Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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邂逅

 

 永遠とも呼べる回路が終わる。

 暗闇の先、侍女型ホムンクルスに連れられて新たに視界に映ったのは、巨大な広間。

 巨大で分厚い大理石の円盤、それを包む外壁にいくつもの像。外側には観客席と思わしき椅子までご丁寧に用意されている。

 その構造、石などの材質からして、現代の文明らしさなどは全く感じられない。これはもっと古代。戦が利益でではなく、娯楽として栄えていた時代のものを再現している。

 闘技場、と呼ぶに相応しい外見をその場はしていた。

 

「お連れ致しました」

 

 侍女型ホムンクルスが円盤の中央に佇む青年に頭を下げる。

 様々な憶測を頭に立てながら、早眞冬児が本当の意味で視線を向けていたのも、その1人の男だけだった。

 飾り気のない西洋の僧衣姿。色素の薄い茶髪。垣間見える肌の部分には真紅の刺青――令呪が余すところなく刻まれ、額には前回目撃した時には無かった“聖痕”らしき傷跡が刻まれている。

 鍛え上げられた肉体と何者をも己が心中に入り込むことを許さない静観な空気が、その男の人生を物語っている。

 前回と違う箇所は幾つかあるが、間違いない。間違える筈がない。

 本来ならば怒りで震える筈が、冬児は不思議なほどに落ち着いていた。

 無論、それは表面上の話であり、その心中では湧き上がる怒りがある。想いがある。

 何処までも相容れぬ存在。

 己と他者のために生きる早眞冬児と、

 己にも他者にも価値を見出だせないキレイ・ハーデンベルト。

 何処までも混ざり合わぬ水と油の関係。

 故に互いを忌み嫌い、会えば殺し合う。

 

「聖杯――機動」

 

 短く冬児が詠唱を済ませる。

 瞬く間に冬児の身体には光の粒子が収束し、銀色の甲冑が身に着けられ、右手には一振りの大剣が握られる。蒼い宝玉のついた柄と甲冑と同じく銀色に伸びる刀身からは莫大な魔力を見る者に感じさせる。

 それは初めて早眞冬児が自身の聖杯で英霊の力を借りた時と同じ、剣士の英霊の姿であった。

 その瞬間、それまで眼を瞑っていたキレイ・ハーデンベルトの瞼が開かれる。

 相手が装束を着て、初めて敵である事を認めたように。

 双方笑うことも、言葉を交わす事もなく。

 先に動いたのは、自身の背中に刃を傾けた冬児の方だった。

 

「ッァッ!!!!」

 

 爆発的な魔力放出と筋力から放たれる英霊化した冬児の速度は実に凄烈で、大理石の床を次々と砕いていきながら唯一の敵に向かって直進する。

 振り上げられる大剣。遠心力を加えての一撃は、決して生身の人相手にぶつけるべき威力を保てていない。

 怒りと願い。その2つを十分に併せ持ち、これでもかというほど醜悪に混ぜ合わせた冬児の想い。

 それが重みとなって大剣に加わり、時同じくして漸く構えに入ったキレイに襲い掛かる。

 早眞冬児がキレイ・ハーデンベルトを知っているように、キレイ・ハーデンベルトも早眞冬児のことを知っている。

 お互い既に顔を見知った相手同士。

 一度だけの相対でこの二人は自分達が相容れぬことも、お互いの能力のことも理解している。

 キレイは英霊化した冬児の一撃を、サンジェルマンに植え付けられた不死性にかまけて馬鹿正直に受けたりせず、バックステップで回避すると、地面に突き刺さった大剣に足を乗せる。

 乗せるといっても軽くではない。大理石の床にめり込んだ大剣を更に深く突き刺さらせるような万力でだ。

 双方は睨み合う。

 片方は激情を持ちながらも狂乱に囚われず、

 片方は冷徹を装いながらも胸に生まれたばかりの感情を抑えつつ。

 未だ言葉は交わされない。

 振り上げるように大剣は薙ぎ払われ、斬り取られた脚を内部の賢者の石で治癒しながらキレイの鉄の拳が冬児の腹に目掛けて打ち込まれた。

 

 冬児が着込んだ蒼銀の鎧は“ベズワル”という名の英雄の鞘が素材として使われている。

 鞘を軽装備の鎧とすることで戦闘経験のない早眞冬児の肉体を守る助けになればという意味で、聖杯の中に居るベズワルが無理矢理に製造したものだ。

 といっても、元は魔法の鞘。素材が良い為か、急造で造られたその鎧は十分な耐久力と対魔力を持ち、それでいて軽量な為動くことにも支障を来さなかった。

 

「ふ――ッ!!」

 

 キレイが攻撃を行ったのは、その鎧のど真ん中。丁度人体の胸の部分で、キレイは其処に拳を当てて押しただけだ。

 武術の心得が無い者が目にすれば本当に押したようにしか見えなかっただろう。

 そういった者達からすれば、威力のある攻撃とは即ち大きく振りかぶったものという印象があるからだ。拳打にしろ蹴りにしろ、確かに遠心力を加えての一撃の威力は凄まじい。先程冬児が大剣で試したのがそれだ。

 しかしそれが極意というわけではない。

 この地球上。今の今まであらゆる文化があり、歴史があった。様々な闘争があり、規模の大小はあれど、其処で戦う兵士が鍛えたのはまずは己の身体だ。

 武器もない支援もない。となると、人の最後の武器は己自身の身体となる。

 キレイが今行ったのは、壁を通して相手に振動を伝える武術。瓦割りなどで現代日本でも同じ技術が使われているが、この技はあれより数弾上だ。

 何しろこの技は完全に威力だけを中身に通す。

 それも肘から上の振りかぶり無しで。手首の動きだけで、熟練のプロボクサーの本気のパンチレベルの威力を、鎧を通して相手に伝えることができるのだ。

 名を鎧通しー―中国拳法では、これを“意勁”と呼ぶ。

 

「がぁっ!!?」

 

 まさかと、思考が一瞬停止し、同時に冬児の胸部に途轍もない衝撃が走る。

 肺の中の空気は全て出し切ったのではないかと思うほど息苦しく、それでいてやけに思考が鮮明なのが余計に全身を駆け巡る痛みを際立たせた。

 身体の内側でぱぁんと何かが弾けるような音を立てる。器官が破裂したのか、衝撃で深刻なダメージを受けたか。

 しかしそれでも動けるのは英霊の体であるからこそか。

 六度は死んだような感覚に襲われながらも、追撃が来るよりも速く、冬児は地面についたばかりの両足と腹筋にありったけの力を込めて、敵に向かって上半身を振り下ろした。

 キレイもまた予想外だったのだろう。

 目を丸くしている間に眼前に怨敵の顔が接近して頭突きをくらわされる。

 その衝撃でキレイの額が割れ、内側から出血を起こすがなんてことは無い。絶対治癒を持つ賢者の石を持ってすればこんな傷は擦り傷にも満たない。

 追撃をかけようとしたキレイの横腹にまるで大型トラックが突進してきたような衝撃が起こる。

 

「うっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 冬児の怒声と共に地面と平行に振り払われた大剣の横腹はキレイの腹部を断裂させる寸前まで切り裂き、途中でその勢いを無くすが、勢いに呑まれたキレイは空中散歩の旅に出てしまう。

 大剣に脇腹を薙ぎ払われながら、咄嗟にキレイが行ったのは魔術師が使うには最も初歩的な『強化』の魔術。

 といってもそれは魔術協会の学生が最初に習うような微弱なものではない。

 

 

 聖杯に呑まれた経験から、キレイ・ハーデンベルトの脳内にはこれまで呼び出された英霊の知識が詰め込まれていた。

 つまりはこの聖杯戦争で召喚された全ての英霊の記憶や経験を彼は保持していることとなる。

 莫大な知識量。それを実現するスペックさえあれば、彼はあらゆる事象を可能とする。

 そして彼は今、賢者の石という無尽蔵な魔石を肉体に宿していることで、その奇跡の具現を英霊化無しに可能とする。

 

 

 ――オデュッセウスの知識を抽出しておいて正解だったな。

 

 自身の筋肉に強度な強化魔術と治癒魔術を同時に掛けながら、断裂しかけて不安定な上半身のままキレイはそんな呑気な考えを頭に過ぎらせる。

 そのまま4メートル程の高さから、四方に散りばめられた観客席の1つに難なく着地すると、片手で脇腹の傷口に手を当てる。

 血のあとすらない。正確には、賢者の石が撒き散らした血液を回収したのだろう。

 1から創り出すよりも、元々あるもので代用するほうが容易い。

 自身が難なく動けることを確認すると、次に敵の様子に目を向ける。

 全力の意勁を胸に叩き込んだ。

 通常ならば即死ものの一撃ではあるが、果たして今回の敵はどうか。

 微かな期待と共に目を向けると、その男は期待通りに立っていた。

 自分のような不死性があるのでもなしに、蒼銀の鎧を身に纏うこの国の青年は、明らかな敵意を双眼に宿しながら此方を睨んできている。

 

「……そうではなくてな」

 

 口にしてからキレイは自身の言動に驚く。

 喜悦の感情とは無縁だと思っていた自分の中に、新たな芽が芽生え初めている。

 聖杯と接続し、全てを知った今では喜ぶべきことか否か。

 キレイ・ハーデンベルトは自身の心中に自身すらもよく知らない感情を隠しながら、懐から取り出した計8本に及ぶ黒鍵を続けて敵に向けて投擲した。

 

 

 

 

 

 

 

 




○次回の投稿

本日の18時から22時。
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