『キャスター陣営』
・早眞冬児
聖杯戦争に巻き込まれた男子大学生。愛する女の子を救うために戦うことを決意する。
・キャスター(一騎目)
真名不明。日本風の顔立ちの紫の着物装束の美少女。
『アサシン陣営』
・平桔平
バイクが好きな青年。喝馬町のオーナー・壬生家を壊滅させるが、キャスターの手によって大ダメージを受ける。
・アサシン(一騎目)
真名不明。雪のように白い肌をもつ可憐な暗殺者。宝具は巨大な獣。
『シールダー陣営』
・不明
白髪の老人。正体は定かではない。
・シールダー(現在不明)
日本の武将。攻撃を無効化させる鎧を宝具としていたが、ライダーによって消滅させられる。
『ライダー陣営』
・矢部崎結香
冬児の幼馴染である眼鏡の少女。冬児に対して異常なまでの愛情を見せる。
・ライダー(一騎目)
黄金の舟に乗るサーヴァント。常に上から目線の性格だが、愛に生きるマスターには情を見せる。
『アーチャー陣営』
・ライングル
イタリアの大マフィア『クリムゾン』の代理ボス。内気な少年で戦いにも気乗りではない。
・フラン
アーチャーのマスターであるラインの護衛。過去の事件から肉体の四分の一を別の何かに変えられている。
・アーチャー(一騎目)
青丹色の髪と金属を幾つも身につけた青年。真名はインドの叙事詩『マハーラーバタ』にも載る大英雄、アルジュナ。
・ルツ&マーク
フラン同様、ラインの護衛。
『ランサー陣営』
・ハクア・フリューゲルス・シニュアノーズ
ランサーのマスターであり、地図には載っていないある国の第一王女。勝気な性格。
・ランサー(一騎目)
全身を青で統一している槍兵。真紅の槍を振り回し、獰猛な獣を連想させる戦い方を好む。
『参加者以外』
・壬生カグラ
喝馬町のオーナーの娘。平桔平によって身体を肉の塊に変えられる。
・アストル・ハーデンベルト
教会にも協会にも属さない独自の宗教組織『バルドリア』の大師父。自分達の教祖の意思を実現させるため今回の聖杯統合戦を起こした。
・アレーシア・ハーデンベルト
聖杯統合戦における監督役。アストルの実娘であり、息子を一人持つ。基本的に温厚な性格で抜けているため争いには向かない。
・キレイ・ハーデンベルト
アレーシアの息子。アレーシアの護衛役として付いてきてるが、日本に来てからやっていることはほぼ家事のみである。
○【聖杯統合戦二日目】
この日、勝者にあらゆる願いを叶える願望器が与えられる『聖杯』を巡っての聖杯統合戦という聖戦。
その監督役として日本という国に呼ばれ、今現在この喝馬町という町に息子とその友人と共に暮らしてから早半年。
アレーシア・ハーデンベルト。
彼女の監督役としての本格的な初仕事はなんでもない一日を予想させる晴天の空から、聖杯統合戦参加者達との出会いから始まる。
○【聖杯統合戦二日目・喝馬町第一教会】
「……うーん。どうしようかしら」
まるで此処だけ世界から切り離されているような、何処よりも静寂を保った礼拝堂で、一人。アレーシア・ハーデンベルトという一児の母は母親らしい悩みに頭を抱える。
「あの子も一応普通に学校に通える歳なんだし、多少人見知りでもやっぱり無理にでも通わせた方が」
『無理に』と先に付け足したのは、この話を自分の息子にするといつも嫌な顔をされるからだ。
しかし、拒絶されたぐらいで退けを取るわけにもいかない。
息子には普通の生活をして欲しいのだ。
小さな頃から父の都合であらゆる国を転々とさせ、色々我慢をさせてきてしまった。本人の意思とも関係のない習い事をさせたこともある。
だから今更と息子にも叱られてしまうかもしれないけれど、私は今からでも遅くないと思っている。普通の、そう普通の高校生活を送って欲しいと考えているのだ。
だからこそ息子には内緒で勝手に私立の高校に転入届を出し、朝無理矢理学校まで車で送って来た。
――校門に入る前、あの子が凄い嫌な顔をしていたのは忘れましょう。
これが一番良いのだと自分の心に言い聞かせる。それが、あの子が堅実に人生を歩んでいくための第一歩となるのだから。
「だからといって、あの子お父様と似て頑固だから中々話聞いてくれないのよねぇ……お父様と似てるなんて言ったらまた怒るかしら」
若干のやるせなさを自分に感じながら、ふと柱に掛かっている時計を見る。
時計の針は既に午後の3時を示しており丁度小腹が空く時間に―――3時?
「はぁぁっ!!?」
時計の針は3時を指そうとしていた。
アレーシアが驚くのも無理はなく、彼女はこの時間に聖杯統合戦参加者の一組と対話するようこの教会を約束の場としてアポをとられていたのだ。
アレーシアは急いで息子に関する資料やアルバムをしまい、必死になって客人へのお持て成しの準備をする。
「なっなんで忘れてたのかしら!!?えぇとティーカップ!ティーカップ!」
情けのないことに、こんな慌ただしい女が聖戦の監督役として今からその参加者と対話するのだ。アレーシアは自分のことを更に情けなく想い、重い溜息を一つ付いた。
●
それから数分もしない内に、教会の大きな扉からドアノッカーの音が鳴る。
アレーシアは一瞬だけ身体を震わせたものの、深呼吸をし自身も内側からドアノブに手をかける。
緊張することはない。自分は監督役としてこの場にいるのだ。相手がよほどの狂人でもない限り危害を加えられる心配はないだろう。
金属の取っ手を回し、外と礼拝堂を繋げる扉を開く。
「……ごきげんよう」
「ごきげんよう」
自分の挨拶に外にいる少女も笑顔で挨拶を返してくれた。
白のドレスに、まるでオーロラをそのまま映し出したような可憐な水色の髪。そこにいる少女はまさに絵本の中から現れたお姫様といった印象を対象者に持たせる。
「どうぞ中へ」
その印象を覆さない少女を歓迎しようと、アレーシアは片手を礼拝堂の奥へ向け、懺悔室まで先導する。
元々そこまで大きな教会といった訳でもなく、礼拝堂から懺悔室まではそう遠くない。
「では、こちらにお入りください。
この教会には詮索行為を禁止するための結界を張っておりますが万が一があるかもしれません。この懺悔室の中でならそういった万が一も必ず起きないとお約束できます」
懺悔室に到着するとアレーシアは仕事様の笑顔を作って懺悔室の一角を少女に提示する。
「……さすがの中立地帯でも万が一はあるということなのですね。わかりましたわ、そういうことなら大人しくこの兎小屋に入りましょう」
――う、兎小屋!?懺悔室を兎小屋!?
さっそく印象を裏切られたと思ったアレーシアはそれでも仕事様の笑顔を崩さぬまま扉を開く。自分も少女が懺悔室に入ったあとに別の扉から懺悔室の中には入り、同じ懺悔室の中にいる二人の間には一枚の板だけが存在していた。
アレーシアは業務を粛々と進めるために事前に用意してきた紙の束を手にする。書いてある内容は今回の聖杯統合戦についての資料と呼ばれるようなものだけだ。
「それでは貴女がまず何者か、それから話を始めましょうか」
アレーシアの最初の問に少女は当然のように躊躇もなく自分の存在をはっきりと口にする。
「ハクア・フリューゲルス・シニュアノーズ。此度の聖杯統合戦においては“ランサー”のマスターとしてこの場に参上仕りました」
少女らしい声高なものであり、それでいて落ち着きのある声が壁の反対側から聞こえてくる。
ランサーのマスター。確か一騎目のランサーの真名は既に確認されていた筈。
それもこれも等のランサー自身が既に六体のサーヴァントに喧嘩を吹っ掛けたという情報が出回っているからだ。
ということはこの少女はあのクランの猛犬を従えているということになるのだろうが、サーヴァントの姿は見えない。
「サーヴァントはお連れに?」
「いいえ、犬なら今は散歩中でして。どこかで遊んでるんじゃないかしら」
声高な声が一瞬機嫌が良くなったようにアレーシアには聞こえた。
「それよりも私の用件を聞いていただけるかしら。私にはあまり時間がないもので」
声のテンポが元に戻ったかと思うと少女は何かに追われてるかの如く早口で用件を伝えようとする。
「聞きたいのだけれど、
一人のマスターが欠片を複数所持している場合、また新たなサーヴァントを呼び出したとして、二体目以降のサーヴァントにも教会から魔力供給はされるんですの?」
彼女の質問はある事を疑わせる質問だった。だってそれは自分が複数欠片を所持している、もう敵を倒して欠片を奪っている、またはそれをできる自信か確信がある、ということに繋がるのだ。
アレーシアもそれに気が付き若干その疑問を混ぜ込んだ質問を返そうと口を開く。
「その情報が必要になった陣営がいるのですか?」
「ええ、だから聞いているのです。で、返答を」
少女、ハクアの方も探りを入れられていることに気づき、早いところ返答を聞こうと言葉を返す。
「可能です」
アレーシアもまたこれ以上の詮索は無駄だと解ると諦めたように言葉を紡ぐ。
「他の参加者を倒し欠片を裏い取ったとして、その欠片から新たなサーヴァントを限界させる最低限の魔力供給は現在と同様教会から供給させて頂きます」
ただ、とアレーシアはまた言葉を紡ぐ。
「それ以上の魔力供給、例えば戦闘や宝具を使用する場合に消費する魔力はマスターから支払って頂くことになっておりますので複数のサーヴァントを使役することが勝利に繋がる訳ではありません」
はっきりと、監督役としての責務を口にする。最後の忠告もただの親切心などではなく、ただ『自分達の都合が悪くならないよう』にと口にしただけだ。
「成る程」
それに対してハクアは不敵な笑みを浮かべる。壁一枚向こうにいるアレーシアには預かり知らぬことだが、ハクアは笑みを浮かべながら今後の戦況を予想し考える。
今の自分のサーヴァントの宝具は比較的魔力消費量が少ない。正直言って他一体、サーヴァントを養えるほどの魔力を持て余しているのだ。
ならば結論は一つ。単純な話だが、ランサーが自分の元へ帰り次第、自分達に敵対する陣営を倒す。そうすれば手っ取り早く勝利に近づくし、二体もサーヴァントを所有しているとわかったら態々命の遣り取りをせずとも降伏してくる陣営がいるかもしれない。
ハクアは臆病などでは決してないが無益な戦いは好まない性格なだ。だからこそ戦わずに済むのならそれが一番良いと考えている。
となると自分がここに居る理由はもう無い。ハクアはおもむろに立ち上がると懺悔室の扉から退室する。
「ありがとうございました、今日の要件はこれだけでしたのでこれで失礼致します」
アレーシアも彼女を止める理由が無かったので敢えて自分は懺悔室から出ることなく別れの言葉だけ口にする。
「貴女の行く末の手助けになれたのなら良かった。ご武運を」
その言葉を聞いたのか聞いていないのかは定かではないが、ハクアは要件が終わると足早に教会から出て行った。
「よう。話は終わったのかいお姫様。女の話は長話になることが多いからあと二、三時間は待つつもりでいたんだが」
教会から足を退いたと同時に、木の陰からハクアに声が掛けられた。それはハクアにとってはこれから武勇を共にするかもしれないパートナーのものであった。
「そんな軽口を叩けるということは、さぞ良い首尾を聞けるのでしょうね、“ランサー”」
少々刺の入った口調でハクアは木の陰から姿を現した青い槍兵に返事をする。
「そいつはどうかな。確かに良い知らせではあるが、同じぐらい悪い知らせでもある。
首尾の良し悪しはアンタに任せるぜマスター」
サーヴァントの軽口にこれ以上この場で反応するのも面倒だと考えたハクアは鼻で笑ってから教会を後にする。
目線は遥か遠く、宙さえも超えた未來を見詰めている。
「なんとしてでも……私が、聖杯を手に入れなければ」
○【同日・一時間後】
日が沈む少し前。アレーシアは今度こそ慌ただしくならないよう、一人礼拝堂の一角に腰を下ろしていた。
この国は冬になると日が沈むのが極端に早くなる。頭に思い浮かべたのは息子の顔。
――あの子、ちゃんと暖かい服を着ていったかしら。
そんなことを思いながら、反面、心の中で苦笑する。
これからまた殺し合いに参加した者と出会うというのに、何を呑気に母親ごっこに浸っているのだろうか、と。
アレーシアが自分の責務を再確認していたところに、
「――女。
王の登場だぞ、出迎えの一つもないとはどういうことだ」
――まるでこの世全ての悪を纏ったかのような、醜悪の根源から発せられる声が聞こえた。
驚いたようにアレーシアが背後に振り返ると、扉から、真っ直ぐに十字架まで進む道に男が立っていた。
優に190センチを超える長身の身なりに、仰々しい漆黒の鎧を装備している。その瞳は赤く、一瞬でも目線を逸らせばこの身を引き裂かれそうな恐怖を植えつけてくる。
間違いなくサーヴァント。しかも、監督役としてサーヴァントのステータス情報を細かく探ることができるこの『眼』から知るに、間違いなく“反英雄”。
英雄に敵対する位置を保ちながら、されどある者達からは信仰すらされる高位な存在。それが反英雄だが、これはまさしくそれに該当するものだ。
漆黒のサーヴァントはその身の鎧をまた黒き外套に包み、秒単位で命を刈り取ってくるかのようにこちらに語りかけてくる。
「もう一度問う。余が出向いてやったのだ。出迎えはまだか、そこな女」
蛇を連想させるような、鋭い目付き。
アレーシアの全身に冷汗が走る。
来る。自分が監督役であることなど関係なく、目の前のサーヴァントは自分の命を狙ってくる。
アレーシアは咄嗟にスカートのポケットに隠してあった水晶玉に手をかける。一か八かだがこの男を怯ませれば懺悔室に入ることができるかもしれない。懺悔室は何者にも冒されない不可侵の結界が張ってある、純粋な英雄であるのなら別だが反英雄如きに敗れるものではない。
勝負は一瞬。水晶玉を投げつけた同時に懺悔室に入り込む、そう考えていたアレーシアの目に、
信じれないものが映った。
「女。余の言葉に言を返さぬということは、それは即ち余に反抗の意を持っているということで相違ないな?
よい、赦そう。余は美しい女が好きだ。その美しさに免じて貴様は頭蓋を叩き割った後も余の宝物庫に飾って、
ぎっ!?……なにをする貴様」
目の前の漆黒の騎士が何かと話をしているのだ。アレーシアには最初、その正体が何なのかわからなかったが、それを理解すると同時に疑問は驚愕へと変わる。
黒の外套のせいで気が付かなった。いや、それ以前にこんな危険なサーヴァントがあんなものを抱えていると誰が想像するだろう。
秒単位で命を失う筈だった自分の命を救ったのは、漆黒のサーヴァントの背後から伸びる、小さなとても小さな手であった。
「あーだぶ」
赤ん坊。いかにも人の命を軽く扱いそうなサーヴァントの背に、生後六ヶ月程度の赤子が担がれている。
それもいかにも適当な手つきで行われたような巻かれようで、騎士と赤子の繋がりは白い布のみである。
漆黒の騎士はそんなアレーシアの驚きさえも飲み込むように、まるで対等な相手と話をするかのように赤子に話しかける。
「赤子。貴様が今余にやったことは王への冒涜だ。瞬きの間に赦しを請うのなら、ぐっやめろ。その椛のような手の平を余に当てるな!妙に柔らかいのだ!」
「あーだぶ」
激昂する黒き騎士と寒さを凌げる最低限の適当な衣服を着せられた赤子のバトルは、傍から見ればただの混沌であり、アレーシアは一人取り残される。
――なっ……なんだこの状況………。
漆黒の騎士が腰に下げている剣を見て一瞬ジャパニーズ・コヅレオオカミを連想させたが、そんなことは関係ないと首を横に振る。
聖杯統合戦の監督役である女は意を決して、漆黒の騎士、いや漆黒の王に語りかける。
「あ、あの」
「黙れ」
よう、としたが二秒で拒否された。
漆黒の騎士は相も変わらず蛇のような鋭い目付きを赤子から監督役であるアレーシアに向ける。先程赤子と悪戦苦闘していた時とは打って変わり、実に詰まらなさそうに、目の前にいるアレーシアのことなど用が済んだら簡単にこの世界から消してしまうような殺気を放っている。
「問を赦した覚えは無いぞ女。貴様は余にとってただの『食物』に過ぎぬ事を忘れるな」
「あ、えっえと」
「まぁだが、余の問に対して余が満足いく答えを出した場合のみ発言を許可してやろう。だが余を不快にさせた場合は再び斬首と処す故発言には気をつけろよ」
りっ理不尽だ。
この男は絶対、生前暴君とか言われてた口の反英雄だ。人の意見を聞かないにも程がある。一人称も『余』だし。
「では女。余が問を投げてやる、心して聞くがよ」
漆黒の王が本題に入ろうとしたその瞬間、音が聞こえた。
それはアレーシアも何度も耳にしたことがある音だった。聖杯統合戦の監督役としてではく、一人の母親としてアレーシアが生活しているときによく聞いた音。
それは息子がまだ幼い時、空腹を訴えるときに鳴らすサイレンのような音。
アレーシアは漆黒の王の背後を覗き込み、漆黒の王はジト目ともとれるような半目で自分が担いでいる幼児に目を向ける。当の本人である赤子の方は、これでもかと空腹を指を咥えてアピールしている。
漆黒の王は徐々に首を元の位置に戻して、半目を向ける相手をアレーシアへと変える。
漆黒の王は心底不服そうな、期限の悪そうな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せ、おそらく召喚されて初めてであろう羞恥を知る。
「………監督役の女よ。この乳飲み子でも食える物を何か寄越せ。さすれば………余に対する問の一つや二つ大目に見てやる」
唇を噛み締め漆黒の王は羞恥に耐えるように小刻みに震えていた。
●
以下にも悪者と言ったような、醜悪な心を持った漆黒の王が教会に来てから数十分程。ただでさえ混沌さを催す空間だったのに、間を置いた現在に至ってもその混沌さは増すばかりだった。
それもこれも、私が何故かベビーシッターみたいに誰の子かも知らない赤子に哺乳瓶に入れたミルクを与えているからなのだが。
「うむ、飲むが良い。栄養を付け豊かな知恵を付けろ。さすれば食料として優秀に育つ」
なんて漆黒の王様は微笑を浮かべながら言っているが、粉ミルクから作って温度確かめて人肌まで冷めるまで確認したのは自分なのでお門違いもいいところだ、とアレーシアは心中で愚痴を呟く。
しかし見れば見るほど不思議に思う。自分が与えているミルクを満足そうに飲む赤子の正体が掴めない。
なるべく機嫌を損ねないよう、伺うように黒き王の表情に見を向けると、アレーシアの視線に気が付くよりも前に質問来いのポーズをとっていた。わかりやすく言うと、脚を組み、偉そうに両腕を礼拝堂の大きな椅子にかけている。
相変わらず下手な事を言ったらすぐにでも首を跳ね飛ばされそうな殺気を放ったままだが発言は許してもらえるようだ。
「あの、えっと」
「“バーサーカー”」
「――えっ」
「此度の戦においての我のクラス名だ。
なんだ、何を驚く?よもや余の真名を耳にできると思ったなどと世迷言を言うつもりではあるまいな?
それとも狂戦士というクラスはそれほど珍しいものなのか?」
アレーシアは確かに相手の名を訪ねようとした。
だから相手から名乗ってくれたのは手間が減って非常に良いことなのだが……当然ながら、何の備えも無しに口に出されたその言葉には大きな疑問が残る。
“バーサーカー”?“バーサーカー”と言ったのかこのサーヴァントは?
アレーシアが驚くのも無理はなかった。何故なら目の前にいるサーヴァントの様子、雰囲気、ステータス、その全てが狂戦士という概念から外れていたからだ。
聖杯が破壊されたことにより、マスター達に渡された九つの欠片。その一つ一つに『クラス』という概念が生じており、そこから呼び出される英霊は欠片のクラスに合った者と決定付けられている。
セイバーのクラスの欠片を使えば、『優秀な剣技で世界に名を轟かせた者』『聖剣や魔剣で竜や魔物を斬り伏せた者』などの偉業を成し遂げた英霊が当然ながら呼び出される。
しかし、“バーサーカー”のクラスに呼び出される英霊はそういったカテゴリーに縛られることがない。言うなれば、『狂戦士に該当する偉業を成し遂げたからバーサーカーとして呼ばれる』のではなく、『偉業を成し遂げた者であれば誰でもバーサーカーとして呼び出さられる』というのが正しい。
故にバーサーカーのクラスに属する英霊の正体を掴むのは難しく、それ以上にバーサーカーとして呼び出されたサーヴァントには、肉体面の強化の変わりに『狂化』という性質がステータスに跡付けされる。
この性質はどのような高潔な英霊でさえも、一体の獣まで思考を停止させ、正気を失わせる。それ故、過去行われた聖戦においてもバーサーカーはどの方面から見ても厄介なサーヴァントとして扱われている。
眼前の黒き王もそのクラスに属するというのならこの場で暴れていてもおかしくない筈なのだが……。
「あの、バーサーカーって。貴方、狂化が効いていないのですか?」
「それが最初の問で良いのか」
アレーシアは思わず一瞬躊躇ってしまったが仕方がないと首を縦に振る。
すると漆黒の王は、ふむと鼻を鳴らし語るために口を開く。
「まぁ、貴様の言う狂化という呪いは現在進行形で余の中で息づいている。効いていない訳ではないのだ。
――が、それがどうした。そんな跡付けされたものより余の悪性が方がよっぽど醜悪に満ちておるわ」
漆黒の王は、悪どい笑みを浮かべながらさも当然のように言い切る。
「元来、余に呪術の類をかけること自体愚かなのだ。あらゆる呪いを喰らい、使い、知ったこの余に呪いなどと、いやはや聖杯が聞いて呆れる。持ち主の願いを仮定無しに叶える願望器がこのような回りくどい手法をとるとはな」
その姿を見てアレーシアはますます疑問に思う。
――本当に狂化が効いていない……?
嘘をついているという可能性もあるが、どちらにしても確証はない。残り二つ許された質問の権利を有効に使うべく、アレーシアは目の前の相手を注意深く観察する。
つまらなさそうにしながらも不敵に笑みを浮かべる黒き王は、手懐けた二頭の大蛇を手に乗せながら…………んっ?
アレーシアは思わず二度見してしまう。
いつの間にか出現した王と同じく黒き鱗をもつ二頭の大蛇のことをだ。
「はっはわっ!?」
つい叫びそうになってしまい、その瞬間に自分の首が跳ぶとも感じ、自分の口を塞ぐ。
大人がこんなにも恐怖する見た目をしているというのに子供というのは無邪気なもので、アレーシアの膝に乗せられていた赤子は、まるで二対の大蛇を玩具か何かだと思っているかの如く手を伸ばす。
その様子に呆気を取られている最中に、また溜息が聞こえたかと思うと、左の大蛇がぬっと地面を這いずりアレーシアの身体に巻き付く。
「ひっ!!!??」
捕食される感じってこんなのだろうなぁ、とアレーシアが混乱している間に、大蛇は赤子の首根っこを歯を立てないように甘噛みして黒き王の元まで持っていく。何も知らない一般人からしたら大蛇が赤子を丸呑みする三秒前そのものだ。各言うアレーシアも膝をガクガク震わせている。
黒き外套から現れる大蛇が赤子を漆黒の王の鼻の先まで咥えてくる。バーサーカーはそれを半目で睨むように見つめ、フンと鼻を鳴らすと自分のすぐ側に置き、なんと二頭の大蛇で遊ばせていた。
見れば見るほどわからなくなる。
間違いなく反英雄。
しかしこの赤子に対しては、口には出さぬものの甘さを見せている。
なんだ誰だ。予測できる存在は一人居るが、まさかその人物とは……信じられないということはないが、どうにも腑に落ちない。
「おい女」
とても静かな声。アレーシアの思考を遅らせたその声は眼前にて長い脚を組んでいる黒き王のものだった。
「そろそろ問を投げるぞ」
どうせこちらの返事など聞かず勝手に問を投げるとわかってはいるが、一応アレーシアは頷きを返した。案の定漆黒の王はそんな姿も見てもおらず視線を自分から、大蛇と戯れている赤ん坊に移す。
「そこの赤子のことだ」
組んだ腕から伸びる人差し指を赤子に向け、バーサーカーと名乗る王はため息混じりに言葉を紡ぐ。
「正直に話すとだな、余は余を召喚したと思われる人間を殺しておる」
「!!」
マスター殺し、その言葉が警告のようにアレーシアの頭を張り巡る。
「だが勘違いするなよ。それは余が殺さねばならん理由があったからだ。余が余であるうちはアレは殺しておかなければならない相手であった」
黒き王は自分の主となるべきだった人間を殺害したことを当然のように、それが義務なのだと口にする。
「となるとマスターを持たない余は当然ながら貴様ら凡夫共が言うところの、はぐれサーヴァントとなっている訳だ。勿論王である余はそちらの方が幾分やりやすいのだが、魔力供給なくてはこれからの戦い、色々と不備を伴う可能性が出てくる」
そこでだ、と言葉を紡ぎ、バーサーカーは大蛇を一匹器用に操り、赤子の首根っこを咥えさせて自分の胸の前まで持ってくる。
「これを見つけた」
そう言われてアレーシアは言葉の意味が解らず僅かに小首を傾げる。
「この赤子、余が見つけた時は激しく弱っていたのだがな。おかしなことに魔力量だけは異様に多い。それもまぁこの歳にしては、なのだが。
そんな質の良い食事を目にしたとき、マスターからの魔力供給を得られないサーヴァントのやることは一つ」
「…ソウルイーター、魂喰い…」
バーサーカーは頷きそのまま言葉を紡ぐ。
「が、不可能だった。どうやらこの赤子の魂にはプロテクトが仕掛けられているようでな、おそらく余が殺した男が仕掛けたものだと思うが。“バーサーカー”を呼び出すのだ、自分の子の安全のためにと備えをしておくのは当然なのだろう」
と黒き王は、理解し難いがなと付け足しながらも説明する。
「普通ならそこで用済みと斬り捨てるところだが、せっかくの聖杯統合戦。少しながら趣向を変えてみるのも面白いと思ってな」
「趣向?」
「然り。今喰えぬのなら後で喰えば良い。
後に余が聖杯を手に入れた後、この赤子にかけられたプロテクトを解き魂どころか脳ミソごと喰ろうてやろうと思おうてな」
その言葉にアレーシアは背筋を凍らせる。
元々父が教会に属していていたせいか、悪魔や悪鬼の類については幼初期から知識があった。
人を騙し魂を喰らう。
目の前にいるこのサーヴァントとその悪魔達。一体何の違いがあるといえるのだろう。
アレーシアは考える。果たしてこのような者を仮にも聖戦と呼ばれる戦いの一角として参加させてよいものかと。
そう決断しようとしたところで、
「でだ。手っ取り早く言うとマスター権の譲渡を行いたい。欠片は既に渡してあるので令呪の移送をせよ女」
黒き王は本題をささっと言い切った。
「誰に、ですか」
アレーシアはなおも神妙な表情を浮かべながら聞き返す。
黒き王は意外だと言わんばかりの表情を浮かべながら双頭の蛇で赤子を遊ばせる。
「誰にとはな。目の前にいるではないか、この赤子にだ」
「………へっ」
思わず間抜けな声を出す。おそらくアレーシアは今日一番の間抜け面を晒していることだろう。
目を点にしながら右手の人差し指をプルプル震わせながら赤子に向ける。
「えっ、えと」
「ああ、心配するな。肝心の令呪ならほれ、ここにある」
黒き王が言葉と共にアレーシアの膝へと投げたのは重量感のある白い塊だった。
それは白い塊というよりは塊に白い布が無造作に巻かれたものであり、異様に冷たくもあった。中からの腐敗臭に気づきアレーシアが悲鳴を上げるのはこの後3秒後の話である。
●
一段落。そう感じられたのは疾うに夕日が沈んだ後だった。
アレーシアはついさっきこの場から離れた黒き王の言葉を思い浮かべながら溜め息を吐く。
――礼を言うぞ女。問に答えたことではない、この赤子に食事やらを用意したことにだ。その善行に免じて貴様の命と、この教会に住まう『魔物』のことは黙っておいてやる。悪の限りを尽くした王の言葉だ、重宝として心にしまうがいよい。
「……気付いていたか」
一体何処を見てそう感じ取ったのか、はたまた勘付いたのか。
『アレ』のことを気づけなくするための結界まで張ってあるというのに、熟読めない男だった。
やはり父に相談して早めに対処を行わなければ…。
「母さん」
そうやって難しい顔をしていると、その表情を打ち砕く愛する者の声が耳に入った。
アレーシアはその声を聞いた途端に我に返り、接待スマイルとは違う微笑みを浮かべながら奥の扉の前に立つ息子へと目を向ける。
「どうしたの?」
「食事の準備が出来たから呼びに来たんだ。あの子も待ってる」
「……そう。あの子の分も用意したのね」
アレーシアは言ってからそう口走ったことを後悔する。
情けない。こんな酷いことを言う女が聖職者であって、母であっていいものかと。
これから先どんなことがあったとしてもこの子には関係のないこと。
だから守らなくては。それは息子のことだけではなく、この聖戦に終止符を打つために必要な『彼』もだ。
私が守らなくてはいけない。
あらゆるものから彼らを、息子たちを。
「ええ。今行くわ、キレイ」
聖戦の監督役を引き受けた女は一時休職し、母の顔に戻ろうとしたがふと外へと繋がる大門へと振り返る。
――そういえば今日はもう一組来る筈だったのけれど、どうしたのかしら。
かといってもうとっくに勤務時間外だ。今更来られても困る。
理由はわからないがそれも仕方のないことだとそれ以上考えることを止め、薄暗い礼拝堂を進みながら息子の元へと向かう。
しかしこの時彼女は気がついていなかった。
このイレギュラーだらけの聖杯統合戦において、戦況などいくらでも変わるということを。
――そう簡単に何かを守ることなどできないということを。
○【喝馬町・西ホテル】
「クソックソッ!!」
深夜。灯りも付けられていないある廃ホテルの一室から男の呻き声ともとれる怒声が響く。
男の顔はつい先日の戦いで見るも痛々しい造物へと変わっている。
「マスター」
その一室にまた一つ影が現れる。男はその声に一度身体を震わせながらも、それが自分の味方のものだと解ると豹変したかのように怒声を上げる。
「お、遅いんだよアサシン!!!何やってんだ!!俺がどれだけ怯えきっていたと、」
「そのことについてですが。マスター」
影は自分の主とは違い、淡々とした声色で語る。
男の方もボロ雑巾のようになった顔を掻きむしりながら相槌を返す。
「な、なんだよ…あのガキ殺す手筈でも思い浮かんだのか…!!
あのガキ……この俺の顔を潰しやがって……なにより気に入らねぇのはあの女だ!!キャスターとか言ったか!!絶対にぶっ殺してやる!!」
「ですから、マスター。そのことについですが」
「んだよ!!!早く言え!!」
主の男が引き裂くかのように影に向かって腕を振り下ろすと、影はまるで霧のように消えてなくなった。
代わりに現れたのは、影の柔らかい肉から這い出てくる無数の羽蟲達。
「ひっ、ひぃっひっひっ」
蟻、蜘蛛、蛾、蟋蟀、蝿。あらゆる形の蟲が漆黒の異形の集となって男へと襲いかかる。
「ひぃぁぁぁあぁあぁあぁぁ!!!?」
蟲の大群に襲われながら男、平桔平が見たものは“黒き王”の姿だった。
腕を組み、眼は赤く、両肩からは巨大な大蛇を生やし、その手からは無数の蟲が現れる。
男にはそれがこの世のものとは思えなかった。
黒き王は、口元に悦に浸った笑みを浮かべ笑い声を濁らせながら言葉を発する。
「く、ククク……いやはや。王の責務の為とはいえこのような見窄らしい場所に足を運んだのは間違いだと思っていたが、存外そうでもなかったな。いい声で無くではないか家畜よ」
黒き王はさぞ愉しそうに、蟲を生み出しながら言葉を紡ぐ。
「貴様のサーヴァントだがな。消し炭になった山の上から見つかったぞ。どんな高名なサーヴァントがやったのかは知らんがあの威力、褒めるべきは貴様の下僕の方だろうよ。
暗殺者の身でありながらあのような惨状を引き起こす攻撃を受けながら造形を保ったままでいられるとはな。
褒美として失った臓物の代わりとして余の蟲を入れてやった」
男の意識はとうに消えかけ、男の肉体自体も蟲に食われ造形を維持できずにいた。
その様子を見て黒き王は飽きたかと言わんばかりに目を細め、蟲を生み出していた方の手の位置を天井へと向ける。
「どの時代においても、“悪”とは“余”一人で十分だ。貴様のような小物の出番は無い。
余の機嫌が悪くならない内に、朽ちよ家畜」
高く挙げれた手が振り下ろされた同時に、
黒き王の肩から伸びる大蛇が男の首を噛み千切った。
※反省点
バサカさん、ほとんど金ピカ