神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第二部 黒白(グラデーション)の願い 第四章 2

 

       * 2 *

 

 

「大丈夫か? 近藤」

「あぁ。だいぶマシになった」

 家の中で一番大きい僕のベッドに寝転がってる近藤に声をかけると、そう返事があった。

 リーリエの調査結果によると、通常なら半日くらいで、長くても一日程度で多少影響は残っても大丈夫になるという防犯スプレーだということがわかっていた。

 ただ、一本丸ごと使われたからか、いまだ近藤は目をまともに開くこともできない。このままだと明日の夜は、近藤は現場に行けそうになかった。

「近藤、大丈夫?」

 僕たちはあり合わせのもので、近藤は食べやすいようお粥で夕食を済ませ、洗い物が終わったらしい夏姫も寝室に顔を見せる。

「まぁ、大丈夫だろ。休み明けには学校に行けるさ。ただまぁ、追試については壊滅することになるかも知れないが」

「うっ……。いまはそのことは考えたくない」

「目が見えなくてもリーリエに頼めば、音声系の教材で勉強できるぞぉ?」

「集中できそうにないから、勘弁してくれ」

 目は開けられないが、元気はありそうな近藤の様子に、僕と夏姫は微笑み合っていた。

「改めて、戦いについて教えてくれ」

「あぁ」

 夕食前に概要だけは聞いていたが、僕はベッドに座って近藤に詳しい状況を訊ねた。

「最初に現れたのはあの忍者だ。浜咲から暗器使いなのは聞いてたし、スピードタイプだけどそんなに機敏なタイプじゃなかったから、勝てるところまでは持って行けたんだ。その後に現れたのが、もう一体のドールだ」

「さっきの話だと、後から現れた方にはエリキシルスフィアの反応があったんだよね? そっちが本当の敵ってこと?」

「どうだろうな。オレにもよくわからない。黒い服みたいので身体を覆っていて、以前ガーベラに着せてたレインアーマーみたいに正体を隠してた」

「そして真っ先に近藤が襲われて、防犯スプレーを吹きかけられたのか」

「そうだ」

 口元に手を当てて、僕は考える。

 必要な情報はもう充分だと言えた。ただ情報は、あればあるほど明日有利を得る要素になる。

「二体目が出てきたとき、二体同時に攻撃を食らった?」

「同時と言えば同時だが、実際オレに攻撃を仕掛けてきたのは忍者の方だ。二体目は動きを先読みして、スプレーを吹きつけてきただけだった」

「そっか。……他に、何か思いつくようなことはない? なんでもいいけど」

「思いつくことって言われても……」

 顎を引き、うなり声を上げて考え込む近藤。

 不思議そうな顔で小首を傾げてる夏姫のことは気にせず、僕は彼の言葉を待つ。

「そう思えば、二体目が現れる直前、オレは忍者をけっこう追いつめてたんだが、攻撃をしよとしたとき、ガーベラの反応が一瞬遅れたんだ」

「反応が遅れた?」

「あぁ。人工筋の慣らしが充分じゃなかっただけかもしれないがな。その程度の遅れだった」

「そっか。わかった。ありがとう。あとは充分に休んでくれ」

 夏姫に目配せをして寝室を出ようとする。

「なぁ、克樹」

「ん?」

 振り向いて近藤の方を見てみると、上半身を起こして、目は閉じたままだけど、僕の方に顔を向けてきていた。

「オレは明日行けそうにないが、ガーベラのことを頼む」

「何言ってんだよ。当然、ガーベラは取り戻すよ」

「そう言ってくれるのはわかってるが、改めて頼みたい」

 小さく肩を震わせてる近藤の様子に、目を細めながら夏姫の方を見ると、驚いた顔をしていた彼女はひとつ頷いて、階段の方へと向かっていった。

 扉を閉め、一歩近藤へと近づいていく。

「なんだよ、改まって」

「オレのガーベラは……。いや、オレのエリキシルスフィアは、一度お前に負けて、お前から預けられたものだと思ってる。だけどあのスフィアは、オレと梨里香が協力して手に入れたものなんだ。あいつの残してくれたものの中で、一番大事なものなんだ」

 もう震える肩を隠そうともせず、閉じた目から涙を溢れさせる近藤。

「大会のときのボディもそのまま残してあるし、梨里香から借りて使ってたスマートギアだってある。でもスフィアは、あのスフィアだけは、あいつと一緒に手に入れたものなんだ。本当にお前に言ってるように、みんなが願いを叶えられるなんて甘い幻想は持ってない。でも、微かであっても、梨里香ともう一度会うための希望なんだ……。必ず、必ず取り戻してほしい。克樹、頼む」

 ベッドの上で正座をし、土下座をする近藤に、僕はちょっと笑いそうになっていた。

 必死なのはわかる。

 大切なものだってことも、理解してる。

 でもわざわざ土下座なんてことをしなくても、僕はガーベラを取り返す。そのために明日指定の場所に行くんだし、これからそのための準備をするんだから。

 土下座なんて、僕には必要ない。

「そんなことしてないで寝てろ。明日は行けなくても、学校まで休むわけにはいかないだろ」

「……わかった」

 ベッドの中に潜り込んだ近藤を確認して、僕は寝室を出て作業室に入った。

 必要な荷物をいつもより大きなリュックに詰めて、椅子に引っかけてあるちょっと厚手のジャケットを羽織ってから一階へと下りていく。

 荷物を玄関に置いてからLDKに入ってみると、ダイニングテーブルのところで、そわそわした様子の夏姫が椅子に座っていた。

「近藤は?」

「寝るように言ってきた」

「そっか……。えっと、ね? 克樹。今日はあんた、どこで寝るつもり?」

「どこって、そりゃあ――」

 天井を眺めながらふと、僕のベッドは近藤が寝るのに使ってるのを思い出す。

 本来客間だったとこにはリーリエのシステムが占有してるし、あとまともに寝られる部屋と言えば、夏姫と灯理が使っていた、ダブルベッドがふたつ置いてある親たちの寝室しかない。

「夏姫が僕と一緒に寝たいって言うなら構わないぞ。勝負下着はちゃんと持ってきてるよな?」

「いや、そうじゃない! それがダメだから言ってるんでしょっ。ベッドは別でも、同じ部屋にとか、恥ずかしいし……」

「ベッドもひとつでいいんじゃないのか?」

『ダメだよ! おにぃちゃんと夏姫がエッチなことするなんて、あたしが許さないんだから!!』

 リーリエに思ってることをはっきりと言われて、顔を赤く染めて恥ずかしそうにしてる夏姫に、僕はちょっと楽しくなってきていた。

 こうやって弄ってるときの彼女は、可愛らしい。

 でも上目遣いに僕のことを睨みつけてきた夏姫は、口を尖らせながら言った。

「それは責任取ってくれる、って意味?」

「うっ」

 そのひと言に、昼間に言われたことを思い出した僕は、夏姫から目を逸らす。

 弄って楽しんでるだけの僕には、さすがにそこまでの覚悟はない。

「いや、まぁ、夜のことは気にしなくていいよ」

「なんで? ソファででも寝るつもり?」

 僕がベッドで寝ないことが前提っていうのが腑に落ちなかったりするが、手に持っていたスマートギアを、ディスプレイを跳ね上げさせたまま被る。

「これからちょっと出かける。たぶん帰りは朝か昼くらいになるから」

「どこ行くの? こんな時間にっ。忍者だって、もう一体のだって、いつ出てくるかわかんないんだよ? 危ないよっ」

「まぁ、明日まではたぶん大丈夫だろう」

 確信があるってほどじゃないけど、大丈夫だろうと思っていた。

 警戒のため、携帯端末の位置情報を定期的に送信するようにしてあるいま、僕たちは比較的安全だ。

「明日の決戦のためには、どうしても今晩のうちにやっておかないといけないことなんだ。どうにか予定も押さえられたしね」

「そっか……」

 不安そうに表情を曇らせている夏姫の頭に手を置き、優しく髪を撫でる。

 びっくりしたように目を見開いた彼女だけど、手を払いのけることなく、少し不安が和らいだように、目を細めて微笑みを浮かべた。

「じゃあ、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい。気をつけて」

「夏姫も。近藤のことは頼む」

「わかった」

 玄関まで追ってきて軽く手を振る夏姫の笑顔に送られて、リュックを担いだ僕はすっかり暗くなった町へと繰り出した。

 

 

          *

 

 

「わざわざ僕のために時間を割いていただいてありがとうございます」

「いいのよ、克樹君。貴方からのお願いと言うなら、私の予定が許す限り、時間くらいつくるわ」

 夏姫と近藤を家に残し、僕がやってきたのは平泉夫人のお屋敷。

 あの手紙を見、近藤の手当が終わった後、僕が真っ先に連絡を入れたのが、彼女だった。

 いつものような煌びやかな服ではなく、珍しく黒いジャージの上下姿の夫人は、でもそんな格好が彼女の美しさを損なうものではなく、初めて見る丸い眼鏡と相まって、いつも以上に若々しく見えていた。

 セミロングの髪をアップにまとめた夫人は、僕よりも高い目線から見下ろしてきて、柔らかく笑む。

 この前もリーリエの稽古をつけてもらったパーティルームには、今日も円形リングが設置されている。

 ポットやカップなどの茶器と、山盛りのピクシードーリ用バッテリの入ったカゴを乗せたカートを押してきた芳野さんに眼鏡を渡して、スマートギアを受け取った平泉夫人。

「それで、私が出した宿題はどれくらい進んでいるのかしら?」

「リーリエの方はだいたい。動きの練習はこれからですが。僕の方は半分くらい。……嘘です。三割ちょいくらいです」

「そんな状況で私に稽古をつけてもらいに来たの?」

 黒真珠の瞳の前では僕は嘘も吐けないし、ごまかすこともできない。すべてのことを言うことはできないが、僕は嘘を含めず夫人に話す。

「明日までに、少しは僕が戦えるようになる必要が出てきたので」

「明日というのはずいぶん性急ね。いいんだけれど。貴方がアリシアを使うのかしら? それとも私のドールを一体貸した方がいい?」

「リーリエの方の稽古も必要ですし、僕の方は、もう一体持ってきたので、大丈夫です」

 言いながら僕は、鞄からドール収納用としては大型のアタッシェケースを取り出し、開いた。

 中に入っているのは、二体のピクシードール。

 一体は水色のツインテールとハードアーマーが特徴的な、スピードタイプのアリシア。

 もう一体は、深緑の髪とアーマーのドールだった。

「触っていいかしら?」

「えぇ」

 壊れ物でも触るように静かに手を伸ばしてきた夫人は、深緑のドールに触れる。

 腰まである髪を太めの三つ編みにまとめ、ほぼ同色のハードアーマーは、その下の黒いソフトアーマーを覆うほどに面積が広い。

 大きな眼鏡、のように見えるが実はとあるメーカーの追加光学センサーを顔につけ、少し笑っているような表情で目をつむる僕の新しいドール。

 身長十九センチ弱と、アリシアよりも若干小さく、全身を金属製のハードアーマーで覆っているこいつは、一昨日ショージさんからフレームを借り受け、昨日PCWで買ったパーツで組み立てた、パワータイプのドールだ。

 アリシアを格闘家風だとするなら、新しいこいつは重戦士であると同時に、魔術師の雰囲気を漂わせてる。

 肩からは腕を守るように、腰からは脚を防御するための追加アーマーが伸び、アーマーの各部には宝石を散りばめたような、色とりどりの半透明な樹脂パーツを埋め込んであった。

「名前はなんてつけたの?」

「シンシア、です」

「……いい名前ね」

 目を細めた夫人は、僕の方を見て柔らかく笑む。

 僕が最初に組み立てたバトル用のピクシードールに「アリシア」と名付けたのは、百合乃だ。あいつが付けそうな名前を考えて、僕は新しいドールにシンシアと名前を付けた。

「戦型は?」

「いえ、まだ決まってなくて……。僕はまともにピクシーバトルやってなかったんで、どうしようかと考えてるところです。ただ、武器は何か持たせる予定です。いまはちょっと、時間がなくて用意できてませんけど」

「貸すわよ。パワータイプでしょうから、グレートソード? ハルバード? グレイブ? いっそのこと両手にバトルアックスにでもする? 特殊系ならショーテルとかマドゥとかツインソードとかもあるけれど」

「いったいどんだけ持ってるんですか……」

 平泉夫人の趣味の中には、ピクシードール用のアクセサリパーツ集めがあるのは知ってるけど、本体に比べれば安いと言っても、たいてい精巧に出来てて値段が張る武器を、どれだけ持っているというのか。

「とりあえずいくつか試しながらやっていきたいと思っています」

「わかったわ」

 夫人が目配せをすると、頷いた芳野さんがパーティールームを辞して、少しして蓋のついた薄い木箱を持ってきた。開けられた中には、ドール用の様々な武器が納められている。

「武器を持つかは後回しにして、まずは身体を動かすところからかしらね」

「お願いします」

「リーリエちゃんの方は、芳野との稽古ということでいいかしら? 格闘戦も武器戦闘も、ひと通りは仕込んであるから」

『ん、わかったー』

「はい。……というか、僕の方が夫人の相手ですか」

「不満?」

「いいえ……」

 夫人から目を逸らしつつ、スマートギアのディスプレイを下ろした僕は、アタッシェケースの中のアリシアを取り出して起動し、コントロール権をリーリエに解放した。

 アリシアをリングの中に立たせ、夫人から返してもらったシンシアも起動して、僕はフルコントロールアプリを立ち上げた。

 リングの中で対峙するのは、夫人が使う闘妃と、芳野さんが使う、夫人所有の別のドール、戦妃。

 アリシアに近い要所を重点的に覆ったハードアーマーを身につけ、黒地に赤いラインのあるデザインをした、スピードタイプのドールだ。

「さて、始めましょうか、克樹君。今日は朝まで寝かせないわよ」

「よろしくお願いします」

 男女的な意味で言われたのなら嬉しいかも知れないけど、サディスティックな雰囲気を漂わせる夫人の口元に、僕はむしろ戦慄を覚えていた。

 

 

          *

 

 

 灯りひとつ点いていない部屋の中には、薄いカーテン越しに街灯が薄暗く差し込んでいるだけだった。

 薄明かりに沈む部屋の真ん中に立つ人物は、足下まで裾のある灰色のコートを羽織り、フードを被っていて、顔は見えない。

 その人物が顔を向けている先、かろうじてベッドだとわかるそこには、三体の人形が寝かせられていた。ピクシードール。

 左端に横たわっているのは、黒い衣装を身につけたドール。

 その隣にあるのは、白を基調に、黒で彩られた衣装のドール。

 そして右端には、暗がりの中でも鮮やかな色合いを見せる、ワインレッドのハードアーマーを纏ったドールが寝かせられていた。

 ガーベラ。

 黒と白のドールを優しく撫でてから、脇に置いたドール用の大型アタッシェケースを引き寄せて、二体を納める。

 続いて、別のケースにガーベラのことも収めた。

「明日は上手くやらないと」

 固い決意と、わずかな不安に揺れる声音でいい、ケースの蓋を閉じた。

 

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