神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第六部 終章 暗黒色(ダークブラック)の嘆き
第六部 暗黒色(ダークブラック)の嘆き 終章


 

   終章 暗黒色(ダークブラック)の嘆き

 

 

            *

 

 

「本当に、百合乃なのか?」

「うん。あたしだよ、おにぃちゃん。また会えるなんて思わなかった。そんなつもり、なかった……」

 僕の胸元から顔を上げた百合乃が、悲しげな笑みを見せる。

「一度だけ、あの子に頼まれて出てきたことがあったけど、あれが最後だと思ってた。あたしは復活するつもりなんて、なかったから……」

 頼まれて出てきたというのは、たぶん近藤と戦って、僕が死にかけたときのこと。

 姿はリーリエの、アリシアのままだけど、僕の腕の中にいるのが確かに百合乃だと、僕は悟る。

「あの……、人間じゃないよね? その身体は」

「えぇ。そうですね、夏姫さん」

 夏姫の問いに、身体を離した百合乃が、僕に背を向けるようにみんなに向かい合い、答えた。

 全員に注目されながら、微笑みを、少し悲しげな笑みを浮かべる百合乃は話す。

「あたしの身体は、スフィアドールのままです。あの子が集めたエリクサーは充分な量ではなかったので、人間としては復活できなかったんですよ。身体はそのままスフィアドールで、あたしの精神だけが、復活した形になっているんです」

 驚きの表情を浮かべてるみんな。

 僕だってその言葉に驚かずにはいられない。

 百合乃がそうして復活したことも気になるけど、それよりもいま僕にとって重要なのは、そのことじゃない。

「――リーリエは、どうなったんだ?」

 ビクリと、小さな肩が震えた。

 振り向いた百合乃は、目に涙を溜め、唇を噛んでいた。

「あの子は……、リーリエは、身体をあたしに明け渡して、消えたの……。記憶はスフィアに残ってるけど、いまのあたしは百合乃で、リーリエじゃない」

「死んだってことか?」

「精霊だったあの子には、死はないの。現実の血縁とは違うけど、あたしと、おにぃちゃんの脳情報を組み合わせて生まれたあたしたちの娘は、消えちゃった……」

「リーリエには、もう会えないのか?」

「……」

 ぽたぽたと涙を流してうつむく百合乃に、僕はなんと言葉をかけていいのかわからない。

 そして思い出す。

 あのとき、リーリエが願いを叶える瞬間、光の中で唇の動きだけで紡いだ言葉。

 それは、「さよなら」だった。

 ――リーリエは、最初からそのつもりだったんだ。

 エリキシルバトルに参加を決めたときから、リーリエの願いはずっと百合乃の復活だったんだ。

 百合乃を殺した火傷の男を苦しめて殺すことを願った僕に対して、リーリエは百合乃を復活させたいと願った。

 たぶん、僕のために。

「ゴメンね、おにぃちゃん。あたしはあの子の願いを知ってた。途中から、薄く思考はあって、あの子の願いも、想いも感じてたのに、何もできなかった。あたしは、あたしの娘を、救って上げられなかった……」

 両手で顔を覆い、それでも零れ落ちる涙を流し続ける百合乃。

 ――僕はどうして、止められなかったんだ。

 後悔なんてしてもいまさらだ。

 そんなことはわかっていても、僕はリーリエに、もっとできることがあったんじゃないかと思ってしまう。あいつともっと話して、あいつのことをもっと知ることができていれば、こんなことにはならなかったんじゃないか。そんなことを考える。

「あぁ……」

 言葉にならない声が、口から漏れてきた。

 一度出てきた声は止まらず、身体の底から溢れ出して、口を突いて吐き出すしかなかった。

「ああああーーーーーーーっ!!」

 

 

            *

 

 

 石棺の中に入り、モルガーナは祭壇の上に突っ伏す。

 どうしてなのか、いつもは格納してるはずのオリジナルコアが表に出ていた。

「くっ、くっ、くっ、くっ……」

 そんなことも気にならず、モルガーナはただ喉の奥から抑えきれない気持ちを無理矢理抑え、それでも漏れ出るうめき声を上げている。

「これまで積み上げてきたものが、すべて無駄になった……」

 祭壇に拳を叩きつけ、何度も、何度も叩きつけ、モルガーナは嘆きのうめきを上げる。

 もうどうすることもできない。

 イドゥンの封印が完全に解けるまでに、もう一度充分な量のエリクサーを集めることは困難だった。

 数百年の時間をかけて進めてきたことが、すべて水泡に帰した。

 怒りや、絶望よりも、ただ悲しかった。

「くぅ、ううぅぅぅ……、ああああーーっ」

 そんな嘆きの声を上げているとき、オリジナルコアの内側に光が現れた。

 ひとつの塊となってコアの外ににじみ出てきた光は、人の姿を取る。

 百合乃の姿をした、イドゥン。

「まさか……、もう封印が……」

 分神の出現を見、身体を起こしたモルガーナは後退る。

 イドゥンの封印は、彼女の意に沿わぬ、不興を買うに充分な行為だった。

 生と死を司るイドゥンの復活は、死などという生易しい結末を許さないことは、よくわかっていた。

 神の怒りは、生死すらも意味をなくす。

「久しいな、魔女」

「イ、イドゥン……」

 その姿は最初に会ったときの、一緒に過ごしていたときの、生命に溢れた瑞々しい女性とは違う。けれども百合乃の姿をしたそれがイドゥンであることは疑うことなどない。

 彼女の放つ神気は、相変わらず畏怖と、羨望と、欲望をわき上がらせて止まらない。

 状況を忘れ、見惚れてしまったモルガーナの頬に、祭壇から浮いたイドゥンは手を伸ばす。

「よくもわらわを封印などしてくれたな、魔女よ」

「それは、その……。し、しかし貴女の封印は、まだ――」

 イドゥンの柔らかく、暖かい手が頬に触れ、我に返ったモルガーナは震え上がる。

「あぁ、もちろん、わらわの封印はまだ解けておらぬよ。だがな? 巫女如きが相のひとつとは言え、世界神を完全に封印などできるとでも思っていたのか?」

 モルガーナのことを蔑むように笑むイドゥンは相変わらず美しく、その生と死を共存させる瞳に、吸い込まれてしまいそうになる。

「しかし、完全でないにしても、わらわの相が封印されたのは確かだよ。まさかあんな行動に出るとは、油断してしまったさ」

「わ、私は、私は……」

「くくくっ。謝る必要もない。言い訳をする必要もないさ」

 モルガーナの顎をつかみ、顔を近づけてきたイドゥン。

「許しはしない。――だが、わらわはお前のおかげで楽しく過ごせたよ」

 生命の色を強くした瞳でニヤリと笑ったイドゥンは言う。

「最後まで、決着まで見せろ。お前たちの戦いを、エリキシルバトルの終わりまで」

「し、しかし……、エリキシルバトルはもう、私が強制的に終了して……。それに、私の願いはすでに……」

 イドゥンの言葉にそう答え、モルガーナは涙を流す。

 叶わない願いのために戦うことなど、もうできなかった。叶うと信じられてきたからこそ、これまでの長い時間、堪えてくることができたのだ。

 イドゥンとの同化が果たせないのならば、生きている意味すらも、ない。

「ははっ。それについてはわらわが保証してやろう。できる限りの手段を使い、エリクサーをかき集めれば、必ずやお前の願いは叶う」

「本当に?」

「もちろん。しかし、あらゆる手段を尽くさなければならぬぞ。それに、わらわはこの封印が完全に解ければ、この相を捨て、お前の前から去る。時間はあまり残されていないぞ」

 嘆きに沈んでいたモルガーナの瞳に、光が戻る。

「――わかりました。私は全力を尽くし、必ずや願いを叶えます」

 すっくと立ち上がったモルガーナは、決意を込めた視線をイドゥンに向ける。

「済みません。私はこれで。エリクサーを集め、貴女の元に戻って参ります」

 もう怒りも、絶望も、嘆きもない。

 瞳に希望の炎を宿したモルガーナは、イドゥンに振り返ることなく石棺を出る。

「くくくっ……。楽しい、楽しいなぁ」

 あどけない顔に暗い笑顔を浮かべ、残されたイドゥンは嗤う。

 扉が閉じ、真っ暗になった石棺の中で、微かに光を放つイドゥンは祭壇の上で腹を抱えて転がる。

「さぁ、最後に魔女の参加も叶った! これからがお前たちの本当のエリキシルバトルだ!」

 裂けよとばかりに唇の両端をつり上げ、イドゥンは言う。

「踊れ、踊れ、妖精たちよ! お前たちの神水戦姫(スフィアドール)の妖精譚(バトルログ)をもっと、わらわに寄越せ!!」

 生と死を司る女神は、ただただ、笑い転げ続けた。

 

 

                    「暗黒色(ダークブラック)の嘆き」 了

 

 

 




次回予告

 リーリエの消滅に嘆く克樹だったが、スフィアドールの身体で復活した百合乃とともに前に進む。
 なり振り構わずエリクサーを集めるモルガーナは、必要にほど遠い量に歯ぎしりをしていた。
 そんなふたりを見、嗤うイドゥン。平泉夫人や彰次、さらに多くの人々が、彼らの裏で行動を起こす!
 克樹が、リーリエが、夏姫が、誠が、灯理が、猛臣が、エイナが、そしてすべてのエリキシルソーサラーの願い、参加したバトルがここに結末を迎える!
 長きに渡った「神水戦姫(スフィアドール)の妖精譚(バトルログ)」シリーズ完結編、「第七部 無色透明(クリアカラー)の喜び」に、アライズ!!
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