神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
* 4 *
「今日はありがと」
「うぅん、こっちこそ」
学校の最寄り駅のひとつ手前で降りた夏姫は、同じ駅で降りた明美に手を振って別れた。
明るいうちに帰ってくるつもりだったのに、PCWでヒルデのパーツを受け取って組み付けて、明美と一緒にメンテナンスの方法まで教えてもらっているうちに時間が経ってしまった。
明美のドールのパーツは大型量販店ですぐに購入することができたが、帰りしなにデパートで春物の服を少し見に行ってしまったのもあって、駅前の商店街はすっかり夜の帳が下りてしまっている。
商店街のある通りから外れて、明美が街灯があるにせよ暗い道を歩いて行くのを見送って、夏姫も家に向かって歩き始めた。
――今日、あいつは何してたんだろ。
せっかく家まで誘いに行ったというのに、買い物に着いてきてすらくれなかった克樹。
重要な用事があるらしいことはわかっていたが、どんな用事なのかは聞いていなかった。
――魔女とか言う人のところかな?
朝会ったとき、克樹は深刻そうな顔をしていた。
克樹にあんな顔をさせる相手は、彼にとってそれだけ重要で、そして何か強い想いを向けている相手なのではないかと思った。
エリキシルバトルの主催者だという魔女と呼ばれる人がどんな人で、どんな目的でバトルを開催したのかは気になっていたが、それについては何か因縁がありそうな克樹に任せることにしていた。
ヒルデを持っていくのに選んだ大きめのショルダーバッグから克樹の叔父からもらった携帯端末を取り出し、夏姫は少し迷う。
夜でも明るい商店街を行き交う人とすれ違いつつ歩きながら、克樹のことを思う。
――もうあいつ、用事終わってるかな?
彼の家はここからそう遠くない。
顔でも見に行って、また家まで送ってもらおうか、と考える。
出掛けていてまだ帰っているかどうかわからなかったから電話でもして確認してみようと端末の画面をみたとき、見慣れないアイコンが画面の隅に現れていることに気がついた。
「なんだろ、これ」
不吉な予感を覚えて、夏姫はタッチパネルを操作してアイコンの意味を調べる。
――これって……。
刻々と変化する数字の意味を知って、振り向いたのとほとんど同時だった。
鋭いブレーキ音が、少し離れた場所から聞こえてきた。
「明美!」
そうだという確証はない。
けれど夏姫は自分の胸の中にわき上がってきた予感のままに、いま来た道を走って戻って、明美の歩いて行った道へと入る。
見えたのは道に対して斜めに止まっている車と、倒れている人影。
それから、少し離れた場所に立ち尽くしているコートを着てフードを目深に被った背の高い人物。
「明美っ」
今日一日一緒にいたのだから見間違うはずもない。
倒れている明美の側に駆け寄り、抱き起こそうとした夏姫だったが、伸ばした手は止まってしまう。
意識を失って倒れている彼女は、たぶん頭からだろう、血が出ていた。
出血量はそれほど多くないように見えたが、どこを打ったのかがわからない。頭を強く打っているなら、ヘタに動かすことはできなかった。
「そっ、その子があいつとぶつかって倒れてきて……」
車から降りてきた男の人が真っ青な顔をして言う。
「早く、救急車を!」
言われて思い出したように運転手の男は携帯端末を取り出した。商店街の方からも人がやってきて、少し遠巻きにしながらも明美を気遣う声をかけてくる。
――たぶん、明美は大丈夫だ。
アスファルトを濡らす血はあまり大きく広がっていない。息も安定している。頭を打っていたとしても、それほど強くないだろう。
そう、思うことにした。
心配だったが、それよりも強く夏姫の胸を満たしているもの。
――許せない! 絶対に、絶対に許せない!!
振り向いた夏姫は、通り魔を睨みつける。
呆然とするかのようにまだそこに立ち尽くしていた通り魔は、左肩にスポーツバッグのような鞄を提げ、それから右腕には明美のショルダーバッグを抱えていた。
夏姫の視線を受けて我に返ったのか、通り魔は背中を見せて走り始める。
「この子のこと、お願いします」
言って夏姫はコートの後ろ姿を追いかけ始める。
かなり脚の速い人物のようだったが、逃がす気はなかった。
たとえある程度離れてしまっても、携帯端末に表示されてるレーダーの距離表示はそうそうには範囲外にはならない。
通り魔をこのまま逃す気は、ひと欠片もなかった。
走りながらも、夏姫は手に持っていた携帯端末の通話ボタンを押す。登録者リストから克樹を選び、コールボタンをタッチした。
――克樹、出て!
一度、二度、三度、耳に当てた携帯端末からは無機質なコール音が流れる。
揺れる鞄が邪魔にならないよう肘で押さえつけつつ、さらに続くコール音に唇を噛みしめる。
携帯端末を耳に当てたまま、夏姫は街灯の向こうに消えて見えなくなってしまいそうな通り魔を、目を見開きながら追いかけ続けた。