少女は一人だった。
生まれてすぐ母を亡くし、そのせいで父からは疎まれていた。父と話すことなど滅多になく、ましてや愛してくれることなど一度もなかった。
ただ、そんな父でも私を育ててくれた。その事実だけで少女は満足だった。
そして、少女が十の時に父が病で他界してしまう。少女は一人で生きねばならなくなった。と言っても僅か十の子供に自ら商いをする能力はない。当分は父の持つ畑の野菜を取る他なかった。
しかし、いざ畑に向かうとそこには我が物顔で父の畑を耕す男の姿があった。少女はその男に見覚えがあった。その男は母が居なくなり荒れる父と度々喧嘩をしていた男だった。
「あのぅ...。」
「あぁ?なんだ?なんかようか?」
「いや、そこは父の畑...」
「ああ!?その父親がこの前いなくなっちまったんだから俺がもらってやったんだよ!わかったらさっさと帰りやがれ!!もうここは俺のもんなんだよ!!」
男は十の少女を怖がらすには充分の剣幕で言い放ち少女を土地から追い出した。その日は少女も諦めその地をあとにした。しかし、他にアテがあるわけもなく翌日また、父の畑へと向かった。必死に頭を下げ返してくれるようにお願いしたが、その日も追い出されてしまった。二度とくるなとも言われたが、少女は次の日も向かった。何でもするから畑だけはとお願いしたが殴られ、肥やしをかけられ追い出されてしまった。次来たら殺すぞと言われた。少女はついに畑を諦めた。家にいる少量の備蓄を食いつぶしていき遂にはそれも潰えた。困り果てた少女は盗みをすることを決意した。いざやってみると簡単だった。毎日同じところから盗むとバレてしまうと思い、店を変えつつ毎日盗みを働いた。そしてある日、いつものように野菜を掴み走り去ろうとしたとき、腕を掴まれた。
「おいおめえ!何うちの商品くすねてんだ!!」
「...ッ!!」
「最近はおめえみたいなのが多いならなあ!注意してたんだよ!金のないやつに渡す商品はねえぞ、ガキ!!」
野菜を取り上げられ、怒鳴られ少女は目の前が真っ暗になった。一度顔を見られてしまったのでどの店でも注意されるか、そもそも近寄ることもできないだろう。いよいよ生きる術を失ったと思った。そこに、一人の男が通りかかった。
「もし...。その商品、私が買いましょう。」
「ああ?買えばいいとかそんな話じゃあ...」
「分かりました。では、賠償に2倍の値段を払いましょう。」
「....っは!あんたがそうしたいならそうさせてやるよ。あんた、物好きだなぁ、そんなガキ助けても一銭の得にもなりゃしねえぞ。」
「構いませんよ。それじゃあ君、行こうか。」
そう言って男は少女を家に案内した。なんでも男は領主の息子のようで、身寄りのない子を見るとほっとけないそうだ。そこで、男の家でお手伝いとして働かないかと言われた。給金はないが寝る場所と食事は提供すると言う、少女にとっては願ってもない話であった。余りにも話が旨すぎると思ったが、これから生きるためにはそうするしかなかった。
男の家には少女の他にも数人の身寄りのない子供がいた。初めは、上手い話過ぎて心を開くことのできなかった少女だったが、その子供たちの話から男が本当に善意から子供を助けているのだということがわかっていった。お金こそ貰えないが、寝る場所と食を与えられて少女は満足だった。
そんな生活が一年と少したったある日、村が妖怪に襲われた。勿論領主の男の家も襲われた。男の家にいる大人は全員殺され、子供は少女を含め全員攫われてしまった。どうやら、子供は暇つぶしの道具としてさらわれたようだ。
そこからの生活は当に地獄のようだった。子供同士で殺し合いをさせられたり、妖怪の愛玩道具として身体を汚されたりもした。十数人いた筈の子供は1ヶ月もしないうちに少女だけになっていた。そして、妖怪たちも飽きてきたのか少女に何もしなくなった。
その時には既に少女の心と体は限界を迎えていた。死のうと思い、井戸の中へとその小さな身を投げた。舌を噛み切るという勇気のなかった少女だったが、水の中で直ぐに後悔した。苦しいだけで一向に死ねないのである。
その苦しむ時間の中で少女は、そもそも畑を奪った男が、父が、自分を産んだ母が、と自分の今までの生を呪った。酸素が足りなくなり意識を失うその時まで、自分の今までを呪った。呪いに呪い、そして少女は意識ごと水の中へと沈んでいった。
そして数十年後少女は目を覚ます。
釣瓶落としとして...。
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「っていう設定を考えたんだけどどうかな?」
「..,.....。重いわ!!」
ここは旧地獄にある酒場。やいのやいのと鬼たちが騒がしく飲んでいる中で、二人で更にやかましく酒を煽っているのが、キスメという少女と地底のアイドルこと黒谷ヤマメである。
「...そもそもなんでキスメは自分の過去を考えようと思ったのよ。」
「いやぁー、だってさ?この前地上の巫女と白黒の人間が降りてきたじゃん?その時にちよーと脅かしてやったんだけど気にもとめずに私をボコボコにしてどっか行っちゃったのよ。怖がってくれなきゃ妖怪としては悔しいのね。うん。それで、こーゆー重い過去とか恨みとか呪いとか言ってたら怖がってくれるかなー?って思ってさー。」
「そんな、過去で怖がらせても意味ないでしょうよ。それにそもそも、前来た二人は人間でも特例よ!よく妖怪とつるんでるし、実際ほら!前来た時も妖怪と話してながらきてたでしょ?そんな妖怪を友達として見てる奴らがキスメを怖がるわけないわ。」
「うーん。悔しいなぁ...。」
「それにあんた設定って言ってたけど、実際はどうなのよ?」
「?実際って?」
「や、だからさ本当にあんたは元々人間であんたの言うような残酷な人生を送って、今のあんたになったの?ってことよ。」
「あー、それがね。覚えてないんだよね。そもそも人間だったかどうかすら怪しいから。」
「なんじゃそりゃ、あんた自分のことでしょ?」
「それが全く覚えてないんだよね。今更確かめようがないからそれならいっそ、作っちゃおうと思って考えてみたんだよね。一応枯れ井戸で目を覚ましたの当たりは合ってるんだけどね。」
「ふーん。忘れてるだけなら、地霊殿の覚り妖怪に見てもらえば?そうすりゃわかるでしょ。」
「あーその手があったかー。そうだね。じゃあ明日にでも行ってみようか。」
「行ってみようかって、私が運ぶのか...。」
「いいじゃんいいじゃん。知られざる私の過去が聞けるんだよ〜?」
「まぁ、いいわそう言う事にしといてあげるよ。」
「やったー!!流石ヤマメちゃん!」
そして、翌日ヤマメはキスメの桶を持って地霊殿を訪れていた。地霊殿の扉を叩くと中から尻尾が2本生えている猫が顔を見せた。
「あーお燐かい?覚り妖怪はいるかい?ちょっとこいつが用があるんだけどね。」
そうヤマメが猫に伝えると猫はなー。と一鳴きして中へ戻っていった。暫く待っていると中からここ地霊殿の主、古明地さとりが姿を見せた。
「実は...」
「わかっています。まずは中へどうぞ。」
キスメが用事を伝えようとするとさとりがそれを遮るようにして、中へと案内した。
「それでわかってはいますが、用事というのは?」
「うん。心を読んで欲しいんだよね。具体的に言うと私が妖怪になる前の記憶を見て欲しいなーって。」
「長年生きていたつもりですが、心を読んで欲しい。過去を見て欲しいとお願いしたのはキスメさんが初めてですよ。」
「いやー。1回気になっちゃうとどうにもね。ってことでお願い!」
「私は構わないですが...」
そう言ってさとりは言葉を詰まらせる。
「あー。別にいいよ。どんな過去であっても伝えてくれていいよ。さとりが気に病むこともないよ。昔の私は昔の私であって今の私とは違うんだから。」
「...そうですか。なら見させてもらいます。」
そして、暫くさとりはキスメをサードアイで見つめる。時間が経つにつれて段々さとりの顔が曇っていった。
「....終わりました。」
「それで、どうだった?その顔を見るに楽しい内容じゃないとは思うけど。」
「....。昨日、昨日キスメさんがヤマメさんにお伝えになった話のままです。そっくりそのまま。」
それを聞いたヤマメとキスメは一瞬唖然とする。作り話だと思っていたものがまさか合っていたとは思わなかったのだ。
「あ、あんた自分で考えた作り話って言ってたじゃないか!」
「私だってビックリしてるよ!全然覚えてなかった筈なのに....。」
「きっと、頭では忘れていたけれど、いざ思い出そうと思った時に心に覚えていることを作り話として作っていったのではないでしょうか?」
「それにしたって...。」
ヤマメは狼狽えた。昨日は笑い話だと思って聞いていた話だったが、実際に起こっていたのなら話が違う。とても十程度の子供がするような経験ではなかった。
「あ、あーキスメ?あのさ...」
「ふーん。そっか!私ってそんな可哀想な過去を背負ってたんだね!いやー、わかってスッキリしたよ。ありがとうさとり!」
「キ、キスメ?その、大丈夫なの?」
「んー?さっき言ったでしょ?昔は昔、今は今なの!別に気にしちゃいないよ。」
「...そ、そうなの...。」
「さー!!帰ろうか!さとり本当に今日はありがとね。お礼に今度何かおごるよ。」
「...えぇ、その時はお願いしますね。」
「よーし!じゃあヤマメ!私を持って帰るんだよ!」
「...あ、う、うん。」
そうして、二人は地霊殿を後にした。帰る道中ヤマメはずっと浮かない顔だった。
「これから、パルスィとか呼んで私の過去を肴に飲もっか!ね?ヤマメ。」
「へ?あ、そうだね。」
「もーまだ気にしてんの?さっきも言ったけど、昔と今の私は違うの!今の私にはヤマメやパルスィみたいな飲み友達もいて1人じゃないんだからそれでいいんだよ!私はヤマメがそんな暗い顔してる方がやだなー。」
「...、キスメがそこまで言うなら、わかったよ。気にしないようにするよ。じゃあパルスィのとこへ向かおうか。」
「よーし!飲むぞー!パルスィはこんな私でも妬んでくれるのかなー?」
そう言うキスメの桶がヤマメはいつもよりも重く感じた。