神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第二部 黒白(グラデーション)の願い 第三章 3

 

 

       * 3 *

 

 

「ありがとう」

 ローテーブルの上にカップを置き、保温ポットからコーヒーを注いだのは、平泉夫人専属のメイド、芳野。

 髪留めで濃茶色の長い髪をまとめたメイドに礼を言うと、黒に近い藍色のワンピースの上に身につけたエプロンの胸にお盆を抱き、音山彰次ににっこりと笑みを見せた。

 夫人の身の回りの世話から仕事の手伝いまでをこなす、文字通り万能という言葉をほしいままにする彼女は、AHSのアーキタイプのひとつとして性格を取り込み、彰次の家で試験的に働いているアヤノのパーソナリティに設定している。

 足音を立てずに扉に向かい、一礼をして部屋から出るまで眺めて、彰次は目の前でコーヒーを飲みながら笑みを浮かべている平泉夫人を見た。

「それで、今日はいったいどういったご用件で?」

 スフィアドール業界で個人としても名を知られ、会社に対してもかなりの貢献をしていると自負する彰次は、一般的には裕福な部類に入る層にいると考えている。

 ローンなしで建てた家もそれなりに金をかけているが、そんなものとは隔絶された豪華で、豪奢な平泉夫人の屋敷に呼ばれ、居心地が悪く感じるほどの空気を醸し出している執務室に通されていた。

 昨日個人的に会いたいとメールで連絡が入っていたが、どんな用事であるのかについては一切書かれていなかった。

「せっかちな人ね。決してそういうところは嫌いではないけれど。ごめんなさいね、突然呼びだしてしまって。少し、個人的にお話がしたかったので」

 にっこりと笑った夫人が発する雰囲気に、彰次はこっそりと息を飲んでいた。

 弄ばれていることはわかっていたが、彰次にはされるがままになるしかない。

 何度会っても、彰次は夫人に緊張を覚えるほどの圧力を感じる。克樹が友人として彼女とつき合っているのが、信じられないほどに。

 資産家としては多くの人に注目されるほど資金力があるわけではなく、亡くなった旦那の家も、夫人自身の家も相当な家柄だが、絶縁されているために彼女のことがその手の人々の間で話題に上ることも少ない。

 しかし、いまでこそ巨大市場に成長したスフィアドール業界に、黎明期以前から注目するなど先見の明があり、HPT社はもちろんSR社の起業当初から関係者である彼女は、自力で広げた人脈と深い知識により知る人ぞ知る有名人だった。

 女性としても年齢を感じさせず、地味な黒いワンピースでも隠しきれないほどの魅惑的なプロポーションをし、モデルのような美女で、株主として会社的にも、個人的にも世話になっている以上に、人を惹きつける魅力と同時に、ある一定以上の距離より内側に人を寄せ付けない女王の雰囲気とでも言うべきものを放っている平泉夫人。

 彼女からの呼び出しには、例え休みの日であったとしても、彰次はよほどのことがない限り拒絶することはできなかった。

「先日は克樹の奴にチケットを譲っていただき、ありがとうございます」

「いいえ。興味はあったけれど、あぁした場所は苦手なので、行くのをためらっていたので、ちょうど良かったのよ」

 克樹からライブの後に、彼が探しているという情報を聞きつけて個人的に夫人からチケットを手に入れたことを知り、お礼の品を贈り、電話での礼はしていた。忙しい夫人に直接礼を言ったのは、いまが初めてだった。

 確かに平泉夫人のような人がライブ会場にいる姿は想像できないが、彼女が持っていたチケットは、一般席とは隔絶されたVIP席のはず。個人としても凄まじい力を持ったバトルソーサラーであり、趣味のひとつでもあるそうだが、スフィアドール業界の行く末を常に見つめている彼女が、ライブ会場に足を運ばない理由は見つからない。

 黒い瞳に楽しそうな色を浮かべている夫人の真意を、彰次は読み取ることができない。

「今日の用件は、出資に関する相談についてよ」

「出資の相談?」

 ワインレッドの唇の片端をつり上げて笑む夫人に、彰次は顔を顰める。

「出資については会社を通して話をしていただいた方が良いと思いますが」

「えぇ。もちろんそれはわかっているわ。けれど正式にその話を会社に連絡する前に、貴方に話を通しておかなければならないことでしたので」

「それはどういう意味でしょうか?」

「私が出資したいのは、貴方が会社の中で個人的に開発を進めているものに対して、なのよ」

「それは、つまり、その……」

「想像の通りよ、音山彰次技術部長」

 夫人の言いたいことを理解し、彰次は思わず顔を両手で覆って、天井を仰ぎながら大きく息を吐いていた。

「人の口に戸は立てられないものよ。例えどんなに秘密にしていても、日本においてスフィアドール業界三位の規模を誇る会社の技術開発部の部長が、あるメーカーの開発工場に足繁く通っている、といったものは、とくにね」

「確かに、そうでしょうね……」

 にっこりと笑む夫人の言葉に、彰次は観念し、まだ熱いコーヒーを飲み干して彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「進捗の方は現在のところ、どんな感じなのかしら?」

「正直なところ、芳しくはありません。どうせなら会社の施設と繋がりを使って、と言われてやらせてもらっているだけで、完全に趣味の範疇の開発なので、ね。性能は五パーセント程度しかありません。しかも体積は二十倍、消費電力に至っては百倍を超えています。実用性は皆無と言っていいでしょう。会社での俺の功績分でやらせてもらってる、遊びのようなものです。そんなものに出資する意味はないと思いますよ」

「確かにあまり良い状況ではないようね」

「えぇ。利点もあるにはありますが、まともな利益が出るようなものではありませんよ」

 平泉夫人が成果を重んじる人物であることは、彰次は重々承知していた。

 その成果は決して金銭的な利益に留まらず、間接的な影響や、個人の楽しみを含むためはっきりと見えるものに限らないが、利益を生まないものに対して出資をするような人でないことは確かだった。

 それなのにいま、趣味のような研究に出資を申し出る理由が、彰次には理解できなかった。

「もし……、それがそう遠くないうちに必要となり、利益を生むもののだとしたら、どうでしょう?」

「まさか、そんなことが?」

 口元に笑みを浮かべ、しかし笑っていない目で、夫人は言う。

「いまのところ勘に過ぎないのですけどね、勘が勘のうちに先手を打っておかなければ大変な事態を招く可能性がある、と私は判断しているのよ。実際そのときになったら不要になるかも知れない。けれど、できる限りの事態に備え、手を打っておく必要があると考えているわ」

「そんな事態が、起こりうるのですか?」

「可能性だけならば、充分に」

 言葉とは裏腹に、何かしらの確信を持っているように感じる平泉夫人の瞳に、彰次は眉を顰め、視線を外して考え込む。

 ――いったい、何が起こるって言うんだ?

 利益が出ないものに出資を申し出ることだけでなく、平泉夫人に見えているものが、彰次には見えなかった。

 しかしすぐに思い浮かんだのは、克樹の顔。

 おそらく半年前に訊かれる以前から、モルガーナがSR社にいることを予測していた彼。そうであるにも関わらず、あのタイミングで居場所を確認してきて、接触することを望んだことには、必ず何か意味があると感じていた。

 それが何であるのかについては、できれば訊きたくなかったし、彼も話したりはしていなかったが、行くことにも意味があるエイナのライブのチケットを自分から彼に渡した夫人の行動も関連していると考えるなら、腑に落ちる部分がある。

 ――何か飛んでもないことに関わってるな、克樹も、夫人も。

「……いや、俺も、か」

「何か?」

「いえ、なんでも」

 思わず口に出してしまった言葉を誤魔化し、彰次は夫人に視線を戻す。

「とりあえず詳細については、出資の申し出も含めて後日会社に連絡させていただくわ」

「お願いします」

「いまのところ開発が進んでいないのは、充分な人材と試作資材の不足が大きな原因でしょう。それに関しては今回の出資で解決させてもらうわ」

「……わかりました」

「それから、開発については極秘で、表向きはいままで通り貴方の趣味の範囲で、という形にして頂戴。動き方が変わると思うけれど、そこの部分についてはダミーの情報を流して対応するようにします。それは私の方で手配しておくわ」

「そこまで、隠す必要があるので?」

 成長著しい業界では、本命の計画を隠すためにフェイクの情報を流したり、ダミーの計画などを立ち上げて計画そのものを隠蔽するような工作はあることだった。

 SR社に状況をほぼ把握されているスフィアドール業界ではそれほどあることではなかったが、ホビーユースからビジネスユースへ、そして軍事用途にまで広がりつつある現在、そうした情報戦略は起こりつつある。

 しかしそうした工作には資金がかかるものであるし、完全に隠蔽しようとしたらその額は膨大になる。

 そこまでのことを、夫人は必要だと考え、提案してきていた。

「えぇ、必要よ。いえ、必要になると、私は考えている」

「わかりました。だがその手の研究開発はうち以外でもけっこうやってると思うんですが、決して専門でもないうちに何故出資しようと思うのです?」

 そう問うた彰次に、夫人は微笑みを見せた。

 それまでの黒真珠とあだ名される女傑としての顔ではなく、少し楽しげで、けれどどこか悲しげで、黒く深い瞳に、複雑な色を浮かべていた。

「それはね、彰次さん。リーリエちゃんという人工個性を生み出し、その技術を持っている貴方こそが、一番私の目標に近い位置にいると考えているからよ」

 テーブルに置かれたカップを取り、夫人は視線を落として温くなったコーヒーをひと口飲む。

 それから顔を上げ、女傑としての彼女に戻って言った。

「公表はできれば半年かそれくらいが良いと考えているわ。それまでに発表に値する成果を期待しています。できるかしら?」

「またずいぶん急ぐんですね」

「それだけの意味も、利益も、すぐにではないけれど、生み出すものであると考えていますから。――改めて問います。音山彰次技術部長。今回の件、受けていただけるかしら?」

「正式な出資の打診、お待ちしています。個人的にはもっと力を入れてやりたいことではあったのでね、ありがたい話です。成果については……、いまのところは努力します、とだけ」

「期待しているわ」

「しかし、これで俺はいままで以上に貴女に頭が上がらなくなりますよ」

「ふふっ。貸しの大きさだけなら、克樹君もいい勝負でしょうけれど」

 纏っていた圧力を感じるほどの雰囲気を緩め、夫人は笑む。

「克樹の奴も、ずいぶん貴女に貸しが多いようで。すみませんね」

「いえいえ。彼のことは個人的にも見ていたいくらいですから。むしろいまよりももっと側に置いておきたいくらいよ」

「いや、さすがにそこまでは、どうかと……。だがあいつに、貴女からの貸しを返せる当てなんてあるかどうか」

 すべてを把握しているわけではなかったが、エイナのライブチケットや、リーリエの人工個性を構築するためのシステムを購入する際の資金を借り受けたこと以外にも、克樹が多くの貸しを夫人につくっていることは知っていた。

 それを返済するためにちょくちょく呼び出されたり、下請け仕事のようなこともやっていることも把握している。

 金銭的にはすでに返済済みで、義務があるようなものではないが、心情的には個人としては大きすぎる克樹の夫人への借りは、そう簡単に返済できるものではないはずだった。

「そうね。克樹君にはお願いしようと思っていることがあるのよ」

「あまりあいつの負担になるようなことは、勘弁してやってくださいよ」

「どうかしらね。すでにあの子は動き始めてしまっているし、彼自身の望みのひとつでもある。私は彼の手助けを、できる限りしていくつもりよ」

「……いったい、何をあいつに頼むつもりなので?」

 楽しげに笑む夫人は、飛んでもないことを口にした。

「魔女狩りを、ね」

 息を飲んだ彰次は、夫人の言葉に対して何も言うことができなかった。

 モルガーナに関係して動き出している様子の克樹。そして今日の夫人の話も、直接的なのか間接的なのかはわからないが、モルガーナに関係することだった。

 目的そのものを思いつくことはできず、想像することもできず、問うこともできない彰次だったが、平泉夫人の言葉も、行動も、すべては彼女の言う魔女狩りに繋がるものであることを理解した。

「俺を、巻き込むつもりですか?」

「いいえ、そんなつもりはないわ。貴方は巻き込まれるのではない。おそらく最初から当事者のひとりよ」

「それはどういう――」

「ちょっと待ってね」

 言って夫人はソファに置いた携帯端末を手に取り、耳に当てた。

「えぇ、そう。――ちょうどその克樹君が来たのだけど、会っていくかしら?」

「……いいえ、辞めておきます。あいつは意外と鋭いんで、今日の話とかいろいろ、勘づかれる可能性がある。裏から逃げさせてもらいますよ」

「わかったわ。ではまた、休み明けに」

「わかりました」

 応えて彰次は荷物をまとめ、ソファから立ち上がる。

 待ちかまえていたように扉を開けた芳野が手で示すのに従い、歴史を感じさせる造りの廊下を通って、正面玄関ではない勝手口から直接駐車場に出た。

 礼をして去っていった芳野を見送り、乗ってきた黒いセダンの運転席に座ってしばらく待ってから、車を発進させた。

 ――いったいあいつは、どんなことに巻き込まれてるんだ?

 何かをしているのはわかっているが、隠していて、話してくれる様子もない克樹。

 飛んでもないことに巻き込まれているのはわかっていたが、夫人と、モルガーナが関わっているならば、気軽にそれを問うことはできそうもなかった。

「俺も当事者ってのは、どういう意味なんだ?」

 夫人の告げた言葉の意味がわからず、生活道路から幹線道路に車を右折させながら、まだ明るい陽射しの下で、彰次はため息を吐いていた。

 

 

          *

 

 

「……誰かお客さんだったんですか?」

「入れ違いでね」

 少し待たされてから通されたのは、相変わらずの執務室。

 本当ならこことは別に応接室があるけど、あそこは平泉夫人自身も言ってる通り、お客さんに対して見栄を張る部屋。執務室ですら沈み込む感触のある絨毯を踏むのもためらうのに、ここ以上に調度品なんかが凄まじい応接室じゃ、僕は落ち着ける気はしない。

 応接セットのソファに座って、コーヒーのカップを口元に寄せる平泉夫人の前には、もうひと組カップが置かれている。

 完璧を文字通り体現したような夫人専属のメイドさんが、片付けが間に合わないほどぎりぎりのタイミングでお客さんと入れ違ったらしい。

 正体不明の前の客人の茶器を片付け、僕の分と夫人のお代わりの分のコーヒーを持ってきた芳野さんが一礼して下がった後、僕はソファに座った。

「それで今日は突然どうしたの? 克樹君から突然来るなんて、珍しいじゃない」

「ちょっと訊きたいことがあったので」

 今日僕が平泉夫人の屋敷にやってきたのは、朝になって思いついたことがあったからだった。

 忙しくて屋敷にいないことが多い夫人は、数日前にアポイントを取っておかなければ会うのは難しい。ゴールデンウィーク中で時間があったからか、PCWでガーベラのパーツの組み替えが終わった後に電話を入れてみたら、時間を取ってくれることになった。

 楽しげな色を瞳に浮かべている夫人に、僕は前置きなしに問う。

「二体のスフィアドールを同時に動かせる人は、いまいますか?」

「また唐突にもの凄いことを訊くものね。簡単に答えると、私はいま現在のソーサラーで、二体のスフィアドールを同時に動かせる人は、いないと考えているわ。噂だけならば聞いたことがあるけれど、自分の目で確認したことはないわ」

「そうですか……」

 わずかに憂いの色を湛える瞳で、夫人は言葉を続ける。

「……過去にそれを目にしたことがあるのは、百合乃ちゃんだけよ」

「あいつ、あれを夫人にも見せてたんですか」

「えぇ。一度だけだけど。スフィアカップのすぐ後にね、彼女から本気で戦いたいと申し入れがあって、一度戦ったことがあるわ。そのときの流れで見せてもらったの」

「知らなかった……」

 僕と百合乃が夫人と出会ったのは、スフィアカップが初めてだった。

 そのときに百合乃のことを気に入った夫人と連絡先を交換して、つきあいが始まったわけだけど、地方大会の後に二度ほど一緒に屋敷を訪れた後、百合乃は誘拐され、死んでいた。

 僕が知らない間に百合乃がひとりで屋敷に来ていたなんて、知らなかった。

「ちなみにその本気の戦いってのの結果は、どうなったんです?」

「そうね……」

 思い出すように艶のある下唇に折り曲げた指を当て、夫人は微笑みながら話す。

「彼女とここで戦ったのは二戦。一戦目はスフィアカップのレギュレーション通りだったのだけど、私が勝ったわ」

「やっぱり」

 夫人の勝利を、僕は不思議に感じなかった。

 スフィアカップでは夫人に勝つことができた僕と百合乃だけど、なんとなく手加減をされている気がしていたからだ。

 何を考えて夫人が手加減したのかはわからない。でも同じことを感じていた百合乃は、夫人との全力の戦いを望んだんだろう。

 ――意外と、負けず嫌いだったからな。

 そうしたところはリーリエにも受け継がれている部分だったりするし、けっこう夏姫にもダブるものがある部分だったりした。

「二戦目は、彼女の全力で戦ったのだけど、負けたわ」

「どうしてまた」

「貴方がいまリーリエちゃんと協力して使っている必殺技、リミットオーバーセット、あるでしょう? 百合乃ちゃんはそれを使ったのよ。いまほど洗練されていなかったし、リーリエちゃんに比べれば動きも荒っぽいものだったけれど、百合乃ちゃんが必殺技を使うとさすがに私でも勝てないわ」

「やっぱりあいつ、意識的に使ってたのか……」

 ドールの人工筋のリミッターを外す必殺技は、僕が思いついて使うようになったものじゃない。

 百合乃が使っていた当時のアリシアの動作ログから、人工筋に規定値以上の電圧がかかってることがあることに気づいて、それを能動的にやる方法を思いついたから、やるようになったものだ。

 スクリプト化してリーリエ自身が使えるようにとかも考えていたりするけど、かなりデリケートで短時間しか使えない必殺技は、動作補助をする僕が制御してやらないといけない。もしリーリエに使わせるとしても、リーリエ専用に規格外のアプリをつくってやる必要があった。

 第四世代の初期に近い頃のアリシアで、百合乃が使っていた必殺技はいまほどの効果はなかったはずだ。たぶんアプリのバグを利用したものだったんだろうけど、どうやってあいつが必殺技を編み出したのかまでは僕にはわからない。

「スフィアカップのときも使っていたようね。たぶん必死だったからでしょうけれど、あの当時のスフィアの動作ログの記録間隔はいまより大きかったから、その間のほんの短い時間だったけれど」

「意識的に使ってたなんてバレたら一発退場なのに、無茶してたんだな、あいつは……」

「その後の流れで、二体同時にドールを動かしてみてくれたのよ」

「なるほど……。まぁ、芸としては面白いものだけど、その程度ですよね、あれは」

「何言ってるの? 克樹君。私はその百合乃ちゃんと戦ったのよ」

「……戦ったぁ?」

 思わず僕はあんぐりと口を開けてしまっていた。

 ピクシードールを使った人形劇をするという話になって初めて見せてもらった、二体同時の操作だが、あの後は何度か見せてもらった程度で、それを別のことで使うなんてこと考えてもみなかった。

 基本、ピクシーバトルは一対一、もしくはソーサラーひとりに対して一体のドールでのバトルロイヤルだから、そんなことできても活用できる機会なんてない。

 まさか二体同時に操作して、バトルができるなんてこと、僕ですら知らなかった。

「どうなったんですか、それ」

「アリシアの他に百合乃ちゃんに私のドールを貸して、私とあの子のドール二体、ソーサラー二対一で戦ったのだけれどね――」

 夫人はいくつかのタイプのドールを持っているから、百合乃に貸すこともできたんだろう。

 あの子、と言って扉の方に視線を飛ばしたのから見て、たぶんメイドの芳野さんなんだと思うけど、あの人もソーサラーだったのか、と思う。

 一度言葉を切って苦笑いを見せた平泉夫人は、肩を竦めた。

「完敗だったわ。アッと言う間にやられちゃった」

「え……。だってソーサラーはふたりでしょう? 百合乃も言ってたけど、二体同時はやっぱり一体のときより操作が荒くなるって。負ける要素はなさそうなんですけど」

「私もそう思ったのだけどね、ふたりの人間が呼吸を合わせて連携を取るより、ひとりの人間が二体のドールを動かして戦う方が、意思疎通や相方の動きを読み取る必要がない分、動作のタイムラグが少ないのよ。一瞬で芳野の方のドールを倒されて、二対一に持ち込まれて手も足も出ないまま負けちゃったわ。役割分担はしっかりしていて、一体を陽動と防御、一体を攻撃に振り分けていたけど、役割の入れ換えも瞬時に行っていたしね。同じことができない限り、百合乃ちゃんが操る二体のドールに勝つ方法は、たぶんないわ」

「あー、なるほど」

 見ていたわけじゃないから詳しいことはわからないけど、状況はだいたい推測できる。

 ふたりの人間が協力して戦う場合、連携するためには声でのやりとりや目配せ、相手の動きを見て次を推測するってことが必要だけど、ひとりの人間である百合乃にはそんなものは必要ない。

 百合乃にとってピクシードールは手足のようなものだ。

 ふたりの人間の一本ずつの手を、示し合わせる時間もなしに二本の手で片方に集中して捻り潰したわけだ。そんなことをされたらよほど連携を取れる人でもない限り、戦う前に潰される。

「あれは百合乃ちゃんだからこそできたことでしょうね」

「そうでしょうね」

「そしてあの子以外、二体同時にピクシードールを動かせる、私はデュオソーサリーと呼んでいるけれど、それができるソーサラーは見たことがないわ。ドールと一緒に自分も動けるムービングソーサリーが使える人は、けっこう見るのだけどもね」

「そうですか」

 近藤がそのムービングソーサリーの使い手なわけだけど、フルコントロールでピクシードールを動かしながら、自分自身も動けるソーサラーというのはけっこういる。

 ドールと自分自身の視界の問題があるが、アプリを入れて右の目と左の目で切り替えたり、メインビューとサブビューでやったり、高速切り替えでふたつの視界を同時に認識しているということだった。

「フルコントロールでデュオソーサリーができるソーサラーは百合乃ちゃんの他には知らないし、おそらくいないと思うのよ。ただセミコントロールだったら可能かも知れない、と言う話はあるわ」

「セミコントロールなら、ですか?」

「えぇ。ムービングソーサリーを使う際の高速切り替えによる並行視界認識を応用して、二体のドールを動かすという実験なら、したことがあるわ。ドールの操作はセミコントロールだからある程度コマンドが遅れても動くけれど、ムービングソーサリー以上に、離れた位置にあるふたつの身体を個別に認識して操作する、というのは簡単なことではないみたいで、歩かせたりといった程度のことはできても、それ以上のことは、戦わせるといったことはできなかったわね。視界認識の問題さえ解決できれば可能かも知れないけれど、普通の人間にとって視界はひとつだから、百合乃ちゃんのような天性の才能がなければ難しいでしょうね」

「そうですか」

 結論を聞き、僕は手で口を覆うようにして、しばし考え込む。

 ――視界の問題、か。

 僕も百合乃のようにできるかと思って、一度デュオソーサリーを試してみたことはあったけど、何秒と保たずに気持ち悪くなってドールを動かすまでには至らなかった。

 やり方を百合乃に訊いてみたけど、あいつは説明が上手くないもんだから、結局どうやってるのかなんて僕には理解できなかった。

 確かに操作だけならセミコントロールであれば可能かと思ったけど、バトルさせるとなるとやはり難しい。

「でもどうして、突然そんなことを聞きに来たの?」

「いえ、ちょっと、思いついたことがあったので……」

 目を細めてそう問うてくる、奥底を覗き込んでくるような夫人の瞳に、僕は目を逸らして誤魔化す。

 なんだかんだでスフィアドール業界だけでなく、ソーサラーの動向にも詳しい夫人は、この手の情報を知ってると思ったから、わざわざ足を運んでいた。

 被っているスマートギアを通してリーリエも聞いてるはずだが、百合乃の話題にあいつが加わってくることはない。理由はわからないが、リーリエなりに配慮してくれてるらしい。

「あのバトルに、関係していることなのかしら?」

「……。今日は時間を割いていただいてありがとうございました」

 夫人の質問には答えず、カップを煽ってコーヒーを飲み干した僕はソファから立ち上がる。

「近いうちに、たぶん新しく現れたソーサラーと決着をつけないといけないので」

 心配そうに目を細めて見つめてくる夫人にそれだけ言い、僕は執務室を後にした。

 

 

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