神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
* 3 *
マーメイディアを試しにアライズして、動かしたことはあった。
けれど叶えたい願いがあっても、中学生で、遠くまで出かけていってエリキシルソーサラーを探すような時間も資金もない青葉は、敵と出会ったのは初めてだった。
初めてであっても、いま目の前に立つグランカイゼルが普通のエリキシルドールではないことはわかる。
――こんなの、勝てるわけないよ。
見上げるグランカイゼルの全高は、二メートルを遥かに超えていた。
強い陽射しを受けて白い砂浜に影を落とすグランカイゼルは、百五十そこそこの自分の身長の二倍近くあるようにも、青葉には思える。
普通のピクシードールの身長は高いものでも二四、五センチ。アライズによって約六倍になっても一五〇センチがせいぜい。
グランカイゼルもまた、ピクシードールは普通のサイズ。エリキシルドールになっても一二〇センチサイズしかない。
その巨体は、SF映画で見たことがあるパワードスーツのような、金属の塊で構成されていた。
短いが太い足。地に着きそうなほどに長く、青葉の身体ほどもありそうな二の腕。センサーが入っているだけらしい頭は平たく、腕や脚に劣らぬサイズの胴体には、白いソフトアーマーとハードアーマーの無表情なドールがオブジェのように組み込まれていた。
組み込まれた白いドールが本体で、それが埋め込まれた機械の塊はおそらく外部機器だろう。
マーメイディアの腰に装着し、方向や回転速度を制御できるようドールに認識させているスクリューと同じように、第五世代スフィアドールからはボディの外にある機器もコントロールできるようになっていた。
だからといって、青葉には本体よりも巨大なものが外部機器だとは、信じられなかった。
金属製のゴリラを思わせる、破壊の権化を形にしたようなガンメタリックのグランカイゼルに、青葉は後退ることしかできない。
「さぁ、お前もアライズして、戦うんだ。どうせオレのグランカイゼルに勝てはしない。戦って、願いとともにお前の貧弱なドールを砕かれるがいい」
爽やかさなどもうすっかり消え、悪人面で言い放つ西条。
――マーメイディアを壊させるわけにはいかないっ。
手早く携帯端末にケーブルで接続した薄水色のスマートギアを被り、フルコントロールのバトル用アプリを立ち上げてマーメイディアとリンクしてから、エリキシルバトルアプリを起動させる。
――それに、願いを諦めたくなんて、ない!
バッテリ残量に余裕があるのを確認して足下にドールを立たせた青葉は、自分の願いを込め、唱えた。
「アライズ!」
放たれた光が弾けた後、青葉の前に立っていたのは一二〇センチのマーメイディア。
ハードアーマーの上に白と青に塗られたウェットスーツのようなオーバーアーマーを纏い、腰の左右にはそれぞれ、腰よりも少し細いくらいの太さで膝下まで伸びる、円筒形の水中活動用スクリューを装着している。
――やっぱり勝てる気がしない。
砂浜の端まで下がり、マーメイディアの視界でグランカイゼルを巨体を見つめる青葉は、改めてそれを感じていた。
身長は二倍以上。金属製の豪腕が張り出した横幅は四倍ほどあり、重量差は十倍を超えていそうなグランカイゼル。
エリキシルドールというよりも、巨大ロボットのような姿は、偉容と呼ぶにふさわしいものだった。
「ふんっ。本当に戦うつもりか?」
魚除けのために持たせている銛を構えたマーメイディアを見、莫迦にしたような声音の西条は鼻を鳴らす。
「ならば、パーツのすべてを粉々に砕いてやろう!」
その声と同時に、青葉にとって初めてのエリキシルバトルの火ぶたが切って落とされた。
――狙うのは、本体のドールだ。
理由はわからないが、オブジェのように巨体に埋め込まれたエリキシルドール本体は、装甲で覆われることなく露出している。
砂の上に立つマーメイディアからはかなり高い位置になるが、身長近い長さのある銛ならば充分に届く。
それに、偉容に圧倒されながらも、攻撃すべき場所がわかっているならば、勝機はあると青葉は考えていた。
スフィアカップに出場したときには、バランスタイプの人工筋を組み込んでいたマーメイディア。
抵抗の大きい水中で活動するために、いまはパワータイプの人工筋を使っていて、しばらくバトルをやっていなかった青葉では素早い動きは難しい。それに水の中を自由に泳ぐためのスクリューも、地上ではウエイトにしかならなかった。
しかしあの巨体ならば、動きは決して速くはないはず。
――ボクはまだ、負けたわけじゃない!
気持ちを奮い立たせ、唾を飲み込んだ青葉は、攻撃のタイミングを計る。
「え?」
先に仕掛けてきたのはグランカイゼル。
「吹き飛べ!」
西条の声と同時に砂煙を巻き上げたグランカイゼルは、予想を遥かに超える速度で突進してきた。
――か、回避!
慌ててマーメイディアを横っ飛びに回避させる青葉だったが、わずかに遅かった。
避けきれなかった足がグランカイゼルに接触し、マーメイディアは砂浜の真ん中から端辺りまで吹き飛ばされていた。
かろうじて受け身を取らせることに成功し、青葉はマーメイディアを素早く立たせる。
ドールのプロパティを見る限り、ウェットスーツの下のハードアーマーに損傷があるとのインフォメーションが出ているが、動作には支障がない。
――無事に持って帰れたら、修理しないと……。
まだ始まったばかりの戦いが終わった後のことを考えながら、青葉はいまの高速移動の秘密を探るべくグランカイゼルを観察する。
――ローラーダッシュか。
思った通り重たい動きで振り返るグランカイゼルの左右の足には、かかとの部分にひと組のタイヤが見て取れた。
動き自体は緩慢だが、移動速度は高速。
水中用に改造したマーメイディアが予想以上に鈍いことを感じながら、青葉は次の手と対策を考え始めた。
「蒸し暑いんだから、さっさと潰れてしまえばいいものを!」
西条が口にする文句を無視して、マーメイディアを岩壁を背にして立たせる青葉。
――ここなら突撃はできないはず。
思った通りゆっくりとした速度で近づいてきたグランカイゼルは、腰の後ろに装備したハンマーを取り出した。
釘を打ち付けるような平たい部分と、その反対は釘抜きのように尖っているハンマーは、マーメイディアどころか青葉の身長ほどのサイズがある。
――そんなのは怖くないっ。
深呼吸をして心を落ち着かせ、青葉はマーメイディアの目を通してグランカイゼルをじっと見つめる。
風斬り音をさせながら力任せに振り下ろされたハンマーを軽いステップで避け、両手で持った銛を身体の前で構えて隙をうかがう。
モグラ叩きのように何度も振り下ろされるハンマーを躱し、バトルの感覚といまのマーメイディアの動きに慣れてきたと思ったときだった。
「あ!」
ハンマーを避けた瞬間、何も持っていなかった丸太のような左腕が襲いかかってきた。
銛を立てて直撃を防ぎ、衝撃を逃がせるよう軽くジャンプしてマーメイディアを浮かせる。
砂浜の真ん中まで飛ばされ、仰向けに倒れた上半身を起こしたマーメイディアの目から見えたのは、さっきと同じ突撃の構えを取ったグランカイゼルだった。
「ボクは負けない!」
無意識のうちに叫んでいた青葉は、動きの邪魔にしかなっていなかった腰のスクリューを回転させた。
アライズによってパワーの上がっているスクリューは、マーメイディアはもちろん、グランカイゼルをも覆い隠すほどの砂を巻き上げた。
――いまだ!
ローラーダッシュの突撃音は聞こえてこない。
砂が巻き起こる前のグランカイゼルの位置はわかっている。
いまこそ反撃のタイミングだと、青葉はマーメイディアを立たせ、後ろに向けたスクリューの勢いも使ってグランカイゼルに向けて走らせた。
「終わりだ!」
「ダメーーッ!!」
西条の声と、青葉の叫びは同時だった。
あっという間に薄れた砂の煙幕。
その向こうから動くことなく姿を現したグランカイゼルは、両手をマーメイディアに向けていた。
両手の甲にあったのは、穴。
銛を撃とうとしていた青葉は、とっさにマーメイディアを砂の上に倒れさせた。
その頭上を通過し、岩壁を砕いて砂の上に転がったのは、銀色に鈍く光る玉だった。
グランカイゼルが腕に装備していたのは、通常のピクシードールではサイズ的にもバッテリ的にも装備不可能な、しかしグランカイゼルのサイズならば可能な電動ガン。
「銃?! そんな、卑怯な!」
「ちっ。これで本当に終わりだと思ったのに。エリキシルバトルは公式戦みたいなお綺麗な戦いじゃないんだっ、勝てばいいんだよ! 願いを叶えたいんならなぁ」
「マーメイディア!」
銃撃を辞めたグランカイゼルは、おもむろにマーメイディアを蹴り上げた。
肩と胴体のハードアーマーの破損警告を出しながら、マーメイディアは波が打ち寄せる場所まで飛ばされていた。
――負ける……。
フレームにも人工筋にもダメージはないが、両腕の銃口を向けて近づいてくるグランカイゼルから逃れる術がない。
「終わりだ!」
「ボクは、負けられないんだーーっ!」
叫んだ青葉は、再びスクリューを全力回転させた。
下半身を海に沈めているマーメイディアが吹き上げたのは、砂ではなく、海水。
ダメージにも視界の妨げにもならないだろう噴水に、西条は意外にも大声を上げる。
「グ、グランカイゼルに何すんだ、てめぇーーーっ!!」
怒りの声を上げた西条は、マーメイディアとグランカイゼルの間に立ち塞がった。
「カーム! くそっ。潮水なんて、なんてことしてくれるんだ!」
アライズを解除させた西条は、グランカイゼルを小脇に抱え、トランクを手に岩壁の道を駆け上り始めた。
「またすぐに戦いに来てやるからな! 逃げたらどうなるかわかってるだろ?! 次の戦いで必ずお前のドールを粉々にしてやるからな!!」
そう言い捨てて、西条は岩壁の向こうへと消えていった。
「負け、なかった?」
どういうことなのかわからなかったが、マーメイディアを壊されるを避けられたことだけはわかった。
ぺたんと砂浜に座り込んだ青葉は、ただ惚けていることしかできなかった。
強い日差しの下、どれくらい座り込んでいたのだろうか。
「おい、誰かいるのかー?」
「……え? わっ。あわわっ。か、カーム!」
岩壁の上の方からかけられた声に、青葉は急いで立ち上がり、アライズしたままだったマーメイディアをピクシードールに戻して波に流される前に拾い上げた。
「どうした? 大丈夫か?」
気遣う声をかけながら岩陰の隙間にある坂を下りてきたのは、青葉より年上の男の子。
ブランドものらしいシャツとズボンの彼は、鞄を肩に担ぎながら青葉の元まで近づいてきた。
「どうして……、こんなところに?」
「いや、何か男がこの辺から出てきて、逃げるみたいに車に乗って行ったからな。何かあったのかと思って。大丈夫か?」
「う、うん。ボクは大丈夫」
青葉のことを上から下まで眺める少年に、安堵を覚える。
――先生とのバトルは見られてないみたいだ。
渡されたマニュアルにも、誘いをかけてきたエイナにも、エリキシルバトルのことは秘密にすることと言われていた。不思議そうに小首を傾げている少年の様子から、青葉は彼にはバトルを見られていないのだろうと思った。
「本当に大丈夫か?」
「うん、本当に大丈夫。ちょっとここで、遊んでただけだか、ら? ……あれ? 君って?」
改めて見た少年の顔には、憶えがある気がした。
無造作のようでいてしっかりセットされてる髪。くっきりとした目鼻立ちの、高校生か、ともすると大学生くらいに見える少年。
青葉はいつどこで見たのかを記憶から探り当て、思わず声を上げていた。
「あーーっ! 君は、槙島猛臣さんですよね?! スフィアカップのフルコントロール部門で優勝した!!」
「あ、あぁ。そうだが」
「やっぱり! 凄い……、こんなところで会えるなんて……」
いまでこそバトルからは離れてしまっているが、スフィアカップに参加した当時は有名なソーサラーのことは映像を見て研究していた。
その中で誰よりも強く、優雅で、しかし荒々しく戦い、青葉と同じフルコントロール部門の全国大会で優勝した猛臣は、憧れのソーサラーだった。
「初めまして! ボクもソーサラーなんです!!」
先ほどまで西条との戦いっていたことなど忘れて、青葉は嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべながら、猛臣に手にしたマーメイディアを見せつけていた。
*
――妙なことになったな。
身体ひとつ分だけ先を歩く青葉は、スキップでもし始めそうな足取りだった。
「なんで猛臣はここまで来たの?」
「あー。仕事だよ」
「もしかしてあそこのスフィアロボティクスの研究所?」
「そうだ。今日で済む予定だったが、明日までかかることになってな」
「そっかー。まだ高校生だったよね? すごいね」
はしゃいでるからなのか、普通の中学生はこんなものなのか、妙に俺のことに詳しいらしい青葉は、人懐っこく話しかけてくる。
――俺がエリキシルソーサラーかも知れない、なんて考えてもいないな。
海水を被ったグランカイゼルを抱えて車に乗り込んでいった男は隠れてやり過ごし、エリキシルスフィアをいま持っていない俺は、偶然を装って青葉の野郎に声をかけたわけだが、こいつは俺が自分と同じ特別なスフィアを持ってる者だ、ってことに思い至ってすらいなさそうだ。
――まぁ、そのことはとりあえずいいか。
青葉とも近いうちに戦うなりスフィアを買い取るなりしなければならないわけだが、いまのところ驚異なのはパワードースーツのような外部装備を持つグランカイゼルだ。
俺がエリキシルソーサラーであることをバラすのは後回しにして、どうやらあの男と顔見知りらしいこいつから情報を引き出すことにした。
「高校生なのにドールの開発とかやってて、その上最強のソーサラーだなんて、本当に凄いよね、猛臣は」
「んなことねぇさ。俺様に実力があるってだけのことだ」
「あははっ」
「それよりも、まだ着かないのか?」
「もうすぐだよー」
俺のファンだという青葉との会話を打ち切って、そろそろまばらに民家が見え始めた灼熱の県道を歩いていく。
昼を少し過ぎた辺りのこの時間、小腹が空いた俺は食事がしたいと言って、青葉に案内してもらっていた。
――こいつの家が店をやってるのは知ってるからだがな。
調査会社からもらったたいしたことのない情報から、本業は漁師である青葉の家が、兼業で店をやってることは突き止めていた。
青葉のエリキシルスフィアを奪う前に、こいつからグランカイゼルとそのソーサラーの情報をできるだけ引き出しておきたかった。そのためにはこいつとの距離を縮めておいて損はないだろう。
「ほら、あそこだよ」
そう言う青葉の指の先を辿ると、港町にふさわしい平屋の、廃墟よりも少しマシといった風の建物があった。
洒落たレストランを期待してたわけじゃないとは言え、場末のラーメン屋を小汚い感じにしたような木造の平屋建ての前に立って、俺は一瞬入るのをためらってしまった。
「さ、入って。もう空いてる時間だから、好きなとこに座って。席を決めたらあそこで好きなの選んでね」
木枠にガラスをはめ込んだ立て付けの悪い戸を開いて言う青葉の笑みに、俺は仕方なく磨き上げられてもいない木材を机の形にしただけの隅の席に、スマートギアが入った鞄を置き、示された冷蔵ショーケースの方に歩み寄った。
俺の他に家族連れの客が二組いる店内は、こじんまりと言えば聞こえはいいが、単純に狭い。そしてゴミなんかが落ちてるわけじゃないが、不潔そうな雰囲気が漂っている。
港町なんてのはこんなものかとも思うが、もう少しマシにできないものかと思うほどだった。
上からのぞき込めるようになってる冷蔵ショーケースの中には、何種類もの干物が雑多に入っている。
「どれがいいんだ?」
「どれでもいいよ。猛臣にはあんまりこういうの似合わないかも知れないけど、うちのはどれも美味しいよー」
「美味しいのを適当に見繕ってくれ」
「うんっ、わかったー」
盛りつけられた料理ならともかく、値段と一緒に書かれた魚の種類はわかるとしても、どれが美味しいのかなんてわかりゃしない。
青葉に選んでもらって、ついでにライスを頼んだとき、他にもいる小母さん店員とは別に、奥から男がやってきた。
「どこに行ってたんだ! この忙しいときに!」
顔立ちが似ているから、父親の青葉貴成だろうか。
他の客がいるのに頭ごなしに怒鳴りつけてくる男は、青葉に怒りの籠もった視線を向けてくる。
「夏はかき入れ時なんだ、お前はちゃんと店の手伝いでもしてろ!」
「うん……。ごめんなさい」
「こいつは何者だ?」
「あ、この人はお客さんで……」
俺にも怒ったままの視線を向けてくる貴成。
短い髪をしてアロハなんだかわからないシャツにハーフパンツの、まさに海の男といった、がたいの良い貴成のあんまりの態度に、さすがに俺も言葉を返したくなる。
「ここの場所がわからなかったから、案内してもらってたんだよ」
「そうか、そうだったか……」
「関西の方から仕事のついでに来てくれたんだよ」
「そうなのか。……しっかり食べていってくれよ」
怒りが完全に静まったわけではないようだが、態度を柔らかくした貴成は、青葉に「ちゃんと仕事しろよ」と言いつけて奥に引っ込んでいった。
自分の席に向かった俺に遅れて、バケツのようなものを手にした青葉がやってくる。
「ゴメンね、うちの親父が」
ここにくるまでのはしゃいでいた様子とは打って変わって、元気なさそうな顔で笑う青葉。
テーブルの端に設置された粗末なコンロに、バケツからトングで焼けた炭を取り出して入れ、網を置いてさっき選んだ干物を乗せる。
「ここのところあんまり魚が捕れなくて気が立ってるんだ、親父」
「何かあったのか?」
「うん……。ちょっとここのところ火山活動が活発化してるみたいで、それくらいはちょくちょくあることなんだけど、海の方の影響が大きかったみたい。潮目が変わって魚がいる場所がずいぶん変わっちゃったみたいなんだ」
「それをどうにかするのが漁師の腕なんじゃないのか?」
「あははっ。それはそうなんだけど、今回のはここ最近なかったくらいみたいで、うちの港だけじゃなくて、このあたりの港じゃどこもそんな感じだって。夏休みでお客さん増えるのにそんなだから客足減ってるし、釣り船なんかもあるんだけど、からっきしでね……」
「なるほどな」
青葉の元気の無さは親父に叱られたことだけじゃないというのはわかった。
干物を選んだときのショーケースの中身も、種類は多くなかったし、空きが目立つほどだった。
「じゃあ焼き上がるまでちょっと待っててね」
そう言って側を離れた青葉は、母親や親戚だろう、他の女性陣とともに客にお茶を出したり魚を焼いたり、また出てきた貴成に怒られたりしながら仕事をしていた。
――なんであいつは、こんなところで仕事してんだろうな。
スフィアカップ地方大会準優勝というのは、正直たいしたレベルのソーサラーじゃない。
だがこっそりバトルを見てたあいつのマーメイディアは、スフィアドールとしては珍しい水中用のものだった。
水中調査用の機材は専用のものが昔からあるため、スフィアロボティクスが入り込めていない分野となっている。しかしながらこれから先、アナウンスされてる第六世代や、噂が出ている第七世代規格が施行されれば話が変わってくる。
高い運動性と広い汎用性を持つスフィアドールは、海中などの局地環境にも広まっていくはずだ。
いまのところほとんど誰も手を着けてない分野に、中学三年の青葉が取り組んでるというだけでも、けっこう凄いことではあった。
――まぁ、俺が関わるようなことじゃないがな。
考えを中断した頃合いに、青葉がご飯を盛りつけた茶碗や皿を持ってきてくれる。
炭火で綺麗に焼き上がった干物を、俺は渡された箸で食べてみる。
「……うっ」
金目鯛の白身を口に運んだ俺は、思わずうめき声を上げてしまっていた。
箸でつまんだときにもわかったぷりぷりとした食感と、舌にじんわりと広がる旨味が素晴らしい。
もう一枚焼き上がった大きめのアジの干物も、油の甘みがうまかった。
干物を食べたことなんていくらでもあったが、こんなに美味いのを食べたのは初めてだった。ふっくらとしたご飯が進んで箸が止まらない。干物の販売のついでにやってるような店だから、メニューにみそ汁がないのが残念なくらいだった。
「どう?」
「……美味いな」
「そうでしょ?」
頼んだご飯のお代わりを持ってきてくれた青葉に問われ、俺は素直にそう答えていた。
腹に溜まればいいくらいにしか考えてなかった俺は、いま感動すら覚えている。
「うちの干物は美味しいでしょ? 全部自家製だからねー。魚は他で仕入れてるものもあるけどさ」
「なるほどな」
土地のものはその土地で食べるのが一番美味いとは聞くが、これほどとは思っていなかった。
「それで、だけど、猛臣の仕事は明日に延びたんだよね? 宿とか、決まってる?」
「どうだい? 兄ちゃん。漁師宿だが、いまだったら空いてるぜ」
青葉の祈るような視線と、いつの間にか現れた愛想笑いを浮かべる親父の援護射撃に、俺はしばし考える。
「……夕食に、干物が出るなら」
「う、うんっ、いいよ! というか、他にも刺身とかもあるから!」
「よっしゃ。早速部屋の準備してこい」
「わかったっ」
笑顔になった青葉は店の外にすっ飛んでいった。
客を取れたからか、愛想が良くなって他の客のところに行く親父にため息を漏らしながら、俺は残っている干物を片付けるために箸を取った。
――まぁもう少し、青葉から情報を引き出すのも悪くないだろう。