境界線上のクルーゼック   作:度会

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遂に2000年まであと十年を切りました。
そのリミットが近づくにつれて世界は、世界線は収束していきます……。


1991……

「最近景気が悪くなってきましたねぇ……」

 

鈴羽はそう言うとテレビを消す。

 

俺達はあのアパートから引っ越して少し交通の便のいいところに引越した。

 

表向きは秋葉の会社の社宅扱いなので家賃はタダ同然だった。

 

1991年と言えば俺が生まれた時代だ。

 

とはいえ俺は別に零歳というわけではない。

 

今こうして鈴羽と一緒に生活をしている。

 

もう一つ1991年で思い出すことと言えばバブル崩壊である。

 

このことを知っている俺は秋葉にそう言うと、秋葉は最初は信じていなかった。

 

しかし、俺の言葉だからと半信半疑ながらも手広く行っていた事業も縮小させ、採算の取れる事業に絞って事業展開をしたのだ。

 

それで俺の言った通りバブルは文字通り泡のように消え去り、不渡りや銀行の不良債権などが溢れる時代に突入した。

 

この状況を見た秋葉は俺に対して、さながら救世主だな。

 

そう言って互いに笑いあった記憶がある。

 

俺達が結婚したその年、秋葉は結婚した。

 

なんでも秋葉はまだ結婚しなくても良いというような立場だった。

 

しかし、副島さんの方が俺達の結婚式を見て早くやりたいとせがんだらしくその年中に結婚式を挙げたのだ。

 

秋葉が言った通り俺が仲人を務めたのだが、正直何を喋ったのか覚えていない。

 

笑いを取るつもりではないはずが会場は笑っていた記憶がある。

 

それから渡井さんも漆原さんと結婚した。

 

意外と言えば意外だし、順当と言われれば順当である気もする。

 

とにかく渡井さん主導のような印象を受けた。

 

流石に漆原さんが神主なので、教会というわけにはいかず神社で結納をした。

 

この時は流石に秋葉が雇い主なので仲人をかって出た為に俺は喋ることは無かった。

 

式が終わったあと漆原さんが俺と喋った時に口を滑らせてしまったのか出た一言が忘れられない。

 

「何が、『彼女に似た大人しい女の子が欲しいな』だよ……」

 

結局男だろうとお構いなしじゃないか。

 

顔が良ければなんでもいいのか。とというツッコミをしようと思ったがすんでの所で呑み込んだ。

 

そして驚くべきはなんと中鉢が結婚したのだ。

 

最近結婚したのだ。

 

結婚式の時に尋ねた通りあいつは間違いなく鈴羽のことが好きだったはずだ。

 

失恋からの立ち直りの早さにも驚くが、それよりも意外なのは、中鉢の、いや牧瀬章一の破天荒振りに着いていける人がいたことに驚きだ。

 

初めて会ったのは結婚式の時だった。

 

随分とまぁしっかりとしていて目がどこか紅莉栖に似ていた。

 

ただ話すだけで伝わってくる理知という言葉が似合う雰囲気を醸し出していた。

 

紅莉栖の母親と会って分かったのだが、紅莉栖のあの髪は地毛だったのか。

 

ダルや、まゆりの家族と会うことは叶いそうにないがあいつらも少なからずダルに至っては今年中には生まれるのだろう。

 

「倫太郎さん?またどこかに意識が御留守になってるんですか?」

 

お父さんは困った人でちゅねー。

 

鈴羽は自らの体に語りかける。

 

鈴羽は妊娠していた。

 

もう傍から見ても膨らみが見てとれる。

 

1975年に来た時にはこういう展開になるとは思わなかったが後悔はしていなかった。

 

それは鈴羽も同じであった。

 

自分の選んだ道に悔いはないと俺の前で言い切った。

 

名前も決めてある。

 

男ならば、『鈴太郎』

 

女ならば……まだ決めていない。

 

まぁ、生まれてから決めればいいだろう。

 

俺は自分の腕を見る。

 

何もない。

 

別に体に不具合は感じることはない。

 

 

世界は俺達のことを観測していないのか?

 

 

幸いなことにこの世界線では俺、岡部倫太郎という人間は二人存在していない。

 

タイムパラドックス。

 

時間的矛盾。

 

2010年に鈴羽が言っていた世界線の概念。

 

世界線とはより糸。

 

どのような道を辿っても最後には同じ結果に収束する。

 

言葉で言われてもいまいち理解し辛いが俺はソレを経験してきた。

 

だから体系的に理解出来る。

 

もし、その理論が正しいのならばこうして俺達が過去に遡る行為は無駄だったのか。

 

2010年と2000年。

 

違う世界線に移る転機となると鈴羽はかつて言っていた。

 

俺はカレンダーをチラリと見る。

 

1991年。

 

2000年に世界線を飛び越える機会あると言うのならば、一度世界は収束するのではないだろうか。

 

俺や鈴羽は、世界から見たらイレギュラー以外の何者でもない。

 

ならばその時にまとめて修正をかけてくるかもしれない。

 

これはあくまでも仮説の域を出ない。

 

もしかしたら明日にでもフラクタル現象で俺の体がゲル化してしまうかもしれない。

 

今ならば、俺はそれでもいいと自信を持って言える。

 

鈴羽が笑顔でいてさえしてくれば。

 

――来る1991年12月14日。

 

今日は俺が生まれた日だ。

 

親にいつ頃生まれたは聞いていなかったので朝なのか昼なのか、はたまた夜中かは分からなかった。

 

その日朝から俺は体調が優れなかった。

 

鈴羽の方もそろそろ出産が近いらしく、秋葉の知り合いの病院に入院していた。

 

だから俺は部屋に一人取り残された。

 

もし病気なら鈴羽には絶対に移したくないという思いもあった。

 

普段ならば特に気にするほどでもないのだが、体調の関係もあってか心細い。

 

熱があるというわけでもなく、風邪の類ではない。

 

嫌な予感が体全体に纏わり付いているのだ。

 

嫌悪感と嘔吐感。

 

胃の中のものが吐きだされそうだ。

 

とりあえず寝ておけば良くなるだろうと床についてみたがよくもならない。

 

「――ッ!」

 

頭に電撃が走ったような錯覚。

 

薄れゆく視界の中で俺はあの感覚に包まれる。

 

目を開けているのか閉じているのか知覚出来ない。

 

そして、この世界には存在しない、いや、してはいけないものが俺の意識の中では目の前にあった。

 

「どうして……」

 

俺の疑問に答える人はいなかった。

 

世界線変動率メーター。

 

 

ニキシ―管に表示されている数字がせわしなく動く。

 

せわしなく動く数字。

 

その一つ一つの数字を目で追うのは不可能だ。

 

しかし、一つだけ全く動かないニキシー管があった。

 

一番左側の管。

 

すなわち俺達がどの世界線に存在するかという数字。

 

俺は言葉を失う。

 

0.8その数字だけは固定されていた。

 

俺達がいた世界の世界線は確か……0.337187。

 

1パーセントの壁は超えることが出来なかったようだ。

 

その数字の動きが止まると不思議と俺の体調も落ち着いてきた。

 

体を起き上らせて炬燵の中に入る。

 

電源は点けていないがそれなりに暖かった。

 

俺は炬燵の上に紙を置いて今の状態を整理する。

 

今俺達がいるのは世界線の率は違えど、α世界線の域を出ない。

 

となると俺達の歩む人生は見えてくる。

 

震える指で紙に書きこむ。

 

そうならないように願いを込めながら。

 

この世界線は、2000年に鈴羽と秋葉が亡くなる世界線なのだ。

 

俺はその線と平行してもう一本別の線を引く。

 

β世界線を模したものだ。

 

どうにかこちらに移れないものか?

 

そうやって二つの平行する線をまたぐように線を書いていると新たな問題に直面する。

 

俺はどうしてすぐにβ世界線に戻すことをしなかったんだ?

 

まゆりが死ぬのを見たくないだけなのならばすぐにでもβ世界線に戻せばよかったではないか。

 

勿論IBN5100が手に入らなかったということもあった。

 

しかし、俺は無意識に避けていたのではないのか……。

 

「牧瀬…紅莉栖……」

 

俺はとある未来の天才脳科学者の名を口にする。

 

β世界線とはすなわちこれから生まれるであろう牧瀬紅莉栖が死ぬ世界線だ。

 

俺は頭を抱える。

 

即ち秋葉と鈴羽を取るか、牧瀬紅莉栖を取るかと言う問いになる。

 

「人数の問題じゃないだろ……」

 

無数の線が描かれた紙がグシャっと音を立てて歪む。

 

そんな時電話が急にジリリリと音を立てた。

 

はい。と俺が電話を出ると電話の主は秋葉だった。

 

『おい、岡部。今、鈴さんの容体が急変して予定より二日早いが出産するらしいぞ』

 

秋葉はまだ何かを言っていた気がするが俺はガチャンと乱暴に受話器を置く。

 

自分の手に握られた紙をグシャグシャにしてゴミ箱に投げ捨てて着の身着のままで家から飛び出した。




数の問題じゃないですよねぇ……

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