ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~ 作:甲斐太郎
第二の迷宮である“ごーこんきっさ”の攻略を再開させようと皆に声を掛けている時に冷ややかな視線を向ける風花の姿があり、その理由を尋ねた私は彼女の返答を聞いた瞬間に走り出していた。道行くメンバーの皆に情報を聞きだしつつ、ヤソガミコウコウ内を走り回って目的の人物を見つけた私は外聞を気にせず目的の人物に抱きついた。
「総司くん、へるぷみー!!」
「うわぁっ!?……って、結城先輩?」
風花に告げられたのは地図の作成は捗っているかどうかの確認であったが、彼女のあの眼は私が手を付けていないことを確信した上での物だった。普段優しくて大人しい子が怒ると怖いっていうのは本当だったみたい。私は総司くんから離れるとすぐにノートを差し出す。総司くんは私とノートを交互に見た後、ノートを受け取って開き、すぐに苦笑いを漏らした。
「なるほど、りょーかいしました。机と椅子があるフードコートで書きましょうか」
ノートを閉じた総司くんは私に向けてにっこりと笑うとフードコートに向けて歩き出す。私はすぐに後を追い、総司くんの横に並ぶ。周囲を見渡すと、そこは色々なゲームを体験できるフロアであった。
「もしかして、新しいデザートか何かの発見があったりした?」
私は体育館でのゲームの景品であった『煌めく果実のパンナコッタ』の味を思い出しつつ、総司くんに尋ねた。ノートを小脇に抱えた総司くんはパンフレットのようなものを取り出し、おもむろに広げた。私は総司くんに密着するように近づいて、そのパンフレットを覗き込んだ。
「『ヤソガミコウコウ宝探しマップ』?」
「設置された宝箱は10個。だけど、1人につき開ける事が出来る宝箱は3つだけ。宝箱の位置はそれぞれに設けられた3つの問題をクリアすると座標が浮かび上がる仕様なんですが、問題が難しいからといって僕が欲しいアイテムであるかと言われると……って感じで悩んでいるんですよね」
総司くんは懐からパンフレットとは別に紙の束を取り出した。確かに5択の問題がズラーっと書かれていて骨が折れそうな感じだ。私はその問題を詳しく見ようと思い手を伸ばそうとしたのだが、総司くんがパンフレットと一緒に制服の胸ポケットにいれ込んでしまった。それも私が覗き込んだ瞬間に。
「え?……ちょっとくらいいいじゃん」
「やーです。僕が初めに見つけたんだから、僕がやるんです。それにフードコートに着きましたし」
気付けばそこはフードコートだった。メンバーも数人いるし、第一の迷宮で玲ちゃんが食べた紙製の巨大お菓子のように大きなドーナツを頬張る彼女の姿があった。って、デカっ!!
「な、ナニアレ!?」
「あー……。善さん、早速使ったのか。しかも、デカ盛り券。容量20倍でも、玲さんに掛れば大したことなさそうですねー」
「なに、デカ盛り券?容量20倍?」
「詳しいことは善さんにどうぞ。僕はこっちを仕上げないといけませんし」
そう言って総司くんは手ごろな椅子に座るとノートを開いた。そして、第二の迷宮である“ごーこんきっさ”の1階と2階の地図をさらさらと淀みなく書きあげて行く。しかも鼻歌交じりで。
「不思議の国のアナタでも思ったけれど、凄いよね」
「そーですか?ちゃんと地図を書き上げたら有用なアイテムが手に入るんだから、結城先輩もしっかりと書きましょうよ。それに、この地図は重要なものなんですし」
総司くんはそう言うと顔を上げ、巨大すぎるドーナツを食べ終え満足そうに微笑む玲ちゃんを見る。玲ちゃんは善くんにお礼を言うと抱きついた。善くんもまた満足そうに何度も頷き、玲ちゃんの頭を撫でている。
「玲ちゃんがどうかしたの?」
「……いいえ。この分だと善さんが泣きついてくるのも早いかもって思っただけです」
「さっき言っていたデカ盛り券っていうのが関わってくるの?」
「はい。ぶっちゃけますけれど、もぎてん通りにあるお店すべてで使える食券が買える券売機があるんですけれど、まぁそれなりに値が張るんです。デカ盛りだと、福沢さんが1人くらい」
「あー……なるほど」
今も満面の笑みを浮かべて善くんに甘える玲ちゃんを見れば、この1回だけで満足する風には見えない。きっと、玲ちゃんは善くんに縋るような視線を向けるだろう。玲ちゃんを悲しませる真似を善くんがする訳がないので、結局は券を購入せざるを得ないという訳で。そこで、ふと疑問が浮かんだ。私は地図を書き上げた総司くんを見つつ尋ねる。
「ところで、総司くん」
「なんでしょうか?」
総司くんがノートを閉じた後、私の顔を不思議そうに見てくる。
「お金は全部、私と優ちゃんが管理しているんだけれど、どういうことかな?」
目をパチクリさせて佇む総司くん。だが、すぐにフッと笑った。
「ヤソガミコウコウ内のゲームで得られるアイテムって中には売るしかないようなものもゴロゴロあってですね、僕の財布は結構潤っているんですよ。善さんには秘密を共有してもらっているので口止め料として、デカ盛り券を買えるだけのお金を渡したんです」
「へー。例えば、どんなの?」
「輪投げで手に入れたんですけれど、『迸る金のマーラ像』が3万だったかな。テオドアさんも苦笑いしていたし」
「……なぜだろう。それがどんなものなのか分からないけれど、これ以上それを追求したらダメって言われている気がする」
「僕も結城先輩が現実で『迸る金のマーラ像』を持っていたら、迷わず警察に通報します」
「そこまでのものなの!?」
「造形的に」
とにかく総司くんは私たちが把握しきれないお金を持っているということらしい。それも総司くんがゲームをクリアして得た資金なので、それを私が寄越せっていうのも変な話だ。
「まぁ、総司くんなら変な風に使ったりしないと思うけれど」
「なんだか釈然としない信用のされかたですけれど、まあいいです。地図、出来上がりましたよ」
テーブル席の向かい側に座る形となった総司くんからノートが返却される。第一の迷宮の時と同じように、私が作成した前衛的な地図のような物が、見やすく分かりやすい地図へと変わっている。
「ありがとー。助かるよ、総司くん。いやー、風花が怖くってね」
「山岸先輩たちは僕たちと一緒に迷宮に潜ることができない上に、タルタロスのように進むべきルートを指示できないんです。彼女らの生命線はまさに結城先輩の書く地図のみ。神経質になるのも致し方ないのでは?」
「はーい。これからは、できるだけ頑張るよ」
私は総司くんの忠告を聞き神妙に頷く。確かに風花たちは地図がないと迷宮内を知ることが出来ない。迷宮内がはっきりイメージできないとシャドウの接近も間近にならないと分からないらしいし、やっぱり真剣に書く必要があるみたい。だけど……
「地図書くのってセンスがいりますからね」
「そうなんだよねー」
私と総司くんは地図を記したノートに視線を落とすと、ほぼ同時にため息をつくのであった。
□□□
さて、再び第二の迷宮に挑むことになったのだが、入り口から入ってすぐに異変に気付いた。前回は入り口から男女別チームになっていたのに、なんと全員が同じ場所にいたのである。
「ほう……、これはどういうことだ?」
「考えられるのは、『階層にある質問をすべて答えたから』なのか、それとも『階段を使用し降りたから』か、の2つですね」
美鶴先輩の呟きに白鐘さんが考えたことを口にする。その実証は下の階に降りればはっきりするのだろう。白鐘さんの考えた状況が下の階層にはあるのだから。結局のところ白鐘さんの考察は後者が正しかったのだが、重厚な扉の先にいた中ボスっぽいシャドウを倒し階段を降りた先はカジノっぽい内装がなされた所であった。部屋には大きな扉と今私たちが使用して降りてきた階段とは別に先に進むための階段、そして4つのルーレットが設置されてあった。このルーレットは床の模様的に扉と連動している様子。
「わふっ!」
「さすがです、コロマルさん。えーと【Predetermined Fate Roulette】……直訳すれば、『決められた運命のルーレット』でありますか?」
扉の前で吠えたコロマルの視線の先にあった文字を読み上げるアイギスの下に集まる面々であったが、1人だけ今しがた降りて来た階段の前で蹲る少女がいた。それに気付いた私が傍に駆け寄ると、彼女はフルフルと首を横に振って立ち上がった。
【迷える子羊さんたちに朗報だ。ここはボーナスステージ。扉の先には5つのフロアがあり、それぞれの試練を乗り越えると宝物庫へ行くことが出来るのだ。君たちは挑戦してもいいし、しなくてもいい。ただし、このボーナスステージは今回だけのものだ】
言うだけ言ってしまったのか、アナウンスはそこで切れてしまった。扉の前に集まっていた面々も扉と階段を交互に見た後で顔を見合わせる。
「“試練”を越えた先にある宝物庫」
「これからの探索に役立つものである可能性も否めない……か」
『試練』という言葉を強調しながら告げたのは無論真田先輩で、彼は仕切りに美鶴先輩に対して熱い視線を送っている。美鶴先輩は不思議の国のアナタの迷宮でも言っていたように現実世界に早く戻ることを念頭に置いているものの、私たちが挑んでいる迷宮はまだ2つ目だ。先はまだまだあると思われる。急いでは仕損じるというし、ここはこのボーナスゲームとやらに挑むのもありなのではないかと思い、私は皆の様子を見てみる。
すると、八高メンバーが集まっているところが騒がしいことに気づいた。様子を伺うために近づくと、優ちゃんが“暴れて”いた。
「駄目!絶対駄目っ!“運命のルーレット”なんか、絶対に駄目ぇええ!」
「落ち着けって、姉御!」
「ちょっと、優。はしたないから足をバタバタさせないでよっ!」
優ちゃんは巽くんに羽交い絞めにされた上に右手は千枝ちゃん、左手は雪子ちゃんによって押さえつけられていた。優ちゃんのその慌て様に白鐘さんや花村くんは元よりゆかりや順平たちも訝しげにしている。
優ちゃんはそれでも興奮したままであるため、私は彼女のストッパー役を探して部屋の中を見渡すと、そんな喧騒なんて関係ないと言わんばかりにクマくんと天田くんを連れた総司くんが件のルーレットを覗き込んでいた。
「【H】【I】【S】【E】【N】の文字の下にそれぞれ【4】【3】【4】【4】【4】の数字か」
「英語の方は分かりませんけど、数字の方は、ひぃ、ふぅ、みぃ……。この部屋にいる僕らの数と一緒みたいです」
「クマはゆかりちゃんや千枝ちゃんたちと行きたいクマね」
「数字は人数……だとすると英文字の方は頭文字かな。時間、敵の強さ、いや……難易度?」
総司くんたちは円陣を組みつつルーレットに書かれている文字の解読を行っている様子で、それに気付いたアイギスとコロマル、荒垣先輩が近寄って行っている。今まで暴れていた優ちゃんも一段落ついたのか落ち着いたみたいだが、このボーナスゲームに挑戦したくない気持ちがひしひしと伝わってくる。
ルーレットと連動している扉から離れた位置に一度集合した私たちはこのボーナスゲームに挑戦するかしないかの多数決を取る事になった。
ボーナスゲームに挑戦したいと主張するのは順当な真田先輩の他に女の子と一緒になりたいと欲望を隠さないクマくん、それと総司君と天田くんの4人。反対に絶対に挑戦したくないと捲くし立てるのは優ちゃんだ。彼女は八高メンバー全員に睨みを利かせた上に美鶴先輩を自分の陣営に引き込んだ。この時点で勝敗は明らかであるものの、とりあえず残っているメンバーの意見を尋ねる。まずは、お疲れ気味なゆかり。
「ゆかりはどっち?」
「えー。もう先に進むのでいいんじゃない?順平もそうでしょ」
「そーだなー……。けど俺っちは挑戦するのもありだと思うぜ。俺たちも一個目の迷宮とは違って大所帯だけどよ、“それ”を崩されたときに今の装備はちっと頼りないしよ」
「うっ……確かに」
順平の言うとおり、現在の私たちの装備はどこかで妥協している部分がある。そもそも出費に対して、収入が少なすぎるのである。無尽蔵に出てくるシャドウの素材は安いし、ちょっと高めの素材が出てくるパワースポットにはシャドウが集まりやすくて中々うまくいかないし。むしろ総司くんのお小遣いになっている出し物をメンバー全員でかき集めて売ったほうが効率いいかもしれないし。
「荒垣先輩はどうですか?」
「伊織の言い分も正しいが、ここは俺たちの常識が通用しない未知の空間だ。甘い話には裏があると思って、ここは見送るのが妥当だろう。それも分からないバカの説得は任せておけ」
そう言った荒垣先輩はボーナスゲームの試練が控えている扉に向かってシャドーボクシングをしている真田先輩がいるところに向かって近づいていく。この不可思議な場所に来て何度目か分からない言い争いがまた勃発し、美鶴先輩がまた眉間にしわを寄せる姿が眼に入った。
「結局のところ、どうすることになったんだ?」
今まで私たちのことを、フランクフルトを頬張る玲ちゃんの隣で傍観していた善くんが尋ねてきた。私は皆の様子を鑑みて答える。
「今回は見送る方向でいくよ。今は先に進むことにしよう」
「……そうか。分かった」
善くんも安心したように頷き、元いた玲ちゃんの隣へ戻っていく。総司くんたちは挑戦できなかったことを残念がっているけれど、先に進むことを伝えたら一番に降りていってしまった。その後をコロマルとアイギスが素早く追っていく。優ちゃんの暴走のおかげでほとんど発言できなかった八高メンバーの彼らも降りていった。
フロアに最後まで残ったのは私と優ちゃんと白鐘さんの3人。階段を降りる前に私は優ちゃんの様子を見た。彼女はこのボーナスゲームに挑むことが無くなって心底ほっとしたのか、あどけなさが残る年齢相応の柔らかな笑みを浮かべていたのだった。