神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第七部 無色透明(クリアカラー)の喜び 第四章 4

 

 

          * 4 *

 

 

 穴から飛び出した直後、百合乃は滑るように前方に移動してモルガーナとアキナの間に割って入った。

 ほとんど同時に発射された砲撃を、稼働盾二枚を使って上空に逸らす。

 僕のすぐ側を通った破壊の光だったけれど、神意外装全体を覆う防御魔法と、さらに強力な盾に展開された防御で、熱を感じることなく雲間に逸らすことができた。

 ――戦える、けど……厳しいな。

 神意外装には魔法のエネルギーを計るパラメーターもあって、百合乃の持つ残存エネルギーもいまはわかる。

 モルガーナからの砲撃で、大幅にとは言わないけど、減ったのがわかった。

 海を割ったのに比べればかなり控えめの砲撃でこれなのだから、最大出力だったら何発も受け止めていられない。

「ショージさん!」

「俺は大丈夫だ。でも……」

「わたしも、大丈夫です。なんとか、持ち堪えられました……」

 百合乃の腕から飛び降りてショージさんの元に駆け寄ったけど、かなり酷い状況だった。

 地下の神殿まで貫通するほどではなかったみたいだけど、モルガーナはかなりの回数の砲撃を加えたらしい。

 ショージさんとアキナの周囲には、穴や線上の窪みがいくつもあった。総本社ビルにも何発か当たってるみたいで、ビルが倒れるほどではないけど大穴が空き、薄く煙が出ている。

 ショージさん自身は無傷のようだけど、アキナのボディとなったアヤノは左腕を膝辺りまで融けた感じで無くし、苦しげな表情で膝を着く。

「あとは僕と百合乃が戦うから、ショージさんはアキナを連れてできるだけここから離れてっ」

「しかし……」

「たぶん、本気でぶつかり合うことになるから、ヘタしたらこの辺りは火の海になるどころか、跡形もなくなるかも知れない」

 比喩ではなく、そう思う。

 まだ攻撃には使っていない神意外装だけど、パラメーターから想像するに、百合乃が使った場合でも海を割るくらいは可能だ。

 モルガーナと百合乃でふたりしてそんな砲撃を撃ち合ったら、ウソでも冗談でもなく、この辺りは土地ごと消滅しかねなかった。

「わかった。すまないが、後は頼む」

「うんっ」

 アキナを抱きかかえたショージさんは、横目でモルガーナをひと睨みしつつ、車に向かっていった。

「まさか、私がこのまま黙って見逃すと思っているのかしら?」

「貴女の相手は、あたしがするよ!」

 ショージさんに砲門のひとつを構えようとしたモルガーナに、百合乃が立ち塞がった。

「僕と百合乃が相手だっ、モルガーナ! もしアキナのエリクサーがほしいなら、僕たちを倒してから追いかけても遅くはないだろうっ」

「……その通りね。まったく、貴方たちは本当に面倒事を増やしてくれるものね。神意外装まで持ち出して!!」

 怒りに燃える紅い瞳を僕に向け、モルガーナが吠えた。

 その間にショージさんとアキナの乗る車が発進し、タイヤを鳴らしながら駐車場から走り去った。

 アリシアのセンサーで感知できるエンジン音は、かなりの速度で遠ざかっていく。

『戦えるか? 百合乃』

『うん、大丈夫。だけど、厳しそうだよね』

 僕の側まで浮いたまま移動してきた百合乃は、「アライズ」と唱えてさっきよりも強力なフェアリーケープを張ってくれる。神意外装に内蔵されていたこのフェアリーケープは、さっきのと違って僕と一緒に移動もできる。

『確かに厳しいけど、まだ勝ち目はある。だろ?』

『うん、確かにねっ』

 明るく応えて笑む百合乃の横顔に、僕も笑みを向ける。

 神意外装を使っても測りきれないモルガーナのエネルギー量は、底が知れない。まともに撃ち合って削り合いをしたら、勝ち目なんて欠片もない。

 でもいまは、モルガーナほどではなくても、神意外装の武器でモルガーナにダメージを与えられる。

 さっきまでの、こっちの攻撃がまったく通じない状況よりかはマシだ。

 ――勝てるかどうかはわからないけど、勝つしかない!

 もうエンジン音も感知できなくなったショージさんやアキナのことも気になる。

 いろいろ助けてくれた平泉夫人と芳野さん、灯理や近藤や猛臣のことだって心配だ。

 そしてなにより、刺されて運ばれていった夏姫のことが、一番気がかりだった。

 みんなにもう一度会うためには、勝つ以外の結末では終われない。

「決着をつけましょう、克樹君。私の全力と、貴方の全力。どちらが上か、イドゥンに見せてあげなくてはならないわ」

「わかったよ。百合乃!」

「うん!」

 黒い光を噴射してモルガーナが空へと上昇していき、百合乃も白い尾を引いて空を飛ぶ。

 本当に最後の最後、長かった戦いに決着をつけるときが来たことを、僕は感じていた。

 

 

            *

 

 

 黒い海面すれすれを飛ぶ空色の鳥めがけて、四本の砲門から破壊の魔法を浴びせかける。

 出力と照射時間を絞って連射するが、木の葉のようにひらひらと動く鳥にはかすめさせることすらできない。

 ――でも、負ける気はしないわね。

 上空に留まり、百合乃の動きを追って絶えることなく砲撃を続けるモルガーナは、余裕の笑みを唇の端に浮かべていた。

 同じ神意外装を持ち出されてはいるが、魔法の力はこちらの方が遥かに高い。神意外装の能力をすべて引き出せるのはこちらだけで、克樹たちには無理だ。

 アキナが組み立てたバトルアプリを使いこなせていない戦闘経験の少なさは感じているが、充分に力で押し切れる相手だった。

 ――手を緩める気は、ないのだけれどね。

 出力をさらに絞り、当てることを主眼に連射モードに変更する。

 砲撃によって穴が空くように海面が消滅し、荒れ狂う海面をどうにか飛んでいる百合乃に、四方向からの連射砲がさらに接近していた。

 おそらく、克樹と百合乃は街などの周辺への被害を気にしている。

 魔法の力を純粋な破壊の力に変換して出力し、最大出力を出せば地平線の彼方まで、一条の破壊をもたらすことが可能な神意外装。

 最初に放った程度の砲撃で戦闘を行えば、数分と経たずにスフィアロボティクス総本社ビル周辺は穴だらけになり、火の海に包まれるだろう。

 そうならないよう低空を維持してほとんど反撃できないでいる気弱な妖精など、踏みつぶせば終わる羽虫にしか思えなかった。

「しかし、当たらないわね」

 スラスターをこまめに稼働させて軌道を操作し、ボディの各所に設置されたバーニアで機敏に動く百合乃には、攻撃が当たらない。

 そろそろ焦れて奥歯を噛みしめ始めたモルガーナが、弾種を変更しようと一瞬攻撃を止めたとき、百合乃が動いた。

 細く絞った砲撃を放ちながらの急上昇。

 二枚の稼働盾で砲撃を弾く間に近接してきた百合乃は、腕の外装についた爪から光の刃を伸ばし、斬りつけてくる。

 残り二枚の盾で刃を逸らし、反撃の砲撃を向けるが、発射したときには上空に逃れられていた。

「ちっ……。けれどやはり、たいしたことはない」

 戦闘経験からか、それとも制御アプリが違うのか、モルガーナよりも機敏で細やかな動きをする百合乃。

 しかしやはり攻撃の出力はたいしたことがなく、防御に徹すればダメージを負うことはない。

 アキナの存在を失ったことで、強力な攻撃と強力な防御を同時に使うことはできなくなったが、問題はない。手を緩めさえしなければ、負けることはない。

「そうだ。こんなのはどうかしら?」

 ふと思ったモルガーナは、上空を旋回している百合乃に背を向け、陸地に目を向ける。

 その場所から見える一番灯りの多い場所に、二門の砲を向けた。

 途端に慌てたように急降下して射線に割り込み攻撃をしてこようとした百合乃に、モルガーナは一瞬先んじて砲を放った。

 発射したのは街を破壊するための太い破壊光ではなく、細かな光の球を放つ、いわば散弾。

 小さな球のそれぞれは決して大出力ではないため防御を貫くことはできなかったが、軌道を大きく乱され、錐もみながら墜落していく百合乃のエネルギーを大きく削り取れた感触はあった。

「やはり貴方たちは所詮人間に過ぎないわね。神となる私には、勝てないのよ」

 着水直前で噴射を回復し、動き出した百合乃を見下ろしながら、モルガーナはそうつぶやく。

 同族の死を嫌う限りは、それを厭わない敵には勝つことはできない。

 神となり、人類を滅ぼすことを決めているモルガーナにとって、克樹と百合乃は敵ではなかった。

「使えるわね、この方法。どうせこのあと街も焼き払うつもりだったのだし、戦うついでに焼いてしまいましょう」

 街に影響が出ないよう細い光線による攻撃を、稼働盾の防御だけで受け止め、半ば無視する形で街への移動を開始する。

 接近してきたら全力の砲撃でトドメを刺そう、と思っていたときだった。

「何?!」

 目の前に出現したのは、風船のように見える光の球。

 黄色い光の球が前触れもなくすぐ近くに生まれ、風船のように膨らみ、一気に大きくなってモルガーナや百合乃、そして克樹の立っている海沿いの歩道辺りを巻き込んで広がった。

 直径数百メートルのところで拡大は止まり、黄色い薄膜のように外と中の世界を隔絶させた。

 それがなんであるのかを、モルガーナは瞬時に理解した。

「フェアリーランド!!」

 スフィアに仕込んでおいたフェアリーリングやフェアリーケープと違い、この魔法が使える人物を、モルガーナは自分以外ではひとりしか思いつかなかった。

 彼の存在を感知し、そちらを睨みつけたモルガーナは叫んだ。

「翔機ぃぃぃぃーーーーーーっ!!」

 

 

 

 黄色い薄膜状に広がったフェアリーランドは、その内にモルガーナと百合乃、克樹を納め、拡大を止めた。

 中にいる者は外が見え、外にいる術者にも見えはするが、それ以外の者からは視認することはできない。

 フェアリーリングと違い、空間そのものを隔絶させるフェアリーランドは、外から干渉することもできなければ、中から外への干渉も一切遮断する。

 隔絶した世界を、まさに妖精の世界を創り出す魔法だった。

 崩れかけた屋上のフェンス越しに、内側からこちらに向かって叫んでいるモルガーナを、車椅子に座り見ているのは、天堂翔機。

 彼の側に跪き、目をつむって見上げるように顔を向けてきているのは、家政婦として使っているエルフドールの一体。

 ドールの額に当てていた右手の指を離し、翔機は深くため息を漏らした。

 昏睡から目覚めた彼の傍らに残されていた、エリキシルスフィア。

 スフィアの一斉停止後も機能を保っていたそれは、溜まっているエリクサーを使って身体を治せというモルガーナのメッセージだったのだろう。

 けれど翔機は、自分のためにエリクサーを使うことはなかった。

 エリキシルドールを自らの身体とし、神意外装を纏ったモルガーナはまだ何か、怒りにまかせて叫んでいる。

 その様子に一瞥をくれた翔機は、エルフドールに車椅子を押してもらい向きを変える。

 向かったのはぼろぼろになったヘリポートの片隅。

 そこに転がっている、モルガーナの身体の元へ。

 エルフドールに持ち上げてもらい、息絶えぐったりとしていて、しかしまだ微かに暖かみを残す魔女の身体を膝に乗せた翔機は、シワだらけの細い手で愛おしげにそれを抱き寄せる。

「結局、儂が手に入れられたのは、これだけだったな……」

 もう二度と開かれることのない瞼の向こうを見つめながら、翔機は優しく彼女の黒髪を撫でていた。

 二度と目覚めることのない魔女の表情からは憑き物が落ちたかのように妖艶さは消え、微かに微笑んでいるようにも見える顔には、どこか少女のようなあどけない面影があった。

「儂はただ、お前がほしかっただけなのだよ、モルガーナ」

 彼女の助けになるために勉強をし、喜んでもらうために結果を出し続けてきた。

 その瞳の奥底に、人間への――それは彼も含むすべての人間への憎悪がたゆたゆっているのに気づいていたとしても、翔機は魔女への献身を止めることはなかった。

 遠くない死を感じ、残りの人生を好きに生きると決めた後も、想いを止めることはできなかった。

「お前に、儂だけを見てもらいたかった。儂だけに愛情を注いでほしかった。儂の願いは、叶えられなんだな。儂はお前のただひとりの存在に、なれなかったな……」

 フェアリーランドの中で死闘を再開したモルガーナのことを見つめ、翔機は寂しげに笑んだ。

「さらばだ、魔女よ。我が母であり、我が妻であり、最愛だった者よ。お前は人間だった。人間として生きた。そして、人間を捨てた。永遠のお別れだ、モルガーナよ」

 いつも大きく見えていたのに、いまは小さく、か細く感じる少女の身体を、肩を震わせながらかき抱き、老人は戦場に背を向けた。

 

 

 

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