境界線上のクルーゼック   作:度会

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研究所にて

「岡部さん。朝ですよ」

 

起きて下さいと体を揺すられた。

 

「あぁ……分かった……ありがとうな」

 

俺はとりあえず洗面所に行って顔を洗う。

 

冷たい水のおかげで目が覚めた。

 

昨日の酒は残ってないようで、意識もすっきりしている。

 

「昨日は随分と遅かったみたいですね」

 

二人分の朝食を準備しながら鈴羽はそんなことを言った。

 

きっとそのまま感じたことを言ってるだけなのだろうが、俺は少しドキリとする。

 

疾しいことなどなにもしていないのにも関わらずだ。

 

「す、少しな。秋葉の所で話込んでたんだよ」

 

そうですか。と鈴羽は納得すると配膳が終わったのか床に座った。

 

「ほら、食べましょうよ」

 

岡部さんと違って私は遅刻してはいけませんからね。と少し皮肉気味に言った。

 

はは。と俺は苦笑した。

 

確かに俺に定時の出社の義務はない。

 

だから今日は――

 

「そうだ。鈴。今日は俺は少しやることがあるから一人で行ってくれないか?」

 

俺と鈴羽は目的地は違えど途中の駅までは一緒なので毎朝二人で行っていた。

 

分かりました。と鈴羽は頷くとひじきをつまんだ。

 

「じゃ、岡部さん片付けお願いしますね」

 

行ってきます。と鈴羽はいつも大学へ行く格好に着替えて大学へ向かった。

 

さてと……

 

俺は居間に向き直ってまず洗い物をした。

 

どうも汚いものがそのままというのは落ちつかないのだ。

 

洗い物が終わると俺は本来の目的にとりかかった。

 

「指輪はどこにあるかな……」

 

バカ正直に指輪のサイズを聞いたらきっと勘の良い鈴羽のことである。

 

勘づいてしまうだろう。

 

だからあくまで、バレないように調べたいのである。

 

「と言っても、指輪なんてあの時以来買った記憶がないんだけどな……」

 

俺達が片道切符で1975年に来た時に出店で買った指輪以来買っていなかった。

 

その事実に素直に申し訳ないと思った。

 

「今度はちゃんとしたやつを買ってあげるからな」

 

そう言葉に出して俺は誓った。

 

「あった」

 

探し始めて数分で目的のものは見つかった。

 

鈴羽の私物を漁るのはいまいち気が引けたが、今回だけは許してもらいたい。

 

結果的に言うと俺はほとんど私物を漁ることはなかった。

 

鈴羽の貴重品箱の中で一番大事そうにソレが保管されていたのだ。

 

他にもそれなりの値段がしそうなネックレスなどもあったのだが、それよりも厳重に。

 

思い出に傷がつかないように。

 

自分の証明であるかのようだった。

 

「はは、安っぽいな」

 

慎重にソレを取り出して光に照らしてみる。

 

イミテーションのサファイアが安っぽく光った。

 

それでもあの時の俺達には高級品だったのだ。

 

昔を思い出して少しセンチメンタルになる。

 

2010年に置いてきたラボメン達はどうなっているのだろうか。

 

ラボメンの顔ならば十年以上経った今でもありありと思い出せる。

 

例え時代を超越しても、世界線を越えて二度と会うことが無くても宝であることは変わらないのだから。

 

そしてラボメンナンバー001狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真はラボメンの味方なのだ。

 

ラボメンの誰かが困っていたら迷わず助ける。

 

だからここに来たのも……

 

「いや、違うな」

 

尤もらしいことを言ってみたがどうも安っぽい。

 

本当は分かっているのだ。

 

言葉にするのは未だに憚られる。

 

昨日も言ってたじゃないか。と誰かに言われそうだな。

 

俺は鈴羽のことが――

 

「さぁ、行くか」

 

俺は指輪を厳重に包むとそれを鞄の中に入れて家を出た。

 

「よぉ。どうした。今日は遅刻じゃないか」

 

給料からひいておくぞ?と開口一番笑えない冗談を言われた。

 

「なに、ボケっとしてる?冗談もわからなくなったのか」

 

「冗談なのか」

 

それを聞いて少し安堵した。

 

「まぁ、仕事をしているうちはな」

 

この間は助かったよ。と秋葉は軽く礼を言った。

 

この間と言えば、秋葉に何かないか?と聞かれて、彗星がどうのこうのと言った記憶しかない。

 

彗星のことが何に役に立つのかは分からなかったが役に立ってよかった。

 

「あ、秋葉」

 

俺は持ってきた指輪を見せた。

 

「ん―?」

 

あ、指輪か。と秋葉は納得したような顔をした。

 

「サイズは分からなかったから一応持ってきた」

 

俺は秋葉に手渡すと、秋葉は穴の大きさを見ながらブツブツと言っていた。

 

「大体9号位か……?」

 

そう呟いてメモに走り書きをしていた。

 

「よしよし、これで後は大した問題じゃなくなったな」

 

指輪は給料三カ月分というから先に引いておくぞと秋葉は言った。

 

「しかし、ようやく決心がついたのか」

 

こちとら八年は待ったぞ。埃かぶったわ。と秋葉が言っていた。なんのことだろうか。

 

「いつどこで告白するんだ?」

 

「9月27日に公園で」

 

秋葉は公園?と不思議そうな顔を俺に向けてきた。

 

「そこが俺達の始まりの場所なんだ」

 

ラジオ会館もあったがあそこは2010年の始まりの場所だ。

 

「なんにせよ思い入れがあるんだな」

 

そう言って秋葉は納得していた。

 

「というか、そんなこと聞いてどうするんだ?」

 

「ん?偶然その時間にそこを立ち寄ってしまうかもしれないというだけだ」

 

フフフと不敵に秋葉は笑った。

 

「俺はお前を信じるぞ……」

 

俺にはそれしか言えなかった。

 

俺達が話しているとコンコンと扉を叩く音が聞こえた。

 

秋葉がどうした?と聞くと秘書がひょっこりと顔を出した。

 

「お客様がお見えです」

 

客……?あぁ分かった。と秋葉言った。

 

「そういうわけだ。指輪のサイズは任せろ」

 

お前はプロポーズの言葉でも考えろと言われた。

 

俺がお客さんが来るので部屋を出て、自分の部屋に入った。

 

秋葉に言われたわけではないがプロポーズの言葉を少し考えてみる。

 

数個候補が上がったがどれもなにか決定打に欠ける気がしたので全て却下した。

 

全く昼間から何を考えているんだ俺は。

 

まぁ仕事という仕事は与えられていないからすることがあるわけではないのだが。

 

「……よし」

 

秋葉には悪いが、少し会社を抜けさせて貰うことにしよう。

 

そう決めると、気づかれないように部屋を抜け出して、会社を抜け出した。

 

俺はその足で鈴羽の大学、俺の母校へと向かった。

 

正門から堂々と入れるのもスーツが成せる技なのだろうか。

 

むしろスーツで構内に入ってくる人間の方が怪しい気がするがどうやら認識は違っていた

らしい。

 

俺は慣れた動きで研究棟に歩を進めた。

 

鈴羽のいる研究室の扉の前で足を止めた。

 

コンコンとノックする。

 

「どうぞー」

 

という声が聞こえたので俺は研究室のドアを開けた。

 

「あ、岡部さんこんにちは」

 

中には鈴羽が独りでなにやら調べ物をしていた。

 

ここの室長、つまり教授は自分の講義がある時以外は大学に来ずに余所で研究をしているらしい。

 

だからいつ来ても鈴羽しかいない場合が多い。

 

個人的には突然の来訪に少しは驚いて欲しいものだが、週に2~3回来ていれば慣れると

いうものか。

 

「今日は何をされにきたんですか?」

 

学生をあやすような口調で鈴羽は言った。

 

「いや、話相手になって貰おうかと」

 

なんですかそれ。と鈴羽は笑った。

 

「その為にわざわざここまで来るとは……」

 

結構なことですね。と俺を見た。

 

「まぁ、丁度一段落しましたからね。いいですよ」

 

お話しに付き合いますよ。と鈴羽は言った。

 

「でも……」

 

鈴羽はそう言うと時計をチラリと見た。

 

なにか予定でもあるのだろうか。

 

そんな時コンコンと外で誰かがドアを叩いた。

 

「どうぞ」

 

鈴羽がそう言うとドアが開いた。

 

そこには、この間見た青年が立っていた。

 

確か、牧瀬と言った気がする。

 

「なんだ?予定でもあったのか」

 

「いや、なんでも彼が質問があるらしくてね」

 

で、質問ってなんなのかしら。鈴羽は牧瀬を見た。

 

「あ、はい。実はここに所なんですが……」

 

牧瀬は何やらレポートのような物を鈴羽に渡していた。

 

それを見た鈴羽はやれやれとでも言うようにため息を吐く。

 

「だから、牧瀬君。君がなにに興味を持とうと勝手だけどね、タイムマシンなんて眉唾物に傾いちゃだめだよ」

 

「でも……」

 

「でも、じゃない。というか、タイムマシンの理論なんて勉強をしてなにか目的でもあるのかしら?」

 

そこで牧瀬は押し黙った。

 

別に鈴羽は牧瀬のことが嫌いで言っているわけではないだろう。

 

むしろこれだけの熱意を他のことに向ければ大成するかもしれないと思っているのかもしれない。

 

「……分かったわ」

 

沈黙に耐えかねて鈴羽はため息を吐いた。

 

「牧瀬君。君が物理学でもなんでもいいから学会で発表出来るレベルにまでなったら、科学者としてある程度の地位まで行くまで我慢することね」

 

そしたら私でもこの岡部さんでもタイムマシン理論についていくらでも教えてあげるわ。

 

牧瀬は、どうも納得出来ない様子だったのだが、一言ありがとうございますと言った。

 

「まぁ、私が暇な時は話を聞くくらいなら構わないけどね」

 

その言葉を聞くと牧瀬は少し安心したように一礼をして失礼しますと研究室を出た。

 

「彼は優秀なのか……?」

 

俺の問いに鈴羽はさぁ?と答えた。

 

「タイムマシンなんてものに興味のある人間が素晴らしいとは思えませんけどね」

 

そう言って鈴羽は苦笑する。

 

それは俺達を皮肉った言葉かもしれなかった。

 

未来を変える為に過去を変えると言う神に等しい、いや神を超えた行為。

 

天に近づきすぎたイカロスは翼をもがれて死んだ。

 

俺達はどうなるのだろうか。

 

「あ、そういえば岡部さん何か話すことがあるんでしたっけ?」

 

思い出したように鈴羽は言った。

 

「あ、そうそう。27日空いてるか?」

 

ちょっと待って下さいね。と鈴羽は手帳を開いた。

 

「はい。空いてますよ」

 

どこか行くんですか?と鈴羽は首を傾げる。

 

「ま、まぁな。少し行きたい所があるのだ」

 

分かりましたと。鈴羽は赤ペンで『岡部さんとデート』と書いていた。

 

「随分と露骨に書くな」

 

「いいじゃないですか。事実なんだし」

 

確かにその通りなのだが。

 

直接的な表現は未だに苦手なのだ。

 

人前で鈴羽を彼女だと話すのも少し恥ずかしい。

 

「岡部行きたいところでもあるんですか?」

 

この間言ってくれたら良かったのに。と鈴羽は言う。

 

「今回はぶらりと買いものやらしてみたいと思ってな」

 

不自然がられないようにそう言った。

 

鈴羽はそれを、聞くと良いですね。ぶらぶらしたいです。と言った。

 

「そうか。なら良かった」

 

空けといてくれよ。と俺は念を押す。

 

はーい。と鈴羽は返事をした。

 

その後は他愛もないような話をしながら時間を過ごす。

 

一時間位すると、鈴羽が時計を見て、そろそろと申し訳なさそうに言った。

 

「いや、こちらこそいきなり来て済まなかったな」

 

俺がそう言うと、いえいえ嬉しかったですよと言ってパソコンに向き直った。

 

釣られて俺もそちらを向く。

 

メールの受信画面だった。

 

何か海外とでもやり取りをしているのだろうか。

 

「あれ、珍しいですね。スパムですかね」

 

そう言って鈴羽はそのメールをクリックした。

 

スパムと分かってわざわざメールを開くというのもどうかと思うが。

 

「これってなんですかね?」

 

そう言って鈴羽はパソコンの画面を指差した。

 

「なっ……」

 

そこには見知った名前が表示されていた。

 

 

 

S…E…R…N……?




この話の中鉢はきっといい人です。きっと。

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