『キャスター陣営』
・早眞冬児
聖杯戦争に巻き込まれた男子大学生。愛する女の子を救うために戦うことを決意する。
・キャスター(一騎目)
真名不明。日本風の顔立ちの紫の着物装束の美少女。
『アサシン陣営』
・平桔平
バイクが好きな青年。喝馬町のオーナー・壬生家を壊滅させるが、キャスターの手によって大ダメージを受ける。
・アサシン(一騎目)
真名不明。雪のように白い肌をもつ可憐な暗殺者。宝具は巨大な獣。
『参加者以外』
・壬生カグラ
喝馬町のオーナーの娘。平桔平によって身体を肉の塊に変えられる。
・アストル・ハーデンベルト
教会にも協会にも属さない独自の宗教組織『バルドリア』の大師父。自分達の教祖の意思を実現させるため今回の聖杯統合戦を起こした。
・アレーシア・ハーデンベルト
聖杯統合戦における監督役。アストルの実娘であり、息子を一人持つ。基本的に温厚な性格で抜けているため争いには向かない。
○【聖杯統合二日目・日本・喝馬町】
すっきりとした晴天を迎えた朝早くから、早眞冬児は玄関先で修羅場に見舞われていた。
「どうしても、どうしてもいくのかえ?」
「どうしてもだ、何回も言ってるだろ!」
「なら我も」
「ダメだ。大学には来ちゃいけないの」
それもこれも、この捨てられた子猫のような表情をしてくるサーヴァントのせいだ。
早眞冬児は地元の大学に通う学生である。そのため、例え聖杯統合戦なんてものが始まったとしても単位のために学校に向かわなくてはならない。
それをキャスターには説明した筈なのだが……。
「そんなのダメじゃ。許さん、我超心配」
なぞと言ってくる始末。
しかも朝から自分で珈琲入れてるわ、洗濯物畳んでるわ、勝手に新しい服使ってるわ。昨日よりも何段階飛び越えて現世に適応している気がする。
「あのなぁ……俺達の聖杯の欠片をお前が持っておくのは俺も賛成だよ?その方が安全だからな。でも、マスターってのは世界中から選ばれるんだろ?なら同じ場所にマスターが居るなんて可能性が低いし、外国人さんならまだ空の上で鉄の塊に乗ってる可能性の方が高いと思うんだよ」
「じゃから我もお主の迷惑にならぬような手段を考えておる」
「えっ」
少し意外だった。
キャスターは良い奴だが、基本的に図々しさが目立つので考え無しに言っているものだと勝手に思ってたから。
そうして呆気にとられていると、キャスターはどんと自身の胸を叩く。
――すると目にも止まらぬ速さで彼女の姿は視界から跡形もなく消えた。
「えっ!?なっ、どっ何処行ったキャスター!!」
さっきまでキャスターの居た上がり框にも、背後に広がる庭にも、何処にも彼女の姿は見えない。
なのに、それなのに。いしきをしゅうちゅうさせると、何故か彼女が自分の近くにいることだけは感じ取ることができた。
「フフフ、当然じゃ。マスターとはサーヴァントに魔力を供給する者。それ故お互いの魔術回路がより密接に触れ合っているのじゃ、いやでも相方の気配を感じ取れようよ」
どこからか声が聞こえたかと思うと同時にキャスターが姿を現す。再び現れた彼女は元居た場所から動いた様子は一切無かった。
「魔術回路、てのは俺みたいな奴にもあるもんなのか?」
「当然持っていないものもいるが、お主は魔術回路を持っておる。言わなかったかの?『素質だけなら十二分にある』と。まぁそれはさておきとして、今のは霊体化と言って、同じサーヴァント以外には視認できなくすることができる。言わば透明化じゃな」
そう説明してから、キャスターは「どうじゃ?」と心の中で言うかの如くドヤ顔を披露してくる。
ここまでされては正直断る理由も見当たらなかったので、溜息をついて冬児は相手に向かって頷いた。
「ただし条件がある」
お決まりのセリフを吐きながら。
「よっぽどなことがない限り絶対に姿を現さないことそうだな、そうだ敵。敵が出た時だけだ。あと見えないからといってはしゃがず大人しくしとけ!!……いいな?」
「わかったわかった任せておれ」
本当に解っているのか、キャスターの反応は明らかに適当に見えた。
納得半分諦め半分で、冬児は人間性に対して若干の不信感を抱かせる相方と共に家の門を出て行った。
約30分後。改札を通るときに自分だけはキャスターの気配が感じられているので、真面目に働いている駅員さん達に若干悪いことをしたような気分になりながらも、急ぎ足で大学へと向かった。
「講義まで………結構時間あるな」
『なんじゃ。人間共はこんな時代でも勉学に励んでおるのか?』
腕時計を見たと同時に背後から声がした。というより、顔のすぐ側から。
――これは感覚がないから断定はできないけど、背中から抱きついてるんじゃないのかこのエセ呪術師。
「なにしてんだ……というか大人しくしてろって言ったろ!!」
「別に周りの者共には見えんし聞こえんのだから良いではないか。お主の方こそ、ちとは周りを気にせい。今周りの群衆からはお主は、一人で得体の知れない何かに叫ぶ痛い男というところじゃぞ?」
キャスターの言うとおり周りを見てみると、確かにそこら辺をうろつく学生達の様子はそんな感じだった。
溜息をついてキャスターにジト目を送ってから歩き出そうとすると、背後から自分の名前が呼ばれたような気がして振り返った。
「はっ早眞くん〜っ!」
それは聞き間違いではなかったようでしっかりと視認できる形になって目の前まで走ってくる。しかしそのスピードはかなり遅く、繰り返し呼ばれる自分の名前も次第に息が切れ小さくなっていく。
でもそれを放って置くことは冬児にはできない。
何故ならスローモーション映像のような動きをする黒髪の女性は紛れもない自分の友人なのだから。
「どうした矢部崎。今日はえらく早いな」
「はぁはぁ………早眞、くん、もね。今日は早いんですね」
矢部崎結香。
元々は冬児の恋人であるカグラの友人で、自分と親しくなったのもカグラからの紹介があったからである。こういっては悪いのだが、見た目通りどんくさくさいためスポーツも得意ではなく、冬児と同じように何のサークルにも入ることなくゆったりとした生活を送っている女の子だ。
息を整えた結香は鼻先までズレた眼鏡を両手で直し、いつも通りの穏やかな笑顔で冬児に笑いかける。
「何はともあれ、おはようございます。早眞くん」
「おう。おはよ」
挨拶を返すと、結香はハッとした表情し、突然もじもじし始める。
「あっ、朝の講義同じですよね。ご一緒してもいいですか?」
「ん、別いいよ。んじゃ行くか」
また何気なく返すと、何がそんなに嬉しいのか彼女は満面の笑みを浮かべて歩きだした自分にとことこ着いてきた。
どうでもいい話だが、斜め後ろから着いてきている彼女、矢部崎結香は冬児より一回りも小さい。
なので一緒に歩くときはなるべく距離を開かせないように大きい方が歩幅を合わせなくてはいけないのだが。
悪い言葉を使うようだが、彼女の病的なまでの奴隷根性というものが働いているのか、どの歩幅にしても必ず四、五歩後ろを歩いてくる。歩幅を小さくしても大きくしても必ず四、五歩なのだ。まぁ、大きくしたらその分振り向いたとき、スタミナ使いまくっている様子なんだが。
しかも喋らない。
――いつもならカグラが居てぐいぐい喋りに
そこまでいって、思い出し首を横に振った。
昨日さんざんキャスターに心配かけていたのに今日まで心配かけてたまるか、と。
ここは結香にもなにかしらの事情をつけてカグラの休暇のことを伝えといた方がいいと振り向いた瞬間、結香は四、五歩どころか十本ほど後ろで冬児のことを指差していた口を金魚のようにパクパクさせながら。
「ん?どした、矢部崎」
「はっはやっはやまっくんんんんくんっっ………!!?そっそのあのそのそれその人って、なっん」
その人?
誰のことを言っているのかと、まず右を見て、それから左を見た。
するとそこにはつい先日あったばかりなのに、よく知った顔が至近距離にあり、胴体は自分の腕に絡み付いていた。
キャスターだった。
Tシャツに羽織を着てロングスカートを履く、日系美人のキャスターさんだった。
「………キャスター。なにしてんの?」
「いやほらお主言っておったじゃろ?『敵が出たら姿を現して良い』と。そこの短髪ゆるふわ駄肉眼鏡美少女は間違いなく我の恋敵っぽいので出てき、」
「駄肉ッ!!?」
「そういうこと言ってんじゃねぇんだよ!!!?というか何気に矢部崎にダメージ与えてんじゃねぇ!!」
「うぷっ!?なにをふふっ、わふぇはふぇとっ!!」
0,5の数値ぐらい悪気を感じながらキャスターの両頬を掴む。
キャスターを掴んだままゆっくりと視線を結香に向ける。
「 」
静止。
動いていない。動いていなかった。
当然だ。霊体化して姿を消していたのがいきなり目の前に出現したんだから。幽霊が突然堂々とさも当然のように出てきて思考停止しない奴なんかいないだろう。しかもその幽霊に『駄肉』だなんて悪口言われたんだ。
――そりゃ止まるわな。
「っておおぉおいいっ!!矢部崎!!矢部崎ぃぃっ!!起きろぉぉぉ!!!」
今度ばかりは周りの目も気にせず、冬児は大声で結香の名前を呼び続けた。
結局。
「へぇ、早眞くんの従兄弟の方なんですか」
ということにした。
「ま、そういうことにしておいてやろう。我の主様と仲良くするのはよいが、こやつには我の唾がかかっておるのだから手出しはせぬように」
「つ、唾?」
「いらんこと言うなっ!!なんでもない!何でもないからな矢部崎!」
何故かこの場に現れたキャスターは手品が得意な俺の従兄弟ということにして、結香にはなんとか解ってもらえた。
もしかしたら気のいい彼女のことだ。疑問に思っていても口に出さないだけかもしれないが。
「あっそういえば、早眞くん。さっきからずっと気になってたんですけど」
結香は歩いたまま腰を曲げ、冬児の顔を下から覗き込むようにして言葉を紡ぐ。
冬児も次自分に聞かれる疑問に対してなんの警戒心も持っていなかった。
――そんな無防備な心に無知というなナイフは簡単に突き刺さる。
「その、今日はカグラちゃんお休みなんですか?」
「―――。そうだよ。風邪なんだ」
一瞬思考が停止したが、冬児の脳は急速に再起動を始めていた。
「そうなんですか……早く良くなるといいのですが」
結香はそのまま素直に自分の想いを語り続ける。
「私、カグラちゃんのおかげで変われたから……本当に感謝してるんです」
そうだなと適当に相槌を打ちながら、目線は直進に続く廊下を見据える。
今、冬児がカグラの話題に対してこんなにも冷静に要られたかというと、それは紛れもなくキャスターのおかげである。
質問された瞬間思考が停止し、混乱を引き起こす前に右隣からキャスターが自分の裾を引っ張ってくれていた。
そのキャスターの方にも視線を向けると、彼女は何も言わず、気を使うような笑顔を向けていただけだった。 矢部崎に気づかれぬよう目配せで礼を伝えて、また歩き続ける。
自分はもう立ち止まらないと決めたから。
「あ、そうそう早眞くん。『彼』、帰ってくるそうですよ」
突然、結香が思いついたかのように繰り出した。彼女も場の空気に少しは気づき、空気を変えてくれようとしたのか。
「帰ってくるって誰が?」
当然のようにそう返すと結香は珍しく眉を釣り上げて熱弁するかの如く身を乗り出す。
「『彼』ですよ!?」
「だからだ、」
「だから、【蜂蜜好きの熊】さんですよっ」
「え」
そこでようやく合点がいった。
「あーぁ……帰ってくんのかあいつ」
結香が言っている『彼』や『蜂蜜好きの熊さん』とは、紛れもない、矢部崎と同じ冬児の友人のことを指していた。
一年程前、急に旅出ると姿を消した現代の放浪者。そいつは高校のときから付き合いで、その頃から【熊】は他の人間たちより頭一個付き出ていた。
身長的な意味でもそうなのだが、重要なのは心意気とその腕っ節の強さのことだ。
困ってる人を見過ごせず、頼まれれば例え悪人でも救い、善人に変えてしまう。自分が正しいと思うことを曲げずそのためになら平気で正義の鉄拳を奮う。いや、あれは鉄拳というより、大嵐だな。あいつ自身が。
まぁそんな正義マンな性格のせいか当然周囲の人間からの人望も厚く、それもあってか【熊】は生き方を変えようとしなかった。高校を卒業して冬児と同じ大学に入ると旅に出ると消えたのだ。
「矢部崎は熊と知り合いだったんだっけ?」
「ええ、よくしてもらってました。初めて会ったときも、男の人に突然声をかけられて困っていたところを助けてくれて」
「………全治何ヶ月だった?その男」
「………半年ぐらいだったような……」
つまるところ熊は根っからの正義マンであるが故、悪に対して容赦はしない。
悪さえ構成させる正義を貫くがその基本は暴力に訴えるものなのだ。
「気の毒に………で、いつ帰ってくるんだ?連絡来たんだよな?」
「ええ、一昨日急に。三日後にはこっちにつくそうですよ」
「へぇ。そいつは楽しみだ」
友人と、遠くにいる友人の話をするという普通の生活を噛み締めながら冬児は歩き続けた。
また起こるであろう、殺し合いのことを頭の中に過ぎらせながら。