ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~   作:甲斐太郎

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悪夢―②

優ちゃんの謝罪から始まった彼女にとっては過去の、そして私たちにとっての未来の話は各々に大なり小なりの衝撃を与えていた。

 

前提として総司くんの死が確定している。

 

荒垣先輩と天田くんには深すぎる溝があり、2人の因縁による衝突の阻止は真田先輩にとって大型シャドウの討伐よりも優先されるようなものであった。

 

そして、何故か2人の事情を知っていた私もまた彼らの救命を優先させた。“させてしまった”。何故私は優ちゃんの異変に気付かず荒垣先輩と天田くんの下へ走ったんだろう。

 

「ところでクマ?『ムイシゼン』って何だ?」

 

「えっと、シーフーが使うスキルのひとつで……はっ!?秘密クマ!」

 

「そこまで話しておいて、今更だなぁっ!」

 

八高メンバーのクマくんと花村くんが漫才を繰り広げている。どういうスキルかなんて、『無為自然』という四字熟語の意味と優ちゃんの話を踏まえて考えればすぐに答えが出るだろう。自然のあるがままの姿でいること、つまり周囲と同化し気付かれなくすること。でなければ、ルキアを顕現させた風花の隣に立ったままでいるなんて芸当をできるはずが無い。

 

「クマのお仕置きは確定として、話の続きをするよ」

 

優ちゃんはそう言って、再び話し始めた。

 

 

□□□

 

 

月光館学園に通っている特別課外活動部の拠点でもある巌戸台学生寮。そのラウンジのソファで寝かされていた風花先輩を私たちはすぐに起こして事情を聞く。風花先輩はくらくらする頭を押さえながらだが、私たちが作戦室から出て行った後のことを話し始めた。

 

「湊ちゃんたちが荒垣先輩や天田くんのところへ向かった後、私に大型シャドウの動きはどうかを尋ねてくる声があったの。私は特に気にすることも無く、巌戸台駅前にいることを伝えて不思議に思った。私は一体誰に話たんだろうって。そしたら、目の前に総司くんが立っていたの。傍らにはアイちゃんもいて。どういうことなのか尋ねようとしたら、当身されちゃって」

 

「……総司とアイちゃんはグルか」

 

「2人は何をするつもりなの?」

 

「分かりません。でも、私が気を失う直前、彼らが『戦う』『封印』『助かる』っていう話をしていたのを聞きました。そして、現在総司くんとアイちゃんは巌戸台駅前の大型シャドウと戦闘中で……って、優ちゃん!」

 

私は脇目も見ずに走り出した。学生寮の玄関を蹴っ飛ばして外に出ると最寄の駅に向かって走る。その後を伊織先輩とゆかり先輩が追ってくる。

 

学生寮から巌戸台駅まで時間はそうは掛からない。走って行けば10分も掛からない。その時、凄まじい爆発音と共に大量の黒煙が緑掛かった空に浮かぶ黄金色に妖しく輝く月に向かって上がった。

 

「おいおい、あっちは駅だよな」

 

「ちょっ!?あんな規模の爆発を起こせるシャドウってこと?」

 

私は全身に汗が流れる不気味さを感じ、ここから先に進みたくないと本能が訴えかけてくるような恐怖に歯をガチガチ言わせる。がけっぷちを足で踏み出すような怖い思い、それと同時にあの場所に兄さんがいる以上行かなければならないという気持ちの板ばさみになった私は、下唇を噛み締めて走り出した。

 

後方から伊織先輩とゆかり先輩の声が聞こえてくるが、私は兄さんの下にたどり着くまでは足を止めないと自分に言い聞かせて走った。

 

そして、たどり着いた巌戸台駅前広場にあったのは

 

『大切な家族の亡骸』と

 

『物言わぬガラクタとなった仲間』と

 

『不気味な赤い瞳でこちらを見てくるルーレットに乗っかった異形』だった。

 

「あ……うぁあ……」

 

私はおぼつかない足取りで巌戸台駅前広場を進む。胸部が貫かれ、両碗を落とし膝立ちの状態で止まってしまったアイギスの横を通り過ぎた私は、そこでようやく倒れ伏した兄さんの状態を見た。

 

身体の右半分は焼け爛れ、左半分も大小さまざまな傷が生々しく残っている。

 

「あぁ……うぁ……あぐっ……」

 

身体の中央。胸の部分にはいくつもの孔が開いており、彼を中心に赤い池が出来上がっている。口元を見れば、何度も拭った跡があって厳しい戦いであったことが伺える。

 

それはそうだろう、だって、私たちが全員で挑んでも大怪我を負うような相手たちなんだから、いくらなんでも出来る兄さんでもアイギスさんと2人でなんて不可能だよ……。

 

亡骸となって微動だしない兄さんの表情は穏やかだった。だが私の心は反対に荒れ狂っていて、この気持ちを留めておくことは出来そうに無かった。振り返れば、ルーレットの盤面を指す針の役目を果たすような大型シャドウがいる。先輩たちの話によれば、今夜現れる大型シャドウは『運命』と『剛毅』のアルカナを持つ2体だったはずだから、残っているのは『運命』の方なのだろう。

 

そして、兄さんを殺した相手でもある。

 

噛み締めていた下唇が切れて乾いていた口の中が鉄の味で埋め尽くされる。私は、振り返り『運命』のアルカナを持つ大型シャドウを睨みつけ叫んだ。

 

「うぁああああああああああああああああ!!!」

 

私の頭上に私の心を映し出す鏡のような存在。ペルソナのウシワカマルが浮かび上がる。

 

しかし、白い衣を身にまとう童子のような姿をしていたウシワカマルは私の怒りや憎しみといった暗い感情を吸って、異質な存在へと変貌を遂げていく。血のような赤黒い鎧を身にまとう武者へと。顔のところには黒い仮面をつけ目と口の部分に切れ込みが入っていて紅く妖しい光を放っている。両手に持っている刀はそれぞれ、何かを斬った直後のように血が滴り、剣先から落ちていっている。

 

まるで相手を殺したくて殺したくてたまらないといった様子だ。当然だろう、私は目の前にいる運命のシャドウを殺したくてたまらないのだから。

 

「……そいつを!……ころせぇえええええええええええ!」

 

“ヨシツネ”は刀についていた血を払うと嬉々とした様子で運命のシャドウへと斬りかかる。その瞬間、不思議な力場が発生したがヨシツネはそれすらも切り裂いて、シャドウに肉薄し袈裟切りした。ルーレット盤から離れ、逃げ出そうとするシャドウを左手に持っていた刀で貫くとそのままルーレット盤に向かって投げ飛ばし、動けないようにルーレット盤に縫い付ける。直後ヨシツネが止めをさそうと刀を振り上げるのを見て私は自然と呟いていた。

 

「……チャージ、……ヒートライザ」

 

ヨシツネの体が一回り大きくなるような幻が見えた気がした。赤黒い鎧を纏ったヨシツネが掲げる刀の先には金色に輝く満月が浮かんでいる。

 

幻想的だけど、ひどく不愉快だ。もう二度と見たくない。あらゆることに対する私の興味が無くなった瞬間、ヨシツネは神速の8連戟スキル『八艘跳び』を運命のシャドウに向かって振り下ろした。

 

ヨシツネの技の余波で巌戸台駅前の様相が瞬く間に変わっていく。

 

兄さんと並んだバス停も、

 

兄さんがジュースを買ってくれた自動販売機も、

 

ベンチも、

 

駅も、

 

何もかもが切り裂かれ、

 

壊れていく。

 

私はそれを見ても何とも思わなくなっていた。

 

私の瞳に映るのは血溜まりの上で眠るように死んでしまった兄さんだけ。他のものはモノクロに見えるだけで、もうどうでもよくなっていた。

 

「仇は……取ったよ」

 

私は兄さんを見ながら呟いたが、私の心を占めた思いは虚しさだけだった。

 

 

□□□

 

 

優ちゃんの独白を聞き終えた私たちは何も言えなかった。これは彼女の主観でしかなかったけれど、当時中学校3年生だった優ちゃんの心が悲鳴を上げることも出来ずに壊れていく様子が手に取るように分かった。それだけ総司くんという存在がかけがえのないものだったのだ。

 

「兄さんが死んだことを理事長から聞いた両親は出張先からすぐに戻ってきた。けれど、兄さんの状態を見て絶句して、警察や学園関係者に詰め寄っていた。けど真相なんて一般人の彼らに分かるものじゃなくて、すぐにどうしようもないことに気付いた。そして、鳴上家の歪な家族関係が浮き彫りになってしまった。幼い頃から何でも出来た兄さんは、何をするにしても手の掛からない存在だったから、両親は兄さんについてのことをよく知らなかった。兄さんがとてつもなく広い交友関係を持っていたことも分からず、兄さんの知り合いのほとんどは彼の死を知らない。少なくても、私たちの時代で兄さんと交友があった人たちは知らなかった。知っていたらその人の生き方も変わっていたかもしれないっていうのが多い」

 

八高メンバーは優ちゃんの発言に神妙そうな表情を浮かべ深々と頷く。彼らは優ちゃんの話を聞く前からどこか予想していた様子だった。彼らは自分たちの街で起きた殺人事件の犯人を追っていると言っていた。つまり彼らの内、誰かが大切な人を亡くした経験があったのかもしれない。

 

「私がこうやって話したのは、私にとっての過去を、貴女たちにとっての未来を変えてもらいたいから。荒垣先輩や天田くんがどうでもいいなんて言わないけれど、みんなが笑って過ごせる明日を作って欲しい。兄さんはきっとそれを望んでいた」

 

「優ちゃん……」

 

私は優ちゃんの傍に近づく。彼女は両手で顔を覆って蹲っている。私はそっと彼女の頭を上げさせ、正面から抱きしめた。そして背中を優しく撫でる。

 

「……つらかったね。それと……ごめんね」

 

「…………。……うぅ……どうじで……。ひぐぅ……みなどせんぱいは……にいざんのごど……」

 

優ちゃんは私に縋り付きながら泣き叫ぶ。大きな声で、『どうして?』と泣いている。総司くんのことを意識していたはずの私がどうして荒垣先輩や天田くんの救命を優先させたのか。もしかして、喧嘩でもしていたのだろうか。彼とのコミュがリバースやブロークン状態だったら、もしかするかもしれないけれど……。

 

「やっと見つけたー!『まんかんぜんせき』できたって!皆が揃わないと食べちゃ、『メッ』て言われたんだよー!早く、行こう!」

 

しんみりとしてしまったベルベットルームに場違いな明るい声が響き渡る。

 

見れば目を爛々と輝かせた玲ちゃんが入り口に立っていた。優ちゃんが時間稼ぎにと使った無理難題だったが総司くんをはじめとした巌戸台学生寮の台所番3人は作り終えてしまったようだ。優ちゃんの話はそれほど時間が掛かったわけではないけれど、それを考えても凄いとしか言いようが無い。

 

「あっ、ゆうちゃんが泣いてる!総くんに報告だー!!」

 

「「「やめてっ!!」」」

 

「え?」

 

総司くんに報告するためにベルベットルームから出て行こうとした玲ちゃんを必死に止める私とゆかりと風花。玲ちゃんはきょとんとしているがそれだけは洒落にならん。

 

優ちゃん自体は女番長で女王さまのように育ってしまったが、総司くんにとっては可愛い妹に変わりない。つまり、以前彼が言っていた『優を泣かせた奴は『真っ黒に焦がしたメザシのみ定食』の刑』に処される確立が高い。ましてや総司くんや荒垣先輩たちが作った『満漢全席』を食べられないことになったら目も当てられない!

 

「総司が死ぬって聞かされてもピンとこねーんだけどよ、第一の迷宮で見たヨシツネっていうペルソナはマジで強かった」

 

順平がしみじみ言うとゆかりや真田先輩が同意する。

 

そんな中、優ちゃんの話を聞いた美鶴先輩がすごくショックを受けたようで頭を抱えて蹲っていた。彼女の目的である桐条総帥の悲願は果たされたことを優ちゃんから聞いていたこともあって、総司くんの死については青天の霹靂だった様子。特に総司くんは私たち特別課外活動部の庇護下にあったにも関わらず、9月の満月の時にはストレガのチドリに人質に取られるし、その翌週は彼女のペルソナが彼の中に妙に残ってしまい大量のシャドウを呼び寄せることになってしまった。挙句の果てに、荒垣先輩と天田くんの代わりに死んでしまうなんて聞かされたらたまったものではないだろう。

 

「これ以上、遅れたら兄さんたちが来てしまいますのでこれでお開きにしましょう。それと、もう大丈夫だから、今まで迷惑かけてごめん」

 

優ちゃんはそう言って八高メンバーと向かい合っている。

 

彼女の中で何かが変わったというのならそれでいいのだけれど、私たちにはしこりが残る。

 

私はふと思い出す。ここに来たばかりの頃、エリザベスさんに言われた総司くんのアルカナのこと、そして生き方のことを。エリザベスさんはその生き方は変えられると言わんばかりに警告を私に促した。

 

ここから出るまでに総司くんの考え方を改めさせることができれば、その悲劇は回避できるのだろうか。私はそんなことを考えながらベルベットルームから出て、玲ちゃんに案内されるがままにフードコートへ向かうのだった。

 

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