落ちて堕ちて行く、月の絶望の底へ―――

1 / 1
全ては無より始まった

 ―――七日間。

 

 たったそれだけで神は世界を創造したという。神秘的にはあり得るかもしれない。科学的には否定したい所である。しかし、それはなんて希望と未知に溢れていたことだろうか。これから生まれる命、その魂を祝福していたに違いない。

 

 しかし、それは、

 

 この地獄の七日間とは全く違う。

 

                           ◆

 

 ―――一日目 絶叫しながら終わりの見えない闇が始まる

 

 神は初日に光を生み出した。闇の底で微かな光明を見せる事に意味はあるのだろうか。

 

「おはようございます、こんにちわ。聖杯戦争管理委員会です。皆様覚醒おめでとうございます。此度開かれる聖杯戦争の為のシミュレーション、テストランの参加者として皆様は当選いたしました。皆様が胸に感じる強迫観念はこの先参加するであろう参加者たちを予想し、そして聖杯戦争を円滑に進める為に施した願いの、渇望の強化措置なのでご安心ください。この聖杯戦争シミュレーションの結果は本戦を進める上での有意義なデータとなるでしょう。それでは聖杯戦争を開始してください」

 

 目覚めと同時に聞こえる可愛らしい女性の声は胸を締め付ける強迫観念―――願いを苦しめるだけの要因だった。植え付けられた願いをかなえる事に一体どれだけの価値が存在するのだろうか。絶望、絶望しかなかった。与えられた理由に与えられた命、与えられた顔に与えられた力、そして決まった死。

 

 NPCとして保有する知識は聖杯戦争が終わった後、NPCの解体とリサイクルを伝えてくる。

 

 救いが欠片もない戦いが始まった。

 

「―――初めましてマスター、私のクラスはシールダーです。これからよろしくお願いします」

 

 NPCだから。そう諦めるのは簡単だ。

 

「―――残酷ですね、この聖杯戦争は。願いも戦うかどうかも自由がない。一体囚人とどれだけの違いが私達にはあるのでしょうか」

 

 聖杯戦争と言う檻の中で出来る事をするしかない。ムーンセルはイレギュラーを許さない。

 

 ムーンセルはタイムスケジュールの遅れを許さない。

 

 全ての戦いは遂行されなくてはならない。

 

「お前が最初の相手か……まぁ、もしかしてリサイクルされる前は知り合いだったかもしれないが、今はそんな事は関係ないもんな。んじゃ、殺しあおうか」

 

 NPCに過去はあっても―――それは消える。

 

 故に過去の知り合いは、今の他人でしかない。だから殺す。殺すしかない。手の甲に刻まれた令呪を確認しつつ弓と剣を手に、絶望しか待っていないと知りながら直進し、

 

 知り合いだったかもしれない相手を殺すしかない。

 

 はじまりの日に最初の血と命は流れた。

 

                           ◆

 

 ―――二日目 安堵なんてなく慟哭が耳を潰す

 

 二日目に神は天を作ったそうだ。それを思い出し見上げた空は電子のフラグメントで満ちていた。この聖杯戦争の為に生み出された仮想都市に時間が存在しても空は存在していなかった。青空が見たい。無限に広がって行く本物の蒼穹を見てみたい、植え付けられた願いとはまた別に空を見上げながらそう祈った。だけどそれはありえない祈りだった。

 

「同盟を組みませんか? キャスターは戦闘向けのサーヴァントではないですが、その代わり上手く行けば聖杯戦争プログラムに穴を開けられます。えぇ……私はイレギュラーです。ここで言われるままに死んでリサイクルされるつもりはありません。こんなところで死にたくない」

 

 イレギュラーである事に果たして意味はあるのだろうか? イレギュラーであろうと、無かろうと、最終的にはムーンセルから逃げる事は出来ない。その体内にいる限り終わりが同じである事に変わりはない。だが絶望の中で光明を見つけてしまった。それを掴むしかない、希望を見せられてはそれを掴むしかないのだ。

 

 それがどんなに愚かだと解っていても。

 

「マスター! この敵は―――」

 

「馬ァァァァ鹿じゃねぇの!? 敵なら殺すだけだろうがァ! 起きろバーサーカァ―――!」

 

「器物型英霊……!」

 

 血は流したくても流れて行く。そういう運命で、役割として生み出されたのだから。自分の意思とは関係なく仕込まれたプログラムが英霊と英霊を、マスターとマスターを引き合わせる。

 

「楽しそうに戦ってるじゃねぇか! 行くぞおい!」

 

「令呪を以って命令する―――仕留めろセイバー」

 

「令呪を以って命令する! 全力で守護しろシールダー!」

 

 リソースは削られて行く。

 

 精神が削られて行く。

 

 戦いの果てにあるものがなんであるかはわからない。しかし理解できる事はある。

 

 それは、命は失われるものであると。そして失われるために自分達は生み出された。失われるために生み出された命に一体どれだけの価値があるのだろうか? ムーンセルが保有する神話の時代から始まる情報のデータバンク、それを使用して自分達は生み出された。神話の登場人物であるシールダー、そして神話の時代の記憶を経験として継承してきた自分。それはきっと、奇跡なのだろう、存在する事が。

 

 だが全て、いつかは無に消える。

 

                           ◆

 

 ―――三日目 希望を理解し絶望を受け入れる

 

 大地が生まれ、海が生まれ、そして植物が大地に根を張った。

 

 そのように自分を己を自分で支えられるのだろうか。

 

「キャスターも、そのマスターも消えてしまいましたね」

 

 イレギュラーは排除される。その理が存在しているだけだ。そうやって生まれ、そして受け渡された”希望”は一体どうするのだろうか。結局悩み、苦しむのは残された者だけになる。死は一瞬で終わる安易な逃げ道。絶望の底で希望を受け渡され、それを握って走らなければいけない自分はおそらく餌をぶら下げられた犬と変わりはない愚鈍の人類なのだろう。

 

「シールダー、なんで戦ってるんだろうな、俺ら」

 

「答えはないのかもしれませんね。あぁ、しかし、それを探す為に戦うというのも良いかもしれませんよ? 結局、マスターってやりたい事が不透明ですからね。無駄に強いクセに中身がチグハグと言いますか……方向性を与えれば恐ろしくなると思うんですけど。……マスター?」

 

 答えはない―――それは真理なのかもしれない。

 

 答えはない、だからこそ答えを求めているのだろう。答えなんて受け取り方次第で変わってくる者である。故に絶望のそこで希望の欠片を掴み、託されてしまった事を何とかしようと足掻きながら、唯一の光明へと向かって一歩を踏み出す。

 

 そしてまた、無意味に血が流れる。

 

 サーヴァントと、英霊の領域を超えた存在を自分の身に下ろす”融合型マスター”のテストケースは時間が経過すればするほどサーヴァントに自我を侵食され、自己を見失って行く運命にあった。

 

「ライダーは悪くない、悪くないんだ。それは解っている。少しずつライダーの記憶が見えてくる。その中でライダーは自分の生み出された理由を自分で見つけて、そしてそれを果たそうとするんだ。カリ・ユガ―――きっと、それが今何だろう。だけど僕にそんな事を理解する事は出来ない。出来なかった筈なんだ。でも理解してしまう。……もう、僕が僕なのかライダーなのか解らなくなってきた。いや、そもそも一人称は僕であっているんだっけ―――?」

 

 自分、とはいったい何だろうか。動きを観察する為に観察される為に自己を生み出されたのに、それを自分ですら理解できない―――果たしてこの聖杯戦争に意味や価値なんてあるのだろうか? 答えはない、だがそれを探そうという気持ちはついに芽生えていた。シールダーや他のサーヴァント、マスターとの交流を通して、初めて何かが芽生えたという事だけは理解できた。

 

 だからこそ、闇の深さを更に理解できた。

 

                           ◆

 

 ―――四日目 血は血を呼んで涙を枯らす

 

 神は太陽と月と星を四日目に生み出した。果たしてそれにムーンセルは含まれていたのだろうか? どうでもいい話だろうが、神の創造物にこの地獄は含まれていたのかどうか、それは是非とも知りたい事だった。神はなんでこんなにも無常で残酷なものを生み出してしまったのだろうか。機械的で、感情がない。だからこそどうしようもない。もし、心があったとしても酷いものだったと思うと、

 

 今、こうやって殺され殺す為に生かされている現状が一番幸福なのかもしれない。

 

「なんというか、マスターは実にアレですね。お悩みさんですね。答えの出ない事を悩むのはしょうがないかもしれません。悩む事自体に意味はあります。ですがそれをずっと続ける事に意味はありません。答えが出ないなら答えは出ない―――それでいいじゃないですか。それもまた答えの一つかもしれません。さ、今日も聖杯戦争を頑張りましょうマスター。ライダーのマスター、彼は酷く不安定なので私達でどうにかしないと暴走するかもしれません」

 

 この地獄で何か一つ、幸運な事があるとすれば、それはシールダーと―――彼女と出会えた事なのかもしれない。

 

 イレギュラーと言う役割を与えられた自分を、落ち着かせる、或いは制御する為に選ばれたサーヴァントであるというのはとっくに理解していても、彼女の存在は癒しだった。

 

 それではどうにもならない事だが。

 

「駄目だ。限界だ。自分が消えて行く―――だけどそんなの許せない。何も残さずには消えられない。だったら残すしかない。この令呪を、魔力を、命と魂を全てを注ぎ込んでもこのプログラムの壁に亀裂を刻む! そうだろう、君だってそうする筈だ―――なぁ、ライダー!」

 

 そしてまた一人、明確に答えを見つけ出せたものが消えて行く。

 

 神は決して越えられない試練を人には与えたりはしない―――だったら友とばかり呼べそうな人ばかり自分から奪って行く事もまた試練なのだろうか? 無意味な聖杯戦争。願いは所詮与えられたもの、石ころの様なものでしかない。価値なんて存在しない。だけど、それでも、

 

 託されたものがドンドンと隙間だらけだった心を、チグハグだった魂をくっつけて、一つの形へと変えて行く。最初は無価値で無意味に見えたものも、少しずつ色がついて見えてくる。

 

 それでも、失われる者は失われたまま、永遠に帰ってこない。

 

 残ったのは礼装と与えられた権能と、そして手を握ってくれるシールダーの存在だけだった。

 

                           ◆

 

 ―――五日目 血涙流して眠りにつく

 

「おはようございます、こんにちわ聖杯戦争のマスターの皆様。聖杯戦争シミュレーション五日目に突入しました。現在残っているのはセイバー組、シールダー組、バーサーカー組となっております。度重なる仮想都市への破壊から運営委員会は都市でのバトルロイヤルはもしかして適切ではないのかもしれない、と判断して大規模な構造改革を検討しています。このように皆様が頑張って集めたデータはリアルタイムで参照、考慮されています。相手はあと二人、願いをかなえる為に頑張ってください」

 

「毎回思いますがあのアナウンス係って相当なド畜生ですよね」

 

 五日目に神は命を生み出し始めた。鳥と魚が世界に満ち始める日に、聖杯戦争は佳境を迎えていた。もう残るのはセイバーとバーサーカーのみ。それを討伐する事さえできれば、ムーンセルは植え付けた願いを叶える。

 

 キャスターのマスターは自由を望んだ。

 

 ライダーのマスターは元となった自分の過去を求めた。

 

 セイバーのマスターは役割に殉じていた。

 

 バーサーカーのマスターはただただ快楽のまま戦いを求めていた。

 

 ランサーのマスターは絶望し、死を求めていた。

 

 アサシンのマスターは願いを叶える事に必死になっていた。

 

 誰もが明確な目標を持っており、それを叶える為に動いていた。空を見て、そして自分を見て、そして知る―――まだ自分は始まってすら、生まれてすらいないのだと。このまま、ただ流される様に希望を求めていていいのだろうか。

 

「ただ生きてるだけならサルにだって出来るんだよ劣等種! 自覚しろよクズめ! テメェがここにいるって事は何かを踏み潰して、蹂躙したんだろうがぁ! 腑抜けてるとぶっ殺すぞカスがぁ! 死ね! 死んじまえよテメェ!」

 

 バーサーカーのマスターは誰よりも苛烈で、凶悪で、そして輝いていた。

 

「生み出されたからどうしたぁ! 与えられたからどうしたぁ! んな事知るかクソが! 俺は俺! それだけでいいんだよ! 俺は俺を肯定している、故にそれ以上は理由はらいねぇ、必要ねぇ! お前は誰なんだ、お前は何がしたいんだ! そんなクソの様な質問はいらねぇんだよ! 求めたところで答えがないなら、自分ででっち上げろよ、満足できるのよぉ! NPCでもそれぐらいはできるだろうがぁ!」

 

 乱暴で、極悪で、だけど、それでも間違ってはいなかった。極論かもしれない。だけどこの地獄の底で誰よりも真実を喋っているいる様にも思え、理解されないから泣いているようにも思えた。

 

 令呪は全て消え去り、それで漸く、器物型英霊バーサーカーを装備したマスターは血の海に沈む。それは装備させたマスターを疑似的にその持ち主の英霊へと作り変えるという凄まじい業の英霊であったが、

 

 死んだマスター、

 

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 

 ―――まるで悪夢から解放された子供の笑みだった。

 

                           ◆

 

 ―――六日目 最後を知って諦めを忘れる

 

「結局残ったのは君と私か。最初は誰よりも最初に死にそうだった君がこうやって生き残るとなると積み重ねられてきた想いというのも案外馬鹿にできないものだ。しかし、それもどうせ無意味だ。今回も勝つのはどうせ私になるのだから」

 

 六日目に神は獣と家畜を、そして人が生まれた。

 

 漸く、人は生み出され―――そして自分も人になった気がした。

 

 残酷な月の箱庭の中で、バーサーカーのマスターを見て、そしてそれからセイバーのマスターを見て、自分がなんだったのか、自分がどんな風だったのかを理解した。足りなかったパズルピースを見つけた。そしてその結果、この聖杯戦争テストランの仕組みを理解した。おそらく、それは知ってはいけない事。思い出してはいけない事。

 

 プログラムの根本に組み込まれており、知ってしまえば勝者になる事を義務付ける最悪の毒。

 

 ―――これは、一体、何度目なのだろう。

 

「意味を求めてはならない。何故なら意味を問うだけ無駄なのだから」

 

「きっとそこに意味はあるのでしょう。その道筋が意味を生み出すのですから」

 

「意味を考えてはならない。所詮全てリセットされるのだから。後に何が残る」

 

「意味はそこにしっかりと存在します。目を逸らさないでください。忘れないでください、今があるという事を」

 

 意味は―――解らない。だけど、一つだけ思う事は今、生まれた。

 

 あの蒼穹が見たい。

 

 データだけではなく、本物の空を、見上げれば存在する青空が見たい。自由を求めている訳ではない。だけど、外が見たい。この箱庭の外の世界。きっとそこは美しい、美しい場所なのだろう。血を流して求めた外なのだから。美しくなくてはならない。命を使って可能性を残したのだ、そうでなくては救いがない。

 

 だから、確かめに行きたい。

 

 ―――あの空を。

 

 セイバーを討つ。

 

 セイバーのマスターを殺す。

 

 決意し、そして実行は容易だった。もはや足を引っ張る悩みはなく、後悔は乗り越え、そして覚悟は極まっていた。経験を受け入れる体は乾いたスポンジの様に受け入れて、殺意と力で肥えて行く。一切変化のない変化。何も変わりはしない進化。

 

 そうやって、聖杯戦争は終結した。

 

                           ◆

 

 ―――七日目 覚悟を決めて殺しに行く

 

「七日目に神は休みました。流石に神でさえも世界の創生となると疲れたのでしょうか。それとも七日目はあとに続く者達の為にあえて休んだのでしょうか? それを理解できる人間はいませんし、神の真意を問う事は出来ません。しかし、ムーンセルは違います。完全に管理する神です。一日目で七日の工程を完了し、一切の無駄と休みを通さずに果たすべき事を完了させます」

 

 神は信じていたのだろうか、人を。神話の時代の記憶を見ても解らない。理解できない。

 

 だが解る事はある。

 

 ―――誰かがケジメを付けないといけない。

 

「おやおや、流石イレギュラーのロールを与えられたNPCですね。予想通り最後の最後で反逆してきましたか。全体を通した勝率は低い筈ですが、見事今回は勝利できましたね。次回もそうなるとは限りませんから、反逆できるのはこれが最後でしょう。これは削除といきたい所ですが―――」

 

 ライダーの奮闘でその権限は消え去っていた。

 

 キャスターからもらった礼装で相対へと持ち込めた。

 

 バーサーカーを見て覚悟を決めた。

 

 シールダーのおかげで自分を見つけられた。

 

 だから後は作業になる。

 

「あーあ、知らなければ幸せ、という事もあるのに。イレギュラーというものは時に残酷ですね」

 

 刃を握り、接近し、そして一方的に怨敵を殺すだけの作業。

 

                           ◆

 

 ―――■日目 失楽園

 

「―――疑似聖杯プログラム、、つまりはこのシミュレーション用に用意された管理者としての権限。これを利用する事でムーンセルのリソースを少量使用し、聖杯で奇跡を再現する様な真似事が出来る。本来の聖杯の出力は勿論でない。そんなものをテストで使用する訳がない。最初から茶番だったんだ。少量の出力で叶えられる願いをNPCに植え付けて、そして勝たせる。勝てば簡単に願いを叶えられる上に満足してリサイクルさせられる。ホント、クソの様な茶番だな」

 

 管理員会を皆殺しにして強奪した管理者権限。それを以ってアクセスする。

 

 絶望の底で手にした最後の希望。この聖杯戦争を管理する為のプログラム、権限、そしてリソース。それを全て手にした。シールダー以外のサーヴァントもマスターも街も既にリソースとして分解されており、もはや残るのは聖杯プログラムを通して願いを叶えるのみ。

 

「マスター、これから何をするんですか?」

 

「外が……空が見たい。青空を見たい。外に出る事はこの聖杯じゃ無理だ。だからそれはきっぱりと諦めて、この聖杯を使って外の世界を見る。それぐらいならこの聖杯のリソースでも余裕の筈―――」

 

 何度も何度もテストの為に繰り替え重ねられてきた聖杯戦争のシミュレーション。その経験を思い出しつつ、プログラムを進める。プログラムを起動させつつ操作する指の動きは止まらない。漸く、最善と思える未来を勝ち取ったのだから、このぐらいの願いは叶えたい。そして可能であれば手段を探し、外へ本物の空を。

 

 そう思い、

 

 プログラムを走らせる指が停止する。

 

 眼前には外の姿が映し出される。

 

 ―――それは荒廃し、戦い続ける地獄の姿だった。

 

 聖杯戦争と全く変わらない。何かを手にする為、何かを成し遂げる為に、人は人を殺して、戦火を拡大させながら文明を破壊していた。それを見て、ふと、本当にこのままで人類は平気なのだろうかどうか、という事を調べる。

 

 答えは簡単だった。

 

 人類は確実に滅ぶ。それは避けようのない事実だった。

 

 たどり着いた事実に笑い声を零しながら両膝から零れ落ちる。倒れそうな体をシールダーが慌てて横から支えるが、立つ気力もなく、そのまま二人で床に座り込む。

 

「マスター!」

 

「駄目だ、駄目だよ。なんだよ、これ。結局ムーンセルの中も外もあんまし変わらねーじゃねぇかよ。やってる事の規模が違うだけだろ。無限にテストの為に戦って死んでリセットされ続けるのと、緩やかに滅ぶ惑星で生きるのとどっちがひでぇんだよ。は、ははは……見ろよ、シールダー。あんなに見たかった空は血と炎で赤かったわ……」

 

 ムーンセルは偽らない。不正を許さない。そしてその機能に忠実である。故にムーンセルが観測し、プログラムを通して映し出す光景は真実だ。人類は滅ぶ。それも自殺する様な方法で。残酷だった。とてつもなく残酷で、そして救いようがない。それをセイバーのマスターは知っていたのかもしれない。いや、彼は知っていたのだ。だから忠実にNPCとしての役割を果たしていたのだ。少なくとも人類に未来はなくても、ムーンセルのNPCであればデータとしてムーンセル内で残り続けるのだ。覚えていなくても次がある。

 

 人は死ねばそれで終わりだ。だったらNPCとして忠実に働き、その結果が報われれば人間である事よりも、はるかに良いだろう。

 

「んな事を認めるわけにはいかねぇだろぉ……! 考えろ……考えるんだ……諦めちゃ駄目だ、駄目だ、駄目だ、諦めちゃ駄目だ―――」

 

 うわごとの様に呟きながらホロスクリーンへと視線を向ける。シールダーの心配そうな表情を確認し、頷きながら立ち上がらせてもらおう。

 

 こんなエンディング絶対に認めない。だがこのままではムーンセルにバグとして消去されてしまう。

 

 故に、何を成すにしてもまずは、逃げなくてはならない。

 

「何時だ、何時から人類は狂ったんだ―――第三次聖杯戦争で聖杯が汚染されてからか? それとも聖杯が強奪されたことか? それともORTが討伐された時か? いや、そもそもどの時間軸が正しいんだ―――?」

 

 解らない。解らない事は多い。

 

 だがこのままでは絶対死ねないという事だけは解る。バグとしてムーンセルに消去される前に、逃げなくてはならない。

 

「……もう、俺に令呪はないけど―――」

 

「愚問ですマスター。どこまでもお付き合いしますよ」

 

 なら良い。彼女がいれば、それで充分だ。

 

 行こう、神の目が届かない楽園の死角へ、

 

「―――月の裏側へ」

 

 リソースを全て格納し、それを持って、逃げる。隠れる。

 

 何時の日か、この努力が平和な青空へと続くと信じて―――。




 絶対絶望したくないマンとシールダーちゃんという組み合わせで前日譚的なサムシング。唐突にfateしたくなったので短編の読み切りを。最近足りない絶望要素をふんだんに使用できて物凄い満足です。

 満足。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。