神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第二部 第五章 フレイとフレイヤ
第二部 黒白(グラデーション)の願い 第五章 1


 

第五章 フレイとフレイヤ

 

 

       * 1 *

 

 

「どういうことなの? 克樹」

「どういうことも何もないよ。全部灯理の自作自演だったんだ」

 言葉の意味はわかっていても、理解が追いつかないのか、夏姫は呆然と立ち尽くしていた。

「何を言っているのかわかりません。ワタシはあの黒いドールに襲われていたのであって――」

「君はデュオソーサリーが使えるんだろ? 二体のドールを同時に動かすことができる」

 割と最初の段階で、僕はそれを疑っていた。

 いや、たぶん僕だからこそ疑うことができたんだろう。

 ムービングソーサリーの使い手は実際にいることが知られてるし、近藤という使い手が側にいるけど、デュオソーサリーの使い手は、現実にはいないものとされてるし、話に出ることはあっても、実際に見たことがある人はほとんどいない。

 百合乃が実際にやってるのを見たことがなかったら、僕だって本当にいるなんて思えなかっただろう。

「それって、百合乃ちゃんと同じ?」

「そうだ。だからこそ、魔女に狙われた」

「狙われた?」

 訝しむように、灯理が眉根にシワを寄せる。

「うん。このエリキシルバトルには主催者がいる。それが魔女、モルガーナという名の女だ。あいつがどんな奴で、どんな目的を持ってバトルを開催したのかは僕にもわからない。でも、願いを持った人を集めて戦わせ、エリクサーを与えるよりも大きな何かを手に入れることが目的であることだけは確かだ」

「その、モルガーナという女性と、ワタシに何か関係があるのですか? ワタシはエリクサーが手に入ればそれでいいのです。その女性が他にどんな目的を持っていたとしても、エリクサーを与えてくれるならば、関係のないことです」

「そんな簡単な話じゃない」

 左手を伸ばしながら灯理に大きく一歩近づき、下がって逃げようとする彼女の方を捕まえる。

 スマートギアのディスプレイを跳ね上げ、彼女の医療用スマートギアに覆われた顔を真正面から見つめた。

「君も知ってる通り、僕には妹がいた。あいつは灯理と同じデュオソーサリーの使い手だった。でも、百合乃は死んだ。それはたぶん、モルガーナが仕込んだことなんだと思う」

「それって、本当なの?」

 驚いた顔で問うてくる夏姫に、僕は首だけ振り向かせて笑み、答える。

「確認してるわけじゃない。証拠もなければあいつ自身、何も言ってない。でもおそらくそうなんだ。あいつはデュオソーサリーが使えるほどの人間を求めてる。百合乃は脳情報を取り出され、いまはリーリエとなってる。たぶんだけど、エイナも誰かの脳情報によって構築された人工個性だ。それが誰で、生きてるのか、死んでるのかはわからないけど。――灯理」

 身体を細かく震わせてる灯理に向き直り、僕は言う。

「魔女は何かの理由があって、君を求めた。新たな人工個性を生み出すためなのか、人工個性はあいつの目的に達するための過程に過ぎないのかもわからない」

「本当に、そうなのですか?」

「確証はない。でもたぶんそうなんだ。じゃなければ、スフィアカップでそれなりの成績を残してる人ばかりが集められたエリキシルバトルに、君を参加させる理由がない。バトルの経験がなくて、人数合わせにしかならない灯理に、デュオソーサリーの能力を見出したからこそ、魔女は君にスマートギアによる新たな視覚と、エリキシルスフィアを与えたんだと思う」

「まさか、そんなことが……」

「あいつはとても長い時間を使って計画を仕込んできてる。バトルだけじゃなく、スフィアドールも、君のスマートギアも、あいつの仕込みだ。いまも灯理があいつに狙われてるかどうかはわからない。でももし狙われてるなら、君は近いうちに何らかの方法で死ぬことになると思う。僕も、夏姫も、近藤も、そして灯理も、あいつの手の平の上で踊らされてるだけなんだ」

 肩に乗せられた僕の手を振り払い、一歩、二歩と後退る灯理。

 考え込むように深く俯き、唇を噛み、微かに身体を震わせる。

 ひとつ頷き、顔を上げた灯理は言った。

「もし、もし克樹さんが言うことが本当だったとしても、ワタシのやることは変わりません。戦って、勝って、エリキシルスフィアを集め、エリクサーを得ること。この目を治すという願いを、それがどんなに薄い希望でも、誰かに利用されてやらされていることだとしても、この目が治る可能性があるなら、ワタシはやるだけです」

 スマートギアを被っているんだから彼女の目が見えてるわけじゃない。

 それなのに僕は、突き刺さるような灯理の強い視線を感じていた。彼女が僕に向けてくる気迫を感じていた。

 遠い街灯に照らし出された灯理は、美しい。

 膝下まで伸びる黄色いワンピースの裾を強く握りしめた拳とともに、緩やかなウェーブを描く髪もまた、震えている。

 小柄で、可愛らしい灯理は、美しい女の子だ。

 そして彼女の願いも、彼女の決意もまた、僕には美しいものだと思えていた。

 僕の、薄汚い願いとは違って。

「願いを叶えるためならば、ワタシはどんなことでもするのです。最新の医療技術でも、どんな大金でも治すことのできない目が見えるようになるなら、卑怯な手を使うことも、この身体を汚されようと、ワタシは構わないのです。ワタシの願いに近づけるならば、それを進んでやるだけなのです」

「灯理……」

 近づいて伸ばした夏姫の手を払い除け、灯理はカツカツと足音を立てながら二体のドールの元へと歩いていく。

 灯理の手で取り払われた灰色のコートの下から現れたのは、真っ白な衣装を身につけたエリキシルドール、フレイヤ。

「認めましょう、克樹さん。ワタシがこのフレイとフレイヤのソーサラーです。貴方の言うように、ワタシはデュオソーサラーです。自作自演でフレイにワタシを追いかけさせ、夏姫さんを、近藤さんを襲ったのは、ワタシです」

 木の箱に立っていた白いフレイヤが降り立ち、灯理を守るように進み出てくる。それと同時に、黒いフレイもまた、フレイヤに並んで立った。

「この後はどうされるおつもりですか? 戦いますか? それとも、ワタシを無理矢理捕まえますか? どうするとしても、ワタシは諦めたりはしません。この目を治すという願いを叶えるまで、その資格を持ち続ける限り、どんな方法を使ってでも戦い続けます」

 夏姫が不安そうな顔を見せ、ポニーテールを揺らしながら僕と灯理のことを交互に見ていた。

 どうしていいのかわからないらしい彼女に笑いかけ、僕は灯理の方に一歩進み出る。

「戦おう、灯理。エリキシルバトルは戦って、スフィアを集めることが必要なんだ。決着をつけよう。お互いに、全力で」

「克樹、アタシは――」

 鞄に手を突っ込んでヒルデを取りだそうとする夏姫を手で制する。

「戦うのは僕だけだ」

「でも……」

『なぁに言ってんの? あたしも、だよ? おにぃちゃん!』

「そうだったな」

 足下に立つ小さいままのアリシアが僕のことを見上げ、耳元でリーリエが楽しそうな声で宣言する。

「でも、あっちは二体だよ。ヒルデ出さないと、二対一になっちゃうよ、克樹」

「それは大丈夫さ」

 言って僕はファスナーが開きっぱなしのデイパックに手を突っ込む。

「あのフレイってドールのトリックだってわかってないんだし、危ないって」

「それについては一番最初からわかってたんだ」

 取り出したのは、深緑のアーマーを纏った、シンシア。

 デイパックを夏姫に押しつけ、フルコントロールアプリを立ち上げて、僕自身がシンシアとリンクし、足下に立たせる。

「灯理。君のフレイがレーダーで感知できない理由は、これだよね」

「……わかっていたのですね」

「うん。似たようなことを、前にもやったことがあるからね」

 それは近藤と戦う夏姫の元に駆けつけるときに使った方法。

 エリキシルスフィアは、接続されていると認識できる物体を巻き込んで、アライズが可能なんだ。あのとき僕は、アリシアと一緒にスレイプニルをアライズしていた。

 第五世代の、フルスペックフレームを使用したシンシアには、手の平に接続端子がある。

 フルスペックではないけど、第五世代型フレームにバージョンアップしてるアリシアの手の平にも、同様だ。

 向かい合い、伸ばした両手を握り合わせた僕の二体のドール。

 それを見た僕は、立ち上げたエリキシルバトルアプリに向かって、自分の想いを、願いを、そして殺意を込めて唱える。

「アライズ!!」

 二体のドールを包み込むように発生した強い光。

 それが消えたとき、僕の目の前には、百二十センチの水色のツインテールと、百十センチの深緑の三つ編みのエリキシルドールが立っていた。

「さぁ、僕たちのエリキシルバトルを始めよう」

 

 

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