8月30日、夜。
最後の一発の花火が、どかーんと大きな音を立てて、夏の終わりの夜空に弾けて消えた。夏祭りが終わる。その事が、僕に明日で夏休みが終わってしまうという現実を突き付けた。
そのまま帰ろうかと思っていたんだけど、なんだかちょっと名残惜しくなってしまって、僕の足は、自然と祖母が待つ家とは反対方向へ向かっていた。
「あれ、ここどこだっけ…」
知らないうちに、村の端の神社まで来ていたみたいだ。普段なら夜の神社っていう状況にびびっていただろうけど、祭りの後の高揚した気分の僕には少しも怖くな…
女「あ、久しぶりだね、ハヤト!」
男「うおっ!ななななんでここにいるんだよ!ってかさっき祭りで会ったばっかりだろ!」
人がいると思わなかったから、違う意味で怖かった。心臓に悪い。
女「え?冗談だよ、冗談。」
こいつは村の友達のサヨコ。女子の癖にいつもうるさい、変なやつ。静かに一人夜空でも眺めながら感傷に浸ろうと思ったのに、よりによって一番騒がしい奴がきてしまった…
女「あーあ、せっかく静かに一人夜空でも見ながら感傷に浸ろうと思ったのになあ」
男「こっちのセリフ…じゃなくてモノローグだよ。勝手に人の脳内のセリフ読むなよ」
女「え、途中から口に出てたよ?」
男「え、嘘!?」
女「嘘だよ」
男「…。相手してられるか。帰る」
女「えー、そんなつれない事いわないでよ!…明日には帰っちゃうんでしょ?それなら、せっかく今日はこんなに晴れてるんだし、この満天の星空を満喫していきなよ!」
男「もともとそういうつもりだったんだけどね…」
満天の星空だけに100点満点だね、という言葉は飲み込んだ。サヨコの言うとおり、僕は毎年夏休みの間だけ、祖母の家があるこの村で過ごしている。ここにいる間だけ普段住む町とは違う友達がいて、町ではできない遊びがあって。それも、明日で終わりなんだけど。
男「でも…確かにきれいだよね。こんなたくさんの星、僕の住んでるとこじゃ見れないよ。」
女「でしょお?こんな糞田舎だからね。都会とは違うのだよ、都会とは。」
男「都会っていっても県内じゃん…」
女「都会は都会だよ。でもさ、都会でも、これ夏の大三角くらい見えるでしょ?」
男「逆にそれくらいしか見えないんだ…七夕祭りできるだけましか。夏の大三角と言うと、織り姫と彦星だね。これが織り姫星ことベガで、こっちが彦星ことアルタイル、だよな。」
女「それから、この天の川の中にあるのは白鳥座のデネブ。ちなみにベガはこと座、アルタイルはわし座っていう星座の星なんだ。で、ベガは落ちる鷲、という意味のアラビア語が語源で、アルタイルは飛ぶ鷲が語源なんだってさ」
男「七夕伝説の発祥は中国で、それが奈良時代位に日本に伝わってきたらしいけど…やっぱり七夕伝説だけじゃなく、いろんな国でこの二つの星は対比されてるんだね。」
女「でも七夕伝説七夕伝説ってよくいうけど、別にそんなにきれいな話でもないよね。結局彦星、というか牽牛が女にかまけてだらだらヒモ…じゃなくてニートしてたから引き離されちゃったってことだしさ、自業自得?」
男「言い直しても酷いし、語弊が凄いからねそれ。そういうのは思ってても言っちゃダメなもんだよ。でも、天の川に隔てられた二人をカササギって鳥が、その身をもって橋を架けるとか…そこはロマンチックじゃない?で、そのカササギが…この、白鳥座なのかなあ」
女「ハヤトって私より乙女チックなんじゃない?」
男「君は情緒ってもんがわかんないのかな?脳みそが貧弱なんじゃないの?」
女「なっ!?失礼な!貧弱でも、ないわけじゃないし!ってか、エラそうにいってるけどさあ…それじゃあハヤトはデネブの語源って知ってる?」
男「貧弱なのは認めるんだ?たしか、デネブっていうのはお尻とか、尻尾って意味があるんだよね。だから名前の通り、デネブはちょうどしっぽのあたりに有るんだろ」
女「む。やるじゃん、ハヤト。でもさあ、尻尾にあるから尻尾って名前を付けるなんて、ネーミングセンスなさすぎだよね」
男「そういえば、白鳥座の嘴にある星。この星、アルビレオっていうんだけど、アルビレオって嘴って意味なんだよね。これも、そのまんまの名前だよな。でもこれ、2等星だからデネブよりは明るくないけど、実は連星といって、二つの星が連なって見えているんだ。とても綺麗だから、北天の宝石と呼ばれているんだって。ま、肉眼じゃ見えないけどね」
女「へえ!北天の宝石か、綺麗なんだろうなあ…って、ハヤトの癖に難しい話するなんて…むう。でもハヤトさ、こと座の結び方なんて知らないでしょ?」
男「そうだなあ、僕は天体の知識は多少あるつもりだけど、星座に関しては専門外だな」
女「ふふふ、私の勝ち!こと座はね、ここから、こういって…こう!これで完成」
男「思ったより小さいんだな。それに、あんまり琴っぽく見えないんだけど…」
女「これでもギリシャ一の竪琴の名手、オルフェウスが使ってた琴なんだよ?地味だけど由緒正しい星座なんだ。…まあ、夏の大三角の話ばっかしてても飽きてきたし、他の星の話もしようか!そうだな、天の川を下っていって…この、さそり座の話をしようかな。」
男「さそり座ならわかるよ。あの赤い星…確かアンタレスが目印になってるんだよな?って、あれ?わし座はスルーなの?」
女「えー。だってわし座ややこしいし。天文部員の力量不足だからしょーがない…おっと口が滑った。で、話を戻すけどこのアンタレスって星も一等星なんだ。血みたいに真っ赤で明るいから、さそり座のさそりの心臓はこのアンタレスだって言われているんだよ。ちなみに、さそり座は…ここが頭で、ぐーっと伸ばして胴体で…これが尻尾。」
男「これもわかりやすい形だね。それにしても…さそりの心臓、ってかっこいいよな。」
女「でしょ?あと、このアンタレスって、実は太陽の700倍くらい大きいんだよ。」
男「太陽って地球の108倍もあるんだよな。それの700倍か…想像もつかないよね。ということは…アンタレスはもう年寄りの星なんだな。太陽もだけど、恒星は年を取るにつれて、青い色から赤い色になって大きくふくらんでいくんだよ。」
女「またそんな難しい話して…ムカツク!でもハヤト、さそり座の神話は知らないだろ!」
男「そんなに対抗心燃やされても、なあ…はいはい、知りませんよ。はやく教えてよ」
女「そう頼まれちゃあ断れないなー。ふふふ。昔、あるところにおじいさんおばあさん、じゃなくてオリオンっていう狩人がいたの。オリオンは強い狩人だったけどナルシストで、俺は神様より強いんだ!と自慢したんだ。それを聞いて神様は怒って、サソリにオリオンを襲わせたの。足をかまれたオリオンは死んで、活躍したサソリは星座になったんだ。オリオンも星座になったけど、今でもサソリにビビッて、さそり座が空に上っている間は出てこない、と言われているんだよ。」
男「神様ってえげつないことするんだなあ…もっといい話かと思ってた。あ、そういえばさそり座って黄道十二星座…というか誕生星座の一つだったよね。確か十一月だったかな」
女「こ、黄道十二星座?それなんなの?」
男「基本的に二つは同じだよ。黄道ってのは、太陽の通り道のこと。星は季節によって変わるだろ。例えば、さっき言ってたオリオン座は冬の星座で、夏には太陽と一緒に昼間にでてるから見えないんだ。黄道十二星座っていうのは、その月の太陽の動きと重なって動いて、昼間に空に出てる星座のことを言うんだよ。さそり座は11月の誕生星座、ってか黄道十二星座だから、冬には昼間に出てるから見えなくて、反対の季節の夏にはよく見えるんだね。」
女「またそんな難しい話して…ふ、不愉快だ!違う星座の話するもんね!へびつかい座とか、どう?結び方とか知らないでしょ」
男「へびつかい座か!たしか、こんな感じでぐるーっと結んで…ついでにこの長い部分がへび座になってるんだよね」
女「え、ええ!?なんで知ってんのさ?」
男「さっきの黄道十二星座がらみで印象に残ってたから覚えてたんだ。へびつかい座って実は黄道の上にあるんだ。」
女「…それでなんなの?」
男「さっきの話、聞いてた?黄道の上にあるってことはね、黄道十二星座の仲間入りできる要素があるって事。だけど、実際は黄道十二星座じゃない。なんかちょっと不憫だよね」
女「ぼっちなの?へえ、ハヤトと一緒じゃん!」
男「人聞きの悪い事言わないでくれない!?確かに普段いる街じゃ友達あんまりいないけど、それは親が転勤族だからだし、村には友達いるじゃん!サヨコだって友達だろ!?」
女「え、そうなの?」
男「地味に精神的に来るからやめて!」
女「あ、そういえば、私もへびつかい座について印象に残ってた話があったな。この星の名前についてなんだけど…」
男「この頭の方の星?ふーんなんて名前なの?」
女「へびを持つ者の頭っていう意味で…ラス・アルハゲっていうんだって!!ますますハヤトそっくり!」
男「へびつかい座に失礼だろ!!てかそれハゲと関係ないし。後僕はまだ禿げてない!!」
女「予定はあるんだ?」
男「予定もないよ!!」
女「むむむ、ハヤトの癖にやるじゃん…負けた。」
男「僕は勝負なんてしたつもり無いんだけど…それに、サヨコの方がよく知ってるじゃん」
女「ハヤトが私の知らないこと知ってたのが屈辱的なの!」
男「どんだけ下に見られてたんだ、僕…」
女「今回は負けを認めてあげる。感謝してよね」
男「ありがと…じゃない!なぜ僕が礼を言わないといけないんだ、おかしいだろその理屈」
女「ハヤト、次こっち来るの来年だよね。次は負けないから!それまでには星の事、もっともっと勉強しとくから、覚悟してよね!」
…来年。次。その言葉にドキッとした。僕に来年は、次は、あるんだろうか。…というか何故次も勝負する事になってんだ?
男「そうだな。…負けないからな」
女「次もってなによ、別に負けてないし!ほんっとハヤトって生意気だな!一度、紳士的に、拳で話し合いをしようか?」
男「今さっき自分で負けたって言ってたよね?あと、拳で話し合うってただの暴力だから!!暴力反対!やめろって!う、うわああああああ!」
8月30日、夜。
最後の花火が、豪快な音を立てながら、夏の終わりの夜空に弾けて消えた。
他の祭りの参加者たちが、名残惜しげに夜空を眺めては楽しかったね、などと語り合う中、僕はそんな喧噪に背を向けて歩き出した。結局、あれから次の夏が来るのを待たずに遠くの県に引っ越してしまった僕は、こうして大学生になるまでこの村に来ることもなかった。…別に、あいつがまだ待ってるなんて期待してる訳じゃない。それでも僕の足は自然と神社の方へと向かっていった。あの時と同じように、提灯で賑やかに飾られた神社。満天の星空。少し古びてはいるが、何も変わらない。あいつの姿がない事を除い…
女「久しぶりだね、ハヤト!さあ、勝負だ!」
男「…望むところだ。」←審議
一世一代、雌雄を決するこの勝負。どちらが勝ったかは…ご想像にお任せしますって事で。
楽しかったっぽい