折れていない骨はないとすら思わせる激痛
ただ流れていく
世界は回り自我は崩壊する
なにかを想い返すことすら許されない
これは有限?
無限のように階段は続く
ああしかしこの命は有限だ
この目が底を視ることはないだろう
折れる砕ける
肉体も心もただ中枢へと
この身はただ空虚な海へと沈む
いやこれは浮かんでいる?
どっちだっていい
この身はただ死を待つだけの我楽多なのだから
空虚な海の中核がその我楽多を吸い寄せる
分解、いやこれは
「ッ!!」
双眼がもう一度機能を取り戻す。
世界が視える。
暗い暗い世界が視える。
自分がどうして生きているかはわからない。
でも思ったよりもスムーズに頭は回転してくれた。
「ッ、生きてる。奇跡か、これ」
皮肉なものだ。結果的に魔導の道から外れた自分が奇跡を口にするなんて。
立ち上がれたものの、やはり人体としてのほとんどの機能が低下している。考えれているってことは肺は通常通り動いている。が、右半分の感覚が無いに等しい。いや逆に幸いだ。折れた骨の数がこれだけで済んだのは幸運だし、感覚が無いだけに痛みもない。
だから次のことを考えろ。
自分が次、何をしたらいいのかを。
右足が使えないとなればなにか支えが必要だ。
と、壁に手をつけた瞬間。それがなにかのスイッチだったのか空間に橙の灯りが幾つも現れる。
社。
この空間は神を讃えていた。
壬生の家がこんな構造になっていたなんて冬児は知りもしなかった。
つまりはこれは部外者が入ってはならない魔術師の領域。
空気も何もかもが外界と遮断されている。
肌に纏わり付く様な空気の中心には一枚の仰々しい鏡。
否、それは石なのか。石でできた鏡。
社の前、木のテーブルの上に置かれた石の鏡。
その鏡の前にはなにかの破片がこれまた丁重に置かれていた。
石の鏡よりも大事に置かれている大きな破片は、当然ながら石ではないので、目の前の鏡の一部だとは考えにくい。
「なんだこれ……えらく大事に扱われているような……」
ボロボロの身体で、何に対してかはわからない溜息を吐きながら破片に触れる。
触れた瞬間、空間が圧縮され、光がその場を支配する。
破片は泡になり世界に溶け、何かと。自分では無い、人間ではない、しかし化物でも怪物でもない。
それは自分などでは及びもつかない高位の存在と繋がるためのラインとなる。
それは『右腕』から。
内から外へ、熱く広がっていく。
それは収束に、自分が今まで使っていなかった人間として不必要な機能と融合していく。
数にして三つ。
確かに繋がりは強く。強く。
その繋がりは目の前に具現化される。
紫と白の装束。
小さな身体とは不律合な、長い、彼女の足元まで伸びる黒髪。
見間違いだろうか。明らかに日本人風の顔のつくりをした彼女の瞳の色が“朱”に見えたのは。
「おや。おやおやおやおやおや」
物珍しいのは彼女の方だというのに、鮮やかな着物を着た妖艶な少女は『珍妙な小動物』でも見たように目を丸くしている。口の形は正三角形で、下唇には人差し指が付けられていて、これまた少女とは思えない見事な妖艶さを醸し出している。
「これまたはたまた珍しいこともあるもだのう。“魔術”の使い手とし呼ばれた我の主が、まさか魔術もろくに使ったことすらないただの人間とは。
いや、素質そのものは十二分にあるようじゃがの」
光の中、調度鏡を隠すように立っている彼女は上半身を前に折り曲げて自分との距離を近くする。
僅か数センチほどだけ残す形で詰め寄ってくる。
「問うてやろう。
お主が我を呼び、我を従えようとせし主で間違いなく
ーーと、その右手にある令呪がその証だな」
彼女は溜息混じりの声を出しつつも、その表情に落胆した様子もなく、目を細めた笑顔でこちらの右手を握ってくる。
「ッ!!?」
「ならば我も覚悟を決めよう」
――くそっ!!なんだこれ!!!女の子に両手で手を握られるなんて初めて、あはあダメダメ!!俺には心に決めた彼女が!!
ーーはっ!!これがまさか!!
「はいとくかっ、おぶぇ!!?」
言葉を遮ったのは右手を強く握っていた着物の少女だった。
彼女がとった行動は冬児の頭を石の床へと抑え付けるという簡単なものだ。
だがその行動のおかげで命を救われた。
理由その一。抑えつけられた三秒後に舌打ちが聞こえたからだ。それは間違いなくあの黒ジャケットの男のもの。
理由その二。背後に感じたゾクリとした感覚は、それもまた間違いなく冬児の身体を傷つけたあの得体の知れない見えない何かの感覚と同一だったからだ。
着物の少女は、冬児の身体を抱き抱えて後方へと2、3メートル跳ねる。悲鳴を上げることも間も与えられず彼女の手で優しく体制を立て直される。
眼前の階段には黒ジャケットの男が不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけてきている。
しかしジャケットの男は背後にいる少女を見るなり、表情の半分、玩具を見つけたように眉を立てた笑顔を作り出す。
「おや。おやおやおや。初戦から“暗殺者”というのも、別段珍しい話というわけではあるまいが。
このようなときの感想ってのはどうやって言葉にすればいいかわからぬものじゃな」
少女もまた、なにか面白いものを見たかのように不敵に笑う。
男はそのままの表情で階段を下ってきて、最後の段この階の床に足を付けた瞬間こちらに向けて指をさす。
「えぇと、一つや二つ……もしかしたらあとで追加するかもだけど質問していいか?」
それに紫と白の装束の少女は、よいと頷きを返す。男はそれを確認したのか、咥え煙草に火を点けて言葉を紡ぐ。
「アンタがどうやらそちらさんのサーヴァントっぽいけど、何故こっちのクラスが“アサシン”だとわかった?」
「?そんなこともわからんのか。まぁ気配よな。雰囲気とかそのようなものじゃ」
「あっっ??」
男は皮肉を言われたと解釈して、またも不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「おいおいおい。バカ言うなよ。
アンタだって知ってるだろ、アサシンの“クラス別能力”。こっちには不利なフィールドではあるが、うちの“嬢ちゃん”も本気で気配消してるんだぜ。
それをわかりやすいなんて言われたらアサシンの面目なんてありゃしないじゃない、かっ!!」
次の瞬間。男が声を荒げたと同時にまたも悪漢が走った。
獣に狙われている、そんな殺気が首筋を凍らせる。
しかし、ほどなくして自分の肩に柔らかな手が回される。
それは横にいる少女がとった行動であり、その意味は不安で恐怖で脅えている自分を守護するというものだ。
故に少女の表情は笑み。余裕をもって片腕を水平に上げ、彼女は囁くように唱える。
「ーー吹き飛べ」