Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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同じ星の元に

 

 黒い蝶を追いかける。

 縦横無尽、右往左往。風に乗って飛ぶ黒い羽を追って、キャスターは草履を地面に擦って歩みを進める。

 暗い廊下に明かりは付けられておらず、窓がないせいで外界からの光も入って来ない。

 土で造られた壁は完全に光を遮断し、それどころか冷えた空気を容赦なく1人進むキャスターに与える。

 そんな中、一際目立つのはやはり空中を自由気ままに飛ぶ黒い蝶の姿だ。

 蝶そのものが光源であるのか、暗い道を蝶の水色の光だけが照らしている。

 蝶を追って歩くこと数分。漸く見えてきた別の光の先からは、何とも言えない良い香りが漏れ出してきていた。

 そう、それはキャスターが早眞邸に居た頃好んで飲んでいたある嗜好品の香り。

 

 

 ――光の中には西洋風の椅子の上に腰掛けて珈琲を飲む“山羊の頭蓋骨”が居た。

 

 

「………は?」

 

 そんな奇妙な光景を見たキャスターの第一声もまた奇妙なもので、数秒間それに目を奪われていると何と山羊の頭蓋骨の方から彼女に声を掛けてきた。

 

「おや、お客様ですか。急な来客の為、我輩何のおもてなしもできないのですが」

 

 高価な物と思わしき燕尾服を来た山羊の頭蓋骨は紳士らしく足を組んだり、続けざまに珈琲を飲んだりしているが、やはり奇妙な被り物が全てを台無しにする。

 判っている。相手がサーヴァントであることなど流石のキャスターも気付いている。

 しかし、目の前の現状と相手があまりに少ない魔力量で現界していることに何とも戦闘しようとは思えなかった。

 

「お主は……何だ」

 

 頭を抑えて頭の収納箱から並べた言葉で何とか切り出すキャスターに、山羊の頭蓋骨の男は何とも軽飄とした、それでいて礼儀を弁えた口調で言葉を返す。

 

「何だと申されましても、我輩は此処から先に貴女を通さない為のサーヴァント」

「違うな」

「おや信じていただけないなんて」

 

 表情は読み取れないが、両手を使って困ったように表現する奇術師に、呆れたようにキャスターが指をさす。

 それが示していたのは山羊の頭蓋骨の男そのものではなく、その肩になって時折羽を動かす黒い蝶だ。

 勿論、それはキャスターを此処に誘いこんだものと同一な種類の蝶、もしくはそのものだ。

 古い中国の諺で“胡蝶の夢”というものがある。 

 キャスターはそれと今類似したものを現状に感じながらも、ただ見たままの事実を紡ぐことしかできなかった。

 

「お主はもはや消滅しかけておる。元々強力でも何でもない何処ぞの地方英霊であるからだろう。少ない魔力で頑張ってはいるようだが、主と契約が切られたサーヴァントに先はないぞ?」

 

 キャスターは知らない。

 同情するように相手を見つめる彼女は、自分が今喋っているサーヴァントが何者であるかなど知る由もない。

 それがまさか、自身が最も愛情を向ける男の元従者だという事実など、予想できる筈も無い、

 

「クヒヒッ。これは痛いところを突かれました。流石は魔術師殿。見ただけでお判りになりますか」

「お主も魔術師以外では説明のつかん奇怪な格好をしておるではないか。何だ、違うのか?」

 

 冷たいようにも感じられるキャスターの言葉に、山羊の頭蓋骨はさも愉快そうに肩を震わせる。

 

「キヒッ。いえいえ。我輩は魔術師とも、ましてやサーヴァントとも呼べぬ外法の存在でありますからして」

 

 その言葉の意味は何となくではあるが理解できる。

 魔力供給が行われていないということは、主が死んだか、もしくは見限られたかのどちらかを意味する。そうではなくては魔力を糧として存在するサーヴァントに魔力供給を行わないマスターなどいないだろう。

 たぶんこの山羊の頭蓋骨は後者。

 何が理由かまでは流石のキャスターにも判断がつかないが、大方使えないとかいう理由で主からの魔力供給を切られてしまったのだろう。

 最も、攻撃に徹するにしても防御に徹するしても万全なこの遺跡の主としては、他のどんな英霊の手助けも必要ないかもしれないが。

 

「で、要件は何だ?死に絶えそうなサーヴァント1人の願い、叶えてはやりたいが何分時間がない。手身近に頼むぞ?」

「おやおや御優しい。きっと、貴方のマスターも快き方なのでしょう。

 きっと、貴女の()()を知っても変わらずに接してくれるような」

 

 山羊の頭蓋骨の男の何気ない、それでいて意味深でもある一言。

 それに元々冷えていた場は更に凍りつく。

 その原因を造ったのは山羊の頭蓋骨の男の発言であり、今現在更にその温度が急降下しているのはキャスターの冷え切った視線のせいでもあった。

 

「お主……」

「きひひっ。いえいえ我輩には関係ありませんよ。貴方が何処ぞの国の女王であろうと、またそれ以外の何者であろうと。

 しかし、貴女が呼ばれた理由を我輩は知っている」

 

 意味深な言葉と共に、山羊の頭蓋骨の男が片手で掲げるようにして取り出したのは、1冊の古い書物だった。

 彼が持つ宝具である外国製の分厚い蔵書などではなく、薄く所々焼け焦げたような跡がある日本の古典書。

 流石に、『巻物』などという外国人が考える日本の書物の姿な訳はないが、下手をすれば巻物が流行っていた時代以前の書物という可能性もある。

 否、そうに違いない。

 

「…………」

 

 その時代を生きていたキャスター自身が、その本に見覚えがあったのだから。

 

 実際は、彼女がこの世を去ってから少し後。

 まだ神々や物言わぬ協力者達と人間が共存し合っていた時代。

 小説や短歌など、後の世に広められる娯楽がなかったその時代の紙といえば、重要な記録や契約を残す為だけに使われた。

 山羊の頭蓋骨の男が持つ書物もそう。

 其処には“ある女”についての記録が載ってある。

 

「お主……何処でそれを……?」

 

 不機嫌とも取れる表情で、キャスターは睨みつけるように山羊の頭蓋骨の男に怪訝そうな目線を送る。

 対する山羊の頭蓋骨の男はというと、そんな視線さえも肩で流して相手の言葉も聞かずにぱらぱらとその書物を捲り始める。

 

「いやはや。我輩、主を転々てしているのですがね。前のご主人様の想い人の家を尋ねた時にこんなものを見つけましてね。その元ご主人様の想い人は、この聖杯統合戦に元々参加するつもりでサーヴァントを召喚しようとしてたらしいんです。まぁ、結局は失敗に終わったんですが」

 

 一体、何の話をしているのか。

 消え行くサーヴァントの戯言か嫌がらせかと、適当に流してしまおうと思案していたキャスターの耳に、無視できない言葉の羅列が侵入してくる。

 

「その想い人様が呼び出そうとしたサーヴァントこそが、貴女様らしいじゃないですか。卑弥呼様、いえ――」

「やめろ!!!」

 

 気が付けば絶叫していた。

 ハっとし、興奮して熱った自身の頬に冷静に手を当てて、キャスターはゆっくりと呼吸を整える。

 何が嫌だったのか。はっきりとはわからない。

 自分が必死になって隠していたことを簡単に口にされるのが気に食わなかったのか。

 いや、理由など本当はとっく理解している。

 きっと自分でも確信したくなかったのだ。

 キャスターの真名は2つ存在する。

 しかし、彼女の愛すべき主が知っているのは片方の彼女のみなのだ。

 もう1人の自分の名を知ってしまった時、彼はどんな顔をするだろうか。

 その答えを知るのが怖くてずっと隠してきたというのに、それでもずっと話さなければならないと思っていたのに、他人にその秘密が暴かれることにキャスターは多大な拒絶反応を示した。

 自虐をするのは許せても、他人に汚されるのは許せないのと同様に。

 

「それは……それは、言うな」

「隠しますか。闇の中に深い深い闇の中に。岩に隠れた洞の中に。そうして隠して、隠蔽して。貴女が真に忠臣だと言えますか?」

 

 そう愉快気に嗤って本題に入らない相手にキャスターも嫌気がさし、無視して先に進もうとしたその瞬間、

 山羊の頭蓋骨の男の異様なまでの細い指先である一点を指差す。

 キャスターがその方向に目を向けると、一見長く道が続いているようにしか見えない。

 しかし、その道には水色に光る火の玉があり、それがあの黒い蝶だと気が付いた時にはキャスターは山羊の頭蓋骨の男の思惑に気が付いてしまっていた。

 

「……お主」

「キヒッ。あぁ、そうだ。貴女がもし此処から帰ってこれたら是非貴女のご主人様に伝えておいてください」

 

 もはやキャスターに顔も向けずに椅子に座ったまま俯く山羊の頭蓋骨。

 その身体からは徐々に生気が失われているようで、足の先からはまるで霧散するようにその形が崩れてきている。

 

「“誰かに仕える日々も、そう悪くはなかった”と」

 

 糸が切れたかのように動かなくなる山羊の頭蓋骨の男を見ながら、キャスターは何処か寂しげに目を細める。

 同情や哀れみ。そういったものをこの男に抱いてはいけない。

 どうあれこの男は“主様”を裏切ったのだ。

 

「……ではな。もう二度と相見えることは無いだろう、道化」

 

 肝心の返答を口にすることなく、キャスターが山羊の頭蓋骨の男の横を素通りする。

 蝶に誘われ、深い深い闇の中へと。

 

 

 

 1人残った山羊の頭蓋骨の男は、最期まで愉快気に嗤い、肩を震わせ、どうしようもない現実に最後は宙を見上げる。

 

「――ええ、二度と出会うことは無いでょう。

 ――だから、貴女がどうかあの方の行く末を」

 

 その脳裏に浮かんだのは一体何だったのか。

 それから糸に吊られた人形のように、生気が無い様子で椅子から立ち上がった山羊の頭蓋骨は、踊るようにキャスターが進んだ方角とは全く別方向の通路を歩いていく。

 軽やかに軽やかに。

 消え行く体で何処を目指し、何を成そうとするのか。

 誰にも告げないまま、最弱のサーヴァントはただ愉快気に鼻歌を歌いながら歩き始めた。

 




※今回の反省点
体調不良のせいで投稿が遅れそうです。
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