○【日本・成田国際空港】
「随分と空気の良いところなのね」
この国に降りたとき一番初めに口にした言葉はそれだった。
争いも差別も少なそうで何て平和そうな国。
好感は持てないけど特に嫌いになる要素も無さそうな平凡な国。
まぁそれも自分がここに居ることで崩れることも重々承知していることなのだけれど。
「さて、あの子を早く探さないと、きゃっ」
考え事をしていて上の空になっていたからか、前方から来る人影に気づかず尻餅をついてしまった。周囲からの目線が一気に私の方へ集まり、一秒としない内に離れていく。
戸惑った。この国の人間は一々こんなことのために時間を使うのかと。
といっても尻餅をついたレディに手を貸す人もいないようだけど。私にぶつかった男も既に居なくなっている。
誰に向けてもいないジト目を作りながら立ち上がろうとした所に、スッと、手が差し伸べられた。
その手を辿り善人の顔を見る。
「大丈夫ですか?」
そう自分に声をかけたのは、白い髪をした日本人の少年だった。日本人のことはあまりよくわからないが、年齢的には成人少し前ぐらいだろうか。
夏休みに家族と何処かに旅行にでも行ったのか、その肌はほのかに褐色を表している。
このままいるというのも変なので、頷きを返してから少年の手を握り、立ち上がろうとする。が、少年はこちらに負担をかけまいと、握力を強めないで腕の力だけで私を引っ張り体制立たせてくれる。
私が立ち上がったのを確認すると、少年はニカッと太陽のような笑顔を浮かべておそらく家族が待つであろう場所に走っていった。
「
呼び掛けると少年は素直にこちらに振り向いてくれた。
此方も彼に向けて手を降り、できるだけ穏やかな笑顔を作る。
「
こちらの感謝の意に気付いてくれたのか、少年はまた笑顔でこちらに手を振り替えしてくれる。
少年がどこかに走り去っていくのを見届けた後、女はまた歩み始める。不意に鳴った買ったばかりの端末を耳に当てながら。
「もしもし――ああ、キレイ?貴方もついていたのね?」
先程手を差し出してくれた少年に向けていたものに輪をかけて、穏やかな表情と声で通話する女の顔は恋する少女のそれではない。優しく、慈愛に満ちた母のそれだ。
久方ぶりに声を聞けた息子の声に人目も気にせずに頬を緩ませながら、口にするのは事務的な言葉の羅列だった。
「ええ。聖杯はちゃんと起動するのね?……ええ、よかったわ。これ以上、お父様を苦しませる訳にはいきませんもの」
そうして女は壁の代わりに貼られた巨大な硝子を目に映しながら、溜息を吐くように言葉を漏らした。
「此処で始めましょう。私達の、聖杯統合戦を」