神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
* 4 *
ひとつ大あくびをして、僕は体育座りをしている身体をさらに小さくする。
ニクラス合同の体育の授業ではサッカーの試合が行われていたが、僕は校庭の端のベンチで体調不良を理由に見学だ。
こんな寒い中、汗をかくようなことをするなんて風邪を引いて当然のこと。莫迦らしくてやっていられない。
校庭を半分に分けるように張られたネットの向こうでは、女子が元気良さそうにバレーボールに興じていたが、僕がそちらに目を向けることもない。
動かなければ動かないで寒くて、ベンチに座って身体を縮込ませているだけだった。
どうせ僕の運動神経はたいしたことがないから、とくに文句を言われることもないし、見学はいつものことだったから体育教師も文句のひと言だけで済んでいた。
「何してんのよ、克樹」
そんなことを言いながら近づいてきたのは、夏姫。
ジャージの上だけを羽織って下はショートパンツの彼女の生足は、それはそれで見栄えがいい。
「うん、悪くない」
「まったく、相変わらずあんたは!」
文句を言いながらも、夏姫はベンチの僕の隣に座る。
「僕は体調不良で見学だ」
「どうせ仮病でしょう?」
ショージさんに話を聞いてから、ひと晩中エイナのライブチケットを入手する方法がないか探していてほとんど寝ていないから、眠くて仕方ないって意味では体調が悪いというのは確かだったが、あえてそのことは言わなかった。
「夏姫こそ何やってるんだ。見学じゃないだろ」
どうやら七チームか八チームあるらしく、女子の方を見ると他にも試合待ちらしい奴がいるのが見えた。
――だからって、僕のところに来ることはないだろ。
そう思いながらもちらりと夏姫の方を見てみると、真剣な顔で考え事をしてるらしかった。
「ねぇ克樹。あんたのさっきみたいなのって、ジェスチャーなの?」
「ジェスチャー? なんだよ。僕は単純に女の子が好き――」
「百合乃ちゃんのこと、聞いたの」
僕の言葉を遮って言った夏姫が、いつになく真面目な目をして僕のことを見つめてきていた。
「いったい誰から……」
「明美から。もし克樹の側にいるつもりだったら、って言って教えてくれたの」
「ったく、あいつ、口が軽いな」
夏姫と遠坂が知り合いだったとは知らなかったし、遠坂にとくに口止めをしたことはなかったが、しておけばよかったと今更ながらに思う。
「あんたが女の子にあぁいうことを言うのは、女の子に男が怖いものだって教えるためだろう、って明美は言ってたよ」
「さぁね」
夏姫の視線から逸らして明後日の方向に顔を向ける。
「昨日の夜、三人目の被害者が出たのは、知ってる?」
「あぁ」
どうやら通り魔はもう一度僕を狙ってきたりはしなかったらしい。
学校の最寄り駅近くの中型家電店から出てきた会社員の男性が、帰り道に襲われていた。
前の事件と同じように荷物が奪われ、壊されたピクシードールも発見されていたし、荷物を奪われまいと抵抗したときに殴られて会社員は軽い怪我をしたと、チケットを探す傍らリーリエが見つけたニュース速報を教えてくれた。
通り魔が何を考えているのかはわからなかったが、エリキシルスフィア探しを諦める気がないことだけは確かだった。
「アタシは、やっぱり許せない」
強い怒りを込めた瞳で、夏姫は言う。
「もしかしたら次はアタシの知り合いが襲われるかも知れないし、最悪大怪我をすることもあるかも知れない。そう思ったら、通り魔のことが許せないよ」
「……」
「これ以上被害者を増やさないためには、そいつのエリキシルスフィアを奪うしかないと思う」
やめておけ、と言おうと思ったが、口からその言葉は出てこなかった。
夏姫は夏姫の考えで、どうにかしようと考えてる。それを止める権利は僕にはない。
「いまのまま犯行を重ねれば近いうちに警察だって犯人に気づくだろ。警察だって無能じゃない……、とは言わないが、まぁあんまり危ないことはするなよ」
百合乃を誘拐した犯人は、未だに捕まっていない。そのことを考えたら警察の捜査能力に疑問を覚えなくもなかったが、何度も犯行を重ねればいつかは捕まるだろうと思えた。
それに夏姫が動いて犯人の標的にされるようになったら、彼女の方が危険だろう。
「明日にはパーツが届いたって連絡がPCWからあったの。週末には取りに行く。その後はアタシ、通り魔を探すよ」
何でわざわざ僕にそんなことを言うのか、と思うが、こいつはもしかしたら僕の性格を把握しつつあるのかも知れない。
「――」
夏姫に何かを言おうと思って口を開いたが、なんて言っていいのかわからなかった。
――まったく、僕に心配なんてさせるなよ。
じっと見つめてくる夏姫に心の中で文句を言いつつ、僕は考え始めていた。
もう少し、通り魔の正体について調べてみようと。
*
何かを考え始めたらしい克樹の様子を、夏姫はじっと見つめていた。
――こういうときは、悪くないんだけどな。
顔はこちらに向けてきつつ、視線はどこかを彷徨わせている。
PCWでヒルデを直すかどうか迷っていたときに見せてくれた瞳も、その後エリキシルバトルについて話してくれたときの瞳も、考え事をしてる様子のいまの瞳も、真面目なときの克樹の瞳は決して嫌いではなかった。
――いまなら、訊いてもいいかな?
明美から聞いた百合乃の話。
アリシアのソーサラーであったという百合乃は、いまの克樹にとってリーリエのような存在であったのではないかと思う。
亡くなってしまった百合乃のことを想って克樹はエリキシルバトルに参加したのではないか、と夏姫は考えていた。
「克樹はもしかして、百合乃ちゃんの復活を願って、エリキシルバトルに参加したの?」
強い瞳で睨まれた。
触れてほしくない話題だろうことはわかっていた。
でも夏姫は、克樹がどんな願いを持ってエリキシルバトルに参加したのか、知りたかった。
「どこまで話したんだ、あいつは」
ひとつ舌打ちして、苦々しそうな表情を浮かべる克樹。
「もし、もしそういうことだったら、アタシは克樹のこと、手伝うよ。アタシだってママを生き返らせたいから、もしエリクサーを手に入れられるのがひとりだけなんだったとしたら、最後は戦うことになるかも知れないけど……、でもそれまでは、アタシは――」
「違う」
「え?」
少し怒ったような瞳をしつつも、克樹は言う。
「僕が願っているのはあいつの復活なんかじゃない」
「じゃあなんで?」
「……僕は百合乃と別れを済ませてる。僕はもしあいつが復活させられるとしても、それを願ったりはしない。僕はもう、あいつの死を受け入れてるんだ」
「だったらじゃあ、リーリエちゃんは、何なの?」
罵声が飛び出しそうな表情をしつつも、克樹はそれを押し殺したような声で言った。
「リーリエは百合乃の脳の情報からつくった人工個性だ。たぶん、エイナと同じ」
「エイナと、同じ?」
「あぁ。エイナをつくったのは、百合乃の脳の情報を取り出したのと同じ、魔女だ。エイナがエリキシルバトルの招待に現れたのも、そういうことなんだと思う」
魔女という言葉は少し前にも聞いていたが、よくわからなかった。
克樹にとって、いま浮かべてる強い怒りを覚える対象だということだけはわかった。
「それにリーリエには弱点がある。だから僕はあまりバトルに参加したいとは思ってない」
「弱点なんてあるの?」
「リーリエの本体は僕の家にある。リーリエがアリシアを動かすためには、ネット回線が必要だ。それもかなり膨大な通信帯域が必要だから、モバイル回線一本じゃ足りなくて、外で動かすためには最低で三回線を束ねて動かしてる。開放空間なら山の中にでも行かない限りは大丈夫だけど、地下とか建物の奥とか電波が遮られる場所では、僕は戦えない」
「……そっか」
いまどき携帯端末に電波が届かない場所というのはほとんどないと言って良かったが、学校では授業中、校内ネット以外は遮断されるし、確かに地下街や建物の中では電波が届かない場所もあった。
「よかったの? そんなことアタシに話して」
「リーリエとの約束を破るような奴じゃないだろ? 夏姫は」
微かな笑みを浮かべて言う克樹は、おそらく信頼してくれているんだろうと思う。
その信頼に応えるためにも、リーリエとした再戦の約束を果たすためにも、弱点を突いた戦いをしたいとは夏姫には思えなかった。
「僕がオーナーで、ソーサラーじゃないってことを知ってる奴ならわかることだしな」
「えー」
信頼してくれているというのは勘違いだったのか、とも思ったけれど、唇を尖らせた夏姫の顔を見る克樹が浮かべた笑みは、信頼を否定するものではなかった。
「なんだよふたりとも。こんなところでイチャついてるんじゃないぜ」
「せっかく愛の語らいをしてるんだから邪魔するなよ、近藤」
「違う!」
不意に現れた近藤がにやけた笑みを浮かべているのに、夏姫は恨みを込めた視線を投げかけていた。
「それより呼んでるぞ、あっち」
言われて見てみると、試合が終わったのか、自分を手招きしている人が見えた。
「ごめーん、すぐいくー!」
大きな声で謝りつつ、夏姫はベンチから立ち上がる。
挨拶するように手を上げた克樹に笑みを見せてから、夏姫は待っている女子の方に走り出した。