境界線上のクルーゼック   作:度会

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IBN5100

「……以上のようなプランでよろしいでしょうか?岡部様」

 

は、はい。と俺はやや緊張気味に頷く。

 

俺と鈴羽は結婚式の段取りやその他諸々を決める為に結婚式場を訪れていた。

 

あの晩に決めたプランを改めて見直すとどうにも酒が入ってる状態でこんなことは考えるものじゃないな。

 

そうお互いに納得出来るほどの内容だったので、また後日に現実的な方向で考えた結果今に至っている。

 

「しかし、最近少し景気いいんですからもう少し豪華なことをやっても……」

 

社員の方が去ってから鈴羽は俺にそう尋ねる。

 

鈴羽の言うことも尤もなのだが、いかんせんバブルが崩壊した1990年代に生まれた俺からしてみれば、これから辛い時期が待っている中でどうにも派手にお金が使えなかった。

 

「ごめんな、貧乏性で」

 

「いえいえ。考えてもみればそこまで豪華にしても誰か著名人が来るわけでもなく、大規模な人数でやるわけでもないので岡部さん位の案で丁度いいと思いますよ」

 

パンフレットを見ながら鈴羽はそんなことを言った。

 

「しかし……」

 

「ん?どうした」

 

「ここまで、手際が良いなんて、もしかして以前誰かとお付き合いされてたとか?」

 

「あぁ、実は、阿万音鈴羽という娘と」

 

俺がそう答えると、鈴羽は驚いたように目を丸くした。

 

「それは、それは。その娘はどうされたんですかね」

 

「今目の前にいるよ」

 

俺の言葉に鈴羽は降参とでも言うようにため息を一つ吐くと笑った。

 

「話は変わりますけど、正直な話岡部さんのお友達と私のお友達は大分被っていますし本当に少人数でやることになりそうですね……」

 

「そうだな」

 

二人とも同じ年度に入学し、尚且つ同じサークルに所属していれば自ずと交友関係が似てしまうのはしょうがないような気がする。

 

ちなみに俺と鈴羽の戸籍上の親であった方々はこの十年の内に亡くなってしまっていた。

 

戸籍を借りる時に一度だけ会ったことがあったことがあるという程度の関係だった。

 

しかし、その訃報を聞いた時には思わず黙祷を捧げずにはいられなかった。

 

俺たちはあなた達のおかげでここまで生活できたと。

 

そしてこうして式も挙げられるようになったといつかそれぞれの墓前で一言礼が出来たらいいな。

 

そう考えていた。

 

向こうからしたら、見ず知らずの中年が墓参りに来られても天国で苦笑するだろうがな。

 

「おーかべさんっ」

 

「おう!?」

 

不意に肩を強く叩かれて俺は急に我に返った。

 

何事だと鈴羽を見ると、両手には緑茶のペットボトルが握られていた。

 

「また、ボーっとされているんですか?昔から考えごとをしだすと本当に周りが見えなくなるんですよね」

 

ふふ。と鈴羽は笑う。

 

それに釣られて俺は苦笑を返した。

 

「そうだ。鈴」

 

「はい、なんですか?」

 

「そろそろあれだよな。俺たち結婚するじゃないか」

 

「……そうですね」

 

「だからさ……」

 

「はい」

 

あぁ、もどかしい。

 

こういう台詞は恥ずかしいからなるべく言いたくないのだが……。

 

「それがどうされました?倫太郎さん」

 

「っと」

 

してやったりというような顔を鈴羽は浮かべた。

 

どうやら俺が言いたいことを知っていて敢えて惚けたようだ。

 

「どうかしましたか?倫太郎さん」

 

俺としては嵌められた形になるのだが、倫太郎と呼ばれて悪い気はしなかった。

 

以前に一回か二回呼んでくれただけだったからなぁ……

 

俺が少し感傷に浸っていると不意に携帯がけたたましく震えた。

 

以前にも言ったが俺の携帯に電話してくる人間はそういない。

 

『よう、秋葉。どうかしたのか?』

 

案の定秋葉からの着信だった。

 

『いやな、岡部今どこにいる?』

 

『今?えーと……式場?』

 

『式場?あぁ、なるほどそういうことか』

 

くっくっくと笑いを堪えているようだった。

 

『なるほどそれじゃ、時期も悪くなかったわけだ』

 

『時期?』

 

『いや、こっちの話。今日会社に出て来れるか?』

 

『えーと。ちょっと待て』

 

俺は一度耳から受話器を離すと鈴羽の方を振り向く。

 

「鈴。会社に呼び出されたんだが、これが終わってから行っても平気か?」

 

鈴羽はいいですよ。それなら私も大学の方に顔を出します。

 

俺は鈴羽に許可を貰えたのでその旨を秋葉に伝えた。

 

秋葉は、悪いなと少し申し訳なさそうに言っていたが、俺が気にするなと言うと分かったと答えて電話は切れた。

 

ツーツーと無機質な電子音を聞きながら、秋葉が呼び出すなんてどんなことなのだろうかと少し考えていた。

 

 

あれから鈴羽とその他諸々の打ち合わせを済ませ、鈴羽は大学に。俺は会社に向かった。

 

いつもなんだかんだ言って朝には出勤しているので二時過ぎに会社に来るのは学校に遅刻して入る時と同じような微妙な後ろめたさを感じた。

 

俺はいつもの通りエレベータの最上階を押し、秋葉のいる部屋へと向かう。

 

「あら、こんにちわ。今日は休みじゃなかったかしら?」

 

秋葉の部屋の前で仕事をしていた秘書さんに会った。

 

「ええ、そのはずなんですが、どうにも呼び出されましてね」

 

俺は、はははと言いながら頭を掻く。

 

「秋葉が?そういえば、今日の明け方何かが社長室に運びこまれてたわね…」

 

案外荷物運びで呼ばれたんじゃない?ほら、岡部くんって他の社員に比べて暇そうだし。

 

そう言って秘書さんは笑った。

 

本当にそんな理由だったら苦笑するしか他にない。

 

まぁ、それなりの給料は貰えているので文句を言えるわけもないのだが。

 

秘書さんが秋葉に俺が来たことを内線で伝えると、秋葉は入ってくれと俺を呼んだ。

 

秋葉は部屋の中でまた判子を押していた。

 

「全く、日本ってのはいつも縦社会で、上の判断なしじゃ動けないのかってたまに思うよ」

 

そう言いながらも書類からは目を離すことはなかった。

 

俺は大人しくその作業が終わるまで待っていた。

 

五分やそこらで仕事がひと段落ついたらしく、視線を机から天井に向け、ため息を吐いた。

 

「お疲れだな」

 

俺が緑茶を持っていくと秋葉は悪いと言ってその緑茶を口に含んだ。

 

「いや、悪かったな。折角の休みだったのにわざわざ出てきて貰って」

 

「いや、それ自体は構わないんだが……」

 

「要件か?ほれあれを見ろ」

 

秋葉はそう言うと部屋の隅を指差した。

 

そこには見慣れない…いや見覚えのある箱があった。

 

しかし、俺の記憶にある箱はもっと古かった。

 

当然だ。この時代に真新しい箱ならば2010年には古い箱になっているだろう。

 

「IBN5100か……?」

 

俺がそう呟いたのを聞くと秋葉は少し意外そうに眼を丸くした。

 

「なんだお前透視でも出来るのか?」

 

「いや……この箱に見覚えがあっただけさ」

 

「それにしても、もう少しリアクションを期待したんだがな」

 

残念そうに秋葉口を尖らせた。

 

「まぁ、そういうことだ。結婚祝いにそのPCはお前にやる」

 

昔約束したろ?もしかしたら結婚祝いにあげてしまうかもなってな。

 

その秋葉の言葉を聞いて、俺は秋葉から顔を背けた。

 

秋葉の顔が見れなかった。

 

今見てしまったら涙を見られてしまいそうで。

 

「し、しかし、秋葉。俺はそのPCがとてつもなく重いのを知っている。一人じゃどうやっても持っていくことは出来ないんだが……」

 

声が裏返ってないか心配になるような声音で俺は秋葉に問うた。

 

「確かになぁ、ここに持ってくるのにも二人がかりでやっとというような感じだったからなぁ……」

 

そう独り言をつぶやくと秋葉は内線でどこかにかけているようだった。

 

それを境に俺もようやく秋葉の方に振り向く。

 

「あ、これから俺の予定って何あるか分かるか?」

 

電話の相手は予定を述べているようで秋葉はスラスラとメモをとっていた。

 

「あ、出来れば、場所と時間も詳しく……」

 

そこまで聞いて何をするのだろうかと俺は不思議そうにその光景を眺めていた。

 

ようやく予定を全て書き出すと秋葉は、俺の方に視線を向けた。

 

「とりあえず、秘書の業務も全部聞いたから、外にいる彼女連れていっていいぞ」

 

「え…?」

 

「さすがにこの予定は外すわけにはいかないし、かと言ってお前が知らない人と運ぶのも苦痛だろうから顔見知りの奴に運ばせることにした」

 

「……」

 

こういう手際の良さは秋葉の長所なのだろうけど、秘書さんは納得してくれるだろうか。

 

「秋葉がそう言ったならしょうがないわね…」

 

「すみません」

 

案外簡単に秘書さんは折れてくれた。

 

流石に二人で手で持っていくのは面倒なので地下で台車を借りて運ぶことにした。

 

もちろん精密機械なので、強い衝撃を与えないように丁寧に包装して載せるとやはりそれなりの重さになった。

 

「そういえばなんですけど……」

 

「なによ?」

 

一緒に運ぶと約束したはずが何故か俺が一人で頑張って運んでいるという状況には敢えて触れないがそれにしても一つ聞いておきたいことがあった。

 

「名前なんて言うんですか?」

 

俺がそう聞くと秘書さんが怪訝な顔をした。

 

「あんた、もしかして婚約者いるのにナンパとかでも考えてるの?」

 

「違う」

 

「いや、今日は名札付けてるからてっきりそうかと」

 

そう言って秘書さんは名札を見せる。

 

『渡井』そう書いてあった。

 

「わたいって読むのよ。まぁ有名でも珍しくもない名字よね」

 

「そうですね」

 

それから俺たち二人は特に喋ることもなく道を歩く。

 

「あ、岡部くん。そろそろ休もうか」

 

渡井さんは全く運んでいなかったのだが、長い距離を歩くのが得意じゃないのか少し疲れが見えていた。

 

「こっちきなよ」

 

俺は渡井さんに案内されるまま道を歩いた。

 

「ってなんで境内に来てるんですか?」

 

広い所に出たと思って辺りを見回すとどうもどこかの神社の境内だった。

 

「いや、やっぱり歩道とかで止まると他の人に迷惑じゃない?それにこの場所なら静かで休むには最適じゃない」

 

「そりゃそうですけど」

 

まぁ確かにここは2010年の時も静かで俺も嫌いな場所じゃなかった。

 

俺と渡井さんは座れる場所を適当に見つけると二人で腰掛けた。

 

「あぁ、そういえばまだ言ってなかったね。結婚おめでとうございます」

 

「どうも」

 

俺は軽く頭を下げた。

 

こうして秘書さんもとい渡井さんと話したのは初めてな気がした。

 

俺は改めて渡井さんの横顔をチラリと見る。

 

勿論鈴羽程ではないが目鼻立ちもすっきりしていて、肩にかかるより少し短めな黒髪を敢えて揃えずに少しざっくばらんに切っている感じが渡井さんらしい気がした。

 

ここでもし、巫女さんの格好して出てきたらそれこそルカ子に見えるかもしれない。

 

性格の方はどう見ても似つかないのでそんなことはないかもしれないが。

 

「こんなところでどうされましたか?」

 

不意に後ろから声をかけられた。

 

「え?」

 

俺達は思わず振り向く。

 

そこにはメガネをかけた神主のような人物が箒を持ちながら柔和な笑みでこちらを見ていた。


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