「ど……どうも」
俺はとりあえず頭を下げる。
神主風の男の方もこんにちわ。と丁寧に頭を下げた。
「んー?」
残った一人は頭も下げず挨拶もせずに男を見ていた。
「もしかして……漆原?」
「はい。そういうあなたは渡井さんですね」
どうやら二人は知り合いらしい。
渡井さんは自分の記憶が合っていたと分かると、しげしげと神主風の男を見ている。
「まさか、本当に漆原が神主やってるとはねぇ……」
「えぇ。一応神職の息子をやっているもんでね」
二人の会話を聞くにやはり勘は当たっていたようで神主は漆原と言う名前らしい。
ん? 漆原?
俺は頭の中でその名前を反芻した。
「あ、ルカ子の名字か」
なるほど、ここは確かに柳林神社だ。
2010年に比べて装飾品などが真新しく感じた。
「あ、岡部くん。紹介するわね。神主になるくせに大学で全然関係ないことをしていた漆原くん。私の……同期かな」
「初めまして。漆原と言います。岡部さんでしたね。よろしくお願いします」
礼儀正しい人。
俺がそう思っていることが顔にでも出ていたのか渡井さんは俺の顔を見ながら笑いをこらえている様子だった。
「岡部くん。一応言っておくけど彼は全然真面目じゃないわよ?」
「え?」
この神主が真面目じゃない?
渡井さんが、ねぇ漆原?と視線を神主に向けると、神主は苦笑した。
「そんな、勘弁してくださいよ」
「随分とる猫かぶるわね。大学時代は色々あったじゃない」
「あれは、忘れてください」
神主がはぁとため息を吐いた。
とことん思い出したくない過去があるらしい。
そういえば思い出したがルカの父親はルカが男なのにも関わらず巫女服を着せていたことを思い出した。
「ところでこんな処に?何か用があるんですか?渡井さん」
自分に不利にな話題を避けるべく神主は渡井さんにそう尋ねた。
「そうだね。この箱を岡部くんの家まで届けなきゃならないのよ」
そう言って渡井さんは自分の足元に置いてある箱を忌々しく指をさした。
運んでるのは俺だけなんだけどな……
そう思ったが、別にこの神主に言う必要もないと思って俺は黙っておいた。
「そうですか。ま。汚さなければどうぞ、ずっといて下さって構いませんから」
神主はそう言って一礼して本殿の方へと歩いていった。
「ところで、漆原さんは何かされたんですか?」
俺がそう聞いてきたので渡井さんは一瞬目を丸くしたが、すぐににやけた表情に変わった。
「岡部くんも中々聞いてくるわね。えっとね――」
「なるほど」
若干渡井さんが話を盛っているという可能性も否定できないが、神主、漆原さんは真面目には見えなくなってしまった。
「さて……運びますか」
渡井さんはベンチから立ち上がると、座っていて凝った体を伸ばしているのか首を回したり背中を伸ばしていた。
「運んでくれるんですか?」
若干の期待とかなりの諦めを込めてそう聞いてみた。
彼女は首を横に振った。
*
「へぇ、ここが岡部くんの家なんだ?」
結局運ぶのを手伝ってはくれなかったが渡井さんは家にまでついてきていた。
「鈴さんはいるのかしら?」
何をしようとしているのかわからないが、ちょうどこの時間は鈴羽もまだ大学にいる頃だろう。
いや、そう信じたい。
流石に階段を一人で登らせるのは可哀想だと感じたのか階段を登る時だけ渡井さんも手を貸してくれた。
「岡部くん、意外に力あるのね……」
渡井さんは自分が持って改めて箱の重さを知ったのか俺を褒めた。
まぁ、台車があったからそこまで苦労はしなかったのだけれど。
俺は家のドアを開けるべく鍵を取り出そうとした。
「岡部くん?ドア開くよ?」
俺が鍵を取り出す前に渡井さんがドアノブに手をかけた。
ドアは何の抵抗もなく開く。
「あら、岡部さんお帰りなさい。早かったですね」
家の中には鈴羽がいた。
丁度帰ってきたばかりなのか二人で式場に行ったままの服装だ。
「こ、こんにちはー」
渡井さんはドアから顔を少しだけ出して会釈した。
「えーと、岡部さん。これはどういう状況ですか?」
「えーとな――」
俺は誤解を生まないように出来るだけ丁寧に状況を説明した。
「なるほど。つまり秋葉さんに頼まれてわざわざこの渡井さんは家まで持ってきてくれたと」
俺は首を縦に振る。
正直な話渡井さんは何もしていないのだがそこは触れずにおこう。
鈴羽は理解したようでなるほど。と頷いて、渡井さんにお礼を言っていた。
「わざわざすみません」
「い、いえいえ。お気になさらず」
流石になにもやってないのに感謝されると座りが悪いのか渡井さんにしては珍しく恐縮していた。
渡井さんは時計を見るとそろそろ帰りますと立ち上がった。
まだ何も出してないのに。と鈴羽に言われていたが、仕事ありますのでと言って渡井さんは帰ってしまった。
仕事の邪魔をするわけにはいかないと鈴羽は感じたのか、玄関先まで見送ると居間に戻ってきて俺の向かい側に座った。
「お仕事熱心な方ですねぇ…」
「あの人が秋葉に付き合えってしきりに勧めたそうだよ」
「へぇ…自分だってお綺麗なのに。自分のそういう話はないんですかね?」
そう言えばそういう話は聞いたことないな。
今度会ったら聞いてみるとするか。
「私はてっきり岡部さんが私がいない隙に女の人を連れ込んでるのかと」
俺は鈴羽のその言葉に軽くむせた。
「い、いきなり何を言い出すんだ鈴羽……」
「いえ、ほら、岡部さんだって狼ですからね」
何を根拠にそんなことを言い出すんだ鈴羽……。
「ひょっとして…妬いてるのか?」
鈴羽はぷいと目を逸らした。
「全くり、倫太郎さんは、何を言っているんですかね?私がそんなヤキモチなんて……」
必死に誤魔化そうとしている鈴羽がそこにはいた。
そういう所は昔っから変わっていない。
案の定頭を撫でると堪忍したかのように目線を合わせる。
「なんだか倫太郎さんに手な付けられたようで癪に障りますね……」
ま。今は許してあげます。と鈴羽は言った。
その晩は特に何もなかったので二人で夕食を食べた。
「なんか、久々に家で食べる気がするな」
「そうですね。実際あのおでん屋さんに入り浸っていた感じもありますしね」
正直な所そろそろ休肝日を作らなければと思っていた所だ。
「そういえば、あの箱はなんですか?」
鈴羽は今日俺と渡井さんが運んできた箱を指差す。
「あぁ、あれは秋葉からの贈り物だ」
「それは聞きましたよ?」
「えーと、俺達が結婚するって言ったらお祝いにってくれた。実際の所何が入っているか知らない」
「へぇ……」
「そこでなぜ開けようとするんだ。秋葉に式を挙げるまで開けるなと言われているからな。流石に無粋だろ?」
俺の言葉を正論だと受け取ったのか鈴羽はすごすご引き下がった。
今日は久々に時計が頂点を超す前に床についた。
「一緒に寝ますか?」
隣の布団で寝ている鈴羽が少しふざけ気味な口調でそう言う。
俺は言葉で答える代わりに鈴羽の手を握った。
あ。という声と共に鈴羽を俺の眼と鼻の先の所まで引っ張った。
「そうだな」
今更返事をしてみたが、鈴羽は遅いですよと言って笑う。
顔が近いせいか鈴羽の息が鼻にかかる。
甘い匂いがした。
「ねぇ、倫太郎さん?」
「ん?」
「もし、もしですよ。あの箱の中身がIBNだったら面白いですよね」
「そうだな」
本当はそれなのだが。
「もし、IBNを手に入れれば私は役目から解放されて幸せを手に入れられますかね……」
俺はその問いに答えなかった。