境界線上のクルーゼック   作:度会

31 / 40
エシュロン

俺は一緒にMRブラウンの家を訪ねることにした。

 

尋ねると言っても隣の家なのでそう時間はかからない。

 

インターフォンを押すとドアから大男がひょっこりと顔を出した。

 

「あぁ、岡部さんすか。どうしました?」

 

「す、少しいいか?」

 

「はい。言いですけど。俺の部屋余り綺麗じゃないですよ」

 

それでもいい。

 

俺がそう言うとMRブラウンは俺を部屋に招き入れた。

 

部屋げ汚いというのはどうやら謙遜だったらしく、見た所散らかっている様子もなかった。

 

「綺麗だな」

 

「物がないだけですよ」

 

MRブラウンはそう言うと居間の真ん中に鎮座していたテーブルを挟んで俺の向かい側に座った。

 

「それで、話したいことって?」

 

「あぁ、それなんだがな……その天王寺はSERNって知ってるか?」

 

「SERN?えーと詳しく知らないですけど、フランスにいた時に聞いたことはある程度ですね」

 

「……」

 

どうも敬語を使われるのはまだむず痒い。

 

「あの、天王寺。もう少し砕けた言い方でもいいぞ?」

 

「そうすか?」

 

「いきなり砕けたな……」

 

「いいじゃないすか」

 

「まぁ、いいが。それでSERNは名前を聞いたことがあるだけなのか?」

 

「何か聞きたいことがあるならはっきり言いましょうよ」

 

「そうだな。SERNがどんなことを研究してるまでは知らないのだな?」

 

MRブラウンは頷いた。

 

俺は少し考える。

 

この何も知らないMRブラウンを俺達のいざこざに巻き込んでいいのだろうか。

 

2010年の時のことを考えるとより頼みづらい。

 

「何考えてんすか?」

 

「少しな……」

 

俺の考えを察したのかMRブラウンは目を細めた。

 

「なんか悩み事があるから俺の所に来たんすよね?俺ははっきり言ってあの時岡部さん達に助けられなかったら人生が終わっていたかもしれねぇんすよ。今度はこちらが助ける番すよ」

 

自分で言っていて少し恥ずかしくなったのか照れたようにMRブラウンは目を遠くへやった。

 

「俺にしか出来ないことがあるから来たんすよね?そしたら岡部さんはただ頼むって言ってくれればそれでいいんすよ」

 

俺はMRブラウンの言葉を聞いて口をつぐむ。

 

1975年に戻ってきた時俺が頑張らなければならない。

 

未来を知っている俺だけ頑張ればいいと。

 

しかし、俺一人が頑張って何か出来ただろうか。

 

ただただ現実に打ちのめされその度に俺は何も出来ないと打ちひしがれていただけではなかったか。

 

2010年に俺が頭に描いていたような、厨二病もいいところの何でも一人で解決出来る、または俺一人さえいれば世界を変容することが出来る

 

そう、鳳凰院凶真のような存在ではなかったのだ。

 

知っていた。

 

そんなことは知っていた。

 

認めたくなかっただけで。

 

自分が他人と変わらないただの人間であるということを。

 

「……天王寺さん。いや、話を聞いてくれないか。MRブラウン」

 

「は?俺はMRブラウンなんて名前じゃねぇっすよ。けどま、話は聞きますよ」

 

俺は生唾をゴクリと飲み込む。

 

覚悟は決めた。

 

自分で一人では何もできない。

 

ならば誰かを頼るだけだ。

 

思えば2010年も俺は人に恵まれていた。

 

「実はな……」

 

俺は秋葉以来初めてこの時代の人間に真実を話した。

 

「凄いすね……」

 

俺の話を聞いた後しばらく黙ったのちMRブラウンはようやく口を開いた。

 

「話を聞いた限りがとてもじゃないですけど信じられないんすよ。本当に二人は未来から来たんすか?あの映画みたに車に乗って?」

 

「いや、車には乗ってないが、未来から来たのは事実だ」

 

そう言うとMRブラウンはまた押し黙る。

 

「全てを聞いた上でもう一度聞きたい。俺達を助けてくれるか?」

 

MRブラウンは俺の問いに首を縦に振った。

 

「例え今の話を聞いたとしても俺の気持ちは変わりませんよ」

 

その言葉を聞くとMRブラウンの顔を見て力強く頷いた。

 

MRブラウンとの話が終わり彼の部屋から出ると俺は携帯を取り出して、慣れ親しんだ番号を押す。

 

数秒の電子音の後相手が電話口に出る。

 

『はい。秋葉』

 

『岡部だ』

 

『なんだ?どうした』

 

『一つ頼みがある』

 

俺の言葉にただならぬ雰囲気を感じたのか秋葉の声が低くなった。

 

『何かあったのか?』

 

『まぁ、過去の清算をしなければならなくてな』

 

『過去の清算?あぁ、そういうことか』

 

秋葉は何かを悟ったようにそう言うとそこから言葉を続けることはなく、俺の言葉を待っていた。

 

『もし、もし俺達に何かあったら』

 

『断る』

 

秋葉は俺の言葉が終わる前にそう言い捨てた。

 

『悲劇の主人公を演ずるつもりなら他を当たれ』

 

『……そうだな』

 

もう二十年来の秋葉の言葉が胸に染みる。

 

『それで、なにが言いたかったんだ?』

 

『いや、来年辺り皆で旅行に行かないか?』

 

そう言うと、秋葉の声がふと優しくなったように感じた。

 

『それはいいな。計画は任せた』

 

『あぁ』

 

ザッ、ザッー。

 

向こうがトンネルにでも入ったのか電話が通じづらくなってきた。

 

『そ……か、…な…よ』

 

そうノイズが混じった声が聞こえて通話が切れた。

 

また、無機質なノイズが耳の中に響く。

 

俺は携帯の画面を見つめる。

 

最後の言葉は聞こえなくても理解していた。

 

「安心してくれ。まだ死ぬつもりはないよ」

 

誰に言うのでもそう言うと俺は自宅に戻った。

 

「随分遅かったですね」

 

俺が自宅に帰ると鈴羽はそう言った。

 

丁度鈴太郎と遊んでいたようで何か戦隊物の真似事をやっていた。

 

俺の顔を見て話が上手くいったと見たのか鈴羽の顔が綻ぶ。

 

鈴太郎が疲れてきたのか眠そうに眼をこする。

 

「どうした?遊んで眠いのか?」

 

鈴太郎は首を横に振る。

 

「そと、いきたい」

 

鈴太郎がそう言うので久々に俺と鈴太郎の二人で公園に行った。

 

この時代の公園は遊具が色々あって童心を思い出す。

 

「ほら、行くぞー」

 

俺は軽くサッカーボールを転がす。

 

鈴羽に似たのか運動神経が良く、拙いながらもボールを受け止めて蹴り返す。

 

「おお、上手いな」

 

そうして暫く、何も考えることなく公園で汗をかいた。

 

俺達が家に帰ると鈴羽が机に突っ伏して寝ていた。

 

スースーと規則正しい寝息を立てていた。

 

長い睫毛が綺麗だ。

 

「鈴太郎、お母さん寝ちゃったから静かにしてような」

 

俺がそう言うと鈴太郎はコクリと頷いてテレビを点けた。

 

丁度いつも見ているアニメが始まる時間だったらしく鈴太郎はテレビの画面に釘付けになっていた。

 

この時代のアニメは俺も子供の頃に見ていたものと同じなので鈴太郎と話が通じるというのが何とも奇妙だ。

 

そろそろ日が傾いてきて西日が部屋に入ってくる頃に鈴羽は目が覚めた。

 

「んぁ……すみません。寝てました」

 

変な態勢で寝ていたせいか体が凝っていたらしく首や腰をポキポキ鳴らしていた。

 

「すぐにご飯を作りますからね」

 

そこからテキパキと夕食を作り始めた。

 

 

「どうも」

夕食を終え、鈴太郎が寝始めた頃、鈴羽はようやく家事が一段落したようで席に着く。

 

まるでその頃を見計らったかのようドアがノックされた。

 

ドアを開けると先程呼んでおいたMRブラウンそこにはいた。

 

「こんな時間にどうされました?」

 

「あぁ、俺が呼んでおいたんだよ」

 

MRブラウンを部屋に入れると俺達は三人で机を囲むように座る。

 

「彼は全部知っている」

 

俺は開口一番にそう言った。

 

鈴羽はその言葉で理解したようで相好を崩す。

 

「そうですか」

 

「まだ信じられませんけどね」

 

MRブラウンは笑顔で頭を掻く。

 

俺は二人に向かって話始めた。

 

「まず、当面の目標はSERNを倒すことではなく、SERNから俺達の存在を消せばいい。それか、俺達がSERNに役立たない人間だと認識させるかだ」

 

二人は揃って頷く。

 

「夢物語と言うか本当に夢の中の出来事なんだが……SERNにアクセスしてエシュロンから、俺達の存在を消す」

 

エシュロンなどと聞きなれない単語が俺の口から飛び出したせいか二人は不思議そうに首を傾げる。

 

「エシュロンってのは単純に言うと時空を超えたとかそういう類のものを世界中から傍受をしている機関のようなものだと考えてくれ。

そこから消せばSERNには俺達の存在は感知出来なくなる」

 

「潰さなくていいんすか?」

 

「流石にそこまでは出来ない。それに俺達がいた2010年にはSERNは独学ではタイムマシンが作られていなかった。そこまで俺達が関与出来ない」

 

「しかし、それをどこでやるんですか?生憎ここにはそういう設備もありませんし、ここには鈴太郎がいますから……」

 

鈴羽は言いづらそうにそう言った。

 

母親としてここは使いたくないが、ならばどこでやるのかという矛盾に縛られているのだろう。

 

実はそれが問題なのだ。

 

場所がない。

 

秋葉の会社は設備こそあるがバレたら秋葉に迷惑がかかる。

 

秋葉は俺が頼んだら恐らく使わせてくれるだろうが、それはダメだ。

 

「そういうことをする場所がないんすか?」

 

俺と鈴羽は頷く。

 

「俺の知り合いって言うか微妙な人が持ってる建物がここら辺にあるんすけど、そこでいいですか?」

 

「あるのか……?」

 

俺の言葉にMRブラウンは首を縦に振る。

 

「まぁ、何もない場所ですけどね。とりあえず、パソコンが一個置ければ問題ないっすよね」

 

「あぁ」

 

「なら、明日にでも知り合いに話付けますんで、明日見に行きましょうか」

 

MRブラウンの提案に俺達は頷いて、明日その場所に行くということで今日の所は解散した。

 

風呂に入り、床に就く時俺はMRブラウンが言うその建物が分かっていた気がした。

 

昔の情景がありありと思い出される。

 

あの二階建ての建物。

 

「なぁ、鈴……」

 

「はい?」

 

「MRブラウンが言った建物って……」

 

「ふふ。私と同じこと考えていたみたいですね」

 

予測が正しいといいですね。

 

鈴羽はそう言って布団の中に潜る。

 

「……未来ガジェット研究所」

 

俺は、懐かしの名前を呟く。

 

かつての風景を思い出しながら。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。