄頭で湊人の一撃を防ぐ。
湊人は蹴撃を防いだ柄頭を足場にトレスの真後ろに跳んだ。
「変身」
着地と共に湊人の身体は眩い光の粒子に包まれる。
一瞬の閃光が晴れると、緋味がかった紫金属の鎧装束に身を包んだ湊人がそこに立っていた。
さらにベルトに施された通信機能から同じくおそらく例の少女から襲撃を受けたらしい響から『民間人の保護要請』が二課本部に呼びかけられたのが聞こえた。
それを聞いて、この付近で待ち合わせていたはずの未来は無事避難できたか心配しながらも倒すべき敵と対峙する。
「相変わらずその姿にどんな意味があるかは知らんが、やる気は結構なことだ」
「話をする気があるのかないのかどっちかにしてくれないかなッ!」
急くように、今度は湊人から仕掛ける。
疾風迅雷──と称するに相応しい一撃は、されど完全聖遺物たる大剣の峰に受け止められる。
しかし湊人の攻撃はこれで終わらない。素速い身のこなしで縦横無尽に、トレスの周囲を付かず離れずの動きでもって二撃三撃、五撃十撃を叩き込む。
全方位から襲い来る掌拳肘打蹴撃の嵐を、トレスは冷静に受け止めていく。
が、
「──チッ!」
軽々と扱いながらもやはり超重量の武器では湊人の身軽な体術を全て捌き切ることは敵わず、内四打をその身にもらう。それでもその全てを狙われた急所から外しているのは彼の鍛え抜かれた身体能力とセンス、経験を窺わせる。
「そんな姑息手でッ!!」
「っ!?」
動作と動作の間、目紛しい動きの繋ぎ目となるわずかな隙を見事に捉えたトレスの当て身が湊人を襲う。
湊人は咄嗟に腕を交差した受け身でその蹴りを防ぐと同時に衝撃を逃がすように身体を後ろに傾けながら地を蹴る。
再び間合いを空けて対峙する二人。
「どうした、ご自慢の『魔槍』は使わないのか?」
「……」
「いや、なるほど。『見極めろ』
「……随分とこっちの事情に詳しいじゃないか」
得心がいったと頷くトレスを忌々しく睨む湊人は内心で盛大に舌打っていた。
湊人は『ガエボルガ』に拒絶された日から一度もあの槍を握っていない。鍛錬や槍の修練こそ欠かさなかったが、今日この日まで再び『ガエボルガ』を握ることはなかった。
理由を簡素簡潔に述べれば〝恐れ〟。自分にはもうあの槍を振るえないのではないかという、自身の力の喪失を決定づけかねない〝あの事象〟への恐れが、湊人に『ガエボルガ』を握ることを躊躇わせた。
しかし、それを敵に悟られていたというのは実に手痛い。そもそも〝『ガエボルガ』の拒絶〟を始め、その情報は二課内部でも情報規制がなされ、響や翼すら知らない話のはずである。
……やはり。
「そっちの事情は知らんが、不公平だと言うのならこっちの事情を語ってやろう。今回オレが受けた命令は、お前が今後こちらの支障と成り得るかの確認だ」
「成り得なかったら?」
「生かすも殺すも好きにしろと」
「……じゃあ成り得たら?」
「無論、始末しろと言われたさ。今となっては邪魔者以外の何者でもないらしいからな」
「さっきも意味ありげに言ってたが、それはどういう意味だ?」
「知るか。ただオレが前にお前と戦った時までは、少なくともお前に利用価値を見出していたみたいだぞ?」
「…………」
その間に何があったか、その利用価値とは何であるのか気になるところではあるが、今は目の前の窮地をどう脱するかが先決である。
「それで、もう成り得ないとわかった今、お前はどうするつもりだ?」
「まあオレも好き好んで人を殺すほどイカれてはいないが…………そうなると」
どこか挑発するように口角をつり上げるトレスに、湊人は背筋が凍るのを感じた。
「オレも〝向こうの案件〟に取り掛かることになるかもな」
その意味を、湊人は明確に察することができた。
「──立 花 響 の」
そこから先を聞くつもりはなかった。聞く必要もない。
目の前の男が向けてはならない陽だまりに、そこにあるべき、護るべき花に悪意を向けた。
それだけで湊人が動くには十分だった。
戦うには、十分だった。
槍を握るには──十分だった。
「ガエボルガッ! ──契約に従い、今再び、汝が主の手に還る時だッ!!」
雪音クリスは立花響の驚異的な成長速度に歯嚙みした。
勿論、彼女が初めて相対した時とは別人のような強さを振るっていたのはすでに前回の『デュランダル』を巡る衝突にて理解していた。
それでも、未だシンフォギアを纏って日が浅い響はシンフォギアの主武装たるアームドギアを展開するに至っていないが故に修練で得た拳法のみの戦法から完全聖遺物を纏うクリス相手に決め手を欠いていた。当然、話し合いすら成り立たぬ膠着する戦況を打開するために響はアームドギアの形成を試みた。
しかし、そこで響は恐るべき着想に至った。
アームドギアの形成に収束させたエネルギーが形にならないとみるや、そのエネルギーを自らの拳で握り締めたのだ。その力を呑み込む様に。
(なんて無理筋な力の使い方をしやがる……ッ!)
そうしてアームドギア丸々一振り分の力を集約した拳を見事にクリスの腹部に叩き込んだ。
完全聖遺物たる『ネフシュタンの鎧』が誇る防御を貫いて。
(この力……あの女の絶唱に匹敵しかねない……ッ!!)
あの時、風鳴翼から受けた絶唱は不完全なものであったが、高々ただの正拳突きがシンフォギアの必殺技たる絶唱に届かんとするとはどういう了見なのか。
認めたくはないが、現に鎧の腹部に風穴を開けて、衝撃が通った腹の中身はまるでぐしゃぐしゃになったかのように鈍い激痛が身体中を掻き毟り、その威力に吹き飛ばされた身体はコンクリートの壁を貫いて地を抉り倒れ臥していた。
「ぐ……っ」
クリスの身体に、新たな痛みが走る。
それは風穴を開けた『ネフシュタンの鎧』がその傷を修復するために装着者たるクリスの肉体を傷口から喰らって補わんと侵食する組織によるものだ。
このままでは標的を倒す前に自分が鎧に喰い殺されかねないと危惧したクリスは早々に勝負を決めようと痛みに軋む身体に鞭を打って立ち上がる。
「────ッ!?」
そこで対峙した立花響の姿に、クリスは愕然とした。
立花響はこちらが立ち上がるのを待つ様にただ棒立ちでいた。まるでこれから立ち話でもしようかという間抜けな姿勢で構えることなく、戦意すら見せずにシンフォギアを展開するために必要最低限の歌を和やかに口ずさんでいたのだ。
目の前のこいつは一体なにをやっている?
立花響のその姿に、クリスは
「お前……、バカにしてんのかよッ!」
その声は、怒りと悔しさに震えた。こんな惨めな事はないと。
「
しかし、そんなクリスの咆哮を受けて尚、響の表情は穏やかなものだった。
「そっか。クリスちゃんっていうんだ」
彼女の名前を知れた。たったそれだけの事で響は嬉しげに頷いた。
そして、響はゆっくりとクリスに一歩近づいた。彼女自身だけでなく、彼女の心に歩み寄る様に、警戒心剥き出しな仔犬を安心させるかの様に温かく柔らかな笑みを浮かべて。
「ねえ、クリスちゃん。こんな戦いもう止めようよ」
それは彼女と話をするため。
何故なら、
「ノイズと違って私たちは言葉を交わすことができる。ちゃんと話し合えばきっと分かり合えるはず。──だって、私たち同じ人間だよッ!」
だから戦う必要などないのだと響は訴える。
クリスはそんな彼女の甘ったるい戯言に苛立ちを隠すことなく舌を打つ。
「臭ェんだよ……ッ!」
脳裏に甦るはかつての地獄。命が一発の銃弾より軽んじられる撃鉄と硝煙、真っ赤な業火と血溜まりでできた生き地獄。精一杯の悲鳴と涙、救済の叫びすら届かぬ屍人の世界。
何が言葉は交わせるだ。
何が分かり合えるだ。
何が同じ人間だ。
「嘘臭ェッ! 青臭ェ────ッ!!」
──そんな事で、
「分かり合えるものかよ、人間がァアアア────────ッ!!!」
身体の痛みすら忘れて激情に駆られるままに、クリスは響に飛びかかる。振り抜かれたのは力任せな拳ではあるが戦意どころか構えすら解いていた響の咄嗟のガードを突き破り、体勢を崩すには十分であった。そうしてがら空きとなった腹部に腰を旋回させての右後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
響の身体は力に逆らうことなく木々を突き破りながら後方に蹴り飛ばされた。
「もういいッ!」
さらに攻め手を欠かさんとクリスは走り、何本目かの木の幹にて止まり叩きつけられた身体を起こそうとする響を蹴り飛ばした。
「生かして連れてこいと言われたが知ったことかッ! テメエは
──そのためなら、大嫌いな歌だって歌ってやるッ!!
「ブッ飛べよッ!! アーマーパージだッ!!!」
雄叫びと共に光輝いた『ネフシュタンの鎧』は、次の瞬間バラバラに弾けた。
それは幸いにも響の身を直接襲うことはなかったが、地面に弾着した破片は土砂と共に土煙を巻き上げて周辺の視界を覆った。
「──Killiter Ichaival tron.」
見通せぬ視界の中で、響は確かにその歌を聞いた。
「この歌って……」
「見せてやる。『イチイバル』の力だッ!!」
「イチイバルだとォッ!?」
本部管制室にて中継映像を介して現場の状況を把握していた二課の面々は突如として捕らえた反応に驚愕した。
「アウフバッフェン波形検知ッ!」
「過去のデータとも照合完了。コード『Ichii-Bal』ですッ!」
『イチイバル』。
第二次大戦中、『絶対たる力』を求めた独国より研究目的として激化する欧州戦線から隔離する様にもたらされたそれはまだ組織が【風鳴機関】として機能していた十年前、忽然と姿を消した聖遺物。この聖遺物消失事件が原因となり【風鳴機関】は解体、当時の責任者たる風鳴家現当主
「失われた第二号聖遺物までもが渡っていたということか……ッ!」
予期せぬ最悪の事態に、弦十郎は歯噛みする。
そして、さらに追い討ちをかける様に新たな警鐘音が管制室に鳴り響いた。
「今度は何だッ!?」
弦十郎の張り上げられた焦燥の問いに、オペレーターの一人が動揺を隠せずに答えた。
「そ、それが、中層区画特別観測室『雷音の檻』にて厳重保管していた『ガエボルガ』が突如としてエネルギー体へと変位……障壁を抜けて地上に消え去りましたッ!!」
「なん……だと……?」
かつての失われた聖遺物の登場と再びの聖遺物の消失に戦慄する一同。
「あー、それなら問題ないよ♪」
だが、そんな管制室の張り詰めた空気を打ち破る様に、モニターから気楽な声が届いた。それは『ガエボルガ』が消え去ったと報告された特別観測室『雷音の檻』のモニタールームより映像を中継した倉梯命のものであり、まるで緊張感の欠片もない笑顔が映し出されていた。
一体、それはどういうことか──管制室の誰もが思い、誰かがそれを口にするよりも早く、命は愉しげに言った。
「在るべき主の元に帰っただけだからねー♪」
本当に、面白いものが観れたと言わんばかりに陶酔した科学者の顔を浮かべて。
《
久しぶりに感じた馴染みに馴染んだ重みを手にして、湊人は『ガエボルガ』を先鋒に身体ごとトレスに飛ぶ。
雷光を纏い自らも一本の槍となった突撃。
目にも留まらぬ瞬きの一撃を、されどトレスは対応する。
身体を捻り構えた『エッケザックス』の腹を斜面に捉えて力の向きを逸らすことで大剣を弾かれながらも受け流す。
雷速の勢いから五十メートルの距離が生まれながらも湊人は再びトレスに向かって自らを雷の弾丸とする。
トレスは衝撃で痺れた両手をすかさず大剣が発する振動で打ち消すことで力を戻す。
そのまま強化した振動によって固定化した大気の壁を、大剣を振るって湊人に放った。
《pesante》
湊人は槍から発せられた
だがトレスもそれだけで終わらない。
今度は振動から生み出した大気の壁ではなく超振動そのものの壁を先のものよりさらにさらに厚く強固にした城壁として雷の槍となった湊人を迎え撃った。
《smorzando》
雷撃の槍と振動の壁が衝突する。
槍は間違いなく壁を食い破り進撃する。
壁は確かに雷光の勢いを殺し吞み込む。
湊人が壁を越えた先、
轟。
トレスは大地が
喝。
湊人は多段式のロケット噴出口を激化させる様に射出する雷光を迸り加速する。
《tempestoso》
《
空が、裂けた。
「……盾?」
風鳴翼は今再び
それは何のためか。
昨日までの自分は間違いなく
そう。風鳴翼はその身を
しかし、昨日までの鈍とは違う。
ただ孤独に敵を斬り屠るための無情の刃ではない。
人類守護の務めを果たす防人として戦うためだけに刃を振るう出来損ないの
それを、天羽奏が気づかせてくれた。
小日向湊人が思い出させてくれた。
立花響が教えてくれた。
風鳴翼が何者なのかを。何のために
盾だと?
莫迦な。
私は──
友を、仲間を、大切な人々を護るための、
「剣だッ!!!」
自らの決意を宣誓する様に、
「ハンッ」
先程までとは異なり、白銀の鎧から一変して真紅の装束を身に纏ったクリスは自らの猛攻を防いだ空からの乱入者を見上げて確認すると小馬鹿にする様に鼻で笑った。
「死に体でお寝んねと聞いていたが、足手まといを庇いに現れたか?」
「もう何も失うものかと決めたのだ」
そう応えた翼の目には確かな意思を秘めた輝きがあった。
亡き友が、命を賭して明日の世界に託したもの──戦いの向こう側にある
「翼さん……?」
「気づいたか、立花」
クリスの『イチイバル』が放った斉射砲撃から逃れるべく地面に低く伏せていた響が立ち上がる。
そして理解する。彼女が自分を助けてくれた事を。
「だが私も十全ではない。力を貸して欲しい」
「は、はいッ!」
回復してきたとはいえ、本来なら彼女はまだ病床に着いているべき身のはずである。
それを知っているからこそ、響は驚きを隠せなかったのだ。
しかし、尊敬する先達に力を貸して欲しいと言われた以上はそれに応じるまでである。
「いつまで高みを決め込むつもりだァッ!」
敵である自分に目を逸らした翼に苛立ち、
「────」
翼は《天の逆鱗》の柄頭から降り立つと繰り出された無数の弾丸を最小限の身体の捻りとギアのブーストによる流れる様な身のこなしで躱しながら着地。
「くっ」
向けられた銃身をその手に握った太刀の柄頭で叩き上げると素速く身体を旋回させてクリスの背後に回り込むと背中合わせのまま彼女の首筋に刃を当てた。
(この女、以前とは動きがまるで……ッ!)
かつてはネフシュタンに圧されるばかりであった役不足がどうしてここまで戦える様になったのかクリスには皆目検討がつかなかった。
「翼さん、その子はッ!」
「わかっている」
響の言わんとする言葉を理解して、翼は頷く。
それはもう、立花響の在り方そのものを否定していたかつての風鳴翼ではないことを明確に体現していた。
剣を構える心優しき少女もまた願っている。刃を交える敵ではない。
(それに、十年前に失われた第二号聖遺物の事も正さなければ)
三人の間に、緊張が走る。
三者三様に次の手を決めあぐねていると、
────光が落ちた。
「な──ッ!?」
「何だァ──ッ!?」
「え、え? えぇえーーッ!!?」
まるで爆撃を受けたかの様に
クレーターを覆い立つ濃煙な土煙はやがて風に流されて細く薄れていき、墜落物の姿を晒した。
その墜落物に、三人は驚きの声をあげる。
「湊人ッ!?」
「え、湊人さんッ!?」
「おま、トレスかッ!? 一体どこから落ちて来やがったッ!!」
それは激しい戦闘を繰り広げたのであろう乱れた装束を晒す湊人とトレスであった。
「ハアハァハアッ……、まさか生身で空中戦を味わえるとは思わなかった……ッ!」
「全くだ……。よもや大気圏を出かけるとはな……ッ!」
「ていうか空中を走るのは反則だろ……ッ!」
「『魔槍』の推進力で飛んでいた奴がほざくな……ッ!」
いやあんたら何してんだよ──と妙な統合を見せる笑みを浮かべた二人の
「────ヅッ!!」
だが異邦人はそれだけで終わらない。
それを感じたトレスが大きく顔を歪ませる。
「_ー_ ̄_➖ ̄ー─➖ ̄_」
ノイズだ。
いつものように予兆もなく時空を歪曲させて周囲に現れたそれらはそうすることが当然の様にその場にいた五人を襲う。
突然の襲撃に臆する身構える中で一人、トレスだけが前に出る。獰猛な獣が如き形相で『エッケザックス』を大地に叩きつけた。
「邪魔だァアーーーーッ!!!」
《con tutta la forza》
大剣から大地に奔った振動の波紋がノイズの集団を呑み込み潰した。
湊人達は予想もしていなかった事象に目を見張った。
「お前……」
「おい、何だその顔は。オレは元々あのバケモノ共が気に入らなければ、余計な邪魔もいらない。それだけだ」
「トレス、」
不測の事態の連続から翼からの警戒も解かれていたクリスがトレスに歩み寄ろうと一歩を踏み出──
「クリスちゃんッ!!」
──そうとして響に押し倒された。
「おま──、何を──ッ!?」
クリスは見た。上空から飛来したのだろう飛行型ノイズの一体が自分のいた場に突き刺さっているのを。
地に刺さるノイズをすぐさま翼が斬り落とし、再び皆が皆周囲を警戒する。
そして、そんな彼らの頭に一つの声が語りかけられた。
『命じたこともできないなんて、貴女はどこまで私を失望させるのかしら』
それは女の声であった。妙齢さも熟年さも感じさせる蠱惑的な雰囲気を醸し出す女の声であった。
「テメエ、フィーネッ!! 今のはどういう了見だァッ!!!」
怒りに震えた声で叫ぶトレスの鋭い眼光の先には一人の女がいた。
「フィーネ? 終わりの名を持つ者……」
翼も反応した音楽用語にも用いられる名称で呼ばれた、喪服ともとれる黒服に身を包み服と同じ黒の帽子とサングラスで顔を隠しながら美女と認識させるほどの魅惑的な雰囲気を纏うその女はトレスの叫びを無視して、その細い腕を振るった。
すると、先程クリスが脱ぎ捨てた『ネフシュタンの鎧』の欠片がたちまち光の粒子となって彼女の手中に集い収まった。
「それを返して貰おうか?」
湊人はフィーネと呼ばれた女に『ガエボルガ』の穂先を向けた。
女はやはり湊人の言葉を無視して、一人ため息を溢した。
「なるほど、そこの犬にも期待をしていなかったけれどまさか足止めすらできなくなるなんてね」
「テメエの期待なんか知ったこっちゃ────
「悪いが話はベッドで聴かせてもらうッ!!」
相手に話す意思がないと見るや湊人は槍の穂先を変形、無数の棘でできた穂を花弁の様に展開させて構えると、砲口たるその中心点より雷撃を放った。
《
一直線に伸びた雷撃の砲火は佇む女を確実に捉え、呑み込む。
「フィーネッ!?」
「湊人さんッ! どうしてッ!?」
叫ぶクリスの隣で、あまりにもらしくない突然の湊人の暴走とも取れる凶行に響は非難の声をあげた。
しかし、それ以上の追求をすることはできなかった。
「ッ!」
湊人は苦虫を噛み締めたかの様な顔で自分が砲撃した女のいた場所を睨んでいた。
「え?」
響も釣られてそちらに振り向いた。
そして、弾着による爆煙が晴れた先に無傷のまま変わらぬ佇まいを見せる女の姿があった。
「莫迦な……ッ! 完全聖遺物の力を退けたというのかッ!?」
とてもその様な仕草もなかった故に翼は女の未知に戦慄した。
しかし、それは女の仕業ではなかった。
「礼は言わないわよ」
「そんなつもりはないさ。それに、彼が貴女相手に加減していなかったら流石に防げたかもわからないしね」
女の前には、一人の金髪の青年が、その純金色の髪よりも眩い黄金の剣を手に立っていた。
おそらくは湊人の攻撃を見事斬り伏せたのであろうその剣は、まさに『黄金の剣』であった。トレスの持つ『エッケザックス』の金装飾とも違う輝きを放つそれからは確かな〝力〟を感じた。
間違いなくアレも聖遺物の類い。それもその形から完全聖遺物と呼べる代物だと新たな敵に湊人達は警戒を高めた。
「それでフィーネ。彼らはどうするんだい?」
「特にもう用は無いわね。捨て置いても良いのだけれど……
「なるほど」
「どちらにせよ、今は引くとするわ」
「待てよフィーネッ!」
完全に蚊帳の外にされていたクリスが駈け出す。
「こんな奴らがいなくたって、戦争の火種くらい私一人で消してやるッ! そうすればあんたの言う通り人は呪いから解放されてバラバラになった世界は元に戻るんだろうッ!!?」
「そんなことを言ったのですか?」
「……行くわよ」
クリスの制止の声も空しく、瞬く間に二人は光の粒子に包まれると姿を消えた。
「フィーネッ! 待てよッ!! フィーネェーーーーッ!!!」
クリスもその後を追う様に森林を抜けた断崖の海上に飛び出した。
その後を追おうとした湊人達の足が大地に掴まる。否、それは『エッケザックス』の超振動の拘束であった。
「トレスッ!!」
「悪いがこっちのケリをつけるのが先なんでな」
湊人が『ガエボルガ』による振動中和を試みるよりも先に、トレスもまたその場を立ち去った。
残されたのは、結束を取り戻しながらもまたしても事態の収束に至らなかった事に対する葛藤。
それよりも、事態はさらに深刻性を深めたと言わざるを得ないだろう。
消沈する三人に、本部から通信が入る。
『三人とも、ご苦労。民間人の保護を完了した。急ぎ帰投してほしい』
弦十郎の報告に、響は大事な、大変な事を思い出したと焦燥の顔を上げた。
「──そうだ。湊人さんッ!」
焦燥する響の豹変振りに事の大きさを察した湊人は一体どうしたのかと振り返り、
「未来がッ!!」
「ッ!?」
考えたくない答えを聞いた。
湊人は本部に帰投するや司令への報告も疎かに今回の事件に巻き込まれ、響の要請によって保護された民間人にして大事な家族、最愛なる妹のもとに向かっていた。
小日向未来は、要人来客用の宿泊室にいた。湊人と響の身内と知っての弦十郎の計らいであろう。
「…………」
「未来」
いつも顔を見せれば陽だまりの笑顔を浮かべて駆け寄ってきた妹は、湊人の入室にも重い無言を貫いていた。
備えられた椅子に腰掛けて硬く俯く未来に、こんな顔は見たくなかったと湊人の顔が一瞬だけ悲痛に暮れるが、それを気取らせぬ様にすぐに柔らかな笑顔を見せた。
「久しぶり、と本当なら言うべきなんだろうけど……やっぱり、先に言わなきゃいけないことがあるよな」
「……き」
「え?」
あまりにか細く、弱々しいその声に、思わず湊人は歩み寄った。
そうして手を伸ばせば届く距離に来た時、未来は顔を上げた。
「────────────」
その、目元を真っ赤に染めながら大粒の涙を溜めて歪んだ表情と、
「嘘つきッ!!!」
拒絶の言葉は、いつまでも湊人の頭に残った。
次回予告
勝手だとわかっていても求めてしまう。
それは並び立つが故の我儘であり、傲慢。
その想いに偽りはなくとも、
真の言葉は伝わらず、伝えられず。
#8.近くにありて、遥かに遠く
それでもやるべきことは変わらない。
ずっと前から、君はそうしてきたのだから。
◇◆◇◆◇◆
今回のワイルドアームズ6thシンフォギア
・「私は、パパとママがキライ……大キライだ。〜」
WA、Fに登場するジェーン・マックスウェルの台詞「あたしはね、パパがキライ…大キライなの…優しさとか、思いやりとか、今の世の中で、何の役にもたたないのよ。なのに人の心ばかり、あったかくさせる。期待だけさせといて、あとでシビアな現実が待ってることを忘れさせるなんて、残酷じゃない…」より。
思春期で反抗期の娘はどこも一緒です。
・「ガエボルガッ! ──契約に従い、今再び、汝が主の手に還る時だッ!!」
WA、Fのジークフリードの「魔槍グラムザンバーよッ!! 汝が主の、手に還る時だッ!!!」から。
・中層区画特別観測室『雷音の檻』
『雷音の檻』はWA2のフリーダンジョンである。
・《
バルバトスはWA、Fに登場する隠しボスであるゴーレムの一体であり、暗器雷砲は二つ名。
ちなみにFではアースガルズでなければ倒せない。
今回の次回予告は今のところ考えた十九話分の次回予告の中でもトップクラスの出来だと思う(自画自賛)。