神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
第二部 黒白(グラデーション)の願い 終章
終章 プロミス・キス
「はい。これでおしまい」
そう言って夏姫がダイニングテーブルの上に置いたのは、骨付きのフライドチキン。
他にもテーブルの上には山盛りのポテトやパスタなど、様々な料理が並んでる。冷蔵庫の中には、夏姫手製のレアチーズタルトが眠っていたりする。
ゴールデンウィーク明けの最初の日曜日、まもなく午後になる時間、夏姫が忙しく働いていた。
休み明け当日に早速行われた追試を、勉強時間が不足してるだけだった夏姫は割と楽勝に、防犯スプレーで寝込んでたこともあって休みの最終日に一夜漬で仕上げた近藤はかろうじて、パスしていた。
今日はそのお祝いと、改めて灯理の自己紹介を兼ねたパーティを開くことになった。
材料費提供は僕、料理担当は言い出しっぺの夏姫だ。
二時間くらいはあったにせよ、手際のいい夏姫の仕事に手を出しても邪魔になるだけで、僕はソファに座って鼻歌を歌いながらフォークやナイフを並べてる彼女を見ているだけだ。
――なんか、新婚生活をしてるみたいだ。
ちょっと可愛らしい服を着て、服が汚れないようピンクのエプロンをつけて、ポニーテールを揺らし笑みを浮かべながらパーティの準備を続ける夏姫は、何だか若奥様のようにも見えていた。
――いや、ヘンな意味はないんだけど。
口に出してもいないのに自分に言い訳して、小さくため息を吐く。
「準備終わったよ」
言ってエプロンを畳んで抱えた夏姫は、僕の隣に座った。
相変わらず短いスカートから伸びている、ストッキングに包まれた脚が綺麗だ。
視線をあげて夏姫の顔を見ると、見透かしたような笑顔にぶつかった。
――また無防備に……。
この前押し倒したのはまだ先週のことだと言うのに、僕をあまり警戒していない様子の夏姫。
近藤や灯理と約束した時間までは、あと十分もない。でもそれだけの時間があれば、できることもある。
『あっ! おにぃちゃん!! ダメだよ! また――』
「リーリエ、プライベートモード」
僕の動きを察したらしいリーリエが声をかけてくるけど、それを遮ってプライベートモードを発動した。
それと同時に、無防備に僕の隣に座ってる夏姫をソファに押し倒す。
スカートがめくれ上がって、もう少しで一番奥の辺りが見えそうになっていた。
料理をしていたからか、いつもより開き目のブラウスからは、ブラのレース模様が少し見えている。
目を丸くした夏姫は、でも少し笑って、まぶたを閉じる。
「……なんでまた、抵抗しないんだよ」
「抵抗されるのが好きなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
暴れもせずにじっとしてる夏姫に訊いてみると、笑顔でそんなことを言われ、むしろ僕が困ってしまった。
「あのときも言ったでしょ。克樹なら、されてもいいかな、って」
「それってどういう意味なんだよ」
「んー。好き、とは違う、かも? アタシは克樹のこと信頼してるし、最初は強引でも、たぶんその後は気遣ってくれそうだし。そんな相手だったら、いいかなぁ、って、そんな感じ。まぁ最後までするなら、もちろんこの前も言った通り、あたしのこの先の人生、責任取ってもらうけどね」
「ぐっ」
何と言えばいいんだろうか。
いまの状況を楽しんでるらしい夏姫。
僕の顔を映す彼女の瞳に、僕は見入ってしまっていた。
そうしてしまうくらい、夏姫の瞳から目が離せなくなっていた。
こんな気持ちを、どういう言葉で言えばいいのか、僕にはわからなかった。
「もうたぶん、すぐに近藤たち来るよ。どうするの? 克樹」
「いや……、さすがに時間ないし……」
押し倒してるのは僕のはずなのに、急かされて言い淀んでしまう。
「キスだけでも、しておく?」
リップでも塗っているんだろう、薄ピンク色の唇に人差し指を添え、夏姫が小さく首を傾げて問うてくる。
大きく息を飲んだ僕は吸い込まれるように、微かに空けている夏姫の唇に、自分の唇を近づける。
夏姫が目を閉じ、僕もまた目を閉じた。
次の瞬間、唇と唇が触れあう、と思ったとき、無情なチャイムが鳴った。
「り、リーリエ! パブリックモード!」
『おにぃちゃん! 本当にもう、何やってるの!!』
「いや、まぁ……」
明らかに怒りを含んだリーリエの声に、ソファから立ち上がった僕はどう返事をしていいのかわからなくなる。
服や髪の乱れを整えて立った夏姫が、嬉しそうな笑みを浮かべながら言った。
「だぁいじょうぶだよ、リーリエ。克樹はヘタレだから、キスひとつだってできないもん」
「うっ」
『そっかぁ。おにぃちゃんって本当にヘタレだったんだねっ』
「リーリエ!」
なんでか楽しそうに言うリーリエに、マイクが設置してある天井に向かってしかりつける声を出してみるが、小さな笑い声が返ってくるだけだった。
「どうかされたのですか?」
そう言いながらLDKに入ってきたのは、灯理と近藤。
ゴールデンウィーク中は本性を隠していたのか、彼女が着ているのはフレイヤに似た、ゴスロリ調の服だった。
「別に、何でもない」
「そーだね」
『おにぃちゃんがヘタレでキスも自分からじゃできないって話だよー』
「リーリエ!」
夏姫は僕に合わせて誤魔化してくれたのに、リーリエの台詞で台無しだ。
「そうなのですか?」
驚いたように声を上げ、肩から鞄を下ろした灯理が僕に近づいてくる。
「そういうことでしたら、克樹さんにはワタシがキスをしましょうか?」
「え?」
「灯理! 何言ってるの?!」
『灯理! おにぃちゃんから離れて!!』
すがるように服をつかんできた灯理が、身体を密着させてくる。
香水だろう、甘い香りが僕の鼻をくすぐり、服の上からでもはっきりわかる大きな胸が押しつけられて、柔らかく変形してる。
突然の灯理の行動に、僕の心臓は急速に高鳴っていた。
「ワタシは、まだ戦うことに決めました。エリキシルスフィアを持っている限り、ワタシは願いを捨てません。いつかみなさんと戦うことになるとしても、今度は正々堂々と戦います。そんな願いへの道をつくってくれたのは、そうワタシに決心させてくれたのは、克樹さんです。ですから、ワタシはキスと言わず、その先でも、最後まででも、克樹さんにならされても構わないのです」
スマートギア越しじゃ目をつむってるかどうかわからないけど、小柄な身体で背伸びをし、灯理が小さな口をすぼめる。
繊細なウェーブの髪に手を回したくなるような彼女の行動は、間に入ってきた夏姫によって遮られた。
「何をするのですか? 夏姫さん。恋人でもなく、キスもしていない貴女が、ワタシたちの仲を裂く権利はないと思うのですが?」
「い、いまはそんなことをするような場所じゃないでしょ!」
「確かにそうですけど。……つまらないですね」
顔を反らしてぽつりと言った灯理の言葉に、僕は彼女に弄ばれていたことを知った。
――い、意外と強かな性格なのかな……。
そっぽを向いてダイニングテーブルの方に向かう灯理に安堵して、引きはがしてくれた夏姫に感謝の笑みを向ける。
「アタシの唇は、克樹の予約にしておくね」
「うっ、うん」
小さな声で、唇に指を添えながら、笑みとともに言われた言葉に、僕は思わず頷いていた。
嬉しそうに笑み、夏姫もテーブルへと向かう。
やっと落ち着いたと思ったとき、リーリエから発せられた、爆弾発言。
『ふぅん。夏姫も灯理も、まだおにぃちゃんとキスもしたことないんだ。へぇ。あたしの方が勝ってるねっ』
「どういう意味なの? 克樹!」
「どういうことですか? 克樹さん!!」
一斉に振り向き、僕に詰め寄ってくる夏姫と灯理。
「い、いや。リーリエとキスなんてしたことあるわけないだろ。人工個性には実体としての身体がないんだから。リーリエ、ヘンなこと言うなよっ」
『ヘンなことなんて言ってないよーだっ。ふっふーんっ』
「リーリエ! ちゃんと説明しろっ」
『知っらなぁーい』
僕の問いに答えず、沈黙したリーリエ。
突き刺さるような視線に、僕は後退る。
「リーリエとはキスできないけど、アライズしたアリシアとだったら、どうなの?」
「まさか克樹さん。そういう趣味がおありなのですか? さすがにそれはちょっと……」
「そんなことないから。誤解だから。な、なぁ? 近藤?!」
「いや、オレに助けを求められても困るって」
入り口に立ったままの近藤は、呆れたような顔をするだけで、助けてくれそうになかった。
「違うから。本当に! リーリエっ。説明してくれ!!」
「克樹ぃ?」
「克樹さん?」
ついに壁まで追いやられてしまった。
睨みつけてくるふたりに、僕は冷める前に食事を始めたいな、なんて現実逃避を開始し、天井を仰いでいた。
「神水戦姫の妖精譚 黒白の願い」 了
克樹たちの前に現れた少年は言った。「俺がエリキシルスフィアを買いとる」。
莫大な金を使ってスフィアを買い集める彼は、金では得られない願いを叶えるために、秘めた怒りをくすぶらせていた。
その裏で思い悩む夏姫。彼女の変化に気づきながら踏み込めない克樹。
想いと想いが交錯し、すれ違う中、克樹は決断を迫られる。
第三部「極炎(クリムゾン)の怒り」に、アライズ!