境界線上のクルーゼック   作:度会

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SERNとIBN5100

俺はその手紙を受け取ると封を切った。

 

鳳凰院凶真と橋田鈴。

 

加えてSERNが絡んでくるとなれば中身など十中八九予想がついていた。

 

あの日、鈴羽の研究室のパソコンで見たSERNからの招待状。

 

橋田鈴の隣に書かれていた鳳凰院凶真という名前。

 

俺の真名……いや、偽名であるために、鈴羽と俺の関係性を把握出来なかったために今まで何も起きなかったのだろうか。

 

中にはワープロで打たれた一通の手紙が入っていた。

 

どうやらこちらに配慮したのか文面は日本語で書かれていた。

 

日本語に不慣れなのか所々意味の取りづらい箇所は有ったが内容を把握するには支障はなかった。

 

要約するとSERNに研究員として働きに来ないか?

 

という内容だった。

 

鈴羽にもラブコールを送っていたが、文章を読む限りでは俺の方によりラブコールを送っていたように感じた。

 

中鉢も言っていたが、俺の書いたあの時代では荒唐無稽にも取れた論文の内容が急に現実味を帯びてきたからだろう。

 

全て出まかせで言っていたのがたまたま合っていたとは訳が違うのだ。

 

正解率百パーセントの未来予知。

 

それは最早予知ではない。

 

事実だ。

 

普通の人々は先見の明があった程度にしか考えないだろう。

 

タイムマシンなんて所詮は漫画やアニメの域を出ない物だと考えているのだから。

 

しかし、ある事象というのはその観測者によって全く違った形を得るのだ。

 

日本では兎の餅つきに見える月が中国では蟹に見えると同じように。

 

公にしないまでもタイムマシンを研究していた彼らには、過去に何度も人を送り込んでは失敗していた彼らには、その事実は未来からやってきた人間であるということの証明になったようだ。

 

そして彼らは同時に危惧しただろう。

 

自分達以外の人間。或いは組織が未来から過去への時間跳躍を可能にした事実に。

 

もしSERNが未来から送りこんだ人材ならば、前回メールで事足りたはずなのだから。

 

こちらに来た際の待遇なども詳しく書かれていたが詳しくは割愛する。

 

よく調べたものだと関心するほど詳細に記されていた。

 

そしてその手紙の最後はこう締めくくられていた。

 

『尚、我々の要求が得られなければ、ゼリーマンズレポートに君達二人の名前が刻まれることになるだろう』

 

そう書いてあった。

 

随分と古臭い言い回しだ。

 

重要な所はそこではない。

 

ゼリーマンズレポート。

 

その言葉に俺は戦慄を覚えた。

 

それは2010年にダルが初めてSERNのコンピュータにハッキングした際に見つかったレポートのことだ。

 

あの時紅莉栖が読んでくれた内容こそ覚えてはいないが、最後に赤く印字された『HUMAN is DEAD』という羅列は忘れることはなかった。

 

俺達が読んだのほんの一部分だったが実験自体は大分前から行われていたのだろう。

 

この時代に行われていたとしてもなんら不思議はない。

 

俺の頭の中では、この状況をどうすれば切り抜けられるかという考えが浮かんでは消えることを繰り返していた。

 

「この時代にタイムマシンはない……!!」

 

自らに言い聞かせるように俺は誰にも聞こえないように呟く。

 

元々俺達が作った物も厳密に言えば人間を過去に飛ばすというわけではなく、意識、記憶を過去に飛ばすものだった。

 

しかし、この時代ではそんな都合の良い物は存在しない。

 

つまり、やり直しが利かない一発限りの大勝負となるわけだ。

 

例えばどこかで俺達が岐路に立たされた時、判断を誤ることは許されないのだ。

 

判断のミスはそのまま死に直結すると考えた方がいい。

 

仮に今の展開次第では俺達はめでたくゼリーマンにされ、世界線は変動することなく秋葉は死亡し、果ては10年後に……。

 

「新年早々辛気臭い顔ですね。倫太郎さん」

 

その声に振り返ると鈴羽の顔が間近にあった。

 

鈴太郎は起きておらずまだ布団の中で寝息を立てているのだろう。

 

「起きてたのか」

 

俺は慌てて今読んでいた手紙を背後に隠す。

 

無駄な行為と知りつつも少しの間でも手紙の存在を隠しておきたかった。

 

「倫太郎さん。とりあえず今後ろに隠した手紙みたいなものをこっちに見せて下さい」

 

「い、いや別にいいじゃないか」

 

俺の狼狽ぶりに鈴羽は怪しいと睨んだのか訝しむような視線をこちらに向ける。

 

「なんの手紙ですか?」

 

「い、いやほら大学の同窓会のお知らせだよ」

 

「そんなはずないですね。私達のクラスで外国の方はいらっしゃいませんし、フランスに行ったという人も聞いていませんから」

 

「え?」

 

俺は鈴羽の予想外な一言に俺は鈴羽を見上げる。

 

鈴羽の視線は机に向けられていた。

 

俺もその視線の先を見る。

 

「あ」

 

しまった。

 

机の上に封を切ったままの封筒を置いていたのだ。

 

これではどこから来たかなど一目了然である。

 

「フランスからの手紙……天王寺さんのお知り合いじゃないんですか?」

 

「いや、どうやらそういうわけじゃないらしい」

 

俺は観念して鈴羽に手紙を見せる。

 

手紙を見た鈴羽はまたかというため息を吐いた。

 

「この研究機関もどうしてこう極東の研究者達にこうもアプローチをかけてくるんですかね」

 

様子から察するに俺が見ていたメールからも数回同じようなメールが来ていたらしい。

 

「鈴羽……一つ聞いていいか」

 

「はい?」

 

「『ゼリーマンズレポート』って知ってるか?」

 

鈴羽は数瞬の後にゆっくりと首を縦に振った。

 

やはり知っていたのか。

 

「俺が見たあのメール以降に見たのか」

 

「はい。見ましたよ。私も一応物理学の中でもそっちの方面を専攻してますからね。ああいう現象が起きることは理解出来ましたよ」

 

狭い入口に無理矢理突っ込むからゲル状になるんですよね。

 

鈴羽はそう言いながら頭の中で数式でも組み立てているのがだろうか。

 

何かを思い出すかのように視線をどこか遠くに向けていた。

 

「鈴太郎は?」

 

「まだ寝てましたよ。昨日は少し遅くまで起きてましたからね。スヤスヤと寝てますよ」

 

それを聞いて少し安心した。

 

俺達がこういう話をしていても理解出来ると到底思わないだろうが、それでも昔を思い出す話を子供の前で余りしたくはなかった。

 

「それで倫太郎さんはどうされるつもりなんですか?」

 

「当然断る」

 

即答だった。

 

悩む余地すらない。

 

鈴羽が2010年に来なければならなくなった元凶。

 

まゆりを殺した元凶なのだ。

 

そんな奴らに与するわけがない。

 

「でも断ってどうするつもりなんですか?」

 

俺はそこで押し黙る。

 

そうなのだ。

 

高々俺一人がどうこうした所で何も動かないことは火を見るより明らかだった。

 

「まぁ。その話は後にしましょう。鈴太郎起こしてきますね」

 

そう言って鈴羽は鈴太郎を起こしに消えた。

 

それから俺達は鈴太郎と雑煮を食べ、初詣に行きおみくじを引いた。

 

運勢は凶だった。

 

神主に見せると、この時期には入れてないはずなんですが……と困惑していた。

 

普段の俺なら逆にツいてる。

 

とか、この鳳凰院凶真の名前の一文字を冠する籤を引くとは世界は俺に跪いたのか。

 

などと高笑いをしていたに違いない。

 

しかし、今はハハハと乾いた笑いが漏れた。

 

俺達は神社から帰ると、年賀状の確認をしたり新春番組を見たりしていつもとは違う随分とゆっくりとした時間が流れた。

 

おせちも三人しかいない為昼には食べ終わってしまった。

 

「おやすみなさい倫太郎さん」

 

そう言って俺達は床に着いた。

 

その晩俺は夢を見た。

 

「久しぶりだね。岡部倫太郎」

 

俺は暗闇の中でその声を聞いた。

 

随分と懐かしい声だ。

 

姿も声も2010年と同じそのままだった。

 

あの時のままのジャージ、スパッツという相変わらずのラフな格好だった。

 

「久しぶりって言ってるのに反応がないってのは少し哀しいね」

 

「あぁ、悪かったな。鈴羽。まさか夢の中とは言えあの時代の鈴羽に会うことはないと思ってたからな」

 

「そうだね。あたしもまさか岡部倫太郎の夢の中に現れるとは思ってなかったけどね」

 

やれやれと言った様子で鈴羽は頭をポリポリと掻く。

 

「ま。多分それはあたしの記憶が甦りかけてるってことだろうけどね」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。きっとそう。あぁ、別に不安になることはないよ。あたしの記憶が甦っても特に今の私には影響は無いはずだから」

 

「そうなのか」

 

そうなのよ。と鈴羽は笑った。

 

「積もる話もあるかもしれないけど、今はそんな場合じゃないよね」

 

俺は首肯する。

 

「まさかこの時代でもSERNが絡んでくるとは予想外だったけど、全くの想定外ってわけじゃなかったでしょ?」

 

「出来れば絡んできて欲しくは無かったけどな」

 

「でも幸いなことに切り札はこちらにある」

 

鈴羽の言葉には確信的何かを感じた。

 

「IBN5100か……!!」

 

そうだね。

 

鈴羽は頷く。

 

「どう使えば未来が変わるかはあたしも残念ながら分からない。けどSERNを退けられるはずだよ」

 

その言葉を聞いて俺は考える。

 

誰かが言っていた。

 

SERNのページの中で現在のパソコンでは読むことは出来ない。

 

そのページを読むためにIBN5100が必要なのだと言う。

 

もしそのページの中においてSERNを退けるだけの情報があるのなら、俺達に勝算はある。

 

「しかし……俺はダルほどの技術は持ってない」

 

せっかく可能性を見つけたがまた壁にぶつかってしまった。

 

「あっははは。岡部倫太郎どうしたの?そこはほらね」

 

鈴羽は自分の事を指差した。

 

「ダル……橋田至は私の父親だよ?父親に出来て娘に出来ないことはないんだよ」

 

そう言って鈴羽は笑う。

 

大丈夫。

 

あたしと私を信じて。

 

そっと鈴羽は俺の頬に口づけをすると霧のように消えた。

 

俺がハッと目を覚ますと朝になっていた。

 

まだ、鈴羽も鈴太郎も規則正しく寝息を立てていた。

 

俺は押し入れを開いた。

 

押し入れの中には俺が入れた時と変わらぬ姿でIBN5100が鎮座していた。

 

俺はその姿を見てフッと笑った。

 

「全ては運命石の選択か」

 

いいだろう。

 

運命とは変える為にある。

 

未来とは未定なのだから。


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