神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
第五部 撫子(ラバーズピンク)の憂い 第二章 1
第二章 リップルウェーブ
* 1 *
「どういうことですか!」
ライブが終わった後の、熱気がまだ微かに残る控え室で声を張り上げたのは、地味なスーツを着こなしたショートヘアの女性。
その声に不機嫌そうに眉を顰めたのは、女性としての魅力を押し込めるようにタイトな赤いスーツを身に纏う女性。
モルガーナ。
壁の一面には横に長く鏡が埋め込まれ、それに沿うように壁に据えつけられたテーブルが設置された部屋は、ライブ会場の裏にある出演者用控え室。
エルフドールのために持ち込まれた、ボディを包むようなカプセル状のメンテナンスベッドの他は、わずかなメイク道具などがあるだけの殺風景な部屋。そこでまぶしいほどの照明に照らされているモルガーナは、机の前に並べられたスツールで足を組み、片肘を着いて不機嫌さを隠そうともしていない。
ふたりの他にいるのは、簡易な応接セットのソファに置かれたままになっている、ステージ衣装姿のエルフドール。
ステージ用のエイナのボディは、電源が入っていないかのように無表情でわずかにうつむき、身じろぎひとつしない。
片付けに奔走するスタッフたちの声や騒音が間遠な控え室で、地味なスーツの女性はモルガーナを睨みつけていた。
「いま言った通りよ。エイナの活動はすべてキャンセル。アイドル活動は停止させるわ」
「納得できません!」
二〇代後半だろう女性は、モルガーナの放つ気怠げで、同時に闇の匂いをはらんだ雰囲気にも飲まれず、怒気を辺りに振りまく。
「緊急でシステムの更新が必要になったのよ。契約でもそうしたことが必要になる可能性があることは、明記してあったでしょう?」
「それはもちろん把握していますが……、延期はできないんですか? せめて半年――。いえ、三ヶ月だけでもっ」
必死な表情で訴えかけてくる女性に、モルガーナは片眉をつり上げていた。
――少々、面倒ね。
モルガーナの前で悲しそうな顔を見せる彼女は、エイナがアイドル活動を始めてからずっとマネージャーとして動いてくれていた人物。
決して経験豊富とは言えなかったが、業界での下積みはそれなりにあり、人工個性にアイドル活動をさせるという試みに対し無駄なほどの熱意を持っていた。
何より、度々会う必要があるモルガーナに、臆することなく接することができる希有な存在だった。
彼女のその性質は、危機を感知する能力の欠如でもある。
深淵の底にたゆたう闇の冷たさを持つモルガーナと真逆の、マネージャーという影の存在でありながら直射日光より熱い彼女であったからこそ、エイナの活動は成功に導けたのであろう。
しかしいまはそれが、仇となっている。
ない時間の合間を縫って、以前から言わなければならなかった活動休止の宣言に、こうして噛みつかれている。
彼女の貢献度は大きく、モルガーナの言葉に従うだけの人物ではなかったからこそこなせた仕事だった。
それができる人物を探し出し、期待以上の働きは評価もしているが、後処理のことまでは考えていなかった。
――どうしたものかしらね。
彼女を黙らせる方法はいくらでもあるが、いまはまだ事を荒立てる段階にはない。できれば言葉による説得の段階で引いてほしかった。
「スケジュールのキャンセルなど無理です。人間のアイドルとは事情が違う部分は多いのですが、――エイナはいま、アイドルとして分岐点にあります。一般的なアイドルであれば、これから安定して伸びていくか、一過性の人気で廃れて忘れられていくか、そのタイミングがちょうどいまなんです。いま長期間表舞台から降りたら。一気に過去のアイドルになってしまいます」
拳を振るって語る彼女の言葉は、モルガーナも把握していた。
しかしエイナのアイドル活動など、エリキシルバトルの代わりにやらせていた、一種の実験に過ぎない。
アイドルとしての人気や未来など、正直どうでもいい。
「システムの更新なんて、そうしたことが落ち着いてから行うべきことです。世界初のエレメンタロイドアイドルの基盤は、いましかつくれないものです」
「そうは言っても、エイナを稼働させているシステムは限界なのよ。いまはまだ大丈夫だけれど、あと半年も経てばいつ停止してもおかしくない状態になるでしょう。システムの停止は、人間で言えば死よ。エイナがこれまで培ってきた記憶も経験も、すべて失われるわ」
「だ、だったとしても、せめてあと三ヶ月……」
「無理ね。更新機材が揃い次第、作業に入るから」
「うぅ……」
システムに疎い彼女は、エイナの開発者ということにしてあるモルガーナの言葉に、最終的には従うしかない。
悔しそうに顔を歪める女性に、モルガーナはため息を吐きつつも言う。
「システムの更新による活動休止は痛手でしょうけれど、新しいシステムになれば、貴女が再三要望していたことが実現できるようになるわ」
「……というと? もしかして?!」
「えぇ。性能も上がるし、新しい機能も追加することになるから、第二第三の個性を分岐させて、新たなエレメンタロイドを稼働させることもできる」
「――わかりました。発表や関係者への連絡はいいように対応しておきます。詳しい資料を急いで送ってください」
「わかったわ」
まだ完全に納得はしていないようだが、第二第三のエレメンタロイドと聞いて嬉しそうに拳を握りしめた女性は、モルガーナに一礼して控え室を出る。そろそろ騒がしさのなくなった廊下を、高らかな足音を立てて女性は遠ざかっていった。
こめかみを指で揉み込み、モルガーナは小さく息を吐き出す。
女性の足音が聞こえなくなった後、彼女はソファの方にスツールを回して振り返った。
「聞いていたわね」
「はい」
モルガーナが呼びかけたのは、エイナ。
いままでぴくりとも動いていなかったエルフドールは、顔を上げ、モルガーナの視線を受け止めていた。
「これからは本格的にエリキシルバトルの終演に向けて動いてもらうわ」
「わかりました」
表情はデフォルトの薄い微笑みのまま変えず、口だけを動かして、エルフドールに内蔵された超高音質スピーカーから了解の声を返すエイナ。
「まずは誰からがいいでしょうか?」
「そうね……」
片肘を机に着き、もう片方の手の指で唇を撫でるモルガーナは、唇の端をつり上げる。
「最初に、あの子たちの頭を潰してきてちょうだい」
「音山克樹を、ですか?」
「えぇ。そろそろ目障りなだけだわ。これ以上力をつけられても困るしね」
「あのふた――、彼はかなりの強さですし、残す意味があったのでは?」
「えぇ、そうね」
エイナを睨みつけるように見、モルガーナは言う。
「残しておいた意味はあったけれど、バトルはもう終わるのだから、いいのよ。それに、あの子の人を見透かそうとする態度は嫌いだわ」
スツールから立ち上がり、ソファに身体を預けたままのエルフドールの肩に手を置き、モルガーナは唇を歪ませた。
「例えあの子が強くなっていたとしても、不完全で中途半端なあの子のパートナーと、貴女では違うわ。それに、貴女には最高のボディを用意しておいたでしょう?」
「えぇ」
「あの子たちの集まりはいままでは良かったけれど、もう不要よ。解散させるなら、最初に中心人物を潰してしまうのが手っ取り早いわ」
「……わかりました」
同意の返事をするエイナに、モルガーナは満足そうに笑みを浮かべ、頷いた。
*
夏姫が配ってくれた飲み物が全員に行き渡ったのを見て、僕はダイニングチェアから立ち上がった。
久しぶりに僕の家のLDKの席が埋まっている。
時間通りに集まったのは、夏姫と誠、それから灯理。
以前のようにくつろいだ様子はなく、僕を含めて全員表情を強張らせている。
リーリエは今日も、アライズさせていないアリシアをテーブルの上の、僕の近くに立たせているだけだ。
「今日集まってもらったのは、これを見てほしかったからなんだ」
そう言って僕は、傍らに置いたバインダーから紙を取り出し、みんなに渡した。
「これって……、エリキシルソーサラーの名簿?」
「うん。最初のはスフィアカップ地方大会で、優勝か準優勝した人のリスト。次のがわかっているエリキシルソーサラーのリスト。猛臣が調べた情報だよ」
夏姫の問いに答え、僕は頷いて見せた。
データでもらっていたんだから、メールか何かでみんなに送信することもできたけど、僕はあえてそれをしなかった。
猛臣の勧めに従い、全員を集めた。ちょっとだけ癪だったけども。
それにこういう話は、メールやネット越しじゃなく、顔を合わせてしたいと思ったから、ってのもあった。
白地に赤い横線の入った医療用スマートギアの上の、小さな眉根にシワを寄せているのは、灯理。
「よく槙島さんがこんな重要なものをくれましたね」
「元々僕は猛臣と残りの参加者の情報を共有する、ってことで戦いを保留にしてたからね。こっちから出せる情報はなかったけど。それと、あいつがデータをくれたのは別の理由もある」
「……これ、残りの人数が六人なんだが、もしかして残ってるのはオレたちと槙島、それに天堂翔機だけなのか?」
「それについてはこれから説明する。参加者リストの中の、一番最後に脱落してるふたりのとこを見てくれ」
近藤の疑問にそう答えた僕は、アリシアでリーリエがめくってくれた自分の分のリストを手にして、みんなに見えるようにテーブルの上に置きその場所を示した。
「こいつらの名前、見覚えがあるぞ。確かタッグ戦が無茶苦茶強い双子じゃなかったか?」
「うん。猛臣もふたり同時だと危ないかも知れないって言ってたくらいの双子だよ。このふたりが脱落したから、一〇人を切って終盤戦に入ったんだってのが、猛臣の推測だ」
「誰に倒されたの? ふたりで戦って?」
「違うらしい。誰かに倒されたんだけど、それが誰だかわからない」
「じゃあこのリストにいない敵が、まだいるのですね」
「うん」
重苦しい沈黙がLDKを満たした。
リストに目を向けたまま、夏姫たちは口を強く引き結ぶ。
「猛臣の推測では、一〇人だったのが双子の敗退で残り八人。不明なのはあとふたり。そのうちひとりが双子を倒したらしい。猛臣が恐れるくらいの双子を倒した敵だから、たぶんそいつは過去最高の強さだと思う」
「その人が七人目だとして、残りひとりの目星はついているのですか?」
「いや……。まだ影も形も見えてない。猛臣が一年探してぜんぜん見つけられなくて、やっと片方の影が見えたくらいなんだ」
灯理にそう答えると、またみんなは口をつぐんだ。
ここまでは、僕は今日の予定として組み込んでいた。
でもこの後のことは、何も考えてない。
――出たとこ勝負だ。
残りの参加者のことを知って、夏姫たちがどんな反応を見せるのかは、いまの僕と彼女たちの関係では想像もしきれなかった。
だから悩むのは止めた。
説明した上で、みんなの反応を見てその後のことを考えることにした。
――どうするかなんて、考えてないけどね。
沈黙が続く三人に、次にどんな声をかけていいのかわからない僕は、視線を向けてくるアリシアを見てみる。
リーリエは何故か、アリシアに笑みを浮かべさせていた。
――どういう意味だろう?
と思ったとき、顔を上げた灯理が言った。
「休戦しませんか? みなさん」
そんな灯理の発言に、僕たちは一斉に彼女の顔を見た。
「休戦って……。いままでもアタシたち、戦わないで協力してきたじゃない」
「あぁ。いままでと変わらないだろ」
「いいえ、違います。ワタシたちはいままで、克樹さんに負けたことで、決着を先延ばしにしてきただけです。克樹さんがスフィアを奪わず、その後戦うこともなかったから、それに沿っていただけでした。つまり、ワタシたちは相変わらず敵同士だったのです」
椅子から立ち上がった灯理は続ける。
「今回は正式に、ここにいる全員で休戦にするのです。期間は……、そうですね。その双子を倒した敵を見つけるまで、でどうでしょうか?」
返答を待つようにスマートギア越しに僕たちを見つめてきた灯理。
頷きとともに、僕は彼女の言葉に応えた。
「僕は休戦に同意する」
口元に笑みを浮かべてくれた灯理に対し、近藤は挙動不審にみんなの顔を見回す。
「……でもどうするんだ? 願いを叶えられるのはひとりなんだろ? 誰かが裏切ったりしたら――」
「そのときは残っている人たちで、手段を選ばず裏切り者を退治するまでです」
「敵がわかったらどうするの?」
「わかったときに、報告と一緒にまた話し合えばいいだろ。ひとりがわかっても、僕たちの敵はたぶん、もうひとりいるんだろうしね」
すがるような瞳で僕を見つめてくる夏姫に、少し余裕が出てきた僕は微笑みとともに答えた。
「どうでしょうか?」
改めて問うた灯理に、近藤は考え込むように目をつむり、夏姫は顔をうつむかせた。
『あたしは休戦に賛成だよー』
「さっき答えた通り、僕もね」
「アタシも休戦で構わない。うぅん、休戦しよう」
「……オレも休戦に同意する。猛臣が怖がるほどの敵に、オレひとりで勝てる気はしないしな」
『んっ。よかったぁ』
リーリエの元気のいい声に、全員の表情が緩んだ。
結局、僕たちが上手く話せなくなっていたのは、明確な決まり事がなかったからなんだ。
休戦という決まり事をつくることで、たぶん僕たちの関係は少しはマシになる。
以前とまったく同じというわけじゃないけど、いまこのLDKには、集まったときにあった張り詰めた緊張はない。
「……よかった」
『んっ。お疲れさま。おにぃちゃん!』
小さくつぶやいて椅子に座り込んだ僕に、アリシアで可愛らしい笑みを浮かべるリーリエがねぎらってくれた。
そんな彼女に、僕もどうにかぎこちなくない笑みを返していた。