Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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早眞冬児――8

 

「さて」

 

 冬児が男を倒してから、一分ほど経過して、着物の少女の緩やかな声がこの場を制した。

 

「暗殺者。取引をする気はないか?」

 

 着物の少女はどうやら暗殺者の少女に交渉を持ちかけているようだった。

 暗殺者はその言葉に疑問を感じたのか、ポーカーフェイスを崩してしまっている。

 当然だ、この場において、現段階の状況では着物の少女が圧倒的に有利な立ち位置にいるのだ。白い暗殺者は無力化され、その最大の切札と思われる獣も同じように動きを止められている。

 だから、暗殺者の少女にとって自分が殺されるのではなく、対等の立場として取引を行われるのが不自然に思ったのだろう。

 

「我としても、正式な聖杯戦争開始前に他の方々と戦うのは面倒事の種になりやすいので避けておきたい。だからここは一つ。お主らをここで見逃す代わりに、二、三日は我々に手を出すな」

 

 それは交渉というよりもはや命令だった。

 今やこの場にいる全員の命はこの着物の少女が握っているのだ。

 白い暗殺者はしばらく考えた後、唇を噛むように険しい表情になると、瞼を閉じた。

 瞬間に獣の姿は消え、同じく紫の輝きを放っていた紋章も消滅する。獣が消えたことで対象者がいなくなり魔術の効果が発動されなくなったからだろう。 

 白い暗殺者は自由になると、すぐにボロボロになったジャケットの男の元へとかけより、小さな体では考えられないような絵面で男を担ぎ上げた。

 それを見て着物の少女が薄い笑みを浮かべる。

 

「交渉成立で、よいのだな?」

 

 白い暗殺者はコクリと頷き、男と共に姿を消した。

 最初はまた襲ってくると構えてしまったが、辺りになんの変化もないことから安心して冬児は地面に尻もちをついてしまった。

 

「おや主様、大丈夫か?」

 

 紫と白の装束を翻して少女が近づいてくる。

 あの意味不明な二人組を倒したあとでも、疑問はまだ残っていた。

 そう、一番の謎はこの少女だ。

 この少女は突然現れ、当然のように自分を助け、摩訶不思議なことを連発して行った。

 正直、本当にこの少女が自分の見方なのかすら怪しい。助けてもらった身で情けない話だがあんな奇妙な力を使われては、一般人として信用できない。

 

「お前……なんだ」

 

 たまらず掠れた声でそう口にしてしまった。

 少女は待ってましたと言わんばかりに胸を張り、自信満々な笑顔を魅せる。

 

「我は英霊の座より召喚されしサーヴァントだ。クラスはお主の持っている『欠片』と同じく、“キャスター”よな」

英霊?サーヴァント?欠片?

「あの正直、話についていけてないけど……」

「ああ、それは承知している。お主は参加せんとして参加したマスターではなく、誤って参加してしまったマスターなのだろう。ならば仕方あるまい。

詳しい話は教会の監督役に説明してもらえ」

 

 そう言って彼女は鏡を自分の懐にしまいこんでいた。

 とりあえず、危険が去ったことがわかって深く安堵の息を漏らす。

 そして思い出す。

大事なことを。ここにきた理由を。

 限界寸前の身体に鞭を打ち、足を震わせながらもう一度立ち上がる。

 

「どこへ行く」

 

 気がついた少女、キャスターが声をかけてきた。

 

「カグラを……探しに行くんだ……」

 

 右足を引きずりながら階段を登ろうとする。

 

「待て」

 

 声と共になにかが割れる音がした。

 振り返るとキャスターの左手には綺麗に4つに分かれた砕けたガラス玉あり、キャスターはそれを見つめている。

 

「そやつ、お主の想い人か。それほど焦らずともこの近くにおる」

「本当か!?」

 

 キャスターはうむと頷きを返した。

 

「階段を登って右側の通路にある使用人室におるよ。焦らずとも、」

「ありがとうキャスター!!」

 

 彼女の言葉を最後まで聞かず早真冬児は階段を駆け上がっていた。

 

 

 

 

「……なんとも無邪気なマスターに当たったようだの。まぁよい。それぐらいの方が面白い。

 

 

 

焦らずとも、もう手遅れだ。主様。  」

 

 

 

 使用人室か。なるほど気が付かなかった訳だ。

 普段自分はお客として呼ばれるためその部屋がどこにあるのかは知らない。

 カグラは重症を負っても、それでも生きようとう意思をもって使用人室に逃げ込んだに違いない。

 だから早く合わなくちゃ。

 早く早く合わなくちゃ。

 なにも悪いことなんて起きやしない。

悪い予感なんてしない。させない。

 ――ほら、この扉の向こうにはいつもと変わらない無表情で腹のたつ悪態を吐いてくる彼女が待ってるはず、

「カグヤ!!」

 

 

 

 

 

 

 そこにはカグヤがいた。

 カグヤがいた。

 かつてカグヤと呼ばれていた「赤紫の肉の塊」があった。

 その体には頭もなければ手足もない。

 歪な球身体が何秒かおきに脈を打ち、血管と思わしき線から血を噴き出している。

 彼女は肉の塊になってもまだ生きていた。

 心臓が動いているのか、まだ心臓と呼ばれる臓器があるのか。

 何故、カグヤだとわかった。

 何故、アレをカグヤだと思った。

 

「ーうぅっ」

 

 蘇る彼女との思い出と共にたまらず嘔吐物を口から吐き出していた。

 

「おぇっおぇええええっはぁおえっっ」

 

 たまらず涙が溢れだす。

 これは哀しいからこそ流れた涙だ。

 でも、何が哀しいのかわからない。

 ただ辛い。

 ずっとずっと会いたかった彼女を見るのが辛い。

 

「………キャスター」 

 

 背後にいる少女に声をかけた。

 静かに、肉の塊と化してもまだ生きる意思を捨てない彼女を見つめながらだ。

 

「お前にはアレが、何に視える?」

 

 そんな卑怯な質問に、キャスターもまた、静かに答えてくれた。

 

「人に視える。我には人に視える」

 

 そうか、と着物の少女に礼を告げ、立ち上がってカグヤの元へと向かう。

 目がないから冬児がここにいるのもわからないだろうし、耳がないから彼の声も聞こえないだろう。鼻がないから臭いもわからないだろうし、口がないから助けてとも言えない。

 彼女に近づくと、なにかに足を取られたことに気がついた。

 足元に視線を移すと、開いたままで地面に転がっている水色の携帯がある。

 拾ってメールの送信履歴を見てみると、宛先は全て一人の情けのない男の名前ばかり。

 漢字が使えないから平仮名ばかりの文書だ。 

 

「………」

 

 彼女はアサシン達に襲われながらも、自分が窮地に追いやられながらも、早眞冬児に対してのメールで助けを求めなかった。助けを求める言葉など1つもなかった。

 ああだから今も助けなんてホントは求めてないのだろう。

 彼女は最後まで強い人間だったんだ。

 

「主様」

 

 キャスターの背後からの呼び声に振り返ることはない。

気のせいだろうかキャスターの言葉には熱が感じられる。

 

「お主らを救う手段はある。お主の願いも、その女の不幸も、それら全てを、完璧に幸福終わらせる方法だ。

今のお主らの現状を覆して腹が立つほど面白く終わらせることができる」

 

 そんなことがあるのか。

 教えてくれよ、それは一体なんだ。

 キャスターは淡々と戦いの“始まり”を口にする。

 

 

――これが俺の最後の日常だった。

 

 

 

 

 

 

歯車はもう、狂い出している。

 

 

 

 

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