ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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序章【彼がいない】

?月?日

 

ストレガによって負傷した荒垣さんと天田くんの見舞いを終えた後、私は病院から寮へと戻った。

 

扉を開けて中に入ると、まだ他の皆は帰ってきていないようで寮内は静まり返っている。

 

時刻はすでに晩飯時。

 

本来であれば、台所で料理を作っているはずの少年の後ろ姿を幻視してしまい、私はその場で蹲って涙をこぼす。

 

やっぱり、駄目……。もう泣かないって決めたはずなのに。

 

「……―――ん」

 

寮内の色々な場所で彼の姿が思い浮かぶ。

 

コルクボード前で皆の予定を確認する彼。

 

テレビの前で誰かと一緒に笑っている彼。

 

ソファで待っている私たちにデザートを持ってくる彼。

 

思い出の中の彼はいつも笑顔だ。

 

「……――くん」

 

2階に足を運ぶ。

 

タラップに置かれた机とソファを見て、彼とその妹が仲睦まじくテスト勉強をしている姿を思い浮かべる。

 

思春期の男女の双子にしてみれば、ものすごく仲が良かった。

 

「……―司くん」

 

3階と4階を通り過ぎ、私はあの日以降だれも足を踏み入れなかった屋上へと続く扉の取っ手を握る。

 

そして、ひと思いに開け放った。

 

そこにあったのは誰も世話をしてくれなくなったことで萎れ枯れてしまった野菜や果物の苗。

 

彼が日常的に使っていた道具や、自作したビニールハウスの残骸。

 

彼がもうこの世にはいないのだということが改めて突きつけられる。

 

「……総司くん。う、ああ……あぁあああああああ!!」

 

 

 

 

今から約1カ月前の10月5日の早朝、彼の明確な“死”を幾月さんの口から伝えられた。

 

現場に行った順平とゆかりは自身の無力さを嘆き、彼の状態を後から聞かされることになった桐条先輩と真田先輩は唇を血が出る寸前まで強く噛みしめ、アイギスとコロマルはどういっていいのか分からないと言いたげに悲しそうに俯く。

 

私はただただ呆然としていたような気がする。

 

私はどこかで思っていたのだ。

 

彼が死ぬはずはないと。

 

誰よりも私たちペルソナ使いのことや、未だに謎の多いシャドウやタルタロスのことを知りつくした彼が死ぬはずないと。

 

 

 

でも現実は残酷だった。

 

葬式の斎場で見た棺桶に入った彼はぼろぼろだった。

 

顔の右半分は火傷がひどいからと包帯を幾重にも巻かれ。火傷していない顔の左半分にも無数の傷があり、“激戦”を物語っている。

 

身体には月光館学園中等科の制服がかけられていて見ることができないけれど、順平の話によれば、大型シャドウの攻撃で粉砕されたコンクリートや鉄筋などが彼の身体を幾数も貫いたらしく、ゆかりの回復スキルをもってしても完全に塞ぐことはできなかったとのこと。

 

彼の葬式に集まった人は老若男女関係なく数え切れないほど大勢いた。その全ての人たちが涙を流し、彼の早すぎる死を嘆き悲しんでいる。

 

この数こそ彼が一所懸命に生きてきた証なのだろうが、残された家族はどこか現実を受け入れきれずに呆然自失といった感じで、この場所において浮いている。

 

中でも酷いのは優ちゃんだ。魂が抜けてしまった屍のようにただ用意された席に座り焦点の合わない瞳で彼の遺影を眺めている。

 

彼女は10月4日の満月の日。いち早く兄の異常な行動に気が付き、彼がいる場所に誰よりも早く辿りついた。

 

そして、彼が命を落とす瞬間を目の当たりにした。

 

現場となった巌戸台駅前は現在、廃墟と化してしまっている。警察と自衛隊によって封鎖され誰も近づけなくなっているのは市民の安全を守ると同時に、本当は何が起こったのか分からないから近づきたくないとのこと。

 

表向きには戦争の負の遺産である不発弾が爆発してしまったことになっているが、現実は彼の死を目の当たりにした優ちゃんが興奮状態に陥り、彼を殺した大型シャドウを葬るためにペルソナを暴走させ、そこにあった全てを破壊した。

 

優ちゃんに遅れて辿りついた順平とゆかりが見たのは、瓦礫の中心で「敵を取ったよ」と力なく嗤う優ちゃんと、自身の血の海に沈む彼の姿。

 

ゆかりはここ最近まで病院にてカウンセリングを受けるまでに憔悴していた。

 

無理もない、話を聞いただけの私たちがこうなのだから、彼の死を目の当たりにした優ちゃんやゆかりたちが気を病むのは当然のこと。

 

 

優ちゃんは葬式後すぐに、巌戸台分寮を退寮した。

 

そして数日後には両親と一緒に県外へ引っ越していった。

 

私たちはどこへ引っ越したのか知らないし、すぐに連絡も繋がらなくなった。

 

 

 

 

誰かに呼ばれたような気がして、私は1人タルタロスに来た。そして、タルタロスの迷宮に挑むための階段横にある青い扉を開いた。そこには、部屋の主はおらず代わりに……

 

「ようこそ、ベルベットルームへ……。ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所。珍しいこともあるものですね。主がいない間にあなたがいらっしゃるなんて。むしろテオドアがおらず、私がいる時に来られるとは……」

 

特徴的な青を基調とした服を着た女性は鈴振るような声で首を傾げながら呟く。

 

「気のせい…でしょうか。確か以前にもこんなやり取りを行ったような気がします。そう……あれは、ほんの少し前の台風の夜」

 

何かを思い出したように目の前にいた女性は目を見開き、語り始める。

 

私が今まで忘れていた異世界での冒険のことを。

 

とある悲劇を体験したことによって変わり果てた少女のことを。

 

資質を持たず、今まで裏方で私たちを支えてくれていた少年の“最期”の物語のことを。

 

「あら…。どうなされました?」

 

「ううん。続けて、エリザベスさん。覚えているよ、私は覚えている。忘れていいはずがない」

 

私は袖口で涙を拭い、目の前にいる女性を見つめる。

 

「聞かせて、“総司くん”の最期の物語を」

 

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