ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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悪夢―①

忘れもしない。

 

2年前の10月4日、『剛毅』と『運命』のアルカナを持つ大型シャドウと戦う満月の夜。

私たち特別課外活動部の全員を荒垣先輩と天田くんの元へ向かわせた“兄さん”はナビ役だった山岸先輩を気絶させ、1人で大型シャドウに戦いを挑んだ。

 

半死半生になりながらも『剛毅』のシャドウを弱らせた後で自分の体に封印したみたいだけれど、『運命』のシャドウと戦う力は残っていなくて……。私と伊織先輩、岳羽先輩がその場にたどり着いた時には兄さんは息絶えていた。

 

その傍らには物言わぬガラクタとなったアイギスの姿もあった。

 

 

□□□

 

 

「久しぶりに兄さんの手料理が食べたいな。たとえば……『満漢全席』とか」

 

「ぶふぅっ!?」

 

第二の迷宮の三次会を攻略途中、泣き出してしまった優ちゃんを気遣いヤソガミコウコウに戻ってきた私たちであったが、泣き腫らして目を真っ赤にした彼女が突如、総司君に対してこんな提案をした。何故、探索を切り上げて急遽戻ることになったのか理由を尋ねに男子を代表して来ていた総司くんはその場で噴出して優ちゃんに詰め寄っている。

 

「優!さすがに僕でも満漢全席は作ったことないよ!というか1人で作るような料理じゃないし」

 

「うん、知ってる」

 

「え、じゃあどうして?」

 

優ちゃんは詰め寄ってきていた総司くんの肩に手を置くと、にっこりと笑う。その笑顔に恐怖を抱いたのか総司くんが彼女から離れようとしたのだが、がっちりとホールドされているのかびくともしない。

 

「満漢全席ってね、中国料理の選りすぐったメニューを一度に食べられる画期的な料理なんだよ。北京ダックはもちろん、マーボードーフ、チンジャオロース、ホイコーローなどなど」

 

総司くんの料理の腕を知っている特別課外活動部のメンバーは優ちゃんのあげた料理名を聞いて生唾をごくりと飲み込む。そういえば総司くんが作るマーボー系の料理は人間の味覚を全て網羅しており、人気も高かった。私も総司くんが作ったマーボーをご飯にかけて食べるのが好きだ。と、あふれ出てくるよだれを袖で拭っていると、善くんが慌てているのが目に入った。「どうしたの?」と聞こうとした私の横を猛スピードで駆け抜ける影がひとつ。

 

「そんなの優より僕のほうが知って……って、優。“誰を”見て言ってい『ガシィッ!!』げふぅ!?」

 

集団から抜け出た影の正体は玲ちゃんだった。彼女は総司くんの背後から飛び掛り、彼を押し倒した。優ちゃんは玲ちゃんが飛び掛るのを見届けた瞬間には総司くんを解放し、身を捩らせ射線上から回避している。総司くんは背後からの急襲に対応できず、そのまま押し倒されなすがままにされる。

 

「総くん、私!その『まんかんぜんせき』ってやつがたべたーい!!たべたい食べたい食べさせろー!!」

 

「ぎゃー!?逃げ道が塞がれた!!」

 

食の野獣と化した玲ちゃんに恫喝される総司くん。優ちゃんにしてはやりすぎなのではと思ったが、彼女はすでに荒垣先輩と天田くんの元へ移動しており、総司くんを手伝って満漢全席を作るように仕向けている。

 

「……ちっ、しゃーねーか。ここに来て、フライパン握ってねーしな。リハビリがてらやるか」

 

「総司さーん、材料を集めにいきましょー」

 

「あれ?師匠と乾くんは乗り気なの!?」

 

総司くんはてっきり断ってくれるものと思っていたらしいが、何故だか荒垣先輩と天田くんは料理するのに忌避はなかったようだ。そんな2人を見て、目をぎらぎらさせる玲ちゃん、申し訳なさそうに佇む善くん、そして騒ぎの張本人である優ちゃんを見た彼は深々とため息をつくと立ち上がって、荒垣先輩と天田くんの後を追って小走りしていく。聞いたことの無い料理の名前に興味津々だった玲ちゃんと保護者な善くんも後に続いた。

 

「ではアイツらの料理が出来上がるまで解散ってことでいいのか」

 

「ふむ、保健室に依頼の確認にでも行くとするか」

 

なんだかんだ巌戸台学生寮で三強の料理人に胃袋をがっちりと掴まれているメンバーである真田先輩と美鶴先輩が言うと、その場にいたほかのメンバーも次々と話し始める。が、

 

「いえ、諸々用事があると思うけど、話したいことがあるからベルベットルームに集まってください」

 

総司くんらを見送った優ちゃんが真剣な眼差しでそう告げた。

 

率先してベルベットルームに入った優ちゃんは大きなソファに腰掛けていたマーガレットさんと床に転がって何かを記していたマリーちゃんをどかすと私たちを手招きする。私のほうが先にいたのにと頬を膨らませているマリーちゃんのほっぺたを千枝ちゃんや雪子ちゃんがぷにぷにと突いているが、優ちゃんは我関せずを貫く態度をとっている。依頼された料理を作るためにヤソガミコウコウ内に残った総司くんら5名を除いた月高と八高のメンバーが揃っていることを確認した優ちゃんはおもむろに頭を下げた。

 

「さてと。まずは……ごめんなさい」

 

顔を見合わせきょとんとするメンバーたち。突然の謝罪に意味が分からないといった様子だ。

 

「いったい、何に対しての謝罪なんすか、姉御」

 

「そうだよ。お姉ちゃんが謝ることなんて……」

 

八高メンバーで優ちゃんを慕っている巽くんとりせちゃんが声をかける。優ちゃんはふるふると首を横に振るとしっかりと私たちを見据えて言葉をつむぐ。

 

「りせたちには不甲斐ない姿を見せた上にリーダーあるまじき行動をとって困らせたこと。そして結城さん……“現在”の湊先輩たちには不必要なほど失礼な態度をとり続けたこと。……それに対しての謝罪」

 

そう区切った優ちゃんを見て、八高メンバーは表情を曇らせた。分かっていないのはクマくんくらいに見える。無論、月高メンバーは優ちゃんが何を言おうとしているのかピンときているものはいない。

 

「私が湊先輩たちに冷たく当たっていた理由はただひとつ。私を含めた特別課外活動部の皆で兄さんを殺したようなものだから」

 

「「「「「!?」」」」」

 

優ちゃんは語り始める。何故、彼女がこんな風に変わってしまったのかを。

 

 

□□□

 

 

2009年10月4日

 

アルカナを持つ大型シャドウの討伐日でもある満月の夜。影時間になる直前になっても荒垣先輩と天田くんは帰ってこなくて美鶴先輩の額には青筋が浮かんでいた。彼女に話を振ると怒られそうなこともあり、私は湊先輩やゆかり先輩と話をしていた。伊織先輩は真田先輩と兄さんと話をしていて、アイギスはコロマルと何やら話をしているような感じだった。だが、プルプルと美鶴先輩が震えだしたのを見て、彼女の近くにいた人たちが非難し終えると同時に吼えた。

 

「ええい!荒垣と天田はどこに行ったんだ!作戦日だというのに、どこで油を売っているんだ!」

 

「留守にするなら言っていて欲しかったですよ。てっきり3人で作るものだと思っていたのに」

 

美鶴先輩の魂が震えるような叫びの後に、粛々といった感じで兄さんが呟いた。結局、時間を掛けてだがすべての料理を1人で作った兄さんに私たちは感謝の言葉を送るしかない。というか、今日の作戦も皆で必ず帰ってくるのが報いる方法なのかもだけれど。

 

「美鶴先輩、いないものは仕方ありません。まずは今日のシャドウをどうにかしましょう」

 

「全く……帰ってきたら処刑だな」

 

湊先輩が慰めるように声を掛けたけれども、美鶴先輩の怒りは萎える事は無い。2人は特別課外活動部の面々にはもちろんのこと、一緒にいることの多い兄さんにも声を掛けることなく席をはずしているのだ。無論、無線による呼びかけにも反応は無い。作戦日を無断で放り出したとあれば、先月の伊織先輩の如く恐ろしいお仕置きが待っていることなど分かっていそうなものだが、あの2人がと思うと意外としか思えない。

 

「師匠と乾くんの2人がいないってのいうのは珍しいですよね。どちらも真摯に取り組むし、ペルソナを扱う上では2人は師匠と弟子の関係ですしね。……そういえば、乾くんのお母さんの命日って今日でしたっけ」

 

兄さんの言葉を静かに聞いていた真田先輩が目を見開きながら身を乗り出した。そして、慌てた様子で美鶴先輩に駆け寄る。

 

「美鶴!俺は今すぐにシンジたちのところに行く、後は任せる」

 

「なっ!?ちょっと待て、明彦っ!!」

 

美鶴先輩の制止を振り切って作戦室から出て行く真田先輩。どういう状況なのかを私たちが美鶴先輩に尋ねると同時に湊先輩の呟きが耳に入る。

 

「確か天田くんのお母さんは事故死という扱いになっているけれど、彼は大きな馬に跨ったナニカに殺されたって言っていた。それに荒垣先輩も、自分の命は償いのためにあるって……まさか!?」

 

湊先輩は顔色を青くしながら唇を震わせる。しかし、すぐに頭を振って意思の篭った瞳を美鶴先輩に向けた。美鶴先輩は何かを言いたげであったが、頭を振って大きなため息をつくと大きく頷いた。湊先輩はすぐに頷き返すと、作戦室に残っていた皆に向けて自分の意思を伝える。

 

「大型シャドウを倒すのも重要だけれど、今は荒垣先輩と天田くんの命を優先したい。だから……」

 

「皆まで言うなよ、湊っち!」

 

「そうだよ、湊。来月はちょっと大変になるかもだけれど、2人を助けに行こう!」

 

湊先輩の宣言を聞いた面々はしっかりと頷いた。そして、次々と作戦室から出て行く。風花先輩がペルソナを使って2人の居場所を探るとポートアイランド駅の裏路地にいることが分かった。そこにストレガの2人が近づいていることも分かり、一刻も早く向かわないといけないと思った時、私は違和感を抱いて足を止めた。

 

私は部活で走りこんでいることもあって、後続メンバーの中でもコロマルに次いで前方にいたのだが、誰かが足りないと思った。足を止めていた私の横を湊先輩と美鶴先輩が走りぬける。これで私の前にいるのはコロマルと湊先輩と美鶴先輩。それといち早く荒垣先輩と天田くんの危機を察した真田先輩。

 

「……はぁっ……はぁ……」

 

間の前がチカチカする。身体が芯から冷たくなっていっている気がする。大事なことを見落としているのではないかと、私はゆっくりと思案し作戦室での異常な光景を思い出した。

 

「ありえないっ!」

 

「うおぅっ!?どうした、優ちゃん?」

 

「はぁはぁ……皆、早過ぎ」

 

後続メンバーでも遅れていた伊織先輩とゆかり先輩の2人が立ち止まっていた私の横に立って心配そうに見てくる。私は要領の得ないと自覚しつつ、彼らに私が感じた違和感について伝える。

 

「影時間になっていましたよね!風花先輩がルキアを使っていましたもん」

 

「へ?」

 

「優、何をいいたいの?」

 

「作戦室でルキアが現れた。荒垣先輩たちのことは勿論だけど、ストレガの2人の場所もわかって」

 

「落ち着けよ、優ちゃん。いったい、どうしたんだよ!」

 

困惑した表情を浮かべている2人の先輩に向かって私は、私が感じた異常を思い切り大きな声で伝える。

 

「作戦室でルキアを顕現させた風花先輩の隣に、“兄さん”が立っていたんです!“象徴化”していなかった!そして、今は兄さんとアイギスの2人がいない!」

 

「「はぁっ!?」」

 

私はここ最近の兄さんの行動を思い浮かべる。そうだ、兄さんはアイギスに何かを尋ねたり、相談したりする様子が見て取れた。何を話しているのか聞いてもはぐかされて、結局なんだったのかが分からない。

 

「寒気が止まらない。口の中も異様に乾いて気持ち悪い。何か良くないことが起きようとしているに違いないんです。だから、私は寮に戻ります!2人は荒垣先輩たちの方に向かってください」

 

私はそう言って振り返ると巌戸台学生寮に向かって走り出す。するとすぐに伊織先輩とゆかり先輩が横に並んだ。

 

「ああもう!これで何もなかったら桐条先輩に確実に怒鳴られる」

 

「しゃあねえって、ゆかりっち。むしろ、“何か”あったら優ちゃんだけでは対処が難しいだろ。それに風花と通信がつながらねぇんだ。何かが起きたのは間違いねぇって!」

 

伊織先輩とゆかり先輩は息切れを起こしつつも私のトップスピードについてくる。私は前を向いて、一心不乱に走り続けるのだった。

 

 

□□□

 

 

優ちゃんは「ちょっと休憩」と言って肩を鳴らした。

 

過去を語っている間、優ちゃんは床の一点を見ながら淡々と事実だけを告げていく。

 

天田くんと荒垣先輩の因縁を聞いた真田先輩は、話すメンバーが厳選された理由を感じ取って沈黙せざるを得なかった。それにしても総司くんが象徴化しなかったって、そんな異常な光景を私や美鶴先輩が見逃すとは思えないけどな。

 

「気付かれなくするって、もしかして“ムイシゼン”を使ったクマか?」

 

『無為自然』って何?ベルベットルームに集まっていた面々の視線が発言者であるクマくんに集中する。するが、唯一優ちゃんは達観したように呟いた。

 

「そっか。兄さんはここでペルソナが使えるようになって、そのままの状態であの日を迎えちゃったのか……」

 

と。

 

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