神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
第四部 鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り 終章
終章 バトル終盤戦
*
「俺たちを呼び出したのはお前か」
草木すら寝静まる時間、建築資材が置かれた広い空き地の剥き出しの土を踏んで現れたのは、ふたりの少年。
Tシャツの上に無造作に上着を重ねジーンズを穿いた粗野な感じと、糊の利いたパンツに組み合わせの色を意識したシャツと、服装の感じが違い、歯を剥き出しにした野性味を感じさせる表情と、物静かで理知的な雰囲気を漂わせる警戒した表情と、ふたりは大きく異なっていたが、その顔立ちは瓜ふたつと言っていいほどに似ていた。同じであろうふたりの歳の頃は、高校生くらい。
そんな彼らが視線を向けているのは、積み上げられた鉄骨や分解された足場の影に立ち、通りからは見えない場所で待っていた小柄な人物。
夏ももう終わり、虫の音が大きくなっている時期とは言え、蒸し暑さを感じるほどの気温なのに、袖の長い地味な上着を羽織り、ハンチング帽を目深に被ったその人物は、手袋によってか身体の割に大きく見える手で背負った鞄の蔓をつかみ、少年たちの前に一歩出る。
「はい。お待ちしておりました。よく来てくださいました」
「エリキシルバトルを申し込まれたら来ないわけにはいかなだろう。だけど、僕たちを同時に呼び出してよかったのか? エリキシルバトルにルールはないんだ、同時に呼び出されたら、僕たちは君に対してふたりで戦う」
高く、澄んだ声で言う小柄な人物に、理知的な少年はそう言い放つ。
「それは構いません。こちらもそのつもりで来ていただいたのですから」
「はっ、言うじゃねぇか。一対一じゃあ全国優勝とはいかなかったが、タッグマッチがあったら俺たち双子に敵う奴なんざ、地球上にはいないぜ?」
「それはやってみなければわからないでしょう。時に、おふたりは願いはどうされるのですか? もし、エリクサーで願いを叶えられる人がひとりだけだとしたら、どうするおつもりで?」
「僕たちの願いは同じだ。願いがひとつしか叶わないとしても、どちらか片方が叶えればいい」
「その通りさ。最後のひとりにならないと願いが叶わないってんなら、このクソ兄貴との決着をつけるだけだ。負けねぇがな」
「僕だって、弟に負けるほど弱いつもりはないよ」
強い言葉を交わし合っているが、ふたりとも隣に立つ兄弟に、笑みを向けている。
「そうでしたね、すみません。おふたりの願いはともに、身体の弱いお母様の病気を治し、長生きできるようにすること、でしたね」
帽子を被り視線すら見せない小柄な人物に願いを言われ、ふたりは険しく顔を歪めて女の子と思われる人物を睨みつける。
「てめぇは何者だ?」
「僕たちは兄弟の間でしか願いを明かしたことはない。何故それを知っている?」
警戒を強めたふたりは、鞄からスマートギアとピクシードールを取り出す。
ふたりから放たれる緊張した視線を気にする風もなく、小柄な人物はうつむき加減だった顔を上げ、帽子を脱ぎ去った。
「失礼しました。街中でこの姿を晒すわけにはいかなかったので、そのままでいてしまいました。そろそろ一年ぶりくらいになりますね、お久しぶりです」
帽子からこぼれ落ちたのは、桜色の髪。
積み上げられた建材の上に上ってきた月に照らし出され、少女の姿をした人物は首を降り、桜色のセミロングの髪に輝きが灯る。
わずかに首を傾げながらにっこりと笑って見せたのは、エイナ。
エレメンタロイド、人工個性の、エイナだった。
正確には身体を持たない疑似脳の彼女が操るドール。
「貴女が、何故?」
「わたしも参加者というだけのことです。叶えたい願いがありますから」
「てめぇは人工個性とかいう奴だろ? いったい何を願うって言うんだ? 人間にでもなりたいとか言うのか?」
「ふふふっ。すみませんが、それは秘密です」
立てた人差し指を唇に当て、エイナは笑む。
「どっちにしろ俺たちには敵わねぇよ」
「そうだね。でもその身体で戦うのかい? それはエルフドールでは? それともエリキシルドールなのかい?」
「この身体はエルフドールですよ。あくまで本体を運搬するための端末です。わたしの本体はこちらです」
月の光で色を変える瞳をしながらも、エルフドールだという端末の左手を胸元に当てるエイナ。
それから後ろ手に背負った鞄に手を入れ、一体のピクシードールを取り出した。
桜色の髪も、顔立ちも同じで、エルフドールを縮小したかのようなピクシードールは、つかまれていた手から飛び降り、地面に立った。
「アライズ!」
その声を発したのはエルフドールだったのか、ピクシードールだったのか。解放の言葉を唱えた途端、ピクシードールが光に包まれた。
弾けた光の中からは、エルフドールとほとんど代わりのない、しかし豊かな表情をしていたエルフドールが人形であることがわかってしまうほどに人間らしい笑みを浮かべた、エイナが現れた。
「てめぇが何者だろうが、俺たちの勝ちに変わらないがな。――アライズ!」
「アライズ! その通りだね。僕たちは勝って、必ず願いを叶えるよ」
「さぁ、それはどうでしょうね。わたしにも、自分の存在を賭けても叶えたい願いがありますからね」
エルフドールを後ろに下げ、エリキシルドールのエイナは二歩進み出て、双子のドールを向かい合う。
「行きますよ」
両手に何も持たないまま、短く言ったエイナは微笑みながら地を蹴った。
*
「灯理、これはどうすればいいの?」
「ここはですね、これをこうして、こうやって……」
「――克樹。ここの和訳、どうすればいいんだ?」
「単語くらい憶えろ、莫迦」
ダイニングテーブルではいつも僕の家にいる気がする夏姫の他に、灯理と近藤も来て、勉強会が催されていた。
二学期の中間テストは明後日から。
五月の連休のときからだろうか、いつの間にか僕の家はみんなが集まって勉強するためのスペースになってしまって、テスト前の最後の週末である今日は、昼間から連絡ももらってないのにみんな自主的に集まってきていた。
『はーい。お茶がはいったよぉ』
「ありがと、リーリエ」
相変わらずアリシアを勝手にアライズさせて家事をやってるのはリーリエ。
空色のツインテールを揺らしながら、みんなに紅茶の入ったカップを手渡していく。
和やかな雰囲気なのは僕の家には似つかわしくないというのは置いておくとしても、悪いことではないと思う。
でもいろいろとなし崩し的になっていることには、若干思うところがあった。
「まぁ、いいけどね……」
近藤が和訳したわけのわからない文章が書かれたタブレットにスタイラスでチェックを入れた後、僕は頭に被ってるスマートギアのディスプレイは上げたまま、手元の携帯端末を眺める。
表示されているのは、猛臣からのメール。
用件は残りのエリキシルソーサラーについてだった。
バトルの参加資格を持っていることが確定しているのは、僕と夏姫、灯理と近藤、それから猛臣と天堂翔機の六人。
天堂翔機の屋敷のことからいままで以上に動き回って参加者を調べていたらしい猛臣は、かなり残りの参加者を絞り込んでいた。
残っているのはおそらく四人。
うちふたりは、四国に住む双子の兄弟だそうで、親が離婚して足取りが途絶えてしまい居場所を突き止めるまで時間がかかったが、今度会いに行く予定だという。
ここまでで絞り込んだ相手は全員負けて参加資格を失っていたそうだから、双子は最後の調査対象で、確実にエリキシルソーサラーだということだった。
もし負けていても、誰に負けたのかを聞くことができるだろう。
そして猛臣はメールの最後に、残りのふたりが見当もつかず、灯理や天堂翔機のように特別な参加者である可能性が高い、と締めていた。
――特別な参加者か。
モルガーナと何らかの縁があってエリキシルスフィアを受け取ってるのだとしたら、どこからか情報でも出てこない限り探しようがない。
灯理が僕たちを襲ってきたときのように、相手が動いてくれるのを待つしかなかった。
近藤が訳し直した文章を横目で見てまたチェックを入れた僕は、リーリエの淹れてくれた紅茶をストレートでひと口飲み、考える。
その残りのふたりは、猛臣と天堂翔機が集めていないエリキシルスフィアを持っている可能性が高い。スフィアカップの出場経験がなくても、勝ち残っていた程度には強いと考えた方が自然だ。
――もし襲ってきたら、どうするかな。
僕がアリシアを持ち歩いて、リーリエがレーダーをチェックしてくれているなら、もしそのふたりが、ないしどちらかひとりが奇襲をしてきたとしても、事前に距離がわかってしまうから、その点は問題ない。
ただどんなバトルスタイルなのか、どんなドールを持っていそうなのかも推測がつかないのでは、どうしても不安を感じてしまう。
頬をさすりながら今後のことを考えていたとき、耳元で大きな声がした。
『おにぃちゃん! 見て!! エリキシルバトルアプリを!』
驚いたように慌てた声を出すリーリエに、僕は考えを中断してスマートギアのディスプレイを下ろす。
脳波でポインタを操作してエリキシルバトルアプリを立ち上げると、新着メッセージがあると表示されていた。
「これは……」
悪い予感を覚えながらも、僕はアプリ内のメッセージボックスを開く。
僕だけじゃなく、携帯端末を手にした夏姫や近藤、喋らなくなってどこかを見ているらしい灯理も、たぶんアプリの新着メッセージを確認してるんだろう。
メッセージを開いて、僕は上げそうになった声を飲み込んだ。
内容はエリキシルバトルが終盤戦に入ったという告知。
それともうひとつ。
願いを叶えられるのは、最後に勝ち残った勝者ひとりであることが、明記されていた。
スマートギアのディスプレイを跳ね上げると、みんなが僕のことを見ていた。
誰も、何も言わなかった。
誰も、何も言えなかった。
もし自分の願いを叶えたいなら、僕たちはこの瞬間から戦い、勝ち残るしか道がないことが確定したんだから。
「鋼灰色(スティールグレイ)の嘲り」 了
●次回予告
エリキシルバトル終盤戦突入が宣言され、願いが叶えられるのはひとりだけだと宣言されて以降、克樹たちには微妙な距離が生まれていた。
そんな克樹たちの裏で、平泉夫人はモルガーナへの攻撃を開始する。秋から冬へと向かう季節に静かに沸騰を始める世界。
バトル終結に向けて加速を開始する状況をエイナは憂い、彰次は自らの過去を語り始める。そして、リーリエは……。
第五部「撫子(ラバーズピンク)の憂い」に、アライズ!