『キャスター陣営』
・早眞冬児
聖杯戦争に巻き込まれた男子大学生。愛する女の子を救うために戦うことを決意する。
・キャスター(一騎目)
真名不明。日本風の顔立ちの紫の着物装束の美少女。
『アサシン陣営』
・平桔平
バイクが好きな青年。喝馬町のオーナー・壬生家を壊滅させるが、キャスターの手によって大ダメージを受ける。
・アサシン(一騎目)
真名不明。雪のように白い肌をもつ可憐な暗殺者。宝具は巨大な獣。
『シールダー陣営』
・不明
白髪の老人。正体は定かではない。
・シールダー(現在不明)
日本の武将。攻撃を無効化させる鎧を宝具としていたが、ライダーによって消滅させられる。
『参加者以外』
・壬生カグラ
喝馬町のオーナーの娘。平桔平によって身体を肉の塊に変えられる。
・アストル・ハーデンベルト
教会にも協会にも属さない独自の宗教組織『バルドリア』の大師父。自分達の教祖の意思を実現させるため今回の聖杯統合戦を起こした。
・アレーシア・ハーデンベルト
聖杯統合戦における監督役。アストルの実娘であり、息子を一人持つ。基本的に温厚な性格で抜けているため争いには向かない。
○【現在より・八年前】
「トージ、良い話と悪い話どっちから聞きたい?」
夏の厳しい暑さの中、あいつは、カグラは息を切らしながら突然そんなことを言ってきた。
「なんでそんな芝居がかってるんだよ……。んじゃ、お前の口から出る悪い話なんて怖いから先に良い話を聞かせろ」
「良い話ね。それはこれよ」
テンポ良く踵を返したカグラの背後に居たのは、自分とおそらく同い年ぐらいの女の子。
大人しそうな顔立ちに地味な眼鏡を掛けていて、表情はこちらの様子をおそるおそる伺うかのように視線を常に動かしている状態だった。
「……で、なんだよ」
「だからこれが良い話よ」
「どこが?」
「美少女連れてきてあげたんだから喜びなさい」
「……それで、悪い方は?」
幼かった冬児は決して無視した訳ではなく、『めんどくさいからスルーした』だけと自分に言い聞かせ、目の前の二つ結びの少女に尋ねる。
カグラは急に血相を変えると人差し指で勢い良く後方を指す。そこには何か黒いモヤがこちらに向かって物凄いスピードで走ってきているのが見えた。
「その美少女を狙う変質者がこっちまで来てるのよ」
黒い帽子に黒いジャンバー。サングラスにマスクを着用し、普段運動していない中年の走り方。
カグラが指差していたそれは、子供から見ても誰がどう見てもわかりやすいほどの変質者だった。
変質者は今も凄いスピードでこちらに向かって走ってきており今レースカー並にカーブを曲がった。
「じゃ、あとよろしく」
肩を叩かれと思って横に目を向けると、カグラはもう女の子を連れて遥か遠くまで走り去っている。
連れて行かれた女の子が申し訳なさそうにこちらに頭をペコペコ下げているのだが、
――それはあれか、俺がなんとかしろと。そういうことか?
その後、変質者は、数十分後カグラが呼んできた警官に捕まるまで当時小学生だった冬児と殴り合いを行っていたという。
○【聖杯戦争一日目・喝馬町大学・第一校舎内】
それ以来、冬児と矢部崎結香という少女は八年来の深い友人関係を結んでいる。
矢部崎結香。争いごとを好まず、可愛いものを愛し、おそらく冬児が知っている中で一番穏和な性格の彼女が、現在殺し合いの舞台となっている大学に留まっていた。
彼女の足元には何人か気を失った学生達が倒れており、見たところ誰一人として動けそうなものはいない。
今見えるその世界が、冬児を絶望させる状況を作り出していた。
「やっ、矢部」
声に出そうとして口籠る。
言えなかった。友人に対して、「その足元の転がってる奴らはお前がやったのか?」だなんて。
それ以上に口にしたくなかったのだ。口に出してしまったら今までのなにもかもが否定されてしまう予感がして。
冬児は知っている。結香は今日、自分より早く講義を終わらせ家の手伝いをするために早くに帰宅していることを。
何故ならそれは紛れもない結香自身が朝冬児に言ったことなのだから。
だが、そんなことでさえもう否定されている。
彼女は嘘をついていたのだ。その真意がどうあれ、この状況で彼女は嘘をつき続けている。
「……矢部崎」
何かに脅えるように青ざめた少女に声をかけようと右足を踏み出した瞬間、
「――早眞くん、危ない!!」
視界は急に血相を変えてこちらに向かって走ってくる結香に遮られ、そのまま階段に押し倒してきた結香と二人で階段を転がり落ちていく。
思考も定まらないまま転がっていき、耳に入ったのは痛みを漏らす結香の吐息と、コンクリートの壁が崩れた音。
視界はコンクリートが破壊されたせいで立ち上がる灰色の砂煙が一瞬見えたところで暗転し、次開いた時には階段の踊り場の真上にある白の天井が映っていた。
ゆっくり、ゆっくりと目を自分に覆い被さっているものに向ける。
見間違えではなく矢部咲結香の姿をしている。
今の自分の見解を語ると、どこからどう見ても『矢部崎が自分を庇った』としか言いようがない。
「…っ……早眞くん、無事、ですか……?」
だから分け目もふらずに冬児は少女の両肩を掴み思ったことを口にする。
「なんでこんなことした!!」
「……へっ」
怒鳴るように、いや完璧に怒鳴ると彼女は冬児が何故怒られたのかわからないような顔でとりあえず笑って見せている。それが冬児にとっては無性に腹が立っていた。
同族嫌悪。冬児にとって性格的に悪いところがあるとすればこの一点と言える。
自分ができることなら出来る限り大切な人の役に立ちたい。冬児はこの考えに従って生きており、その生き方を誰よりも好いて誰よりも嫌っている。
何故ならそれは自分が犠牲になることで誰かが救われることを願っているのであって、他の誰かがやるべきことではないからだ。
「危ないだろ!!階段に飛び出すなんて!!」
「えっ、いや、ご、ごめんなさい…」
ほぼ脅すように結香を叱りつけ、彼女の謝罪を聞くと冬児は半分納得していないが安心したように笑う。
――良かったケガはないみたいだ。
彼女の頭をぽんと一撫でし冬児は立ち上がる。目線は上、自分たちがさっきまで立っていた三階の廊下に向けられる。
そこに立っている紛れもない敵へと。
「あんたがシールダーのマスターか?」
白い髪に白いスーツに白い手袋。スーツケースを片手に腰は漫画で見る老人のように曲がっている。
全身真っ白だというのにその男の目だけは対照的に赤く、赤く血走っていた。
「あ……あぁ」
男は冬児に言葉を返答するために声を出すが、その声も老人のように枯れた切った声で今にも血を吹き出しそうな様子だった。
「いか、にも。私がシールダー、のマス、ターだ……」
「どうでもいいけどその喋り方はキャラ付けかなんかか?見た目といい、色々と濃すぎるぜ」
軽口を叩きながらも冬児は考えていた。
一つはどうやってこの男を倒すか。
二つ目はどうやって結香を逃がすかだ。
今男が立っている場所の右側にさっき崩れたコンクリートの破片が散らばっている。
もしそれをこの男が一人でやったとしたら敵は何らかの遠距離の攻撃手段をもっていることになる。
大火力の銃火器か、爆弾か。それとも魔術か。
どちらにしても今迂闊に結香を逃がして1人にさせるのは危険だ。
「校舎、内、にいるって、ことは、私を、殺、しに来た、かい?」
「いや完璧にそう決まった訳じゃない。アンタが大人しく降参してくれたらなにもしないつもりさ」
「では、仕方ない、な」
予想通り。そうそう穏便に済ましてくれる訳ないか、と冬児は頭の中で溜息をつく。
とりあえずは結香を連れて今から全速力で階段を下り、そのまま第一校舎を後にする。
第二校舎なら職員の研究室も多いし、まだ残ってる教員がいるかもしれない。結香はそこに預けて、その後自分は改めて目の前の男と対峙すればいい。
そういった生易しい考えを持っていた。
●
突如聞こえた爆発音。
窓から外の景色を見ると、希望を託していた第二校舎から煙が上がっているのが見えた。
「あ、あ、そういえ、ば、時間だった」
老人のような男、シールダーのマスターはマリオネットのように奇怪に首を動かし、驚愕する冬児と同じように外の景色を見ると思い出したかのようにそう言った。
「時間て――なんの」
唖然として外を見る冬児がシールダーのマスターへと質問を投げつける。その間にも第二校舎は崩れてきており、中に居た人々が次々に外に出ていくのが目に映っていた。
「君、が、あっちの校舎に、行ったときよう、と、人払いのための策、さ。こうい、うのは、純、粋な火力、に、限る」
「てめぇ……まだ人がいるんだぞ!!!」
「だから、なん、だ」
歯車がカチリと合う。
冬児にはまだ違和感と思わしき疑問が一つ残っていた。
自分のように無闇な争いを好まないまではいかなくても、関係のない人間には手を出さない奴が1人ぐらいいるのではないか。そういった奴なら例え敵でもいざという時に交渉の余地はあるのではないかと。
だが違う。目の前の男は違う。
こいつの真意はどうであれ、今この状況において、シールダーのマスターは人を人だと思っていない。
だから冬児は唇を噛み締めて相手を、昨日と同じ敵意に満ちた目つきで睨む。
「てめぇは俺が、倒す」
初めて冗談ではなく本気でその言葉を口にした時、一瞬身体に熱い何かが流れるのを冬児は感じていた。
しかしその正体を気付く時間も与えられず、シールダーのマスターが床に持っていたアタッシュケースを落とす。
「な、ら、こちら、も、ヴォぉえッ」
シールダーのマスターが不快な奇声を上げ、自らの武器を出現させる。
口を蛇のように大きく開き、首の形を変え、喉から巨大な砲台を吐く。銀の装甲には六本腕の悪魔を連想させる禍々しい模様が付けられており、銃口からはまるで幼初期に耳にしたことがあるモスキート音のような高音が垂れ流されている。
――その音は次第に強くなり、『一直線に進む青い光線』となって冬児と結香に襲いかかる。
「ッ!!!」
人間には危機に面したとき本能に従うというが、この時の冬児もまた本能に従った。
頭に過った言葉は、逃げろ・避けろ・落ちろ。
脊髄反射に従い結香を抱き抱えて光線を避けるため、階段から転がり落ち、体制も満足に立て直せないまま結香を抱き抱えて二階の廊下を駆け出した。
「はっ、はっ、はっ、なっなんだあれ!!
光線!?レーザー!!?というかなんであんなもん身体の中に隠してんだよ!!」
「はっ早眞くん!?はっはわわ、なっなんですか!?何が起こってるんですか!!?」
「悪い矢部崎!!説明は後だ!!今はとりあえずお前を逃がすことが先決、」
曲がり角を抜けようとした瞬間、またも目の前に『青い光線』が通り過ぎる。
冬児の鼻の先ギリギリを通ったそれは壁にぶつかると、コンクリートの壁を粉後にするほどの爆発を引き起こす。
「ッ!!!ぐぁっ!!」
爆風に巻き込まれ冬児は結香を抱きかかえたまま研究室の扉に背中からぶつかってしまう。
「や、はり、何発、も、連続で出し、て、しまう、と、出力、が落ちて、しま、うな」
現在、冬児達は、青い光線の攻撃によって引き起こされた煙幕が周りを飛び散っているため視界が安定せずシールダーのマスターの声だけが感じ取れる状態にある。
「まっるで、SF、のよ、うだろ?新、型の、‘レーザー、銃’と、いう、やつ、でね」
またもモスキート音のような音が聞こえ咄嗟に結香を抱え前方へ飛び出す。
廊下を転がっていく最中にも背中に熱を感じ、さっきまで背中を預けていた研究室は焦土と化す。
「あっあんなのどうやって倒せばいいんだよ!!?」
○【同時刻・喝馬町大学・校門前】
普段は学生たちの勉学に取り組むための門として位置している校門は、現在人外達が戦うための異次元への扉と化していた。
「はぁっ!!!」
キャスター。それは本来、魔術に対して卓越した技術を持つ英霊に与えられるクラスである。
しかし消滅してもまた次のサーヴァントが呼べる今回の戦いにおいて、一騎目のキャスターの戦い方は魔術師というにはかけ離れ過ぎていた。
右手には銅剣。左手には勾玉。
キャスターは軽やかなステップで敵の懐に入り込み、攻撃が来ようものなら銅剣から発せられる防御壁で自身の体を守り、攻撃は勾玉を握った拳で行っていた。
それもただの拳ではなく、勾玉から発せられるエネルギー波を相手に直接ぶつけているのだ。
魔術師の近接戦闘。そんなことよりも驚くべき事態は、シールダーに斬り落とされたキャスターの片腕が再生していることだ。
冬児がシールダーのマスターを追ったあと、キャスターは自身の左腕を魔術によって回復している。
回復しているといっても、一度切断された腕がもう一度生えたわけではない。
彼女は未だ死に絶えていなかった自身の片腕と断面を魔術で接合しているに過ぎない。
また、キャスターの攻防の仕方は魔術師と呼んでもいいかもしれないがその戦い方は魔術師というよりもはや舞を披露する踊り子に近い。
そんな戦い方を見て相対する敵の方、シールダーは考える。
この女は一体どこの英雄なのだと。
日本であることは確かだ。銅剣に勾玉という日本古来の文化も使われている。
しかしそれを“どこからともなく無数に出現させる英雄”など聞いたことがない。
「埒が明かん、か」
だが、自分には探りを入れられる手段はない。
相手が自分のように宝具を使ってくれたら手っ取り早いのだが、誰も彼もがそうする訳ではないのだろう。
英雄と宝具は=の関係。宝具が解ればその英雄が何処の何という名前なのか解るし、逆に英雄の名前が解るとその英雄の宝具が何なのか、大凡予想がつく。
だからこそ本来は宝具も、英雄自身の名前も隠さなくてはならない。
といってもそれは自分には関係のないこと。例え真名が知られようと、宝具の存在を悟られようと自分の戦い方に偽りはない。
第一に武芸者として戦う前に名乗りをあげることを禁じられていること自体に、シールダーは若干の苛立ちを感じていたのだ。
しかしそれも主であるマスターの支持。甘んじて受けるしかない。
「なぁキャスター」
相手の攻撃を決して破れぬ鎧と、一族の宝刀で相手の攻撃を受け止めながらシールダーは敵に問おうとする。
「そういえば訊いていなかったのだがな。貴様、この戦に参加した理由は何だ?」
「――」
シールダーが持ち出したのはこんな殺し合いの最中に持ち出す話ではなく、しかし今だからこそできる問だった。
戦いが終わるということはどちらかが倒れるということ。ならばこそこの問は今訊いておかなければならないとシールダーは心の中で考えていたのだ。
「――いきなり何を言い出したかと思えば」
シールダーが聞き取ったのは微かな笑い声。
自分よりも一回り小さい目の前の生娘に目を向けると、攻撃と防御の連続を続けてはいるものの、その女は確かに口元に笑みを浮かべていた。
「この戦に参加した理由だと?ふふっ、笑わせる。我に叶えるべき願いなどない」
生娘のその薄笑いを見て、シールダーは一瞬寒気を感じて後方に翔ぶ。
ちょっとやそっとの距離ではない。お互い攻撃ができなくなる距離まで一気に翔んだのは、相手が次自分に対して一撃必殺の攻撃を仕掛けてくるという殺気を悟った訳でもなく、ただ薄気味悪かったから。そんな生物界において共通の理由だった。
「叶えるべき願いがない、だと?
貴様、よく言うな。ならば何故あれほどまでにあの童子に手を貸す?貴様ほどの腕なら令呪を使われる前に主を殺し、欠片さえ奪えば新しいマスターと巡り会えるだろうよ」
「そこ。お主、根本的に間違っておるぞ」
「?」
キャスターは堂々と相手を見据え、臆することなく武者に向かって笑みを浮かべ宣言する。
「願いがあるから主様に仕えているのではない。
主様の願いを叶えるために我は仕えているのじゃ」
唖然とした武者に対して、キャスターは追い打ちをかけるかの如く片眼を瞑り口元に人差し指を添えて笑みを作る。
「今の世になかなかおらぬぞあのような男。
なんせ愛する者を救うために最終的には文字通り、世界を敵に回すんじゃからな」
○【同時刻・再び校舎内】
「うぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」
逃げていた。とりあえずは逃げていた。
怒涛のレーザービーム攻撃をなんとか避けながら、冬児と結香は廊下を猛スピードで激走する。結香は限界を超えた冬児に抱き抱えられている。
「はっ早眞くんっ。わっ私重くないですか?」
「あぁ!?重くないよ!!それより速く逃げないと!!」
両腕の中で赤くなっている少女の心の内などいざ知らず、冬児はただ走り続ける。
走り続け、レーザーによって焼かれた床から生じる煙に紛れ適当な研究室に逃げ込む。
入ったと同時に扉を閉め、背中を扉にぴっしり付ける。
「はっはぁ………はぁ」
見えない相手への気配。なんてものは冬児には捉えられない。だから敵を探知するのに使うのは耳だけだ。
相手の足音が鳴るまでひたすら待ち、ここの扉に手を付けた瞬間に相手に殴り込む。レーザーを撃ち込んでこようものなら結香を連れて窓から飛び降りる。
そんな思考回路が定まらない男に、その少女。眼鏡の位置を直した結香は語りかける。
「――囮、になりましょうか……」
「………えっ」
予想外の言葉。それは冬児にとっても、おそらくは冬児から見た結香にとってもだ。
「囮って。あのレーザー野郎のか?それならダメだ。ダメに決まってるだろ。あんなのの前に矢部崎を付き出すなんて、ライオンの前にウサギを放り投げるようなもん、だ……」
冬児は完璧に目の前の少女の決意を打ち砕くつもりでいたが、その表情があまりに真剣だったので思わず続く言葉を失う。
「どちらにしてもこのままだと私達二人、あの光線を出す男の人に殺されてしまいます。それならどちらかが囮になって状況を変えたほうがいいと思うんです」
「でも、だったらそれは俺が!」
結香が眉を下げた笑みを浮かべながら小さく首を横に振る
「私じゃあんな人を無力化することはできません。だから、早眞くん。これ以上色んな人に危害を加えさせないためにも、貴方が油断したあの人を倒さなければならないんです」
強く、結香は冬児に向けて言う。
責任転嫁などでは決してない。自分にはできない、だから信頼できる友にやってもらう。結香は心の底から冬児のことを信じている。
それは幼い時に自分のことを変質者から助けてくれた彼に対して絶対の信頼を置いているから。
そして、その信頼に答えるのが本当の友達だということに、冬児自身も理解している。
「………わかった。でも無理だけはするなよ。危なくなったらすぐに外に出ろ」
「うん…でも大丈夫です。私これでも結構運動得意なんですから」
強がりを言う結香を見て冬児も覚悟を決める。
それはあの危険な敵の前に出るという覚悟ではなく、いざというときに人を殺めるかもしれない覚悟だ。
●
大きく深呼吸する。
今の自分は囮役。大切な人を守るための糧にすぎない。
心臓は悲鳴を上げるように運動量を増幅させ、足は心中を表現するかのようにガクガク震えている。
それでも、それでもこの一歩を踏み出さなくてはならない。
彼を救うために、彼と共に生きるために自分はこの一歩を踏み出し非現実と目を向き合わなければならない。
もう一度大きく深呼吸し、彼女、矢部崎結香は口内から光線を放つというとんでも男の前に立つ。
「………うー、ん」
危険。男が自分に気がついた。
今すぐにでも逃げ出したい。
「あ、れ。君、だけ、かな?」
怖い。男が自分に話しかけてきた。
今すぐにでも逃げ出したい。
「な、ら仕方、ないな。君を、捕まえ、て、彼を、誘き、出そ、か」
やるしかない。愛する人と一緒に助かるためだから。
だから結香はすぐに逃げ出した。
男に返答することもせず、ただ長い長い廊下を走る。何度もぶつかりそうになりながら、転びそうになりながら、ただただ走る。階段を駆け抜け、躓きながら、彼が待つ目標地へと。
「―――ッ!!!」
奇妙な音。それは子供の頃聞いたことのある不思議な音に似たもの。
それが耳に入ったと感じたと同時に背後から爆風が襲いかかってくる。
あの男の光線だろう。結香の軽い身体は宙に浮き、次の瞬間には地面を転げ回っている。だからなんだ、構うものか。擦り傷をつくり涙目になりながらも彼女は走る。
今こうしている間も自分を信じてくれている彼のために。
●
足を引きずりながらなんとか外に出ることができた。
約束の場所まであともう少し、背後にあの男の気配はなく自分は目的をやり遂げたという達成感に見舞われる。
「はぁ、はぁ………とっすこし………」
逃げている最中に靴は両方とも脱げ、服はボロボロになった。服の中の肉体のほうがボロボロのようにも思えるが。
が、自分はやり遂げたのだ。
「ほ、ぅ。この先、には、倉庫が、ある、ようだ、ね。もし、かし、て、中に、引火、するもの、でも、あるの、かな?」
唐突に現れた声に後ろを振り向くと、あの気味の悪い猫背の男が窓の上に乗っていた。見た目が老人のようにも見えるのでその姿が余計器用にも思える。
「つ、まり、キャス、ター、のマス、ター、は逃げた、のではなく、この先、にある、どこ、か、に、隠れ、ていて、私を、待ち、伏せ、している、と。そうい、う、推測、であっ、てる、かな?」
「……ぁ」
終った。心の底からそう確信する。
自分の狙いはあの男を校外にある倉庫まで連れて行くこと。あの男を誘導しながらも倉庫の中に入り、いち早く来て倉庫の中に小麦粉をばら撒いた冬児と合流する。
小麦粉は料理科が使う予定のものが大量にあった筈。
あの男の口から出ている光線は、SFのように派手に発射されるが実際行っているのは熱による物体の溶解と爆破作用。
倉庫に入っているものは全て未開のものだ、非常に燃えやすく、それが散らばめられた密室空間で熱光線でも発しようものなら一気に粉塵爆破を引き起こす。
自分は相手が光線を撃ってくるまで惹きつけて冬児と共に逃亡する予定だったが、その作戦は目の前の現実にあっけなく塗りつぶされる。
「図星、かな?こ、れで、終わり」
「んな訳ねぇだろっ」
完全に終わり。そう悟り頭の中に思い浮かぶ少年の顔に謝罪しようと結香が目を瞑った直後、空中から声が落下してくる。
それは逃げている間ずっと結香が聞きたかった、もう二度と聞けないと思っていた自分の中のヒーローの声。
「へっ」
声に惹きつけられ、シールダーのマスターが空を仰いだときに見えたものは銀色の世界。
何かの間違いだともう一度目を凝らすとそれはそんな非科学的なものではなく、
自分という生き物に向かってくる断罪の銀の筒。
筒は上空から額にめり込み、まるでお菓子の生地を形どるかの如く真っ直ぐに自分の体を貫通する。
シールダーのマスターが最後に見たのは、それを行うために二階から飛び降りてきた自分の本来の目標物の姿だった。
●
上手くいった。
自分が行うことは容易にできたので、もしものときのために結香を探しているとシールダーのマスターに命を奪われようとしている姿が二階の窓から見えた。
突如の判断で工事中だった階段から部品であるであろう鉄パイプを拝借し彼女を助けることができた。
助けることが、でき……。
「ッ!!」
突如両足に走る鈍痛。
当然だといえば当然だ。突如の判断で窓から飛び降り、鉄パイプで人を串刺しにしたのだから。骨折……まではいかなくても両足とも捻挫ぐらいしたかもしれない。というか、目の前にこんなグロ映像が鮮明に映ってるんだから別の意味で足腰立たなくなりそうだけど。
そうアドレナリン任せに考えを整理していて、ようやく思い出す。
自分が救うべき少女のことを。
「矢部崎っ!!」
彼女の方を見ると両手を胸に当てながらいつものように優しく笑い、
「は………やまくん………」
地面へと力なく倒れた。
「やっ矢部崎!!!」
すぐに倒れた少女の元へと駆け寄り彼女を抱き抱える。
「気絶してる………無理もないか」
自分も本当はそれぐらいするべきなんだろうけど。ともかく、シールダーのマスターは倒した。
冬児にとっては初の勝利であり喜ばしいことには変わりないのだが……。
頭に浮かぶもう一人の相棒の顔。
「………矢部崎。ごめん、ちょっと待っといてくれ。すぐ戻る」
彼女のことを考えると居ても立ってもいられず走り出した。
前衛向きではないと自分で豪語していた癖にマスターである自分を行かせてくれた、優しいサーヴァントの元へ。
●
「………えーと」
「ん、おおマスター。無事か?我の方は」
ようやくの思いで戦地に辿り着くと、そこはもう戦地とは呼べなかった。
ベンチの上に座ったキャスターが脳天気なえ笑みを浮かべながら手を振っている。
しかも失った筈の片腕再生させて。
「おいおいおい。おいおいおいおいおいっ!!
どうなってんだよこれ!!?え!?シールダーは!!?その腕は!?」
たまらずキャスターに駆け寄る冬児を、当のキャスター自身はまぁまぁといなす。
「すまんマスター。敵を逃がしてしまった。シールダーは消えた、というよりかは帰ったのじゃ。何故かは知らぬがな」
「帰った!?え、なっなんで」
「それは我にも解らぬ。が、しかしお主がここに来たということは、倒したのだろう?シールダーのマスターを」
「あっああ……」
答え、また俯いてしまう。
それは自分のことを信頼してくれる相棒に『人を殺した』ということを伝えたくなかったから。
その心を読み取ったのか、キャスターもそれ以上追求することなく、そうか、と一言で返す。
「それでマスター。欠片は出たのか?」
「…ん?欠片?」
いきなりそんなことを言われ冬児は首を傾げる。
そんな主に対してキャスターは大きく口を開いて叱ろうとしたものの、声を出す前に思い留まる。
「まぁなんとなくは感じておったが……やはりそういうことか」
「?なんだよキャスター。言いたいことがあるならはっきりと言えよ」
冬児がキャスターにそう問うと、キャスターは少し困ったような表情になりながらも息を吐いてこちらを見据える。
「そもそもマスター自身が欠片を所持している場合令呪と同化しているのが普通なのじゃ。お主も我を呼び出すとき、欠片が姿を変え急に光に包まれたじゃろう?」
冬児はキャスターを召喚したときのことを思い出し、頷きを返す。
「勿論それを取り出すことも可能じゃが、取り出す方法は二つしかない。
一つは自分のサーヴァントの了承を得て預かってもらう場合。この場合は預けたサーヴァントと欠片は同化こそできんものの、奪われ盗まれる心配は無くなる。今の我達のことだな。
そして二つ目が、持ち主であるマスター自身が死んだ場合。マスターと同化した欠片は持ち主が死んだと同時に肉体を破り体外に出てくる筈なのじゃ。
しかしお主はシールダーのマスターと思わしき不届き者の命を詰んだのであろう?ならば」
「――あいつは、シールダーのマスターじゃ無かったっていうのか?」
でも、それなら何故あいつは俺達のことを狙った?明らかにあいつは自分がキャスターのマスターであることを知っていた。
少なくとも聖杯統合戦の存在を知っている者には違いないと思うが……。
「第三勢力、という仮説も今はたてられんがとりあえずはだマスター。我を心配してここまで来てくれたのは嬉しいのじゃがその様子からして誰か待たせているのだろう?
とりあえず、連絡ぐらいしたらどうじゃ?これ程の騒ぎじゃ、そろそろここにも人が来るじゃろうし」
「えっ、ああ。それもそうだ。ごめんキャスター」
手で返事を返すキャスター。そういえば片腕が再生している件を聞いてなかったなと頭に過ぎらせながらも急いで結香に電話をかけようと携帯を開く。起きていなくても留守電ぐらいは残しておこうと電話をかけようとしたが、その必要はなかった。
電源を付けた携帯の画面にはメールの受信表示が出ており、送信者は他でもなく矢部崎結香からだった。
メールを開くと件名もなく絵文字もない文章が続いている。
『早眞くん、色々あって先に帰らなければいけなくなりました。こちらの体のことは大丈夫ですが、早眞くんはきちんと病院に行ってください。 結香』
心配だけど、目を覚ましたのは良かった。
そう素直に思って軽い返信を済ませ携帯の電源を切る。
彼女に対しての事情の説明は今度にして、とりあえずは早く帰ることにしたい。キャスターに肩を貸されながら、ゆっくりと夜の町を歩く。
こうして早眞冬児の聖杯統合戦公式戦闘の一夜目は終わりを告げた。
○【ほぼ同時刻・喝馬町公園前】
苛ついていた。
盾の英雄として今の世に呼び出され、勝てばどんな願いでも叶えられるという戦いに参戦し、ある程度のことなら我慢しようと生き望んでいた武士は現在猛烈に苛立っていた。
いくら主の命だからいっても、自分は世に名を轟かす“太政大臣”となった男。その自分が敵の前で、いやあんな小娘の前で逃げの姿勢とらされたことに、盾の騎士・シールダーは猛烈に腹立っていた。
「ぐぅ………何故だ……何故、あのまま儂にあの娘を」
怒りの矛先は自分の主に対してのもの。
自分のことを信用していなかったから最後まで戦わせてもらえなかったのか、なにか事情があったのか、傀儡が死んだ以上詳しいことはわからない。
ただ自分には帰還しろという命令の信号が降っただけ。
「訳は聞かせてもらうぞ………我が主よ」
そう心に決め主の元へ帰還しようとしたシールダーの前に、醜悪は訪れる。
それは美しい少女の姿をしていた。
身なりはいいものの、服はところどころ破れ、身体中傷だらけである。
金剛の双眼は、点滅を繰り返す街灯を反射させ美しさと不気味さを同時に醸し出している。
その姿に歴戦の武者であり、あらゆる人を見てきた武者は目を疑ってしまった。
しかしすぐに我に返る。自分の任務のことを思い出し、こういうときの対処法も主から承っている。
姿を消しやり過ごす。
それが一番手っ取り早いと考え、シールダーもそうしようとし、そうした。が。
「姿を消しても無駄ですよ…私の“眼”には全部視えてます」
唐突に放たれた言葉に一瞬耳を疑うも、彼女の姿が再び目に映ることはなかった。
――目に映ったのは奔る黄金の舟
それは留まることなくもはや回避することなどできない速さでシールダーへと近づき、
「ひっーーーさっーーーっつ!!!」
驚くほど場違いな声と供にシールダーへ直撃する。そうなるともはやシールダーの自慢の鎧も使うことができなくなる。
怪我をすることはなくとも身体を貫通する衝撃は凄まじく、舟に引かれた巨大な身体は宙へと浮き上がり地面を転がっていく。
「がっがっが、がぁぁぁぁっ!!」
「ーーーつっうう。必殺って言ってみたけれど、どうしようかしら?なんていう名前がいいと思う?マスターッ」
その声は少女のものだったが、先ほど目に映った少女の声とはまた違っていた。
声色は明るく、しかし姿は船に隠され見えることはない。
シールダーは早急に体制を立て直しつつ考えた。
気配で解る。この感じは自分と同じく、この時代に元々存在していなかったもの。サーヴァントだ。
ということは必然的に金剛の眼をした少女はそのマスターとなる訳だ。
「な、名前、ですか?そっそれはえーと…」
「なによマスター。はぁ、なんでそう鈍くさいのかしら。だから好きな男他の女に寝取られちゃうんでしょ」
「ね、NTR!!?
ちっちがいます!!そんなのじゃありません!!」
声だけ聞けばその光景は歳の近い同性の友人同士がふざけあっているようにも見える。しかしとて片方は霊体化したサーヴァントの居場所を突き止めるおそらく“魔眼”の持ち主、もう片方はおそらく宝具であろう浮遊する黄金の舟に乗っていて姿を見せない少女。
その様子は現実から離れていた。否、自分が生きていた時代でもあんなものは見たことがなかった。
シールダーは右手に自身の刀を取る。
二回連続で敵が年端もいかぬ少女で若干の抵抗さえあるものの、敵とあれば討たねばならないのが武士の定め。
敵の真名こそわからないものの乗り物に身を隠していることから“ライダー”のクラスであることは確認できる。
ならば先手必勝。おそらく自身の武具である小烏丸の一撃ではあの舟に傷さえ付けられないだろう。ならば、狙いは舟ではなくその背後に控えているマスターの方。
シールダーは宝具ではないものの、校舎を半破するほどの威力をもつ強力な突きの名を口にする。
「“小烏丸:天上龍”ゥゥウウウウウッ!!!」
その速さは凄まじく、一点の狂いもなくライダーのマスターに襲いかかる。飛翔する光り輝く突きはその名の通り天を翔ける龍の如く。
一向に動こうとしないライダーのマスターの死は明確だった。
「【宝具:五番発動】」
が、そのように簡単にマスターを殺されては英雄とは呼ばれない。
シールダーは見た。
黄金の舟から扇子とそれを持つ女性のしなやかな白魚が見えたかと思うと、それに反応するかの如くライダーのマスターに向けられた攻撃は『消滅させられたのだ』。
おそらくは宝具。しかしその形状も名前もわからない。まさか五番というのが宝具の名前ではないだろう。それ以前に五番ということは、五つ以上も宝具を所有していることとなる。
しかも手加減も無しで撃ち込んだ自分の攻撃を容易に相殺するほどの宝具をだ。
「マスター、決めたわ。さっきの必殺技の名前」
黄金の中から聞こえる少女の声。それは嬉々としたもので攻撃を撃ち込んだばかりで体制を立て直していない自分にとっては悪鬼の類が語っているようにも感じられた。
「“ひき逃げアタック”ってのはどうかしら?」
顔に二つの水晶玉を宿す全ての生物が目を晦ませそうな黄金の舟は唸りを上げ、なお優雅に悠々と、シールダーの身体を空中へと投げ飛ばした。
●
「もう……やり過ぎですよライダー。これじゃせっかく宝具の鎧全部出し切ってまで生き残ろうとしたシールダーさんが可哀想じゃないですか」
ライダーのマスターである金剛の瞳の少女は、先程までシールダーが倒れていた地面を触りながら自身のサーヴァントに語りかける。
当のシールダーは既に消滅済あり、この場にはライダー陣営しか残っていない。
「あら、なによマスター。貴女が愉しめると思って私は何度も、何度も何度も、何度も何度も、シールダーを引いてあげたというのに。
なに?不服?」
「……いいえ」
少し、哀しそうな顔で目を瞑りその場を立ち上がると、ライダーのマスターは空に向けて笑みを造る。
「最っっっ高に良い気分ですっ!!
あの筋肉馬鹿のサーヴァントのマスターは私と、私の大事な『冬児くん』を傷つけましたから!!!死んで当然、というか魂レベルで消滅までさせたかったですよ!!」
誰も知らない少女の素顔。
ライダーのマスターの狂気っぷりは止まらず、笑みを崩さぬまま、その狂った笑顔を保ったままなおも空に向けて語り続ける。
「ああっ。あぁあぁぁっ。冬児くんっ。
貴方が誰を愛そうと構いませんっ。それがカグラちゃんでも、貴方のサーヴァントでもっ。でもね。でもね冬児くん。私は貴方を愛している。だから貴方も1ミリでも、ほんの少しでも、例え貴方自身が気付いていないところでも、
貴方は私を愛さなくてはいけないんですよ」
恐ろしいことに狂気の愛を語る少女の表情は、まるで普通の恋の話をする歳相応の娘と同じ様子である。
例え先に帰っていると言って裏でストーキングしていたとしても、彼の愛する人を肉片の塊にしたとしても、その理由は理由は愛で許される。愛が免罪符となる。
ただ愛している。だから貴方も自分を愛さなくてはならない、とライダーのマスター、
矢部崎結香は空へと訴える。
自分の愛は正しいのだと。
それを肯定するために彼女が選ぶのは愛する者か、それとも聖杯か。
※反省点
眼鏡ちゃん可愛すぎてヤンデレにし過ぎた