境界線上のクルーゼック   作:度会

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作戦

「どうって……」

 

俺は返答に詰まる。

 

考えてもみなかった。

 

いや、もしかしたら無意識の避けていたのかもしれない。

 

俺にとって今の橋田鈴としての鈴羽も、阿万音鈴羽としての鈴羽もどちらも鈴羽なのだ。

 

俺にはどちらかを選ぶ権利なんてなくて、どちらも選びたかった。

 

「ふふ……」

 

返答に困っているのを雰囲気で感じ取ったのか、鈴羽はこっちを向いて二コリと笑っ

た。

 

「今のは意地悪な質問でしたね」

 

さっきのは、冗談ですよ。さ、行きましょ。

 

そう言って鈴羽は俺の手をぐいぐいと引っ張りながら砂浜を後にする。

 

嘘だそんなはずはない。

 

鈴羽が少なくとも……橋田鈴があんな嘘をつくはずがない。

 

きっと自分の記憶が少しだけ戻ったあの晩、あの日から鈴羽が思っていたことだろう。

 

俺は即答出来なかった。

 

もし俺が、時間を戻すことが出来たら即答したかった。

 

鈴羽は鈴羽だ。

 

と。

 

「そう言えばですね――」

 

鈴羽は砂浜から離れると先ほどとはうってかわってテンションが高めに話をしている。

 

「先ほど駅のパンフレットを見た所ここの周り、というか電車の線路沿いに料理屋さんと

かが充実しているらしいですよ」

 

そう言っていつ取ったのか、パンフレットを鞄から出しながら、にらめっこをしていた。

 

鈴羽のそんな様子を俺は辛そうと感じてしまった。

 

気丈に振舞っている。そう見えてしまった。

 

だからこそ、こんな時だからこそ俺がしっかりしなくてはいけない。

 

漠然とそう思った。

 

「――で、岡部さん。おやつはこのアイスクリームと、抹茶金時どちらがいいですか?」

 

「どっちも、冷たいものだな」

 

私が食べたいものですから季節は関係ありませんよと鈴羽は言った。

 

抹茶金時と言うと、鈴羽は、実は私もそんな気分だったんです。気が合いますねと俺を見て笑った。

 

それから、その日は鈴羽がパンフレットを見て気になったものを見たり、食べたり、非常にゆったりとした一日を過ごした。

 

「楽しかったですね」

 

帰りの車内で鈴羽は少し興奮気味に言った。

 

もう車窓から見える景色は暗く、海も真っ黒に染まっていた。

 

「そうだな」

 

こういうのをデートと言うのだろうか。

 

「楽しいデートになりましたね」

 

鈴羽の顔を上機嫌そのものだった。

 

「……」

 

駄目だ。どうしても昼間の台詞が頭をよぎる。

 

あの時の鈴羽の顔は見えなかった。

 

どんな顔で言っていたのだろうか。

 

鈴羽が自分で言っていたように、冗談に俺がどんな反応をするか伺う顔だろうか。

 

違うそれはない。そのことを否定する手段はなにもないのだが……。

 

「あ」

 

帰りの電車を乗り継いでいる途中に見知った顔が前を通ったので思わず俺は声を出した。

 

「ん?」

 

俺の声に聞き覚えがあるのか、その人物はこちらを見る。

 

「なんだ、岡部じゃないか」

 

仕事が休みでも会うとはな。と秋葉はクスリと笑った。

 

「お、会うのは久しぶりかな橋田さん」

 

こんばんはと鈴羽は軽く会釈をした。

 

「そういえば……」

 

秋葉も今日は彼女とデートがあるとか言っていたがどうだったのだろうか。

 

見た所周りに誰か連れがいるようには見えない。

 

どこからどう見ても一人だ。

 

「秋葉まさか……」

 

またフッたのか。そう聞こうとすると秋葉は手で制した。

 

「まぁ、その話はこれから酒でも飲みながら…」

 

そう言うと秋葉はおちょこで乾杯をするかのように手を動かす。

 

「まぁ、久々に飲むのも別に構わないのだが……」

 

そう言って俺はチラリと鈴羽を見る。

 

鈴羽は明日も朝から授業があったはずだ。

 

流石に夜遅くまで飲んでいては辛いだろうか。

 

「大丈夫ですよ。岡部さん」

 

そんな俺の視線に気づいたのか鈴羽は少し笑った。

 

「うちで飲めば、寝たい時に寝れますから」

 

秋葉さんそれでいいですか?と鈴羽が聞くと、秋葉は勿論と答えた。

 

「こんな、自分の恋の話なんて出来る奴は周りにいないからな」

 

そう言うと、行こうか岡部と言った。

 

「あぁ、そうだな」

 

こうして俺達三人は俺達の家に向かった。

 

「焼酎でいいか?」

 

あぁ、と秋葉は頷く。

 

俺も正直強くないし、鈴羽はどうか知らないが二人で家で晩酌ということはまずしない。

 

それでも、たまに少しアルコールが欲しくなった時にちびちびと飲む為に焼酎一本は常備

していた。

 

「芋か……」

 

お前らしいな。と秋葉が言った。

 

意味は分からなかったが敢えて聞くこともなかった。

 

「はい。どうぞ」

 

そう言って鈴羽は、塩辛をテーブルに置いて床に座った。

 

そう言えば近所の人にどこかのお土産に塩辛を貰ったのだった。

 

俺達は互いに晩酌すると、誰が言うでもなく乾杯した。

 

キンッとガラスの澄んだ音が耳に気持ちよかった。

 

「―――それでな」

 

お互いに酒が進んで徐々にアルコールが回ってきた頃に秋葉がそう切り出した。

 

「お前の予想とは反対に上手くいってるんだよな」

 

たまたま向こうの予定の関係で早く別れただけだったらしい。

 

「丁度、岡部達に会う数分前に別れたんだ」

 

そう言ってコップに入っている焼酎を一気に飲む。

 

度数は20度程度だが、ロックなのによく飲めるなと俺は思う。

 

「なんつうか、今回は上手くいきそうな気がする」

 

ボソッと秋葉そう言った。

 

「ちなみにどんな人なんです?」

 

鈴羽がそう聞くと秋葉は顎に手を当ててなにやら考える仕草をした。

 

「そうだな……背はそこまで高くない。うーん……あっ」

 

何かは思いついたように秋葉はこっちを見た。

 

「猫だよ。子猫とまではいかないがなんとなく、そんな表現が合うと思う」

 

自分の例え方が余程的を射たらしく自分で言って自分で頷いていた。

 

「猫か……」

 

俺は秋葉の表現を繰り返す。

 

確かにフェイリスも自分でニャンニャンと名付けているし、猫耳もつけていて猫っぽい。

 

そういうものは、母親からの遺伝かもしれない。

 

「あの、岡部さん。大丈夫ですか?」

 

鈴羽が心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「顔が赤いですけど……」

 

「俺は飲むとすぐに顔に出るんだ」

 

まだ平気だよ。と言うと鈴羽はそうですかと言った。

 

「そういう鈴は平気なのか?」

 

はい。そう頷いた鈴羽の顔は素面と全く変わらなかった。

 

どうやら、この中で一番酒に強いのは鈴羽のようだった。

 

「さて、俺達も明日があることだし俺はそろそろ帰るわ」

 

そろそろ夜も更けてきた頃秋葉はそんなことを言って立ち上がった。

 

「送っていくぞ」

 

俺はあの後酒を口にしていなかったので、酔いは回っていなかった。

 

秋葉は俺の提案に悪いな。と言って賛同する。

 

「夜風が気持ちいい季節になったな岡部」

 

「…そうだな」

 

秋というより冬に近い夜風は俺達の火照った体を冷やす。

 

「で、なにか言いたかったことがあるんだろ?」

 

「え?」

 

秋葉の唐突な問いかけに一瞬思考が停止する。

 

「違ったら違ったでいいんだけどな。なにか悩んでいる気がしてな」

 

そう言って、秋葉はまっすぐとした足取りで道を歩く。

 

「実は……」

 

俺の言葉が聞こえると秋葉は歩くのを止める。

 

秋葉の後ろであたかも一人言のような口調で昼間のことを語った。

 

話終わると、秋葉はまた歩きだす。

 

「今からいうことは一人言だが……」

 

そんな前口上を口にした。

 

「きっと、橋田さんは不安なんだろうな。岡部のことだから、10年間好きだとも言わず、結婚しようとも言わず、なぁなぁな関係が続いてきた。自分がいた証が欲しいんだろう。もしこのまま橋田さんが消えてしまったら、俺達の記憶と、それから大学に名前がちらっと載っているだけだ」

 

そんなのは何も残ってないと同義だ。

 

そう言って、秋葉は、喋りすぎたな。と大きな一人言を止めた。

 

「……なぁ、秋葉」

 

「なんだ?」

 

「少し、お前の家で話したいことがある」

 

俺の言葉に何かを感じたのか、秋葉は、そうか。分かったと頷いた。

 

 

「――で、話したいことってなんだ?」

 

家に着くとまた俺は応接室に通された。

 

数回入ってはいるがどうもまだ慣れない。

 

秋葉は、少し酔いが回っているのか、手短に頼む。と欠伸を殺しながら言った。

 

「お前の知り合いで、宝石…いや、指輪を扱っている人はいないか?」

 

「いるよ」

 

随分とあっさり答えられた。余りにあっさりと答えられて驚いた。

 

「サファイアでいいんだよな?」

 

「あぁ……」

 

随分と話が早い。少し不自然なくらいに。

 

「なんだ?随分話が早く進むことが不思議か」

 

俺はは秋葉の問いかけに首肯する。

 

「なに。岡部なら、こうすると思っただけだ」

 

もう十年来の付き合いだしな。と素っ気なく答えた。

 

「橋田さんのサイズは?」

 

「なんのだ?」

 

「指のサイズだ」

 

「……知らない」

 

何分今さっき決心出来たことだったのだ。

 

そんな都合よく知っているわけがない。

 

「そうか……一応調べておけよ。こういうのは高価だから直すのも手間がかかるしな」

 

秋葉はそう言うと他になにかあるのか?

 

と言うような様子でこちらを見た。

 

「いや、今日の所は特にないな」

 

ありがとうと言って俺は席を立った。

 

「まぁ、一応指輪につける宝石はいくつか候補を出してやるから、それまでに調べておけ

よ」

 

じゃあな。と言って俺は秋葉の家を後にした。

 

「――ただいま」

 

俺が帰ってきたのは大分深夜で鈴羽も寝ているだろうから静かにそう言った。

 

案の定鈴羽は寝ていた。

 

スースーと規則正しい寝息が聞こえる。

 

俺はその姿を見て安堵のため息を吐いた。

 

チラリとカレンダーを見る。カレンダーは九月を示している。

 

もう残っている日曜日は27日しかないな。

 

俺は27日に作戦を決行することを決めた。

 

シャワーを軽く浴びて頭をドライヤーで乾かす。

 

この時期になると流石にシャワーだけでは寒い。

 

俺は布団に潜り込んだ。

 

横を見ると鈴羽の顔が間近にあった。

 

「鈴羽……」

 

 

愛してるよ。

 

誰に言うわけでもなく俺は呟く。

 

後になって気づいたが、奇しくも9月27日は鈴羽の誕生日だ。

 

 

 

これも、運命石の扉の選択か……

 

 

そう言って自嘲気味に笑うと俺は眠りについた。


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