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その一、悪は滅ぼせ。
そこには暗がりと静寂しかなかった。
少なくとも少女の目の届く位置に形あるものは存在しなかった。
少女は下を見下ろしてみた。足が見えた。その上に腰があって、胸があって、手があった。
頭の方に手伸ばしてみると少し丸めの顔に触れた。少女はこの空間に『自分』と言う形あるものを確認した。
少女は目を閉じた。そこには相も変わらず辛気臭い闇があったが自分の姿は見えなかった。
少女は急に不安になり、その体を抱きしめるがその肌は冷たく、とても自分のものとは思えなかった。腕に力を込める程違和感はどんどん膨らんでいき、少女は膝を抱え込んでうずくまってしまった。暗闇が質量を持って少女を押しつぶそうとしているかのように思え、その重圧に負けそうになった時、
少女は目の前に真っ白なものがあるのに気づいた。
それはこの暗がりの中で、目眩がするほど鮮烈に、少女の瞳に映された。
少女がその輝きに目を奪われていると、頭上から
「もう少しだよ。それまで待ってて」
と、包み込むような優しい声が降り注ぎ、少女の肩に手が置かれ、
トンッ
突き飛ばされた。
前方から圧力を受けた体は、抗うことなく背中から落ちて行く。
少女の後ろ側に地面はなく、少女の足は体を支えることを放棄し、主人もろとも木から落ちるリンゴの様に空に舞った。
少女は突然の出来事に反応することもできず、だらしなく手足を投げ出し目を見開いたまま、底があるかも知れない真っ暗闇の中に沈んでいく。
だれ? なんで? どうして?
単純な疑問が少女の思考を占め、誰が答える訳もない問いかけをしながらも体はどんどん加速していき少女は−−−−−−−−
目が覚めた。そこは生まれてからずっと過ごしてきた、少女の部屋だった。
春の柔らかな日差しが部屋を温め、窓の外では小鳥が朝の訪れを知らせていた。
上体を起こし、伸びをする。強張った体が音を立てながら解れていく。
その心地良さの余韻に浸っていた少女の耳に、
「朝よー。起きなさーい」
母の声だ。
おっとりとした、母性を感じさせる声が階段の下から響いた。
「優子ー?」
「はーい!」
少女---優子はベッドから足を下ろし、急いでパジャマを脱ぐ。がさごそと部屋を衣服の山を漁り、お目当てのセーラー服を引っ張り出す。袖を通し、スカートを穿く。去年より随分と体にフィットするようになったようだ。
「おはよー、お母さん!お父さん!」
「お早う」
「おはよー優子」
「うー。国語の教科書どこやったっけ」
「遅刻しちゃうわよー?」
「あーもう!どこに行ったのー!」
「だから何度も言っているだろう。準備は昨日のうちにしておけと」
いつもの風景。いつもの会話。
優しい母と尊敬する父。
愛しい日常。
優子の生きる世界だった。
若輩者ですがどうぞよろしくお願い致します。
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