Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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消えない想い

 

 早眞冬児は暗闇の中を歩く。

 先導するのは先が3つに別れた燭台を片手で持つ侍女型ホムンクルスで、随分と歩いたが彼女は息が切れることもなくただ冬児を何処かに導き続けている。

 何処に向かっているのか、ただ導かれているだけに過ぎない冬児には判らない。

 ただその先にいる人物のことは判る。

 思えばおかしな話だ。

 自分は聖杯を掴む為にこの戦争に参加し、そしてこの遺跡にやってきた。

 壬生カグヤを救う。その願いは変わらない。今だって、ずっとあの姿を追い求めている。

 ならば、安直に敵の誘いなど受けずに、キャスターと行動を共にして確実に敵戦力を削いでいった方が効率的ではなかったのか。

 罠だとしたら、こんな見え見えの罠にわざと足を踏み入れる自分は愚か者ではないだろうか。

 

「――それでいい」

 

 早眞冬児は、そう他人から見たら無表情と判断がつかないほど小さく苦笑する。

 愚か者と罵られても構わない。

 ただ倒さなければいけない男がいる。

 あの男を倒さなければ、自分の戦いは終わらない。

 彼は答えを追い求めていた。そして早眞冬児という個人からその答えを得ようとして、失敗に終わった。

 冬児には彼に答えを与えることはできない。

 彼が今までの人生の間苦悩し、頭を抱え続けてきたその疑問を解消できる答えを、早眞冬児という一個人は持ち合わせていない。

 しかし否定はできる。

 回答などできなくても、その質問自体無意味なことだと否定してやることはできる。

 それこそが――早眞冬児が、キレイ・ハーデンベルトという男と拳を交わらせ、彼の人生に終わりを告げさせるのに相応しい理由だった。

 そんな意志を脳裏に焼き付けておいた矢先、ホムンクルスの手にしていた蝋燭の火が揺らいだのと同時に、早眞冬児に掛かっていた英霊化の大魔術の効果が切れる。

 少し種類は違うものの、中国の皇族のような格好だった冬児の見た目は、歳相応の青年のカジュアルなものに戻ってしまう。

 理由は単純。魔力切れだ。

 

「ッ!………早いな」

 

 冬児は元に戻った自身の姿を見ながら苦言を吐く。

 英霊化というのは早眞冬児の肉体に宿る聖杯の力を一時的に借り受けて使用する、簡単には実行することのできない降霊術の一種だ。

 それも英霊を呼び出すともなると、その凄まじさは時計塔の学部長レベルにも匹敵するだろうが、この力は断じて早眞冬児の実力などではない。

 早眞冬児は預かり知らぬことだが、魔術師である彼の義父によってその聖杯は埋め込まれ、潜在的な魔術回路で聖杯は起動している。

 その為魔術師でもない冬児の魔術回路は三流魔術師よりも劣り、英霊化も最長でも5分程度しか変身を保てない。

 それでも今回長く騎乗兵の変身が長く続いていたのは、一重に彼のサーヴァントの恩恵によるものだろう。

 早眞冬児のサーヴァント、キャスターが造り出す勾玉には高密度の魔力が込められている。早眞冬児は騎乗兵のサーヴァントの力を借り受ける前に、その勾玉を服用することで一時的に自身の魔術回路の能力を飛躍させていたのだ。

 しかしそれが今切れた。

 凡人であった早眞冬児の肉体を、歴史に名を刻む英霊に変えるその力が今切れたことで、早眞冬児は再び弱者に戻ってしまう。

 早眞冬児は立ち止まって振り返る。 

 立ち止まった後に続くのは自分がこれまで歩んできた長く暗い存在しているかどうかもあやふやな廊下。

 冬児が思いを馳せているのはその先にいる仲間達のこと。

 そう、冬児の英霊化が解けた今、外に残してきたあの強力な龍は同じく消えてしまっていることだろう。

 となると、あの場で戦っているのは一人しかいないことになる。

 あの狂戦士。迷宮攻略の大英雄只一人となるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 遺跡付近。

 遺跡周辺には強力な結界が張っている為、外界の影響受けないように造られてはいるが、その周りに鬱蒼と生えていた木々はもはや再起は絶望的なまでに枯れ果てていた。

 現世にはもう存在しない幻想種達。

 冥界の番犬の口から吐き出される暗黒色の毒によって現代日本にありきたりな街はほぼ壊滅状態へと追い込まれていった。

 そこいらの建物を用意に踏み潰す巨体は動く度に地面を揺らす。

 その進行方向にあるのはそれより小さくもなお巨大な石で造られた遺跡だ。

 幻想種達は何もその遺跡を潰そうとしている訳ではない。むしろ彼らはその遺跡を守護する番犬なのだ。

 彼らの目的はその遺跡に不敬にも押し入ろうとする蛮族共を捻り潰すこと。

 敵は最初2体だけだった。

 片方は3メートル前後の巨体の英霊と、もう片方は幻想種達と同じ程の大きさとそれ以上の実力を持つ竜。

 竜のほうが邪魔であったが、しばらくすると自然とその竜は消失していった。恐らく、魔力切れが原因だろう。

 ならば残るのはあと1体。

 蘇生能力と瞬間移動だけが取り柄のギリシャ神話の英雄。

 冥界の番犬や巨猪を操る蛇の体の女は淫靡に舌舐めずりをしながら、幻想種相手によくここまで持ち堪えたと、近くの建物から高みの見物を続ける。

 

「流石ね。あの人と一時期は肩を並べただけはあるわ……でも妾の子達に正気を失った英霊1人がいつまで持ち堪えられるかしら」

 

 蛇の体の女――エキドナは淫靡に嗤う。

 己の勝利は揺るがない。己の主の悲願は叶えられる。

 その悦びに恍惚の表情を浮かべながら、彼女は舌で自分の唇を再度舐め上げる。

 獲物を狙う肉食獣の如く。対象であるサーヴァントはともはや獲物以外の何者でもないのだ。

 戦場に咲く彼岸花が如き耽美さで、女が勝利の余韻に浸る未来を実現させようと2体の幻想種のうち、高密度の魔力を誇る巨猪の蹄が地上に佇む狂戦士の頭上に迫る。

 既に狂戦士は体中傷だらけで満身創痍。頼みの綱の蘇生宝具“六の試練(ゴットハンド)”も使い切り、踏み潰されれば簡単にその身体は弾け飛ぶことだろう。

 されど狂戦士故か、はたまた英雄故か、バーサーカーのサーヴァントの双眸から絶望の二文字は見受けられない。

 逆転など有り得ぬ状況だというのに、その視線からは一欠片も敗北を感じさせやしない。

 エキドナはそれがたまらなく気に食わなかった。

 脅えればいい。許しを乞えばいい。踏み躙られる側はそうやって潰されればいい。

 いくら怪物(こちら)がそうやっても許してくれなかったのだから、英雄(おまえ)達も同じように殺してやる。

 自分や数多の子供達が死んだのは、そのほとんどが英雄と名のつく人種達のせいだ。

 エキドナはそれを根に持たないほど人間ができている訳でもないし、第一に彼女は人間ではない。

 美しくも卑しく、力強くも英雄に倒される、浅ましい怪物だ。

 だから彼女は殺す。己が子供に命令し、自分の手は汚さずに。

 愛する人を抱きしめる為に使うこの両手は決して汚さずに。

 

「やりなさい、パイア」

 

 母に名を呼ばれ、巨猪が嘶きを上げる。

 前足が同時に振り上げられ、間もなく大地を揺るがす巨体がテセウスの身体を踏み潰すことだろうと思った矢先、

 

 

 

 ――何処からともなく現れた無数の“影”が、巨猪の身体を縛り上げて動きを完全に止める。

 

 

 

「!!?」

 

 最初にその異様な光景を目にしたのはエキドナだった。

 彼女の優れた魔眼を使うまでもなく、その異様な光景は確かにこの世界に幻ではなく形作られていると理解できる。

 空中に無数に漂う水色の蝶の群れ。

 その一羽一羽から細く黒い繊維が伸び、それがまた1つに固まって今巨猪であるパイアの動きを完全に止めているのだ。

 その繊維の集合体は、影としか形容することのできないほど、無機質で何処まで暗い繊維であった。

 エキドナは首を振ってこの光景を作り出した人物を探し出そうとする。

 あの狂戦士ではない。奴はまだ動いていないし、テセウスという名の英霊に、こんな逸話などなかった筈だ。

 ならば誰だというのか。こんな奇妙な現状を作り上げた張本人は誰だというのか。

 上、右、下、左。

 一通り終えて念の為に上を見た時にエキドナの瞳に場違いで有り得ないものが映る。

 ――その正体は全身を黒い影で覆った、山羊の頭蓋骨の化物だ。

 

「“我が身は大いなる獣なり(ト・メガ・テーリオン)”。如何ですか?我が魔術の滑稽さは?思わず笑ってしまうでしょう?」

 

 蜘蛛の巣のような巨大な影の塊に跡付けされたような山羊の頭蓋骨が嗤う。愉快そうに、愉快そうに。

 嗤う度にカタカタと揺れる骨の音からして、あまりの不気味さに嗤える筈もない。 

 自分と同じような類の反英雄とも呼べぬ化物か。

 取り敢えず味方とも思えない相手にエキドナが取った行動は、迷う暇もなく撃退の二文字に相応しい命令を下すことだ。

 

「ケルベロス!!」

 

 彼女の呼び声に合わせて巨猪とはまた別の、三つ首の冥界の番犬が地面を蹴って跳ねる。

 開かれた3つの口は全て正体不明の影と、それに付属する山羊の頭蓋骨に向けられており、一度口に入れられば口内で熟成された毒で完全に溶け切ることになるだろう。

 しかしケルベロスに喰らわれる瞬間、影の集合体は巨猪の動きを止めていた影を解いて自分の元へと収束させる。

 するとみるみる内に影はその質量を増し、より強固な影の集合体となってなんと幻想種の牙を弾いた。

 

「!!?」

 

 エキドナはその光景に目を疑う。

 ケルベロスの強靭な顎と牙、それに口内から発せられる毒にも引けを取らぬこの影の正体。それはもう判っている。

 “山羊の頭蓋骨”という点からある1体のサーヴァントのことしか彼女の頭に思い浮かべられる存在はいない。

 彼女は実に忌々しそうに、自身の体から伸びる影に細長い脚らしきものを乗せて空中散歩をする化物に声を投げる。

 

「キャスター……キャスタァキャスタァァキャスタァァァッ!!何故貴方が妾を邪魔するの!!」

 

 明らかな憤怒が込められた問に、朝日を背にした山羊の頭蓋骨と影の化物は肩を揺らす。

 まるでエキドナの憤怒さえも、自身の悦楽に組み込んでいるかのように。

 

「何故って、我輩がそうしたいから。としか言いようがありませんな」

「……そう。裏切るということ」

「貴方がたから見ればそうでしょうな。ですが我輩としては、貴方がたを裏切ったなどというつもりは微塵もない」

 

 この期に及んで命乞いだろうか?

 エキドナはどちらにしても殺すつもりで相手の口から言葉が出されるのを待っていると、影はこれまた細長い、骨そのもののような腕らしき物体らを構成すると、それを人体で言う胸の部分に押し当てる。

 エキドナの見間違いか。感情など表現できやしないその骨の顔が、僅かに綻んだかのように見えた。

 

「我が五体。指先から血肉、毛根の隅々に至るまで、全ては1人の主のもの。我輩が忠を誓ったのはあの方だけ。己が欲望のためだけに願望器を求め、縋り、惨めに泣き叫びながらも前に進む。我輩はあの方の行く末を見届ける為に此処にいるのです。

 綺麗事しか抜かせない老害や、誰にでも股を開く妖婦(クソビッチ)に手を貸すなど、笑い話にもなりませんな」

 

 言いたいことを言いたいだけ言うと、最期に怪物の骨の顎が糸が切れたかのように勢い良く開く。

 その様はまるで自分を馬鹿にしているようで、実際もそうなのだろうとエキドナは確信している。

 だからこそ怒り狂った彼女はそのしなやかな両腕を振り上げて、同時に振り下ろして自身の愛子達に命を下す。

 

「やれ!!ケルベロス!!パイア!!」

 

 再び大地が大きく振動する。

 神話の時代に暴れ回った幻想種が同時に跳躍し、1人の獲物を喰らおうとしたのだ。

 例え影の塊の化物でも関係ない。

 開かれた4つの口は、例外なくその中に入ったものを噛み砕き、咀嚼し、胃袋の中でじっくりと溶かし切ることだろう。

 キャスターも大人しく喰らわれる訳にはいかないと、何処ぞの蜘蛛男よろしく影を広がらせて高速移動しようと試みたのだが、それは杞憂に終わった。

 口を開いた化物うちの片方、巨猪パイアの身体が大きく側面に動き出す。

 それもパイア自身、己が何故動いているのか理解していない様子でだ。

 その巨体は徐々にケルベロスの方へと向かっていき、すぐに巨体と巨体がぶつかり合って激しい衝撃波が起き、地面に隕石でも落ちたかのような傷跡を残す。

 

「なっ!!?」

「――全く、あれは本当に元人間ですか……」

 

 エキドナは勿論、一番その光景を見て驚いていたのは退避していたキャスターだった。

 彼の眼球のない瞳が見つめるのは、眼下の地上。

 今巨猪をその手で放り投げたばかりの、1人の英雄に視線は向けられていた。

 英雄もまた上空に目を向け、キャスターの視線に気がつくとその姿を蜃気楼のように現実から掻き消す。

 キャスターはその現象に一瞬頭を悩ませたが、すぐにそれが狂戦士の瞬間移動宝具である“我掴む運命の朱糸(ランパネイン・ペプロメノ・ニマ)”だということに気がつく。

 何せ消えた狂戦士は今自分の横に出現し、それからいつぞやのように肩に乗せてきているのだから。

 前よりも化物じみている己と変わらず接する狂戦士の様子を見て、偽物の魔術師は苦笑する。

 

「貴方は、変わりませんね。いえ変わったのは我輩の方ですか。英雄である貴方は、常に人々の為に行動する」

「―――」

 

 狂戦士は答えない。答える言葉など持ち合わせていない。

 彼にあるのは使命のみ。

 己と、己の主と、共に戦う戦友の敵を倒す。

 それだけが、この魔術師と狂戦士の唯一の繋がりであり、全てだ。

 

「ええ、では参りましょうかバーサーカー。我らの恋しい御主人様の敵を此処で蹂躙すると致しましょう」

「━━━━――――━━━━━━━━━━━――――ッ!!!!!」

 

 理性を持つ化物と理性を失った英雄が、今最強の幻想種達に牙を向く。

 




○今回の報告  

今日のこの後18時〜24時の間にもう1話、
日曜日の同じ時間に2話、
それから月曜から毎日1話ずつ、
最終話までノンストップで投稿し続けます!!
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