ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~ 作:甲斐太郎
屋上で優ちゃんと話をしていた時に、ほんの悪戯心から大変な事態を引き起こし逃げてきた総司くんの口から発せられた新事実は私たちの行動を凍りつかせるのには十分すぎるものだった。玲ちゃんと面識があるってことは、つまり……。
「なんてね」
「「へ?」」
「さすがにそんな奇跡みたいな偶然ある訳ないじゃないですか。もしも会ったことがあったのなら、玲さんもすぐ僕に気付くはずでしょ?」
「……ちょっと、兄さん!」
「あはは、怖い鬼もいなくなったことだし僕は行くよ」
そう言って総司くんはダンボールを腋に抱えて屋上から去っていく。優ちゃんは冗談を言いながら去っていった兄の背中に向けて、大きくため息をついた後、私に向かって苦笑いを向けてきた。酸いも甘いも経験して大人っぽくなってしまった妹分の姿にちょっとした感動を覚えた。
その直後、校舎の方から『パシーン』という乾いた音が響き渡った。私と優ちゃんの2人は音の発生原因を知っているのでクスリと笑みを漏らすだけで、おしゃべりを続けたのだった。
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ごーこんきっさの探索を再開することになったのだけれど、私たちの班の皆の視線は総司くんの左頬に集中していた。彼の左頬には見事な紅葉が浮かび上がっていたからである。私は優ちゃんに放っておいていいのかを尋ねたが、皆に事情を話してすっきりしたのか総司くんの所業によるものだから、ああなって当然という反応だった。
「シーフー、大丈夫クマか?」
「うん。料理で悪戯するのは金輪際止めるよ。何より、せっかくテオドアさんから貰ったマリーさんのポエム集を本人に回収されちゃったのが大きいや。結構、面白いことも書いてあったのに」
「もう!人の黒歴史を掘り返さないの」
「はーい」
周囲にいた皆が驚いた表情を浮かべた。総司くんは特に気にしていないようだが、今のやり取りは優ちゃんが総司くんを注意した形だ。今までは総司君から優ちゃんが窘められることはあっても逆はなかったのに。つまり、優ちゃんはそれだけ成長しているっていうことなんだ。
「ところで『ごーこんきっさ』の3階層にいるF.O.Eに関してなんですけれど、こちらが奴らに対し正面を向いた状態で前後に動くと前進してきて、横向きやムーンウォークなら反応しないことが分かっています。そこでF.O.Eを動かして皆さんが通れるようにするのは僕と乾くんが担当するのでちょっと待っていて欲しいのですが」
総司くんの提案を向けられた美鶴先輩は少し考えた後に右手を突き出した。その行動の意図が読み取れなかった私たちは首を傾げる。
「鳴上、お前の提案は嬉しく思うが、第1の迷宮の謎解きでも君に任せきりだった。今回は私たちが主導で謎を解きたいと思う。我々がにっちもさっちもいかなくなったら助けてくれ。山岸、明彦たちにもまずは自力で謎解きをさせるんだ。今回は男女別に分けられても通信で情報を相互交換することで問題なかったが、今後はどうなるか分からない。メンバーの1人ひとりが謎解きを今後のことも考えて、意識しなければならないと思うんだ」
『なるほど……。分かりました。そのように伝えますね』
風花との通信が切れる。総司くんは美鶴先輩の発言を聞いて納得したのか大きく頷いた。そして、周囲を見て“善くんとクマくん”を連れて私たちの後ろへ下がった。天田くんと花村くんは私たちのところに取り残され、ぎょっとした表情を浮かべた。すぐに彼らの後を追おうとしたが、優ちゃんがそれを止める。
「ちょっとだけ待ってて、2人とも。兄さん、どうして善とクマの2人を連れて殿に行ったのかな?まるで後方から強敵が複数で襲い掛かってきても自分たちなら対処できるといわんばかりの行動だよね」
「え?いや、近くにいたのが善さんとクマさんだったからってだけで」
「残念ながら、総司さん。貴方の近くにいたのは天田くんとクマくんであって、善さんは少し離れた位置に立っていました。残念ながら調べはついているんです。白状されてください」
「えっと……?」
総司くんは急に始まったこの展開についていけていないようで目を白黒させている。それは私や優ちゃん、白鐘さんを除く面々も同じ事。白鐘さんは大きく深呼吸をした後、ビシッと総司くんを指差す。
「総司さん、貴方がクマくんや善さん、巽くんを連れて迷宮に入り浸りペルソナのレベル上げをしていることはすでに分かっているんです。加えて優さんや結城さんの常識が通用しないことも。証言者はプライバシーもあるので伏せさせてもらいますが、何か反論はありますか?」
白鐘さんの追及を受けて観念したのか、総司くんは乾いた笑い声を漏らしながら呟くように話し始める。
「まいったなぁ、こんなにも早くばれちゃうなんて。さすが、水着審査が嫌で逃げ出しちゃったのにミスコンで優勝しちゃった名探偵な「って、うわぁあああああ!なんで貴方が知っているんですか!!」ふっふっふ、証言者はプライバシーもあるので伏せさせてもらいます」
得られた事実を追求し追い詰めて後は罪を白状させるだけだったはずの容疑者にとんでもない秘密を暴露される名探偵なんて、新たなジャンルを開拓したね、白鐘さん。じゃなくて、ミスコンって何の話?
「クマ、陽介」
怒りを含んだ冷たい声で呼ばれた名前がフロアに響き渡る。
発声した当人は武器である刀を抜き放ち刃のところをツツーと指を這わせる艶やかな妖しい笑みを浮かべている。ちなみに彼女の背後に浮かび上がるペルソナは両手に持っている血が滴る刀に舌を這わせているように見える。
そんな恐ろしい姿を見せるリーダーの姿を見て狼狽する八高メンバーの男子2人。
「ち、違うクマー!!」
「お、俺じゃねえ!俺じゃねぇよ!!」
必死になって総司くんに話したのは自分ではないと主張する2人。信じてくれよと、優ちゃんの足元で懇願する2人を見て毒気が抜かれた優ちゃんであったが、刀を鞘に納めることなく私たちに近づいてきた。私と美鶴先輩は顔を見合わせる。
私が首を横に振れば、美鶴先輩も横に振る。当然だ、優ちゃんの学校でのイベントのことなんて分からないのだから。そう思っていたら、総司くんが更なる爆弾を投下した。
「修学旅行の2日目」
その場にいた八高メンバー全員の動きが止まる。通信を繋いだままにしていた久慈川さんの生唾をごくりと飲む音が聞こえてきた。
「クラブ『エスカ・ペイド』で王様ゲーム」
総司くんを見て話すのを止めさせようとするが、時すでに遅し。
「クマと完ちゃんが自爆した後に起きたのは、選ばれた2番と4番の舌を絡ませる大人のキス。それをしたのは誰と誰だ?」
「何で、総司がそれを知っているんだよっ!クマと完二は気絶したままだったから知らないはずだぞ!しかも俺じゃねーってことは……え?」
花村くんの視線は優ちゃんと千枝ちゃんたちに向けられる。当然、優ちゃんは違うので残りは千枝ちゃんっていうことになるが、彼女もまた手と首を横に振って自分ではないと主張を繰り返す。しかし、意外なところから声が漏れ出てきた。
『あうぅ……そういえば私、お姉ちゃんと……あっ!?なんでもないよ♪』
「大人のキスといえば、優は結城先輩ともしているよね。その結城先輩に……」
総司くんはそう言い掛けて動きをピタッとまるで彫刻のように止めた。にこやかな笑みを浮かべていたその表情は見る見るうちに茹蛸のように真っ赤になって目はぐるぐると回りだす。
恐らく、総司くんの脳裏には皆で遊びに行ったプールでの一幕のことがリピートされていることだろう。事情を知らない八高メンバーの花村くんと千枝ちゃんが総司くんに声を掛けようとしたら、総司くんは急にその場から逃げ出すように駆け出した。
その先には黒い馬に跨った白い天使の姿をしたF.O.Eがいる。総司くんが向かって行くので当然、そのF.O.Eも近づいてくることになり接触してしまった。この場合、誰が悪いのかなと苦笑いしながら戦闘の準備をする私たちであったのだが、
「バレてるのならば仕方がありませんなぁ!今こそ、クマの力を見せる時クマ!」
「玲、そこで待っていろ。あの“程度”、どうということはない。我々3人だけで十分だ」
自信満々の様子のクマくんと善くんがゆったりと武器を構えながら歩み出た。見れば総司くんと接触したF.O.Eはすでに赤色、青色、緑色の3色の鎖が身体に巻き付いていて身動きが取れない上に状態異常でもがき苦しんでいる。そこにクマくんと善くんが並び立つ。
「キントキドウジ、ブフーラクマァ!」
「マインドリープ」
クマくんは自分のペルソナの能力である氷結属性のスキルを発動し、善くんは斬撃系のスキルを放つ。避けることも防御もできないF.O.Eは攻撃をモロに受けて床に倒れ込む。そこに総司くんの追撃が……入らない。どうしたのか彼を見ると、俯きながら呪文を呟くように何かを連呼している。
総司くんが何かを呟くたびに、彼のペルソナの身体が大きくなっていくように見える。何を呟いているのか気になった私が彼の声が聞こえる位置に移動すると、同じ言葉を繰り返していた。
「チャージチャージチャージチャージチャージチャージ……」
心なしか彼のペルソナが「もう無駄だぞ」と言っているような気がした。その直後、3色の鎖を引きちぎって立ち上がったF.O.Eを見て、総司くんは指差しながら心の叫びを言葉にする。
「無防備すぎるだろ寝巻きがノーブラTシャツって誘ってんのかよ夏祭りの後で火照った身体の半裸浴衣とかアホか殺す気か眩いばかりの白ビキニで迫ってくんな大人のキスすんじゃねぇよこっちが洗濯しているときにバスタオル一枚で出て来るな押し倒すのを何度我慢したと思ってイノセントタック!!」
『ドグシャァアアアアア!!』
肥大化したペルソナに圧殺される形になったF.O.Eに対し幾分かすっきりした表情の総司くん。
そして、一緒にいる女性陣から極寒零度といわんばかりの冷たい視線が注がれる私。そんな私に優しく手を差し伸べてくれたのは、総司くんの妹である優ちゃん。
「2年前のこととはいえ、ギルティです」
「ですよねー……」
その後、私は皆からすごくお仕置きされた。